たまには本職の方面でもと思うので、自動車会社スズキの中国合弁で今起きているごたごたについて書きます。ここだけの話、この件については日本人の中でもトップクラスに事情を把握している自負があります。はっきり言って把握したくなかったけど。
まず事の発端は先月1月、スズキと重慶市本拠の長安汽車の合弁会社、昌河鈴木の工場でストライキが起こりました。このストライキは数日間続いて現地政府を巻き込む大規模なものだったのですが、何故ストライキが起きたのかというと、この昌河鈴木が解散されると報じられたからでした。
詳しい事情を説明する前に中国の自動車業界の構造について簡単に解説します。中国の主要な自動車メーカーというのは基本的に外資こと海外メーカーと提携して合弁会社を作っており、たとえば今一番でかい上海汽車なんかはドイツのフォルクスワーゲン、アメリカのGMと合弁を作っててグループ内で販売している車種のほとんどはこの2社のモデルです。中には一から設計して独自の車種を作ってるメーカーもおりますが、そういった車種は自主ブランド車と呼ばれてそこそこ売れてるのもありますが、ブランド価値ではやはり合弁メーカーの車の方が人気です。
そこでこの中国自動車業界の合弁なのですが、実は一つ大きな制限があります。その制限というのも、海外メーカーは中国のメーカー2社とだけしか合弁が作れない、というもので実際に日系メーカーを例にとると、
・トヨタ:広汽豊田(広州汽車との合弁)、一汽豊田(第一汽車との合弁)
・ホンダ:広汽本田(広州汽車との合弁)、東風本田(東風汽車との合弁)
というように同じ日系メーカーでも中国では販売車種によって合弁先が異なっていることがあり、多分私だけじゃないだろうけど中国関係の記者は販売車種と会社名を間違えるような経験が一度や二度はあると思います。自分も最初はややこしくてすごい戸惑ったけど、慣れてしまうと空で暗記できるのだから何故だか怖い。
話は戻ってスズキの件ですが、現在スズキの中国合弁会社はご多分に漏れず二つあり、一つはストライキのあった昌河鈴木で、もう一つは長安鈴木というブランドです。この合弁会社二社の何がミソなのかというと、両方とも合弁先というのがどちらも長安汽車だということです。昌河鈴木の元々の合弁先は現地航空機メーカーだったのですが、ここが経営不振から昌河鈴木の株を手放して長安汽車に渡してからスズキと長安汽車という同じ組み合わせの企業間で二つも合弁会社を持たれるという妙な関係となってしまいました。
仮にこれだけだったらまぁおかしな関係だねと笑って済ませるのですが、ここにきて長安汽車はまた一つ厄介な問題を抱えてきて、この問題をさらにややこしくしてくれました。その問題というのも、マツダとの合弁会社の分社化です。
長安汽車とマツダ、というより長安汽車とマツダとアメリカのフォード三社の合弁会社名は「長安フォードマツダ」というのですが、なんでここだけ三社合弁なのかというとリーマンショック以前にマツダとフォードが資本提携をしていたからで、そのまま二社セットで長安汽車と合弁を作りました。ただマツダとフォードの提携関係はリーマンショック後に金に困ったフォードがマツダの株を売却したことから解消されているものの、既に出来てる長安フォードマツダは何故かそのままで現在に至っております。
別にこのままでもいいんじゃないかと私は内心思っているのですが、長安汽車としてはマツダはマツダ、フォードはフォードとして分けたいと考えているようで、これまでにも「長安フォードマツダ」を「長安フォード」と「長安マツダ」に分社化させて経営したいと何度も政府に申請しておりました。ただ中国政府は品質などの向上を目指しているのか自動車会社をこれ以上増やしたくないようで、長安汽車から申請されるたびにこれまで何度も提案を却下してきました。なお同じ理由で、スバルと奇瑞汽車の合弁設立申請を認めないようです。
そんな長安汽車は先月、「昌河鈴木を解散させる代わりに長安フォードマツダの分社化案を政府に申請した」という報道が現地メディアによってなされました。その報道によると昌河鈴木を解散させた後はそこで作っていたスズキの車種は同じ長安汽車グループの長安鈴木に作らせるという内容で、いわば昌河鈴木は完全なお払い箱にされるというものでした。
これに怒ったのが昌河鈴木の従業員たちで、報道に従業員の処遇について何も書かれてなかったこともあって経営陣に対して完全ケンカ腰の大きなものとなりました。しかもタイミングが悪いというか、実はこの昌河鈴木はずっと赤字続きだったのが去年になってようやく黒字転換したばかりで、恐らく従業員たちからするとようやく経営が良くなってきた矢先に何をという気持ちがあったんだと思います。
最終的に昌河鈴木の従業員代表、長安汽車幹部、あと地元政府の幹部の三者間で会談が持たれ、昌河鈴木を解散させないと約束することでストライキは沈静化しましたが、昌河鈴木の中国人総経理は責任を取って解任されることとなりました。ただ長安汽車の総経理はこの騒動後、「政府が昌河鈴木を潰せば分社化を認めてくれるって言ったんだって」とインタビューで話しており、ストライキに至る報道内容が事実だったということを認めています。さらにこの長安汽車の総経理は、「それに日本のスズキの方から、昌河鈴木の株を買い取ってくれ(=合弁解消)とも言われていた」と話しており、スズキ側でも昌河鈴木の解散に同調していたと同じインタビューで明かしています。
現在のところ、この件ではその後の進展は何もありません。私の勝手な予想を言わせてもらえば昌河鈴木と長安鈴木の二社が同じ長安汽車グループに存在しているのは明らかに不自然で、どちらかが解散とまではいかずとも株式交換などによっていつかは合併されることになると思います。ちなみに日本のスズキ側からすると片方がなくなっても合弁先が変わるわけではないので別に痛くもかゆくもなく、この再編計画にはあまり関わっておらず長安汽車に任せているようです。
もう片方のマツダに関しても、「長安フォードマツダ」を分社化するかどうかであまり大きな影響は受けないようで、長安汽車グループ内の再編ということで一定の距離を置いているように見えます。
こんな感じで非常に背景がややこしいストライキ事件だったわけですが、この内容を約600文字で記事にまとめた自分は結構すごいんじゃないかと書き終えた時は妙な満足感がありました。もっとも編集会議でこのニュースやれと言われた時は「えー、俺?Σ(゚Д゚;)」ってリアルに思いましたが。
ただどうせやるんだったらこのブログ記事みたいに、3000文字くらいできちんとまとめて出したかったというのもあるので、こうして改めて書いてみることにしました。文字数は短いに越したことはないけど、やっぱり必要最低限に解説できることは解説しておきたいものです。
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