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2025年8月27日水曜日

直接戦っていない国ほど末端の兵士を批判しようとする

中国、台湾を非難 抗日戦争での共産党の役割否定は「冒涜」(ロイター)

 暑くてほかにやること浮かばずゲームもする気ないので記事を書き続けますが、上の記事を読んでというか前からちょっと思うところがありました。

 大分前に何かの記事で読んだのですが、硫黄島の戦いに参加した日本、米国の元兵士が何かのイベントで対面することがあったそうですが、彼らは互いに会うなり大泣きして抱き合ったそうです。それだけこの硫黄島の戦いは双方の兵士にとって苦しい戦いであったと記憶されており、敵味方を超えてあの時あの場に立っていたという事実のみで深い共感と同情を持ちあったと言われています。

 以上のような話は何も硫黄島や日米間に限るわけじゃなく、ほかの国とかでもよく聞きます。同じ日米だと日本のエースパイロットの坂井三郎が戦後に自分を撃墜し損ねたパイロットと会うなり「このへたくそ!」と言って互いに大笑いしたと言いますし、米独や独仏とかでもそういったことがあるというのを聞きます。
 なんでそうなるかというと国同士の戦争とはいえ末端の兵士からすればどちらも高級士官によって戦場に叩き込まれるだけで、敵同士として戦ったとはいえ戦場で戦った兵士同士からすれば「同じ場所で戦い合った者同士」という共感が得られるのではないかと思います。

 実際にというか、戦争を起こした相手国の政治、軍事指導者が恨まれることはあっても、相手国の兵士そのものをその後も憎み続けるというのは案外少ない気がします。日本ですら原爆を落としたB-29のパイロットやその家族を批判したりする話は聞かないし、米国側も勝者の余裕もあるでしょうが、軍事指導者などを除けば現代においてそこまで日本を批判することなく、一兵士に至っては自分も記事を書いた藤田信雄のように、戦後に称賛するにも至っています。それもこれも、「戦争というのは指導者の責任であって、末端の兵士には責任がない」という前提があるのと、前述の通り苦しい戦場を共に共有したからでしょう。

 それに対してというのもなんですが、中国も韓国も戦争指導者以前に末端の日本人兵士を殊更批判することが多い、というか近年ますますこの傾向が強くなっている気がします。以前はそれこそA級戦犯への批判が多かった気がしますが、なんか最近は日中戦争に関して「どこそこで日本の兵士がこんな残虐行為をした」などと並べ立てたりして、批判がそうした行為を支持した士官ではなく、どんどん末端の兵士へと向けられるようになってきていると感じます。
 なんでこうなるのかというと冒頭のロイターの記事でも指摘している通り、現在の大陸の中国が日本と戦争をしたという実感を持っておらず、近年はその傾向に拍車がかかっているからじゃないかと前から思うところがありました。韓国に至っては日本はそもそも戦争しておらず、だから指導者よりも末端の兵士をあげつらうのだとはっきり感じます。

 実際のところ日中戦争で日本軍は解放軍とも戦闘をしていますが、やはり主力として戦っていたのは国民党軍です。中国共産党自身も一昔前はあの時代は国民党との戦闘を中心に語っていましたが、近年は「中国として日本と戦っていた」という主張が強まってはいるものの、前述の通り日本と戦っていた実感を連中も持っていないように見え、だから「日本の兵士にこんなひどいことされた」と被害ばかりあげつらい、解放軍がどのようにして日本軍との戦闘を優位に進めたりとか勝利したとかにはあんま触れないんじゃないかと勝手に考えています。
 マジでこの辺の話は見ない、っていうかその辺は国民党軍の話になってしまうだけでしょうし。それだからこそ、被害の話に終始するんでしょう。

 実際に戦っていないのだから兵士同士の共感もなく、大所高所での判断ができず無駄に支持されるだけだった末端の兵士への批判を強めるようになっており、こうした傾向は「実際にはあんま戦っていない」という事実を側面的に証明しているかのようにすら見えます。そもそも何度も書いていますが、末端もそりゃ現地で略奪や残虐行為はしたでしょうが、真に責任あるのは指導者たちで、そこを批判せず末端だけ批判してもしょうがないというか未来につながりません。その辺を今の中国政府や韓国の運動家は理解していないから、膨れ上がったヘイトが変な方向に向かうんじゃないかとやや皮肉っぽく見ています。

暑い……苦しい……:(;゙゚''ω゚''):

 先日に大雨が降ったおかげで上海の気温やや下がったのですが、それでも最高気温は37~38度を常に維持し、毎日が熱帯夜となっています。ちなみに熱帯夜って英語でなんて言うんだろう、バーニングナイト?ってかそんなこと思ってたら「バーニングナイトF91」という懐かしい単語を思い出す。

 さすがにこんな暑さが続いているので冷房が手放せないのですが、昨夜シャワー浴びてリビング兼寝室に戻ってくると、室内と室外で温度委ほぼ差がないのを感じました。しかし、エアコンは動いています。気になってエアコンの風に触れるとこれがまた見事に生暖かく、恐らく送風機能は残っているものの冷却機能が吹っ飛んだのだと推理しました。
 思い当たる節はあるというか、昨夜シャワーを浴びる前にパソコンしてたらなんかプラスチック内をかけらが走り回るような音がしました。何か落ちたのかと思って床を見ると、小さい氷のかけらが一つ落ちており、これを見て冷房内の冷却機(チラー?)に付着していた氷が落ちたのかと思っていました。ただ実際には、チラー内部で何かが吹っ飛んでその振動で付着していた氷が落ちてきたんだと思います。

 そんなわけで現在、31度の室内でこれ書いています。つい先日、「こんな毎日冷房を使えて最新のパソコンを使う日々なんて学生時代に考えられなかった」などと考え、学生時代の自分が見たら怒られるだろうなと思っていたのですが(学生時代は冷房を来客時にしか使わなかった)、まさにあの頃の自分のような環境に叩き落されるとは思いもしませんでした。
 っていうか去年もガスが抜けて冷房が使えなくなることがあり、故障発生を今年も懸念していました。そもそもこの冷房、自分が引っ越す前から使われていたもので、自分が入居直後からリモコンがほとんど効かないため万能リモコンを買わざるを得ないほど古い機体でした。それだけに、今中国で家電買い替え補助金があるから冷房屋が忙しくない秋口にも大家に話して買い替えを提案しようと思っていた矢先でした。

 すでに大家には壊れてしまい、この際新品に買い替えないかと話して「わかった」と返事をもらっています。言葉少なげに対応が早いのでしばらくしたら取り換えてくれると信じていますが、数日間はバーニングナイトをこのまま過ごすことになりそうです(ヽ''ω`)

2025年8月24日日曜日

大阪万博の電通外しは今後影響するか

 結論から言うと、今回電通なしで無事開催に至れた大阪万博は今後の大規模国際イベントに影響するのかもとみています。

 開催前こそ本当に大丈夫かと心配され続けていた大阪万博ですが、いざ実際に開催してみると懸念されていた問題はおおむねクリアし、来場者の反応も良く、何よりも目標としていた採算ラインも無事クリアできそうな見通しも立ってきていて、現時点においてもほぼ成功だったと言える結果を残しています。私自身、開催前の報道を見ていていろいろ不安でしたが、こうした結果を見るにつけ自分の不明を恥じるあまりです。
 実際に来場した友人らの反応も良く、特に開催間もなく訪れた中国人の友人から絶賛されていたのを見て、外国人ですらこれほど好反応を見せるとはと大いに驚きました。私自身はずっと中国にいるため閉会までに行けそうもありませんが、前評判の悪さを払底したこの結果には目を細めています。

 そんな大阪万博ですが、先の東京五輪の汚職問題の影響を受けて国内最大のイベント兼広告会社の電通は、開催や運営に一切関与していないとされています。この電通不参加が先の前評判の悪さにつながっているというか、電通なしで国際大規模イベントなんて開けるわけがないという意見も見られました。私自身も電通自体は親の仇もあって嫌いで伏見稲荷の鳥居もいつか爆破したいとすら思っていますが、開催前は電通がいないからうまくいっていないのだろうと感じていました。

 しかしふたを開けてみると前述の通り大阪万博は好評を得ており、電通なしでもきちんとやれるっていうのを証明して見せました。これまではどれだけ電通のことを嫌ってようが、大規模イベントでは電通以外には頼めないということから巨額の報酬を積んで依頼するのが日本におけるイベント業界であったものの、今回の大阪万博が教訓となり、「無理して電通に頼まんでもええんや(∩´∀`)∩」みたいな動きが広がるかもしれません。っていうかそうなれ。


 そんな最中、それほど注目集めているように見えませんが電通はここにきて業績悪化、リストラを発表しています。実際のところはどうなのか財務諸表とかもきちんと見ていないので断言こそできないものの、もし仮に上記の私の願望通りに大阪万博の成功を受けての電通離れ、特に国家イベントの電通外しが今後広がれば、この会社も少なくない影響を受けるのかもしれません。
 ぜひそうなってもらいたいだけに、大阪万博関係者は何故今回成功に至れたのか、電通ではないどの会社が頑張って運営を果たしたのかなどそのノウハウを惜しみなく公開してもらいたいものです。以前にも記事で言及してますが、大阪はこのところ梅田周辺開発の素晴らしい成果を含めやたら行政が優秀に感じるだけに、こうした仕掛人こそプロジェクトXで取り上げてほしいです。


  追記
 コメントにて指摘があり調べなおしたところ、電通単独ではないもののコンソーシアム形式でいつの間にか万博に噛んでいたようです。自分の勘違いからこういう記事を書いてしまって大変反省するとともに、電通は万博に関与していないという主張が間違っていたことを改めて明記させていただきます。

石破政権はいつまで続くのか?

 多分歴代クソゲーの中でも、デスクリムゾン、四八などといっしょに四天王くらいには入ると思う「星をみるひと」の勝手にリメイク作にあたる「STARGEZER」を遊んでいますが、最近こういうのんびりやれるRPGゲーム内からなんかほっとします。ゲーム内容は元のクソゲーよりだいぶマイルドらしいが難易度そこそこ高いけど。

 話は本題ですが前回選挙から1ヶ月近く経つものの、いまだに石破政権は続いています。選挙前からの不人気と選挙での時効過半数割れを受けてすぐに辞めるのかなと思ってましたが、かつての大平正芳の如く結構粘っています。選挙直後こそ自民党内で長老会議が開かれるなど石破下ろしの動きも積極的でしたが、現在に至ってはあまり目立つ動きは見られなくなっています。
 私は当初、石破下ろしが急に沈静化したのは辞任時期を石破総理自信が示したからではないかと推測しました。具体的には慰霊関連イベントが集中する八月中旬を過ぎたころで、本人も思い入れがありそうなのでこの時期が卒業旅行となるのではとも見ていましたが、8/24の現在においてはあまりそれらしい動きが見られません。それどころか世論も前ほど、石破総理への批判を口にしなくなってきています。

 そんなわけでいつまで政権が続くが読めない状況ですが、自民党の有力者にとってもこの状況の方が案外都合がいいように見えます。支持基盤が弱いことから石破総理に後ろから働きかけることもできるし、また仮に石破総理が辞めるとしたらその後釜でも揉めることが確実です。具体的には高市氏が現在の最有力候補ですが、彼女だと保守意識が強いあまり既存支持者が離れる可能性もあって、それが先の選挙戦にも影響しています。
 ほかの候補で今高市氏に対抗できるものとなるとやや人数が少なく、また今後の別の野党との連立も含めると敵を作りやすい高市氏だと任が重く、この点でも懸念となります。となると、何かしっかりした連立体制が出来上がったら、そこで石破総理はお役御免となる可能性もあるかもしれません。

 連立先としては既存の公明党のほか、維新の会か国民民主の名前が何度も出てきています。どちらもやや弱り目にあり、また小泉農相が維新の吉村代表とも歓談するなど、何となくにおわせムードも出しています。国民民主は玉吉が先の公認問題で党内への影響力が低下しているように見えるので、この辺がネックになるでしょう。

2025年8月23日土曜日

歴史に残るような漫画の一コマ

 私がここで語るまでもなく日本の漫画の中にはその後長く読み継がれ、伝説的とされる作品が数多く存在します。ただ数多くある漫画の中で、「この一コマはヤバい」などと、漫画内の特定の一コマを取り上げて評価するということはあんま聞かないので、ここでいくつか自分がすごいと思う一コマを切り取って紹介します。

・「あしたのジョー」のラストシーン

 ボクシング漫画の金字塔こと「あしたのジョー」ですが、いわゆる真っ白に燃え尽きちまったなラスト一コマはその後、多くの作品で模倣されていることから、原作を読んでいなくともこのシーンについては知っている人も多いと思います。超人気作品のラストシーンであることもさることながら、当時の時代背景なども踏まえてみると含蓄の深い一コマであると自分も感じます。

 なおこのラストシーンですが、原作に口を出されることを極度に嫌っていた原作者の梶原一騎に対し、作画のちばてつや氏は例外的に「あしたのジョー」の展開に口を出すことを許されていたそうです。もっとも力石を殺すかどうかで梶原一騎は一歩も譲らず、「力石は俺が殺す!必ず殺す!」と喫茶店で叫んだら警察呼ばれたそうです。
 話を戻すと、最後の締めをどうするかに関してちばてつや氏から「自分に任せてほしい」と言って、このようなラストにしたそうです。梶原一騎も何も言わず任せたとのことで、こうした背景を知って読むとまた見えてくるものがあります。

・「ブラックジャック」の本間先生逝去シーン

 これは正確には一コマというより名言に入るのかもしれませんが、ブラックジャックが師の本間丈太郎が老衰で亡くなろうという時、あらゆる手段を使って治療を試みるも叶わず逝去した後、打ちひしがれるブラックジャックに霊体となった本間丈太郎が「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」という言葉をかけるシーンがあります。
 医療の限界そのものにも向けられた名言で引用する人も多いのですが、それ以上に「ブラックジャック」はこの回以外でもラスト一コマが印象的なものが多く、そうしたドラマの見せ方における手塚治虫の上手さが感じ取れます。

・「げぇっ関羽!」

 もはや説明不要でしょうが、横山光輝版「三国志」で関羽に遭遇した際に曹操が叫んだこのセリフのシーンも非常に多くパロディに使われています。下手すりゃ同作品の中で一番有名なコマじゃないかとすら思え、セリフの妙な絶望感と小気味よさ、そして関羽の恐ろしさが一言でわかる名シーンじゃないかという気がします。

・「ジョジョの奇妙な冒険」のスタープラチナ初登場シーン

 これもほかの多くの人も指摘していますが、「ジョジョの奇妙な冒険」の第3部から「スタンド」という超能力が具現化した状態で描かれるようになります。これはそれまで目に見えない超能力を初めて絵で表現するという画期的手法とされており、その意味を踏まえてみるとスタープラチナが初めてその姿を現すシーンは文字通り歴史的なワンシーンであるかのように思えます。

・「俺が鎧の巨人で、こいつが超大型巨人ってやつだ」

 ぶっちゃけこれ書くためだけにこの記事仕込んだわけなのですが、「進撃の巨人」でライナーがエレンに対しこのセリフを言うあのシーンは、まじめに歴代漫画の中でも最も衝撃的な一コマとして認定してもいい気がします。二度見しない読者はいないとすらされるほどの衝撃的な展開が、さほど大きくないコマで通常のセリフのように物語の核心に迫る真実がぽんと投入されたこのコマは、文字通り「進撃の巨人」を代表する一コマである気がします。

 このほか挙げるとしたら、「ドラゴンボール」のスーパーサイヤ人覚醒シーンとか、「デビルマン」のヒロイン死亡シーンなんかも十分歴史的と言える気がします。ミクロに見すぎな気もしますが、本当に優れたワンシーンを選ぶこともたまにはありなんじゃないかと思います。

2025年8月22日金曜日

ニンジャガイデン3はマジクソ

ニンジャガイデン3(NINJA GAIDEN 3)(ゲームカタログ)

 自分が初めてゲームのグラフィックの美麗さに感動したのは、PS3で発売された初代の「ニンジャガイデン」でした。このゲーム、忍者を使って画面上の動くものすべてを切り倒す3Dアクションゲームなのですが、半端なく難しく第1ステージをクリアするまでにマジで100回くらい死にました。まぁ第1ステージが実は最難関ともいわれるのですが。
 ただ、それだけ死ぬことを繰り返すゲームながらキャラクターを動かしているときの爽快感が素晴らしく、また死ぬたびにだんだんと自分の腕が上がっていると実感でき、なんだかんだ言いつつ難易度イージーながら最後まで無事にクリアすることができました。

 その後、続編の「ニンジャガ2」のPS3版もプレイしましたが、こちらは1に比べさらにアクションが派手になり、尚且つ難易度も少しマイルドになって(それでも難しいが)、1以上に楽しめるゲームでした。真面目に3Dアクションゲームとしては自分が遊んだ中でも1、2を争うくらい面白いゲームだったと思います。

 それだけに2の後に3が出たときも遊びたかったのですが、発売時に自分は中国におり、手元にゲーム機がなかったため購入することができませんでした。その後も気になりつつも手を出していなかったものの、Steamで123がセットになったソフトが売られていると聞き、以前から購入を検討していました。ただ3は2に比べ武器種類が大幅に減少したり、アクションやストーリーが劣化しているという評判も聞いてて若干尻込みしていたのですが、それでも非常に気に入っていたシリーズなだけにやってみようと思ってこの前とうとう買ってしまいました。でもって、開始5分で「これマジクソだな」とつぶやきました。

 いきなりやばいと感じたのは、地味に音量です。ノーパソでプレイしているのですがほかのゲームでも音量はパソコン本体の音量に左右されることからやや大きめに音量を設定しているものの、ニンジャガ3だと音が異常に小さく、会話の声なんかほとんど聞き取れないくらいのレベルでした。ほかのゲームでこれほど小さいことはなく、一体なんでこれほど小さいんだと驚愕するレベルでした。
 なのでゲーム内で音量を上げようとしたのですが、コンフィグ画面を開いてみるとデフォルトで音量は最大になっており、それ以上はもはや上げられない状態でした。っていうかデフォルト音量を50%くらいに設定しておけば上下に調整できるのに、なんでこんな小さい音量で設定音量100%なのかと意味が分かりませんでした。

 こんな感じで開始からいきなりグダグダで始まりましたが、実際にプレイを開始するともっとグダグダでした。ほかの人も書いていますがキャラクタ-のアクション動作が過去シリーズと比べものすごい悪くなっており、ものすごいよたよたした動きになってました。なのでコントローラーを動かしてもよたよたよたよたして、思うように動けなければ敵をうまく攻撃できず、敵の攻撃もうまくよけられず、ある意味リアルかもしれないけどゲームとしては爽快感が全くありませんでした。
 武器は刀なのですが、なんていうか刀を振るうというよりは刀にキャラクターが振り回されているかのような動き方をしていて、忍者というか動きの鈍いおっさんを動かしている感覚がありました。2なんかはマジで動きが早く、「これが忍者だ(・∀・)」と感動するくらい動かしてて楽しかったのに。

 その後最初のボス戦に入ると、やたらガードが固くてなかなか攻撃が通らず、ようやく攻撃が通ったかと思ったら何故か攻撃を連続している最中に急にガードしてこちらの攻撃をはじき返し、逆に攻撃してくる始末です。敵のガードを解く投げ技とかあるのかもしれませんがまだそこまで動かし方わからないのに、敵はこっちのガードを無視する投げ技をガンガン使ってきて、めっちゃ不公平感満載でした。
 それでいて、敵ボスの動きは非常に単調というか2パターンくらいしか攻撃方法がありません。なのにこっちの攻撃はなかなか通らず、戦ってる最中もずっとうんざりしていました。

 それでようやく攻略に成功して倒したところ、画面が移ったムービーで敵の体に深々と刀を刺しこむのですが、これみて「( ゚Д゚)!?」となりました。というのも、そのボス戦で自分は鉄爪を使って戦ってたのに、一瞬で得物が刀に変わってたからです。なんで武器種類すらムービーで変更できないんだよ。

 こんな感じで、世間の評判の通りニンジャガ3はマジクソだと自分も認識しました。2までは本当に好きだったシリーズなだけに、どうしてこんなクソゲーでシリーズを台無しにしたんだとこのゲーム作った人にはマジ死んでほしいとすら思うくらいのクソっぷりで、ステージ1クリアしたけどもう続きをやる気が本当に出ません。っていうか2をまたやり直そうかな。


 そんな風に思ってたらなんか10月にニンジャガ4が出るそうです。開発チームにはプラチナゲームズも入っているそうですが、この3の体たらくを見ると若干疑惑の目があるというかすぐに買おうという気は起きません。


 逆にというか2Dアクションだけどこっちの「フロンティアハンターエルザ」は非常に面白かったです。いわゆるメトロイドヴァニア系のゲームですが難易度が程よい上に、キャラクター3人を切り替えながら攻略できるので遊びの幅が広く、クリアまでほぼ中だるみなく遊べました。

2025年8月21日木曜日

中間層消滅に伴う日本政治の分散化

 このところ「日本にはもう中間層はいない(# ゚Д゚)」と主張する記事を連続で投稿していますが、この中間層が消失したにもかかわらず政府や政党の政策は中間層を軸に立てられており、それが結果的に政治離れにつながっているのではないかというのが今日の結論です。

