前回の連載記事ではゆとり教育の概略について大まかに解説しました。思ってた以上に長くなって自分でも結構驚いているのですが、この記事では現状での結果、評価、見直しにおける各所の混乱と、このゆとり教育の何が問題だったのかをいくつか提唱します。
まずこのゆとり教育の結果ですが、今年の日本国内の全国調査では以前よりもマシな結果が出て学力低下も下げ止まったと言われましたが、それ以前はというと如実に日本の子供の学力低下は国際学力テスト、通称PISAにて現れています。
まず2000年度の調査では一位だった数学が03年には六位、06年には十位にまで下がりました。さらに、ゆとり教育のそもそも目的は詰め込み型教育から応用力をつけさせるのが目的で、数学能力が下がることは織り込み済みなのですが、数学力の低下と引き換えに強化を図った読解力の方でも00年度が八位だった日本の順位は03年度には十四位、06年度は十五位とこちらでも低下をし、言ってしまえば全下がりという最悪な結果となっております。
ついでに書いておくと、日本と比べて明らかに授業時間数の少ないフィンランドでは毎回どの分野でもトップクラスの順位にランクしております。
こうした結果に加え、前回にも書いた教育現場での指導者側の苦労話からゆとり教育に切り替えたことによって明らかに日本の学力は低下したといってもいいでしょう。この学力低下の原因がカリキュラムの削減によるものか、はたまた前回に書きそびれた総合学習などの取り入れによる授業時間数の減少が原因なのかまではここではいちいち分析しませんが、少なくともこのゆとり教育はもっと早く見直しを図るべきでした。既にゆとり教育が導入し始めた頃からこうした懸念が強く叫ばれた上に明確な傾向も見え始めていたにもかかわらず、日本人お得意の問題の先送りによって明らかにこの問題への議論は先延ばしにされてきています。
一応ゆとり教育に完全に移行して二年後には、それまで指導要領以外の内容を教えることを厳しく制限してたのを教科書以上の内容を教えても構わないとくくりをわずかに緩めていますが、ゆとり教育自体に初めてメスを入れたのは安倍政権でした。安倍政権によって教育再生の名の下に「教育再生会議」が集められ、恐らく安倍元首相はこの教育制度を抜本的に変えるつもりだったのでしょうがいかんせん本人が教育改革を行う前に先に倒れてしまい、教育再生会議も行き場を失って次の福田政権時に申し訳なさげに「とりあえず改革した方がいいよ」という報告書を出して解散してしまいました。なお当時のメディアはこの教育再生会議に対して散々金を使ったくせにこの程度かという報道をしていましたが、ちょっとあんな報告書では言われても仕方がないと私も思います。
ただこの再生会議をめぐる動きの中で、いくつか奇妙なやり取りが見受けられました。そのやりとりというのも、ゆとり教育に舵を切った文科省の元幹部の発言です。
もうこの人は退官しておりテレビなどでどうしてこのゆとり教育を実行して日本の学力をわざわざ低下させたのだという厳しい質問を受けるとその元幹部は、国民がゆとり教育に変えろと強くせがんだからだと言い返していました。
この元幹部の発言を官僚特有の責任逃れ体質と言い切れば簡単ですが、私自身、この元幹部の言うようにゆとり教育への移行が90年代前半に一部で強く主張されていたような気もしないでもありません。無論この移行を強く主張していたのは自民党と仲の悪い日教組などの集団ですが、少し記憶が曖昧ですが、なんかのテレビ番組で日教組の幹部とその文科省の元幹部がどちらも、「ゆとり教育への移行には反対していたが、お前らが強くやれやれ言うから」とお互いに言い合っているのを見た気がします。
こう言ってはなんですが、前述の通りに日教組と自民党は昔から仲が悪いので日教組に言われたくらいで自民党の影響力の強い文科省の人間がその要求を呑むとは俄かには信じられません。じゃあどっから、誰がこの移行を行おうとしたのか、本当に国民はゆとり教育の移行を望んでいたのかということですが、細かい過程を省いて結論を言うと私は官僚が独自に始め、独自に実行したというのが本当のところではないかと思います。一部の関係者の話を人づてに聞いた内容では、どうも文科省の役人は敢えて国民の総白痴化を狙っていたという話を私も聞いたことがあり、案外それが真実なのではないかと思います。
更に言うと、このゆとり教育の移行がどこから、そして本当にどんな目的で始められたかが全くわからないために現在に至るまで見直しや建て直しが行えずにいるのではないかという不気味さを私は感じています。じゃあ具体的にどう立て直すかですが、まずは今遡上に上っていますが教科書のページ数の増量、土曜日授業の完全復活、暗記や詰め込みの奨励など、言ってしまえばゆとり教育以前にまずすべて戻すことから始めるべきだと思います。その上でこれまでやってきたゆとり教育との比較を行い、よかった点は残したりするのが手っ取り早い気がします。
最後にこのゆとり教育によって本当に子供たちがゆとりを得たかについてですが、私が小学六年生の頃に中学受験をして私立中学に進学しましたが、当時は三十人以上のクラスの中でわずか四人しか行わなかった中学受験が現在、都市部の学校では約半数もの子供が受験をしているそうです。たとえ学校のカリキュラムが下げられたところで入学テストのレベルは下げられるわけでもなく、結局以前に比べて明らかに塾通いをする子供の割合は増えているそうです。そのため、所得の大きい家庭は塾で学力を維持する一方、所得の低い家庭は下げられたカリキュラムの授業を甘んじて受けるより他がなく、学力の差が一段と広まっているそうです。私の恩師も、ここ数年で入ってくる学生の優劣の差が大きくなっていると述べています。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2008年12月29日月曜日
2008年12月28日日曜日
来年度予算の雇用対策に一言
もう国会は閉会してしまいましたが、ちょっと書かなければならない記事が多いために書き残したいくつか思い当たる点を羅列しておきます。
まず渡辺喜美前行革担当大臣の民主党解散決議に賛成した旨についてですが、どうやら民主党と前もって打ち合わせがあり、渡辺議員が賛成するということを表明させるためだけに民主党も解散決議を提出したとの事だったようです。この情報元は本日のテレビ番組サンデープロジェクト内で、田原総一朗氏が山岡民主党国会対策委員長にこの件で問いただし、山岡議員は否定をしたものの、「でも鳩山(民主党幹事長)さんは(渡辺議員に)FAXしたって認めてたよ」と田原氏がばらしちゃって、社民党の辻本清美氏もこのタイミングでの解散決議を提出するには何か裏があると思ってたら渡辺氏が賛成したのを見て、こういうことだったのかと述懐しています。
敢えて当て推量をすると、自民党としてもこの段階で内輪もめをする様子を国民に見せられないというお家事情があるので、民主党も渡辺議員も除名処分まで自民党は行えないことを目算に入れての行動だったのでしょう。それでもし除名処分が行われるとしても、民主党側からその際は次の選挙で民主党の公認を出すと渡辺氏に伝えて、それを受けて渡辺議員も賛成に回ったのだと予想します。
まぁ私個人的には渡辺議員がやろうとしていた行革がすべて台無しにされ、前の記事で私も取り上げた雇用能力開発機構も結局所管が移転するだけで残されるようですし、あれだけ現政権に怒る気持ちもわからないでもありません。
なお渡辺議員は今日のサンデープロジェクトに出ないかと誘われていたそうでしたが、「決心がつかない」との事で遠慮したそうです。
この渡辺議員の解散決議の話ともう一つ、私が個人的に非常に不満だったのが来年度予算の雇用対策の中身です。先週に来年度予算の概略が麻生内閣から発表されましたが、これもちょっと前の「派遣難民への住居対策について」の記事で取り上げたように、「契約の切れた派遣、期間社員を寮に住まわせ続けたら4~6万円を税金から企業に支給」ときちんと明記されて」ました。
本来、このような難民を生んでしまったのは派遣を多く雇用しておきながら中途で契約を解除する企業の側にも責任がないとはいえ、そんな企業に対してタダでお金を与えかねないこの政策については私は徹底的に反対です。それならばホームレスの方を含めて、定住する住居のない方へ仮住民票の発行と合わせて直接家賃補助を行うか、災害対策用の仮設住宅を開放、もしくはすぐに建築できる集団住宅のようなものを作る方がずっと有意義でしょうし余計な出費も抑えられる気がします。
