北京語言大学では日本の大学同様に期末試験があり、冬季のテストは当時の手帳を見てみると一月六日に終わっています。この冬季テストの終了日こそ、私の中国南方への旅行の出発日でした。
中国は旧正月に当たる一月後半から二月初旬が最大の旅行シーズンで、世界最大の人口は伊達じゃなく、この時期は鉄道各社が特別ダイヤを組むなど各交通機関は混雑でごった返すのですが、一月の初旬から中旬であればちょうどその直前であり、嵐の前の静けさというか比較的思い通りに旅行できるそうです。そういう話を前もってクラスの先生から聞いていたため、一つ自分の中国語の腕試しを兼ねて旅行に出かけることにしました。
旅行計画は中国の南方ということで、まずは南京に向かってその帰りに上海に寄り、そのまま北京へ戻るというルートで、移動手段には関口宏も乗りまわっていた中国では最もポピュラーな鉄道にて周る事にしました。
ここで中国の鉄道について説明しますが、中国では都市内を走る地下鉄こと「地鉄」、電車こと「電車」(まんまか)、そして都市と都市を結ぶ列車こと「火車」があります。火車は現在恐らく電車だろうと思いますけど、まだ石炭使っていると列車もあるのかな。
それでこの火車ですが、以前は外国人料金といって外国人には割高な料金設定がされていたそうですが現在はそんなこともなく誰でも乗ることが出来、また座席等は完全予約制となっております。切符の購入は駅外の旅行社みたいなところでも買うことが出来ますが、駅内で買うとなると通常の窓口に行かねばならず、大抵どこの駅も人でごった返しているので私はこちらはあまりお勧めできません。
それで肝心の料金ですが、恐らく他の中国情報系サイトでも詳しく説明されているでしょうが、大まかに言って座席には四種類あり、安いものから順に、「硬座」、「軟座」、「硬臥」、「軟臥」です。読んで字の如く、「硬」と「軟」はそれぞれ二等、一等を表しており、「座」と「臥」は座席か寝台かの違いです。
最初に南京へ行く際は多少ケチりたいものの比較的値段が手ごろということもあり、初めての列車旅行なので私は「硬臥」で夜行列車の予約を取りました。そして出発日当日は夜七時ごろに大学寮を出て北京駅へと向かい、駅構内で旅行地図を購入して列車の乗車時間を待ちました。
乗車後に私の予約した部屋に行くとそこではベッドが四つあり、私以外にも中国人の乗客が乗っておりました。この時は別に話す事もなくとっとと布団に入って次の日からの旅行に備える事にしましたが、結果論敵にはやわな旅行ではありませんでした。全部私の無計画によるものなのですが……。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2009年12月25日金曜日
2009年12月23日水曜日
北京留学記~その二七、学生寮でのデマ事件
事の始まりは一枚の貼り紙からでした。私が最初に入った学生寮が補修されるということで新しい寮に引っ越してから確か二週間ほど経った頃でしたが、いつものように授業を終えて寮に帰ってくるとエレベーターの前に一枚の貼り紙が張られており、中国語にて下記のような内容が書かれていました
「このごろ季節が変わりめっきり寒くなってきました。留学生の皆さんは戸締りに気をつけて、窓の鍵は外出時はもちろん在宅時も必ずしめておいてください」
何だこの論理の破綻した文章は(゚д゚`)!?
読んだ直後の私の感想はまさにこんな感じで、どうして気候と戸締りが関係するのか、またそれも貼り紙で貼って告知する程のものなのか腑に落ちませんでした。
そんな貼り紙が貼られて数日後、私の日本人留学生仲間からこの件で妙な情報を得ました。その留学生仲間がやや要領を得ない語り口で言うには、なんでも私達が移った新しい寮の中で事件があり、その事件というのも寮の二階に住む日本人女子学生の部屋に窓から泥棒が侵入し、女子学生を殴りつけて強姦に及ぼうとしたものの抵抗に遭い、注射器を取り出して女子学生に麻薬を打とうするも失敗し、また女子学生を殴りつけて物を盗って逃げていったそうです。そんな事件が起きた為に、事件の事は隠さなければならないが防犯を強化させねばならずあの妙な貼り紙ができたというわけです。
この留学仲間の話を聞いた直後の私の感想はまたも、
(゚д゚`)!?
ってな感じでした。まず読んでもらえばわかりますが泥棒の行動が明らかに妙です。泥棒目的なのか強姦目的なのか、麻薬を打とうとする点に至っては支離滅裂です。そんなわけで初めて聞いた時からこの話を疑わしく思い、その留学仲間に情報源などを詳しく聞くとその留学仲間もクラスの別の日本人留学生から話を聞いたそうで、じゃあその日本人はどこから情報を仕入れたのかと聞くとまた別の日本人からという感じで延々と続いていき、最終的にはみんなインターネットに行き着くことがわかりました。
ではその情報源のインターネットサイトはどこになるのか調べてみた所、もしかしたら複数あったのかもしれませんがそれらしいものが一つあり、その場所というのも当時北京語言大学でも大流行りだったmixiの語言大学のコミュニティでした。そのコミュニティの掲示板には先ほど書いたような泥棒の行動がそっくりそのまま書いており、末尾にて語言大学はこの事件を隠そうとしているからあんな貼り紙になったのだと締めくくられていました。
結論から言えば、この書き込みはデマだった可能性が非常に高いです。
当時に私が行った詳しい検証を一つ一つ説明すると、まず私が尋ね回ったことでわかった大きな事実として、この泥棒が入ったという情報が日本人の間でしか共有されていませんでした。日本人以外となると同じ寮の学生でも誰もこの話を知らない一方、日本人学生であれば他の寮に住んでいる者でもこの話を知っており、情報源とされる先ほどの掲示板の書き込みが日本語であることを考えるとさもありなんです。
そして次に、情報源がみんなインターネットに行き着く割には誰も事件の当事者である、泥棒に暴行されたという女子学生が誰なのかを知りませんでした。一体その女子学生がどんな子で、どのクラスに居て、知り合いは誰で、事件後はどうなったのかとなるとみんな誰も知らず、海外での日本人学生の狭いコミュニティを考えると誰もこの点について答えられないというのはありえないでしょう。
そして極め付けが掲示板に書かれた泥棒の辻褄の合わない行動です。一体何が目的なのかわからないのはもとより、それだけいろんなことをしながら女子学生が悲鳴を上げてそれに誰も気がつかなかったというのも不自然です。普通殴られたりもすればテレンス・リーじゃないんだから誰だって悲鳴の一つは上げるのが普通で、学生寮であれば悲鳴が聞こえようものなら隣室の学生などが必ず気づくはずです。
実際に当時私が住んでいたこの寮はそれほど防音性が良かった訳でなく、隣室の学生が大騒ぎをしようものなら騒音が気になるくらい聞こえ、またこのデマが広がる以前にも寮の四階の部屋に済む日本人女子学生が泥酔して帰ってきて、叫び声を挙げたり辺りの壁を叩いたりするものだから私の留学仲間に寮の人間が助けを求めてその女子学生を抑えて部屋に入れたことがあったのですが、その留学仲間は七階の部屋に居ながらもその女子学生の叫び声が聞こえたそうです。
では本当は何があったのかというと、先にも言ったように泥棒が入ったというのは本当だったと思います。というのもその後すぐに比較的進入しやすい二階(一階はロビーのみで部屋はない)の窓に鉄格子をはめられるようになり、また最初の貼り紙も泥棒が入った事を受けてのものだと考えるとあの論理破綻な文章もやや理解できます。
そうなるとどうしてこう大げさに書き立てるデマが流れたのかになりますが、これも私の考えだと日本人に対し強く注意を促そうと、発信者が内容をわざと過激なものにして広めたのかとが原因だと思われます。幸か不幸か、その筋書き通りに日本人の中においては十分に注意が喚起されましたが。
この一件で私が強く憶えたのは、人間というものは案外、このような素性のわからない情報でも環境次第で簡単にデマに踊らされるのだということでした。恐らく海外での狭い日本人コミュニティだからこそデマが流れたのでしょうが、それにしたってもう少しみんなも疑ってもいいんじゃないかというような内容だっただけに、かくも情報の前では人間は無力かと思わせられた事件でした。
留学記の記事はここまでですが、実はこの記事を書くに当たってあるデマと合わせて書こうと前々から考えていました。そのデマというのも、先月行われた民主党議員らによる事業仕分けにて、漢方薬の保険適用が除外されるというデマです。
詳しい経緯については最後に引用するサイトを読んでもらいたいのですが、医師が処方する漢方薬は現在健康保険が適用されているのですが、漢方薬は医療効果がはっきりしないので無駄になっており、事業仕分けにて保険適用を除外することが決められた、といった報道がテレビ、新聞、インターネットといったすべての媒体で流れ、現に私自身もNHKにて確認し、その番組内では漢方薬を日々服用している男性が値段が上がると困るというコメントをしていました。
この報道を受けてかネット上ではこの仕分けに反対する署名が集められたり、漢方薬大手のツムラなど公式に社長がじきじきに会見して反対するなど大騒ぎとなったのですが、未だに議論されているスパコンの予算と比べるとこっちの方は続報がピタリと途絶えるなど完全に静まり返ったのを見て私もデマだったと判断しました。
ちょっと長いので私は確認していませんが、その保険適用除外が決められたとされる仕分けの会議を見た方によるとやはり除外をするといった発言はおろか、漢方薬という言葉すら一切出ていなかったそうです。それにもかかわらずあれだけ署名が集まったり、大騒ぎしたりしたと考えるとなにやら日本に対して不安を感じてしまいます。
それにしても、この一件がデマだとわかったのも事業仕分けが公開されていたことに尽きるでしょう。公開され、またその会議の過程がネット上でも見られる動画となっていたことから早くに沈静したのであって、そういう意味で鳩山内閣に対してこの点だけは誉めてあげてもいいかと思います。
・漢方薬保険適用除外は【誤報】です! 仕分け人枝野議員が明言(JANJAN)
・漢方薬に関するデマ(きっこのブログ)
「このごろ季節が変わりめっきり寒くなってきました。留学生の皆さんは戸締りに気をつけて、窓の鍵は外出時はもちろん在宅時も必ずしめておいてください」
何だこの論理の破綻した文章は(゚д゚`)!?
