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2017年3月31日金曜日

外務省とゴルゴ13の謎のコラボ


「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」(外務省)

 先ほどメールを開いたところ「【上海総】ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」というタイトルのメールが入っており、「なんやこのスパム?」と一瞬疑いました。よくよく発信元を見ると、私も登録している上海総領事館からの中国に関連する安全情報を発信するアドレスから発信されており、中身を開いたところ上記リンク先のページを開設したのでよろしくぅ的な内容が書かれてありました。その内容というのも、海外安全情報について外務省とゴルゴ13がコラボしたという身も蓋もない内容でした。

 上記のYoutube動画は今回のコラボのいきさつについて外務省職員の方が直々に説明するというのもので、より効果的に中小企業関係者へ渡航地の安全情報を伝える「たびレジ」というサービスと、ゴルゴ13のキャラクター性がマッチしていると考えたためだと話されています。曰く、ゴルゴ13は作中でも自分が臆病であると度々述べており、そのような慎重な姿勢こそが渡航地での危険から逃れる上で大事な姿勢だと考えたそうです。深くツッコんだら負けだろうけど、後付けじゃね?
 既にコラボは始まっており、リンクを付けた外務省のページからゴルゴ13が外務大臣から依頼を受ける場面や、パキスタンでの爆弾テロをテーマにした漫画が公開されています。ほかのコラボでもそうですけど、こと解説役であればゴルゴ13はよく機能するなぁって気がします。

 ただそうしたこと以上に私が着目したのは、上の動画に出てくる外務省職員の方の話し方です。普通に聞き取りやすい話し方なのですが、ゴルゴ13の作者であるさいとうたかを氏の言葉を引用する時だけ何故か関西弁になります。しかもめっちゃうまい。
 最近語学関連の仕事すること多くて周りにもその筋の方が多くいるのですが、そうした影響からかイントネーションとかそういうものに敏感になっており、ちょっとした発音の違いとかがかなり気になるようになっています。そんな私からしても見事な関西弁、どっちかっていうと上品な方の大阪弁の様に聞こえ、外務省にもいい人材はいるんだなぁと変に感動しちゃいました。

 一応最後によいしょというか真面目な話をすると、各国の領事館なり大使館サイトへ行けば現地の危険情報とかを自動で配信するメールサービスの登録を受け付けています。また同じサイトで出国登録をしておけば万が一現地で行方不明になった際に身元の確認が迅速に行われるので、数ヶ月単位で海外に滞在するという方はきちんと登録しておいた方がいいです。もちろん私も登録していて、記者時代はここからの配信メールを元に記事とかも書いてました。意外といいネタ元になるんだよなぁこれ。

2017年3月30日木曜日

教育支援の選択と集中の必要性

 最近年を取ったせいか、生まれ変わるならエビルマージになりたいと思うことが増えてきました。エビルマージになって、バラモス城にやってくる勇者たちにマヒャド唱えたり、火を吹いたりしながらのんびり暮らしたいなと思うのですが、そもそも年齢を重ねることとエビルマージの関連性が自分でもよくわかりません。

こども保険はパチンコ代バラマキ現金支給より口座引落しにすべき(じじろぐ)

 こちらのサイトは最近よく見るブログでその更新数の多さには私ですら舌を巻くのですが、上記記事では教育費のバラマキに対して批判しています。言ってる内容それ自体にも深く賛同するのですが、この記事を読んでて私が考えたことというのも、そもそも国が教育費への支出なり支援を高めたところで果たして教育レベルは上がるのだろうかという点でした。結論から述べると、一定額までなら確かに上昇するだろうがある段階で支援先や額を絞らないとある所で頭打ちし、下手したらレベル下がるんじゃないかと私は思います。

