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2014年7月22日火曜日

山田風太郎の日記を読みだして その三

 既に何度か記事にしていますが、山田風太郎が戦中に書きつづった日記「戦中派虫けら日記—滅失への青春」をこのほど読み終えました。ちんたらと読んでたのもありますが、ちょっと時間をかけ過ぎた気もしなくもありません。もっとも長い時間かけただけあってこの本の文章量は非常に多く、確か4年くらいの日記がまとめてあるのもあって読み終わった時には何となくほっとした気もしました。
 
 それで早速感想ですが、全編読み終えた後に書かれてあるこの日記が出版された当時の山田風太郎が書いた回想文がなかなか面白かったです。まず第一声に、自分も先に書いたレビューで指摘していますが前半部に何を食べたとかどこで誰と食ったかなどと食べ物の記述が非常に多い点について、山田自身も苦笑するような感じでこれだけ食い意地の張った日記を残しているとはと述懐してます。ただ当時の状況について何よりも「餓え」が記憶に残っているとした上で、「戦時中というと空襲などが連想されがちだが、当時を生きた人間にとっては満足に食べられなかった思い出の方が強いはずだ」とかなり強い口調で述べており、読んでて意外とそうなのかもしれないなと私も思いました。あと、自分は今でもそうだが当時も小食の部類だったと、ちょっと言い訳っぽいことも書き加えられてます。
 
 そうした前半部以外の描写についてはもう一言、「自分はこの日記に書かれている程立派な人間ではなかった」とした上で、哲学めいた思考やどのように生きるべきかなどといろいろ日記に書いているが、それは当時の年齢からくる思考であって、必ずしもそうした高尚な思考の通りに生きていたわけではないと謙遜した内容を書いています。ただ日記の内容からすると医学校での級友たちからは「山田は常に黙っていろいろ考えている」などと言われていたことがわかり、その後長じて昭和を代表する作家となったことからも周囲とは一線を画すような思慮を持った人物であったことは想像できます。
 
 日記部分の感想を述べると、前半に関しては本当にこれでもかというくらいに食べ物の話題が多いのに対し、後半、具体的には1944年のヶ所に至っては空襲の話が非常に多く出てきます。どこそこで空襲があったとか、空襲警報によって列車が止まって移動できなかった、学校の宿直中に空襲警報が鳴り、何も知らないまま寝たままで死ぬこともありうるなどと死生観について仲間と語り合ったりと、まぁ空襲の話ばかりです。もっとも、空襲の悲惨さについてはほとんど触れられず、実生活への影響の方に重きを置いた書かれ方ですが。
 このほか興味深かったのは、学校での軍事教練の話です。医学校に通っていた山田は学校に付いていた軍人の指導の下でクラス全員で演習形式の軍事教練を受け、「怪我人発生!」、「火災発生、消化の水を運べ!」などと実践差ながらの指示が飛ぶ中、どさくさに紛れて、「奥野中尉、戦死!」などと、指導している軍人の名前を勝手に挙げて戦死したことにする学生がいたようで、言われた軍人も、「誰だ、勝手に俺を殺した奴は!」などと怒ってたという話が読んでて面白かったです。どの時代にも面白い奴はいるもんです。
 
 自分がこの日記を読んでみたのは戦時中の人間は実際にどんな生活をしていたのか、どんなことを考えていたのかを知りたかったためです。山田自身もこの日記について、「(出版した)今となっては当時の状況についてこの様に書くことはできない」と語っており、後年述懐するのと、当時に日記としてそのまま書くのでは同じ人物であっても全然内容が変わってきてしまいます。
 こういう点を社会学は重視しており、自分がこの日記を手に取ったのも社会学的な興味によるものが大きいです。実際に読んでみて戦時中の人間は今、教育者や指導者が言うような価値観とはやっぱり異なった価値観だったのでは、具体的に言うと戦況も気になるが一番の関心事は何度言っても実生活で、物資不足や食糧不足といった不満が最大の関心事だったように思えます。何人死んだかについては日記の前半で、ガダルカナル島の玉砕については触れられ、補給をしっかり行えなかった海軍を批判していますが、後半に行くにつれてこうした記述は減り、「国民生活はもう限界に近い」といった内容が多く書かれていきます。
 
 翻って現在をみても、国民の最大の関心事は言うまでもなく生活、給料で、自由だとか倫理だとか国際秩序なんてどうでもいいってところです。集団的自衛権もマスコミが騒いではいるものの、多分どうでもいいって人が8割くらい行くような気がします。
 産経だったか忘れましたが安倍政権の支持率が下がっていることに対する評論で、集団的自衛権の容認で堕ちたことは確かに大きいが、その背後ではこのところアベノミクスに対して批判的する層の割合が肯定の割合を上回るようになっており、こうした経済政策への不満が支持率低下の主要因ではと書かれてあって読んでて唸りました。実生活を何より優先するという価値観を私は批判するつもりはなく、むしろ山田風太郎の日記読んで、昔から案外こういうもんだよねという気持ちが強まりました。

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