読んだ直後の私の感想はまさにこんな感じで、どうして気候と戸締りが関係するのか、またそれも貼り紙で貼って告知する程のものなのか腑に落ちませんでした。
そんな貼り紙が貼られて数日後、私の日本人留学生仲間からこの件で妙な情報を得ました。その留学生仲間がやや要領を得ない語り口で言うには、なんでも私達が移った新しい寮の中で事件があり、その事件というのも寮の二階に住む日本人女子学生の部屋に窓から泥棒が侵入し、女子学生を殴りつけて強姦に及ぼうとしたものの抵抗に遭い、注射器を取り出して女子学生に麻薬を打とうするも失敗し、また女子学生を殴りつけて物を盗って逃げていったそうです。そんな事件が起きた為に、事件の事は隠さなければならないが防犯を強化させねばならずあの妙な貼り紙ができたというわけです。
この留学仲間の話を聞いた直後の私の感想はまたも、
(゚д゚`)!?
ってな感じでした。まず読んでもらえばわかりますが泥棒の行動が明らかに妙です。泥棒目的なのか強姦目的なのか、麻薬を打とうとする点に至っては支離滅裂です。そんなわけで初めて聞いた時からこの話を疑わしく思い、その留学仲間に情報源などを詳しく聞くとその留学仲間もクラスの別の日本人留学生から話を聞いたそうで、じゃあその日本人はどこから情報を仕入れたのかと聞くとまた別の日本人からという感じで延々と続いていき、最終的にはみんなインターネットに行き着くことがわかりました。
ではその情報源のインターネットサイトはどこになるのか調べてみた所、もしかしたら複数あったのかもしれませんがそれらしいものが一つあり、その場所というのも当時北京語言大学でも大流行りだったmixiの語言大学のコミュニティでした。そのコミュニティの掲示板には先ほど書いたような泥棒の行動がそっくりそのまま書いており、末尾にて語言大学はこの事件を隠そうとしているからあんな貼り紙になったのだと締めくくられていました。
結論から言えば、この書き込みはデマだった可能性が非常に高いです。
当時に私が行った詳しい検証を一つ一つ説明すると、まず私が尋ね回ったことでわかった大きな事実として、この泥棒が入ったという情報が日本人の間でしか共有されていませんでした。日本人以外となると同じ寮の学生でも誰もこの話を知らない一方、日本人学生であれば他の寮に住んでいる者でもこの話を知っており、情報源とされる先ほどの掲示板の書き込みが日本語であることを考えるとさもありなんです。
そして次に、情報源がみんなインターネットに行き着く割には誰も事件の当事者である、泥棒に暴行されたという女子学生が誰なのかを知りませんでした。一体その女子学生がどんな子で、どのクラスに居て、知り合いは誰で、事件後はどうなったのかとなるとみんな誰も知らず、海外での日本人学生の狭いコミュニティを考えると誰もこの点について答えられないというのはありえないでしょう。
そして極め付けが掲示板に書かれた泥棒の辻褄の合わない行動です。一体何が目的なのかわからないのはもとより、それだけいろんなことをしながら女子学生が悲鳴を上げてそれに誰も気がつかなかったというのも不自然です。普通殴られたりもすればテレンス・リーじゃないんだから誰だって悲鳴の一つは上げるのが普通で、学生寮であれば悲鳴が聞こえようものなら隣室の学生などが必ず気づくはずです。
実際に当時私が住んでいたこの寮はそれほど防音性が良かった訳でなく、隣室の学生が大騒ぎをしようものなら騒音が気になるくらい聞こえ、またこのデマが広がる以前にも寮の四階の部屋に済む日本人女子学生が泥酔して帰ってきて、叫び声を挙げたり辺りの壁を叩いたりするものだから私の留学仲間に寮の人間が助けを求めてその女子学生を抑えて部屋に入れたことがあったのですが、その留学仲間は七階の部屋に居ながらもその女子学生の叫び声が聞こえたそうです。
では本当は何があったのかというと、先にも言ったように泥棒が入ったというのは本当だったと思います。というのもその後すぐに比較的進入しやすい二階(一階はロビーのみで部屋はない)の窓に鉄格子をはめられるようになり、また最初の貼り紙も泥棒が入った事を受けてのものだと考えるとあの論理破綻な文章もやや理解できます。
そうなるとどうしてこう大げさに書き立てるデマが流れたのかになりますが、これも私の考えだと日本人に対し強く注意を促そうと、発信者が内容をわざと過激なものにして広めたのかとが原因だと思われます。幸か不幸か、その筋書き通りに日本人の中においては十分に注意が喚起されましたが。
この一件で私が強く憶えたのは、人間というものは案外、このような素性のわからない情報でも環境次第で簡単にデマに踊らされるのだということでした。恐らく海外での狭い日本人コミュニティだからこそデマが流れたのでしょうが、それにしたってもう少しみんなも疑ってもいいんじゃないかというような内容だっただけに、かくも情報の前では人間は無力かと思わせられた事件でした。
留学記の記事はここまでですが、実はこの記事を書くに当たってあるデマと合わせて書こうと前々から考えていました。そのデマというのも、先月行われた民主党議員らによる事業仕分けにて、漢方薬の保険適用が除外されるというデマです。
詳しい経緯については最後に引用するサイトを読んでもらいたいのですが、医師が処方する漢方薬は現在健康保険が適用されているのですが、漢方薬は医療効果がはっきりしないので無駄になっており、事業仕分けにて保険適用を除外することが決められた、といった報道がテレビ、新聞、インターネットといったすべての媒体で流れ、現に私自身もNHKにて確認し、その番組内では漢方薬を日々服用している男性が値段が上がると困るというコメントをしていました。
この報道を受けてかネット上ではこの仕分けに反対する署名が集められたり、漢方薬大手のツムラなど公式に社長がじきじきに会見して反対するなど大騒ぎとなったのですが、未だに議論されているスパコンの予算と比べるとこっちの方は続報がピタリと途絶えるなど完全に静まり返ったのを見て私もデマだったと判断しました。
ちょっと長いので私は確認していませんが、その保険適用除外が決められたとされる仕分けの会議を見た方によるとやはり除外をするといった発言はおろか、漢方薬という言葉すら一切出ていなかったそうです。それにもかかわらずあれだけ署名が集まったり、大騒ぎしたりしたと考えるとなにやら日本に対して不安を感じてしまいます。
それにしても、この一件がデマだとわかったのも事業仕分けが公開されていたことに尽きるでしょう。公開され、またその会議の過程がネット上でも見られる動画となっていたことから早くに沈静したのであって、そういう意味で鳩山内閣に対してこの点だけは誉めてあげてもいいかと思います。
・漢方薬保険適用除外は【誤報】です! 仕分け人枝野議員が明言(JANJAN)
・漢方薬に関するデマ(きっこのブログ)
2009年12月22日火曜日
北京留学記~その二六、NEC中国人社員②
前回の記事に引き続き、NECの中国人社員との会話をした時の話です。読者の方がどのように思われるかはわかりませんが、書いてる本人からするとこの場面が留学記全体における最大のハイライトだと私は考えております。
すでに前回にも書いたとおりに議題が自由と言う事もあってかなり好き勝手に話をしてきたのですが、レッスン時間の後半に差し掛かる頃にもなるとさすがに話すネタに困ってきてしまい、この連載の過去の李尚民の記事でもあったように日本と中国で、お互いの国で知っている相手国の有名人を挙げることにしました。
まず私から日本人がよく知っている中国の有名人となると真っ先に毛沢東が来ると話した上で、ほかの日本人にはあまり馴染みがないだろうけど、私個人が高く評価している人物として張学良氏がいると話しました。
張学良氏についてはかつて私も記事にして書いたように、日中戦争における最大のターニングポイントであった(と私が考える)西安事件の立役者であり、西安事件があってもなくとも戦前の日本軍が広大な中国大陸を占領する事は不可能であったとしても戦況が全然変わっていただろうと話しました。
すると一人のレッスン参加者がこの私の意見に対し、張学良がそれほどの人物だとは思わないと返してきました。この過程については先ほどリンクを貼った過去の記事にも詳しく書いてありますが、中国に留学する前に聞いた話だと台湾ならともかく、中国本土で張学良は救国の英雄として扱われていると聞いていただけにこの返答には正直驚かされました。元々中国では歴史人物の評価が時の政権によって大きく変わることも珍しくなく、もしかしたらそういった年代的な関係もあって資料とこの参加者の認識の間に齟齬があったのかもしれませんが、今度機会があったらこの点について中国人に聞き回りたいものです。