 このように思う理由というのも、教育費の増額によって教育水準が高まったという検証報告を一度も見たことがないからです。そもそも日本は諸外国に比べてGDPに対する教育費支出が極端に低いにもかかわらず欧米各国を凌いで国際学力テストで上位に入っており、大学の研究費とかなら話は別ですが初等、中等教育レベルではそこまで金額は関係ないんじゃないかと思います。金額というより、カリキュラムや指導教員の質の方が左右しそうな気がするし。
 また上記リンク先の記事の様に、教育費として配った所で果たしてそれがきちんと子供のために使われるのか使途についても不明瞭な点が多いです。直近の話でも子ども手当が出されるようになってもう何年も経っていますが、これで出生率が上がったとか、子供の教育レベルや福利がよくなったというような効果の検証は何も聞いたことがなく、子供が多い家の家計が楽になってその分を子供のいない家庭が負担しているという話しか聞きません。

 また単純に学校現場とかを見ても、いわゆるFランク大学が氾濫したりこのまえの森友学園やこども園などふざけた幼児施設が補助金かすめ取ったりする話を見ていて、金かければいいって問題じゃない気がしてなりません。特にFランク大学については、そもそも勉強する気のない人間を大学に放り込んだところで彼らの学力なんて上がるわけがなく、それであればむしろ定員割れしている大学を廃校にし、まともな大学に予算を振り分けたりした方がそこに通う学生や教員のためになるし、Fランク大学に通う学生らも早くに社会へ出して職業訓練させた方が将来的にもいいように思えます。

 そうした観点から見出しに敢えて「選択と集中」という言葉を掲げたわけですが、中途半端に教育費を国が負担するよりももう少し突き放したりして、予算の振り向け先をもっと絞らないと意味がないと言いたいわけです。それでもバラマキをやりたいというのであれば、最低限そうした教育費のバラマキでどれだけ教育レベルの向上につながる、つながったのかという効果の検証報告を出してもらわなければ私個人としては納得することはないでしょう。

 もっともこんなこと言っておきながらなんですが、現在私は日本にほぼ全く税金を納めていないので偉そうに言える口でもないでしょう。ただ中国で日系企業の海外事業の維持運営において、多分ほかの現地採用者より、下手したら日本に残っている人よりはかなり貢献はしているという自負はありますが。

2017年3月29日水曜日

進学校教師の笑えない指導力


 今夏公開予定の「スパイダーマン ホームカミング」の予告第二弾が出ましたが、これこそまさに自分が見たかったスパイダーマンという気がしてならず、期待感も非常に高いです。これまでのスパイダーマンと違って、きちんと相談できる大人がいるっていう設定がいい。

 さてさて本題ですが、昨日の朝まで高校時代の友人が私の家に遊びに来てたことは既にお伝えした通りです。滞在中はお互いの高校時代の話に及び、「あの時、君がこんなに面白い人だとは思わなかった」と言われましたが、「お前らが当時、俺の凄さを理解できなかっただけだ。俺はあの頃から十分面白い」と妙な感じで否定してたりしましたが、そうした内容と合わせて中学、高校時代の教師陣についても話が及びました。

 私とその友人はいわゆる中高一貫の進学校の出で、生徒は「日本の子供は大学進学して当たり前。大学に行かない奴はクズだ」と、決して誇張ではなく信じて疑わないくらい視野の狭い人間ばかりでした。もっとも一応用意されている入学試験をパスしてくるだけあって地頭はいい人間は多く、並の公立校の生徒たちと比べればそりゃ学力では遥かに勝っていました。
 ただ、学力の高い生徒たちがいるとはいうものの、その学校の教師陣の指導力は果たして高かったのかというと非常に疑問です。以前にも同じテーマで記事を書いていますが、結論から言えば私と友人が通った学校の教師たちはお世辞にも指導力は高いとは言えず、むしろ地頭のいい生徒たちを相手にしていることもあって、教え方がそれほどうまくないのに生徒たちの優秀さに助けられて仕事をこなしているように見えてしまっていたと思えてなりません。

