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2020年9月15日火曜日

ゴヤとナポレオンとゲリラのスペイン

 スペイン最強の画家は誰かという問いをかければ、恐らく十中八九でフランシスコ・ゴヤの名前が挙がってくるのではないかと思います。生前に描かれたメッセージ性の強い作品はもとより、晩年に差し掛かる頃に描かれたいわゆる「黒い絵」シリーズは芸術に疎い私ですらインパクトを覚えるほどの迫力があり、ゴヤがとんでもない画家であったというのを直感するほどです。
 そのゴヤが洲北京で生きた時代は18世紀から19世紀ですが、この時のスペインは文字通り激動の時代で、フランス革命を起こした隣のフランスなんかよりある意味最も激しい時代を経ています。

 順を追って説明すると、ゴヤ自身も仕えたスペイン国王のカルロス4世は父親から直接、「お前は本当に馬鹿だなぁ」と言われるくらい暗愚で、政治に関して野心満々な妻のマリア・ルイーサとそのお気に入りで宰相になったマヌエル・デ・ドゴイの好き放題に任せていました。ただ国王が暗愚だったとはいえ、大航海時代に得た植民地の収入もあって国家運営自体は問題なく行えていました。
 これがひっくり返ったのはフランス革命、そしてそれに続くナポレオン戦争によってでした。英国との対決姿勢を示すフランスのナポレオンは徐々にスペイン王家にも干渉を行うようになり、当初は英国の応援を受けたポルトガル相手にスペインとフランスは共同で戦っていましたが、暗愚な人間ばかりのスペイン王家の人々に見切りをつけたナポレオンはカルロス4世、そしてその皇太子のフェルナンド7世をスペインから追放し、フランス国内に軟禁させます。その後、自分の兄のジョゼフをスペイン国王に付け、実質的にスペインをフランスの傀儡国家としてしまいました。

 恐らく、この時スペインに干渉したナポレオンやフランス人たちは真面目に、古臭く立ち遅れたスペインの改革に力を貸してやろう的な目線もあったかと思います。というのも当時のスペインは未だに異端審問があったりするなどカトリック教会、並びにイエズス会勢力が幅を利かせ、公平平等な司法とか社会活動がかなり制限されていたそうです。実際にそうした面から、スペイン国内でもフランス軍の進駐を歓迎する進歩は勢力もいたそうです。
 しかし特権を奪われる保守勢力、特にカトリック勢力などはこうしたフランスの行為は国家簒奪(間違ってはないが)と批判して対決姿勢を示し、スペイン国民に決起させるなどして徹底した抵抗を促しました。また英国もイベリア半島に上陸してこうした抵抗運動を応援し、フランス軍との激しい戦いに参加するようになります。

 スペインでの戦争(半島戦争)はその後、ナポレオンの一回目の退位が行われるまで約6年間も続けられましたが、この間フランス軍はスペインのゲリラに大いに悩まされ、何十万の軍がイベリア半島に貼りつけられ続けました。この時のスペインでフランス人は一人では歩けなかったと言われ、ゲリラに捕まれば激しい拷問を加えられた上で、皮を剥ぐなどされた上で殺されていました。こうしたゲリラの行為に対しフランス軍も報復として、同様の方法で見せしめ代わりに捕虜などを虐殺し返し、文字通り血みどろの戦いが続けられていたと言われます。
 唯一、行政能力も高かったとされるフランス軍元帥のスーシェが管理する地域のみはスペイン人も彼に従い、フランス人も一人で出歩けたとされます。ナポレオンももう一人スーシェがいればスペインを征服できたと述べた上で、自らが任命した元帥の中で最優秀であるとスーシェを称えています。

 なおさっきから出ているゲリラという言葉ですが、スペイン語の「ゲリーリャ(小さな戦争)」という言葉が語源です。

 話を戻すとロシア遠征後、諸外国に敗北を重ねたナポレオンはスペイン戦争に片を付けるためにフランスで軟禁していたフェルナンド7世を解放してスペインに帰国させます。待望のスペイン国王が帰ってきたことで大喜びしたスペイン人でしたが、父親も父親なら息子も息子で、帰国するやフェルナンド7世はかつての封建色の強い政治体制に揺り戻した上、気まぐれに政治担当官を何度も変えたりするなどして、スペイン国内は再び混乱に陥ります。
 またフランス支配時代に起草された憲法も国王は拒絶し、これに反感を覚えたスペイン国内の進歩派勢力は反乱を起こして国王に憲法を認めさせています。しかしその数年後には再び憲法を拒絶し、反乱に係った人間たちを片っ端から処刑して、この時に身の危険を感じたゴヤもフランスに亡命してそのままボルドーで没しています。

 その後もスペインでは暗愚なフェルナンド7世による混乱が続きかなりズタズタな状態となりますが、この辺はナポレオン戦争の陰に隠れてこの辺は解説されることはほとんどありません。自分も漫画の「ナポレオン 覇道進撃」を読んでようやく知った有様でしたが、ゴヤの視点で見てみるといろいろ見えてきて面白かったです。
 ちなみにその覇道進撃の最新刊にて戦地に赴こうとするナポレオンに対し、「26年間、君は私の優秀な生徒だった。惜しむらくはその能力を欧州の安定ではなく自分の野心のために用いたことだ。君と組んでやりたいことはいっぱいあったのに」と、タレーランの心の声を描いたのは、さすがは長谷川哲夫氏だと唸らされました。真面目な話、優秀な外交官というのは本人が主役とはならず、その仕えるべき主君がいて初めて進化を発揮できるものであり、上記セリフの悔恨は外交官だからこそ言えるセリフのように思えます。

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