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2020年11月16日月曜日

日本の歴史観~その6、ネオ皇国史観 後編

 前回に引き続き、ネオ皇国史観について書いてきます。前回でも書いた通り、いわゆる「新しい教科書をつくる会」メンバーを中心に提唱されたこのネオ皇国史観ですが、内容は基本的に戦前の皇国史観を名乗ったもので、「天皇(特に昭和天皇)は偉大、太平洋戦争は聖戦」というスタンスが取られています。実物確認したわけじゃないけど、つくる会の教科書では昭和天皇の説明だけに何ページも割いているとされ、好みの箇所だけ極端に膨れ上がるラノベみたいな編集と聞きます。

 そんなネオ皇国史観ですが、時期にして2000年前後はそれなりの支持と勢力を持ちました。しかしそれは一過性でしかなく、現代においては「つくる会」という単語自体出てくることがほぼなく、私自身もノスタルジーに浸りながら今これを書いています。
 では一体何故つくる会、もといネオ皇国史観は一時勃興してその後廃れたのか。まず勃興の理由ですが、結論から言うと国際環境の変化、具体的には冷戦終結が大きいと私は考えています。以下列記すると、

・昭和天皇崩御に伴う昭和史議論の解禁
・冷戦構造崩壊に伴う保守勢力内における反米意識の顕在化
・中国や韓国の台頭に伴う日本批判の顕在化

 まず一番重要な大前提として、日本の政治勢力はよく保守と革新(右翼と左翼)で区別されることが多いですが、実際には親米と反米の方が論点としては重要です。そして昭和時代においては保守派にも革新派にも親米勢力と反米勢力が混在しており、冷戦構造の崩壊と55年体制の周陵によって、頼子の軸がはっきりしてきたと思います。
 それで話を戻すと、保守派における反米勢力は冷戦期はまだそこまで目立つ存在ではなかったものの、平成初期の沖縄米軍基地問題、貿易摩擦の過熱から日本全国で反米意識が高まっていくのに伴い、保守反米勢力が勢いを増してきたと思います。元々、保守反米勢力は太平洋戦争については「アメリカが悪い」という価値観が強かっただけに、時代の追い風を受けて、冷戦期はやや制限のあった米国批判が大っぴらにできるようになって、ネオ皇国史観が浸透していったのだと思います。

 また三番目に上げた中韓の国際社会における台頭も、ネオ皇国史観を後押しする一手になったことは間違いないでしょう。それまでは国際社会においてそれほど発言力がなかったことから、戦前の日本批判をしても日本人には多分それほど耳に届いていなかったのだと思います。
 折しも従軍慰安婦問題も発生し、はっきり言ってこの件の検証が余りに歪(初出の本が完全なインチキ本)であったことから戦時中の歴史認識問題が俄かにクローズアップされ、「何でもかんでも日本が謝る立場になるのはおかしい」という具合で自虐史観に対する反発が広がったことも、つくる会の発足に大きく関わっています。
 総じて言えば、米国、韓国、中国に対する反発意識の広がりが、ネオ皇国史観の勃興を促したと言えるでしょう。

 なお個人的な意見を述べると、やはり実際に戦争を体験していない自分のような世代からすると、なんでいつまでも昔のことで「謝れ」、「日本は反省が足りない」などと中国や韓国に言われ続けなければならないのか、この点については納得できない感情がやはりあります。逆を言えば、実際に戦争に係り、中国や韓国に対する悔悟を感じていた戦前・戦中派世代が平成期に寿命によって減っていったことも、ネオ皇国史観勃興の要因の一つだったといえるでしょう。

 ではそうして日本国内で広がったネオ皇国史観がその後すぼんだのは何故か。はっきり言えば中心であったつくる会の分裂という自爆が大きいのですが、それ以外だと反米意識が低下したということが影響として大きい気がします。
 まず前者ですが、先ほどにも述べた通り日本は保守と革新のほかに親米と反米という議論軸が存在します。作る会は保守派の論客が中心に出来ましたが、この保守派には親米と反米の立場にある人物が混ざっており、当初でこそ従軍慰安婦問題などの観点から団結したものの、時とともにこの両思想のメンバー間の対立が激化し、完全に分裂することとなりました。