また私がこの政策で一番懸念しているのは、かつての雪印や日ハムの国産牛肉偽装事件のように、実際には派遣社員などを雇っていない、もしくは住まわせ続けていないにもかかわらず補助金を受け取る企業が続出しかねないという一点です。言い方は悪いですが数十社くらいはこういうことをやるのがでてきかねないですし、またそういった事態を防ぐためのチェック体制を作るにしろそっちでもまた費用がかかっててんてこ舞いになりそうです。
確かに雇用対策は喫緊の課題ですが、何でもやればいいというわけではありません。急がねばならないからこそ、クールな判断が必要となってくるのです。
まず渡辺喜美前行革担当大臣の民主党解散決議に賛成した旨についてですが、どうやら民主党と前もって打ち合わせがあり、渡辺議員が賛成するということを表明させるためだけに民主党も解散決議を提出したとの事だったようです。この情報元は本日のテレビ番組サンデープロジェクト内で、田原総一朗氏が山岡民主党国会対策委員長にこの件で問いただし、山岡議員は否定をしたものの、「でも鳩山(民主党幹事長)さんは(渡辺議員に)FAXしたって認めてたよ」と田原氏がばらしちゃって、社民党の辻本清美氏もこのタイミングでの解散決議を提出するには何か裏があると思ってたら渡辺氏が賛成したのを見て、こういうことだったのかと述懐しています。
敢えて当て推量をすると、自民党としてもこの段階で内輪もめをする様子を国民に見せられないというお家事情があるので、民主党も渡辺議員も除名処分まで自民党は行えないことを目算に入れての行動だったのでしょう。それでもし除名処分が行われるとしても、民主党側からその際は次の選挙で民主党の公認を出すと渡辺氏に伝えて、それを受けて渡辺議員も賛成に回ったのだと予想します。
まぁ私個人的には渡辺議員がやろうとしていた行革がすべて台無しにされ、前の記事で私も取り上げた雇用能力開発機構も結局所管が移転するだけで残されるようですし、あれだけ現政権に怒る気持ちもわからないでもありません。
なお渡辺議員は今日のサンデープロジェクトに出ないかと誘われていたそうでしたが、「決心がつかない」との事で遠慮したそうです。
この渡辺議員の解散決議の話ともう一つ、私が個人的に非常に不満だったのが来年度予算の雇用対策の中身です。先週に来年度予算の概略が麻生内閣から発表されましたが、これもちょっと前の「派遣難民への住居対策について」の記事で取り上げたように、「契約の切れた派遣、期間社員を寮に住まわせ続けたら4~6万円を税金から企業に支給」ときちんと明記されて」ました。
本来、このような難民を生んでしまったのは派遣を多く雇用しておきながら中途で契約を解除する企業の側にも責任がないとはいえ、そんな企業に対してタダでお金を与えかねないこの政策については私は徹底的に反対です。それならばホームレスの方を含めて、定住する住居のない方へ仮住民票の発行と合わせて直接家賃補助を行うか、災害対策用の仮設住宅を開放、もしくはすぐに建築できる集団住宅のようなものを作る方がずっと有意義でしょうし余計な出費も抑えられる気がします。
また私がこの政策で一番懸念しているのは、かつての雪印や日ハムの国産牛肉偽装事件のように、実際には派遣社員などを雇っていない、もしくは住まわせ続けていないにもかかわらず補助金を受け取る企業が続出しかねないという一点です。言い方は悪いですが数十社くらいはこういうことをやるのがでてきかねないですし、またそういった事態を防ぐためのチェック体制を作るにしろそっちでもまた費用がかかっててんてこ舞いになりそうです。
確かに雇用対策は喫緊の課題ですが、何でもやればいいというわけではありません。急がねばならないからこそ、クールな判断が必要となってくるのです。
失われた十年とは~その十五、ゆとり教育Ⅰ~
失われた十年の間、日本は一貫して初等教育、特に小中学校での指導内容を削減していきました。
削減の目的は毎年過熱する受験戦争によって青少年の心身の育成がうまくはかどれないということからで、それまでの詰め込み教育に変わって今回の記事の題となっているゆとり教育が90年代初頭より徐々に導入されていきました。ですが2008年現在、このゆとり教育は旧安倍政権にて槍玉に挙げられて以降、目下見直しの必要があるとの見解で官民一致している状態で、あと数年もすれば死語となるのではないかと私は考えています。
まずそれ以前の詰め込み教育についてですが、言っちゃ何ですけど結構優秀でした。当時の国際学力テストで理数系の日本の成績は常にトップクラスで、誰が言っていたかは忘れましたが、当時のアメリカの小学校に日本人の小学生が転校してくると、算数が非常に出来るので者を教わるのに重宝されたという話も聞いたことがあります。
しかしこうした知識をどんどんと詰め込んでいく教育では基礎や計算が強いものの、応用という分野では呆れるくらいに弱くなるという指摘が当時からされていました。結果論から言うと、私は日本人は応用分野は日本の国民性ゆえに弱いんじゃないかと思いますが、当時は詰め込み型教育の知識偏重が原因だとされ、また詰め込み型教育ではカリキュラムが厳しいゆえに落ちこぼれた生徒がなかなかカムバックが効かない学力格差の解消などの目的も加えられ、80年代の後半からゆとり教育へのシフトが文部科学省を中心にして行われていきました。
まずゆとり教育のそもそもの目的ですが、一言で言えば子供たちの受験戦争からの解放でした。もうこれなんか大分死語になってきたのですが、90年ごろは公然と「学歴社会」という言葉が世間を通っており、今の中国や韓国のように学歴が社会上の地位に今以上に強く影響していた時代でした。まぁ現在も学歴は強いとされながらも今じゃ「職歴」の方が強く影響する時代ですがそれはおいといて、この学歴社会ゆえに子供たちは幼少時より勉強に駆り立てられ、その挙句いじめや校内暴力(実際に70年代は率で言えば非常に高い)が横行するのだとされ、多分内心的には「もう学力では世界トップなのだから、もう少し中身を求めていこう」という勢いから始まったのだと私は推測しています。
具体的な政策目標としては、ちょっと記憶が曖昧なのですが大体こんな風なことを言っていたと思います。
1、平均学力が多少低下してでも、もっとゆとりを持って教育して応用力をつけさせるべき
2、理数系に比して当時から世界的にも遅れがちだった読解力といった文系学力の充実化
3、授業時間を削減し、親子や友人間といった人とのつながりを充実化させる
ま、大体こんなもんでしょう。こういった目標の元にまず行われたのは三番目の授業時間の削減です。これは92年に第二土曜日、95年に第四土曜日を原則休日として、02年にはすべての土曜日を休日化することで行ってきました。今の小学生たちからすると驚かれるかもしれませんが、私など子供の頃は毎週土曜日は三ないし四時間の授業が設けられていました。
たかが半日と思われるかもしれませんが冷静に計算してみると、まず一年間が約52週間あるとして夏、冬、春休みが大目に見て14週間あるとして、祝日などをこれまた大目に見てさらに2週間を差し引くと一年の間に授業が行われるのは36週間となります。この36という数字に4時間の授業数をかけると、実に144時間もの差が土曜日授業のあるかないかで生まれてくることになります。こういっちゃなんだけど、144時間も勉強したら相当いろんなことを覚えられそうです。
こうした授業数を削減する一方、授業科目についても一部の変更が行われました。まず、これは私なんかも体験していますが92年度より小学校の低学年においては社会と理科の科目を廃止し、新たに「生活」という科目が加えられました。私などはちょうどこの変更が行われる年に低学年だったため、一年生の頃にあった社会と理科が二年生から突然「生活」にまとめられ、三年生になったらまた社会と理科になったので不思議に思ったりしていました。
さらにこうしたことに加え、各科目の指導量もどんどん削減されていきました。
これは私の体験ですが、従兄弟の家に遊びに行って従兄弟の小学生の子供の教科書を見て、そのあまりの薄さに絶句してしまったことがあります。本来文章をたくさん読ませてなんぼの国語の教科書ですらまるで絵本かのような薄さで、こんなに薄いのでは子供の教育に不安があるのではと従兄弟に話したところ、その従兄弟からすると私が小学生の頃に勉強してきた教科書も従兄弟らの頃と比べたら相当薄くなっていたそうで、今に始まった話ではないと言い返されました。
実際に、私が大学受験の頃に予備校の教師に何度も、ほんの数年前と比べると私たちの世代は計算力が非常に落ちていると言われ続けました。ただその教師によると、私らはまさにゆとり教育へと移り変わっていく過渡期の世代で、私たちよりまた数年下がるともはや手のつけようがないとも言われていました。