 あまりに激しく批判するのも何なので少しフォローしておくと、まともな先生もいなくはなかったです。ただ友人と意見が一致したのですが、中学時代は比較的まだ頼りになる先生が多かったものの高校に上がってみるとやる気のない先生が多く、特に参考用のプリントを配るだけでまともに授業せず、完全に生徒をほったらかすような先生が多く、そうした環境もあってか外部の予備校に通っている生徒ほど成績がよく学校の授業だけではついていけないと私自身も少し感じていました。
 ほかの学校ではどうなのかはわかりませんが、私が思うに案外似たようなもんで、多かれ少なかれ進学校というのは教師やカリキュラムが優れているというわけではなく、選抜した生徒の質によって支えられているという面の方が大きいのではないかと思います。そういう意味ではこと教え方という面ではむしろ中堅校、場合によっては底辺校の教師の方が生徒に理解させるために努力する羽目になって教え方が上手であるかもしれません。

 単純に教え方が上手いか下手かを見る上では第一の前提として生徒の質が同程度でなければなりません。なればこそよくいろいろ教員研修とか組まれていますが、この際だから進学校の教師たちは底辺校に一週間くらい出向いて指導してみるといった研修をやらせてみた方がいい気がします。以下に自分が優秀な生徒たちに囲まれて楽をしているのかを、やっぱり自分の通っていた学校の教師たちにも知ってもらいたいなと本気で思います。

 かなりコテンパンに母校を批判していますがこう言う風に言うのはわけがあり、というのも大学で自分の周りにいた友人らがあまりにも優秀な人間ばかりで自分の能力がどれだけ低かったかを激しく痛感したからです。また学校内での教育も、地方の公立高校などはえげつないほど受験体制でそれほど予備校に通わずとも優秀な成績を叩きだす生徒を量産しているという話などを聞くにつれて、どうして自分はそういうところに通わなかったのかなどと本気で後悔するレベルでした。
 もっともそう言った公立高校出身の大学で出会った友人らは、当時竹中平蔵氏が進めていた金融構造改革の中身を解説する私を見て、「私立出身者って面白いのがいるな」と思ったそうですが、「こんなん話すの俺くらいなもんやで。周囲の連中は俺の事をゲームばかりする奴だと思って、たとえ俺がいました話をしても理解することすらできなかった」と、やんわりと事実を伝えてました。まぁ真面目な話、政治や外交、歴史や経済について高校時代の自分と話を合わせることができる人間は皆無でしたが。

2017年3月28日火曜日

この四日間の寝床

 特にこのブログでは書いていませんでしたが、先週金曜から高校時代の友人が上海に遊びに来ていました。それほど大したイベントがあったわけではないものの、その友人には特にホテルを取らせずにそのまま私の自宅へ泊める形で滞在させたのですが、生憎私の部屋にはベッドが一つしかありませんでした。
 上海人の友人からは、「近くのビジネスホテルでも取らせたら?」と提案を受けていたものの、私も友人もそれほど金がないこともあってその案は却下し、代わりに私の部屋の中でもう一つ寝床を作ることで対応しようと決めたわけです。もちろん友人には私が普段使うベッドを宛がったので、私が寝るのはその新たな寝床となりました。

寝床 初期型

  照明が暗いせいかなんかやたらカメラ写りが悪いですが、上の写真が第一日目に使用した寝床です。説明不要で見たまんまですが、リラックスチェアの上に座って、手前のボックス椅子に足を載せて寝るという形式で、例えて言うならばビジネスクラスの航空機座席みたいな寝床となりました。もちろん、載せてある枕は頭に使います。あと掛布団として、これも航空機みたいに毛布を上に掛けます。
 実際に寝てみた感じとしてはビジネスクラスというよりかはもはやエコノミークラスで、地味にエコノミークラス症候群とかにならないかなと思いつつ、姿勢の居心地悪さを感じながら寝てのけました。そんでもって目覚めた直後の感触としても、航空機同様にあまりよくは寝られませんでした。
  