 その上で、90年代の日本は間違いなく反米意識が強かったですが、911ニューヨークテロ事件以降は「テロとの戦い」という新たな国際軸が生まれ、小泉政権における親米路線の定着も相まって日本の反米意識は一気に縮小したように見えます。また2000年以降から先ほど述べた中国や韓国の台頭、特に中国とは尖閣諸島問題が過熱化したことで、米国との同盟関係の重要性を認識する人が増え、「中国を抑えるためには米国は大事」という具合に親米意識が高まっていったように見えます。
 こんな具合で親米意識が高まる中、「太平洋戦争は聖戦、米国は悪意の塊」とするネオ皇国史観が受け入れられるかと言ったら、そんなわけはないでしょう。

 また従軍慰安婦問題に関しても、保守派勢力のみならず革新派勢力からも疑問視する向きが広がり、実際に近年明らかになってきたように慰安婦団体が元慰安婦女性をダシに私腹を肥やしてきているのが認知され始め、反発する意識が保守派どころか日本全体に広がり、ネオ皇国史観のみの主張ではなくなりアイデンティティーの一つ失ったことも大きいでしょう。っていうか真面目に、旧社会党勢力の人たちも飛び火することを恐れて、従軍慰安婦問題には言及しなくなったな。

 以上のような背景、そしてやはり極端な天皇崇拝などの姿勢から、徐々に支持者も離れていったように思えます。窪塚洋介とか今どうなのか聞いてみたいものです。
 私自身、高校生くらいの頃は従軍慰安婦問題のおかしさからこのネオ皇国史観を一時支持したものの、この問題を作り出した一つである朝日新聞ですら「あの報道には間違いがあった」と認める今の時代において、その他の太平洋戦争を聖戦視するなどの余計な要素の多いネオ皇国史観を律義に支持する理由はありません。恐らくこの辺りも中心提唱者らの分裂を招いたところだと思うのですが、従軍慰安婦問題などの国際情勢によって支持を得ていたことを、自分たちの思想が受け入れられたと勘違いしていた節もある気がします。

 このネオ皇国史観は繰り返し述べているように、その思想内容の中立性とか真偽性が評価されたというよりは、国際情勢の変化に伴う国民感情の変化によって広まったところが多いです。そのため今は廃れてきているものの、また何か国際情勢が変わることによって再び支持を受ける可能性が全くないというわけではないという風に見ています。そういう意味では、歴史観というよりかは外交論に近いのかもしれません。

2020年11月13日金曜日

日本の歴史観~その5、ネオ皇国史観 前編

 また記事更新が開きましたが別に何かトラブルがあったわけじゃなく、今週やたらと人と会食することが多かったのと、残業が多かったせいです。っていうか有休消化しろとかいうけど消化できないほど仕事振るなとか最近マジで思います。

 それで本題ですがようやくこの連載の続きが書けるわけですが、見出しに掲げた「ネオ皇国史観」というのは私の造語です。その内容は何かというと、平成初期から中期にかけて盛り上がったいわゆる「新しい教科書を作る会」のメンバーらが提唱していた歴史観のことを指しています。
 彼ら自身はこの史観のことを新自由主義史観と読んではいますが、そもそもこの名称は社会主義支持者らに支持されていた自虐史観に対抗し、真逆の概念というような安直な理由でつけられたもので、その思想根拠についても本人らが「自由主義的特徴はない」と語っており、誤解を招く名称だと思え私は嫌いです。

 ではどんな名称がいいのかいくつか考えてはおり、これまた安直に「つくる会史観」でもいいと思いましたが、巷で言われているように「新皇国史観」というのが実態を表した名称だと感じました。ただ、新しいかと言ったら後述しますがその内容はかつての皇国史観をそのままなぞっている部分が非常に多いだけに、新しいというよりゾンビの様に甦った感が強いことから、「ネオ」を付けて「ネオ皇国史観」という風に呼ぶことにしました。別に「皇国史観リターンズ」でもいいと思いますが。

 名称が落ち着いたところでその史観内容の話に移りますが、先ほどにも書いた通りにこのネオ皇国史観は実質的に、戦前の皇国史観をそのままなぞり、現代で提唱しなおしたものに過ぎないというのが私の評価です。具体的にその特徴を述べると、