この教師の予想は見事に当たり、現在予備校関係者はどこも基礎的な力が身についていない子供の指導方法に頭を悩ませているそうです。
書いててキリがなくなったので、続きはまた次回に。
削減の目的は毎年過熱する受験戦争によって青少年の心身の育成がうまくはかどれないということからで、それまでの詰め込み教育に変わって今回の記事の題となっているゆとり教育が90年代初頭より徐々に導入されていきました。ですが2008年現在、このゆとり教育は旧安倍政権にて槍玉に挙げられて以降、目下見直しの必要があるとの見解で官民一致している状態で、あと数年もすれば死語となるのではないかと私は考えています。
まずそれ以前の詰め込み教育についてですが、言っちゃ何ですけど結構優秀でした。当時の国際学力テストで理数系の日本の成績は常にトップクラスで、誰が言っていたかは忘れましたが、当時のアメリカの小学校に日本人の小学生が転校してくると、算数が非常に出来るので者を教わるのに重宝されたという話も聞いたことがあります。
しかしこうした知識をどんどんと詰め込んでいく教育では基礎や計算が強いものの、応用という分野では呆れるくらいに弱くなるという指摘が当時からされていました。結果論から言うと、私は日本人は応用分野は日本の国民性ゆえに弱いんじゃないかと思いますが、当時は詰め込み型教育の知識偏重が原因だとされ、また詰め込み型教育ではカリキュラムが厳しいゆえに落ちこぼれた生徒がなかなかカムバックが効かない学力格差の解消などの目的も加えられ、80年代の後半からゆとり教育へのシフトが文部科学省を中心にして行われていきました。
まずゆとり教育のそもそもの目的ですが、一言で言えば子供たちの受験戦争からの解放でした。もうこれなんか大分死語になってきたのですが、90年ごろは公然と「学歴社会」という言葉が世間を通っており、今の中国や韓国のように学歴が社会上の地位に今以上に強く影響していた時代でした。まぁ現在も学歴は強いとされながらも今じゃ「職歴」の方が強く影響する時代ですがそれはおいといて、この学歴社会ゆえに子供たちは幼少時より勉強に駆り立てられ、その挙句いじめや校内暴力(実際に70年代は率で言えば非常に高い)が横行するのだとされ、多分内心的には「もう学力では世界トップなのだから、もう少し中身を求めていこう」という勢いから始まったのだと私は推測しています。
具体的な政策目標としては、ちょっと記憶が曖昧なのですが大体こんな風なことを言っていたと思います。
1、平均学力が多少低下してでも、もっとゆとりを持って教育して応用力をつけさせるべき
2、理数系に比して当時から世界的にも遅れがちだった読解力といった文系学力の充実化
3、授業時間を削減し、親子や友人間といった人とのつながりを充実化させる
ま、大体こんなもんでしょう。こういった目標の元にまず行われたのは三番目の授業時間の削減です。これは92年に第二土曜日、95年に第四土曜日を原則休日として、02年にはすべての土曜日を休日化することで行ってきました。今の小学生たちからすると驚かれるかもしれませんが、私など子供の頃は毎週土曜日は三ないし四時間の授業が設けられていました。
たかが半日と思われるかもしれませんが冷静に計算してみると、まず一年間が約52週間あるとして夏、冬、春休みが大目に見て14週間あるとして、祝日などをこれまた大目に見てさらに2週間を差し引くと一年の間に授業が行われるのは36週間となります。この36という数字に4時間の授業数をかけると、実に144時間もの差が土曜日授業のあるかないかで生まれてくることになります。こういっちゃなんだけど、144時間も勉強したら相当いろんなことを覚えられそうです。
こうした授業数を削減する一方、授業科目についても一部の変更が行われました。まず、これは私なんかも体験していますが92年度より小学校の低学年においては社会と理科の科目を廃止し、新たに「生活」という科目が加えられました。私などはちょうどこの変更が行われる年に低学年だったため、一年生の頃にあった社会と理科が二年生から突然「生活」にまとめられ、三年生になったらまた社会と理科になったので不思議に思ったりしていました。
さらにこうしたことに加え、各科目の指導量もどんどん削減されていきました。
これは私の体験ですが、従兄弟の家に遊びに行って従兄弟の小学生の子供の教科書を見て、そのあまりの薄さに絶句してしまったことがあります。本来文章をたくさん読ませてなんぼの国語の教科書ですらまるで絵本かのような薄さで、こんなに薄いのでは子供の教育に不安があるのではと従兄弟に話したところ、その従兄弟からすると私が小学生の頃に勉強してきた教科書も従兄弟らの頃と比べたら相当薄くなっていたそうで、今に始まった話ではないと言い返されました。
実際に、私が大学受験の頃に予備校の教師に何度も、ほんの数年前と比べると私たちの世代は計算力が非常に落ちていると言われ続けました。ただその教師によると、私らはまさにゆとり教育へと移り変わっていく過渡期の世代で、私たちよりまた数年下がるともはや手のつけようがないとも言われていました。
この教師の予想は見事に当たり、現在予備校関係者はどこも基礎的な力が身についていない子供の指導方法に頭を悩ませているそうです。
書いててキリがなくなったので、続きはまた次回に。
2008年12月27日土曜日
減給の理由、あれこれ(*^ー゚)b
・警察署長“セクハラ”で処分(NHKニュース)
リンクに貼ったニュースは、いわき中央警察署の署長ともあろう者があろうことか複数の女性警察官に対して何度もセクハラを行っており、その署長が今回正式な処分が発表されるのを受けて自ら願いを出して辞職したという事件を報道したニュースです。まぁニュース自体はよくあるセクハラ事件なのですが、この事件で私がちょっと気になったのはこのセクハラ署長への国家公安委員会からの処分です。結局本人は処分を受けずに退職したのですが、なんと課された処分内容は「減給十分の一、一ヶ月」との事で、これだけセクハラに対して世間が厳しい目を持つ時代になったにもかかわらずちょっとこの処分は甘すぎるんじゃないかと思いました。
そりゃ一回のお触り程度だったらこの処分でもまだ妥当ですが、報道によると今年四月から数ヶ月の間に何人もの女性警察官にセクハラを行っており、状況と行動から察するに恐らくそれ以前からもやってきているであろうことを考慮に入れ、本来このような事例を取り締まるべく警察署長という身分を考えると一発退場レッドカードでも問題はない気がします。少なくとも、減給処分であれば一ヶ月なんて言わず一年以上は必要ではないでしょうか。
と、こんな風に言うだけだったらわざわざ記事にしません。実はもう一つ、「減給十分の一、一ヶ月」というキーワードにつなげられる話を仕入れてきていたので、合わせてこのようにして記事にしようと思ったのです。
これは私の知り合いのいる会社の話なのですが、何でも昨今の不景気を受けてその会社では既に役員報酬が下げられてはいたのですが、とうとう影響は一般社員にも及び、課長級以上は来年度以降の給与が一律10%カットされることが告げられたそうです。まぁこんな時代ですし早めの対応と前向きに見る以外はしかたがないのですが、給料カットが行われる期限については言及されておらず当面は不定期に続けられる予定との事です。
ここで、最初の例と冷静に比べて見ましょう。
片方はセクハラをして一ヶ月の減給、もう片方は真面目に働いているが社会的な影響を受けて不定期の減給。減給額はどちらも10%。なんていか、こう並べてみると物凄く後者が不憫に思えて仕方ありません。
やっぱりいろいろ聞いていると、今どこの会社でもこのような社員への減給は行われており、そう考えると最初の警察署長への処分なんて本当に意味があるのか疑問に思えてきます。そんなだから私はこの処分はちょっと甘いのではないかと思った次第なのですが、結構恐いこといっちゃいますが、現在国の財政は文字通り火の車で私企業はどこも減給をやってるのだから、公務員も全体で課長級以上は給料を一律10%カットとかするべきじゃないのでしょうか。
ちょっと政治の話にも関わってきますが、もし消費税などの増税を行おうものなら、民間人の側からするとそういった公務員切りをやらないととても納得できないでしょう。田原総一朗氏も首相権限でいつでも公務員のリストラは出来るのだから早々にやるべきだと主張しており、私も業務内容を見る限りでは首切りなりコストカットなり、もっとやるべきことはたくさんある気がします。
にしても婦警さんのセクハラかぁ。制服好きだろうとやっちゃ駄目だろ(・A・)イクナイ!!
