2014年11月25日火曜日

どうして成りすましするんですか?

 また我ながら挑発的な見出しですが、案外ほかの人が使ってないのでこんなの浮かぶのってもしかして自分だけってちょっと悦に入っています。この見出しから恐らく連想がつくかと思いますが、NPOをやってるという二十歳の大学生が先日、小学四年生が作ったように見せかけ、「どうして解散するんですか?」と暗に安倍首相を批判するようなサイトを公開していたことがバレ、ネットを中心に批判が起こり炎上しています。しかも安倍首相までフェイスブックで「卑怯な行為だ」として槍玉に挙げたことからさらなる盛り上がりを見せており、逆に攻め過ぎなのではないかという逆批判も起こる等そこそこ議論としてみていて面白い感じになってきました。自分もこの事件では少し気になる点があり、今の所その点を誰も追及してくれていないので議論に参戦する形で、今日はこの事件について言いたいこと書きたいこと書いてきます。
 それにしても非常に驚いたのは、さぁこれから記事を書こうとパソコンに向かった矢先、読者の方からまさにこの事件について意見をとリクエストを受け取ったことです。
 
 結論から書くとこの大学生はしょうもないやっちゃなぁと思うのと同時に、そもそもどうして子供に成りすまそうとしたのかという点が個人的に興味あります。三度の飯より政治論議は好きだけど、やっぱ自分は社会学士だなぁ……。
 
<事件の経緯>
 事の経緯から簡単に追って行きますが、先日の衆議院解散後にどうして解散をするのかと解散理由を問うサイトが公開されました。そのサイトの製作者と名乗る人物は自分が小学四年生で周囲の友人とこのサイトを作った、子供の自分から見ても解散する理由、特に約700億円というやけに具体的な選挙にかかる費用を挙げてこんな無駄遣いをする価値があるのかわからない、自分たちから見てもおかしいなどと、暗にというかあからさまに安倍首相を批判する論調でもって世に訴えるような内容でした。
 しかし公開直後から小学生が作ったというにはやけに凝ったサイトで、年齢を詐称しているのではないのかという疑惑が持たれていました。案の定というか公式ツイッターで、
 
「妖怪ウォッチ真打はもう買いましたか?」
「もちろん買いました」
「まだ発売してないんだなぁ」
 
 というようなやり取りが交わされるなどボロがどんどん出てきて、証拠もほぼほぼ揃って人物の特定も済んだ段階でようやく件の大学生が小学四年生だと詐称した事実を認め謝罪をしました。このサイトについては公開直後から、主に民主党関係者が取り上げては賞賛しており、またサイトを制作した大学生が所属していたNPO団体に民主党関係者の親類が所属しており、マッチポンプだったのでは、民主党は初めからわかっていたのではなどという疑いも出ています。まぁ政治上における疑惑とは事実という言葉と何ら変わりはないのですが。
 
<大学生に対する私の見方>
 余計なことは置いといてこの事件に対する私の意見を述べると、まず名探偵コナンとは逆にサイトを作った大学生の頭が小学四年生以下だということはよくわかりました。どうでもいい冗談やゲームの攻略情報とかならともかく、政治に対する意見というのは主張したが最後、言った本人が責任を持たなくてはなりません。自分はこのブログでもその点を特に注意を払って書いており、具体的には、「誰々さんがこう言ってた」なんて伝聞系で終わらせず、それに対して自分は賛成か反対か立場を必ず明示させるようにしています。
 にもかかわらずこの大学生は、要するに安倍首相の解散の決断が気に食わなかったのでしょうがその不満を自分自身ではなく架空の小学四年生が言ったことにしようとしました。私に言わせるならば自分自身が自身の人格でもって意見を主張できないなど政治議論においては言語道断もいい所で、匿名としての発信ならまだしも子供を装っていう言い方は安倍首相同様に卑怯としか思えず、そんな生半可な覚悟でしか意見を言えないのなら始めから黙ってるか、そもそも発言する資格すらないように感じます。もっともこんな無意味なことしているあたり、政治議論の場はおろか一般社会においてもいなくていい存在に見えますが。
 