 まず前提として、昭和から平成にかけての日本の内政は基本的に中間層を如何に拡大させるかがすべての肝でした。中間層が拡大することによって生活水準が上がり、税収も増えることもさることながら、社会主義運動の勢いを削ぐことが昭和においては重視されました。また中間層を拡大させる政策は、金持ち優遇とは受け取られず、それでいて大衆の生活水準向上につながる風に見えるため耳聞こえもよく、支持拡大の上でも都合がいいところがありました。
 ではそうした中間層拡大政策は具体的に何があったかというと、

・大学入学定員の拡大
・サラリーマン(正社員)向け税務優遇
・児童手当

 こうした中間層拡大、優遇政策は昭和の成長期にはプラスに働きましたが、不況が続いた平成中期以降は少なくとも昭和ほどには効果を発揮せず、現代においてはマイナスとまでは言わないにしても支持拡大にはもはやつながらなくなってきていると私は思います。
 というのも、少子化対策として子供のいる世帯向けの優遇政策が何本も作られていますが、そもそも各世代の子供のいる世帯自体がかつてと比べ大幅に減少しており、これら優遇の恩恵を受ける世代は明らかに限られています。また以前の記事でも書いたように、現代においては「マイホーム+家族持ち」はもはや上流世帯とみなされるようになっており、こうした子供のいる世帯向けの優遇政策は上流優遇とみられている節すら感じ、実際に子供のいない独身世帯からすれば「俺たちの税金が( ;∀;)」みたいな感情を少なからず持っている気がします。度々話題に上がる独身税への反発なんか特に顕著だし。

 真面目な話、官僚や政治家はこうした日本における家族構成や世帯の変化にマジで気づいていないのではないかと思う節があります。彼らとしては普遍的な支援策を打ち出しているつもりながら、実際にはごく一部しか恩恵が得られない偏った政策にもなっている節があり、だからこそ少子化対策は必要とみられつつも、政府の少子化対策政策が支持されない現状になっているように見えます。

 同様に、労働者に対する政策もどこかピントがずれてきている気がします。基本的に政府の言う労働者は正社員が対象で、下手すりゃ大企業の正社員に限定されます。しかし現実には今やかつての中間層のような正社員は少数派で、実質的にはそうした層は今や上流に属します。そうした上流層への生活支援策とかやられても中間層が拡大するかと言ったらそんなことはなく、見方によっては上流層をさらに肥えさせているようにも見えるかもしれません。

 本気で中間層を拡大しようというのなら、やはり派遣などの非正規社員の支援が必要となるでしょう。近年の政策ではフリーランサーを支援する政策なんかはまさにそうした方向性に適っているし実際に価値ある政策だと私も思うものの、大多数の非正規雇用への支援策は先の103万円の壁こと基礎控除の引き上げ議論で自民党は乗り気じゃなかったなど、現政府はやはりまだ熱心でない気がします。
 ただ、政府がこうした非正規雇用への支援策に乗り気でないことについて私は内心深く理解できます。というのも、こうした非正規雇用者層を支援をしたところで一切票につながらないからです。自分も以前に派遣マージン率を調べてたときに痛感しましたが、どれだけその待遇改善を応援しようとしても多くの非正規雇用者自身は政治に関心を持たず、自分たちを応援してくれそうな人たちへ投票で行動を示すことはまずありません。それだったらちゃんと票くれる人を支援しようと政府や政党が考えるのも、無理ないかなと考えています。前のインボイス制度に関しても無駄に騒ぐだけだったし。

 そもそも中間層が消失して上流と下流に分断され、政治に関心持たない下流層の浮動票化がますます加速し、妙な陰謀論とか実現性のない政策や主張の扇動を受けやすくなっているのが今の日本政治な気がします。
 各政党もこうした浮動票を取り込もうと色々知恵を練っているように見えますが、彼ら自身の中間層信仰がそれを妨げており、特に社民党や共産党などは彼らの支持母体がもはや上流層となっていることに気づかずにちぐはぐな主張を繰り返すからその支持を失っているように見えます。

 その一方、上流も層を拡大したことによってかつてと比べると、特に財界で顕著ですが特定の思想や方針に対するこだわりが薄れてきている気がします。それこそ昭和の時代は護憲、対米重視、反共、反米、天皇制などについて政党が主張や方針を変えようものならすぐにもその支持を投げ捨てる団体や企業が数多くいましたが、現代においてはこうした団体はかなり減り、一言で言えばかなりマイルドになってきています。
 政党としては綱領に縛られずに以前よりも柔軟に政策や方針を打ち出しやすくなっている一方、いわゆる岩盤固定支持層がなくなり、議席の維持というか票を固めづらくなってきている気がします。逆を言えば、固定支持層を作るだけの綱領を今の政党はあまり作れなくなってきているように見えます。安倍晋三なんかは意識してその辺を作ろうとしたけど結局戦前の天皇制崇拝の焼き直しで、「美しい国」というよくわかんない表現したから結局固まらなかったのが私の見方です。

 以上が大体の自分の言いたかったことですが、一番言いたいことを軽くまとめると、中間層が消滅して上流、下流に二極化した結果、双方ともに票の流動化が加速してきているというのが今の日本政治の特徴だと思います。なので10年単位の長期的政策を打ち出しづらいし、打ち出しても票につながらなく、それどころか実現性無視した耳当たりの良いこと言った方があと腐れなく票が取れちゃうから、今後日本政界はさらに流動化が進むかもしれません。
 その上で今一番求められているのは、中間層をターゲットにするのではなく、上流にも下流にも「せや、それでええねん(*‘∀‘)」と世代や階層を超えて支持される方針というかビジョンだと思います。池田勇人なんかは所得倍増計画で日本人全体の目標を復興から豊かさへ一気に転換したうえで統合させることに成功しましたが、まさにこう言うビジョンが今欲しい気がします。

 なお平成前半は「物質的豊かさはもう極めたから、国際社会での影響力を高めよう」というのが政府方針であったものの、現代においては米国同様、むしろ国際社会のわずらわしさから避けたいのが日本人の本音な気がします。平成中期は「バブル期再来」がビジョンというか願望でしたがこれは実質的に叶うことはなく、国民全体であきらめている状態です。
 日本をどんな国にしたいかというのなら、自分としてはマイノリティという自覚が強いのでやはり多様性を重視するマレーシアっぽい寛容な社会が希望です。

2025年8月19日火曜日

大学進学はもはや上流に入る条件にあらず

 先日書いた「中間層が消滅した日本」の記事で私は、日本にはもはや中間層と社会で認識される集団がほぼ存在していないと主張しました。これは中間層がいなくなったというよりは、それまで中間層と認識される条件となっていた終身雇用制やマイホーム観念が焼失したことによる影響が大きく、また中間層がそのまま下流層に落ちたというよりは、上半分を上流層、下半分を下流層が上下から吸収しただけで、社会における資産配分自体はそこまで変化はなくボトムダウンでみんな揃って貧しくなっただけじゃないかという見方を紹介しました。
 基本的な主張は以上の通りですが前回記事でこうした階層意識、そして古今から階層移動の重要手段とされた教育こと大学進学について、準備していたにもかかわらず触れるのを忘れていました。大体この手のネタは通勤途中の上海地下鉄の中で考えることが多く、家に着いた頃には大体忘れるのがよくない(;´Д`)

 そういうわけで大学進学ですが、昭和後期から平成初期の中間層を構成するかなり重要な要素だった気がします。というのも

・上位大学に入る
↓↓↓
・大企業に入る
↓↓↓
・結婚してマイホームを持つ
↓↓↓
・老後は退職金で老人ホームに入る

 というのが中間層の理想的人生とされ、中間層が中間層足りうる条件の大きな要素となっていました。しかし平成中期以降、就職不況で最初の上位大学→大企業のルートが閉ざされ、いきなりファーストステップでこける形となりました。そして令和となった現代、はっきり言えば自分の目から見て、学歴が持つその価値は年々低下してきているように見えます。

 そうはいっても大企業は学歴フィルターなどがあると言われ実際そうだと私も思いますが、かつてと比べると大学のブランド力だけで就職が有利になるということはかなり少なくなってきているように見えます。具体的にはようやく日系企業もジョブ型雇用を始めるなど、学生が持つスキルを採用で重視するようになってきており、今後この動きはさらに加速すると思います。
 実際はどうだかわかりませんが高専出身者も優遇されると聞いており、私が専攻した社会学や心理学など、産業に一切寄与せず余計なことを言って社会を惑わす学部の出身者は上位大学であってもあまり就職では有利とはならなくなるでしょう。っていうか自分の時代もあんま有利じゃなかった気がするし、実際自分でもこれら文系学部の出身者は役に立たない気がする(´・ω・)

 さらに続けると、日本の最高学府の東大そのもののブランド力も近年低下してきていることも、大学の学歴が中間層、ひいては上位層へのランクアップに寄与しなくなっている要因としてかなりデカい気がします。
 こんなこと言うと東大出身者に怒られるかもしれませんが、総理就任者の学歴を見てもかつては東大が常連であったのに近年はほとんどおらず、最後の人物もよりによって鳩山由紀夫氏だったりします。またかつてと比べ社会で活躍する東大OBもなんか減ってきているように見え、むしろ早慶出身者の方が目立つというか、私自身も大した人だと感じる人が多いです。逆に、メディアなどで知性や教養を一切感じさせられない発言や振る舞いをする東大出身の芸能人は増えており、東大の権威は年々落ちてきているように感じ、そのこと自体に東大も気づいていない気すらします。

 そもそもかつてと比べるとグローバル化で留学もしやすくなり、先端研究も大学より企業で行われることが増えてきているため、東大の存在意義自体がかなり揺らいできているのは間違いない事実だと考えています。昔は東大に入れば一流企業入りは確定、企業内でも出世が約束されてされていましたが、前述の通り今やその後のスキルの方が重要となってきており、東大の学歴だけで上流入りにとはもはや成立しないでしょう。良くて中流層入りと言いたいところですが、中流層の定義がほぼなくなった現代においてはそうも言えない、つまり下流として認識される可能性も出てきている気がします。

 こうした大学進学の価値喪失の背景理由としては、上記の東大ブランドの低下もさることながら、単純な大学進学率の頭打ちこそが最も大きいでしょう。すでに世代の過半数が大学に進学するほど普及しており、「大学進学=エリート」とはもはや言えません。採用する企業の側も大学生が溢れているので、もはや少数派となっている高卒と比較してそこまで優先して採用する必要もなく、より優秀な人を得るためには前述の通り学歴よりスキルを重視する方が有利に決まっています。

 最初に書いたように、大学進学は昭和から平成初期までは中間層、ひいては上流層に入るためにはかなり大きな条件の一つとされていました。しかし上記のような社会の変化を受けて今や上流層はおろか中間層に入るうえでもそれほど威力を持たず、現実に大卒でありながら自らを下流層と意識している人は少なくないでしょう。その点を踏まえると、階層を逆転する手段として教育が日本ではもはやあまり機能していないところがあります。

 それもこれも、日本政府が中間層を拡大しようと大学の定員を拡大した失策によるところが大きいです。結果的に、下手に大学に進学しなかった方がもっと幸福な人生を送れたかもしれない人をたくさん路頭に迷わせることになったと思うし、社会に求められていた技術系学部の定員などをもっと調整していれば、ここまで大学進学の社会的価値が日本で低下することはなかったでしょう。それ以前に、拡大しようとした中間層が消滅することとなる逆の結果も生まなかったでしょう。

 以上あまりまとまりのないことを書き連ねましたが、シンプルに一言でまとめれば「大学進学で社会で有利になる」という中間層を構成する重要概念が消失したことで、上流層と中間層を分ける定義もあいまいとなって、結果的に中間層の概念が消失することになったというのが自分の見方です。

 ちなみに中国も、今若干同じような動きが出つつあります。ただ日本の東大と違うというか、中国トップの北京大学の出身者に関しては自分が会った相手はいずれも優秀な人しかいません。
 一人例を挙げると、短納期で対応の難しい依頼を私にメールで伝えてきたため「無理!(# ゚Д゚)」とすぐ返事したら、「じゃあここだけやってもらえますか?」と、ギリギリ断り切れず、しかも何とか対応できそうな範囲だけを正確に提示しなおしてきました。その修正範囲のあまりの正確さと、依頼メールの丁寧で且つ断りづらい日本語での文面はすさまじく、後にも先にもメール文を見るだけで冷や汗をかいたのはあれきりです。

2025年8月17日日曜日

中間層が消滅した日本

 結論から書くと、かつて「一億総中流」と呼ばれた日本ですが、もはや中間層塔子という言葉は消滅したと自分は考えています。

 最も象徴的なのはほかの人も言っているように「クレヨンしんちゃん」における野原家こと野原ひろしの立ち位置です。連載当初でこそ中間層、さらに言えば自宅のローンに苦しむ中の下として位置づけられていたものの、現代においては上流層として見られるように変貌しました。ここで言う上流層の条件としては、

・正社員
・社内で肩書持ち(係長とはいえ)
・マイカー、マイホーム保有
・子供が二人以上

 ぶっちゃけこの条件揃えれば今の日本においては上流層として立派に扱われるでしょう。逆を言えば、最後の子供数を除くこの条件を一つでも満たさなければ、下流層として扱われることになる気がします。

 この中間層がなくなった背景ですが、恐らく大半の人は富の二極化こと上流と下流の乖離拡大が原因だと考えると思いますが私は逆で、上流と下流の差が狭まったがゆえに中間層が消滅したと考えています。そういうと上の条件でも少し触れていますが「昔は派遣社員なんてなかった」などと、現代の方が格差が広がっているという人もいるかと思います。
 ただ昔は確かに派遣社員はいなかったものの、その分日雇い職は今より多くありました。また努力じゃどうにもならない格差や差別も当たり前で、一例を挙げると昭和の頃は片親の時点で大企業の採用からは門前払いされていたのが当たり前でした。そのころと比べると、現代日本はまだ本人の努力で逆転できる余地も広いと思います。

 さらに加えるとかつては金利が10%近くあった時代もあり、定期預金だけで生きていける層も潤沢に存在しました。いわゆる不労所得で生きている人が当たり前に存在しましたが、現代でもアパート経営で暮らす人も多いものの、逆に騙されて資産取られる人も少なくありません。ただでさえ金利が0.1%も行かない時代なので資産だけで悠々暮らすのは難しく、実際には資産を削りながら働かずに暮らす人も少なくなく、そうした背景を考えると上流層の質というかランクはかつてより下がってきていると私は見ています。
 言うまでもなく失われた10年を経て下流層の暮らしも悪くなり、平均所得も大きく目減りしています。しかし前述の通り、この間に上流層の生活や資産の質もダウングレードしており、それらを踏まえると「ボトムダウン」というのが平成期における動きとしては一番適切だと思えます。

 そんな平成のボトムダウンを受け、かつての中間層からは収入減などを受けて下流に落ちる人がいた一方、それ以前の中間層の暮らしを維持できた人もいたでしょう。その結果、落ちた人は自分が下流と認識し、逆に維持した人は上流と認識するようになったことから、中間層という概念が消滅して上流と下流の二極化が起きたというのが自分の見方です。言い換えれば、上流も下流も、双方でその定義する対象範囲が広がった結果、中間層が上下から浸食されて消えたという考えです。

 またその定義の拡大に関しては、社会前提が崩れたことも大きいと睨んでいます。具体的には終身雇用制の崩壊とマイホーム意識の変化で、前者は言うまでもなく大企業が終身雇用制を完全に放棄し、「大企業に就職できたら一生安泰」という概念がなくなったことに加え、過重労働やパワハラの概念も出てきて将来に対する保障意識が弱まりました。
 これを受けてというかマイホーム保有の意識も、以前は一つの通過点的なものだったのが将来の収入が必ずしも保証されなくなって買いづらくなったうえ、大地震や建築偽装などの事件を受けて保有そのものにリスクが付きまとうようになり、私見ですが「持家派VS賃貸派」の議論は年々激しくなってきている気もします。

 かつての中間層の条件で非常に重きをなしたのがこのマイホームでしたが、マイホーム保有が絶対ではなくオプションに切り替わったことで、中間層そのものの概念が揺らいだと自分は考えます。この結果として社会上で自分はどの層に属すのか、またどの層を「中間」と捉えるのかが段々とあいまいになり、中間層の上流と下流への分化が進んだというのが私の意見です。
 ついでに書くと、家族の概念も変化というか崩壊したのも定義崩壊の一因でしょう。婚姻率低下に少子化で中間層のモデル崩壊に拍車をかけており、ぶっちゃけ現代では「結婚しているだけで勝ち組」という雰囲気すら覚えます。

 と、ここまでならそんな大した意見じゃないですが、この自分が社会でどの層にいるのかというのは政治意識、特に票取りで大きな要素になります。こうした資産をバロメーターにした社会意識の変化が地味に日本政治の変化の要因になってきているともにらんでおり、この辺はまた今度書きます。

 今日は熱中症の頭痛ないからちゃんとした記事書ける( ´Д`)=3 フゥ

床板をアイロンがけ



 手軽に作れることからFREEDOMから発売のMig-21のデフォルメ版をまた作ってました。割と楽しく作れたものの、作っている最中に熱中症からの頭痛が起こり後半はきつく、結局昨夜はブログも書けずに夜7時から必死に晩飯食べてずっと寝込んでいました。
 なおこのキット、出来は悪くないんだけどデカール(シール)の指示表が何故か中国版Mig-21こと殲7の物が入っており、全く参考になりませんでした。こんな間違いってあるんだ(´・ω・`)

 話は本題ですが先日ふと窓際に接する床板をみたところ、何故かそこが普段よりどす黒いことに気が付きました。明らかにそこだけ周囲と比べ陰影が濃く、まるで水にぬらして墨がにじむような感じとなっていました。
 これを見て思い当たることがあったというか、先日に台風が来てほぼ1日中激しい雨にさらされたことがあり、これが原因じゃないかと考えました。実際はどうだかわかりませんが、中国の建材やコンクリの質は結構悪く、隙間に水分が浸透して部屋中常にかび臭いのがデフォです。幸い、今の部屋はリフォーム後に借りたのでこれまで自分が中国で済んだ部屋と比べカビ臭さは皆無なのですが、今回は窓際ということもあり並の雨なら影響ないものの、台風級の豪雨を受けてコンクリを通して水分が床板にまで浸透してきたのではないかと推測しました。

 となれば乾燥させることが一番手っ取り早いのかと考え、クソ暑い中で冷房切って窓から入る日差しがそこに入るように仕向けました。しかし窓際、しかも高低差があるため正午くらいにしか日差しが当たらず、そこまで黒さが改善もしなかったことから、日光以外の何か別の熱源を当てる必要が出てきたわけです。その際、

「せや、アイロンかけたらええねん!」

 と、仕事猫的な発想が突然閃き、10年近く前にめちゃうきうきで買ったアイロンを早速セットしてみました。自分の人生で、床板にアイロンかけるのはこれが初めてでした。

 で実際にやったところ、めちゃくちゃ効果あってビビりました。アイロンかけたところだけ見事にくっきりと白い元の床板の色を取り戻し、自分の推測通りに水分が原因でアイロンが効果的だということが証明されました。

 ただ原因の水分は思った以上に根深く、しばらくは白い床板の色を維持するものの少し放置して時間を置くとまた黒くにじんだ色に戻りました。恐らくこれは表面の水分がアイロンで一時飛んだものの、床板の裏の水分がまだたっぷり残っていて、アイロンが去るや再び水分吸収し始めて元に戻る円環の理によるものだという風に推理しました。
 そんなわけでアイロンかけるにしてもすぐ終わるだろうと思ったものの、床板裏の水分を全部消し飛ばすまでアイロンをオンのまま長々と放置することとなりました。しかも範囲が大体アイロン8個分に及ぶことから、アイロンを置いては移動させ、またにじんできたら再び置くという無駄にめんどい作業を要求され、ちょっとめんどい思いをしました。

 ただこの過程というかアイロンかけて大正解と思う節がありました。特定の個所でアイロンをしばらく置いてから持ち上げたところ、びっくりするくらいのカビ臭さが鼻を突きました。恐らく床下、または床板そのものに水分とともにカビ菌が付着しており、アイロンによる乾燥で一気に霧散したのではないかと思います。もしあのまま放置していれば床板の裏でカビがさらに繁殖していた可能性があっただけに、アイロンをかけるという我ながら暴挙に近い発想と無駄な行動力により住環境の悪化を今回は未然に防げたような気がします。

 最後に結論をまとめると、中国の住宅は日本とは比べ物にならないくらいカビ対策が重要で、その対策ツールに今回アイロンも加わるということが一つ勉強になりました。ブリリアント(´・ω・)

2025年8月15日金曜日

歓迎すべき中国の反日主張の過熱

中国外相、日本は歴史直視し「正しい選択」を(ロイター)

 先日自分も感想を書いた「南京照相館(南京写真館)」に言及する日本語記事も増えていますが、それに合わせるかのように上のリンク先記事のように、このところ中国政府が日本を非難する発言や主張を増やしてきています。トランプ大統領就任時には「一緒に戦おう」的な親書を送ってきたのを考えるとかなりの転向ぶりですが、これはトランプ関税がそれほど中国にダメージを与えておらず、「日本と仲良くしなくてもいいじゃん」的に思い直したせいもあるでしょうが。
 もっとも、こうした中国の対日批判に対して日本人はもっと歓迎すべきで、「もっと言え!щ(゚Д゚щ)カモーン」的に叫んでもいい気すらします。何故かというと、対日批判しないといけないほど中国が追い詰められてきている証左でもあるからです。

 中国の現状ですが、貿易に関してはそこそこ好調で、第一次トランプ政権の頃とは違って米国への輸出依存を避け、半導体も必死になって自分で作るようになったことから前述の通りトランプ関税でそこまで深刻なダメージは負っていません。むしろトランプ関税はカナダやブラジルなど米国の同盟国ほど痛手を受けており、米国に対するデカップリングは今後ますます進むだろうし、それが回り回って中国にも追い風になってきているのかもしれません。