リンクに貼ったニュースは、いわき中央警察署の署長ともあろう者があろうことか複数の女性警察官に対して何度もセクハラを行っており、その署長が今回正式な処分が発表されるのを受けて自ら願いを出して辞職したという事件を報道したニュースです。まぁニュース自体はよくあるセクハラ事件なのですが、この事件で私がちょっと気になったのはこのセクハラ署長への国家公安委員会からの処分です。結局本人は処分を受けずに退職したのですが、なんと課された処分内容は「減給十分の一、一ヶ月」との事で、これだけセクハラに対して世間が厳しい目を持つ時代になったにもかかわらずちょっとこの処分は甘すぎるんじゃないかと思いました。
そりゃ一回のお触り程度だったらこの処分でもまだ妥当ですが、報道によると今年四月から数ヶ月の間に何人もの女性警察官にセクハラを行っており、状況と行動から察するに恐らくそれ以前からもやってきているであろうことを考慮に入れ、本来このような事例を取り締まるべく警察署長という身分を考えると一発退場レッドカードでも問題はない気がします。少なくとも、減給処分であれば一ヶ月なんて言わず一年以上は必要ではないでしょうか。
と、こんな風に言うだけだったらわざわざ記事にしません。実はもう一つ、「減給十分の一、一ヶ月」というキーワードにつなげられる話を仕入れてきていたので、合わせてこのようにして記事にしようと思ったのです。
これは私の知り合いのいる会社の話なのですが、何でも昨今の不景気を受けてその会社では既に役員報酬が下げられてはいたのですが、とうとう影響は一般社員にも及び、課長級以上は来年度以降の給与が一律10%カットされることが告げられたそうです。まぁこんな時代ですし早めの対応と前向きに見る以外はしかたがないのですが、給料カットが行われる期限については言及されておらず当面は不定期に続けられる予定との事です。
ここで、最初の例と冷静に比べて見ましょう。
片方はセクハラをして一ヶ月の減給、もう片方は真面目に働いているが社会的な影響を受けて不定期の減給。減給額はどちらも10%。なんていか、こう並べてみると物凄く後者が不憫に思えて仕方ありません。
やっぱりいろいろ聞いていると、今どこの会社でもこのような社員への減給は行われており、そう考えると最初の警察署長への処分なんて本当に意味があるのか疑問に思えてきます。そんなだから私はこの処分はちょっと甘いのではないかと思った次第なのですが、結構恐いこといっちゃいますが、現在国の財政は文字通り火の車で私企業はどこも減給をやってるのだから、公務員も全体で課長級以上は給料を一律10%カットとかするべきじゃないのでしょうか。
ちょっと政治の話にも関わってきますが、もし消費税などの増税を行おうものなら、民間人の側からするとそういった公務員切りをやらないととても納得できないでしょう。田原総一朗氏も首相権限でいつでも公務員のリストラは出来るのだから早々にやるべきだと主張しており、私も業務内容を見る限りでは首切りなりコストカットなり、もっとやるべきことはたくさんある気がします。
にしても婦警さんのセクハラかぁ。制服好きだろうとやっちゃ駄目だろ(・A・)イクナイ!!
出版不況について思うこと
今月はせめて投稿記事本数を四十本にしておきたいので、残り五日ですがちょっとスパートをかけていきたいと思います。
さていきなりですが、「180円」と言われて一体何の価格かすぐにピンと来る方はいるでしょうか。実はこの価格、私が子供だった頃のマンガ雑誌「少年ジャンプ」一冊の値段です。ちょっとウィキペディアで調べてみるとこの値段は1989年頃の価格との事で、恐らくこのくらいの頃に私は初めてジャンプを買ったのだからこの値段をしつこく覚えていたのだと思います。
それに対し、現在のジャンプの値段はというと実際に店頭で確認していないのですが同様にウィキペディアの記事を読むとなんと「240円」との事で、実にこの十数年で三分の四倍も値上げされていることになります。
それを言い出すと1970年の発売当初は90円なのでこうした値上げも時代の変遷によるもの、といえば集英社を初めとした出版社は簡単かもしれませんが、私はこの値上げに対して率直に強く疑問を覚えます。というのも70年代から80年代の間は日本が高度経済成長期にあり、また90年度初頭も消費税の導入があったのでこの間に徐々に値段が上げられていったというのは理解できるのですが、90年代の後半は失われた十年の間ともあり、この時代を象徴する経済現象のデフレの影響を受けて様々な物の物価がどんどん下がっていった時代でありました。いくつか例を上げますと、90年代中盤まで三十万円はくだらなかったパソコンの値段は2000年に入る頃には十万円前後にまで下がり、飲食店もさすがに今は落ち着いてきましたが一時期はマクドナルドや牛問屋の値下げ競争が進んで大幅に下がっていました。
そんな中、私が身の回りで購入する物の中で唯一一貫して値段が上がっていったものというのが先ほどの少年ジャンプも含むマンガ雑誌を初めとする書籍です。
実際にどれくらい上がっているのかと、ちょっとあまりこういったデータを普段は取り扱わずやや苦手なのですが、国の統計局(社会学をやってたら知ってなければいけない機関)のホームページから年別の消費者物価指数のデータを出して見てみたのですが、正直驚きを通り越して呆れました。この消費者物価指数というのは、「家計を基準に、その商品やサービスを購入するのに必要な支出の割合」を商品ごとにまとめたデータで、簡単に言えばそのモノの物価がどれだけ上がっているのかを調べるデータのことです。
結果から言わせてもらうと、やはり書籍の物価指数データは異常な数値をはじき出しています。文房具や建築ブロックなどはそれこそほとんど変動がないのですが、家電なんかは見ていて気の毒になるくらい物価が落ちており、その他もやはり生活物資などはどれも低下しています。しかしこれが書籍になると話は違い、少年雑誌で見ると91年の消費者物価指数90.5に対して07年度は99.6と、10%程度も上昇しており、更に書籍全体で見ると91年の69.7に対し07年度は101.8と、なおも上昇を続けている傾向にあります。
日本では出版不況といわれ始めて既に久しくあります。大体95年くらいから「本が売れなくなってきた」という話がちらほら聞こえるようになってきて、それが現在にまで続いているのでは既に十年以上も言われ続けていることになります。そんな状況なもんだから、「ハリーポッターシリーズ」が出た際には「出版会の救世主」とまで言われたのですが、結果から言えば「ハリポタブーム」の後には何も続きませんでした。
さてここでクエスチョンです。本が売れないにもかかわらず、何故出版会社は値段を上げていったのでしょうか。出版関係の会社にいる人間とよく会っているうちの親父に言わすと、「本が売れないから利益が出ず、それで仕方なく上げているらしい」と返ってきたのですが、私に言わせると実態は逆で、値段を上げているから本が売れてないんじゃないかという気がします。
そりゃ高度経済成長期のインフレ真っ只中なら上がっていくのも自然ですが、なんでもってデフレ下で消費者物価指数にもはっきり表れるくらいに値段が上げられていったのかとなると明らかに不自然です。特に少年ジャンプを初めとする少年マンガ雑誌に至っては、毎月の少ない小遣いで購入してくれる小中学生がメイン購読者層なのに値段をこれほどまでに上げていくのは常軌を逸しているのではないかとすら思います。ついでに書くと、単行本のジャンプコミックスもこの前私が買った「クレイモア」の十五巻は420円でした。これも私が小学生の頃はダイの大冒険とか390円だったのに。
・07年の一人当たりGDP、日本19位 G7で最下位(NIKKEI NET)
リンクに貼ったニュースに書かれてあるように、かつてはルクセンブルクに次いで二位であった日本の一人当たりGDPは現在、見るも無残なまでに低下の一途を辿っています。それほどまでに個人の収入が先細っている中で何故出版会社はこれほどの値上げを行ってきたのか、言い方は悪いですが馬鹿なんじゃないかとすら思います。出版不況とかなんとか抜かしては被害者ヅラしていますが、コスト削減などの経営努力を真面目にやってきた姿を私は見たことがないですし、挙句の果てには一部の出版社なんか「最近の日本人は知的好奇心が少なくなってきた」と、暗に日本人の知性が下がったことが原因だなどと言い出すのもいますが、それは体のいい責任逃れな発言にしか思えません。そういった知性の低下にどう立ち向かうのかが、出版社の一つの役割なんだし。