 ただここで話題を変えますが、そもそも何故彼は子供に成りすまそうとしたのでしょうか?理由は簡単で、二十歳の大学生が言うよりも小学四年生が言った事にした方が注目されやすいなどメリットが多いからに尽きるでしょう。じゃあなんで子供が言った方が注目されるのか、改めて考えるとここがこの事件の奇妙な所だなと私は思いました。
 
<何故子供の意見は尊重される?>
 最初に言っておくと、こと政治の話題に関して私は小学生及び中学生、高校生の意見は頭から一切耳を貸しません。一応聞くだけ聞いた後にやんわりと指摘をかけ修正を促したりはしますが、やはり子供の時分だと政治を語るにはまだ周辺知識が絶対的に不足していて狭い了見の中で考えるから、「お金がないならお金を刷ればいい」というような意見になりがちです。また子供の場合、特に注意しなければならないのは「誰かに言わせられているのでは」という点で、周囲の影響を受けやすいこともあって無自覚に、無理解に意見を言うことがあるので場合によってはその意見を操る背後を探る姿勢も必要となります。
 ある意味で今回の事件も「誰かに言わせられている」といった類の事件と言え、上記のような注意点もあるため私は子供の政治や社会に対する意見はそもそも聞くに値しない、取り上げるまでもない、むしろ耳を貸すなと考えているのですが、恐らくこんな価値観の持ち主は日本じゃ少数派でしょう。少なくとも今回の事件の張本人である大学生は子供を装った方がメリットがあると考え、また民主党の関係者らも子供ながら大した意見だなどと持ち上げていました。また日頃の報道を見ている限りだと、40歳のおっさんの意見はあまり取り上げられなくても10歳の子供の意見だったら、しかも政治などといった高尚な話題であれば率先して取り上げられる気がします。
 
<仮説一、毛沢東思想>
 どうしてこのように子供の意見だったらみんな注目しがちなのか、この点が私にとっては凄い不思議です。この理由をいくつか考えてみましたがまず民主党関係者については地味に毛沢東思想が影響してるんじゃないかと最初は冗談っぽく、途中からは割と真剣に考え始めました。毛沢東思想には「余計な知識のない無垢な状態の意見こそが最良」みたいな考え方があり、言ってた毛沢東本人ですら本気で信じてたわけじゃないのに元社会党の系譜を受け継ぐ現代の民主党はまだ毛沢東に踊らされ、子供や女性といった社会的弱者(とみなす存在)の意見ほど貴重で価値があると信じているのではないかと思えてきました。ある意味これは逆差別な気もしますが。
 
<仮説二、子供礼賛なマスコミ>
 では民主党以外の日本人ではどうか。私の目から見ても普通の日本人もやっぱりハゲたおっさんの意見よりは子供の意見を大事にするように見えますが、これは毛沢東思想というよりはマスコミの影響のが強いかなと考えています。マスコミ関係者が上記の毛沢東思想の影響を受けたかどうかはこの際置いておきますが、マスコミは確信犯的に子供や女性、障害者などといった社会的弱者の意見に価値があるかのような報道を行い、彼らを利用しております。何故このように断言するのかというと自分も記者時代に少なからず経験があるからで、記事に書きたい主張したい意見を自分の考えとしてではなく、取材対象に敢えて言わせる、もしくは言ってくれる人間に取材することによってメディアは報道しているからです。
 さすがに自分はこういった社会的弱者をダシに使ったインタビュー記事はさすがに書きませんでしたが、自分の言わせたいように言ってくれる存在として子供なんかは本当に使いやすいような気がします。実際に「あるある発掘大辞典」とかではないですが最近の街頭インタビューなどでは劇団員が多く使われており、市井の生の声というよりはシナリオ上のセリフが現在の報道では主要となりつつあり、こうした報道をやりやすくするため日本のマスメディアは子供の意見は大事で価値があるように見せかけていったのでは、なんて思ったりします。
 