そんなショックを受けている私に対し、今度は別の参加者が、「中国人ならこの人を、小学生ですら知ってますよ」と言って、広げているノートの上にこの名前を書いて見せてきました。
「明治天皇」
私はてっきり、日中国交回復を行った田中角栄とか、当時の日中関係を悪化させているとして中国メディアでもよく取り上げられていた小泉純一郎元首相が来るかと思っていただけに、この明治天皇という文字を見て一瞬呆気に取られました。しかしこの日の私は自分でもびっくりするくらい頭の回転がよく、本当に頭の上で電球(交流)がピカって光る具合に相手の意図や背景をすぐに類推し、レッスン参加者にこう返してみました。
「この人は日本の改革に対して、何一つやっていませんよ」
私がこう言うや、レッスン参加者らは案の定明らかな驚きの表情を浮かべました。
明治天皇を中国人みんなが知っていると聞いてもしやと思っての返事でしたが、大体推察した通りでした。私はきっと中国人は日本の明治維新を、侵略者である日本の端緒となった一方、短期間で西欧列強とも伍す程の実力にまで育てることに成功した改革だったと肯定的な評価をしていて、その上で皇帝専制色の強かった中国のことだから明治維新は明治天皇の主導によって行われたと考えているのではないかと読んだのですが、これがピタリと当たっていました。
詳しく話を聞いてみるとやはり明治天皇が一連の改革をすべて主導していたと思っていたようで、確かに改革の象徴として自ら前に出て振舞ったものの、政策やプランといった方面にはほとんど手を出していないと私が説明した所、では誰があの改革を行ったのだと続けて聞かれ、ちょっと答えに困ったものの、
「とりあえず明治維新初期の主要なメンバーとなると、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の三人が非常に有名です」
「(西郷隆盛と書いたじノートを見て)ああ、この人か」
「この三人が大きな路線を作り、私は嫌いですが特にこの大久保利通が一番重要な役割を果たし、その大久保の構想を完成させたのが韓国人はみんな嫌いな伊藤博文です」
「(伊藤博文と聞いて)うんうん」
ここでも確認をこめて敢えて冗談めかして言ったが、どうやら中国人も韓国のアンチ伊藤博文の意識を知っていたようです。
「じゃあ、明治天皇は何をしていたのですか?」
「言うなれば飾りです。彼が国の政策に口を出したのは私が知る限り一回だけで、にっし……日本と、当時清だった中国との戦争(日清戦争と言いかけたのを言い直した)を始めた時、自分はこんな戦争を望んでいないと伊藤博文に文句を言ったことくらいです。ロシアとの戦争の時は納得していたらしいですが」
ここまで一気に説明すると、さすがに向こうもしばらく言葉が出せずにボーっとしていました。かくいう私も似たようなものでしたが。
彼らの話から察するに、中国では小学校でも日本の明治維新を取り上げてこの明治天皇の事を学んでいる可能性が非常に高いと思われます。しかしその内容はいわば明治天皇による改革だったとやや誤解があるということになりますが、何故この誤解が起きているのかについては先ほども言った通りに中国は基本的に皇帝専制という歴史が長かった国という事情もありますが、明治の日本が海外に対してそのように宣伝と言ってはなんですが、天皇の下に体制を大きく改革したと喧伝しており、それも一つの一因となっているのではないかという気がします。
そんな風に考えながら未だ呆然としているNECの社員達を見ていると、またすぐ閃くものがありました。すでに深入りし過ぎではないかという懸念もありましたが、この機会を逃したら絶対に後悔するという好奇心が勝り、続けざまにこんなことも敢えて話してみました。
「明治天皇同様、昭和天皇も日本と中国との戦争を主導したわけではありませんよ」
「では、誰が戦争を起こしたのですか?」
「それは恐らくあなた方が嫌いな、私もあまり評価していませんが、東条英機を始めとした軍人達です」
そういって、東条の名前をノートに書いて見せた。
「昭和天皇はむしろ戦争には否定的な気持ちを持っており、それが最後の最後で戦争を続けようとする軍人を抑えて終戦に結びつけたのだと私は考えております」
個人的な意見として、よく日中の歴史問題となると南京大虐殺があったのかどうなのかばかりが議論となりますが、こうした大きな問題を議論する以前に外堀とも言うような基本的な歴史的事実の点においても双方誤解している箇所が少なくなく、まずはこうした溝を埋めるのが先なのではないかと考えています。
話は戻り、やはり昭和天皇は中国で嫌われているのかと聞いたところ嫌われていると返って来て、明治天皇に関しては欧米列強が押し寄せる中で、急速な日本の近代化を指導したとして高く評価する一方、その後の軍国主義の基礎を作ったとして半々の評価だそうです。
こうして歴史認識の差異について盛り上がっている中、唐突にレッスン終了の時間がきてしまいました。知識層にあたる相手とゆっくり話す事が出来たので本音ではもっとあれこれ情報を引き出したかったのですが、さすがにずっと話しているわけにはいきません。
レッスン参加者は最後にレッスンの報告書みたいなものを書くのですが、ちょっと後ろから盗み見した所、レッスンの先生に対する評価において五段階でみんな一番高い五をつけてくれていました。本人からすると、やはりうれしいものです。
すでに前回にも書いたとおりに議題が自由と言う事もあってかなり好き勝手に話をしてきたのですが、レッスン時間の後半に差し掛かる頃にもなるとさすがに話すネタに困ってきてしまい、この連載の過去の李尚民の記事でもあったように日本と中国で、お互いの国で知っている相手国の有名人を挙げることにしました。
まず私から日本人がよく知っている中国の有名人となると真っ先に毛沢東が来ると話した上で、ほかの日本人にはあまり馴染みがないだろうけど、私個人が高く評価している人物として張学良氏がいると話しました。
張学良氏についてはかつて私も記事にして書いたように、日中戦争における最大のターニングポイントであった(と私が考える)西安事件の立役者であり、西安事件があってもなくとも戦前の日本軍が広大な中国大陸を占領する事は不可能であったとしても戦況が全然変わっていただろうと話しました。
すると一人のレッスン参加者がこの私の意見に対し、張学良がそれほどの人物だとは思わないと返してきました。この過程については先ほどリンクを貼った過去の記事にも詳しく書いてありますが、中国に留学する前に聞いた話だと台湾ならともかく、中国本土で張学良は救国の英雄として扱われていると聞いていただけにこの返答には正直驚かされました。元々中国では歴史人物の評価が時の政権によって大きく変わることも珍しくなく、もしかしたらそういった年代的な関係もあって資料とこの参加者の認識の間に齟齬があったのかもしれませんが、今度機会があったらこの点について中国人に聞き回りたいものです。
そんなショックを受けている私に対し、今度は別の参加者が、「中国人ならこの人を、小学生ですら知ってますよ」と言って、広げているノートの上にこの名前を書いて見せてきました。
「明治天皇」
私はてっきり、日中国交回復を行った田中角栄とか、当時の日中関係を悪化させているとして中国メディアでもよく取り上げられていた小泉純一郎元首相が来るかと思っていただけに、この明治天皇という文字を見て一瞬呆気に取られました。しかしこの日の私は自分でもびっくりするくらい頭の回転がよく、本当に頭の上で電球(交流)がピカって光る具合に相手の意図や背景をすぐに類推し、レッスン参加者にこう返してみました。
「この人は日本の改革に対して、何一つやっていませんよ」
私がこう言うや、レッスン参加者らは案の定明らかな驚きの表情を浮かべました。
明治天皇を中国人みんなが知っていると聞いてもしやと思っての返事でしたが、大体推察した通りでした。私はきっと中国人は日本の明治維新を、侵略者である日本の端緒となった一方、短期間で西欧列強とも伍す程の実力にまで育てることに成功した改革だったと肯定的な評価をしていて、その上で皇帝専制色の強かった中国のことだから明治維新は明治天皇の主導によって行われたと考えているのではないかと読んだのですが、これがピタリと当たっていました。