ネドコ MarkⅡ

 前日の反省を生かし、二日目に新たに組んだ寝床が上記写真です。一日目と違うのは左手前にパソコンを使用する際に使う折りたたみ椅子を用意したことですがこれによってどう変わるのかというと、頭をリラックスチェアに、腰(尻)をボックス椅子に、足を折り畳み椅子に乗せることで、系統の異なる三種類の椅子の三段合体によって寝そべることができるのではと発案して作ってみました。
 枕をリラックスチェアに乗せて実際にこれで寝てみましたが、まず一切寝返りがうてない、っていうかうったら確実に落ちるという構造上の欠陥を抱えていたことと、リラックスチェアの先端(通常太腿を載せるところ)がやや反り返っていることもあって、いまいち姿勢が安定しませんでした。そして何よりも、リラックスチェアとボックス椅子の間に空間があることによって背中の一部が宙に浮く形となって、変な風に体重かかったのか寝ている最中も肩の下部付近がめちゃくちゃ痛くなりました。こちらも初期型同様にあまり気持ちよく寝ることは叶いませんでした。

ネドコ MarkⅡカスタム

 前夜の反省を生かし、今度は余ってる枕をリラックスチェアの通常臀部を載せる溝に埋め込んだのがこちらのカスタムバージョンです。溝に枕を置くことで妙な高低差を失くしフラットな感じにさせることで、先端の反り返りによる背中への圧迫を防ごうというのがこのコンセプトです。なおもう一つの枕は溝に置いた枕の上に置き、通常通りに頭を載せます。
 寝てみた感じとしては前回よりはマシになったものの、やはりボックス椅子との空間の存在感が強烈に残り、二日目とあって変に慣れたのか不安定ながらも寝返りをうてるようにはなったものの相変らず重心が不安定で、起きたらやっぱり肩の下あたり、具体的には胸の反対側付近がかなり痛かったです。

Ne-Doco WRX STI Ver.Ⅳ

 試行錯誤を重ねながら最終的に四日目で辿り着いたアルティメットバージョンがこの寝床で、ボックス椅子の位置が前回と異なりリラックスチェアとくっつけた形となっています。リラックスチェアの先端の反り返り以上にボックス椅子との間の空間に問題があると考え、この際無理に足を延ばすことはせず、リラックスチェアとボックス椅子の上で猫のように丸くなって寝てしまおうというコペルニクス的発想から生まれました。
 寝てみた感じとしては、相変わらず不安定であるものの重心はこれまでと比べてずっと安定し、また丸くなって寝ることで比較的暖かく、でもって気持ち脚を伸ばしたいときにはこれまでと同様に折り畳み椅子へ足を乗せれば適うので、確実にこれまでの寝床と比べれば進化を感じました。
 とはいえ、寝返りを打っているうちにボックス椅子の位置が段々とずれていき、最終的には結構離れたりしてしまって前夜同様に肩の下のあたり、具体的には背中の真ん中付近が起きた直後に痛みました。

 そんなこんだがあったものの、今朝友人をタクシーに乗せ空港へ送り出したことから今夜からは普通に元のベッドで寝られることが出来ます。ただ今記事を書きながら冷静に考えてみると、普通に床に何か敷いてそこで寝ればよかったんじゃないかと思えてなりません。なんで椅子三つ組み合わせた不安定な寝床で無理矢理寝ようとしたのか、自分の行動の意味不明さに改めて妙な疑問を覚えます。

 なお友人は今回の訪問中、友人の母ちゃんから中国で世話してくれる友人(=私)はどういう人なのか知りたいから写真撮ってきてくれと頼まれたそうです。ただ私は余り写真を撮られることが好きではないため、一緒に街中歩いている最中に見かけた猫の写真を友人のi-Phoneに撮らせ、「これが俺だと言っておいて」と伝言したので、恐らく友人の母ちゃんは私の事を毛深い奴だと思うことでしょう。