 最後に大まとめに意見をまとめると、そもそも論として政治や社会といったやや小難しい領域において子供の意見なんて始めから聞く耳を持つなと言いたいわけです。内容がやけに通っているとしてもそれは悪い大人が言わせている確率が高く、ちゃんと子供に自分の頭で考えるよう指導してあげるのが大人の役割です。その上で、自分で堂々と意見を言えずに子供をダシに使って言うような人間は間違いなくクズで、そうしたクズを如何にこの社会というかマスコミ業界から追い出していくかが今後の日本の課題なのかもしれません。
 
  おまけ
 政治や社会問題に関しては私は子供の意見を始めから聞きませんが、かといって子供の意見全てを無視する気は毛頭ありません。一つ例を出すと、小学生の女の子二人が並み居る大人たちに対し言い放った、「盲導犬は人間を助けてくれるのに、どうして人間は目の見えない犬を助けてあげないの?」という意見には文字通りドキッとさせられ、自分にはこういう意見を言い出す少年の心はまだありやなどと考えさせられました。

6 件のコメント:

  1. ご意見、ありがとうございます。
    わたし自身、「ものを知らない」という自覚があるので、わからないことを調べるときは、子供向けの本を手にとってみたりします。難しいことを難しく言うより、難しいことを子どもにもわかるように分かり易く伝える方がずっと難しいですよね。だから、池上彰さんや陽月秘話は、大好物です(^^)
    そういう意味で、詭弁かもしれないし、私がナイーブなのかもしれませんが、件の大学生の「子供になったつもりで、なぜ、どうして」をぶつけてみたかったという言い訳に、少し共感する部分もありました。彼の関わっていた、政治を分かり易く身近にという目的のNPO活動も、この間までちやほやと持ち上げられていたのに、一気に落とされているようで、一人の若者が、今回の選挙で政党攻撃の標的マスコットにされ、犠牲にされた印象も受けました(大人はこわい)。
    でも、花園さんの記事は、公明正大なので(偏ってない)、なぜ小4を偽ることがこれほどの問題なのかもよくわかりました。ありがとうございました。

    でも、子どもの意見を必要以上に尊重することはないですが、政治のことを子どもの目線で疑問を呈したり、子どもにもわかるように説明していく努力というのは、政府もマスコミも積極的にしていってほしいです。おばちゃんには、わからないことがたくさんです。政治より三度のメシが好きな人の方がたくさんいるからね(^^;) こういうの、普通選挙の弊害っていうのかな、、、。

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    1.  まぁちょっとこの記事では大学生に対して厳しく書いたなぁと自分も思います。まだ二十歳という若者なのだから少々の誤りは大目に見てあげるべきという意見もあり、多少は共感するものの、ここで書いたように日本のメディアは子供の声を利用する風潮があるのでここでガツンと言わなくちゃなんて妙な使命感持ってしまいました。
       確か2004年だと思いますが池上彰氏が「週間こどもニュース(見ていたのは大人ばかりだったらしいが)」に出演し始めた際、たまたまですが当時の心境を書いた彼の手記を読みました。やはり子供に対して複雑な問題をどうわかりやすく伝えればいいのかが難しいと切々と書いてあり、自分も少なからず影響を受けました。自分の文章はこのところ時間もあることもあってやや長く、時に冗長でありますが、わかりやすさを何よりも優先して書いているため今はこれでいいと思っています。大学時代の友人などには「君ならもっと短く書けるだろう」と言われ、「本気でやれば三分の一以下に圧縮できる」と豪語しましたが、未だに実行に移さない辺りは池上さんのおかげかもしれません。

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  2. この一件に関して私としては「即バレる前提だったのか、それとも本気でバレないとでも思っていたのか」が気になりますね。
    前者なら一旦目立つ為という理由も立ちますし、下策(知名度を上げたとしても結果として印象が悪くなる)だとは思いますが考え方の一つとしてありといえばあり。
    しかしもし後者だとしたら理解に苦しみます。バレないようにする為の偽装工作もほとんど見当たりませんでしたし。