詳しく話を聞いてみるとやはり明治天皇が一連の改革をすべて主導していたと思っていたようで、確かに改革の象徴として自ら前に出て振舞ったものの、政策やプランといった方面にはほとんど手を出していないと私が説明した所、では誰があの改革を行ったのだと続けて聞かれ、ちょっと答えに困ったものの、
「とりあえず明治維新初期の主要なメンバーとなると、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の三人が非常に有名です」
「(西郷隆盛と書いたじノートを見て)ああ、この人か」
「この三人が大きな路線を作り、私は嫌いですが特にこの大久保利通が一番重要な役割を果たし、その大久保の構想を完成させたのが韓国人はみんな嫌いな伊藤博文です」
「(伊藤博文と聞いて)うんうん」
ここでも確認をこめて敢えて冗談めかして言ったが、どうやら中国人も韓国のアンチ伊藤博文の意識を知っていたようです。
「じゃあ、明治天皇は何をしていたのですか?」
「言うなれば飾りです。彼が国の政策に口を出したのは私が知る限り一回だけで、にっし……日本と、当時清だった中国との戦争(日清戦争と言いかけたのを言い直した)を始めた時、自分はこんな戦争を望んでいないと伊藤博文に文句を言ったことくらいです。ロシアとの戦争の時は納得していたらしいですが」
ここまで一気に説明すると、さすがに向こうもしばらく言葉が出せずにボーっとしていました。かくいう私も似たようなものでしたが。
彼らの話から察するに、中国では小学校でも日本の明治維新を取り上げてこの明治天皇の事を学んでいる可能性が非常に高いと思われます。しかしその内容はいわば明治天皇による改革だったとやや誤解があるということになりますが、何故この誤解が起きているのかについては先ほども言った通りに中国は基本的に皇帝専制という歴史が長かった国という事情もありますが、明治の日本が海外に対してそのように宣伝と言ってはなんですが、天皇の下に体制を大きく改革したと喧伝しており、それも一つの一因となっているのではないかという気がします。
そんな風に考えながら未だ呆然としているNECの社員達を見ていると、またすぐ閃くものがありました。すでに深入りし過ぎではないかという懸念もありましたが、この機会を逃したら絶対に後悔するという好奇心が勝り、続けざまにこんなことも敢えて話してみました。
「明治天皇同様、昭和天皇も日本と中国との戦争を主導したわけではありませんよ」
「では、誰が戦争を起こしたのですか?」
「それは恐らくあなた方が嫌いな、私もあまり評価していませんが、東条英機を始めとした軍人達です」
そういって、東条の名前をノートに書いて見せた。
「昭和天皇はむしろ戦争には否定的な気持ちを持っており、それが最後の最後で戦争を続けようとする軍人を抑えて終戦に結びつけたのだと私は考えております」
個人的な意見として、よく日中の歴史問題となると南京大虐殺があったのかどうなのかばかりが議論となりますが、こうした大きな問題を議論する以前に外堀とも言うような基本的な歴史的事実の点においても双方誤解している箇所が少なくなく、まずはこうした溝を埋めるのが先なのではないかと考えています。
話は戻り、やはり昭和天皇は中国で嫌われているのかと聞いたところ嫌われていると返って来て、明治天皇に関しては欧米列強が押し寄せる中で、急速な日本の近代化を指導したとして高く評価する一方、その後の軍国主義の基礎を作ったとして半々の評価だそうです。
こうして歴史認識の差異について盛り上がっている中、唐突にレッスン終了の時間がきてしまいました。知識層にあたる相手とゆっくり話す事が出来たので本音ではもっとあれこれ情報を引き出したかったのですが、さすがにずっと話しているわけにはいきません。
レッスン参加者は最後にレッスンの報告書みたいなものを書くのですが、ちょっと後ろから盗み見した所、レッスンの先生に対する評価において五段階でみんな一番高い五をつけてくれていました。本人からすると、やはりうれしいものです。
2009年12月21日月曜日
谷口ジロー氏のフランス漫画書き下ろしについて
・谷口ジローさん 仏語で書き下ろし作品 “漫画化”のベテラン、新境地(産経新聞)
何かとタイムリーなニュースだったので、ちょっとここでも取り上げる事にしました。
ニュースの内容は漫画家の谷口ジロー氏がフランス語の漫画を新たに書き下ろしたことについて報道しているニュースです。日本で出版された漫画が海外で翻訳されるという事は今の時代ではそう珍しくないのですが、今回のように日本の漫画家が初めから海外で作品を書き下ろして現地で出版されるということはこれまでほとんどなく、海外での日本漫画の高い評価とともにそのような需要があるというフランス事情を伺わせるニュースです。
この漫画家の谷口ジロー氏というと、ネット上でよく画像ネタや台詞回しの引用が多い「孤独のグルメ」という作品が一番知られているかと思います。私もそのようなネットでの改変ネタからこの作品を知ったのですが、一言で言って一回見たら癖になる絵柄と言うか、緻密でありながら漫画らしさを失わっていない写実性のある絵で、詳しい内容は知らないくせに以前から興味を持っていた漫画でした。ちなみに、最近一番ツボにはまったのは以下のサイトでの改変です。
・【ネタ絵】孤独の冒険(DLab.)
実は私は先月にこの谷口氏の作品を折角だからこの際購入して読んで見ようか思い立ち、購入する前に私より歳下にもかかわらずやけに趣味が古い友人にこの話を振ってみた所、案の定谷口氏の漫画をよく読んでおり、谷口氏の傑作と呼ばれる「坊ちゃんの時代」も読むように薦められました。その友人の言う事なのだからきっといい漫画に違いないだろうと「孤独のグルメ」と合わせてまとめて買いましたが、結論から言えば確かに面白い内容でした。全体的には事実に基づいて書いているもののフィクションの部分も多く、もしかしたら読者が事実だと誤認してしまうような箇所も多いとは感じましたが、それでも作品全体の完成度は高く、谷口氏の緻密な絵柄が明治時代の情景を深く表現しているのにはため息が出ました。「孤独のグルメ」でもそうですが、街並みという背景表現において谷口氏の描く絵がこれまで見てきた中で最も上手に思えます。
またもうひとつ、この「坊ちゃんの時代」を改めて読んだことで意外な発見、というより再会を果たす事が出来ました。実はこの「坊ちゃんの時代」の第二部、森鴎外が主人公の「秋の舞姫」を私は以前にも読んだ事がありました。今回改めて読むまであの時に読んだ漫画がこの「坊ちゃんの時代」だとは全く覚えておらず、確か読んだのはそれこそ十年近く前だったとは思いますが作品の内容はしっかりと覚えており、森鴎外の名を見るたびに昔にあんな漫画を読んだなと思い出すほど印象深い作品でした。
思えば私が森鴎外を贔屓にしだしたのも、この作品からだったような気がします。
なお谷口氏は鳥取県の出身だそうですが、鳥取には他にも私が尊敬してやまない「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる氏、「名探偵コナン」の青山剛晶氏の出身地でもあります。人口が少ない割にはやけに漫画家を輩出しているわけですが、私自身鳥取とは縁があるのでこのままの勢いで島根に負けず頑張ってもらいたいです。あとどうでもいいけど、鳥取県はカレールーの消費量が全国で一番高いのも不思議です。
何かとタイムリーなニュースだったので、ちょっとここでも取り上げる事にしました。
ニュースの内容は漫画家の谷口ジロー氏がフランス語の漫画を新たに書き下ろしたことについて報道しているニュースです。日本で出版された漫画が海外で翻訳されるという事は今の時代ではそう珍しくないのですが、今回のように日本の漫画家が初めから海外で作品を書き下ろして現地で出版されるということはこれまでほとんどなく、海外での日本漫画の高い評価とともにそのような需要があるというフランス事情を伺わせるニュースです。
この漫画家の谷口ジロー氏というと、ネット上でよく画像ネタや台詞回しの引用が多い「孤独のグルメ」という作品が一番知られているかと思います。私もそのようなネットでの改変ネタからこの作品を知ったのですが、一言で言って一回見たら癖になる絵柄と言うか、緻密でありながら漫画らしさを失わっていない写実性のある絵で、詳しい内容は知らないくせに以前から興味を持っていた漫画でした。ちなみに、最近一番ツボにはまったのは以下のサイトでの改変です。
・【ネタ絵】孤独の冒険(DLab.)