・太平洋戦争は日本の聖戦
・米国が日本を追い詰めたから仕方なく戦争をせざるを得なかった
・日本はアジアを解放しようとしていた
・勘違いして日本に抵抗してきた中国とかは悪、っていうか毛沢東はコミンテルンの手先
・戦後に日本はGHQ(=米国)によってさまざまな妨害を受けて来た

 全然関係ないけどこの前中国人に、「ロシアと中国は急に仲良くなったり、急に仲悪くなる」と考えていることを教えてもらいました。まぁ気持ちはよくわかる(´-ω-`)

 敢えて旧皇国史観との差を述べると、まず極端な南朝贔屓は減っています。その一方、二次大戦に対する評価は旧皇国史観よりもさらに擁護的となり、というよりも二次大戦の解釈を日本にとって肯定的なものするために生まれたような史観だと言えます。旧皇国史観では戦前はリアルタイムで戦後に至っては史観自体が排除されましたが、ネオ皇国史観では戦後に関しても「日本は正しい、米国は悪」という視点に立ってあれこれ理由とか主張の正当性を訴えています。

 こうしたネオ皇国史観の立場はその提唱者や支持者が中心となって編集されたつくる会の教科書にも反映されており、昭和天皇の偉大さに関して長々ページを取ったり、明治以降の近現代(というより昭和前半)は延々と解説する一方、江戸時代以前にはあまり触れず、好き嫌いで解説する時代の比重が極端に異なっているなど、単純に一つの歴史教科書としてみてもあまりいい本ではありませんでした。


 教科書内容については3年前に書いた上の記事にまとめていますが、改めて読むとなかなか自分もいいこと言っているというか、つくる会のメンバー構成について、

「江夏、門田、江本、江川、落合、清原、伊良部、中村紀といった我の強いプロ野球選手一同が全員同じチームに在籍しているような感じだったんじゃないか」

 という風に書いてて、読み返してて楽しいです。

 ただそんなつくる会を中心としたネオ皇国史観ですが、平成中期においては間違いなく一世を風靡した歴史観であったことに間違いありません。一部芸能人も(芸能人だから?)、「今まで間違った歴史を教えられてきたけど、正しい歴史をこれで知った」みたいな発言でネオ皇国史観関連書籍を持て囃したり、前述の通り中国や韓国との俗に言う「教科書問題」という外交問題にまで発展するなど、世論の大きな注目を集め、支持者も一定数は確保していました。
 ただ、上記事実についてはもはや過去形でしか語れません。というのも令和となった現在において当初の提唱者らを除くと、このネオ皇国史観を支持する層が極端に少なくなっているからです。実質的に「かつて存在した史観」になりつつあり、今後復権することはありうるとは思うものの、それにはまた長い時間がかかるだろうし、少なくともスタンダードな歴史観となることはなく、史観の一種に甘んじ続けるという確信が私にはあります。

 では何故ネオ皇国史観はここまで衰退したのか、逆になんで一時期持て囃されたのか。その点についてはまた次回の後編で解説します。

2020年11月9日月曜日

痴漢記事の裏側

痴漢に走る中国の男性は高度経済成長の犠牲者か?(JBpress)

 そういうわけで今日配信したこの記事です。実は当初、コロナ後の中国における消費動向でもまとめようかと考えていたのですが、思ってたよりいいデータや傾向が得られずどうしよっかなーとか考えていたら、何故だか痴漢に行きつきました。

 記事自体は中国でも痴漢に関する報道やデータが数多く出ていた上、日本と比較しやすい内容であったことから非常に書きやすかったです。特に裏テーマとかも設けずに気楽に読めるコラムを意識して書いたつもりなのですが、ヤフコメをみると「経済発展と痴漢は関係ない!」とやたらと主張する人がいてびっくりしました。
 そもそも経済成長とともに痴漢が増えてきた云々は確固たるデータもなく話半分で書いたものだし、後半の独身男性の増加についても数ある理由の一つかもしれないね的な内容なのに、なんかあれこれいろいろ理由つけては「そんなはずない!」と言っている人が多く、なんでこんなマジになってんのと正直感じました。文章自体もそこまで固い文体にはしてないし、とりあえず中国でも痴漢が認知されるくらいに増えてきてるよ的に読んでくれさえすればいいのに。