 ただ輸出は好調ではあるものの、中国経済自体はかなり危険というか不穏な空気が徐々に強くなってきています。一例を出すと、先日クリーニング屋の店員に「景気はどうだい?」と尋ねたところ、「去年よりはいい」という答えが返ってきました。深読みすると、「去年は最悪で、今年は好調とは言えないがまだマシ」というのが本音だったんじゃないかと思います。


 上の記事は自分が一目置いている王青さんの記事ですが、ここに書かれているようにこのところ中高級飲食店の閉店が本当に目立ちます。自分の家の近くにあったランドマーク的な高級料理店も閉店し、その跡地は解体されることもなく放置されています。ショッピングモールとかも空きテナントが絶賛増加中で、新たに入るとしてもリーズナブルで安価な飲食店ばかりです。
 前々から書いていますが、中国は景気浮揚のために家電や自動車の買替補助金をばらまいていますが、かつてとは違い市場がある程度飽和した現在においてこれらの補助金政策は数年先の需要を先食いする悪手としかなりません。以前から2年後の2027年あたりに副作用が出てえらいことになると予言していますが、このところその予測に対しますます確信を強めているというか、足元の景気の悪さが徐々に顕現してきているように感じています。

 そこで話を戻すと、そもそも余裕がある状態なら他国をいちいち批判したりしません。米国もそうですが国内で社会不安が広がっているからこそ政治家というのはそのヘイトを他国に向けるものです。日本も景気が悪化した90年代が、自分の知る限り最も反米意識が強かった時代だったように思えます。00年代はそれが中国、韓国に向きましたが。
 中国も、この1年くらいでなんか急に対日批判を強めるようになってきた気がします。日本人襲撃事件が起きるたびに一旦ストップしますが、去年の蘇州の事件の前辺りもなんか急に日本批判を強めていったような気がしており、つくづく反省しない連中だなという気がします。

 もっとも前述の通り、対日批判を強めるということは中国国内の経済、社会不安が増大していることの表れと判断していいです。いくら日本を批判しようが、中国の影響力は低下していくことになるのだから日本人はあまり気にしなくて構わないし、何なら冒頭に書いたように「苦しいんだね、もっといいなよ(´∀`*)ウフフ」的な態度を取った方がいいと思います。それこそ日本が中国の批判に言い返すどころか逆にこうした態度を取っていると、中国側も「なんやねんこれ(;´Д`)」みたいに次第に馬鹿らしくなって、かえって対日批判を収ていくような気がするし。

 ただ真面目に、今は嵐の前の静けさみたいな状態ですが、今後の中国はマジ茨の道が待っています。若者の雇用問題も全然好転していないし、不動産不況はむしろ色濃くなっているのに何の対策も打ち出せておらず、無駄に放置して時間を経過させて事態をむしろ悪化へと導いています。
 それ以上に本当の意味での導火線になると自分が思っているのは年金です。日本以上に膨大な人口を抱えて、日本以上にハイペースな少子高齢化が進む中国で、既存の年金政策が維持できるとはとても思えないし、制度にメスを入れようものなら若者の高齢者も揃って大ショックを受けてそれこそ暴動にも発展するのではないかという気がします。まだあまり言及する人もいませんが、中国人自身も薄々年金に対する不安を持ち始めており、それが今の社会不安につながっているように見えます。

 恐らく今後としては90年代の日本みたく少年犯罪が激化して、それが社会不安を強めることになると予想しています。すでにその萌芽は見られており、先の女子中学生いじめ事件のように、社会、家庭内の不安が子供にも影響してきている気がします。
 もっともこの事件に関して中国は素晴らしいというかいいなと思ったのは、いじめ被害者に対しその家族だけでなく、周辺の大人たちも一緒になって学校などに抗議しているという点です。まだ中国は子供の教育は社会(コミュニティ)が共同で担うものだと認識しているように思えます。

 日本は先の広陵高校の事件でも被害者の家族は当初孤独な戦いを強いられ、大ごとになった今も自分を含めネット上でソイヤ!ソイヤ!と騒ぐのが主で、広陵高校に集まって顧問や校長をみんなで引きずり出すところまでいかないあたりは中国人ほど熱く激しくないなという気がします。まぁどっちがいいのかってなると議論の分かれるところですが、自分はどちらかと言えば中国のようにみんなで悪い奴を物理的にとっちめる方が好きです(´∀`*)ウフフ

2025年8月14日木曜日

その死に衝撃を受けた財界人(西川善文)

 お盆だし誰が読んでるかわからないこの一連の死亡記事ですが、政治家、漫画家と続いて財界人という枠で考えた際、真っ先に浮かんできたのは三井住友銀行の初代頭取で且つ郵政公社トップを務めた、ラストバンカーこと西川善文でした。

 彼については以前にもこのブログでその著書の「ラストバンカー」の紹介などで触れていますが、2020年の逝去の際は人知れず衝撃を受けていました。かねてよりアルツハイマーで表舞台から遠ざかっていたとはいえ、自民党内部の守旧派による巻き返しのあおりを食らう形で放逐された顛末は知っており、放逐した自民党の議員ら(鳩山邦夫や亀井静香)たちからも「悪いことした(でも反省しない)」と口にするほどの不幸っぷりもあって、以前からも同情心を覚えていました。

 私が彼の名前を初めて覚えたのは郵政公社社長就任時でしたが、ちゃんと興味を持つようになったのはたしか田原総一郎氏の講演会でした。その講演会で田原氏が、「ヤクザ相手に取り立てをやってきたような昔ながらの銀行家」として西川氏を語っており、当時は銀行と闇社会の関係がいまいち取れず、なんで銀行員がヤクザ相手にするんだろうとマジで疑問に思うとともに、「公権力横領捜査官 中坊林太郎」のワンシーンでそれらしいのがあったのを思い出したりしました。
 この話を聞いてから昭和から平成、特に銀行再編期にあたる90年代について興味を持つようになって調べたのですが、当時はまだそこまで詳しく調べるには至らず、むしろ西川氏の訃報を聞いてからますます興味を持って「金融腐蝕列島」シリーズを読むなどちゃんと調べるようになりました。

 話を戻すと、政治や社会の見方を覚えたころからみていた人物の訃報であり、また最後の郵政公社の改革半ばでの追放劇への同情もあって、逝去報道は自分にとって結構衝撃的でした。ほかの人物にも当てはまりますが、一時期活躍しながら晩年の頃に不幸や落ち込みの激しい人生を送った人物ほど自分はその訃報を感じ入る傾向があり、同様にダイエーの中内功、パナソニックの中村邦夫などもその訃報の扱いのあまりの小ささに思うところがありました。西川に加えこの二人についても、もっと現代の評価は高くてもいいと思うのですが、晩年だけで評価されがちな現代の見方にちょっと反逆心を持ってたりします。

2025年8月12日火曜日

甲子園、宝塚、ジャニーズという聖域

【疑問】広陵高校校長「寮に爆破予告があったから辞退します」→寮に生徒を戻す(ガハろぐ)

 相変わらず燻り続けている広陵高校の事件ですが、上のツッコミの通り寮に爆破予告があるっていうのに生徒を寮に戻す当たり如何にこの学校の運営者がクズなのかが見て取れます。ただ甲子園常連校は広陵に限らず多かれ少なかれリンチや隠蔽は当たり前ですが、一部でも指摘されている通り、大手メディアはそれらに対し一切報じません。

 一部報道によると、今回の広陵高校の事件被害者は新聞メディアにも接触していたものの、各社ともに対応こそすれど記事化は見送られていたそうです。朝日新聞に至っては、対応すらしなかったということですが、ほかのいじめ事件は取り上げるしいじめはよくないというのにこういうダブルスタンダードはやっぱどうかなと誰もが思うことでしょう。
 その報道姿勢のダブルスタンダードと言えば近年最も大きく騒がれたのがジャニーズ事務所の事件で、この事件について大手メディアは自戒を込めた発表を出しています。もっともどうせ口先だけで中身のない反省だと私は思っていましたが、この広陵の事件を見ていても自分の見立てに狂いはないと言い切れます。またこっちはちょっと古いですが宝塚歌劇団の自殺事件に関しても、あれだけニュースになるネタながら大手メディアの報道姿勢は非常に慎重だった気がします。

 元メディア関係者の自分に言わせると、ニュースメディアというのは倫理観以前にそのニュースが大衆に注目されるかどうかで報道するかしないかを決めるべきであり、それ以外の要素を考えること自体がナンセンスです。大衆の知りたい欲望を叶えることを突き詰めることでかえって報道というのは消化されるものであり、ジャニーズ事件など誰もが注目するネタを持ちながら放出しないというのは愚の骨頂です。
 もっとも、上記の姿勢は報道は真実を前提にして虚報を流してはならないというのが大前提です。ぶっちゃけこの二つさえきちんと守れば、若干のプライバシー侵害も自分は無視してもいいと思います。

 話を戻すと、改めて考えるにつけ甲子園、宝塚、ジャニーズというのは報道における一種の聖域であるように思います。この中でどんないじめや性犯罪が行われようともメディアは必ず黙殺してくれるので、中で権力もつ人間としては非常にやりやすいでしょう。もっとも平成から令和にかけてこうした聖域が徐々に弱まったことでどれもスキャンダル化しており、甲子園も今後人気が下がっていけばより聖域の力が失われるのではないかという気がするし、私自身もその方がかえって日本の野球界にとってもいい結果につながると信じています。

 その上で上記以外にも日本にも聖域はあるのかと少し考えたところ、天皇家に関しては言うまでもないのですが、それ以外だとパナソニックやニデックなどの一部大手企業が当てはまるような気がします。どちらも社内外パワハラのきついことで有名ながらどのメディアも一切報じず、なにも知らない学生がクリーンな会社だと思って入ろうとする悪循環が続いています。
 私はかねてより情報というのは公開されれば公開されるほど世の中は良くなっていくという心情を持っており、そうした立場からももっと社会中で情報はオープンであるべきだと思います。逆に、変にクローズドにすることでデマが入り込む余地が生まれるだけに、メディアも余計な忖度せずみんなが注目するネタは周りを気にせずどんどん暴露していってもらいたいものです。

2025年8月11日月曜日

英国のタワーブリッジの攻撃機通過事件

 今日も頭痛でヘロヘロになって帰宅した後、自宅で冷房あっけならYoutubeを見ていたところ、下記の事件内容を紹介するこんな動画がおすすめに入ってました。


 内容は動画を見てもらった方が早いのですが、1968年に英国では空軍の削減方針が出ていて冷遇されており、設立50周年にもかかわらず何の記念行事も行われなかったそうです。これにキレたアラン・ポロックというパイロットがホーカー・ハンター攻撃機を勝手に持ち出し、ロンドン中心部へと飛び立つと議会周辺で騒音をまき散らしながら飛び散らし、挙句にタワーブリッジを見かけるやその欲望を抑えきれず、橋の下を爆速で通過するという快挙を成し遂げたそうです。
 もちろんこんな行動を軍も見過ごせるわけはないのですが、軍法会議にかけないため彼を除隊処分にして放免にしたそうです。また世論も破天荒な行動を取ったとはいえアランを支持する声が大きく、結果的に英空軍にとって大きな追い風になったと紹介されています。

 そんなアランのその後ですが、除隊後はビジネスで成功し、英空軍とも良好な関係を維持していたそうなのですが、なんとつい先月の7月1日に亡くなっていたそうです。恐らくそうした縁で上のショート動画も作られたのではないかと思いますが、江戸っ子的に言うと粋な行動を取る人だと私にも思え、そうした歴史上ともいえる人物がつい先ごろまで生きていて亡くなったという事実に何かの縁を感じ、こうして記事を書くに至っています。
 やはりパイロットというのは、絶対服従を求められる軍の中にあっても空を飛ぶ自由を求めてなんぼでしょう。自由という翼なくしてパイロットにあらずです。

2025年8月10日日曜日

映画「南京照相館(南京写真館)」の感想

 昨日も上海は最高気温35度で暑く、家にいたくない一心で何か見に行く映画がないかと探すもこれという映画がなく、もうそれだったらこうしてブログの記事ネタにもなるだろうという判断から南京大虐殺をテーマとする「南京照相館(南京写真館)」を見に行ってきました。


 本題と関係ないけど上のリンク先の中島恵氏はJBpressで書いた自分の記事によくコメントしてくれていたので、当時「もしあったらアイスくらいおごんなきゃ(´・ω・)」ということをブログに書きましたが、いまだその宿願は果たせずにいます。

 話は本題ですがこの映画、あらすじを簡単に説明すると日本軍の南京占領に始まり、街中のいたるところで虐殺が行われる中、日本軍に殺されそうになった郵便配達員の主人公が保身のために自分は写真館の従業員で、写真の現像ができると偽ります。これを聞いてちょうど記録写真の現像先を欲しがっていた日本兵が彼を保護し、彼とともに市内の写真館へと赴いてフィルムの現像を依頼するのですが、主人公は前述の通り配達員のため現像なんて出来やしません。
 翌日までに現像を依頼されながら困っていたところ、写真館の地下に家族とともに潜んでいた本来の写真館の主が現れ、主人公に現像技術を伝授します。これを受け主人公も日本軍から支給される食べ物を家族と分けながら彼らを匿い、占領下における南京市からの脱出を図っていくという筋立てになっています。

 まず映画全体の感想を述べると、上の記事でも観客の評価が高いとされているだけあり非常によくできた作品であると感じました。俳優の演技からカメラワークまでどれも素晴らしく、またBGMも重苦しいものを使う一方、全く使わない無音の場面も効果的に使っていて、上映時間中に中だるみすることは一切ありませんでした。
 ストーリーに関しては上記の通りで、私個人の印象を述べると占領下で外に出たりばれたりすると殺されるという緊張感ある展開はかつての「ホテル・ルワンダ」とか、ユダヤ人迫害系の映画に近い印象を覚えました。こうした映画同様、隠れ潜む家族らの存在がばれそうになる展開は緊張感があるとともに、写真館の外で繰り返される虐殺場面はさらにそれを引き締め、先に展開がどんどん気になるような仕上がりになっていました。

 歴史考証については自分も専門家ではなくここで行うつもりはありませんが、少なくとも南京が占領され、市外への外出が制限された当時の住民の状況はこんなものだったのだろうという印象は覚えました。生殺与奪権が握られ、食料を含む物資もほぼ全て取り上げられ、残って生きていくことはできないのに脱出もできないという閉塞感は想像に難くありません。
 特に私の場合、あの2022年の上海ロックダウンを生き延びた経験があります。命の危険が脅かされたわけではなく南京の例とは大違いではあるものの、外出や物資の制限がされる環境がどれほど厳しいかという一端を見ているだけに、当時の南京市の住民を思うと胸の痛い思いがしました。

 またリンク先の記事でも書かれているような残虐描写に関しては、これは指摘の通りだと思います。日本兵が生首を掲げるシーンもあれば河畔で大量に機関銃掃射するシーンもあり、流血シーンは枚挙に暇がありません。この辺はソフトにするかハードにするかはそれぞれメリット、デメリットがあると思うだけに、どっちがいいか悪いかは一方的に決めつけられないでしょう。「プライベートライアン」も、あの冒頭のシーンがあってこそと言われますし。
 ただ子供の視聴に関しては確かに避けた方がいいのではと思う節があります。具体的には小学生以下にはちょっときついシーンが多いと思え、その辺のレーティングであれば必要な気がします。

 このほか今回自分が見に行ったのは午後の上映回でした。いつも早朝にほかの人が見ないような映画ばかり見ているため、館内はいつも10人以下というごく限られたマニアの集いみたいな感じで映画を見ているのですが、今回は話題作で時間帯もお昼時とあって8割がたの席が埋まっており、普段と違う環境で若干緊張感がありました。それとともに、上映開始日から日が経ってるのにこれだけ見に来る人が多いということは本当に人気であると感じました。

 最後に、映画のラストシーンで主人公が日本語で日本兵に対し、「あなたたちは友達じゃない」というセリフを述べるのですが、このセリフが中国政府の主張なのかなと邪推したくなる気になりました。そもそもこの映画、中国政府が作った国策映画と言ってもいい布陣であり、民間が作るのならともかく政府がこういう映画を作るあたりが中国らしいなという覚えをします。
 なおこのセリフについて自分の中国人の友人は、「過去のことであり未来の私たちには関係がない」と自分に行ってくれました。ちなみに今回この映画を見に行く前にその友人に見に行ったかと尋ねたら見ていないと話しており、自分が見に行ったことを話すと「日本人なのによく見に行くな(;´・ω・)」と言われました。

婚活漫画を読んで


 最近重要度増しているのでホーネットベースの電子戦機ことEA-18Gグロウラーを今日作ってました。マジで今日は朝起きて、グロウラー作って昼寝して1日が終わりました。これでやっと我が家のプラモ在庫はゼロになり、新しいプラモをまた買うことができますε-(´∀`*)ホッ

婚活バトルフィールド37(くらげバンチ)

 先日、完結記念記事を見たのと友人が自分に隠れて読んでいたことから気になり、上記の「婚活バトルフィールド37」という漫画を読みました。あらすじを簡単に説明すると、37歳独身派遣社員の女性が婚活に参加しててんやわんや系といったところですが、これ読んで思ったこととしては、幸せを追い求めてたことで余計に不幸になるのが婚活の真髄なのだろうかという感想でした。

 この「幸せを追い求めてたことで余計に不幸になる」というのは水木しげる哲学の最重要なところと言っていいもので、

金持ちになっていい暮らししたい
↓↓↓
金持ち印あるため死ぬほど働いて睡眠時間が削られる
↓↓↓
仕事以外の余暇が持てない
↓↓↓
無事金持ちになったけどその間に多くの物を失っている

 といった具合に、幸福を求めたことで逆にいろんなものを失って全然幸せになれていないケースが多々あることを前提に、「適当に仕事して、日々たくさん食べれてたくさん寝れることだけで十分幸せだよ」的なオチにもっていくのが水木しげる哲学だと自分は考えています。考え方によっては荀子の唯足論こと「ただ満足を知るのみ」とばかりに、現状に対する満足感を持つことこそが最大の幸福への近道という考えに近いと思います。

 話を戻すとこの婚活漫画、作者も婚活経験者で時折見せる無駄にリアル調な絵柄と相まって、婚活というのが夢や希望に満ち溢れたものではなく、現実や打算に満ちた厳しい戦場であるというのがよくわかりました。具体的には、相性や性格の一致以前に容姿、年収、年齢の三要素でマッチング相手の条件がほぼ決まり、はこれを打破してより上位ランクを狙おうものなら、別のマイナス条件を率先して受け入れるしかないことを何度も繰り返し説いています。この辺は手持ちの札で対決するカードゲームとかと全く一緒でしょう。

 本来なら結婚という幸せをつかむための婚活なのでしょうが、なんかこの漫画見てるとあんま幸せに向かっているように見えず、ネタとしては面白いけど結婚するまで大変なんだぁという印象しか覚えませんでした。もちろん漫画ゆえに誇張されてはいると思うけど、マジで一番に感じた感想が「幸せってなんなんだろう?」で、こうしたイメージを払しょくできないというのが今の日本の未婚晩婚化に拍車をかけているのでしょう。それならいっそ、「結婚=幸せ」じゃないと割り切り、「老後の生活のため」などと保険商品売るような打算的な感じで売り出した方が親切だしいいような気すらします。

2025年8月9日土曜日

広陵高校事件はいじめの重大事態として届けられているのか?

 阪神の久保田元選手みたく連投となるこのネタですがふと今回の案件について、いじめの重大事態として学校側は届け出ているのかという点が気になりました。

 いじめの重大事態についての説明は省きますが集団での暴行やら退学に至った点などと言い、今回の案件は確実にその認定条件を満たしていると断言できます。軽く調べたところ、いじめの重大事態については教育委員会や文部科学省に届け出ることが義務付けられているのですが、仮に届け出られていなかった場合、学校側が隠蔽を行おうとしたと判断するしかないでしょう。

 この点について広陵高校側の発表を見よても確認できず、報道を見ていても誰も言及していないというかメディアの人も気づいていない節があります。ぶっちゃけ学校側の責任判定を左右する重要な点だと思え、もし報告していなかったら前述の通り隠蔽、報告していたとしら何故それで甲子園を辞退しなかったという話になります。
 また広陵高校同様、高野連もいじめの重大事態を知っていたかどうかで責任が問われるでしょう。事前にくぎ刺す上でも、野球部内でいじめ重大事態があった学校はどうするのか、今のうちに聞いておく方がいいのではという気がします。そもそも論ですが、果断に出場取り消しを決断できなかった高野連も今回の事件ではその責任が重い気がします。

2025年8月7日木曜日

広陵高校野球部はこの際廃部にすべきでは?