おまけに、私はどうも最近の書籍は値段の割に中身が異常にくだらない本が多過ぎな気がします。ハードカバーの本を買おうものなら2000円近くは取られますがそのくせ中身はぺらぺらで、それならばまだ実際によく売れている新書の本の方が内容にも優れていることが多々あります。そんなわけで私がよく買うのは新書なのですが、この新書でも必ずしもいい本が手にとれるわけではなく、いい本だったときには素直にラッキーと思うしかありません。前に買った野球の新書なんて滅茶苦茶つまらなかったし……。
マンガでも同様です。かつてジャンプの値段が200円だった頃に連載されていたマンガに対し、今対抗できる連載マンガはどれほどあるのか非常に疑問です。値段も高くなる一方で質は下がる一方、こんな悪循環で本なんて買う馬鹿いませんよ。
何も書籍に限るわけではないのですが、最近の一部の商品やサービスに対してどうも値段に見合わないものが多くあるような気がします。その一方でこの前私が買った1TBのハードディスクなんて一万四千円で、「本当にこんな値段で買っていいものか」と、逆に不安になった値段もあります。後者はともかく前者に対しては、もう少し適正価格について調査なり検討なりをするべきだと思います。特に書籍は先ほども言った通りに国民全体の知性に関わる分野なのですから、もう少し使命感を持って企業努力もはっきり見えるくらいにやってもらいたいものです。
参考サイト
・総務省統計局
さていきなりですが、「180円」と言われて一体何の価格かすぐにピンと来る方はいるでしょうか。実はこの価格、私が子供だった頃のマンガ雑誌「少年ジャンプ」一冊の値段です。ちょっとウィキペディアで調べてみるとこの値段は1989年頃の価格との事で、恐らくこのくらいの頃に私は初めてジャンプを買ったのだからこの値段をしつこく覚えていたのだと思います。
それに対し、現在のジャンプの値段はというと実際に店頭で確認していないのですが同様にウィキペディアの記事を読むとなんと「240円」との事で、実にこの十数年で三分の四倍も値上げされていることになります。
それを言い出すと1970年の発売当初は90円なのでこうした値上げも時代の変遷によるもの、といえば集英社を初めとした出版社は簡単かもしれませんが、私はこの値上げに対して率直に強く疑問を覚えます。というのも70年代から80年代の間は日本が高度経済成長期にあり、また90年度初頭も消費税の導入があったのでこの間に徐々に値段が上げられていったというのは理解できるのですが、90年代の後半は失われた十年の間ともあり、この時代を象徴する経済現象のデフレの影響を受けて様々な物の物価がどんどん下がっていった時代でありました。いくつか例を上げますと、90年代中盤まで三十万円はくだらなかったパソコンの値段は2000年に入る頃には十万円前後にまで下がり、飲食店もさすがに今は落ち着いてきましたが一時期はマクドナルドや牛問屋の値下げ競争が進んで大幅に下がっていました。
そんな中、私が身の回りで購入する物の中で唯一一貫して値段が上がっていったものというのが先ほどの少年ジャンプも含むマンガ雑誌を初めとする書籍です。
実際にどれくらい上がっているのかと、ちょっとあまりこういったデータを普段は取り扱わずやや苦手なのですが、国の統計局(社会学をやってたら知ってなければいけない機関)のホームページから年別の消費者物価指数のデータを出して見てみたのですが、正直驚きを通り越して呆れました。この消費者物価指数というのは、「家計を基準に、その商品やサービスを購入するのに必要な支出の割合」を商品ごとにまとめたデータで、簡単に言えばそのモノの物価がどれだけ上がっているのかを調べるデータのことです。
結果から言わせてもらうと、やはり書籍の物価指数データは異常な数値をはじき出しています。文房具や建築ブロックなどはそれこそほとんど変動がないのですが、家電なんかは見ていて気の毒になるくらい物価が落ちており、その他もやはり生活物資などはどれも低下しています。しかしこれが書籍になると話は違い、少年雑誌で見ると91年の消費者物価指数90.5に対して07年度は99.6と、10%程度も上昇しており、更に書籍全体で見ると91年の69.7に対し07年度は101.8と、なおも上昇を続けている傾向にあります。
日本では出版不況といわれ始めて既に久しくあります。大体95年くらいから「本が売れなくなってきた」という話がちらほら聞こえるようになってきて、それが現在にまで続いているのでは既に十年以上も言われ続けていることになります。そんな状況なもんだから、「ハリーポッターシリーズ」が出た際には「出版会の救世主」とまで言われたのですが、結果から言えば「ハリポタブーム」の後には何も続きませんでした。
さてここでクエスチョンです。本が売れないにもかかわらず、何故出版会社は値段を上げていったのでしょうか。出版関係の会社にいる人間とよく会っているうちの親父に言わすと、「本が売れないから利益が出ず、それで仕方なく上げているらしい」と返ってきたのですが、私に言わせると実態は逆で、値段を上げているから本が売れてないんじゃないかという気がします。
そりゃ高度経済成長期のインフレ真っ只中なら上がっていくのも自然ですが、なんでもってデフレ下で消費者物価指数にもはっきり表れるくらいに値段が上げられていったのかとなると明らかに不自然です。特に少年ジャンプを初めとする少年マンガ雑誌に至っては、毎月の少ない小遣いで購入してくれる小中学生がメイン購読者層なのに値段をこれほどまでに上げていくのは常軌を逸しているのではないかとすら思います。ついでに書くと、単行本のジャンプコミックスもこの前私が買った「クレイモア」の十五巻は420円でした。これも私が小学生の頃はダイの大冒険とか390円だったのに。
・07年の一人当たりGDP、日本19位 G7で最下位(NIKKEI NET)
リンクに貼ったニュースに書かれてあるように、かつてはルクセンブルクに次いで二位であった日本の一人当たりGDPは現在、見るも無残なまでに低下の一途を辿っています。それほどまでに個人の収入が先細っている中で何故出版会社はこれほどの値上げを行ってきたのか、言い方は悪いですが馬鹿なんじゃないかとすら思います。出版不況とかなんとか抜かしては被害者ヅラしていますが、コスト削減などの経営努力を真面目にやってきた姿を私は見たことがないですし、挙句の果てには一部の出版社なんか「最近の日本人は知的好奇心が少なくなってきた」と、暗に日本人の知性が下がったことが原因だなどと言い出すのもいますが、それは体のいい責任逃れな発言にしか思えません。そういった知性の低下にどう立ち向かうのかが、出版社の一つの役割なんだし。
おまけに、私はどうも最近の書籍は値段の割に中身が異常にくだらない本が多過ぎな気がします。ハードカバーの本を買おうものなら2000円近くは取られますがそのくせ中身はぺらぺらで、それならばまだ実際によく売れている新書の本の方が内容にも優れていることが多々あります。そんなわけで私がよく買うのは新書なのですが、この新書でも必ずしもいい本が手にとれるわけではなく、いい本だったときには素直にラッキーと思うしかありません。前に買った野球の新書なんて滅茶苦茶つまらなかったし……。
マンガでも同様です。かつてジャンプの値段が200円だった頃に連載されていたマンガに対し、今対抗できる連載マンガはどれほどあるのか非常に疑問です。値段も高くなる一方で質は下がる一方、こんな悪循環で本なんて買う馬鹿いませんよ。
何も書籍に限るわけではないのですが、最近の一部の商品やサービスに対してどうも値段に見合わないものが多くあるような気がします。その一方でこの前私が買った1TBのハードディスクなんて一万四千円で、「本当にこんな値段で買っていいものか」と、逆に不安になった値段もあります。後者はともかく前者に対しては、もう少し適正価格について調査なり検討なりをするべきだと思います。特に書籍は先ほども言った通りに国民全体の知性に関わる分野なのですから、もう少し使命感を持って企業努力もはっきり見えるくらいにやってもらいたいものです。
参考サイト
・総務省統計局
2008年12月26日金曜日
多様性を壊す存在
私がよく人にする話に、アッシリア帝国とアケメネス朝ペルシアの対比があります。
どちらも古代オリエント地方を統一した王国ですが、アッシリアは異民族に対して圧政を敷いて統一後まもなく反乱を招いて崩壊した王国で、後者は逆に異民族に対して融和的な政策を取り自治も認め、マケドニアのアレクサンドロス大王が責めてくるまで数百年もの長い間維持した王国です。