2017年3月26日日曜日

ロジックで考える人の希少性

 今日動画では見ていませんが怪我を押しての強行出場を続けた稀勢の里関が本日、二場所連続優勝を遂げられたとのことで、正直私も一回の優勝で横綱にさせたことについていささか不安を感じていましたが、今場所の優勝についてはその怪我の具合を考慮すると見事としかいうほかなく、日本人横綱としての名を恥ずかしくないものにした立派な功績だと感じました。

 さてそれで本題ですが、以前にも一度書きましたが中国でコナンや金田一といった推理漫画、果てには京極夏彦氏などの小説は中国でも大人気で、特に小説の方は海外文学コーナーに行くと日本人作家の小説がずらりと並んでおり、実質「海外文学=日本文学」と言ってもいいくらいの状態です。こうした日本の文物が受け入れられる背景について中国人の友人の嫁さんが、「中国人にはあんなロジック(論理)は組めない」と分析し、だからこそ受け入れられるという見方をしめしたことがありましたが、確かに中国人に推理小説を書けそうな人ってあまり浮かばないなと思うだけに、妙に納得させられる意見でした。

 ただこうした中国人からのコメントを受けつつも、果たして日本にロジックを理解している人はどれくらいいるのだろうかという問いがこのところ頭をもたげています。この場合のロジックというのは意見や主張の論拠や合理性を筋道立てて説明、理解することを指しており、想定不可能な事態や事故による結果の変動や予測間違いは含みません。
 敢えて私流に言わせれば、「話せばわかる」というのがロジックで考えられる人の定義となります。

 こんな風な疑問を持つのも、単純にロジックが日本社会で通ることが少ないと思うからです。いくらか入る感情の余地を考慮したとしても結構無茶苦茶な、有体に言えば明らかに論理破綻していて誰もが上手くいかないと考える意見が通って、実施して、案の定うまくいかなくなるというパターンは東電の凍土壁を始め世の中いくらでもあります。そういうパターンに多いのは、「声のデカい奴の意見が通る」という情景で、要するに発言力の大きさで採用意見が決まる、意見の中身というより誰が発言したかで決まるという形態です。
 っていうか声のデカい奴が大抵どこでも無能というのが地味に大きなトピックのような気もしますがそれは今回は割愛しましょう。

 こう言う風に言えば、「いや、間違っているのはわかるんだけど相手が相手だけに反論できない」という言い訳をほぼ確実に言われますが、意見に対して何故その意見が誤っているのかなどを論理立てて説明するよう求められても案外その手の言い訳する人は説明できません。なんとなくですが、ぼんやりとその意見は誤っているとは感じつつも、それをきちんと理解するには至れていない感じです。
 こうした傾向は通常の議論でもよく散見され、私が論拠の不備や自分の意見を優位性があるとまでは言わなくとも存在する可能性はあると主張した場合、よう「でもそれは気持ち的に納得できない」などと、反論意見において感情論を主張されることが多いことからもロジックがないなと感じる人は多いです。ゲロ吐くような気持ちになろうが合理性、論理性的に正しい意見は受け入れるというような精神は、大学時代を除くと周囲の人間に感じたことはありません。

 これ以上長く述べててもしょうがないので言いたいことを述べると、案外大学教育でそうしたロジックの組み立て方や議論について学ぶべきものを学んでいないという人がこのところ多いような気がします。特に、議論で負けることを恥だと思い論理的に破綻していながらも主張を曲げないような人を見る度、議論で自分の意見を曲げることは恥ではないということすら学ばなかったのかと感じたりします。
 なお論理破綻を無視して感情論を述べる人間に対しては自分も変な手加減は要らないと考え、そこから感情論に切り替えて相手への攻撃を始めることが多いです。基本的にこの手の感情論の議論は論理を無視しての怒鳴り合い、罵り合いとなるわけですが、話せばわかる人にはもちろんこうした手段は使いません。けど使っていいと思う相手なら遠慮なく使い、でもって年齢と共に声もでかくなってきたので最低限引き分けには持ち込む自身は今の自分にはあります。無論そうした手段がいいとは思わないものの、ロジックを考えない人にむざむざ屈するよりかはという気分で私も感情論を主張するわけです。