「広陵はなぜ辞退しない?」「夏の甲子園はもう限界」開幕早々、批判が“Xトレンド入り”の高校野球…“ネットのおもちゃ”となった必然(東洋経済)

 本当は書くつもりなかったものの、上の記事のようにみんな「なぜ辞退しない?」とは言うものの、私のように「なぜ廃部にしない?」と言わないのかが不思議なのでこうして筆を取るというか腱鞘炎に痛む両手を使ってキーボード叩いています。


 騒動の背景についてはもういちいち触れませんが、上のまとめ記事にもある通り、広陵高校では長年にわたり「ブッチ」、「闇娯楽」と言われる集団リンチ行為がミャクミャクと受け継がれているそうです。これは上の記事の証言者のみならず複数のOBが共通して証言していることからも、その真実性について疑う理由は見当たりません。

 何気に自分の祖父も甲子園の理事やってましたが、そもそもの前提として甲子園というのは野球を通した青少年教育を目的に行われるイベントであるはずです。しかし今回の暴力事件を含め、ほかのスポーツでもそうですが運動部内でのいじめや暴力事件はかねてから後を絶たず、その甲子園の教育目的とは真逆に暴力性をはぐくむ温床となっているように見えます。特に問題なのが生徒同士であれば個人の行動ととれる節もあるものの、コーチや教師がそうした暴力行為を黙認する、それどころか率先してしごきを行うなどして助長する例も枚挙に暇がありません。学校側も生徒を呼び集められることからこうした運動部でのいじめや暴力事件に見て見ぬふりすることが多く、ここまでくると「教育って何?」って言いたくなってきます。

 その上で今回の広陵の事件についてですが、OBらの証言によるとリンチともいえる集団暴行事件は血まみれになる生徒がいても教師を含め誰も問題視せず放置されているという熾烈さもさることながら、こうした行為が長年にわたり続けられていて広陵では完全な伝統となっていると感じます。
 現オリックスの福田修平選手のみがその在籍時に、自分がターゲットになることも恐れずこうした暴力行為を終わらせようと努力していたものの、その後こうして復活しているあたり、たとえ今回の騒動で一旦はおとなしくなったとしても、その後再び行われるようになる可能性が高いとしか言いようがありません。

 そもそもこういったことは学校側が見張ってやめさせなければならないのに、広陵野球部の監督も学校側もどこか他人事というか、騒動に対し「やることやってます、何も問題ありません」と言わんばかりな無責任に感じる態度しかとらないあたり、暴力の根絶を彼らに期待するのは不可能だと断言できます。
 その上で、こんな暴力が蔓延する教育機関なんてそもそもあってはならないし、子供同士が激しく傷つけあうことが伝統になっているという歪さは異常な狂気としか思えず、あらゆる手段を使ってでも即撲滅しなければならないと思います。その手っ取り早い方法となるのは単純に野球部を廃部することに思え、ほかの学校でだっていくらでも野球部はあるのだから、広陵高校の野球部なんてとっとと廃部にすればいいと考えます。

 本音を言えばこれほどの暴力行為を長年にわたり放置してきた広陵高校という学校こそが最も責任が重いように思え、廃部と言わずこの学校を廃校にしてしまう方が後の世のためになると確信しています。ただいきなり廃校というと抵抗強いので、廃部、さもなくば廃校という感じで迫るべきじゃないかと思います。っていうかこんな学校、そもそも教育機関を名乗るべきじゃないでしょう。

2025年8月6日水曜日

中国アニメ映画の最大の弱点

羅小黒戦記紹介サイト

 以前にも少し紹介しましたが先日この「羅小黒戦記」という中国産アニメ策人の1と2を見たのですが、今まで見た中国産アニメの中でも最も面白く、その表現方法にもかなり驚かされました。具体的には非常に線の少ない作画と少ない枚数でキャラクターをダイナミックに動かしており、たとえて言えば80年代の日本のロボットアニメのように工数を減らしつつ魅せる工夫がされていて、よくできた作品だと感じ入りました。
 また2のヒロインの鹿野というキャラクターについては、一見して「NARUTOに出てきそうな女だな(´・ω・)」という印象を覚えたのですが、このキャラの声優の演技は中国人声優で初めて「うまいな(;´・ω・)」と感じました。外国人の自分に聞き取りやすい発音だったのもあるでしょうが、感情を入れるところ、入れないところの出し入れが素晴らしく、中国もいい声優が育ちつつあるのかもしれません。

 そんなわけで1に関しては既に日本で吹き替え版も公開されており、恐らく秋くらいに2も日本で公開されるんじゃないかと思います。自分としては文句なしにおすすめできる作品なのでよければ見てほしいのですが、この作品を見て、「あ、これが中国産アニメの最大の弱点だ」とはっきり気づく点がありました。それは何かもったいぶらずに言うと、ストーリー構成がほぼワンパターンな点です。

 多少ネタバレになってしまいますが、この「羅小黒戦記」は1、2ともにオチがほぼ全く一緒です。具体的に言うと、「味方だと思ってた奴が実は黒幕だった」という落とし方で、2も冒頭の時点で「多分こいつが裏切るんだろうな」という予感がマジプンプンしてました。
 この味方(仲間)が黒幕オチですが、ほかの中国産アニメ作品でもほぼ共通しているというか、このパターン以外見たことがないくらい使われています。王道と言えば王道で、日本の作品でもよく使われる構成ではあることは間違いないのですが、ほかにもストーリーの王道は存在するにもかかわらず中国産アニメではこれ以外の構成はほとんど使われていません。

 思うに、中国人としては起承転結の転として、観客の意表を突く展開にしようとしてやっていると思うのですが、それにしたってワンパターンすぎるというかほかに引き出しがないのかというくらいストーリー構成が共通しているというか似たものばかりです。オチに至るまでの展開は悪くないもののオチが使い古されたものばかりで、今後も広げずにこうしたパターンがさらに続く場合はちょっと思いやられるところがあります。

 なんでこのストーリー構成ばかり中国は使うのか敢えて深読みすると、敵というのは「外部よりも内部に潜むもの」という中国人の意識の表れだったりするのかなという気がします。逆に日本は最近、「進撃の巨人」をはじめ「主人公が実は悪の側だった」というオチが増えてきており、これも「自らを正義の側にあると信じ切れない」日本人の意識の表れかなと勝手に深読みしています。

 最後に余談ですが「羅小黒戦記」の日本語版では主役の声優を花澤香菜氏が演じていて、中国人の友人も「2もまたやってくれるのかな(´∀`*)ウフフ」と言っていました。なので「俺が一番好きな花澤香菜の写真(´・ω・)」といって、以下の画像を送ってあげました。








2025年8月4日月曜日

プロ野球球団を買収するとしたらどんな企業がいい?

 昨日一昨日はこれまでの疲れからかずっと頭痛で「トムとジェリー」の映画を見に行った以外は寝込んでました。冷房の当たり過ぎだろうか。

 話は本題ですがプロ野球は最後の補強期間も終わりいよいよ後半戦が熱を帯びてきています。セリーグは阪神が独走状態ですがここにきてヤクルトで三冠王の村上選手が復帰してすぐにホームラン連発しており、各球団にとってボーナスゲームだったヤクルト戦がシビアな戦いになってきています。パリーグは日ハムとソフトバンクの二強に対しオリックスがどう食い込むかという争いで、こっちはこっちで面白いです。

 そんなプロ野球ですが、前年の状態から改善はみられるもののパリーグは西武、セリーグは中日が以前としてチームとして厳しい状態にあります。そもそもこの二球団、親会社自体があまり球団経営に真剣ではなく、どちらかと言えば球団を売却したがっているようにすら見えます。特に西部に至っては球場が半屋根という誰得な構造していて、夏暑くて春寒く、夏は虫が入ってくるなど史上最悪の球場として名高いです。親会社の西武グループ自体も決して業績が良くないだけに、もし球団売却があるとしたら現状で最有力候補でしょう。

 ただ仮に売りに出されるとしても、買収しようとする潜在的企業数は多いのではないかと思います。というのも日ハムのエスコン球場周辺の都市開発が非常に大当たりしていて、球団経営で黒字を出すのは以前ほど難しくはなくなっているからです。日ハムに至ってはエスコンの大当たりもあってか、二軍の新しいホーム球場選定においても北海道の各自治体(札幌市を除く)が誘致合戦を繰り広げるなど、自治体も歓迎ムードを出しています。

 エスコン球場の成功に関しては言うまでもないですが、ボールパーク構想というか球場を中心とした都市一体設計にあり、かつては鉄道会社が主にやっていた事業です。北海道という土地においてもあれだけ成功するのであればほかの地域でも十分成功の目があるだけに、球団買収とともにこうした事業を手掛けたいという企業は少なくないでしょう。

 では実際に買収するとしたらどんな企業が向いているのか。まず球団買収の最大のメリットこと知名度向上に関しては、業績が良いけどあまり一般知名度が高くないB2C企業が一番メリットがあります。この辺、既に社会人野球チームを持っている会社だと買い辛く、この一点でトヨタをはじめとする自動車系企業は候補から外れます。
 そうした候補を除いた場合、友人なんかは「ニデック辺り買いそう」と言ってましたが、確かにニデックなんかは候補になる気がします。私個人としては健康食品とかだとスポーツとのイメージ相乗効果も狙えるだけに、ツムラとかもありなのではないかという気がします。このほか業績一択ならキーエンスもいいように思え、もし実現するとしたらリリーフカーにはぜひトヨタ・プロボックスを使ってほしいです。

 もっともこうした企業以上に事業的に一番有利となるのは、先のエスコンを例にすると不動産系企業かもしれません。財閥系はあまり球団を持ちたがりませんが、住友不動産なんかが都市開発と一緒に球団経営とかするのも意外とありな気がします。近くにマンション作っても、買うファンは絶対いるだろうし。

 なんでこんな記事を書いたのかというと、やはり既存企業に対して球団経営に興味ないなら早くやる気のある企業に売ってもらいたいからです。日ハム以外にもDeNAもTBSから買収するや熱心な球団経営により大幅な黒字を叩き出したうえ、人気も向上しています。やる気のない企業が球団を経営すると人気も下がり、プロ野球全体の人気にも影響するように思え、だったらどんどんと売却を繰り返した方が先の例を見ていてもいいように感じます。

 なおロッテに関しては既に千葉市が新球場の計画を立ち上げており、ロッテ自身も今年は成績は振るわないけど球団経営に意欲を持ち続けているので、売却の線はまずないでしょう。そもそもマリンスタジアム自体が海風でホームランが出づらくなるというファン泣かせな球場なだけに、今度の球場移転でいい方向に変わってもらいたいものです。松戸辺りに移すといいことあるかもよ(´・ω・)

2025年8月1日金曜日

中国蘇州市の日本人襲撃被害事件について

 気のせいかもしれませんがなんか最近ニュース多くて、ほぼ毎日ブログを書かされているような気がします。6月とかマジでブログで書くネタなくて一時期困ってたほどなのに、なんなんだろう今年の夏は。


 それでちゃっちゃと本題に移ると昨日起こった蘇州市で日本人が襲撃された事件についてですが、この事件を私が知ったのは今朝で、蘇州に知り合いの多い同僚が「なんか昨日また事件が起きらしいよ」と教えてくれました。そしてこの段階で、また後出し孔明になりますが襲撃内容は殴打の可能性が高く、被害者は大人だろうと推測していました。
 なんでこのように思ったのかというと、もし刺傷であれば日系メディアや現地コミュニティがもっと大きく反応して、友人に教えられるまでもなく私のところにも情報が入ってくるはずだと考えたからです。同様に、被害者が子供であればその辺が大きくクローズアップされるはずで、特に年齢層に言及されていない時点で大人だろうとここはかなり強く確信を持っていました。

 事件内容については上のリンク先にあるようにすでに下手人も捕まったとのことなので私の方から特に語ることはありません。なのでこの事件に絡めて同僚から聞かれた質問とその回答を書くことにします。

 まず「何故また蘇州なのか?」というのが大方の日本人の疑問じゃないかと思います。蘇州とくれば先の日本人親子が刃物で襲われ、かばった中国人女性が亡くなるという痛ましい事件の記憶がまだ新しいだけに、今回の事件を受けてまた蘇州かと多くの人が思ったことでしょう。蘇州でこうも立て続けに日本人への襲撃事件が起きたことは単純に偶然としか言いようがありませんが、その偶然の確率を高めている要素は確実に存在します。
 第一に、蘇州は日本人が非常に多く住んでいるエリアで、その規模は上海に次ぐ水準です。何故かというと単純に日系企業が多く、また沿岸部で交通の便が良くてそこそこ発展しているため住みやすく、日本人向けの病院や学校も比較的整備されているからです。ただそれは上海や北京も同じ条件なのに蘇州ばかりでこうも起きるのかという別のファクターとしては、

・上海や北京ほど警察力が高くない
・上海や北京以上に流れ者が多い

 というのが大きいと私は考えます。蘇州も大都市ですがそれでも上海や北京ほどには重要度は高くなく、治安を管轄する警察への政府の力の入れ方も一段低いものになります。またもう一つの流れ者が多いという点ですが、上海も地方から上京してきた労働者がたくさんいますが、比較的頭脳労働者が多いのに対し、蘇州とかだと工場も多いだけに素性の知れない人間が寄り集まりやすい傾向があります。こうした要素が重なって、蘇州でこうも事件が繰り返し起こっているのだと思います。

 次にほかの人が語らない話をすると、恐らく今回の事件を受けて中国の政府や警察は日本人を守ろうとしていないのではと思う人もいるかもしれません。実態はどうなのかについて意見は分かれるでしょうが、私個人の見解としては中国の警察も傍観しているわけではなく、相次ぐ通り魔事件に対して対策を一応は実施しているのではないかとみています。

 そもそも先の事件も今回の事件も完全な通り魔的犯行で、未然に防ぐことは不可能であるし、日本国内でもなんか最近やたらと通り魔事件が起きており、根絶は無理としか言いようがありません。それでも中国、少なくとも上海で私が見ている限り、何となく以前に比べて街中で治安維持に動く警察官が増えているとはっきり感じ、特に目立つのが地下鉄です。

 上海の地下鉄ではどの駅の改札前にもXメン、じゃなくてX線装置があってそこで荷物チェックしなければなりません。以前はこの荷物チェックが結構なぁなぁで、装置に通すそぶりをして通さずに通過する人も多く、駅員もあまりそういう人をとがめていませんでした。
 それが去年の年末辺りから、朝のラッシュ時間帯で数日おきに警察官がわざわざ改札前に立ち、きちんと駅員が荷物チェックをしているか細かく見張るようになりました。それを受けて駅員も以前よりも厳しく荷物チェックするようになり、警察官がいる場合は心なしか礼儀正しく「荷物チェックをお願いします」、「ありがとうございました」と言うようになりました。以前はけだるそうに腕動かすだけだったのに。

 たまたまですが今日の帰宅時も、改札前でどうも荷物を通さずに無理やり通過しようとした人がいたようで、警察官が大声で「おい、お前!」と言って制止していました。普段ないから自分を含めみんなその警察官の方に向いていました。

 こうした荷物チェックが果たしてどれだけ犯罪抑止に効果があるのかは未知数ですが、少なくとも依然と比べると上海の警察が通り魔犯罪抑止としての対策を実施ているの見て取れ、相次ぐ事件に対し傍観しているわけではないと思います。車を暴走させ何人も亡くなった事件が起きた広州でも、同僚によると事件後は街中にたくさん警察官が立ち、ピリピリした雰囲気だったと聞きますし。

 もちろん対策しているからと言って事件が起きても中国警察に責任はないというつもりはなく、私個人としても自分も他人事じゃないだけに、治安維持に頑張ってほしいというのが本音です。ただ先にも言った通り、どれだけ対策しても通り魔事件を根絶するのは不可能であり、被害を受けるかは神の采配としか言いようがありません。
 それでも敢えて気になる点を挙げると、日本人以外の外国人もこうした被害を受けているのかという点です。もし自分が見ている報道の通り昨年以来日本人ばかりが通り魔事件の被害を受けているとしたら、日本政府ももっと強気になって中国政府に抗議すべきでしょう。逆にほかの外国人もこうした被害を受けているとしたら、最近中国メディアが「日本人優先」という言葉で「日本人ファースト」という排外主義が蔓延ってきていると報じていますが、あんま人のことばかり言ってんじゃねぇぞという文句も付け加えていいかもしれません。

 もっとも中国のことだから、「中国で中国人を優先して何が悪い」、「これからも今までも中国人第一」、「むしろ世界全体で中国人優先」と開き直ってくるかもしれませんが。

2025年7月31日木曜日

731部隊の中国映画の公開延期の背景

 自分の仕事の夏場の繁忙期も落ち着いてきましたが、反動というかまた両手に腱鞘炎っぽい痺れを感じつつあります。若干恥ずかしさを覚えつつも中二病っぽい指抜き手袋を会社でつけて例年に比べると発症が遅れましたが、それでも起きるあたり我ながら手にやさしくない仕事しているなという実感が湧きます。


 それで今日の本題ですがあの悪名高き日本軍の731部隊に関する中国映画が公開予定日を過ぎても公開されず、延期となっています。この背景について中国政府が日本との関係悪化を懸念しているとかいう人もいますが、結論から言うとそんな大した理由とかないんじゃないのというのが私の見立てです。というのも上の時事通信の記事にも書かれていますが、すでに今月初めより「南京照相館(南京写真館)」という、南京大虐殺をテーマにした対日感情を揺さぶる映画が公開されているからです。


 見に行ってはいませんがいつも通っている映画館で公開されていて、なんか評判もいいのかネットの評価ポイントも高くなっています。去年とかはこういう日中戦争関連の映画が公開されていなかったことを考えると、今年は確かに豊作だなという気がします。

 前述の通り、日本を批判的に描く映画作品が既に公開されて人気も博し、中国政府も若干応援している状況からみると、外交的影響を懸念して中国が731部隊の映画を差し止めているとは私には思えません。じゃあなんで公開が遅れているのかというともっと単純な、映画内容に何か問題があってその編集とかで遅れているだけなんじゃないかという気がします。
 具体的には、明らかに誰でもわかるような時代考証ミス、例えば「サリンは731部隊が初めて作った」とか、「伊藤博文が731部隊を作った」などのように、日本から逆批判食らいかねない露骨なミスがあるのがわかって、そのミスの処理で遅れているとかじゃないかななどと勝手に推測しています。そもそも日本への影響を懸念して半日映画を出さないとか中国ではありえず、無駄に詮索してもしょうがないでしょう。


 個人的には前にもちょっと触れた、「羅小黒戦記2」がこの夏の一押し映画だと思っています。ヒロインは最初、「なんかNARUTOに出てきそうな女だな(´・ω・)」とか思いましたが。
 今週末は「トムとジェリー」が公開されるのでそれ見に行こうかとも考えていますが、ロボット業界記事を久々に書かなきゃいけないので今の時点で既にちょっと気が重いです。日本でも報じられるようになったルンバのアイロボットが何で業績悪化しているのかという背景について書こうかと考えてますが。

2025年7月30日水曜日

その死に衝撃を受けた漫画家

 前に「その死に衝撃を受けた政治家」という見出しで記事書いていますが、あれは元々政治家ではなく著名人で書こうとしたら結構人数増えてきたので、職業でカテゴライズしようとして分けた記事でした。そこで今回は漫画家編となるわけですが早速語り始めると、まず第一に挙げられるのは三国志の漫画でおなじみの横山光輝です。

 横山光輝以前にも藤子F不二雄など著名な漫画家の死を既に見ていましたが、衝撃度で言えば横山光輝の比ではありませんでした。いまだに亡くなった2024年の4月にサンデーモーニングでその訃報を初めて知ったことすら覚えているほどです。
 横山光輝の漫画は「時の行者」が初めての本でしたが、小学生のその時点で歴史が好きになっており、この「時の行者」で事件ごとに紹介するストーリーテーリングに大きく感銘を覚えました。その後、家の近くのごみ捨て場に捨てられていた横山光輝の漫画を見つけ、横山光輝だからと拾って読んだのが三国志の1巻でした。

 散々このブログでも語りつくしていますが、自分が中国に興味を持ったのは三国志がきっかけで、その三国志に触れるきっかけとなったのは上記のゴミ捨て場で拾った横山光輝の三国志の漫画でした。真面目にこの時の体験がなければ今こうして中国で働きながら暮らす人生もなかったのではないかと思え、こと人生に対しては親以上に横山光輝の影響を受けている気すらします。
 そうした体験もあってその後も「史記」とか「水滸伝」、「隻眼の竜」など横山光輝作品に触れ続けるようになり、私淑していた人物の突然の訃報を受けたときは本当に大ショックでした。三国志マニアが高じてここまで中国に入れ込んだ人物というのも、自分を除けばかなり珍しいのではという気すらします。

 その横山光輝に続いて衝撃を受けた漫画家は、このブログの読者なら言わずと知れた水木しげるです。その訃報当日にはまるで太陽が消えてなくなったかのような衝撃を受け、ちょうど前のヤバい会社を辞めた当日というごたごた期でもあり、なんか激しく動揺したのを覚えています。

 水木しげるに関しては学生時代、学内のパンフレットコーナーでたまたま拾った京都大丸で開かれていた「大水木しげる展」のチケットを持って友人と訪れ、戦時中のエピソードを描いたイラストを見て気になり始め、その後「水木しげる伝」を購入してから明確にはまりました。なお「大水木しげる展」で売られていた一反木綿の携帯電話カバーを買わなかったことをいまだに悔いています。
 また当時購読していた文芸春秋でも、恐らく編集者にファンがいたのかよくエッセイを載せており、そのエッセイを読みながら「睡眠は大事」と言って、当時は自分も毎日10時間くらい寝ていた気がします。学生で頭使うことが多かったから、睡眠が深くなったのでしょう。

 水木しげるの何がいいかというと、「たくさん食べてよく眠れるのが幸せ」という、人間の欲求を単純化した人生観が一番胸に応えた気がします。欲求というのは複雑性を増せば増すほど逆に重みが下がるように思え、余計な実現願望とか持たず、単純な食欲と睡眠欲を満たすことに集中することでかえって本来自分がやりたいことにも手中出来るような気がします。要は雑念を持たない方が幸せみたいな感じで、こうした価値観にひかれたのもあり水木しげるも尊敬していて、その死を深く嘆く羽目となりました。