 一方でこうしたヤフコメの反応見て、何故記事ネタが痴漢に行きついたのかを思い出しました。実はもともとこの記事は、「中国と比べて日本は性的不審者が多い」というテーマで書く予定でした。このテーマで書こうと思っていた理由というのも、そのように話す女性が非常に多いからです。
 具体的には日本に留学などで滞在していた中国人女性と、現在中国に滞在している日本人女性からですが、なんかどの人に聞いても「日本は怪しい人が街中に多すぎる」と示し合わせたかのように話す傾向があります。具体的な怪しい人としては、「無言でじっとこっちを見てくる」、「ちらちらと何度もこっちを伺う」、「何故か後ろを歩いてついてくる」といった変質者で、男の自分にはわかりませんが日中で生活したことのある女性からすると、日本においてはこうした変質者が異常に多いそうです。

 実際というか、女性に対する変質者は私だとわかりかねますが、挙動が怪しかったり視線が定まらない変質者であれば確かに日本にいるとやたら街中で目につくというのは私も感じます。中国でも朝から大声出してる変なおじさんは確かにいるというかやたら多いですが、日本の変質者はなんというか意思があるように見えなかったり、一点だけをジーっと見ていたりなど敢えて例えるとゾンビっぽい特徴があり、そうした人間は確かに中国だと皆無と言っていいくらい見ません。

 ただこうした変質者に関しては比較が難しいのと範囲が広いことから記事には向かないと判断し、代表的変質者として痴漢に絞って書いたのが今回の記事でした。この辺の判断についてはやはり正解だったと思うのですが書きながらに感じていたこととして、なんとなく日本だと「痴漢は存在するのが当たり前」ともいうような、痴漢に対する意識の一般化が進み過ぎているような気がしました。
 記事にも書いた通り中国も段々と痴漢が「そこにいるのが当たり前」的になってきてはいるものの、それでも日本と比べると「異常な犯罪者」という見方が強く、まだ日本ほどには浸透していません。個人的な意見としても、痴漢犯罪の何が楽しいのか私にはわからず、それこそ金に困ってないのに万引きする人のような、性的欲求不満による犯罪というより精神異常による犯罪のように私は見ています。

 話を戻すと先ほどの不審者の件と相まって日本は、前にも似たようなこと書きましたが、かつては異常だった存在が日常視されるほど一般化してきて、異常をもはや異常と感じなくなってきている節があるように見えます。まぁこの辺の議論をすると、何を異常と取るのかでいろいろ議論が盛り上がってくるのですが、先ほどの変質者に関しては日本人女性ですら中国と比較して「変質者が多い」というくらいだとは言えますが。

 最初のヤフコメに話を戻すと、なんとなくそういうような、「痴漢なんてどこにでもいるもんだ」というような前提でコメント書いている人が多く、その点で強い違和感を感じました。異常者はどの時代、どの社会にもある程度いる者だと私は考えていますが、痴漢がこれだけ日本で氾濫している現状について「こんなもんだ」と感じる人間には私はまだなってはいないようです。

  補足
 記事アップロード前に思い出したけど、日本人が異常を異常と感じなくなっていると私が初めて言及したのは、ちょうどこれからの時期というか年末にかけての鉄道での飛び込み自殺の集中でした。確か2009年くらいに書いたような気がしますが、年末になると毎日のようにどっかの路線で飛び込み自殺で遅延が発生するというのに、誰も騒がないしニュースにもならないし、年末に集中するということも全く意識せず電車が遅れることにのみ迷惑そうな顔浮かべるのを見て、「なんかおかしいぞ」と思ってそんな記事書いてました。

2020年11月8日日曜日

米大統領選のバイデン氏当確について

 仕事が平穏化して体が徐々に冬眠モードに入ってきたのかやたらモチベーションが低いのでまた短くまとめるよう米大統領選の結果についてですが、報道されている通りにバイデン氏が勝ったようです。前回の大統領選でも事前予想が全く宛てにならなかったことから今回は初めから各種予想報道は見ていませんでしたが、少なくともこれほどの接戦を予想していたところはなく、今回も各メディアは世論を読みあぐねていた感があります。
 ただ投開票後の結果については、「大接戦もバイデン氏優位?」的な報道が多かったことから、この辺の調査に関しては割とピタリ的中だったと思えます。

