2016年9月18日日曜日

現代銃火器すべてを生んだ男

 ホラーゲームの名作として名高い「バイオハザード2」に「ブローニング・ハイパワー」という拳銃が出てきます。中学二年生の頃にこのゲームを遊んだ私はこの名前を見てハイパワーというのだから強そうだと感じたもののゲーム中ではほぼ最弱の拳銃ということもあってラクーン市警察署を抜けた当たりからはもう使わなくなるのですが、何故だか知らないけどこの銃の名前だけはその後もずっと覚えていて、ひょんなことからその設計者の名前を知ることとなりました。

ジョン・ブローニング(Wikipedia)

 ジョン・ブローニングは銃砲店を営む父の元、米国ユタ州オクデンで生まれます。モルモン教徒だった父親には妻が二人いたためたくさんの異母兄弟に囲まれた中で長男として生まれたブローニングは早くから父親の仕事を手伝い、その逝去後にはほかの兄弟たちと共に店を切り盛りするようになりました。
 店の運営などを弟たちに任せ銃器の開発、整備を担当することとなったブローニングは自らライフル銃を改造して自作し、これを店で販売したところその性能の高さからオクデン中で大ヒットし、評判を聞きつけた米国有数の銃器メーカーであるウィンチェスター社からオファーが来ることとなりました。ブローニングの作ったレバーアクションライフル銃の性能を認めたウィンチェスター社は早速ブローニング兄弟に特許権の買い取りを申込み、ブローニングらもこれを承諾したことからその後の生産販売はウィンチェスター社に移りましたが、その後この銃は「ウィンチェスターM1885」として売り出され商業的にも大成功を収めることとなります。

 この一件から協力関係となったウィンチェスター社にブローニングは続いて開発したライフル銃も特許も売却し、買い取ったウィンチェスター社の方も製品化して売り出したところ大儲けしたことから、「今度はショットガンだ!」とばかりに新規ショットガンの開発をブローニングへ依頼します。この際にブローニングは二年以内に開発してみせると述べ実際には八ヶ月後にして早くも開発してのけたのですが、これが世界初のレバーアクション式ショットガンの「ウィンチェスターM1887」となります。
 その後、ブローニングはショットガンの構造改良にさらに取組み、より速く、より正確に弾込できるように思いついた方法がポンプアクション方式といって、銃身をスライドさせて次弾を装填するという構造のショットガンを思いつき、こうして出来たのが「ウィンチェスターM1897」です。イメージ的にはアーノルド・シュワルツネッガーが映画の中で銃の前方部を引いたりしてから撃つのがこの手のポンプアクション方式ショットガンで、つまり現代にも続くショットガンの基本的構造がこの時に誕生したというかブローニングが生み出したと言いたいわけです。

 上のショットガンの開発エピソードだけでも十分歴史に残る大発明ですが、ブローニングは上記の開発後に再びウィンチェスター社から今度はライフル銃を一から作ってみないかと開発を持ちかけられ、二ヶ月以内に作れたら一万五千ドルのオプション料金を支払うとまで言われました。それに対してブローニングは、「一ヶ月で作るからその時には二万ドルくれ。一日でも遅れたら一銭もいらない」と条件を提示し、でもって本当に作ってしまったのがウィンチェスターM92で、発売以降ずっとバカ売れし続ける空前の大ヒット商品となります。

 その後、「もっと便利で強力な銃なんてできないかな」と個人的に開発を続けていたブローニングが注目したのは発射時のガス圧でした。火薬を破裂させる際に出るガスを使って次弾を即装填できないものかと思い付き、そして実現させてしまう当たりはもはや天才というより他ないでしょう。こうして、発射時のガス圧で次弾が自動で装填されるというガス・オペレーション方式を編み出したブローニングが開発したのが現代でいう機関銃でした。
 それまでの機関銃というかガトリングガンは弾丸を自動で発射することはできても装填までは自動ではやっておらず、ハンドルを手回しして次弾を常に繰り入れていかなければならなかったのですが、ブローニングの作った機関銃はその装填までも自動で全部やってくれるという、洗濯機で言えば二層式が全自動になるくらいの画期的な発明で、それ以前の手回し式ガトリングガンを完全に過去のものとして一掃させるほど強力な兵器となりました。