 この二人以外にもこの前亡くなった鳥山明や三浦建太郎など訃報に驚いた漫画家はいますが、上記二人に比べればその衝撃ははるかに小さいものでした。その差はやはり作品の面白さ以上に人生への影響の差にあるように思え、上記二人は文字通り自分の人生を変えるほどの影響力があったために自分も大きな衝撃を受けたのだと思います。
 っていうか漫画家以前に、この二人以上に人生に影響を及ぼした人はもはやいない気すらします。今考える限りこのほか影響を受けたのは、アニメ「lain」の小中千秋氏くらいかなぁ。

2025年7月29日火曜日

私が見た未来(幽霊編)

 すでに七月末ですが先月まで各方面を賑やかした7/5に大地震が起きるという予言は見事に大外れしました。その予言本こと「私が見た未来」という本ですが、端的に言って非常に小汚い商売だと思えあえてこのブログでは取り上げませんでした。私の周りでも中国人の同僚がこの噂を耳にして不安がってたりしたのですが、ただ見た夢の内容をさも未来の予言っぽく語って不安を煽り、自分はちゃっかり印税で稼ぐというこのやり方はクズそのものとしか言いようがありません。せめて汚いことして稼いだ印税の一部を災害対策とかに寄付するならまだわかりますが。

 前述の通り、根拠もなく人の不安を煽って商売にする行為は本当にゲスな行為としか言いようがなく、このデマ拡散者は二度と世の中に出してはならないと私は思います。そもそも夢が未来視になるなんてまずありえず、それだったら私が昔に見た、サザエさんのエンディング曲がTMレボリューションの「バーニングクリスマス」になる夢もそろそろ実現しなきゃおかしいです。

 そんな風に思っていたらまた昨日夢を見て、ある場所で周りの人にせがまれて怖い話をすることになったのですが、かなり霊を刺激する系の話をしてしまい、帰り道で霊がくっついてきているという感覚を覚えます。そんな悪寒を感じつつシャワー浴びようと脱衣所に行って服を脱いでいると足に何か絡みつく感覚があり、目を向けると片足にびっしりと髪の毛が絡みついていました。

 一瞬目を疑って瞬きするとその髪は一瞬でなくなるのですが、「ああこれは霊がついてきてるんだな」とさも霊能探偵のように自己分析しつつ、警戒しながらそのままシャワーを浴び始めます。そしてお約束というべきか、頭を洗っている最中に背後からの視線を感じ、恐る恐る浴室のドアに振り返るとまさにそのドアが開きつつあり、一体何が出てくるのかとひやひやしながら凝視していると、拳銃を持った角刈りのヤクザがぬっと出てくるではありませんか。その最後の瞬間に私が思ったのは、「ああ、幽霊なんかよりヤクザの方がよっぽど怖い」という感想で、こう思った瞬間に目が覚めました。

 冒頭に語ったようにもし夢が未来視になるというのなら、自分は今後の人生で入浴中にヤクザに狙われるという恐ろしい未来が待っているということになります。マジ勘弁してほしいので、夢が未来視になるという俗説は徹底的に撲滅していこうと思います。

2025年7月27日日曜日

ボーイングから買う100機の中身


 今朝この作品の2の映画を見てきましたが、そのあと湿気が濃くて熱中症となったのか一日中ダウンしてました。 もっとゲームしたかったのに(´;ω;`)ウッ…

 話は本題ですが先日の対米関税交渉の中身について、自分が見ている限り世論は曽於結果に対してやや非寄りというか批判が多い気がします。というのも関税率15%の代わりに米国にいろんな条件を付けられているとか、合意文書がないとかやっかみに近い批判です。
 特に後者の合意文書なんか、文書があろうが平気でそれを文字通り横紙破りするトランプ大統領なのだから用意したところで意味があるのか私は疑問です。また合意文書がないということは、日本も理由をつけて約束を破る手段を採れるということも言え、米国が約束通りに関税15%を実施しなかったら無視すりゃいいという意味で前者の条件に対する批判も気にする必要はないというか、何故米国が約束を違える可能性を言いながら日本が必ず約束を守らなければならないという主張をするのかが不思議です。

 その条件の中身で特にやり玉に挙がっているのが、ボーイングから航空機を100機購入するというのがあります。わかりやすい条件内容とあって色々批判というか議論されやすいのですが、コメント欄見ていると「つまり、F-15EXを100機購入というわけだな」というのがちらほら見えます。これ見て自分は、「なにそれめっちゃほしいしええやん(´・ω・)」とか思ってます。


 F-15EXについては上の動画で詳しく紹介されていますが、端的に言えば古いプレステ2の中身にプレステ4のソフトウェアや部品を投入したような戦闘機です。ステルス性能は低くてもその圧倒的な信頼性と耐久性、何よりもステルス性を無視することで可能となる大量の兵器搭載能力が魅力の機体となっています。

 日本もF-15を長年運用していますが、既に半世紀近く運用していて老朽化が目立っています。近代化回収も度々行われてはいるものの、だったらいっそ新しいのに交換して、耐久寿命もくそ長いんだし一気にF-15EXにしたらどうかと前から思っていました。それだけにボーイングから100機購入するのも、いつか必要になる投資だと思え全く無駄だと思えず、旅客機買うよりずっといいじゃんとか思ったりしました。

 もっとも、そのF-15EXの値段は旅客機はおろか、最新鋭機のF-35よりも高かったりするのですが。旅客機の数倍だから、半端ない予算になってしまう。でもほしい(´・ω・)

2025年7月25日金曜日

日本が本当に関係を強化すべき二ヶ国

 先日の対米関税交渉は久々に日本外国の強さを見せたというか、かつての半導体交渉の無様さを思うにつけ、色々とこみ上げるものがあります。

 さてその外交に関して少し掘り下げた話をすると、自分は今の日本にとって外交というか関係を強化すべきだと思う国が二ヶ国あります。一つは以前にも取り上げたモンゴルで、相撲や流鏑馬など共通する文化も多く、この国が存在感を増すだけでロシアと中国の牽制になるという地理的位置からも、日本はもっとモンゴルと交流を深め、将来的には朝青龍のクローンをたくさん作ってあらゆるスポーツを総なめにするべきでしょう。

 そのモンゴルとともに日本が関係を深めるべきとかねてから考えている国がもう一つあるのですが、少なくとも同意見を述べている人はおらず、恐らく真剣に考えているのは日本人としてはマジで自分一人だと思います。もったいぶらずに述べるとその国はトルコで、今後高い確率で中東、東欧、中央アジアにおいて非常に強い影響力を持つようになると睨んでいるからです。

 そもそも日本とトルコは、明治時代のエルトゥールル号事件、そしてイラン・イラク戦争時のテヘラン邦人救出など、過去に互いの国民を救出し合ったという素晴らしいエピソードもあり、お互いに親近感は低くない間柄です。距離が離れているため民間交流は近隣諸国と比べ少ないものの、少なくともお互いに憎み合うなどの摩擦はなく、もしかかわることがあるなら上記の歴史もあって可能な限り力になろうという意識はある程度共有し合っていると私は思います。
 私自身も、もしトルコの方に会う機会があるならテヘランの借りを返すために全力で誠意を尽くすつもりです。

 そうした日本とは土壌のいい関係にあるトルコですが近年は剛腕のエルドアン大統領の下、日の出の勢いで国際社会においても年々影響力を高めています。単純な国力だけでなく発言力なども増しており、かつてと比べるとその存在感は大違いも言っていいところです。特にウクライナ戦争勃発後は黒海に面することからロシア、ウクライナともに無視できず、互いにトルコが中立でいるよう顔色を窺っており、戦時交渉も大体トルコで行われています。

 そのウクライナ戦争にも関係してきますが、この戦争でロシアの影響力が薄れてきており、アゼルバイジャンやカザフスタンを筆頭に中央アジア諸国のロシア離れが進んできています。特にアゼルバイジャンはロシアを当てにせずトルコの庇護下に入ろうと露骨に動いており、シリアを含め今後のウクライナ戦争の進展によってはその他中央アジア諸国もこうした動きを加速する気がします。
 そのアゼルバイジャンを含め、現代の戦争で無視できないドローン兵器として最初に名を轟かせたのはトルコのバイラクタルTB2です。アルメニアとアゼルバイジャンの紛争から使われるようになったと言われていますが、こうしたドローン開発を見ても軍事的にも進んでいるように思えるとともに、やはりこの地域における軍事プレゼンスとしてトルコは無視できないと意識させられました。

 また中央アジアだけでなく、中東においても同じ大国のイランがこのところイスラエルにやられまくってて、そのプレゼンスはやや下がってきているように見えます。このイランの代わりに中東においてもトルコがイスラム国として影響力を増すのではと私は見ており、先のエルドアン大統領もまだまだやる気というか野望を見せていることからも、かなり幅広い地域でトルコが影響力を増すように見えてなりません。

 そんなトルコが影響力を強める中東や中央アジアは日本からみて程遠く、外交を強化しても直接的なメリットはあまり多くなく、経済面でもそこまでプラスになるかと言ったらすぐには無理でしょう。しかし距離が遠いということは摩擦も少なく、争う可能性もほとんどありません。それでいて、この地域において影響力を強め今後大国化していく可能性のあるトルコと今のうちに付き合っておくことは、将来的には何か大きな果実を実らせるのではないかと思うわけです。
 少なくとも、日本とトルコが仲良くなればロシアに対してはなにがしかの牽制が働くようになると期待できます。逆に日本がトルコに対して何かもたらすメリットを考えなければならない立場です。

 以上のような考えから、冒頭のモンゴルとともに自分はトルコとの関係強化が今の日本にとって重要なんじゃないかと密かに思います。それこそエルドアン大統領に来日して和歌山県に来てもらったり、トルコ出身のサッカー選手などにJリーグに参加してもらうなど、公民揃っての交流を深め合うことが第一歩です。飲食店などもトルコ料理を限定メニューとして出すなどして、あらゆる面からトルコとは関係を深め合うべきだと勝手に考えています。

2025年7月23日水曜日

対米関税交渉妥結の衝撃


 また本題と関係ないけどmengのデフォルメされた3号戦車のプラモをこの前作ってました。接着剤浮揚の子供向けキットで時間潰すのにいいと思ってたら、パーツの整合性悪くてかなりストレス貯めて作りました。携帯電話の電波マークっぽいデカールやカーテン付きの装甲などデザインは悪くないんだけど、次回以降作るのはちょっとためらう。

 話を本題に振ると、いちいちリンクは貼りませんがかねてから注目されていた米トランプ政権の関税交渉について今日突然、自動車を含めほぼ一律的に15%の税率で導入することに合意すると日米両政府から発表されました。結論から述べれば大成果もいいところで、この結果を批判する人ははっきり言って大馬鹿もいいところであり、「やーいお前の頭、対魔忍」と言ったっていいでしょう。通じないだろうが。

 この合意された15%という成立ですが、トランプ政権以前と比べると税率は確かに高いものの、自動車に対してのみ既に引き上げられていた25%の税率に比べると格段に低くなります。また近年の円安を考えると、関税が15%に引き上げられるとしても円安効果で十分お釣りがくるほどで、少なくとも現況においてはコロナ以前の時期よりも日本は対米貿易で有利であると断言できます。
 その上で、この関税引き上げ合意によって円安に対する米国の批判手段は明確に小さくなります。正直言えば関税率よりも円安を是正するよう言われた方が日本にとってダメージになると考えており、恐らく今後なにがしかで行ってくる可能性はあるものの、「それを是正するためお互いに関税導入で妥協したじゃん(´・ω・)」と言い返す口実を日本は得ており、あらゆる方面でプラスをもたらす交渉結果だと私は考えます。

 また交渉妥結で日本は英国、ベトナムに続く三番目で、もめているカナダやメキシコ、ブラジルといったアメリカ大陸諸国やEUに先んじて妥結したのも大きな成果でしょう。あとになればなるほど不利になる可能性もあり、また15%という税率はベトナムなどと比べても有利なもので、この順番でこの成果なのに物足りないと主張するのは贅沢もいいところでしょう。
 もっとも、批判している連中が言っているように対米投資やコメの輸入拡大(ミニマムアクセス拡大)などの条件も付けられていますが、前者はエネルギー方面の投資になると言われており、ロシア情勢を考えると日本のエネルギー政策的にも理に適っておりあまり問題にならないと感じます。後者に関しても、JAとかの連中が「せっかく引き上げたのに備蓄米で価格下げやがって。じゃーもう米なんて作ってやんねぇ」などとジャイアンっぽい発言しているのを見ると、コメの生産量拡大は短期では難しいと思われ、放出した備蓄米の再補充も考慮するならこっちもありな気がします。というか、海外産とある程度競争させないとコメ問題解決しない気もするので、ケツ叩く意味でもこうした措置が必要な気がします。

 もちろん、関税があるかないかで言えばない方が日本にとって有利なのは間違いないものの、国際交渉というのは一人勝ちの状態ではヘイトを高めて協力を失います。前述の通り円安だけでも日本はすでにかなり儲かっており、その儲けを一部あきらめて米国に花を持たすということは交渉において必要なことです。上に挙げたように、今回の結果は現状報じられている限りではかなりに日本にとって有意義であり、且つ米国も関税を徴収する(恐らく日本側が輸出価格を割り引くことで間接負担する)ことで国内財政をある程度補填できる結果となるだけに、落としどころとしてはいいところにあると感じます。

 惜しむらくはこの結果が選挙開票前であれば、自民党候補がもう数人当選し、自公過半数を維持して、石破総理も政権を維持できたかもしれなかったという点です。この対米交渉の結果は目を見張るものがあるものの、先の選挙結果と対米交渉と備蓄米放出以外では何も成果を出していないことを考えると、表では政権維持に意欲を見せているものの、石破総理はやはりここらが潮時かなと感じます。
 もっとも、この対米交渉は赤澤大臣がUSスチールの件を含めかなり主導していると聞くだけに、石破総理が辞めても次の内閣で赤澤大臣を続投しさえすれば何も問題なかったりします。そう考えると、石破総理はやっぱいらないって結論になってしまうわけです。

選挙報道の距離感を失ったメディア


 この前の記事でミッフィーの謎の加湿器を紹介しましたが、同じウェブ店舗でこちらのミッフィーを水に沈めるハンドソープポンプも売っていることに気が付きました。何故この店は悉くミッフィーを水攻めにした商品を作ろうとするのだろうか。

 話は本題ですが先週末に行われた参院選で、一つ気になったのがマスコミというかメディアの選挙報道です。端的に言えば仕事を放棄したかのように各政党や候補者の主張や論点を報じず(争点自体あまりなかったが)、全体として選挙戦がどうなっているのかかつてないほど読み取ることができませんでした。
 主に報じられていたのは有権者の支持、投票先政党の調査結果ばかりで、この報道で参政党が伸びていると報じられていたのを見たのですが、その参政党がどういう政党で党首や候補のパーソナリティについてはどこも何一つ一切報じていませんでした。なので選挙戦序盤、この参政党が一体どういう存在なのか全く分からず、友人にも聞いたりしたほどです。

 前からそうだったという人もいるかもしれませんが、私の目からすれば今回ほど選挙の内容をメディアが報じない選挙はかつてなかった気がします。山本太郎のコスプレ問題も選挙中は一切報じられていなかったように思え、私がこれを知ったのも、エマさんの声優が出馬していたのを知ったのもすべて選挙後でした。

 では一体何故メディアは選挙の中身についてこれほど報じなかったのか。断言できますが先の兵庫県知事選の影響でしょう。あの選挙でSNSなどと比較してオールドメディアと叩かれた上、あれだけ知事選前に批判していた斎藤知事が民意を得て当選してしまったことから若干自信というか本質を見失い、それを変に解釈して「民意を扇動してはならないし誘導してはならない」という方針になったのか、今回の選挙では必要以上に偏らないよう中立を意識していたように見えます。ただ若干報道をはき違えている節もあり、ネットでしか日本のニュースを見ないという特殊な立場にあるものの、私からすれば本当に必要な選挙の中身すら報じなかったのはサボタージュもいいところな気がします。

 結果的にこうしたメディアの消極的な政治報道姿勢もあって選挙論点が発展せず、また若干異常な候補者の異常行動が取り上げられずに無視され、変に盛り上がってしまってたような節も感じます。っていうか候補者の明らかに矛盾した発言や提言、社会的に見て異常極まりない行動に対してはメディアも堂々と批判していいと私は思うのですが、なんか今回はそうした異常行動についても「敢えて報じない」という素振りが見えました。小泉議員もあちこち応援演説に行っていたと思うのですが、彼の名前はこの選挙中にほぼ全く見ることなかったです。

 私の予測では恐らくこうした選挙報道に消極的となるのはこれから1~2年くらいは続く気がします。その後、やっぱりおかしいと気が付いて戻ると思いますが、今のメディアは選挙報道に対する距離感を完全に見失っており、それこそ公平で中立的に候補者の主張などを解説するしっかりした政治系SNSなどができたら、一気にそっちが注目されるかもしれません。

2025年7月21日月曜日

今回の参院選結果に対する見解

 参院選が昨日開票が行われましたが、昨夜の記事で「ムネオはタフ」と書いたら今回の選挙で敗北宣言を一度は出すもオオトリで奇跡のフェニックス当選果たしやがって、改めてその政治生命のタフさにビビりました。田中角栄も相当タフだったけど、もはや確実にムネオの方が上だろう(;´・ω・)

 話は本題ですがその参院選の結果ですが、自分個人の見解として述べると自民党の重鎮からしたら一番望み通りの結果だったんじゃないかと考えています。何故かというと仮に自公過半数を維持した場合、選挙戦勝利ということで石破下ろしがしづらくなるからです。
 その上で自公以外との参院議席数の差はわずか4であり、これは2人引き抜きに成功したら過半数を維持できる水準です。ぱっと見、今回の選挙でも無所属として出馬しているステルス自民党候補が出て何人か当選しているように見え、さすがにすぐに旗印を見せることはないでしょうが、しばらくは無所属候補として採決に自民寄りな姿勢を見せ、後々正式に合流する人も出てくるような気がします。

 そして石破総理ですが、まぁこの状況で政権が持つはずもないでしょう。消費税率引き下げにはそもそも自分も反対ですが、税率を下げずに補助金を配る論理は誰がどう見ても破綻しているし、またかつての参院選敗北で安倍元総理を批判していたことが蒸し返された件についても子供のような言い訳を呈す始末です。
 というより、自分が思ってた以上に石破総理が地位にしがみつこうとするのは軽い驚きでした。こんな状況で総理続けても苦労しかないのにそれでも総理にいたいって、やっぱ権力ってすごいなと思います。

 ただ石破退陣はもはやほぼ確定事項で、次の国会開会までに総裁選をやるかどうかってくらいでしょう。すでに自民の総裁を狙っている人たちは動いているように見えるし、内閣メンバーの中でも動きを見せる人がいるでしょう。その総裁選で誰が勝つかはまだ予断を許さないですが、高市氏は確実に出馬すると見られ、現状ではやや有利な立場に見えます。

 一方、野党に関しては山尾氏の問題を起こしながらも国民民主党がここまで議席を伸ばすとは思ってもみませんでした。基礎控除討論でやっぱり株を挙げたというか評価する人が多かったというべきなのかもしれませんが、逆にこれからがある意味正念場で、党勢を拡大する中でどれだけ人材の質を確保するかが今後の課題となるでしょう。維新はこれでミスって、今回の選挙でもほぼ全く報道で触れられることもなかったし。

 逆に今回一番報道されていたのは参政党でしょうが、私はあまりここに関心がありません。以前のNHK党のように、恐らく開会したら議員らに多くの問題発言や行動が掘り起こされ、すぐに数人が議員辞職などに至るとみているからです。これもあるから、自民党も過半数がいまなくてもこの後どうにかなるという自信を持っているような気がします。

 最後に公明党に関して、今回は論点も少ないから投票率が落ちて有利かと思いきや、議席数を6席減らすなど逆風が吹きました。あの池田大作も亡くなり、かねてより創価学会の信者数も減少しつつあると言われており、いよいよもってその勢力の弱体化が目に付くようになった気がします。
 私自身が信仰を持つ人が政治に参画することはよくないとは全く思わず、所属する宗教を政治上で優遇するなどの政教分離に反する行為さえしなければいいという立場をとっており、公明党や創価学会に対して恐らく並の日本人に比べアレルギーは小さくないと考えています。ただその私ですら近年の公明党の勢力低下ははっきり感じるほどで、この傾向は時間の経過とともにますますはっきりする可能性が高いことから、社民党の後を追いつつある共産党を笑えなくなってきているのではという気がします。

 さて「ニーア オートマタ」でまたケツを眺めながらプレイするか。生憎、2週目なので9Sのケツになるのですが……。なんであのゲーム、バックカメラの視点がほかのFPSと比べて低く、やや下からケツを眺めるローアングルがデフォなのか最初はめちゃ戸惑いました。

2025年7月20日日曜日

プライドを捨てられるのもまた能力

 今朝、毎晩使っているアイマスクを手もみ洗いで洗濯したら、めっちゃ手がヌルヌルになってビビるとともに、最近覚えたての「ヌル女2」という単語が頭に浮かびました。元ネタは漫画、アニメ、ドラマともにすべて見ておらずこれまで全く興味もなかったのですが、この癖強ワード知ってから俄然興味が湧いており、日本に行ったときに漫画喫茶で読もうかなと考えています。スクエニの単行本って、どれもページ数薄いわりに価格高いからあまり買いたくないし。