 それでこのバイデン氏の大統領就任についてですが、まぁ中国としては期待半分恐怖半分というところでしょう。というのもトランプ大統領はあからさまに中国を目の敵にして貿易制裁などをかけてきましたが、その代わりわかりやすいというか、目立った政治的成果を持たせてあげればバーターの様にちゃんと制裁解除に動こうとするなど、中国にとっては「先が読みやすい大統領」だった気がします。
 それが今回、一部方面で全く何するか読めないバイデン氏に切り替わることから、トランプ氏よりマシになるのか、それとも的に中国も反応に今困っている状態だと思います。実際この辺は就任後の組閣にも左右されることなので現段階であれこれ予想しても詮無きことと私も思います。

 ただ一ヶ国、バイデン氏当選によって明確に打撃を被る国があります。

“トランプ氏ロス” の金正恩氏――自身を「悪党」「暴君」呼ばわりするバイデン氏に戦々恐々

 それは言わずもがなの北朝鮮で、さっそく出された上記記事がその辺の事情を上手くまとめてくれています。やはり北朝鮮にとっては割とホイホイ首脳会談に応じてくれるトランプ大統領の方が交渉などはやりやすかったと思え(北朝鮮は首脳会談以外に外交手段がほとんどないため)、バイデン氏となったらまず首脳会談は今後開かれないとみられるだけに、完全に手を絶たれることになるでしょう。
 折しも今年、日本は一つの台風も上陸なしというすごいメモリアルイヤーだった一方、朝鮮半島には大型の台風が何度も上陸し、元からのコロナ流行と相まって現在の北朝鮮は非常に厳しい状態にあると聞かれます。

 状況的に判断して上記観測はほぼ間違いないとみており、金王朝の命運も意外と早く来るのではないかと考えています。中国側としても北朝鮮に対する関心は年々低くなっており、崩壊後に中国に傀儡政権を作らせてくれるってんなら多分その崩壊に対し何の手も加えないでしょう。韓国が併合するというシナリオも考えられますが、逆にそれは中国以上に米国が反対するかもしれません。

2020年11月6日金曜日

日本に行ったらやりたいのに今できないこと

 今日も会社では平和だったというか仕事量が少なく、同僚とチャットで「会社案内のあの人の写真、昔と今とでイメチェン激しくね(。´・ω・)?」などと雑談に興じる時間すらありました。その際になんか自分の友人の話になって、「大学時代に凄い友人いたけど、けち臭くて冷蔵庫すら持たず、鍋がないからスパゲッティもやかんで茹でてた」などと妙な友人自慢したところ、「その人とは最近会ってないの?」と聞かれました。
 この問いに対して私は、「実は今年あたり連絡を取って会ってみようかなと思ってたけど、そしたらコロナになって日本に渡航できなくなってしまった」と答えました。これは取り繕った答えじゃなくほんとのほんとで、渡航制限によって結構いろんなことをあきらめています。そんなあきらめた内容をピックアップすると以下の通りです。

・自動車免許証の更新
 かなりガチな問題ですが、既に失効して半年くらい経ちます。コロナによる特別措置でいつでも更新可能とはなっていますが、執行した免許証でも日本国内の本人確認に使えるのか、結構この点って重要な気がします。

・PC購入
 スペックは高いけどデザインと端子位置が気に入らないマウスコンピューター製の今のノートPCですが、購入から3年も経つし、この間にCPUの省エネ性能がかなり上がっていると聞くので思い切って今年買い換えようかなとか思っていたらご覧の有様になってしました。去年からSteamでゲームを購入する機会が増えたからゲーミングPCも欲しいな、でもOfficeないとさすがにやだな(ゲーミングPCには何故かOfficeの購入オプションがないのが多い)とか考えたら、コロナ特需でパソコンが売れに売れて、なんか値上がりしてるっぽいのもいろいろ嫌です。
 前にも書いていますがPCは国ごとの規格の差が結構でかいこともあり、なるべくなら日本国内で調達したいといつも考えています。とはいえ、既に自宅には使わなくなって放置したノートPCが二台あり、これの処理とかどうしようかなとも結構悩みどころです。