実は私は先月にこの谷口氏の作品を折角だからこの際購入して読んで見ようか思い立ち、購入する前に私より歳下にもかかわらずやけに趣味が古い友人にこの話を振ってみた所、案の定谷口氏の漫画をよく読んでおり、谷口氏の傑作と呼ばれる「坊ちゃんの時代」も読むように薦められました。その友人の言う事なのだからきっといい漫画に違いないだろうと「孤独のグルメ」と合わせてまとめて買いましたが、結論から言えば確かに面白い内容でした。全体的には事実に基づいて書いているもののフィクションの部分も多く、もしかしたら読者が事実だと誤認してしまうような箇所も多いとは感じましたが、それでも作品全体の完成度は高く、谷口氏の緻密な絵柄が明治時代の情景を深く表現しているのにはため息が出ました。「孤独のグルメ」でもそうですが、街並みという背景表現において谷口氏の描く絵がこれまで見てきた中で最も上手に思えます。
またもうひとつ、この「坊ちゃんの時代」を改めて読んだことで意外な発見、というより再会を果たす事が出来ました。実はこの「坊ちゃんの時代」の第二部、森鴎外が主人公の「秋の舞姫」を私は以前にも読んだ事がありました。今回改めて読むまであの時に読んだ漫画がこの「坊ちゃんの時代」だとは全く覚えておらず、確か読んだのはそれこそ十年近く前だったとは思いますが作品の内容はしっかりと覚えており、森鴎外の名を見るたびに昔にあんな漫画を読んだなと思い出すほど印象深い作品でした。
思えば私が森鴎外を贔屓にしだしたのも、この作品からだったような気がします。
なお谷口氏は鳥取県の出身だそうですが、鳥取には他にも私が尊敬してやまない「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる氏、「名探偵コナン」の青山剛晶氏の出身地でもあります。人口が少ない割にはやけに漫画家を輩出しているわけですが、私自身鳥取とは縁があるのでこのままの勢いで島根に負けず頑張ってもらいたいです。あとどうでもいいけど、鳥取県はカレールーの消費量が全国で一番高いのも不思議です。
2009年12月20日日曜日
北京留学記~その二五、NEC中国人社員①
また大分時間が空いての北京留学記です。このところ時期的に急いで書かないといけない内容が多くてなかなか取り掛かれてませんが、このまま年末にラッシュをかけてなんとかこの連載を今年中に終わらせたいものです。
それでは早速本題ですが、前回の連載記事では私が旅行の帰途であった青島のサラリーマンとの会話を紹介しましたが、今回も同じくサラリーマンで、NRCの中国法人に勤める中国人社員との会話です。
何故NECの社員と会話する機会ががあったのかというと、留学も終わりに近づいた2006年7月に、私より一足先に日本に帰るある日本人留学生仲間から自分のかわりにバイトに出てくれと頼まれた事がきっかけでした。そのバイトというのもNECの中国人社員と日本語で会話して、彼らに日本語のレッスンを行うというバイトでした。
このバイトでやる事はそれこそ日本語で適当に話すだけで、会話する中国人社員らも日本での研修を一年近くやってきているのでみんな辞書さえ間にはさめば問題なく会話できるレベルです。一回のレッスンで日本人一人に対して四、五人の中国人が入り、夕方六時から一回約二時間で私は二回ほど代理で出る事にしました。
まず一回目のレッスンについてですが、この時はNEC側から話題のテーマが「熟語」とあらかじめ決められていたので、私は「完璧」や「矛盾」といった中国発祥の故事成語の一部は日本語にも完全に定着している事を話し、その故事成語がことわざや慣用句とはどう違うのかというのを説明していました。ただこういう熟語ネタだと話すネタもすぐ尽きてしまい、最後の方は何故だか日本の大学制度について説明したりしてました。案外わかりそうでわかりづらい内容なためか、向こうも向こうで真剣に聞いているようでした。
また最後には三国志の話題に及び、日本では曹操が人気だと教えたところ思った通り、「何で?」と彼らから聞き返されました。そこで私は日本人は自分で意思決定をするのが苦手で、歴史の上では織田信長のような独断専行型の人間を割と好む傾向があるのではと説明したところ、「ああ、なるほど」というような表情をしたように私は見えました。そしたら一人の方がおもむろにノートを取り出し、
「中国ではこの人が人気ですよ」
と言って、「馬超」とノートに書いてくれました。聞いてはいたが、やはり人気であったか「錦馬超」。
そしてこのバイトの二回目、かねてから好不調の波の激しい私ですがこの二回目のレッスンの日は非常に調子がよく、レッスンを受けた中国人社員からとても面白い内容が聞きだすことが出来ました。もうすでにこの会話をしてから三年もの月日を経過しておりますが、ここで書き出す内容は現在においても中国を知る上で非常に役に立つ情報だと自信を持って自負できます。
前回通りにレッスンは六時から始められたものの、彼らも本業の仕事があるために開始当初のテーブルについていたのは三人だけで、後から一人加わって合計四人でした。なお前回は一人女性社員が入っていたものの、今回は全員男性でした。この二回目のレッスンでは前回戸は違って議題は自由とされ、最初はそれこそ何から話したものやらとお互いに手間取ったものの無難に私の自己紹介から始めることにしました。
「私は日本の大学生で、中国語だけを学ぶためにこちらへ留学に来ました。ここ数年のうちに中国語は日本人にとって非常に魅力的な語学科目になり、韓国人と一緒になって今も通っている北京語言大学に毎年たくさん来ております」
というような感じだったと思います。すると向こうから、中国人にとっても日本語は需要の高い外国語で、たくさんの人間が学んでいると返ってきました。そこで部外者というか第三者というか、中国での韓国語の需要はどうよと私から聞いてみると、やはり中国人に人気はないそうです。
韓国も近年は中国との取引が急増して中国語の需要は高いものの、日中と違ってその需要は生憎片思いだそうです。日本ほど貿易額が大きくないという経済的な問題もあるものの、それ以上に中国ではかつて満州のあった東北部にいくと今でもたくさんの中国籍の朝鮮民族が住んでおり、韓国人との会話は彼らがやってくれるために韓国語の需要は低いとのことです。
こうして語学の需要について簡単に話した後、先ほど私が大学生なんて言うもんだから専攻は何かと続けて聞かれ、隠す必要もないので社会学だと答えたついでにレッスン参加者にも聞き返してみると、みんな異口同音にプログラミングだと答えました。
NECに勤めているんだから当たり前といえばそうですが、これは私の印象ですが、日本ではそうそう専攻がプログラミングだと答える人はあまりいないように思います。今に始まるわけではありませんが中国では投資資金が少なくて済む事からIT分野、とくにプログラミングを筆頭とするソフトウェア産業に力を入れていると聞いており、現に日本のNECがこうして中国人社員を採用してこうして日本語も教育しているのをみると中国のこの方面は相当なレベルなのではないかという気がしました。
話は戻り、専攻の話をしたのだから日本の大学生についても簡単に話をしました。多少私の偏見も入っていますが、日本の大学は入るのは大変だが入ってしまえば遊んでいるだけで卒業できてしまうと教えて、中国はどうだと聞いてみたところ、そっちは日本と違って勉強が大変だったとこちらも口をそろえて言っていました
そんな風に話していると、一人が口を挟んでこのような質問を出してきました。
「日本人はいつもすごい真面目で、どんな時に羽目をはずすんですか?」
なかなか面白い質問が来たと思い、私も俄然力を入れて以下の通りに返答しました。
「よく、日本人とドイツ人は性質が似ていると言われますよね」
「はい」
「ドイツ人も普段はすごい真面目だと言われていますがお酒を飲むとすごいだらしなくなるそうで、日本人も同じく酒の場では多少の無礼も許されます。逆に中国では酒の席といえど一時でもだらしない素振りを絶対に見せてはいけませんが、私が思うにドイツと日本ではその辺が緩いように思えます。これは恐らくドイツ人も日本人もやる時はやる、羽目をはずす時ははずすという切り替えが徹底されているからで、一見真面目そうに見えますが羽目を外す時に思い切り外してバランスを取っているのではないでしょうか」
実はこの会話文にはいくつか鎌を掛けた箇所があります。それは最初の私の切り出し箇所で、中国人は日本人とドイツ人を一緒に真面目な民族と見ているかどうかです。
よく日本人は自分でクラフトマンシップとか真面目さとかで自分達をドイツ人と比較する所がありますが、果たして外国の人間はどう思っているのか前から気になっており、ちょっとそれを確認する意味を込めて切り出したところやっぱりすぐに肯定してくれました。
そして質問に対する返答の本論ですが、これから中国に行こうと言う方にはぜひ知っておいてもらいたいのですが、中国では宴会においてもはっちゃけた行為は一切許されず、大声をあげたり女性にセクハラをかますものなから物凄い非難を浴びる事になります。皮肉な事ですが、これを理解していないのが日本人と韓国人の留学生で、向こうでも留学生のマナーとして一部問題化しております。
それを踏まえたうえで日本人の切り替え方の大きさを説明したのですが、この説明で理解してくれるのか少し不安ではあったものの概ね向こうも納得してくれているようでした。まぁこのレッスン参加者全員が約一年程度の日本の研修があったことを考慮すれば、決して無理な説明ではないでしょうけど。
すると今度は別の方から続けてこの関連で質問を受け、私もまた下記の通り答えました。
「(・ω・)/あの、日本人は……どんな風にお酒でだらしなくなるのですか?」
「(´∀` )そうですねぇ。私が以前にアルバイトをしていた喫茶店では、こういったテーブルの上で突然横になって寝始める人がいました」
「(;´Д`)えぇ……(本気で驚いていた)。その、日本人は切り替えというか、羽目をはずす時とそうでない時を分ける、そういう風な教育を受けているのでしょうか?」
「多分、日本人も意識はしていないでしょうが、私が小学生の頃などは先生がよく、遊ぶ時は遊ぶ、勉強する時は勉強するというようなことをよく言われており、他の日本人もこういった言葉を社会で使う事があります。そう考えると、子供の頃からこういった切り替えを知らず知らずに学んでいるのではないかと思います」
あくまで上記の私の返答は私個人の考えですが、このところ書いている記事といい、つくづく日本人は節操がないなという気がします。中国人は欲望に対して素直すぎるけど。
ここまで話したところで、ふと気がついて自分の日本語を話すスピードは聞き取りに問題はないかと尋ねた所、少し話すのが早いものの発音ははっきりしているのでまだ聞き取りやすいと返って来ました。同じ日本人からもよく早口と言われるなのでさもありなんですが、外国人に聞き取りやすい発音と言われるとやはりうれしいものです。
「ところで、卒業後はどんな仕事をするのですか?」
ここで唐突に、仕事の話へと移りました。
本音ではジャーナリストになりたいとこの時から志望を持っていたものの進学先が関西の大学だったと言う事でほとんどあきらめており、わからないけど中国語が役に立つ所と来ればメーカーだからそこで営業の仕事でも探そうと思うと伝えた所、多少は覚悟していたものの、「文系なのにメーカー?」と聞かれてしまいました。
ここでまた以前から確認したいと思っていた事を思い出し、もののついでに日本の会社トップ、及び政治家はみんな文系だと教えたところ、案の定レッスン参加者はみんなして驚いてくれました。しかもただ「そうなんだ(´・∀・`)ヘー」っていうレベルじゃなく、「マジっΣ(゚Д゚;)」っていうくらいの驚きようだったので、見ているこっちが面白かった程です。