この話で私が何を言いたいのかというと、歴史的に民族同士の異文化や違いに対して寛容な社会ほど安定し、長持ちするという事実です。何もこの例に限らず歴史的に国民や異民族、異宗教に対して圧政や弾圧を行った君主(ローマのネロや秦の始皇帝など)は批判され、逆に宥和政策を取った君主(アイユーブ朝のサラディンなど)は高く評価される傾向があり、社会的にも後者の宥和政策を取る国の方が反乱も少なく、また治世と呼ばれるほど安定した社会を築いていることが多いです。
このブログでも私はあれこれ社会問題などをよく取り上げていますが私がそうして訴えていく中で社会や読者に何を一番求めているのかというとずばり、「社会を安定させることへの重要性」で、私は安定した社会において初めて人間は自身の幸福を追求、実現できるものだと考えております。
ちょっと話が抽象的なのでいくつか例を出すと、たとえば戦争や紛争、法律の形骸化が起きてしまえば大抵の人間は人生設計を行うことが出来なくなります。戦争に至っては、学校で勉強して好きな職業につきたいと若者が願っても男性の場合は無理やり徴兵されたり、女性でもいろいろな面で生活で苦労を強いられることになり、このように社会が安定しなければ人間は自らが望む行為を一切実現出来なくなります。まぁぶっちゃけ、社会が安定していることに越した事はないと考えてください。
では社会をどのように、またはより安定させるにはどうすれればいいかですが、政治や啓蒙活動をしっかり行うのはもとより個人単位でそれを最も大きく左右させるものはといったら私は「慣用性」、つまり自分とは違うものに対してどれだけ許容できるかという腹の太さが一番影響すると考えています。
根拠は、と言われたら実は結構曖昧で、先ほどの歴史的事実の例くらいしかありません。ただ皆が皆して似たような人間ばかりで構成される社会に対して、いろんな人間がいろんな意見を持ち合い。共有するといった社会の方が傍目にも活力があるように思え、またそんな社会ほど幸せそうな気がします。
ちょっと力の入った説明を行いましたが、要するに私は様々な意見、文化を持ついろんな種類の人間が相互に認め合って協調していける社会を理想としており、その理想の社会のことを「多様性のある社会」と称して日々周囲の人間へとその社会の有用性と実現方法の啓蒙活動を行っております。
この「多様性のある社会」に何故先ほどの「慣用性」が関わってくるのかというと、たとえば日本人の感覚からしたら韓国人が食事中に肘を突くのを「無礼だ」とか思うかもしれませんが、韓国人、もしくは韓国の文化からするとそれはごく自然な行為です。こうした差異に対して、「相手は相手なんだし、自分は自分なんだ」と互いに軽く流し、食事中にそれぞれのマナーを認め合っていられることこそ多様性があると言え、相手に対して自分のマナーや文化を押し付けず、逆に許容する慣用性が必要となるからです。
まぁさすがに、あからさまに周囲に対して実害を生みかねず、社会に対して害しか生まない「生贄」や「報復」といった文化、悪習までは許容する必要はないですが。
私が何故こんな社会を目指すのかというと、一つには絶対多数の幸福の実現で、もう一つは私自身が周囲とははっきりとわかるくらいに毛色の違う人間ゆえにこれまで様々な面で差別されてきたと認識しており、自分が有利に生きれる社会に実社会を持っていくためと、自分のように変わっているだけで辛い思いをする人間をこれ以上出したくないとの願いから来ています。
そんな私にとって、今回の記事の題となっている「多様性を壊す人間」というのは不倶戴天の最大の敵であります。
この多様性を壊す人間というのは具体的にどのような人かというと、単純に言って些細な違いすらも認めず自らの流儀や価値観を他者に強制的に押し付けようとする人間です。たとえば特定の地方や学校の出身者であるだけでほかの人間と差別したり、特に実生活に影響を及ぼすことでもない意見の違いから徹底的に相手を批判したり実力行使を行う人間のことです。
私の体験だと、高校生の頃の学級会で文化祭に何を出すのかと案を皆で募集していたので私が一つの意見を出すと、「お前なに言ってんだ!」と怒鳴られたことがあります。これなど、意見を決定する段階でもないにもかかわらず他者の考えを否定する典型的な例でしょう。
細かい根拠までは言いませんが、このような人間こと固定した価値概念を持ち他者の意見や価値観を認めない人間が増えればまず間違いなく多様性は薄まり、非常につまらなくてまた安定性のない社会になると私は確信しています。そのため、相手の価値観や違いを出来るだけ認めろと言っておきながら我ながらやや矛盾したような意見となるのですが、私はこのような人間を可能な限り排除することこそ自分の使命だと考えています。
ここでようやく前回の記事の話に戻ります。前回の記事で私はしつこく私に自らの入っている宗教に入信しろという元友人に絶交をしたと書きましたが、私は元友人と最後に会った段階で、「彼はきっと、彼の宗教に入信しないでいる私の存在を許容出来ないのだろう」と認識しました。言ってしまえば、彼は彼の信じるものを信じ、私は私で信じるものを信じ続けることが、お互いの付き合いになにも影響を与えるように思えませんし、この程度の相手の価値観を認め合うことはそれほど難しいことではないと思います。
しかし元友人はそれが出来ませんでした。こんな瑣末な意見や価値観の違いすら認められず、あくまで自己の宗教を相手に押し付けようとする行為はまさに多様性を壊す存在でしかありませんし、会う度に自己の宗教の正当性を怒鳴られ続けて私ももはやこれ以上相容れることは出来ないと感じ、絶交するに至りました。
私は別に宗教が何でもかんでも悪いというわけではありませんし、勧誘することも宗教の存在理由上からあってしかるべきだと思っています。
今はどうだかわかりませんが、京都の東本願寺では門の前に大きな看板に、
「バラバラで一緒」
という文字が長い間書かれており、私の理想はまさにこの通りです。極論を言えば、宗教家にとって何が重要なのかといったら相手の宗教をきちんと認める態度です。相手の宗教を認めた上で自分の宗教ではこんなだが、もしよければやってみないという具合で勧誘が出来ないのであれば、それは相手の価値観を根本から見下した態度ではないかと思います。元友人に私は、それを感じました。
どちらも古代オリエント地方を統一した王国ですが、アッシリアは異民族に対して圧政を敷いて統一後まもなく反乱を招いて崩壊した王国で、後者は逆に異民族に対して融和的な政策を取り自治も認め、マケドニアのアレクサンドロス大王が責めてくるまで数百年もの長い間維持した王国です。
この話で私が何を言いたいのかというと、歴史的に民族同士の異文化や違いに対して寛容な社会ほど安定し、長持ちするという事実です。何もこの例に限らず歴史的に国民や異民族、異宗教に対して圧政や弾圧を行った君主(ローマのネロや秦の始皇帝など)は批判され、逆に宥和政策を取った君主(アイユーブ朝のサラディンなど)は高く評価される傾向があり、社会的にも後者の宥和政策を取る国の方が反乱も少なく、また治世と呼ばれるほど安定した社会を築いていることが多いです。
このブログでも私はあれこれ社会問題などをよく取り上げていますが私がそうして訴えていく中で社会や読者に何を一番求めているのかというとずばり、「社会を安定させることへの重要性」で、私は安定した社会において初めて人間は自身の幸福を追求、実現できるものだと考えております。
ちょっと話が抽象的なのでいくつか例を出すと、たとえば戦争や紛争、法律の形骸化が起きてしまえば大抵の人間は人生設計を行うことが出来なくなります。戦争に至っては、学校で勉強して好きな職業につきたいと若者が願っても男性の場合は無理やり徴兵されたり、女性でもいろいろな面で生活で苦労を強いられることになり、このように社会が安定しなければ人間は自らが望む行為を一切実現出来なくなります。まぁぶっちゃけ、社会が安定していることに越した事はないと考えてください。
では社会をどのように、またはより安定させるにはどうすれればいいかですが、政治や啓蒙活動をしっかり行うのはもとより個人単位でそれを最も大きく左右させるものはといったら私は「慣用性」、つまり自分とは違うものに対してどれだけ許容できるかという腹の太さが一番影響すると考えています。
根拠は、と言われたら実は結構曖昧で、先ほどの歴史的事実の例くらいしかありません。ただ皆が皆して似たような人間ばかりで構成される社会に対して、いろんな人間がいろんな意見を持ち合い。共有するといった社会の方が傍目にも活力があるように思え、またそんな社会ほど幸せそうな気がします。
ちょっと力の入った説明を行いましたが、要するに私は様々な意見、文化を持ついろんな種類の人間が相互に認め合って協調していける社会を理想としており、その理想の社会のことを「多様性のある社会」と称して日々周囲の人間へとその社会の有用性と実現方法の啓蒙活動を行っております。