・聖地巡礼
 前に連載で書いた戦国時代初期の関東における名所とか回ってみたいと前から考えています。具体的には古河公方御所跡とかですが、この辺掘り返したら観光名所になると思うけど、埼玉県民とかその辺気づいてない気がします。
 ちなみに実際に自分が聖地巡礼した場所を挙げるとしたら、地味に榛名山と赤城山が出てきます。赤城山ではリアルにハチロクがバックミラーに写って、ソ連人民の敵である親父とともに興奮してました。

・かっぱ寿司
 この前同僚とも話題になりましたが、中国で生活していて日本に行ったときに回転寿司屋行くと、かっぱ寿司でも感動するくらいうまいと感じるようになります。中国でも寿司屋はたくさんありますがやはり素材間の差はいかんともしがたく、反動でかっぱ寿司がやけに高級寿司店に感じるようになります。

 以上、いくつか挙げてみましたが、結論から言うと実はそんなないことに気が付きます。というのも最近中国だったらSwitchの最新ゲームも普通にダウンロードで購入できるし、日本食も寿司はともかく上海なら何でも食えるし、プラモだって中国や韓国メーカー製のキットはむしろこっちの方が手に入りやすく、意外と不便な点はほとんどないです。
 強いて言えばネット環境が悪いくらいですが、かれこれ6年くらい継続して使っているVPNで時間帯を狙えばダウンロードも高速でできるようになり、すっかり自分も中国の生活に馴染んでいます。逆に日本帰ったらいちいち会計の度に財布開けたりしたりしなきゃならないこととか考えると、そっちの方が不便感じたりするかもしれません。

 ちなみにゲームの話をすると、この前発売した「真・女神転生Ⅲ」のSwitch向けリマスター版はPS2時代にやってなかったので購入してやってみようかなと考えていましたが、ネットの評判みると動作が極端に遅いなど滅茶苦茶悪く、値段下がるまで買い控えることにしました。なおレビューにある個人的には「モッサリマスター」という言葉がやけに胸に刺さりました。いいセンスした人もいるものです。

2020年11月5日木曜日

日本の歴史観~その4、自虐史観

 愚痴った後で連載再開で、今回はある意味昭和後期を代表する歴史観こと、自虐史観です。

 この歴史観、というより戦後の歴史観は基本的に第二次世界大戦の日本をどのように評価をするかがに論点が集中するのですが、逆を言えばそれ以外の点、具体的には江戸時代以前に関してはその前の皇国史観と比べて余計なバイアスが解消されたことで、実証的な研究が花開くこととなりました。

 特に皇国史観においてはある意味否定されていた先史時代に関しては昭和中期から後期にかけて考古学ブームが起こり、それまでの遅れを取り戻すかのように活発に研究が行われるようになっています。
 惜しむらくは平成期において石器発掘捏造事件が起こったことで事実上、それ以前の研究や発掘成果に疑問符がつくこととなってすべておじゃんとなったことです。もっともそれ以前から考古学は恣意的な研究発表や実績考査が絶えなかったとされ、それらが発掘捏造に関しても事前に疑問視されていた声を黙殺していたと言われるだけに、遅かれ早かれ自滅していた気がします。少なくとも現代において、平成期と比べ考古学が日本国内で話題に上がる回数は明らかに少なくなっています。

 また先ほどはバイアスがなくなったのは「江戸時代以前」と書きましたが、正確には明治中期、それも日露戦争の1905年までの時代は自由な議論が許されるとともに、実証的な研究が進みました。一体何故ここで区切りとなったのかというと、私は二つの理由があると思います。
 ひとつは、日露戦争後に朝鮮半島が実質的に日本の支配下に置かれ、後の併合につながるからです。これ以後に日本は「植民地を持つ帝国主義国家」となり、自虐史観が否定した戦前の軍国主義の起点とされてしまい、日露戦争以後の日本の歴史については基本的に否定するものとして自由な議論は許されなくなったと私は見ています。

