2012年2月13日月曜日

日本の社会保障の行方

 前回更新から大分日が経ってしまいましたが、どうにかまた再開できました。ちょうど先週がいろいろと山場だったためにこれからはまた普段のペースを再開できるんじゃないかと思いますが、早速明日にはまた夜中に取材入っているから難しいかも。そういうわけで今日はちょっと力の入ったネタを一本投下しておこうかと思い、日本の社会保障議論について基本論点を整理することにします。

 まず前提条件についてはっきりと指摘しますが、年金をはじめとした現行の社会保障制度の国家は日本が高度経済成長をしていた時期に作成され、当時並みの経済成長を保つことで維持できるように制度設計されております。当時の日本の成長は日本自身の努力というよりは冷戦下という国際環境によるところの方が大きいと私は見ており、ソ連が崩壊した現在においてはどう踏ん張ったって再現できる代物ではないと断言してもいいです。それはつまり、現行の社会保障制度は初めから何をどうしたって維持できるものではなく、もっと早くに制度改革をするべきものだったというわけです。

 この場合の制度改革というのは保障内容の希薄化を指しており、具体的に言うと年金の支払額などや対象者を減少したりするということですが、日本は冷戦が終わってから20年以上も経つにもかかわらず未だに矮小な議論を続け、確かに一部で年金支給年齢の引き上げや一部削減など見直しこそされているものの、抜本的な改革にはとうとう至れておりません。
 しかもこの社会保障の混乱はそれ自体の混乱にとどまらず、日本の経済全体にも大きな悪影響を及ぼしていることも見逃せません。ごくごく簡単な経過を書くと、

・社会保障が維持できる見通しがない→将来のリスクに備えて貯蓄傾向が高まる→消費額が低迷→景気が停滞

 これはほんの一例ですが、細部まで詰めると実に多岐にわたって悪影響を及ぼしており、今も続くデフレの主要因となっている点も見逃せません。じゃあ社会保障をどうすればいいのかですが、一番大事なのは「維持できるシステム」に変えることです。維持できないシステムだと国民に思われているということが一番問題で、内容が何であれ20年先が見えるシステムにすることが肝心要です。
 となると今度はどんな形にすれば維持できるのかという話に移りますが、極論を言えば「どの世代に死んでもらうか」という議論となります。現在私が想定している改革方針としては主に以下の二点に絞られます。

A案:給付額などを徹底的に削減し、年長世代に泣いてもらう
B案:給付額なども相当程度下げるが、一定の給付額を維持するため増税をして現役世代に泣いてもらう

 実に当たり前の議論ですが、今後日本が取るべき道は上の二つ以外にないとこちらも断言してもいいです。中間なんてものはありません。
 では政党は現在どっちの方針で制度改革をしようとしているのかですが、実に情けないというか私の見る限りだと民主党も自民党も、存在するはずのない中間策、誰にも恨まれずにハッピーになれる案を未だに捜しているように見えます。野田首相は増税をして増やした税収分を社会保障へ振り分けると言っていましたが、その一方で子ども手当の支給額を増やすとも発言しており、いわば「増税する代わりに給付額を増やす」という現実を無視、というか実現不可能で維持することのできない案を主張していると私は感じます。自民党は増税はしないがその代わり景気を回復させ、増えた税収分で現行制度を維持すると言っていますが、私は今の社会保障制度に道筋をつけない限りは景気回復も無理なんじゃないかと思っており、順番を履き違えているとこちらも話にならない案だと見ています。

 ではA案とB案のどちらが望ましいのかと言ったらこれはもう、どの世代に属しているかでしか語れないでしょう。私は生憎というか現役世代に属していることもあり、多少の負担増は仕方ないにしても大幅な削減なしには一人唐傘連判状の提出も辞さない覚悟です。さらにこれはひがみだと言われても言い返しませんが、現在の年長世代は若い頃に高度経済成長を謳歌し、簡単に就職できて、毎年昇給をして、自家用車も買えて、住宅ローンも組めれたことを考えると、これらの機会すら得られない自分たちの世代をさらに踏み台にするつもりかという気持ちもあります。年金額が減って将来設計が崩れると主張する方もいるかもしれませんが、将来どころか現在の生活すらままならない自分たちに比べて甘いことを抜かすなと、一人の若者として言わせてもらいます。

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