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2012年10月31日水曜日

日本人の改善思想

 例の尼崎の事件で各メディアが犯人の写真を間違えて出していた件ですが、朝日新聞だけが、「うちも同じ写真手に入れていたけど、確認が取れなかったから使わなかったぞ(゚∀゚)」とどや顔で報じているのが微妙に笑えます。いやきちんと裏取り作業をしているんだから確かに誉めらるのですが。

 そんなことはほっといて今日の本題に移りますが、既にブログで記事にしていますが先週末は約一年ぶりに香港へと旅行してきました。そんな一年ぶりの香港を見てきた感想ですが、一言でいうと「何も変わっていない」というのが正直な所です。いや実際にはあれこれ変わったところもあるのかもしれませんが、少なくとも自分が見てきた界隈は街の通りや建物、駅舎など、あと香港人のスタイルやファッションなどは一年前と全く変わりがありませんでした。
 一体なんでこういう風に思うのかというと過分に、現在上海市を拠点に生活しているというのが大きいのではないかと考えております。今年はペースが落ちてきているとはいえ世界一の成長市場の一級都市であるだけに、上海市は街のあちこちであれこれ建設工事なり建て替えなり、果てには取り壊しなどがしょっちゅうあります。ちょうど自分の住んでいるサービスアパートメントの前にある商業施設も建て替えが始まっているのですが、それこそ数ヶ月時間を空けるだけでも見た目というか雰囲気が変わっていることが多いです。更に言えば街並みだけでなく、上海人も豊かになってきていることから服装とか仕草がかなりめまぐるしく変わっているような気がします。

 この香港と上海の違いはひとえに、成熟市場と成長市場の違いと言ってもいいかと思います。ある程度経済発展を終えて落ち着いている香港に対しまだ発展途上で変わりつつある上海という具合に、両都市の現況が私の印象の違いを生んでいるのでしょう。では香港と同じく、一応既に経済発展をある程度達成している日本はどんなもんでしょうか。なんかさっきの話をひっくり返すようになりますが、私の印象としては日本の都市は香港などよりも上海に近いというか、意外と変化するところが多いような気がします。
 あくまで私の印象ですが、たまに実家とかに帰ってみると今までなかったところに信号機が出来てたり、通い慣れた店舗が回想されてたり、見知らぬ道が出来ていたりと、上海市ほどダイナミックではないにしろ細かいところで変化している箇所が多いと毎回感じます。またこれは以前にあった人が言っていたのですが、東京の首都高などで以前は渋滞が多発していた箇所を久々に通ったところ、一部ルートが追加されたりしていて全く渋滞が起こっていなかったそうです。その人曰く、日本人というのは地味に改善意識が高く、一度作ったものを細々と改良を加えていく傾向があるそうで、聞いた当時に私もなるほどと感じました。

 ちょうど今回に香港へ行ってみてこの時の改善という言葉を思い出したからこんな記事を書いているのですが、トヨタの改善方式じゃないですが確かに日本人は後から機能なり改良を加えていくような行為を外国人と比べて率先してやるようなところがある気がします。これもやけに印象に残っている話ですが、映画の「ラスト・サムライ」でも「日本人は誰に言われるまでもなく自分の技量を高めて前よりいいものを作ろうとする」というトム・クルーズのセリフがありますが、なんとなく通じるところがある気がします。
 一方、改良を加えていくというのには向いているものの逆に一から土台の様な何かを作るという行為は苦手だとも言えると思います。よくネットのジョークに「アメリカ人が発明したものを日本人が小型化して中国人がパクる、そして韓国人が起源を主張する」というのが以前に流行りましたが、ベースとなるものは今現在を見回してもやはりアメリカが全部作っている気がします。敢えて踏み込んでいうと、日本の漫画を作った手塚治虫は本人自身もディズニーの影響を強く受けたことを話していますし。

 更に歴史を紐解くと第二次世界大戦中に日本はよく、一回の戦闘にまとめて兵隊を送るのではなく実際に戦った後で「もう少し必要」などといって後からどんどん送り込む、逐次投入をよくやらかしています。兵力の逐次投入は軍事上で下策とされており、必要な兵力を一度に送る方が輸送コストや戦闘期間などの関係からずっと優れているのですが、こうしたことからもどうも日本は一気呵成に物事を進めるのも伝統的に苦手なんじゃないかと伺わせられます。
 そんな具合でどうもオチがパッとしませんが、日本人はいわば改善オタクで微量な変化を好む気質じゃないかというのが私の意見です。こうした点をもっと意識して、日本人に向いた組織運営法とか開発方針を作っていくのも一考じゃないかと思うわけです。

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