 もう一つは、地味に司馬史観こと司馬遼太郎の「坂の上の雲」効果ではないかと本気で考えています。今述べた通りに日露戦争以後は帝国主義国家となるけれども、「坂の上の雲」では「日露戦争以前の日本は立ち遅れていた状態から西欧に必死でキャッチアップしようと、明治維新を起こして改革していた」という、今風に言えば「美しい日本」的に描いたことで、こうした認知が歴史評価の大きな区切りをつける流れに一役買ったのではと見ています。
 なので西郷隆盛や大久保利通は「歴史上の人」となりましたが、伊藤博文や山縣有朋は「現代人」というようなくくりで、伊藤や山縣以降の時代と人々は歴史的な評価というか議論がしづらいというか実質的に制限される事態を招いたと考えます。個人的に非常に惜しいのは大正時代がこのあおりを受けたことと、昭和というハイスケールな時代に挟まれたことと相まって、あまり話題に出ることもなければ検証もされる機会を失ってしまった気がします。普通選挙に至る過程や原敬などアクのある人物は現代においても取り残されてしまっている感があり、今後の研究が待たれます。

 そんなわけでようやく自虐史観の本体についての話に移れますが、私が説明するまでもなく、この歴史観の特徴は「日露戦争以後~二次大戦以前の日本を否定する」ことで成り立っています。具体的には、

・日露戦争以前の日本には正義があったがそれ以降はただの野蛮な帝国主義国家
・日本の二次大戦は侵略戦争
・アジア諸国に多大な損害を与えてしまった
・ついでに朝鮮にもひどいことをしてしまった
・無謀にもアメリカ様にケンカを売ってしまった

 ざっとした内容は以上の五点に集約されるでしょう。一体何故この自虐史観が戦後にスタンダートとなったのかというと、やはり戦後の日本人自身が強い負い目を感じていたことが大きいと断言できます。特に実際に従軍した方や、戦後の政治家になったものなどはその発言などを聞くと戦争で中国などアジア諸国に対し略奪を始め大きな損害を与えてしまったという後悔を口にしている人が多く、その内容や態度から見て実際にそのような贖罪意識は高かったように感じます。
 それだけに、「こんなひどいことをした日本は間違っていた」、「こんなことは繰り返してはならない」という過去を否定する自虐史観は心情的に受け入れやすかっただろうし、また日本の国際的立場から言っても、そうした殊勝な態度を示すことが国益にも叶うと考えた政策担当者も多かったのでしょう。もちろん日本人自身も戦争で大きな損害を受けたことで、「もう戦争はこりごり」という意識を持ったことも大きかったでしょうが。

 ただこの自虐史観ですが、その名が示す通りともかく戦前の日本を貶めるだけ貶め、中には事実以上に日本のことを悪く批判、否定する声も少なくありませんでした。そうした反発が平成期に花開くこととなるのですが、逆を言えば何故平成に入ってから花開くこととなったのかというと、それはやはり昭和天皇が崩御したということが最大の理由だと考えます。
 ある意味で最大の当事者であった昭和天皇が崩御するまでは、昭和天皇自身も受け入れていたこの自虐史観について、反発を持つ者たちも否定することが出来なかったのだと思います。逆を言えば昭和天皇の崩御がもっと早かった場合、自虐史観からの揺り戻しはもっと早くに起きていたと思います。

 私自身は先ほども書いた通り、戦後の冷戦期という時代においてこの自虐史観が日本でスタンダードとなったことは、国際社会における日本の地位回復において有利な結果を運ぶ要因になったと考えています。極論を言えば、損害を与えたアジア諸国への補償としての政府開発援助(ODA)にかこつけて、日本製品や技術の売りつけや企業進出が果たすことができたし、諸外国も戦前の日本に対する反発を持ちながらも、見た目だけでもへこへこする姿を見て警戒を緩めていったことを見れば、復興期においては非常に役に立ったとみるべきだと私は思います。
 そういう意味では、この歴史観をその身をもって維持させた昭和天皇に関してはよくぞ長生きしてくれたという風にも感じます。あまり言われないですが、昭和天皇の崩御に伴う歴史観の切替えという概念は地味に重要である気がします。

2020年11月4日水曜日

日本の歴史観~番外、やらなきゃよかった編

 今日「チェンソーマン」の最新刊に当たる9巻を電子書籍で購入して通勤中に読んでましたが、余りの衝撃的展開の連続でいろいろショックが大きく、1日中仕事が手につかなくなりました。ジャンプ本誌で読んでる人たちからするとこの後の展開の方がさらに激しくなるとのことで、真面目に伝説に立ち会っているの感じます。
 前も少し書きましたが、この漫画の作者はある意味で従来の漫画表現を否定するかのような破壊的表現で連載を続けています。やはり本人も映画好きだと言っている通りにその表現手法は映画に近く、一般の漫画がストーリーを追っていくのに対し、この人の漫画は演出を追うためにストーリーを負わせるというべきか、演出を何よりも優先している感じがします。