この「多様性のある社会」に何故先ほどの「慣用性」が関わってくるのかというと、たとえば日本人の感覚からしたら韓国人が食事中に肘を突くのを「無礼だ」とか思うかもしれませんが、韓国人、もしくは韓国の文化からするとそれはごく自然な行為です。こうした差異に対して、「相手は相手なんだし、自分は自分なんだ」と互いに軽く流し、食事中にそれぞれのマナーを認め合っていられることこそ多様性があると言え、相手に対して自分のマナーや文化を押し付けず、逆に許容する慣用性が必要となるからです。
まぁさすがに、あからさまに周囲に対して実害を生みかねず、社会に対して害しか生まない「生贄」や「報復」といった文化、悪習までは許容する必要はないですが。
私が何故こんな社会を目指すのかというと、一つには絶対多数の幸福の実現で、もう一つは私自身が周囲とははっきりとわかるくらいに毛色の違う人間ゆえにこれまで様々な面で差別されてきたと認識しており、自分が有利に生きれる社会に実社会を持っていくためと、自分のように変わっているだけで辛い思いをする人間をこれ以上出したくないとの願いから来ています。
そんな私にとって、今回の記事の題となっている「多様性を壊す人間」というのは不倶戴天の最大の敵であります。
この多様性を壊す人間というのは具体的にどのような人かというと、単純に言って些細な違いすらも認めず自らの流儀や価値観を他者に強制的に押し付けようとする人間です。たとえば特定の地方や学校の出身者であるだけでほかの人間と差別したり、特に実生活に影響を及ぼすことでもない意見の違いから徹底的に相手を批判したり実力行使を行う人間のことです。
私の体験だと、高校生の頃の学級会で文化祭に何を出すのかと案を皆で募集していたので私が一つの意見を出すと、「お前なに言ってんだ!」と怒鳴られたことがあります。これなど、意見を決定する段階でもないにもかかわらず他者の考えを否定する典型的な例でしょう。
細かい根拠までは言いませんが、このような人間こと固定した価値概念を持ち他者の意見や価値観を認めない人間が増えればまず間違いなく多様性は薄まり、非常につまらなくてまた安定性のない社会になると私は確信しています。そのため、相手の価値観や違いを出来るだけ認めろと言っておきながら我ながらやや矛盾したような意見となるのですが、私はこのような人間を可能な限り排除することこそ自分の使命だと考えています。
ここでようやく前回の記事の話に戻ります。前回の記事で私はしつこく私に自らの入っている宗教に入信しろという元友人に絶交をしたと書きましたが、私は元友人と最後に会った段階で、「彼はきっと、彼の宗教に入信しないでいる私の存在を許容出来ないのだろう」と認識しました。言ってしまえば、彼は彼の信じるものを信じ、私は私で信じるものを信じ続けることが、お互いの付き合いになにも影響を与えるように思えませんし、この程度の相手の価値観を認め合うことはそれほど難しいことではないと思います。
しかし元友人はそれが出来ませんでした。こんな瑣末な意見や価値観の違いすら認められず、あくまで自己の宗教を相手に押し付けようとする行為はまさに多様性を壊す存在でしかありませんし、会う度に自己の宗教の正当性を怒鳴られ続けて私ももはやこれ以上相容れることは出来ないと感じ、絶交するに至りました。
私は別に宗教が何でもかんでも悪いというわけではありませんし、勧誘することも宗教の存在理由上からあってしかるべきだと思っています。
今はどうだかわかりませんが、京都の東本願寺では門の前に大きな看板に、
「バラバラで一緒」
という文字が長い間書かれており、私の理想はまさにこの通りです。極論を言えば、宗教家にとって何が重要なのかといったら相手の宗教をきちんと認める態度です。相手の宗教を認めた上で自分の宗教ではこんなだが、もしよければやってみないという具合で勧誘が出来ないのであれば、それは相手の価値観を根本から見下した態度ではないかと思います。元友人に私は、それを感じました。
2008年12月25日木曜日
失われた十年とは~その十四、フェミニズム~
さていよいよ中盤の山場というか、書いてて敵ばかり作りそうなフェミニズムの項目です。結論から言うと、私は失われた十年に当たる90年代こそ日本で最もフェミニズムが強く、また暴走した時代だったと考えています。
まずこのフェミニズムですが、スタート的にはやはり女性の権利獲得運動から始まりました。今でも活躍なされている田島陽子氏もこの時期からテレビに出るようになり、90年代初頭は男女同権運動の元で女性の権利、地位向上の名目でフェミニズムの正当性が強く叫ばれ、私自身も小学校時代にその辺を強く言い含められた記憶があります。
誤解しないでほしい点として、私は当時の女性の権利運動は意義深かったと考えています。というのも確か90年ごろですがヨーロッパでテレビコマーシャルの品評会があり、どっかの国が作った明らかに日本人と思しき飛行機の乗客がスチュワーデスにセクハラをする映像のコマーシャルが大賞を取り、日本のどっかの団体がこれに抗議したところ他国から、「いや、実際によくあることじゃないか」と一蹴されたようです。この例のように、当時はよく文物でも描写が書かれていたようにセクハラが日常的に行われていたと私は考えています。そしてもしそうだとしたら、少なくとも私の目の前で現在セクハラが行われなくなっただけ当時の女性運動は実を結んだといっていいでしょう。
またこれは私の高校時代の女性教師の話ですが、その先生は生徒時代に勉強もよく出来て本人としては京都大学に進学したかったものの、先生の両親が女性は勉強するべきではないという観念の元に結局御茶ノ水女子大に進学させられたという話をしたことがあり、当時と比べて現在では女性でも好きな職業に就けるのだからもっと女子生徒は挑戦をしてほしいという話をしたことがありました。実際に一昔前の女性は職業選択の面で大幅に制限を受けており、現在でも女性は一般的に男性と比べて就職に不利だとは言われておりますが、それでも当時に比べれば随分と前進をしたと言えるでしょう。
それが何故、最初に私が表現したように暴走するようになったのでしょうか。
一つは前回の言葉狩りの記事で書いたように、途中からわけのわからず観念的なものに対して言いがかりのような平等の押し付けが行われるようになったからです。この平等の押し付けですが、一番大きく問題となったのは表現上の問題で、作家の筒井康隆などは自身の小説が癲癇患者の差別に当たると言いがかりをつけられ一時断筆宣言を行っております。
このように一部の障害者、被差別団体が中心になり文物に対して表現規制を訴えてきました。また出版社の側もこのような社会的批判を恐れ、自主規制の名の元で様々な表現に対して封印を行うという事例も数多く報告されています。
ここでちょっと注意してもらいたいのは、先ほど一部の障害者、被差別団体と私は表現しましたが、私の見方だとこれらの団体の多くは真っ当に活動を行っていると思いますが、やはり中には自分たちが差別の被害者であることを錦の御旗のようにして不当な要求を行ってきた団体も少なくありません。一例を上げると数年前に発覚した奈良市の被差別団体に属していた市職員が不当な要求を何度もし側に対して行っていた事件があり、非常に悲しいものですがこういった事例は何も奈良市に限らず、全国あちこちで多かれ少なかれ行われているという話を私も聞きます。
一見すると明らかに不当かつ横暴な要求が何故このように通ったりしたのか、一言で言えば前にも少し書きましたが当時の日本には被害者であれば何をしても許されるというある種ずれた観念が強く渦巻いていたことが原因でしょう。こうした空気が何故醸成されたかですが、厳しい意見、もとい安直な結論かもしれませんがやはり当時のマスコミが何でもかんでも弱者(とされるもの)を祭り上げて不当な要求であろうと被害者側をなんでもかんでも強く応援する姿勢があったことに尽きます。恐らく見ている視聴者の側も内心では、「こりゃこっちの方が悪いんとちゃう」とか思うような報道もあったと思いますが、マスメディアを持つマスコミがある程度情報を押さえつけていた時代であったのでそういった声はあまり出てこなかったのでしょう。
最初に挙げた女性運動も、90年代の後半に至る頃には当時の私からしても首をかしげるようなおかしな要求を掲げる団体が現れるようになりました。いくつか挙げるとしたら、社会で女性は虐げられているのだから公共施設の使用料を女性には安くしろ無料にしろだとか、母子家庭は大変なのだから現状以上に自治体からの財政補助を増やせなどという要求が公になされているのを私は見ています。後者の要求に至っては、現在も母子家庭には補助がありますが父子家庭にはないという問題があり、明らかに的を外した意見だと考えています。