 話は本題ですが密かに大した人だと一目置いている人物に、宮崎謙介氏がいます。ほかの誰でもなくあの宮崎氏で、衆議院議員となるも奥さんの出産育休中に不倫し、なんか去年行われたクズ-1グランプリでもトップを飾ったあの宮崎氏です。一体何故自分が彼に一目置いているかというと、上記のクズ-1といい、プライドを捨てきって汚れ役を自らやっているからです。

 よく一度独立して社長職を経験した人は、その高まったプライドから事業が失敗しても一サラリーマンに戻れないという話をよく聞きます。宮崎氏も一度代議士という高い地位についていますが、あくまで日系メディアの報道などを見る限りだと、現在では不倫のニュースが出るたびにコメントを出して「お前が言うな」というツッコミを受けるキャラをよくやっているそうです。
 こと女性関係において彼がクズなのは間違いないことですが、議員という高い地位にかつてついていながらこうしてプライドを捨てきり汚れ役になれるというのはなかなかできないことだと思え、その精神的なタフさというかずぶとさに関しては近年見る中でも特段優れているように見え、一目置くようになりました。

 昨日書いた記事で私は、その死に衝撃を受けた人物として中川昭一と永田寿康を挙げました。両人ともにエリート街道を突っ走っていたものの不祥事をきっかけにものの見事に転落し、永田に至っては精神を病んで自殺し、中川に関しては自殺ではないもののストレスが原因とみられる急死をしています。
 両名ともに高い知名度と人脈があり、特に中川に至っては落選したのは明らかに逆風な選挙であり、次の選挙ではまた再選が期待される立場であったにもかかわらずあのような亡くなり方をしました。はっきり言えばどちらも自分のプライドに殺されたように見える死に方で、もう少ししぶとさというかずぶとさがあればああいう結果にはならなかったように見えます。

 少なくともこの二人より激しく糾弾されていた鈴木宗男氏だって、ああして議員に返り咲いているのだし。まぁこれはムネオがタフ過ぎるだけな気がしまうが。

 何も政治家に限らずとも、プライドの高さというのは古今東西における自殺において間違いなく大きな要因です。基本、プライドが低ければ低いほど自殺し辛くなり、高いほど何かのつまずきをきっかけに自殺へ走ってしまいます。そういう意味では自殺の予防というか防止に関しては、一度高めたプライドを捨て去る、具体的には余裕のある状態から転落しても、泥水すすってでも這い上がろうとする力が求められるものだと思います。

 この点でさっきの宮崎氏なんかまさに典型で、自らクズ代表として露出する当たり只者ではありません。また経営者の中で自分が最も尊敬する日清食品の安藤百福も、二度も破産しながらも心が折れず、インスタントラーメンで見事再起を果たしています。

 よく子供の自殺対策としてこうした方がいいという教育法がたくさん挙げられたり取り入れられたりしていますが、自分は自殺対策としてなら、こうしたプライドの捨て方や逆境からの這い上がり方を教えるのが最も効果的だと思います。しかし後者に関しては、むしろ今の日本の教育は「如何に失敗しないように生きるか」しか教えず、失敗した後のリカバリ方法や立ち直り方は逆に教えられていない気がします。言い方悪いですが、こうした教育の仕方だから子供の自殺者増えてるんだと私は思います。

 そういう意味では真の自殺対策、そして本当に精神の強い人間を育てるうえで、宮崎謙介氏をもっと見習うべきじゃないかと思うわけです。といっても、前述の通り女性関係に関してはこの人本当にクズで、奥さんが聖人過ぎるからまだやってこれている面も多いだけに、単純に見習えと言い切るのも少し考えものです。
 ただ、こと自殺対策に関してはかなりいい模範なので、政府もアイドルとか使うんじゃなくて「いろんなことがあっても、楽しく生きています」といったキャッチフレーズとともに宮崎氏を自殺防止傾圧ポスターに使えばいい気がします。ぶっちゃけそんなポスター見れば、日常の悩みも「こいつに比べりゃ大したことねぇな(´・ω・)」と思えてきて一般人にもプラスになるようにも思えます。

2025年7月19日土曜日

その死に衝撃を受けた政治家


 タオパオで無駄にミッフィーと検索したら出てきたのがこの商品ですが、加湿器らしいです。「ミッフィー入れる必要あんの?」と思えてならないですが、なんか無駄にそそられます。冬場でも一切暖房入れないから加湿器は使わないのですけど。
 話は本題ですが選挙についてあんま描くのも何なので一つの政治ネタとして、自分がその死に衝撃を受けた政治家を挙げることにします。

中川昭一(Wikipedia)

 まず一人目は、自民党で大臣も務めていた中川昭一です。自民党議員の中でも比較的出世コースに乗っており、比較的どの会派とも関係が良くて将来の総裁候補と目されていた人ですが、大臣時代にイタリアで行われた会見に泥酔状態で登場し、質問に全く答えられず、その後のバチカン美術館でも問題を起こしたことから大臣を辞任し、そのあと行われた2009年の選挙で断酒を口にするもあっさり落選しました。

 なおこの時の選挙直前に見に行った講演会で田原総一郎氏は、「自民大敗は確実。中川昭一も落ちる」という予測を断言していたのを覚えています。

 話を戻すとその落選からわずか2ヶ月後に自宅で死んでいるのが見つかります。死因については若干ぼかされていますが、自殺ではなく薬の副作用と言われており、落選のストレスが影響したと推測されます。
 自分はこの一連の流れを見ていましたが、そのあまりの急転落ぶりにいろいろ思うところがあり、その後自民党が下野して総裁が何人か変わるたびに、生きていたら彼が総裁になっていたと思うと、人生どこで何があるかわからないと何度も思い起こされました。

 落選した選挙は自民党が下野するほどの大逆風の選挙であり、もし別の時の選挙だったら彼ほどの地位なら落選することはなかったでしょう。その点では運のなかった点も感じますが、そこへ至る経緯は彼自身の自業自得的なものであることには変わりはなく、ワンミスでこういう風に急落するのが政治の世界といったところでしょう。

永田寿康(Wikipedia)

 次に衝撃を受けたのは、一時は政界の闇将軍ならぬヤジ将軍と呼ばれた永田寿康です。自分は今の今まで弁舌というか切り返しにおける頭の速さでこの永田寿康が政治家として一番だと思うくらい地頭のいい人だと考えています。ただ才走るところが生前から明らかにあり、それ故にいわゆる堀江メール事件であんな怪しさ満点の怪文書を真に受けて出してしまったあたり、多分生きて議員を続けていたとしてもどこかでとんでもない大ポカやらかしていた気がします。基本、物事を自分にとって都合よく考える癖があったと感じていたし。

 ただ、堀江メール事件の判断は無様としか言いようがないものの、その後の彼の転落ぶりには思うところがありました。知ってる人には早いですが所属していた民主党からは縁を切られ、奥さんとも離婚し、精神病を発症して病院に入院していたもののそこで自殺しています。割と冷淡な自分ですらいくらなんでもここまで落ちなくてはならないのかと思ったほどで、せっかく地頭がいいんだから政治家以外の別の道で頑張れば良かったのにという気が報道当時に思いました。
 はっきり言ってしまえばエリート意識が高すぎたんでしょうが、それでも惜しいと思うくらい賢い人だと感じていただけに自分の中ではいまだにその死が衝撃だったと感じる人です。

 このほか自殺した松岡利勝や最後迷走気味だった与謝野馨もいますが、どれも2010年ごろの政治家になんか集中しています。まぁそのあとからずっと中国いるしなぁ。

2025年7月18日金曜日

1988年の上海肝炎大流行事件


 先日、たまたま上の動画を見る機会がありました。ちなみにこの動画というかチャンネルはこのところよく見ており、なんか無駄に激しい事故とか見ていて昔の「世界丸見えテレビ」を見ている気分になります。

 話は戻しますがこの動画で紹介されているのは1988年に今も自分が住む上海市で起きた、赤貝を原因とする肝炎の集団感染事件です。そのあらましを簡単に説明すると、何でも上海市内に赤貝の養殖場が作られたのですがここが何故か下水の配水先近くにあり、汚水で汚染された赤貝がそのまま食用として出荷されたことが原因だったそうです。しかも中国で赤貝は日本での牡蠣のように生で食べるのが一番いいとされる食材であったため、この赤貝を生で食べた人たちが肝炎を発症し、その人たちから周囲の人が伝播感染してどんどん広まっていったそうです。

【A型肝炎にならない①】1988年に上海で約30万人の大規模発生あり。(上海ではたらく内科医のブログ☆リターン)

 上のブログ記事でもこの事件は取り上げられているのですが、自分が今も住んでいる上海の過去の事件ということから興味があり、誰でもいいからこの事件について話したいと感じました。そこで都合のいい上海の友人を思い出し、彼にこの事件を振ってみたところすぐ反応があったというかやっぱり知っていました。

 流行が起きた当時に友人はまだ小さい子供でしたが、彼も肝炎に感染して当時病院で治療を受けていたそうです。その当時の状況については、「まさにちょっと前のコロナの流行期のようだった」として、動画でも紹介されているように感染者があまりにも多くて病院に収容しきれず、あちこちの建物に肝炎で苦しむ人が横たわっていたそうで、一定の年齢層の上海人からすれば忘れようとも忘れられないほどの大事件だったそうです。

 若干オチに苦しむこのネタですが、最初の動画を見て公衆衛生というのは本当に重要なんだなと改めて感じました。それこそコロナ以前は妙なマッチョイズムで、風邪や病気というのは鍛えてればどうにかなるし感染しないと信じ切っていた私ですが、中国でコロナ規制が解除されるやすぐコロナに感染し、その後も中国でコロナが流行する度に引っ掛けられるようになると、個人がどれだけ衛生に気を払おうとも公衆衛生が悪ければ簡単に病気にかかってしまうということを意識するようになりました。
 言い方変えると、成人病などは別ですが感染症というのは個人がどれだけ努力してもかかるときにはかかってしまうもので、この中国の肝炎大流行を含め、過去の公衆衛生事件をよく意識して、みんなで対策採らないとだめだと思うようになっています。とはいえ、養殖場近くに排水垂れ流すのは想定外すぎる気もしますが。ゲーム実況動画のこの人のようなことを、リアルでやるのはやっぱり中国なんだなぁ。

2025年7月16日水曜日

日産はどの時点で詰んでいたのか

 日産が先日に発表した追浜工場閉鎖のニュースはかなり影響が大きく、今日は中国人の同僚にも「追浜閉鎖だってね( ゚Д゚)オッパマ」と言われました。かつての自動車名門であるこの日産の凋落について「私にはわかっていました」と後出し孔明っぽいセリフが出そうになりますが、少なくともこの私自身に関してはこのセリフを言う資格があると強く言えます。というのも、10年前の時点で「今の日産はかなりおかしいぞ」とこのブログで主張していたからです。

 10年前のあの頃はフリードリヒじゃなくてゴーンがいた時点でなんでそんなに日産危機論を言えたのかというと、その時点で日産は何年もまともな新車を発売していなかったからです。当時はまだコンパクトカーのノートに関しては頻繁にモデルチェンジを繰り返していましたが、あれから10年経った現在においてはさらにひどくなっているというか、マイナーモデルチェンジすらほとんど行われず、何年も前に発売した車をずっと売り続けているような状態です。一応、セレナに関してはフルモデルチェンジをまだ数年後にやってはいますが、それでもかつてと比べるとそのブランド価値は同クラスのアルファードとは比べるものもないくらい開いており、もうこの差を埋めることは金輪際ないでしょう。

 話を戻すと2010年代中盤の時点で日産は新車をまともに開発する能力がなくなっていたのではないかと思います。日本市場だけでなく中国市場でもほとんど新車がなく、一応途中で出した「シルフィ」は中国で大ヒットして年間販売台数でも首位に入ったこともありましたが、既にこのシルフィも旬が過ぎて売れなくなっています。それどころか現在の中国では日産に売れる車はほとんどなく、かろうじてエクストレイルがファンの間で売れてる程度です。
 それほど深刻なくらい新車が出せなくなっていた日産なのですが、2010年代においては人気の高かったキューブを廃番にしてしまっています。あれこそモデルチェンジすれば旧ユーザーは確実に買い替えたと思うし、その後のホンダ・Nボックスのヒットを見ると、あのクラスの需要は非常に高かったと思うだけに惜しいと感じるとともに、日産は何を考えているんだと今だけでなく当時も感じました。それ以降もキューブに限らず新車は出ないのに廃番にする車種は増え続け、そのラインナップは往時に比べると今は非常に貧相なものとなっています。

 ではそれ以降、日産は何を売っていたのかというと、アライアンスに加えた三菱に作らせたekシリーズこと日産・サクラでした。自分とこでは一切開発せず、三菱に開発させて量産させた軽自動車ばかり売るようになり、登録車はどんどんと先細っていったのがこの10年だとみています。とはいえ三菱をアライアンスに入れる前から日産はほとんどまともな新車を出さなくなっていたので、この傾向は三菱との提携による結果だとは思います。むしろ三菱がいなければ、日産の日本国内販売が今のように追いつめられた状況になるのはもっと早かった気すらします。

 そもそも何故日産はこれほど新車を開発できなくなったのか。確かに00年代と比べると10年代に入ってからはグローバル車戦略もあってどのメーカーも開発期間が延び、新車投入ペースは悪化していく傾向がありましたが、それを考慮しても日産の投入ペースほどには悪化していません。終いには過去に発売した車をガワだけ少し変えて「新発売しました!」と言い張る詐欺的な売り方までしてたし(フェアレディZ)。
 時期的に考えると、大体リーマンショックあたりの時点で日産の開発リソースがかなりおかしくなっていたような気がします。まだ当時はジュークなども開発してましたが、それ以降はどんどんと何も作らなくなり、現在に至ってはまともな新車を作れるのかすら怪しさを感じるほどになっています。資金力とかそういうものではなくやはり日産自体の開発リソースがなくなったという風に思えてきます。

 一部報道では、開発プランが下から挙げられてもあれこれリスクを挙げては上層部が握りつぶすことが続いていたと報じられていましたが、この10年の日産の新車投入状況を見る限りそんなレベルじゃないような気が私はします。どちらかというと、「作りたくとも作れない」ような状況であるように見え、三菱への開発丸投げを見てもそうした事情があるからのように感じます。
 見方を変えると、今の日産は三菱なしじゃ成り立たない気がします。そして、今日産が持つ財産の中で最も価値があるのは三菱に対する持分だと思え、ホンダも本音では軽自動車シェア、技術の拡大のため日産以上に三菱を欲しているように見えます。にも拘わらず資金調達手段として三菱株の売却を誰も口にせず、報道も出ないことに前から奇妙さを感じており、もうなんか裏で話ついてるんじゃないかとも穿っています。

 最後に、自分が日産が身売りを決断したなとはっきり感じたのは今年1月、社用車のADバンの廃止を発表した事典です。この手の社用車というのはフォークリフトなどと同様に、自社グループや下請けに無理やり買わせることができる車であり、赤字を出そうと思っても出せないような車種です。にもかかわらずマイナーチェンジしないのはともかく廃止を発表したということは、もう企業としての独立運営をあきらめたんだなと思いました。
 こちらも後出し孔明っぽいですが、当時はここまでブログに書いてなかったので批判されても仕方ないと考えています。

 以上をまとめると、ADバン廃止発表の時点でもう日産は破綻がほぼ決まっていましたが、自動車メーカーとして開発力的に詰んでいたのは三菱との提携前辺りじゃないかと考えます。当時に三菱を一部買収することで命脈を永らえさせましたが、実質的に10年前の時点でほぼ詰みに入っており、死んでいた命を10年永らえさせていたようなものです。
 既にホンダからも提携を拒否られているように、日産の価値はもはやほとんどなく、追浜工場を閉鎖して九州に生産能力を統合させると言っても、その九州の工場もいつまで持つかという話でしょう。まだここまで口にする人もいませんが、日産のブランド自体存続できるのかというような状態だと私には見えますが、そこまでの危機感もってる人はまだ多くない気がします。

 それはともかくアルピーヌ・A110は欲しい。円安のせいで日本国内の販売価格がモリモリ上がってるけど。

2025年7月14日月曜日

中国でBL狩りが始まった?


 本題と関係ないけど上の商品を見て、「何故自分はこの正四方形の物体を見て猫だと認識できるのだろう?」と数日間悩み続けた挙句、60元(約1200円)するけど買ってしまいました。私の好みは置いとくとして、この形にデザインして売ろうと思った人はかなりすごいセンスしてると思う。

【地獄絵図】中国当局、BL狩りを初めてしまい死屍累々(暇人速報)

 以前JBpressでも中国のBL市場について少し触れたことがありますが、マジでシャレにならないほどでかくなっているというか、上海市内でも明らかに腐女子ご用達と丸わかりな店とか増えてます。そんな矢先に上記リンク先のBL狩りのニュースで、この記事を見たとき何故か自分の頭の中に「黄巾の乱」という単語が浮かびました。マジで意味わからねぇ(´・ω・)

 このニュースについて、聞いてもないのに「最近二人乗り戦闘機パイロットのBL小説読んだの(*^▽^*)」と報告してくる中国人女性の友人にコメントを求めたところ、摘発されたのはBL小説を書いている作家たちで、大した収入も得ていないのにみんなのためにBLを書いてくれていた人たちを捕まえてひどいという感想を述べてくれました。
 なお中国ではBL漫画は現在ほぼ完全に禁止状態であり、餓えたBL女子たちはBL小説でしかその欲求を満たすことができないそうです。なおこの友人は日本の大阪に渡航する前、「どこに行けば日本産のBLを仕入れられる(。´・ω・)?」と真っ先に自分に聞いてきたので、とりあえずアニメイトを教えておきました。

 そもそも何故中国政府はBLを摘発するのかですが、「自然に反する感情や行為」だからだそうです。恋愛感情は男女間にしか芽生えず、それを同性間で持つのは非自然的であり存在してはならないという、最近のLGBTなぞなんぼのもんじゃいと言わんばかりに全否定しており、こうした輩が中国国内に存在すること自体にかなり否定的です。
 とはいえ、上記の通りBLファンは結構根強く存在しており、「実事求是」の精神はどうなのと若干尋ねてみたいものなのですが。

 逆にというかBL先進国である我らが日本からすれば、なんでこんなに感情的に摘発しようとするのかやっぱ不思議に感じてしまいます。蓼食う虫も好き好きというしそういうのが好きな人がいるなら、社会に迷惑をかけない範囲なら好きにやらせりゃいいじゃんと思うのですが、どうも中国政府の人たちは頭固いのかわざわざ労力かけてこうやって摘発する当たり存在すること自体許せられないようです。
 同じような理由で中国はいまだにポルノにも厳しいのですが、この辺を先ほどの「自然に反する感情や行為」という主張と比べると、ポルノに厳しい主張というか根拠がややあいまいとなってぐらつき、単純に政策指導者が気に入らないから規制しているに過ぎないというのが私の見方です。

 なおそれに絡めていうと、日本ではポルノの規制が緩いから少子化が進むと主張する人がいますが、日本よりも厳しい中国でも日本よりハイペースで少子化が進んでいることを考えるとその主張はやはり間違っている気がします。この辺、さらに米国とも比較すればより顕著でしょう。

 最後に今回話を聞いた中国人の友人とはそのあと、「日本もBL特区みたいなの作ってこういう摘発から逃れたい人を集めりゃ人口問題も解決するのにね(´・ω・)(・ω・`)ネー」といったことを駄弁ってました。

2025年7月13日日曜日

争点無き参院選

 ピーク乗り越えて緊張感抜けたからか一気に疲れが来て今日も寝たきり雀で過ごしていましたが、参院選は争点が全くなく、下手すりゃ都議選とかの方が盛り上がってたするくらいなので、多分自公が地滑り的に勝つんじゃないかと思います。

 ニュースでは外国人政策が取り上げられることが増えてはいるものの、正直無理やり作ったようなトピックに見え、そこまで有権者に響いているようには見えません。第一、排外主義を強めた結果がどうなるのかは今の米国みてりゃわかるだけに、この手の議論に乗っかる理由はあんまないと思います。
 唯一トピックになりそうだったのが外免切替こと外国人の自動車免許切替問題くらいでしたが、これも厳格化が施行される運びとなったので争点化できずじまいです。それこそ米価高騰が今も高止まりし続けていたらこっちが最大のtピックとなっていたでしょうが、あいにくこちらも下落傾向が続いており、有権者の要望でもあまり米価対策が見えないあたり争点とはなりませんでした。

 じゃあ一体この参院選の争点は何なのか。結論から言うと議席数そのもの、つまり今後の国会での発言権しか争点になってない気がします。こうなったのもある意味石破政権のおかげというか、野党は下手にここで自民の総裁が切り替わるよりかは人気のない石破政権が続いてほしいと願っており、なんか打倒自民というとか打倒石破政権みたいなスローガンが聞こえず、批判もやや小さいなって印象お受けます。

 今回に限らず争点のない選挙は今に始まるわけじゃないですが、報道などの反応見ている限りでは本当に投票先がなくて困っている有権者の方が多いような状況で、無投票率がまた高まる気がします。まぁ政党も論点ないんだから、無投票率高くてもいいんじゃないかと自分は思いますが。
 個人的には自民乙はもっと外交をアピールした方がいいと思います。関税問題がケリつかないのは日本政府のせいじゃないし、USスチール問題だけでもまとめたのは十分評価に値します。