何故彼らがこれほどまでに驚いたのかと言うと、中国と関わっている方なら当然の事実ですが、中国の各界のトップというのはみんな揃って理系出身なのです。かつての日本でもそうだったように現在の中国では技術職系の人材が尊敬される傾向があり、現在の中国首相の温家宝氏は私が通っていた北京語言大学の正面にある中国地質大学の出身で、主席の胡錦濤氏も日本で言えば工学部卒のダムの設計士でした。そんなもんだから、中国人が文系に進学するといろんな意味で後々大変になります。
この話題に対する彼らの食いつきようは凄まじく、私が一言発するたびに子供のように何も言わずにうんうん頷きながら聞いているのが見ていて微笑ましかったです。
そんなわけで書く前から想定していましたが、続きはまだあるもののすでにかなり長くなっているので今日はここまでにします。次回も彼ら二回目のレッスンに参加したNEC社員との会話を紹介しますが、次回で紹介する内容ははっきり言って普通の中国解説本には絶対に載っていない、物凄いレアな情報を公開します。必ずしも役に立つわけではありませんが、中国の歴史とか政治が好きな人には非常に重要な内容なので知っておいてお損はないと保証します。
では、また次回にて。
それでは早速本題ですが、前回の連載記事では私が旅行の帰途であった青島のサラリーマンとの会話を紹介しましたが、今回も同じくサラリーマンで、NRCの中国法人に勤める中国人社員との会話です。
何故NECの社員と会話する機会ががあったのかというと、留学も終わりに近づいた2006年7月に、私より一足先に日本に帰るある日本人留学生仲間から自分のかわりにバイトに出てくれと頼まれた事がきっかけでした。そのバイトというのもNECの中国人社員と日本語で会話して、彼らに日本語のレッスンを行うというバイトでした。
このバイトでやる事はそれこそ日本語で適当に話すだけで、会話する中国人社員らも日本での研修を一年近くやってきているのでみんな辞書さえ間にはさめば問題なく会話できるレベルです。一回のレッスンで日本人一人に対して四、五人の中国人が入り、夕方六時から一回約二時間で私は二回ほど代理で出る事にしました。
まず一回目のレッスンについてですが、この時はNEC側から話題のテーマが「熟語」とあらかじめ決められていたので、私は「完璧」や「矛盾」といった中国発祥の故事成語の一部は日本語にも完全に定着している事を話し、その故事成語がことわざや慣用句とはどう違うのかというのを説明していました。ただこういう熟語ネタだと話すネタもすぐ尽きてしまい、最後の方は何故だか日本の大学制度について説明したりしてました。案外わかりそうでわかりづらい内容なためか、向こうも向こうで真剣に聞いているようでした。
また最後には三国志の話題に及び、日本では曹操が人気だと教えたところ思った通り、「何で?」と彼らから聞き返されました。そこで私は日本人は自分で意思決定をするのが苦手で、歴史の上では織田信長のような独断専行型の人間を割と好む傾向があるのではと説明したところ、「ああ、なるほど」というような表情をしたように私は見えました。そしたら一人の方がおもむろにノートを取り出し、
「中国ではこの人が人気ですよ」
と言って、「馬超」とノートに書いてくれました。聞いてはいたが、やはり人気であったか「錦馬超」。
そしてこのバイトの二回目、かねてから好不調の波の激しい私ですがこの二回目のレッスンの日は非常に調子がよく、レッスンを受けた中国人社員からとても面白い内容が聞きだすことが出来ました。もうすでにこの会話をしてから三年もの月日を経過しておりますが、ここで書き出す内容は現在においても中国を知る上で非常に役に立つ情報だと自信を持って自負できます。
前回通りにレッスンは六時から始められたものの、彼らも本業の仕事があるために開始当初のテーブルについていたのは三人だけで、後から一人加わって合計四人でした。なお前回は一人女性社員が入っていたものの、今回は全員男性でした。この二回目のレッスンでは前回戸は違って議題は自由とされ、最初はそれこそ何から話したものやらとお互いに手間取ったものの無難に私の自己紹介から始めることにしました。
「私は日本の大学生で、中国語だけを学ぶためにこちらへ留学に来ました。ここ数年のうちに中国語は日本人にとって非常に魅力的な語学科目になり、韓国人と一緒になって今も通っている北京語言大学に毎年たくさん来ております」
というような感じだったと思います。すると向こうから、中国人にとっても日本語は需要の高い外国語で、たくさんの人間が学んでいると返ってきました。そこで部外者というか第三者というか、中国での韓国語の需要はどうよと私から聞いてみると、やはり中国人に人気はないそうです。
韓国も近年は中国との取引が急増して中国語の需要は高いものの、日中と違ってその需要は生憎片思いだそうです。日本ほど貿易額が大きくないという経済的な問題もあるものの、それ以上に中国ではかつて満州のあった東北部にいくと今でもたくさんの中国籍の朝鮮民族が住んでおり、韓国人との会話は彼らがやってくれるために韓国語の需要は低いとのことです。
こうして語学の需要について簡単に話した後、先ほど私が大学生なんて言うもんだから専攻は何かと続けて聞かれ、隠す必要もないので社会学だと答えたついでにレッスン参加者にも聞き返してみると、みんな異口同音にプログラミングだと答えました。
NECに勤めているんだから当たり前といえばそうですが、これは私の印象ですが、日本ではそうそう専攻がプログラミングだと答える人はあまりいないように思います。今に始まるわけではありませんが中国では投資資金が少なくて済む事からIT分野、とくにプログラミングを筆頭とするソフトウェア産業に力を入れていると聞いており、現に日本のNECがこうして中国人社員を採用してこうして日本語も教育しているのをみると中国のこの方面は相当なレベルなのではないかという気がしました。
話は戻り、専攻の話をしたのだから日本の大学生についても簡単に話をしました。多少私の偏見も入っていますが、日本の大学は入るのは大変だが入ってしまえば遊んでいるだけで卒業できてしまうと教えて、中国はどうだと聞いてみたところ、そっちは日本と違って勉強が大変だったとこちらも口をそろえて言っていました
そんな風に話していると、一人が口を挟んでこのような質問を出してきました。
「日本人はいつもすごい真面目で、どんな時に羽目をはずすんですか?」
なかなか面白い質問が来たと思い、私も俄然力を入れて以下の通りに返答しました。
「よく、日本人とドイツ人は性質が似ていると言われますよね」
「はい」
「ドイツ人も普段はすごい真面目だと言われていますがお酒を飲むとすごいだらしなくなるそうで、日本人も同じく酒の場では多少の無礼も許されます。逆に中国では酒の席といえど一時でもだらしない素振りを絶対に見せてはいけませんが、私が思うにドイツと日本ではその辺が緩いように思えます。これは恐らくドイツ人も日本人もやる時はやる、羽目をはずす時ははずすという切り替えが徹底されているからで、一見真面目そうに見えますが羽目を外す時に思い切り外してバランスを取っているのではないでしょうか」
実はこの会話文にはいくつか鎌を掛けた箇所があります。それは最初の私の切り出し箇所で、中国人は日本人とドイツ人を一緒に真面目な民族と見ているかどうかです。
よく日本人は自分でクラフトマンシップとか真面目さとかで自分達をドイツ人と比較する所がありますが、果たして外国の人間はどう思っているのか前から気になっており、ちょっとそれを確認する意味を込めて切り出したところやっぱりすぐに肯定してくれました。
そして質問に対する返答の本論ですが、これから中国に行こうと言う方にはぜひ知っておいてもらいたいのですが、中国では宴会においてもはっちゃけた行為は一切許されず、大声をあげたり女性にセクハラをかますものなから物凄い非難を浴びる事になります。皮肉な事ですが、これを理解していないのが日本人と韓国人の留学生で、向こうでも留学生のマナーとして一部問題化しております。
それを踏まえたうえで日本人の切り替え方の大きさを説明したのですが、この説明で理解してくれるのか少し不安ではあったものの概ね向こうも納得してくれているようでした。まぁこのレッスン参加者全員が約一年程度の日本の研修があったことを考慮すれば、決して無理な説明ではないでしょうけど。
すると今度は別の方から続けてこの関連で質問を受け、私もまた下記の通り答えました。
「(・ω・)/あの、日本人は……どんな風にお酒でだらしなくなるのですか?」
「(´∀` )そうですねぇ。私が以前にアルバイトをしていた喫茶店では、こういったテーブルの上で突然横になって寝始める人がいました」
「(;´Д`)えぇ……(本気で驚いていた)。その、日本人は切り替えというか、羽目をはずす時とそうでない時を分ける、そういう風な教育を受けているのでしょうか?」
「多分、日本人も意識はしていないでしょうが、私が小学生の頃などは先生がよく、遊ぶ時は遊ぶ、勉強する時は勉強するというようなことをよく言われており、他の日本人もこういった言葉を社会で使う事があります。そう考えると、子供の頃からこういった切り替えを知らず知らずに学んでいるのではないかと思います」
あくまで上記の私の返答は私個人の考えですが、このところ書いている記事といい、つくづく日本人は節操がないなという気がします。中国人は欲望に対して素直すぎるけど。
ここまで話したところで、ふと気がついて自分の日本語を話すスピードは聞き取りに問題はないかと尋ねた所、少し話すのが早いものの発音ははっきりしているのでまだ聞き取りやすいと返って来ました。同じ日本人からもよく早口と言われるなのでさもありなんですが、外国人に聞き取りやすい発音と言われるとやはりうれしいものです。
「ところで、卒業後はどんな仕事をするのですか?」
ここで唐突に、仕事の話へと移りました。
本音ではジャーナリストになりたいとこの時から志望を持っていたものの進学先が関西の大学だったと言う事でほとんどあきらめており、わからないけど中国語が役に立つ所と来ればメーカーだからそこで営業の仕事でも探そうと思うと伝えた所、多少は覚悟していたものの、「文系なのにメーカー?」と聞かれてしまいました。
ここでまた以前から確認したいと思っていた事を思い出し、もののついでに日本の会社トップ、及び政治家はみんな文系だと教えたところ、案の定レッスン参加者はみんなして驚いてくれました。しかもただ「そうなんだ(´・∀・`)ヘー」っていうレベルじゃなく、「マジっΣ(゚Д゚;)」っていうくらいの驚きようだったので、見ているこっちが面白かった程です。
何故彼らがこれほどまでに驚いたのかと言うと、中国と関わっている方なら当然の事実ですが、中国の各界のトップというのはみんな揃って理系出身なのです。かつての日本でもそうだったように現在の中国では技術職系の人材が尊敬される傾向があり、現在の中国首相の温家宝氏は私が通っていた北京語言大学の正面にある中国地質大学の出身で、主席の胡錦濤氏も日本で言えば工学部卒のダムの設計士でした。そんなもんだから、中国人が文系に進学するといろんな意味で後々大変になります。
この話題に対する彼らの食いつきようは凄まじく、私が一言発するたびに子供のように何も言わずにうんうん頷きながら聞いているのが見ていて微笑ましかったです。
そんなわけで書く前から想定していましたが、続きはまだあるもののすでにかなり長くなっているので今日はここまでにします。次回も彼ら二回目のレッスンに参加したNEC社員との会話を紹介しますが、次回で紹介する内容ははっきり言って普通の中国解説本には絶対に載っていない、物凄いレアな情報を公開します。必ずしも役に立つわけではありませんが、中国の歴史とか政治が好きな人には非常に重要な内容なので知っておいてお損はないと保証します。
では、また次回にて。
どうでもいい英文
本当はこういうネタはツイッターとかでやるべきなのでしょうが、このまえふと思いついてYAHOO翻訳で作ったので折角だから公開します。
The Asura man sang Pajna-para-mita sutra to oneself pleasantly while licking the candy while chewing gum.