何故フェミニズム運動がこのように暴走していったのか根本的な原因を言うとすれば、それはやはり被差別、不平等の是正すべきだという空気を一部の邪な団体が利用し始めたに尽きます。そして社会の側、といってもこれはマスコミとかそういった団体を応援していた左翼政党だけだったかもしれませんが、それらの要求が真に正当性があるのかを考えずに応援し続けたのが更に助長させていったのだと思います。いうなれば、「被害者は何をしても許される」という何度も私が使っているこの観念がこうした物を作ってしまい、自分が被害者を装うことで好き勝手するのフェミニズムが格好の化けの皮と認識されたがゆえに、本来の目的から外れた不当な要求を行う手段となってしまったのでしょう。
さてここまで言えば察しのいい人ならわかるように、個人が直接情報を発信できるインターネットの登場によってこの流れはせき止められました。前述したようにやっぱり私のように見ていておかしいと思っていた人間は潜在的に多かったのか、今ではネット上で「フェミニズム」という言葉が出てくると中には激しい批判が集まるサイトも数多く、またこれに「左翼」という言葉がついたりすれば大抵は荒れに荒れます。そして実社会上でもフェミニズムへの関心は非常に薄れ、私が見ているところ元々のフェミニズム団体も名前を「ジェンダーフリー」に鞍替えしてこうした批判を避けようとしているように見えます。くれぐれもいいますが、真っ当な団体は真っ当な活動を至極真面目に行っていると私は考えています。
また同様に、ってかこの辺は前にも書いた私の「ネット右翼」の論文で詳しく分析されているのですが、マスコミの側でもこうした動きに対応してこのような話題を近年はほとんど取り上げなくなった気がしますし、先ほどの奈良市の市職員の事件など、逆に公然と批判や取材をするところも増えてきています。結論としてはやはり、間違ったことをすればいずれ返ってくるといった所でしょうか。
まずこのフェミニズムですが、スタート的にはやはり女性の権利獲得運動から始まりました。今でも活躍なされている田島陽子氏もこの時期からテレビに出るようになり、90年代初頭は男女同権運動の元で女性の権利、地位向上の名目でフェミニズムの正当性が強く叫ばれ、私自身も小学校時代にその辺を強く言い含められた記憶があります。
誤解しないでほしい点として、私は当時の女性の権利運動は意義深かったと考えています。というのも確か90年ごろですがヨーロッパでテレビコマーシャルの品評会があり、どっかの国が作った明らかに日本人と思しき飛行機の乗客がスチュワーデスにセクハラをする映像のコマーシャルが大賞を取り、日本のどっかの団体がこれに抗議したところ他国から、「いや、実際によくあることじゃないか」と一蹴されたようです。この例のように、当時はよく文物でも描写が書かれていたようにセクハラが日常的に行われていたと私は考えています。そしてもしそうだとしたら、少なくとも私の目の前で現在セクハラが行われなくなっただけ当時の女性運動は実を結んだといっていいでしょう。
またこれは私の高校時代の女性教師の話ですが、その先生は生徒時代に勉強もよく出来て本人としては京都大学に進学したかったものの、先生の両親が女性は勉強するべきではないという観念の元に結局御茶ノ水女子大に進学させられたという話をしたことがあり、当時と比べて現在では女性でも好きな職業に就けるのだからもっと女子生徒は挑戦をしてほしいという話をしたことがありました。実際に一昔前の女性は職業選択の面で大幅に制限を受けており、現在でも女性は一般的に男性と比べて就職に不利だとは言われておりますが、それでも当時に比べれば随分と前進をしたと言えるでしょう。
それが何故、最初に私が表現したように暴走するようになったのでしょうか。
一つは前回の言葉狩りの記事で書いたように、途中からわけのわからず観念的なものに対して言いがかりのような平等の押し付けが行われるようになったからです。この平等の押し付けですが、一番大きく問題となったのは表現上の問題で、作家の筒井康隆などは自身の小説が癲癇患者の差別に当たると言いがかりをつけられ一時断筆宣言を行っております。
このように一部の障害者、被差別団体が中心になり文物に対して表現規制を訴えてきました。また出版社の側もこのような社会的批判を恐れ、自主規制の名の元で様々な表現に対して封印を行うという事例も数多く報告されています。
ここでちょっと注意してもらいたいのは、先ほど一部の障害者、被差別団体と私は表現しましたが、私の見方だとこれらの団体の多くは真っ当に活動を行っていると思いますが、やはり中には自分たちが差別の被害者であることを錦の御旗のようにして不当な要求を行ってきた団体も少なくありません。一例を上げると数年前に発覚した奈良市の被差別団体に属していた市職員が不当な要求を何度もし側に対して行っていた事件があり、非常に悲しいものですがこういった事例は何も奈良市に限らず、全国あちこちで多かれ少なかれ行われているという話を私も聞きます。
一見すると明らかに不当かつ横暴な要求が何故このように通ったりしたのか、一言で言えば前にも少し書きましたが当時の日本には被害者であれば何をしても許されるというある種ずれた観念が強く渦巻いていたことが原因でしょう。こうした空気が何故醸成されたかですが、厳しい意見、もとい安直な結論かもしれませんがやはり当時のマスコミが何でもかんでも弱者(とされるもの)を祭り上げて不当な要求であろうと被害者側をなんでもかんでも強く応援する姿勢があったことに尽きます。恐らく見ている視聴者の側も内心では、「こりゃこっちの方が悪いんとちゃう」とか思うような報道もあったと思いますが、マスメディアを持つマスコミがある程度情報を押さえつけていた時代であったのでそういった声はあまり出てこなかったのでしょう。
最初に挙げた女性運動も、90年代の後半に至る頃には当時の私からしても首をかしげるようなおかしな要求を掲げる団体が現れるようになりました。いくつか挙げるとしたら、社会で女性は虐げられているのだから公共施設の使用料を女性には安くしろ無料にしろだとか、母子家庭は大変なのだから現状以上に自治体からの財政補助を増やせなどという要求が公になされているのを私は見ています。後者の要求に至っては、現在も母子家庭には補助がありますが父子家庭にはないという問題があり、明らかに的を外した意見だと考えています。
何故フェミニズム運動がこのように暴走していったのか根本的な原因を言うとすれば、それはやはり被差別、不平等の是正すべきだという空気を一部の邪な団体が利用し始めたに尽きます。そして社会の側、といってもこれはマスコミとかそういった団体を応援していた左翼政党だけだったかもしれませんが、それらの要求が真に正当性があるのかを考えずに応援し続けたのが更に助長させていったのだと思います。いうなれば、「被害者は何をしても許される」という何度も私が使っているこの観念がこうした物を作ってしまい、自分が被害者を装うことで好き勝手するのフェミニズムが格好の化けの皮と認識されたがゆえに、本来の目的から外れた不当な要求を行う手段となってしまったのでしょう。
さてここまで言えば察しのいい人ならわかるように、個人が直接情報を発信できるインターネットの登場によってこの流れはせき止められました。前述したようにやっぱり私のように見ていておかしいと思っていた人間は潜在的に多かったのか、今ではネット上で「フェミニズム」という言葉が出てくると中には激しい批判が集まるサイトも数多く、またこれに「左翼」という言葉がついたりすれば大抵は荒れに荒れます。そして実社会上でもフェミニズムへの関心は非常に薄れ、私が見ているところ元々のフェミニズム団体も名前を「ジェンダーフリー」に鞍替えしてこうした批判を避けようとしているように見えます。くれぐれもいいますが、真っ当な団体は真っ当な活動を至極真面目に行っていると私は考えています。
また同様に、ってかこの辺は前にも書いた私の「ネット右翼」の論文で詳しく分析されているのですが、マスコミの側でもこうした動きに対応してこのような話題を近年はほとんど取り上げなくなった気がしますし、先ほどの奈良市の市職員の事件など、逆に公然と批判や取材をするところも増えてきています。結論としてはやはり、間違ったことをすればいずれ返ってくるといった所でしょうか。
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