 真面目にこれだけで話を終えてもいいのですが話を本題に映すと、先月からやっているこの「日本の歴史観」の連載はやらなきゃよかったと真面目に後悔しています。なんで後悔しているのかというと、一本記事書くのに物凄い負担が大きいというか、書き終えた後にめっちゃ疲労するため、書く前の段階から尻込みします。
 実を言うと今日は本当は連載の続きで自虐史観について書く予定でしたが、チェンソーマン……じゃなく会社の仕事でやや疲労気味だったために、どうしても書く気が起きませんでした。自虐史観自体はこの連載の中でも書きやすい部類のネタで、ひとつ前の皇国史観と比べたらずっと楽なのですが。

 そもそもこの連載を始めたのは、内容が良ければまたJBpressのコラムにも流用できるだろうという当て込みからです。自分もJBpressでコラム連載してから丸4年経ち、いい感じに手を抜く手法を磨いてこれてます。
 書き始める前の段階で徳川史観、皇国史観、自虐史観、そして平成期における史観プラスワンの五本立て、連載中に思い浮かんだらもう一本という筋立てで始めたのですが、意外と平成期の史観については考察を深めると実は現在、ほとんど整理されていないという事実に気が付きました。また誇張しすぎかもしれませんが、平成期における史観については整理するのは私がはじめてになるんじゃないかと内心思え、参考となる資料とか分析もない中で一からその史観について分析、論証する羽目となりました。これがほんとしんどかった。

 他の人はどうだか知りませんが、私はゲームしてる時とプラモ作っている時以外は常に何か考えています。ご飯食べてる最中も「虫の進化が虫を食べる動植物の進化にどう影響したのか?」とか、風呂入っている最中に「三種のマジックリン(バス・トイレ・ガラス)のうちゴキブリを殺すのに最も適しているのはどれだろう?」とか常にくだらないこと考えています。
 ブログネタも大体トイレしている最中か歩いている最中に「今日何書こう?」的に考えていつも決めていますが、この連載の下準備は三日くらい通勤途中にずっと考えて練っています。これは自分にとってもかなり異例で、これ以前の分析が足りなかったのもあるものの、意外と考察すれば深くなるという特徴があります。

 前回の皇国史観も、最初は南朝贔屓で実証主義から離れていったということだけ書こうと思っていたのですが、よくよく検証すると皇国史観が流行り出したのは明治後期であるということに気が付き、この時点で「時の政府が強制したのではなかった」ということにも気が付き、当たりを付けて調べて言ったら案の定というか政争の具として発展していった系譜を知りました。何気にこの辺の過程を知ったのもこの連載の準備を始めてからで、「史観」というワードに着目したのは意外と発見であったと気づくとともに、いざ各段階になると苦労が半端ないということにも気が付きました。

 連載初めに書いた通り、歴史というのは決して中立ではなく何らかの思想に立って評価分析されるというのが私の持論です。現代史はもちろんのこと先史時代も未だに邪馬台国論争を言う人もいるくらいで、スイスの様に「完全中立」なんてのはなく、如何に中立に近づくかというアプローチでないと歴史はやっぱり語れないでしょう。
 そういう価値観で見ると、歴史観というのはやはりその時代ごとの世論というか状況に左右されることが多く、そうした社会背景を分析しながら追っていくとまた見えてくるものがあります。その点をこの連載では上手く反映できるように意識して書いていますが、内容が深まり過ぎて果たしてJBpressでも使えるかとなると結構不安になってきました。

 なおJBpressの次の原稿は既に提出しており、今日ゲラ来てオッケー出しました。また中国社会ネタですが、友人からは「いつもと方向性が違う(;゚Д゚)」と言われました。自分でもそう思う。
 逆に最近JBpressで歴史ネタから遠ざかっているから、そろそろまた何か歴史ネタ書こうかなとか考えています。個人的な欲求ですが、一回でいいからキスカ島ネタは公のメディアで記事を出し、「キスカについては俺も書いたことあるぜ(^ω^)」と言える立場になりたいです。阿川弘之なども書いているから、自分が書いていいものか凄く悩むのですが。