 このガス・オペレーション方式をブローニングは機関銃から拳銃にもその後応用し、リボルバー式自動拳銃を作ってこの特許権をコルト社に売却し、この特許を元にコルト社は世界初のオートマチック式拳銃を発売するに至ります。一方、この間にかつて蜜月関係であったウィンチェスター社とは契約金関連で揉めることが多くなり両者は完全に決別するまでに至ります。代わりにブローニングの商売相手となったのベルギーのFN社で、FN社向けに改造を行った自動式拳銃「FNブローニングM1900」はヨーロッパ中で大ブレイクしてベルギー国王からもブローニングは勲章をもらうほどでした。
 ちなみに「FNブローニングM1900」は合理的な構造からくる故障の少なさと正確な射撃能力、携帯性から当時非常に評判で、更に改造が加えられた「FNブローニングM1910」も数多く販売され、サラエボ事件のオーストリア皇太子殺害にも用いられています。

 FN社との提携関係が強まったブローニングはわざわざ家族とともにベルギーへ移住して晩年もベルギーで過ごしました。この間にも半自動ショットガンを作ったりするなど最後まで旺盛に銃器開発に取り組んでいたそうですが、彼が生前に設計し集大成とも言える自動拳銃が最初に書いた「FNブローニング・ハイパワー」で、この銃は拳銃でありながら高い装弾数と異常に頑強な構造からこれまた世界的に大ヒットし、この拳銃に使われる弾丸のサイズが世界の拳銃用弾丸の標準サイズ(9x19mmパラベラム弾)となるほど世界中で遍く使われました。
 何がすごいかってこの銃、設計自体は1920年代にもかかわらず「バイオハザード2」を始めとして現代でもそのままで使われていることです。またこの銃の構造は完全に拳銃のスタンダードとして君臨しており、この構造以外の銃を現代で捜す方がむしろ難しいでしょう。

 以上がブローニングの一生ですが、ポンプアクション式ショットガンから機関銃、自動拳銃まで、現代における主要銃器の基本構造をほぼすべてこの人一人で発明しているというのは、改めて考えるだに恐ろしいまでの天才だったというよりほかありません。このブローニングの影響からかまではわかりませんが彼の故国である米国では自動小銃の導入が非常に早く、ブローニング自身が設計したM1918やM1カービン(何気に設計者はジョン・ブローニングの弟)といった自動小銃(アサルトライフル)を他の国に先駆けて部隊に配備し、弾込の動作がいちいち必要だった日本のライフルを各戦場で圧倒していました。
 妹尾河童氏も著作の「少年H」で進駐軍が持っていたM1カービンを見て、「弾込動作も必要なく自動で連続発射できるこんな銃持った相手に勝てるわけない」と衝撃を受けた体験を書いています。本人は射撃部所属だったからなおさらだったろうな。

 ベタな話ですが何故ブローニングを取り上げたのかというと、一人の天才がどれほど世界に大きな影響を与えるかを示す好例だと思えたからです。またその天才を引き上げたという米国の腹の深さといい、こうした点が二次大戦でもやはり大きく影響したと思え、如何に天才を物にするかということが大事なのかとブローニングの一生を見ていてつくづく思います。
 なお自分が一番好きな拳銃は「グロック17」と言って、強化プラスチックを大量に使った初めての拳銃です。作ったグロック社はプラスチックメーカーでそれまで銃器を一切作ったことなかったのにベストセラーとなる銃を出す辺りベンチャー魂を感じるのと、直角の強いフォルムがシンプルかつ無骨で何とも言えません。ただバイオハザードだとあんまり出て来ず、コードベロニカに出てきたくらいかな。

2 件のコメント:

  1. ブローニングといえば「FN ブローニングM1910」は名銃ですね。戦前から戦後数十年にかけての映画、ドラマに必ず出てきますからね。国産の十四年式より登場回数多い気がします。

    >「弾込動作も必要なく自動で連続発射できるこんな銃持った相手に勝てるわけない」と衝撃を受けた

    日本側も四式自動小銃を作ってましたが、設計時期が大戦末期だったせいで実戦投入出来ませんでした。

    返信削除
    返信
    1.  非常にマニアックなネタに毎回コメントいただきありがとうございます。多分私よりずっとお詳しいでしょうから物足りてないかもしれませんが。
       自分も一時期プレスメーカーにいましたが、戦前の日本の工業力で自動小銃のような複雑な構造を持つ兵器を量産することは難しかったと思えてなりません。逆を言えば米国はそんな自動小銃ですら量産できるほど工業力が桁違いに高く、明らかに日本とは地力で勝っていたのだとミリタリーを調べれば調べるほど感じさせられます。

      削除

コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

注:ブラウザが「Safari」ですとコメントを投稿してもエラーが起こり反映されない例が報告されています。コメントを残される際はなるべく別のブラウザを使うなどご注意ください。