2025年7月12日土曜日

井伊直弼の最大の失敗ムーブ

 また例によって「風雲児たち」を読み返して幕末を調べなおしていますが、「どうすれば幕府を延命できたのか」という視点に立って色々考えてみると、

・公武合体を進めるべきじゃなかった
↑↑↑
・日米通商条約の締結勅許を朝廷に求めるべきじゃなかった
↑↑↑
・14代将軍を家茂ではなく慶喜にすべきだった

 などなどとなっていき、結局は井伊直弼を大老にすべきじゃなかったに行き着くことが多いです。彼自身は幕府の権威を再び高めようと色々努力しましたが、結果的にそれは空回りし、最後には自分が暗殺されることでその権威を大きく貶めてしまっています。極論を言えばあの時点で大政奉還に近いような政策を採り、公武合体は推し進めず雄藩連合のみ成立させておけばまだ徳川の時代がまだしばらく続いたでしょう。
 それだけに、本人の意思とは裏腹に幕府崩壊を早めた井伊直弼は典型的な「やる気のある無能」だというのが自分の評価です。あんまほかの人は言わないけど、彼がやろうとした公武合体こそが徳川幕府にとってかなり致命的な一打にもなっているし。

 そんなやらかしまくっている井伊直弼ですが、敢えて彼の事跡の中で最大の失敗ムーブを挙げるとすれば、自分の中では安政の大獄における吉田松陰の処刑であるような気がします。一体これは何故かというと、長州藩を倒幕に回しているからです。

 安政の大獄では吉田松陰に限らず数多くの人物が捕縛、処刑されており、中でも水戸藩が最も弾圧を受けたほか、越前藩もその指導者であった橋本佐内が処刑されています。しかし、水戸藩も越前藩も徳川親藩であり、これらの弾圧によって井伊直弼個人へのヘイトは高まり、後の桜田門外の変につながってはいるものの、両藩ともに親藩ゆえか倒幕にまで頭が回ることはありませんでした。
 一方、吉田松陰の出身である長州藩、特に彼の門下である松下村塾出身者はその処刑をきっかけに、明確にその意識を尊王攘夷から攘夷倒幕へと変えています。長州藩は外様であるだけでなく、元々関ヶ原の戦後処理で辛酸をなめさせられていて倒幕意識がかねてより高かった藩なだけに、松陰処刑による倒幕意識の高まりがかなり影響した気がしてなりません。それこそ仮に松陰を処刑しておかなかったら、第二次長州征伐自体起きなかったかもしれません。

 もっとも松陰自体がこうした展開を狙い、安政の大獄で敢えて自ら処刑されようと動いた節があります。知ってる人には早いですが、彼は井伊直弼がターゲットにした梅田雲浜と長州で会っていたことから出頭命令が出たものの、雲浜とは本当にあっただけでそんな交流はありませんでした。そもそも長州の一軍学者なだけに尋問する側もそんな期待してなかったそうですが、ここで松陰は何を思ったか、自ら幕府老中の間部詮勝を暗殺しようとした計画を自白し、これが原因となって死刑判決を受けています。
 また仮に死刑とならなくても、密航をはじめ過激な行動を繰り返していた松陰なだけに、生き残ったとしても何かしらやらかして藩論を倒幕へと変えていたかもしれません。そう考えると、「処刑しようがしまいがどっちも同じじゃんか(;´・ω・)」と思えそこまでの失敗ムーブじゃなかったかもと逆に思いなおしてしまいます。まぁ長州を敵に回したっていうのが、直弼の失敗ってことで話まとめます。

 あと関係ないけど、井伊直弼の肖像画の顔ってなんか石破総理に似てる気がする……。

発展途上国支援をすると逆に恨まれる

 また暑いので例によって朝から映画館言って「スーパーマン」を見てきました。全体の感想としてはテンポよく俳優の演技も十分で、ストーリーも比較的単純なので子供でも十分市長に耐える内容であり、傑作ではないものの見に行くには十分な作品という印象でした。
 その俳優ですが、悪役のレックス・ルーサー役をやったニコラス・ボルト氏の演技が際立ってよく、家に帰って調べてみたらマッドマックスで「こいつは俺の輸血袋だー!」と叫んでた彼でした。基本的に作品全体がハイテンションでエネルギーに溢れる作品ながらこの人のハイテンションぶりは一切負けておらず、それでいて終盤は脚本に恵まれたとはいえ静かな演技もこなしていて目を引いた俳優でしたが、やはり業界でも評価されていたようです。

 そんなレックスのセリフにスーパーマンを何故付け狙うかについて、「ちやほやされているお前への妬みだ」とはっきり言うシーンがありました。これ自体は悪役がよく言うセリフに見えますが、全体としてDC作品らしく政治色が強い作品であり、作中ではトランプっぽい俳優がロシア語で話したりするシーンも出てきます。それゆえ、このセリフもスーパーマンにというより米国そのものに向けられたセリフじゃないかと自分は思いました。

 かなり昔にこれも記事化していますが、20年くらい前に何かの評論で米国が嫌われる最大の原因は「嫉妬」だとしたうえで、国際支援といって周辺国に金をばらまきながら関係が一切改善しない日本もこういうところに原因があると指摘するコラムを読みました。はっきり言ってしまえば、国際資金援助をすればするほどその国には逆に恨まれると断言できます。
 この辺、日本もある程度反省しているのか近年は「人道支援」という表現で送金するのではなく設備や人員を直接送り、現地の人の目に見えたり触れられたりするような援助に切り替えてきています。こうした支援で白眉ともいえるのは、政府とは無関係ですがアフガニスタンのペシャワール会による現地の井戸掘削などの灌漑事業だと思え、先の中村哲医師の逝去はかえすがえすも惜しいものがありました。

 そんな上記知識もあったことから、同じくスーパーマンを見てきたとチャットで伝えてきた中国人の友人に上記セリフと考えを伝えた上で、「中国も最近アフリカ諸国へ派手に金を配っているが、恐らく一切感謝はされず逆に今恨みを買っている最中だよ」ということを教えてあげました。この辺の感覚ですが私が見る限り中国政府は一切理解できていないようで、自分らも散々日本から支援を受けながら日本に対するヘイトを高めてきたにもかかわらず、「人は、同じ過ちを繰り返す、全く……」的に繰り返しています。マジでこの辺、誰か教えてあげればいいような気がしますが、そういう人材、それこそ中村哲医師のような人がまだ中国にはいないってことなのかもしれません。

2025年7月11日金曜日

神話は誕生を、宗教は死後を詳しく語る


 今日お昼休みに何気なく上の記事を読んだのですが、「神道と仏教の違い」について芸人と神主の二足の草鞋を履く狩野英孝氏の以下のセリフが冒頭に引用されています。

「ぼくがよく言うのは、『始まりと終わり』ってこと。例えば、神社は子供が授かりますように、子供が生まれて新たなスタート、合格祈願、高校大学で新しくスタートしたい、商売繁盛、店をたてて新しく何かをスタートとか。何かスタートするのが神社にお願いすること。その方がいずれお年を召して、亡くなるでしょ? 亡くなったときにお寺に行ってお墓に入る」

 この解説を読んでみて、「奴さん、なかなかうまいこと言いやがるじゃねぇか」と無駄に江戸っ子っぽい感想を持つとともに、なかなか筋の通った面白い見方だと感じました。言われてみると確かに誕生祝や七五三なんかは神社でやって、葬儀や悪霊払いなどの儀式は寺でやること多く、神社は始まりを、寺は終わりを扱うなどと言ったことを考えてました。
 その際ふと、「いや待て、そもそも神話は世界や人類の誕生を詳しく語るのに対し、宗教は世界の破滅後や死後について語ることが多いのでは?」と、見出しに掲げた内容が頭をよぎりました。でもって考えれば考えるほど、この法則はかなり幅広くあてはまるようにも思えてきました。

 まず日本を例にとると、神話というのは日本神話こと古事記で、宗教はやはり仏教がメインです。古事記においては言うまでもなく日本というか世界がどのようにできたのかが最初に語られ、イザナミやイザナギがアメノヌボコでかき回して大地が作られ、天皇が空から降りてきて人類とかも生まれるみたいな解説がなされます。死後の世界についても一応は黄泉の国などについて少し語られはするものの、人間が死後どんなふうになるのかはあんま触れられていない気がします。

 一方、仏教はこの世界の誕生については間違いなくあまり触れません。そもそも輪廻転生を是とする世界観で、言うなれば今の世界は一つ前の崩壊後の世界が再生した後の世界であり、一番最初の誕生はどうだったかについてはそこまで詳しく語りません。一応、宇宙開闢については多少は説法もあるものの、どちらかといえば初めからそこにあったという語り口が強いような気がします。
 逆に、死後の世界についてはこれでもかというくらい詳しく説明されています。そもそも仏教自体が「死後に極楽浄土に行くにはどうすればいいのか?」が価値観の柱となっており、死後のために今生きてる現世をどう生きるかを説くことが思想的根幹にあるでしょう。そのため極楽浄土や地獄の世界観について詳しく描写するとともに、実際に過去に死んだ偉人らが死後どうなったかも色々取り上げられています。

 以上は日本での話ですが、ほかの国や地域もこうした傾向がみられる気がします。例えば西洋だと、ユダヤ教の旧約聖書ではアダムとイブに始まりノアの箱舟など、この世界の成り立ちがこれでもかっていうくらい詳しく書かれてあります。それがキリスト教の新約聖書になると、生前のイエスの言行も詳しいですが、むしろメインとなるのはその死後で、現在の布教においてもイエス死後の聖人らの活動が大きく語られるとともに、そうした聖人らが天国でどうなるかなどを含め死後の世界観についても詳しく語っています。
 同じ西洋においてはギリシャ神話もこの世の成り立ちというか、世界を司る神々の経歴がメインストーリです。地獄についての概念もありますが、大体ハデスがチョンボしたり悪さしたりするような話で、啓発的な意味合いは宗教と比べると弱い気がします。

 もう一つお隣こと中国で見ると、宗教に関しては日本と同じく仏教ですが、中国の神話となるとやはり道教です。この道教も盤古の死体が大地となって、伏犠や女媧が人間を作るなど世界の成り立ちに関してかなり詳しく説明しています。一方死後に関しては一番ぶっ飛んでるというか、「道教を修行すればいつか仙人になって無限に生きられるよ」という、死後の世界を否定するような価値観すらあります。
 一応、閻魔大王のもととなった泰山府君など地獄の概念とかもあるのでないわけじゃないんですが、それでもほかの教えと比べると死後についての言及はやはり仏教と比べ大きく劣ると感じます。

 こんな具合に、土着宗教こと神話ではこの世や人類の誕生を詳しく語るのに対し、後発の宗教は死後や世界消滅後についてやたら語る傾向がある気がします。特に後者は末法思想というか終末観を確実に持っており、なんていうか滅びの概念こそその教えの中心に据えているとすら感じます。
 なおこうした変化というか傾向は文明の発達に伴っている節があり、新興宗教ほど先の終末思想がそれ以前の宗教よりだんだん強まる傾向もあるのではないかと穿っています。

 では何故このようになるのかといえば勝手な意見としてそのまま述べると、原始的な世界において人間はまず「俺たちはどこから来たんだ?」という疑問が一番悩むトピックだったんじゃないかと思います。現代においても自分のルーツは何だろうかと疑問を持つことは珍しくなく、普遍的な悩みといえるトピックですが、特に自然科学の発達していない時代においては一番不思議に感じる点となり、その答えとして作られた神話では当然ながら誕生というかルーツが詳しく語られることとなるわけです。
 一方、ある程度文明が発達し、寿命以外の死亡率が下がってくると今度は「俺たちは死んだらどこへ行くのだろう?」が、一番悩むトピックになってきたんじゃないかと思うわけです。未発達の時代と比べると簡単には死ななくなり、前は生まれてくるのが不思議だったけど、今度は死んだ先がどうなるのかが不思議となっていき、こうした悩みに答えというか仮説を出していく過程で宗教というものが固まっていった、というのが自分の見方です。

 言うまでもなく、神話、宗教はともに人間というか集団を統合するために作られた思想的ツールという側面があります。価値観的に従わせる上で、多くの物が持つ悩みを快刀乱麻にアンサーを出すことは信じさせる早道であり、だからこそそれぞれが重きを置く点が時代の差から神話は誕生、宗教は死後になったのではないかというのが自分の仮説です。

 以上の考えに至ったのは本当に今日の正午に上記の狩野氏の発言が全部きっかけでした。実際、狩野氏の言葉は取りようによっては非常に深い含蓄を備えたものに思え、天然ボケが多い人だけどやっぱこうした思想に対する造詣は深いと思えました。
 それと同時に、神話と宗教の明確な差がまさに時間的な前後というか誕生と死にあるというのはかなり普遍的な傾向であるように思え、掘り下げたらもっと何か出てくるかもしれません。個人的にはかなり面白い発見をした気がして、今日はいい気分で寝られそうです。

2025年7月10日木曜日

消費税は今確かに下げるべきじゃないかもしれない

 前略、先日の「消費税を守る」という森山幹事長の発言を聞いたとき、消費税は一度下げたら再び上げ辛いってこともあるし言いたいことはわからないでもないものの、なんだよこのセリフと正直思いました。でもって代わりに2万円を配る件についても完全なバラマキ政策であり、だったら国民全員にお米券でも配れよという気がしました。そもそも中国にいて自分は2万円もらえないし(´;ω;`)ウッ…

 ただ昨日咄嗟に思い付いたというか、確かに今は何があっても消費税を下げるべきじゃないかもという気がしてきました。何故かというと米国のトランプ政権との関税交渉に影響する可能性があるからです。


 上の記事には4月に書いたものですが、あくまで可能性の話として述べると、トランプ政権が真に日本を含む諸外国に求めているのはこの消費税の撤廃である可能性があります。

 なんで他国の税制を要求してくるんだと誰もが思うでしょうが、上の記事でも書いたように米国には消費税という制度がそもそもなく、代わりに売上税というものが存在します。日本や中国を含め消費税制度がある国では他国へ輸出する製品に対し、国内でのその製品を完成させるまでの仕入やサービス購入で企業が支払った消費税を還元させるため、輸出時に消費税還付金が還付されます。細かい解説はほかのサイトを見てもらいたいのですが、この消費税還付の金額は輸出がメインの企業だと非常に大きく、トヨタグループなんかは払っている税金よりも還付される税金の方が多いとまで言われています。

 税制的に見れば決してこの制度、輸出製品に対し国内で価格に上乗せされた税金分のみを控除する制度であり、国際競争上で決して不公平なものではないのですが(輸出産業には有利だが)、どうも米国というかトランプはこの制度の仕組みを知らず、消費税還付のところにだけ着目し、他国は製品を輸出する企業に対し多大な補助金を出していると勘違いしている声が出ており、私もなんかそうなんじゃないかと疑っています。突き詰めればこの消費税還付という制度を潰すことがトランプ政権の目的なのではと思う節すらあり、皮肉な言い方ですが消費税制度というものが米国のヘイトを高めている可能性があるというわけです。

 さてそんな状況で日本が消費税率を弄ったらどうなるか。あくまで可能性論として、トランプ政権が「日本はトヨタへの補助金を減らした」などと勝手に行ってくるかもしれません。でもってこの日本の政策変更を自分の手柄だと主張し、日本は妥協し始めているがまだ足りない、公平にするため制度そのものをなくせなどとさらにまくし立ててくるのではと、昨日急に思いついたわけです。

 どちらにせよ、今この段階で消費税率を下げたら米国に間違ったメッセージを発信するかもしれないだけに、思い過ごしかもしれませんがあまり弄らない方が吉じゃないかと思ったわけです。そもそも私自身が財政規律派で増税にも容認する立場(中国にいてほとんど日本の税金払ってないが)でもあるためこのような意見にもなってきますが、消費税制度を国内だけの問題とは今は考えない方がいいとはっきり思います。
 もっとも、石破政権がここまで考えて消費税を守ると言っているわけでもないと思いますが。

2025年7月8日火曜日

石破政権の対米交渉の所見

 日本も猛暑が続いていて気温よりも湿度が高いのが辛いとネットに書いている人が多いですが、上海もこの前行きましたが最高気温が40度にもなると、湿気がなかろうが半端なくキツく、また冷房かけても全然温度下がんないため湿気どうこうはあんま関係なく、単純に気温の高さの方が問題だと思います。
 湿気があろうと気温が35度以下なら、エアコンで除湿かければめちゃ快適です。35度超えてくるとエアコン使っても辛く感じる。

 話は本題ですが本日米国のトランプ政権は日本に対しても追加関税を来月以降にかけると発表しました。この結果を受けて石破政権の対米交渉が議論されていますが、結論から述べると私自身はよくやっていると思え、少なくとも批判されるような点はないとすら考えています。

 まず今回の関税引き上げについて先週の段階で一部メディアが「日本は除外されるだろう」という報道をしていましたが、「私にはわかっていました」的に後出し孔明っぽくなるものの、上記のような観測をしたメディアは何を根拠にと若干疑問に感じていました。取り立てて交渉が進展していたわけでもなく、ベトナムや英国のように交渉に妥結したものの屈辱的な米国優遇条件を受け入れたわけでもないのに、何故日本だけが除外されるのか、まったく意味が分からない主張でした。
 そしたら案の定というか日本も引き上げらる方針が通知され、目の敵にされている中国とそんな大差ない関税率が現在予定されています。もっともTACOという言葉がはやっているようにまた直前で先送りされる可能性もあるだけに、実際に施行されるまではあんまどうこう言うべきじゃないでしょう。そもそも今回の発表でまた円安が進んでおり、企業が基準レートを1ドル120円くらいに設定しているのであれば、関税が25%上乗せされたとしても為替差益でほぼ相殺されるような状態なので、輸出企業もそこまでダメージは大きくない気もします。

 さてこんな事態を招いた石破政権と対米交渉を担当する赤澤大臣に対して批判も多く出ていますが、仮に別の政権や交渉担当者であっても、この結果は変わらなかったと思います。前述の通り交渉に妥結したのはベトナムと英国くらいで、見方によっては関税上乗せされるより厳しい条件をベトナムなんかは飲んでいます。日本が追加関税から免れるためにそのような条件を飲んでは元も子もないし、また存在すらしないアメ車に対する輸出規制が議論になる時点で日本側の主張の方が明らかに正しいだけに、交渉でどうにかなるようなもんじゃないでしょう。
 そのような話の分からない相手に対し、赤澤大臣は少なくともUSスチールに対する日鉄の買収協議を取りまとめ、大統領の承認を取り付けただけでも自分は大したものだと感じています。この点一つとってもむしろ誉められるべき功績だと思え、はっきり言ってしまうと対米交渉で石破政権を批判する人は目もなければセンスもないとすら思え、そのような人たちからは今後意見を聞く必要はないだろうとすら思います。

 その上で今後の対米交渉について自分の意見を述べると、前回にも書いたようにこのまま米国に阿りつつ様子見を続けるのが吉であり、凶にはまずならないと考えています。こう考える根拠としては、カナダやメキシコを筆頭に、最近だとブラジルも加わるなど米国に対する世界中のヘイトが高まっているのと、トランプが一番目の敵にしている中国があまり貿易でダメージを受けていない点を見逃すことはできません。
 若干統計について議論はあるものの、直近の統計でも中国の輸出は今のところ前年比プラスを維持しています。突然の対米関税引き上げが行われてからすでに数ヶ月経つものの、中国で暮らしていて自分もそこまで関税引き上げの影響を感じることはなく、街中でもこの点について話題になるというか気にする人すらほとんどいません。

 無論、自分がただ気づいていない可能性もあると思うものの、中国批判が大好きで普段から粗探ししていて、むしろお前中国好きなんじゃないのと言いたくなるような日系メディアすら直近の中国の貿易についてどこも触れていないあたり、少なくとも現状で目立った影響は出ていないのではと推測しています。何が言いたいのかというと、無理に米国と妥協する必要もなければ、関税引き上げられても意外と何とかなるんじゃないかってことです。
 特に日本は前述の通り、関税が引き上げられれば円安に振れてその影響をある程度相殺してくれるところがあるだけに、トランプの脅しに屈さず、無意味に日本政府を批判せずどっしり構えていりゃいいというのが私の見解です。

2025年7月6日日曜日

映画「ジュラシックワールド」と「F1」の感想

 最近友人と公開された映画の批評合戦を繰り返しているので、この土日も計二本の映画を見ることとなりました。1本目は最新の「ジュラシックワールド」ですが、一言で言えば終盤はスリリングな展開が良かったものの、全体としてはややチープ感溢れるB級ホラー映画っぽいノリで、これがあのジュラシックパークから続くシリーズ作品なのかと若干疑いました。

 細かく話してくと、主演のスカーレット・ヨハンソンは相変わらずいい動きしていて画面内でも存在感があるのですが、それ以外の俳優は若干棒気味で、恐竜の姿にややオーバーなリアクションで驚いたりするのが少し滑稽に見えました。むしろ、子役の女の子の方が演技良かった気すらする。
 また先ほどのB級っ歩差ですが、その大半は脚本に由来します。紙屑一つで全システムがダウンする研究所といい、話の展開的にどう考えても無理があるだろうと感じる場面が多く、もっとましな脚本なかったのかよと言いたくなります。ただあるおっさんキャラが序盤から終盤にかけて、死亡フラグを延々と埋めまくる展開は見ていて逆に笑えました。まるで死亡フラグを踏むためだけに生み出されたキャラに見えます。

 あと最後に気になったのは、主演のスカヨハは「コミュニケーションの一環」と称して共演女優の胸を毎回揉むセクハラおばさん的な人なのですが、映画見ていて「この女優も揉まれたのだろうか?」という点が気になってました。