    さて今回の主題である
    >>なんで子供が言った方が注目されるのか

    について私なりに考えてみました。

    まずこの文章を読んだときに以前花園さんが「予備校での人間関係」という記事で書かれていた
    >>なお「妖怪のせい」という言葉で検索してみたら、「何でも妖怪のせいにしてしまう我々が一番の妖怪かもしれませんね」といった子供の記事がヒットしてきました。意外と日本も捨てたもんじゃないかもしれませんね、ってかこの子供いくつだよ……。

    という文章を思い出しました。この子が本当に自分で考えて言っているのであれば申し訳ないですが、私としては「これは仕込みだろう」と考えています。理由は単純で「上手くまとめすぎだから」というだけなのですが。
    まぁそこは置いておいて重要なのは花園さんが「この子供いくつだよ……」と思ったことです。逆にいえばいい年した大人が同じことをいっても「ふーん、上手いこというね」にしかなりえません。それこそが「何故子供の意見は尊重される?」の答えではないかと考えます。

    例えていえば25歳が微分積分を解いてたって「だから何?」という話ですが、5歳が微分積分を解いていたら「こら天才や!」と誰もが思います。
    子供が既に大人と同じことをできている、というのは「その子供が秀逸な才能を秘めている」と認識させる最も典型的な事象です。
    つまり大の大人は注目を浴びる為には当然非凡なことをしてみせる必要がありますが、子供は「大人にとっては平凡なこと」をしてみせるだけで注目に値する存在となってしまうワケです。
    子供とは「非凡なことをしなくても注目を集められる肩書き」であり、だからこそダシとして秀逸なのではないでしょうか。他にも純粋だからとか責任を問えないからとかありますがそれ以上に(つっても私は子供だから純粋だとも思わないし、子供なりの責任はあると考えますが)。

    花園さんの仮説一・二もおおよそ納得しますが、「なんで子供が言った方が注目されるのか」に絞って考えた場合どちらかというと副次的な要素で上記ぐらい単純な理由の方が背景としては大きいのではないかと思います。


    ちなみにおまけに書いてある
    >>「盲導犬は人間を助けてくれるのに、どうして人間は目の見えない犬を助けてあげないの?」
    という意見は正直意味がわかりません。私がその場にいたら
    「目の見えない人間は助けてくれる盲導犬にメシを食わせてやるのに、なんで目の見えない犬は助けてくれる人間にメシを食わせてくれないんだ?」
    ぐらいいってしまうでしょう。
    その子達が良心を持って犬を助けたいのであれば勝手にすれば良いと思いますが、他人を付き合わせるようなことではないと思います。
    自分らの思想に感化されない人間を一律に薄情者扱いしているようで、なんだかなぁって感じです。いや、子供に言っても詮無きことですが。

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    1.  「非凡なことをしなくても注目を集められる肩書き」とはまた良い所に目をつけられますね。この点は今回、頭に入っていませんでした。確かに大人にできることを用事が出来れば経験的に、成長的にすごいことで、それだけで注目されるからそうした影響の方が大きいかもしれません。
       盲導犬の話は受け取り方が人それぞれですが、ちょっとだけフォロー入れると普通の飼い主と犬も餌のやり取りがあるのに対し、盲導犬は飼い主の生活補助という期待値を超える活動があるため「餌+アルファ」みたいに自分は考えています。目の見えない犬を助けるのは、そのアルファ分みたいな。
       もっともこういう方程式使った言い方より、若生さんに対しては斉の宣王の「牛を羊に取り換える」というエピソードの方が説得手段としていいかもしれません。これも面白い話だから、今度記事に書いてみようかな。

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  3. 中々難しいテーマやわ。今度、習近平思想を書きましょう。

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    1.  そんな壮大なテーマを一からとっかかるのは大変だって。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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