2017年3月23日木曜日

大手企業の栄枯盛衰

 WBCは残念ながら負けてしまいましたが、米国もまた見事な野球ぶりであったことを考えると恥じる敗北ではないなと思います。なお敗戦を伝えるニュースについたコメントに、「普段、援護のない菅野ざまぁとか思ってたけど、巨人ファンはいつもこんな気持ちで見てたんだね。もうこんなこと言うのやめるよ」というコメントが心に突き刺さりました。それにしても、国際戦でも「負け運」がついてしまうというか援護に恵まれないというか……。

大手有名企業の2001→2016年度の業績変化がヤバ過ぎワロタwwwwwwwwwwwwwwww(アルファルファモザイク)

 こちら、先日たまたま閲覧したまとめ記事サイトのニュースですが、非常によくまとめられて価値のある情報であるため、ビジネスマンであれば必ず見ておくべき記事内容です。なお別にビジネスマンでなくても、ワンダーウーマンであっても問題ありません。
 内容は見出しの通りに2001年度と2016年度における各大手企業の業績を業界別にまとめてあります。一見すると売上げが大幅に落ちていながら実はものすごい増益をしている会社があったり、目立たないけど着実に増収増益していたり、あまり悪い話は聞いていなかったけど実は結構業績が悪くなっている会社などが割と一目でわかるようになっています。

 友人この記事を見せた際、ちょっと話題になった数字は以下の数字です。

・電機大手その1
【NEC】
売上高 5兆4097億→2兆6800億
営業利益 1852億→300億

【富士通】
売上高 5兆4844億→4兆5000億
営業利益 1897億→1200億

【ソニー】
売上高 7兆3148億→7兆6000億
営業利益 2253億→2400億

【東芝】
売上高 5兆9513億→5兆5200億
営業利益 2321億→▲4100億

 東芝は言わずもがなですが、地味にNECが売り上げが半減化し、営業利益に至っては五分の一になるなど往時の勢いがみられません。友人も、東芝ばかり槍玉に挙げられるが地味にNECの方がやばいのではと言及しており、こうして改めて数字を突き付けられるとなおもその印象が強まります。
 こうした電気系に加えもう一つ気になった会社はこちらです

【JT】
売上高 4兆5017億→2兆1100億
営業利益 1320億→5600億

 噂には聞いてはいましたが、売り上げが半減しておきながら利益は4倍超になるという恐ろしいほどの好業績をJTが叩き出しています。脱タバコ化が上手くいって食品などの事業が好調とは聞いてはいたものの、営業利益率が約4割って普通に有り得ない凄さです。

 このほかに紹介されている企業もどれも一見の価値があるので、自分の方から説明するような蛇足はしないので是非読んでみてください。それにしても、こうした整理された情報ってやっぱり価値があるなぁ。

2017年3月20日月曜日

知られざるたなぼた

 今日昼ごろ、もしも阪神ファンが保育園に落ちたら「保育園落ちた巨人死ね」とか思うのかなと考え、その後もSF好きなら「保育園落ちた日本沈没」、香川県民なら「保育園落ちたうどん食おう」などと妙な言葉を思い浮かばせていました。

