2018年4月12日木曜日

電波系のキャラは書けるのか?

 最近くそ真面目なことばかり書いておりふざけたことを書きたくなってきたので、電波系なキャラについて思うことを書こうと思います。

グランディアスⅢ(ゲームカタログ)

 つい最近知りましたが上記の「グランディアⅢ」というゲームはクソゲーだったようです。何故クソなのかというと出てくる登場キャラクターみんなが電波系というか、プレイヤー置いてけぼりな支離滅裂な言動ばかり繰り返す人間ばかりで、全く意味が分からないまま進行していくからだそうです。
 具体的にどれだけ電波なのかというという例として、以下のやり取りが上記ページで紹介されています。

  • (ヒロインが)寂しげな少女と出会った次のシーン、唐突に「あの子、手が冷たかった! 連れて帰れば良かった! あの子の手を温めてあげたい! どうすれば良いの!?」などと泣き出す。
  • しかもこの後、主人公の「飛ぼう…。飛べばきっと答えが見つかる!」という、電波を電波で返す香ばしい台詞が。

 このやり取りだけでも確かにやばそうなゲームだというのがなんとなくわかります。なお並み居る電波系の登場キャラの中でもとりわけその程度が激しく、周りをあらぬ方向へガンガン牽引するヒロインについては「電波塔」と表現されており、なかなか見事だと思うので自分もこれからこの「電波塔」という表現を取り入れていこうと思います。

 話は戻りますが、こうした「電波系」という表現は日本独特の表現で、その語源は深川通り魔殺人事件のヤク中の犯人が動機について、「電波を受けたから」と証言したことに始まると言われています。具体的に電波系がどういう性格かについては諸説ありますが基本的には、「支離滅裂、意味不明な言動を繰り返し、周囲の言葉をまるで理解しない精神異常者っぽいキャラ」と言えば大体当てはまるでしょう。
 それで今回、上記の「グランディアⅢ」の紹介を見ながら思ったこととして、「果たして俺にこういう電波系のキャラって書けるのだろうか?」ということでした。高校時代以降は全く小説書かないでいたら上海の中心でフィンランドについて紹介する日本人ライターになってしまいましたが、かつての小説を書いていた杵柄で述べると、気が狂ったキャラって案外書きづらいもんです。

 これは実際に下手な小説家の作品に出てくる気狂いキャラを見てもらえばわかりやすいですが、読者の共感を得られる狂人キャラっていうのはなかなか描きづらく、ただ暴れさせたり変なセリフを言わせてもなんとなく中二病っぽいキャラクターで終わってしまいがちで、書いてる作者はともかく、読んでる側からすると「作者はこれで狂ってるとか思ってんだろうな(笑)」みたいに思われてしまうことすらあります。現実に身の回りに頭のおかしい人なんてそうそうたくさんいるわけではなくモデル数は乏しく、かといって想像で書いてしまうと描写が過剰になったり過少になったりして、いまいちリアル感のないキャラが出来上がりがちです。作者本人が気違いなら書きやすいかもしれませんが、果たして気違い状態で小説が書けるかとなるとそれもまた微妙でしょう。
 なお私が本気で狂ってると思う人物像は、漫画家の岡本倫氏ただ一人です。作品のストーリー展開からセリフ回し、作者のプライベートの発言など、装っているのではなく完全に真性で他の人と違うと思ってます。

 なおオウムの麻原彰晃が拘禁症状で発狂しているという意見に対して、「ウンコ食ってないらしいからまだ狂ってるとは言わない」とする意見が結構よくみられます。ウンコを食うか否かがなんか狂ってるかどうかの一つの基準になっているのかもしれませんが、なんとなくそんな気はします。

 話は戻りますが気違いキャラ、それも電波系を描くのはモデルの圧倒的少なさ、尚且つ読者になめられないような水準で描写するとなったら私個人にとっては非常に難しい作業になると考えています。まさかウンコ食う描写入れるわけにもいかないし。
 そう考えると先ほどの「グランディアⅢ」は「こいつら、全員悪人」ならぬ「こいつら、全員電波系」ともいうべきカオスな世界を作っているとのことで、ある意味そりゃすげーなとキャラ作りの点で変に感心しました。

 その上で先の記事を見ていて、もしそういう電波系のキャラを作ろうというのなら、「否定→肯定→また否定……」のやり取りを見せるのが一番効果的かなという法則性を見出しました。具体的には、

  • (ヒロインが)先の少女に「真実が聞きたいんです」と自分から申し出ておきながら、兄が世界を混乱に陥れたことを聞かされると「やめて! もう聞きたくない!」と即逆ギレ。

 上の文章を読んでて、「ああこれなら電波系だと相手に一発で認識させられる」と思うと同時に、散々否定する説明しながら反論一つで、「そうだね、君の言う通りだ」とすぐ納得する反応を見せると、簡単に相手を狼狽させられるということを思い出しました。基本、人間というのは反論を呈す時には相手からさらに反論が来ることを戦々恐々と待ち受けており、一転しての肯定反応を見せられると「えっ!?なにそれ!?」と軽く電気がショートした感じで戸惑い始めます。それを見越して自分もたまに使うこともあり、実際にこれやるとかなり効果を発揮します。

 最後に小説のキャラクター作りについて持論を述べると、自己投影すると確かにリアル感のあるキャラは作れますが、底が見透かされやすいです。むしろ作者からして、「こんなやつおるかいな」という非現実っぽさを感じるキャラクターの方が程よい距離感になるというか、他者からの共感が得られやすいキャラになる気がします。総じていえば、作者の思い入れが強ければ強いほどキャラクターとしては面白みがなくなりやすく、創作するキャラクターともどれだけ適度な距離感を保てるかが魅力的なキャラづくりにおいて重要だと考えてます。まぁもう小説は書くことないだろうけど。

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