訳:そのアシュラマンはキャンディーを舐めながら、ガムを噛みながら般若心経を心地よく口ずさんだ。
顔が三つあるんだから、こういうことも可能だろうなと思って作りました。なんか最近、疲れているのだろうか……。
The Asura man sang Pajna-para-mita sutra to oneself pleasantly while licking the candy while chewing gum.
訳:そのアシュラマンはキャンディーを舐めながら、ガムを噛みながら般若心経を心地よく口ずさんだ。
顔が三つあるんだから、こういうことも可能だろうなと思って作りました。なんか最近、疲れているのだろうか……。
2009年12月19日土曜日
書評「日本辺境論」
今朝は予定通りに七時半から自転車に乗って十数キロ先の街まで走ってきました。戻ってくる途中で銭湯で朝風呂するなどブルジョア全開でしたが、出発時はあまりの寒さで肺が冷えて呼吸するのも辛かったです。
そんな私事は置いといて本題に入りますが、今日はこの前にもちょこっとだけ紹介した内田樹氏の「日本辺境論」(新潮新書)の書評+αです。ちなみに「にほんへんきょうろん」とキーボードで打つといつも「日本偏狭論」と変換されてしまうのですが、あながち本の内容からも遠くない変換です。
まずこの本の概要を簡単に説明すると、日本人と日本文化というのは言わばアメーバのように本質がなく、常に変化をし続けていて何一つ全く変わらない価値観というものがない、ということが全体を通して書かれています。
そうは言っても日本の伝統建築や茶道といった文化、武士道という価値観があるではないかと思う方もおられるかもしれませんが、ここで言うのもなんですが実はこれらの文化もこれまでに結構変わりまくっています。
まず伝統建築については確かに法隆寺みたいにずっと残り続けているものもありますが、日本の家屋の形態は木造建築が主ではあるものの時代ごとに流行があり、仏寺の構成も決して一定ではありません。そして茶道も一見すると千利休によって成立以後は決まった作法がずっと続けられているかと思われがちですが、当初の形態だとお茶を飲む時は現在のように正座ではなく胡坐だったそうです。
そして極め付けが武士道ですが、新渡戸稲造なんかはこれが日本の伝統的倫理観だと強く主張したもののこれも時代ごとに影響を受けて変わり続けており、いわばその時代の理想形をなんでもかんでも武士道と言い張る所が日本人にはあるように私は思えます。こんなこと言うと、藤原正彦氏には悪いんだけど。
こんな具合で内田氏は日本人は根っことなる概念、いわば自ら作り出して保持し続ける概念がこれまでも現在もないと主張しており、それは以前に書いた「日本語のマルチな特徴」にも取り上げているように漢字を使う一方で平気で勝手に平仮名などを作ってしまった日本語にも現れていると述べています。
それがため国際概念についても基本的には自前で組み立てる事は出来ず、いつも他国の枠組みの上で日本と言う位置を決めたがる所があるとなかなか重要な指摘をしております。具体的にこれはどういうことかというと、自分(=日本)を主人公として世界をどのような方向に持って行くのか、そのためにはどのような外交をすればいいのかという組み立て方をせず、他国の世界戦略の中で日本をどの位置に持っていくのかと考えるという事です。
具体的な例をいくつか出すと、まず明治時代においては日本を如何に西洋列強と同じ位置に持っていくかということだけを考え、その後の昭和前期は日本をかつての中国の柵封体制の概念において首領たる中国の位置に置こうとして、そして冷戦時代になるとアジアにおけるアメリカの橋頭堡であり続けようという外交方針が立てられています。このどれもが言ってはなんですが主体性は低く、日本のオリジナルな世界戦略というものが見えてきません。ついでに書くと石原莞爾の「世界最終戦総論」も実際には当時世界で流行していた考え方らしく、決して石原の完全オリジナルな戦略というわけじゃなかったそうです。
ではこんなに確固たる価値概念が少なくて、現代でも流行に振り回されて婚活ビジネスにお金を巻き上げられるのが多いくらいふにゃふにゃした日本人は一体どうやって物事の正否を決めているのかというと内田氏は、こちらも私が以前に「空気の読み方、呑まれ方」で触れましたが、いわば場の空気によって決めてしまうと述べています。
いくら理不尽な事でも周りがそれを当然だと思えば平気で受け入れてしまうところが日本人にあり、そのため自分の行動が正しいかどうか日本人は常に周りをきょろきょろしていると指摘した上で、それがゆえに先ほどの国際外交のように自分で概念を作れないのだと内田氏は主張しています。
ただ内田氏はこのような日本人の特徴を決して悪いと批判せず、逆にそれだからこそ大きな利点があるとも述べており、特にそれが出ているのが学びの姿勢にあるとしています。日本人は師匠やら先生から教えを受ける際にその教えが一体どのような効果を持って、またどれほど効率的なのかを一切尋ねませんし、たとえ自分が他に効率的と思える訓練を知っていても黙っててくれます。このような学ぶ姿勢は教えに疑問を抱く者に比べて吸収がよく、ひいては日本人全体の適応力にもつながっているというわけです。
実際にこれは私からの付け足しですが、内田氏の言うように私も日本の適応力、というよりはキャッチアップする力は相当高いと見ています。明治時代の日本を含むアジア諸国を比べてみると、日本は自分達より西欧諸国の方が優れていると見るや自分からちょんまげを切り落としてぱっぱと変わっていったのに対し、中国(当時は清)や韓国はなかなか自国文化への信頼を捨てきれず、西欧式に改めようとする傍から反動派が巻き返しを図って、結果論ですがほぼすべての改革が水泡に帰してしまっています。そういった例と比べると、この明治の時代といい昭和の戦後といい、日本人の引き返して追いつくという力は素直に評価していいと思います。その分、キャッチアップ後には迷走し始めるところが少なからずある気がしますが。
とまぁこんな感じの本でそこそこお薦めなのですが、内田氏はこの本で日本人の本質のない性格をアメーバのようにと言いましたが、私は以前から徳川慶喜のような人間を背骨(バックボーン)のない人間と呼んでいたのでこれからの表現はこっちに切り替えます。ちなみにこの表現は溥傑氏が兄を表現した時に使った言葉で、初見で気に入って今でもよく使っています。
話は戻ってこの背骨のない日本人の性格についてですが、実は内田氏以前にもこれをはっきりと認識していたばかりか相当に研究をしていた連中がいて、何を隠そうアメリカ政府でした。アメリカ政府は太平洋戦争末期になると終戦後の日本の統治方法についてかなり早くから日本の専門家を集めて研究をしており、この様な日本人の特徴も掴んでいたそうです。逆にわかっていたがゆえに、一体どうやってこんないい加減な連中を従わせればいいのか、下手すれば一気に社会主義に流れてしまうのではないかといろいろ悩んだそうなのですが、作家の佐藤優氏によるとある一点において日本人は大昔から現在に至るまで特有ともいえるある民族性を持っていることにアメリカは気がついたそうです。その民族性というのも、日本人の天皇への崇拝です。
よく昭和天皇がマッカーサーを訪問した際の謙虚な態度にマッカーサーが感動し、天皇の戦争責任を問わないと決意したと言われていますが、断言してもいいですが天皇制の保護は終戦前の時点で決まっていたことでした。アメリカは日本人が天皇に対してのみ歴史的にも一貫した態度を取っている事から天皇制の保護が占領政策で一番重要になると考え、ソ連を始めとした処罰論を封じ込めて保護し、自らの統治に利用したわけです。
何故背骨のない日本人は歴史的にも天皇制に対してずっと同じ態度を貫き続けているかについて佐藤氏は、まさに日本独特ともいえる、権威と権力の分離を行うという知恵を用いたからだと説明しています。
この権威と権力の分離というのは、天皇というのはいわば権力に対してお墨付きを与える権威であって、実際に政策を決めて実行する権力は藤原氏、鎌倉幕府、室町幕府、徳川幕府、明治政府と変わることはあっても、以前の勢力を倒して新たに実権を握ろうとする新規勢力は自らの権力に正当性を持たせるために権威である天皇を利用しなければならず、それがために天皇制を廃止しようとする勢力はほとんど現れなかったと佐藤氏は主張しています。なんだったら、明治政府の後にはアメリカ政府と付け加えてもいいかもしれないなぁ。
アメリカでは大統領が権威と権力を兼ね備えますが、日本はイギリスと同じく両方が分離しています。そしてそのような権威という役割を世界最長といってもいいくらいの千年以上も持ち続けたがゆえに、いい加減な日本人でもここだけは譲れない一点になったのでしょう。