永田寿康元議員の自殺について

 それで本題に移ると、上のリンク先は私がかなり昔に書いた記事なのですが実はここ数日間で物凄いアクセス数を稼いでいます。理由は簡単で、例の森友学園問題で民進党が一旦跳ね上がったテンションを落として慎重になりつつあることについて、「かつての永田偽メール事件の反省からか」などと書かれているからでしょう。この事件もかなり昔の事件だというのにこうして現代にも引用され、さらにそれを検索する人がいるというのは私にとっても驚きで、それだけインパクトのある事件だったのだと再確認させられました。
 なおアクセス数がどれくらいかというと、ここ三日くらいで1500ビュー位いってるんじゃないかと思います。普段このブログは全記事合わせて1日500~600ビュー位なのですが、実質この記事一つで1日分のアクセス数を稼いでる計算となります。永田元議員についてはほかにも書いてる人いると思うのに何で自分所来るんだろう。

 それでまた話を変えると、例の森友学園については23日に国会での証人喚問が迫って話題性は嫌が応にも高まってきています。特に籠池氏が安倍首相から100万円をもらったという先の発言が取りざたされていますが、それについて上記の通り民進党は当初でこそそれみたことか世紀末と言わんばかりに大騒ぎしたものの、日が経つにつ入れてトーンダウンしています。

森友学園の「寄付」は籠池理事長の自作自演(アゴラ)

 その籠池発言について、現在までに出ている材料を分析すると上記の池田信夫氏の推論が最も正しいのではないかと思います。っていうかなんかどっかで見た名前だなとか思っていたら私と同じく池田氏もJBpressで定期的に記事を出していました。こういう関係ってなんていうんだろう、連載仲間?

 話は戻りますが上記のアゴラ寄稿記事で池田氏は、100万円の送金云々は森友学園側の自作自演説を唱えています。根拠としては振込の証拠として出された郵便局の払込証憑で、この証憑では籠池氏自らが自分の管理する口座に100万円を振り込んでいることしか立証していません。籠池氏自身はこの時の100万円は安倍昭恵氏から直接受け取った100万円の現金だと言っており、当初は安倍首相名義で振り込もうとしたが郵便局に止められて出来なかったから自分の名前で振り込んだと言っているわけです。
 しかし、普通に考えればツッコみどころ満載で、何の証拠にもならない証憑を取り出して安倍首相からお金もらったと主張するには無理があるでしょう。ではなぜこんなカスみたいな証憑でそのような主張を展開するのかというと、何かしら意図があるとしか思えずこの自作自演説は確実だとはまだ言い切れないもののありうる可能性としては高いのではないかと私も思います。

 では籠池氏は何故このような主張を展開したのか。これも憶測で述べれば安倍首相に対して逆恨みみたいな感情を覚えたが故の嫌がらせではないかという気がします。権利ばかり主張して義務を果たさないタイプというのは往々にして逆恨みが激しく、「あれだけ応援してたのに何故助けてくれない」などと安倍首相に対して反感覚えてやったんじゃないかという風に私は見ています。

 真実はどうであれ、ただ一つ言えることはこの籠池氏は書類の捏造と言い間違いなく山師というか詐欺師の部類に入る人物で、その証言はどんな些細なものでも鵜呑みにすることが出来ない人物です。だからこそ民進党もここにきて慎重になってきたのでしょうが、それにしてもその対応は無様としか言いようがありません。
 仮にこの安倍首相の献金発言を無視して徹底的に、何故国有地がタダ同然で払い下げられたのかを追及していればもっと世論も盛り上がっていたことでしょう。現状見る限り国有地払下げよりも安倍首相献金疑惑の方が話題となってしまっており、いわば攻めたところで価値のない、出口のない袋小路への道に突入してしまっています。ほんまあほやなぁ。

 国有地の払い下げに関しては常識的に考えて何らかの政治的圧力がかかったことはほぼ間違いないでしょう。まだ確証はないもののいくつか黒幕候補は既に出揃っているのですから、それらの黒幕に星をつけつつきちんと質問すればそれなりに民進党はいい結果を出せるはずですが、果たして23日の証人喚問はどうなるのかといったところが今日の感想です。