 次に、今日朝からみてきたのはブラッド・ピット主演の「F1」です。こちらは対照的にというか非常に申し分のない出来で、あからさまに金のかかった映像と感じるものの、その金のかけ方が非常にいいというか臨場感のあるレース映像と音を作り出しており、個人的にかなり満足感のある作品でした。
 俳優の演技もブラピを筆頭にどれも良く、準主役の若手レーサー役のダムソン・イドリスもその役柄を見事に演じ切っていました。もっとも自分としてはオーナー役のバビエル・ダニエルの演技が一番うまいと感じましたが。

 映像に関しては前述の通り申し分なく、撮影が困難と思える映像も見事撮りきっており、レース中のキャラの表情から車の挙動など画面切り替えも素晴らしくよくぞ作ったものだと感じ入るほどでした。また音もレースさながらの重低音が響き渡り、たまたまかもしれませんが自分が入った映画館では重低音でシートが揺れました。

 脚本に関しては弱小F1チームでオールドレーサーが若手レーサーを指導していくというよくある展開ですが、戦車マニア垂涎の「フューリー」でも似たような立場を演じてましたが、ブラピはこうしたコーチ役が本当にうまくなっているというか板についています。彼自身もキャリア当初はイケメンアイドル的な役が多く、出世作の「セブン」ではモーガン・フリーマンに指導される若手刑事役を演じてましたが、今や若手を後押しする大御所としての役割が彼には求められている気がします。

 そんな具合ですごくお勧めな映画なのですが敢えて一つダメ出しをすると、この作品はヒロインもバツイチのオールドミスであるなど、出演者の年齢層が全体として高いところが気になりました。ブラピ自身も60代だし、そのほかのキャラもオーナーやオールドミス、スポンサー、若手レーサーの母ちゃんなど年齢設定の高いキャラばかりなため、準主役の若手レーサーがその若さと未熟さという点でやや悪目立ちしているように見えます。素人目戦ながら、F1チーム内スタッフのモブでもいいから一目で若いと感じるキャラを配置しておけばもっと違ったのではと思います。
 なおそのヒロインは調べてみたらマーブル映画のAIの声の人でした。こんな人だったとは(;´・ω・)




 そんな風に映画見終わった後は家でインプのワゴン作ってました。ハセガワのキットですがともかく寸法が合わないわマニュアルが間違っているわと作っててストレスがよくたまり、あんま楽しいキットじゃありませんでした。やっぱタミヤのが上だなぁ。

2025年7月5日土曜日

BGMのかけ方が秀逸なアニメ

 先週、夕食に日本食屋へ寄った際、たまたまそこで流れていたのがm.o.v.eの「Rage your dream」という曲でした。この曲ですが以前にあるネット掲示板で、「車で事故った時に頭に流れる曲は?」という問いに対し、満場一致でこの曲が挙げられていた曰くつきの曲です。


 一体なんでそんな物騒な曲扱いされていると、上の動画シーンのせいでしょう。この曲は元々レースアニメの「頭文字D」の主題歌で、劇中でレース中に事故るシーンでこんな風に使われています。何気にこのシーンですが頭文字Dの中でも自分が特に好きなシーンで、このシーンを初めて見たときは繰り返し再生して見返すほどはまり、また若干惰性で見ていたこの作品を「ほんまおもろいやんけ」と一気にのめりこむきっかけにもなったシーンでした。
 上記の通り「事故った時に頭の中で流れる」という人がほかにも多いことから、ほかの人にとっても印象深いシーンなのでしょう。

 そもそもというかこの頭文字D、全編を通してBGMのかけ方が特に秀逸なアニメ作品だと思え、少なくとも自分はこの作品以上にBGMのかけ方がうまい作品を見たことがありません。


 上の動画も同じくシーズン1のレースシーンですが、BGMがあるのとないのとでは全然見方が変わってくると思えるほどBGMが動画にマッチしていて、視聴者を大きく盛り上げている気がします。このシーンですがよくよく観察してみると、キャラクターが会話するシーンではBGMの音量が一段落ちていて、会話が途切れる箇所付近で曲が一番盛り上がるサビ部分に入るなど、非常に計算された構成となっています。またBGMが大きくなるシーンは必然的に車の挙動が主役となり、スキール音なども大きく入るなどして視聴者をより音に集中させるようにも意図的になされていると感じます。誰が考えたか知りませんが、よくこんな風に作ったもんだ。

 以上の2シーンに限らず、頭文字DはレースシーンのBGMのかけ方が非常に優れており、この作品の魅力の半分近くをBGMで稼いでいるとすら思います。実際、頭文字Dのヒットをきっかけに日本でユーロビート系の曲が一時復権したとも聞きます。原作ももちろんすごい作品ですが、その人気をより高めたのはやはりアニメスタッフの努力もあってだと感じます。

 逆を言えば、BGMのかけ方は作品の良し悪しを大きく左右する要素にもなると思います。たまたまですがこの前見たゲーム解説動画で、「弟切草」でサウンドノベルというジャンルを開拓したチュンソフトの解説があったのですが、開発者はプレイヤーに臨場感を持たせる上で音が非常に重要だと考え、この作品を作ったそうです。
 実際、この「弟切草」にしろ次作の「かまいたちの夜」にしても、SEとBGMがともに非常に優れており、またかけるシーンやかけ方も当時の他のゲーム作品と比べてひときわ優れていました。「かまいたちの夜」の曲なんかは当時のニュース番組でよく使われており、評判良かったです。

 なお自分が一番好きなのはこちらの「Introduction」で、一部のエンディングで流れた際も使い方が非常に効果的だったと感じます。

 個人的意見で述べると、アニメ以上にゲームの方がBGMの影響が強いという気がします。かけ方ひとつで臨場感が全然違うし、SEとかもしょぼいともろに影響します。最近の作品はどうなのかわかりませんが、もう一つ上げるとしたら曲自体の良さもあって「ロマンシングサガ ミンストレルソング」も音の使い方が非常にいい作品だったと記憶します。最初に「熱情の律動」聞いたときはすごいショック受けたくらいだし。

2025年7月3日木曜日

コロナ禍以降に陰謀論者が増えた背景

 昨日の記事で大学を卒業したか除籍されたかを区別できない人はいないみたいに書きましたが、記事書き終えた後で出身学部を聞かれて「立教野球部!」と答えた故長嶋茂雄ならもしやと思うところがありました。


 今日たまたま上の記事を読んだのですが、これを見てちょっと思うというかある仮説が浮かんできました。

 記事の内容自体は選挙期間中、世論を誘導しようしないように報道を控える傾向にあった新聞やテレビなどのオールドメディアに対し、SNSでは選挙や候補についてあることないこと報じまくり、それらに対してオールドメディアが黙っていることから陰謀論を信じる人が増えたといったことが書かれてあります。この点について筆者は、選挙期間中でももっとメディアは発信すべきだし、記者も主観的意見をもっと述べたほうがいいと書いてあり、この点について私も同意します。
 というか読者の側としては情報の最前線にいる人がどう思っているのかを聞きたいわけで、変に遠慮して差しさわりのない事実だけ報じられても困るといった感情を持つものだと私は思います。無論、ジャーナリストが自分の意見を流行らせようなどと言う野心をあまり持つべきではないものの、どう見てもおかしい、矛盾があるような発言に対しては「こりゃおかしいだろこいつ」的に、個人的見解と踏まえた上で発信することも必要だと思います。

 この辺、JBpressでは記者というよりコメンテーターというポジションを選び、自分の主観的意見も良く載せていました。自分の実感としては、やはりそういった主観的意見を読者も評価してくれたのではないかと思っています。

 話を戻しますがそんな一時期はやたら批判していたプレジデントの記事(実際、6年くらい前はヤバい記事が多かった)を読んで、陰謀論がコロナ渦以降に増えた背景というのは明確な根拠があるのではということに気が付きました。
 これも主観的意見と取られるかもしれませんが2020年のコロナの流行以降、明らかに日本国内で陰謀論が力を増したと私は考えています。具体的には反ワクチン運動や上の記事にもあるようなディープステートとかで、これらと比べるとHAARPなんて全然かわいいもんだったと思えて仕方ありません。っていうかこの単語、まだ覚えてこういう風に使っているのも自分くらいでしょう。

 このコロナ以降の陰謀論に関しては、コロナによる外出制限や他人との接触不足などコミュニケーション不足を原因とする指摘をよく見ます。これらも確かに影響してはいると思うのですが、だったらかねてから引きこもり層に陰謀論者が多くなるはずで、今問題となっているように家族のある人たちが陰謀論にはまって家庭を崩壊させるなどの状況を踏まえると、ちょっと違うような違和感を前から思っていました。
 じゃあ何が原因なのかというと端的に言えば、これまでネットにあまり接触してこなかった人が接触するようになったことが、最大の要因じゃないかと思います。

 この思い付きのきっかけは、以前にある信仰を持つ高齢の方から聞いた話です。なんでも、その仏教系の団体ではコロナ流行期に読経会も制限されるようになり、代わりにオンラインでの読経会が開かれるようになったそうです。するとそれまでスマホすら触ったことのなかった高齢者をはじめとする人たちも、このオンライン読経会に参加するために必死で操作を覚えるようになり、今ではオンライン会議の招集から設定、さらにはSNSまで自在に駆使するようになったそうです。

 ここまで極端な例でなくても、コロナ以降に対面回避のため様々なオンラインツールが社会に普及するようになり、それまでネットと縁のなかった、または使っていてもごく限られた機能しか使わなかった人たちが一気にネットの使い方を覚え、習熟したという事実は間違いないと断言できます。しかし、コロナ以前からネット利用に慣れた人と比べると、こうした層はネットリテラシーに疎いままネット上の情報に触れるようになったのでは、というのが今回の思い付きというわけです。
 つまり、ネット上の情報をデマかどうかを判断できるほどネットリテラシーがなかった人たちは、以前はネットそのものをあまり使ってなかったため影響を受けなかったものの、コロナをきっかけに使うようになってデマ情報に触れるものだからそれを鵜呑みにしてしまい、結果的に陰謀論を信じる人が増えたのではというのが、私の見方です。

 このように考えるのもネットがサービスを開始し、2ちゃんねるが影響力を持ち始めてた2000年前後も、結構似たような状況が起きていたということを思い出したのもあります。あの当時は今以上にアングラな雰囲気があり、表に出ない情報が2ちゃんねるとかでは書かれていると信じ、陰謀論者になる、身内受けしかしない情報に染まる人間が結構多くいたように思います。なんでそうなったのかといえば単純にネットリテラシーが低かったとしか言いようがなく、情報の検証や判断が全くできず、過激な意見ほど耳を傾けてしまう人が多かっただけです。
 多かれ少なかれ、どの人も最初にネットを使い始めたころには似たような体験がいくらかあるのではと思います。

 その上で話を戻すと、コロナ以降に陰謀論者が増えたというよりかは、陰謀論に抵抗力のない人もネットを使うようになったというのがより現状に則した見方じゃないかと思うわけです。最初のプレジデントの記事を見て、そこに出てくる陰謀論を信じる人も単一の情報ソースに依存しているように見え、複数の情報ソースを比較、検証はおろか、そもそも検索すらおぼつかないように見えますし。
 さらに言えば、コロナ以降に陰謀論に染まった人というのはやや年齢層が高い人が多いように思え、この点もそれまでネットに触れることが少なっかた層じゃないかと思う要素です。楽観的な意見を述べれば、今後もネット利用を増やしていけば自然とリテラシーも高まり、「あの頃は若かった」的に思い直してくれる可能性もあるため、ある意味で今くらいが陰謀論のピークで、もうしばらくしたら徐々にこの手の人は減ってくんじゃないかと思います。戻ってこれない人は何人かいるでしょうが。

 にしてもこの点を考えると、今後は中学生くらいのネットを使い始める子供がこうした陰謀論に一時的とはいえ染まることが増えてくんだろうなとも思います。中二病的に早いうちにイタイ体験してもらってリテラシー積んでもらうのもベターですが、こうしたリテラシー教育も今後学校とかでしてかなければならないと考えると、なんか教育が難しくなった時代に入ったとも思えてきます。

2025年7月2日水曜日

キャッ党忍伝てやんでえ

『キャッ党忍伝てやんでえ』新作ゲーム制作決定!山口勝平ら声優陣のコメントも到着!(タツノコプロ)

 もはやタイトルを知ってる人も少ないと思いますが、テレビ放送から30年以上経過しながら今度ゲーム化するという「キャッ党忍伝てやんでえ」を、自分は子供の頃めちゃ好きでした。

 この作品は30年以上前にタツノコプロが製作し放送されたアニメシリーズなのですが、ちょうどあの頃のテンポの良さ(=細かくセル画を製作する能力がなかった)がよく出た作品で、とにもかくにも展開が早く子供にも受け入れられやすい作品でした。また当時もファミコンでゲーム作品が出てますが、意外にこれが面白く、ステージごとに使える助っ人も非常に的確で原作ファンも納得なゲームでした。

 ただこの作品、どうも動画テープの行方とか海外配信とかでトラブったとかいろいろ噂ありますが、人気はあったと思うものの放映終了後は一切触れられることがありませんでした。当時であれば再放送とかあっても良かったと思うもののそういうものは一切なく、それ故に自分みたいに印象としては強く残っているものの、こうして話題に出す人はほとんどいなくなった気がします。

 なお自分大学生の頃、講義開始前のゼミの教室で何故かこの作品の名前が出てきて、その場にいた女子学生一人だけが「覚えてる!」と反応してきました。ほかの学生からどんな作品だったのかと聞かれ、

「えっと、主人公が猫で、メカで、忍者で……」
「一体どれなんだよ?」

 という、シュールな会話をしたのをよく覚えてます。

伊東市長の学歴詐称について

学歴詐称疑惑の市長が会見「大学に確認したら除籍になっていた。戸惑っている。選挙中に卒業したと言ってないので公職選挙法違反ではない」(ガハろぐ)

 詳細についてはいちいち説明しませんが、学歴作業疑惑の出ていた伊東市の田久保市長がようやく認めました。もっともこの期に及んでも除籍されたのを卒業と思い込んでいたとすぐわかる嘘をついているあたり、この人がカスであることは明白です。「うそつきはプーチンの始まり」とも言いますが、こんなしょうもない嘘をつくあたり絶対に権力もたせちゃダメな人間なのですが、こういう人間が選挙で受かってしまう現状自体が一番問題である気がします。

 ちなみに学歴詐称という自分が真っ先に浮かんだのはサッチーこと野村沙知代で、この人の時は逮捕収監まですぐ行ったのですが、今回の田久保市長についても反省がない当たりさっさと捕まえて下ろした方がいいんじゃないかと個人的には思います。ってかそれ以上に気になるのは除籍理由で、学費未納とかならまだしも何かしらの事件を起こしての除籍であれば話はこんなもんじゃすまないでしょう。

 それだけに、恐らく絶対しないであろうけどこの人に反省の意思があるなら除籍理由を話すべきであり、話さないのであればメディアは除籍理由を必死で追うべきでしょう。ぶっちゃけ、話そうとしないなら適当な憶測でも記事流していいと思うし、それを否定しようとしてもこの人の場合は既に現在進行で嘘ついているから、誤報流したって許される気すらします。どちらにしろ、繰り返しになりますが権力もたせちゃいけない人です。

2025年6月30日月曜日

STOP!時間泥棒('Д')

 去年の夏にあまりの暑さから家にいたくないため週末に映画館に通う出して以降、映画館に足を運ぶ機会というか頻度がめちゃ高まりました。おかげで店員のおばちゃんに顔見ただけに「あいよ、コーラね(^_-)-☆」と言われるほどにもなってます。
 ちなみによく行くカレー屋でも自分が店に入るやおばちゃんが別の店員に、「こいつは野菜カレーだ」とつぶやいてきます。で、案の定野菜カレーをいつも注文します。

 話を映画館に戻すと、自分が言っている映画館では上映時間になるとまず映画館がある商業施設に併設されたマンションの宣伝動画を見させられます。この1年くらいずっと流しているあたり、ずっと完売してないんだろうなってことがわかります。
 そのマンションCMが終わると今度は、戦闘機や戦車、火砲の映像の映像とともに、「強い軍がわが国にはある!」という、中国の国威発揚動画を見させられます。毎回同じパターンの映像を見させられて正直飽き飽きしているので、もっと別バージョンも作れよと中国には言いたいです。

 以上、二つの動画を見終わってからようやく映画本編が上映されるのですが、この二つの動画が流れる時間は大体1分半程度なので、そんなストレスなくいられるというかすっと目当ての映画に移ってくれるという印象があります。というのも日本の映画館だと説明するまでもないですが、別の映画作品のCMを数本見させられた挙句、「auなら割引クーポンが……」と、正直かわいくもないしストーリー仕立ても悪いと思う携帯クーポンの宣伝、そして「STOP!映画泥棒」の海賊版に対する注意喚起パントマイム動画を立て続けに長々と見させられます。
 きっかり時間測ったてるわけじゃないけど、なんかいつも10分くらい見させられているような感じでげんなりさせられます。

 多少広告が入るのは仕方ないとは思うものの、それにしても日本の場合はちょっと長すぎるというか、早く映画を見たいというのにそれをあざ笑うかのようにくそどうでもいい動画を見させられるのはいい気分しません。っていうかこうした動画なくせば上映時間をかなり短縮できるように思え、回転効率も高められるし、また来館者も短くなった時間を別に有効活用できるということを考えると、あの手の上映前クソ広告動画は時間泥棒じゃないかと言いたくなってきます。
 第一、海賊版の撲滅を訴えるならあんな見飽きたパントマイムなんかせずとも文字表示などで5秒くらいで済むだろうと思えてなりません。余計なクリエイター心なんて発揮せず、もっと社会の時間を有効に活用しようという意思を日本の映画館、映画会社は見せてもらいたいです。

2025年6月29日日曜日

日本のアイスはヤバい(;´・ω・)


 仕事で忙しくて時間取れないので、すぐ作れるたまごひこーき版F-35を作って遊んでました。時間ないなら遊ぶなと言いたいですが。にしてもこのF-35、リアル頭身だとずんぐりむっくりでカッコ悪く感じますが、かえってこの二頭身形態で、且つ塗装も派手だと結構いいデザインしている気がします。

 話は本題ですが、夏本番ですが実はこの10年くらい、夏にあまりアイスを食べるという習慣もなければ記憶もありません。何故かというと中国で売ってるアイスは、今だともう少し良くなってるかもしれませんがあまりおいしくなく、少なくとも自分の舌には合わないため避け続けてきました。そのせいでアイス食べる習慣も完全に失われ、無駄にアイス断ちする夏を毎年過ごしてきました。

 ただちょうど今から10年前のこの時期、どうしても急にアイス食べたくなって高いけど品質が確実に保証されているハーゲンダッツを近くのコンビニに買いに行ったら、「お前こんな高いアイス食うのかよ?(;´・ω・)」と、レジの時に店員に言われました。
 中国の普通のアイスは5元くらいに対してハーゲンダッツは30元するので確かに高いのですが、「そもそも仕入れて店においてるのはお前だろ(;゚Д゚)」と言い返したい気持ちを抑えつつ、「俺だっていつも食うわけじゃない、今日は特別なんだ( ゚Д゚)」と言って、買って帰りました。

 そんな昔話はさておき、今年もアイスを一切食わない夏が来ると感じていた先々週、いつもの日系スーパーに週末の買い物に行ったところ、「2本で20元(約400円)」という値札とともに、モナ王がそこにおいてありました。
 かねてよりモナ王こそ、この世を統べるに真にふさわしい王であると固く信じるほど信奉してきた私なだけに、この突然のモナ王の登場には面喰いました。価格はさすがに割高とはいえ中国でこうして大っぴらに売られている事実に驚愕するとともに、気が付いたらかごの中に2本入れて買って帰ってました。先週も同じく2本20元で売られていたためまた買って、土日使って食べてました。

 こんな具合に夏にアイスを食べる快感を久々に思い出していた昨日土曜日、また今日もモナ王買って帰ろうかと店内を巡っていたところ、スーパーカップが12元(約240円)で売られていました

 モナ王も昔から好きでしたが、スーパーカップはもっと好きというかしょっちゅう食べていました、あの値段であの味とボリュームは自分的にあり得ず、普通に上海で移し替えて出すだけでも十分お店として通用するとマジで信じています。しかも今回スーパーに置いてあったのはバニラ、抹茶、トロピカル味の3種類で、気が付いたらモナ王より高いのにトロピカル2箱かごに入れて買って帰ってました。
 ただ真夏の激熱時に自転車で20分くらいかけて帰ったため、家に帰るころには少し中身が溶けているのを感じました。ぶっちゃけ早く食べたかったですが必死で我慢して、再冷凍が終わる夜まで待ってから食べましたが、マジで麻薬中毒かのように待ってる間はスーパーカップのことしか考えられませんでした。

 そして明けた今日、まだ冷凍庫にはもう1個のスーパーカップが残っており、今日の晩にでも食べようかと思って朝起きて自宅PCで遊んでいたところ、気が付いたら開けて食べてました。早朝からスーパーカップを食べてしまうという自分の行動の突飛さに驚くとともに、「日本のアイスはヤバい」という印象を久々に思い出しました。
 さっきも似たようなこと書きましたが、モナ王、スーパーカップクラスのアイスを中国で食べようものならマジで専門店行って500円くらい払わないと食べられない気がします。なんでそんなヤバいレベルのアイスをあんな低価格で市販してんだよと思うくらい日本のアイス業界は狂っていると思っており、今日その片鱗を久々に感じました。