現在、習近平中国副主席との会見問題にて民主党の小沢幹事長の発言がよく取り上げられていますが、見ようによってはあれは菊の尻尾に触れてしまったと見ることも出来ます。私も日本人であるゆえに完全に中立的にはこの問題を語れませんが、ちょっと相手を間違えたなと今回ばかりは思います。
そんな私事は置いといて本題に入りますが、今日はこの前にもちょこっとだけ紹介した内田樹氏の「日本辺境論」(新潮新書)の書評+αです。ちなみに「にほんへんきょうろん」とキーボードで打つといつも「日本偏狭論」と変換されてしまうのですが、あながち本の内容からも遠くない変換です。
まずこの本の概要を簡単に説明すると、日本人と日本文化というのは言わばアメーバのように本質がなく、常に変化をし続けていて何一つ全く変わらない価値観というものがない、ということが全体を通して書かれています。
そうは言っても日本の伝統建築や茶道といった文化、武士道という価値観があるではないかと思う方もおられるかもしれませんが、ここで言うのもなんですが実はこれらの文化もこれまでに結構変わりまくっています。
まず伝統建築については確かに法隆寺みたいにずっと残り続けているものもありますが、日本の家屋の形態は木造建築が主ではあるものの時代ごとに流行があり、仏寺の構成も決して一定ではありません。そして茶道も一見すると千利休によって成立以後は決まった作法がずっと続けられているかと思われがちですが、当初の形態だとお茶を飲む時は現在のように正座ではなく胡坐だったそうです。
そして極め付けが武士道ですが、新渡戸稲造なんかはこれが日本の伝統的倫理観だと強く主張したもののこれも時代ごとに影響を受けて変わり続けており、いわばその時代の理想形をなんでもかんでも武士道と言い張る所が日本人にはあるように私は思えます。こんなこと言うと、藤原正彦氏には悪いんだけど。
こんな具合で内田氏は日本人は根っことなる概念、いわば自ら作り出して保持し続ける概念がこれまでも現在もないと主張しており、それは以前に書いた「日本語のマルチな特徴」にも取り上げているように漢字を使う一方で平気で勝手に平仮名などを作ってしまった日本語にも現れていると述べています。
それがため国際概念についても基本的には自前で組み立てる事は出来ず、いつも他国の枠組みの上で日本と言う位置を決めたがる所があるとなかなか重要な指摘をしております。具体的にこれはどういうことかというと、自分(=日本)を主人公として世界をどのような方向に持って行くのか、そのためにはどのような外交をすればいいのかという組み立て方をせず、他国の世界戦略の中で日本をどの位置に持っていくのかと考えるという事です。
具体的な例をいくつか出すと、まず明治時代においては日本を如何に西洋列強と同じ位置に持っていくかということだけを考え、その後の昭和前期は日本をかつての中国の柵封体制の概念において首領たる中国の位置に置こうとして、そして冷戦時代になるとアジアにおけるアメリカの橋頭堡であり続けようという外交方針が立てられています。このどれもが言ってはなんですが主体性は低く、日本のオリジナルな世界戦略というものが見えてきません。ついでに書くと石原莞爾の「世界最終戦総論」も実際には当時世界で流行していた考え方らしく、決して石原の完全オリジナルな戦略というわけじゃなかったそうです。
ではこんなに確固たる価値概念が少なくて、現代でも流行に振り回されて婚活ビジネスにお金を巻き上げられるのが多いくらいふにゃふにゃした日本人は一体どうやって物事の正否を決めているのかというと内田氏は、こちらも私が以前に「空気の読み方、呑まれ方」で触れましたが、いわば場の空気によって決めてしまうと述べています。
いくら理不尽な事でも周りがそれを当然だと思えば平気で受け入れてしまうところが日本人にあり、そのため自分の行動が正しいかどうか日本人は常に周りをきょろきょろしていると指摘した上で、それがゆえに先ほどの国際外交のように自分で概念を作れないのだと内田氏は主張しています。
ただ内田氏はこのような日本人の特徴を決して悪いと批判せず、逆にそれだからこそ大きな利点があるとも述べており、特にそれが出ているのが学びの姿勢にあるとしています。日本人は師匠やら先生から教えを受ける際にその教えが一体どのような効果を持って、またどれほど効率的なのかを一切尋ねませんし、たとえ自分が他に効率的と思える訓練を知っていても黙っててくれます。このような学ぶ姿勢は教えに疑問を抱く者に比べて吸収がよく、ひいては日本人全体の適応力にもつながっているというわけです。
実際にこれは私からの付け足しですが、内田氏の言うように私も日本の適応力、というよりはキャッチアップする力は相当高いと見ています。明治時代の日本を含むアジア諸国を比べてみると、日本は自分達より西欧諸国の方が優れていると見るや自分からちょんまげを切り落としてぱっぱと変わっていったのに対し、中国(当時は清)や韓国はなかなか自国文化への信頼を捨てきれず、西欧式に改めようとする傍から反動派が巻き返しを図って、結果論ですがほぼすべての改革が水泡に帰してしまっています。そういった例と比べると、この明治の時代といい昭和の戦後といい、日本人の引き返して追いつくという力は素直に評価していいと思います。その分、キャッチアップ後には迷走し始めるところが少なからずある気がしますが。
とまぁこんな感じの本でそこそこお薦めなのですが、内田氏はこの本で日本人の本質のない性格をアメーバのようにと言いましたが、私は以前から徳川慶喜のような人間を背骨(バックボーン)のない人間と呼んでいたのでこれからの表現はこっちに切り替えます。ちなみにこの表現は溥傑氏が兄を表現した時に使った言葉で、初見で気に入って今でもよく使っています。
話は戻ってこの背骨のない日本人の性格についてですが、実は内田氏以前にもこれをはっきりと認識していたばかりか相当に研究をしていた連中がいて、何を隠そうアメリカ政府でした。アメリカ政府は太平洋戦争末期になると終戦後の日本の統治方法についてかなり早くから日本の専門家を集めて研究をしており、この様な日本人の特徴も掴んでいたそうです。逆にわかっていたがゆえに、一体どうやってこんないい加減な連中を従わせればいいのか、下手すれば一気に社会主義に流れてしまうのではないかといろいろ悩んだそうなのですが、作家の佐藤優氏によるとある一点において日本人は大昔から現在に至るまで特有ともいえるある民族性を持っていることにアメリカは気がついたそうです。その民族性というのも、日本人の天皇への崇拝です。
よく昭和天皇がマッカーサーを訪問した際の謙虚な態度にマッカーサーが感動し、天皇の戦争責任を問わないと決意したと言われていますが、断言してもいいですが天皇制の保護は終戦前の時点で決まっていたことでした。アメリカは日本人が天皇に対してのみ歴史的にも一貫した態度を取っている事から天皇制の保護が占領政策で一番重要になると考え、ソ連を始めとした処罰論を封じ込めて保護し、自らの統治に利用したわけです。
何故背骨のない日本人は歴史的にも天皇制に対してずっと同じ態度を貫き続けているかについて佐藤氏は、まさに日本独特ともいえる、権威と権力の分離を行うという知恵を用いたからだと説明しています。
この権威と権力の分離というのは、天皇というのはいわば権力に対してお墨付きを与える権威であって、実際に政策を決めて実行する権力は藤原氏、鎌倉幕府、室町幕府、徳川幕府、明治政府と変わることはあっても、以前の勢力を倒して新たに実権を握ろうとする新規勢力は自らの権力に正当性を持たせるために権威である天皇を利用しなければならず、それがために天皇制を廃止しようとする勢力はほとんど現れなかったと佐藤氏は主張しています。なんだったら、明治政府の後にはアメリカ政府と付け加えてもいいかもしれないなぁ。
アメリカでは大統領が権威と権力を兼ね備えますが、日本はイギリスと同じく両方が分離しています。そしてそのような権威という役割を世界最長といってもいいくらいの千年以上も持ち続けたがゆえに、いい加減な日本人でもここだけは譲れない一点になったのでしょう。
現在、習近平中国副主席との会見問題にて民主党の小沢幹事長の発言がよく取り上げられていますが、見ようによってはあれは菊の尻尾に触れてしまったと見ることも出来ます。私も日本人であるゆえに完全に中立的にはこの問題を語れませんが、ちょっと相手を間違えたなと今回ばかりは思います。
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