2015年1月6日火曜日

林原の破綻を巡る経緯

 トレハロースインターフェロンという名前をどういうものかは具体的にわからないまでも耳にしたことがあるのではないかと思います。両者ともに糖質物質の名前で、前者は主に食品の甘味料として使われ、後者は主に医薬品として抗がん剤などに用いられています。
 この両物質の安価な量産法を確立したのはほかならぬ日系企業で、岡山県にある「林原」という会社でした。自らの技術開発によって量産法を確立したこともありこの二つの物質で林原は世界シェアをほぼ独占するような地位を築くなど岡山県を代表する会社でしたが、2011年に債務超過により経営破綻し、化学品専門商社の長瀬産業によって買収され現在に至っております。

 先日、私の知恵袋的友人から林原の破綻当時の社長であった林原健氏が出した「林原家~同族経営への警鐘」という本が面白いと推薦を受けて試しに読んでみたところ、これがなかなか面白く、非上場のオーナー企業であり独自技術を持つ超優良と思われた会社が破綻に至るまでの経緯は下手な小説よりずっとドラマチックでした。そこで今日はこの林原が破綻するまでの経緯と、林原健氏の書籍を読んで「ん?」と思った点を私なりに紹介しようと思います。
 書く前の段階ですが、詳細にやると文章長くなるし、かといって短くすると面白味が欠けるし、ほんのり気分が憂鬱です。可能な限り文字量を圧縮して伝えなきゃいけないから、腕の見せどころではあるけど。

<林原について>
 まず破綻前の林原についてですが、一般人を含めて超優良企業と誰もが目していた会社でした。独自技術によって世界シェアを独占する商品や生産特許を多数保有していただけでなく地元岡山県を中心に多数の優良不動産、岡山駅前の広大な土地や京都センチュリーホテルなど知名度の高い物も多く保有しており、見方によっては下手な大企業よりも実力も価値もある会社という風に見られていたと思います。多くの経済メディアも同じような視点だったようで、在任中に林原健氏は日経新聞の名物コラム「私の履歴書」に出ただけでなくテレ東の「カンブリア宮殿」にも実弟であり専務の林原靖氏と一緒に出演するなど、カリスマ経営者として高い知名度を持っておりました。

 それほどまでに優良視されていた林原は何故破綻したのか。先日にこの林原の話を大学の先輩に振ってみたところ、「知ってるよ。バブル期の不動産投資に失敗したんだろ。本業は順調だったのにさ」という答えが返ってきました。細かい数字を精査していない段階ではありますが、この先輩の見方は全く的外れでないものの、実態とは異なっているというか逆だと私は考えています。
 というのも林原の破綻後に行われた債務整理で、元社長の林原健氏の私財投入などもありましたが保有している土地や株式などの資産を売却したことによって抱えていた債務(=借金)の弁済率は93%を達成、つまり93%の借金を返すことに成功しているのです。通常の破綻後の債務整理だと弁済率は約10%程度とされるだけに、保有していた不動産などの資産が「不良債権」だったとは少なくとも言えないと思えます。

<破綻の原因>
 では何故林原は破綻したのか。結論から言えば放漫ともいえる研究費の支出と、本業ともいえるインターフェロンをはじめとする化学物質の販売が非常に悪かったこと、そして何よりも不正経理が発覚したためでした。

 順を追って書いていくと研究費については兄であり社長である林原健氏が全く金に糸目をつけず実験に必要な機器を研究員が要望するままに調達し、林原健氏自身も研究員に対して、「もっと高い機器を申請しろ」と発破をかけてたそうです。そうした購入申請に対して金庫番たる林原靖氏は兄の言うことに逆らえず、本業でほとんど利益が出ておらず流動資金にも事欠く状況でありながら言われるがままに研究費を支出し続けていました。

 次に本業の儲けについてですが、確かにインターフェロンは抗がん剤にも使われるなど用途がはっきりあり、なおかつ林原が世界シェアでトップとなる看板商品でしたが、弟の林原靖氏の著書「破綻 バイオ企業・林原の真実」によると、インターフェロン生産のために建設した吉備製薬工場の稼働率は2割を越えたことがなく、インターフェロン事業は赤字も赤字の大赤字で破綻の最大原因になったとまで言及しています。そのほかの物質の事業も大体そんな具合で、世界シェアこそ高かったものの営業利益で見たらそこまで会社を牽引する売上げではなかったそうです。

 そのように本業が駄目だったにもかかわらず膨大な研究費を林原はどうして支出し続けたのか。これには理由が三つあり、一つ目は兄の健氏の要求に弟の靖氏が逆らえなかったこと。二つ目は社長の健氏が研究者肌で経営には全く興味がなく、現状の売上げや純利益にも目もくれず経営状況を全くと言っていいほど省みなかったこと。三つ目は専務の靖氏が金策に走る傍らで不正経理に手を染めていたにもかかわらず、社長の健氏は不正経理の事実を全く知らず自社の経営状況がひっ迫していることに最後まで気付かなかったためでした。

<不正経理>
 林原の不正経理自体は破綻のずっと前、バブル崩壊の頃から始まっていたそうです。土地などの資産を多数持っていた林原はバブル崩壊の以前と以後で保有資産の価値が約1兆円から約1000億円と十分の一まで目減りし、この時から既に債務超過に至ってたそうです。当時から経理業務を担っていた靖氏は周囲のごく近しいメンバーとともに架空売り上げや付け替えといった錬金術によって銀行向けに見栄えのいい決算資料を作成し、そうした行為が破綻の直前に至るまで常態化していました。
 一方で社長の健氏は弟の手によって不正経理が行われているなんて全く知らず、自分が主導している研究が着実に成果を出し会社を潤わせていると信じ続け、「自分の経営方針は間違ってない」とばかりに高額な研究へどんどんとのめり込んでいったそうです。また靖氏もそんな兄に対し、世界的に評価される研究実績を確かに出していたこともあってか本当の台所事情を明かさず、兄が要求するままに研究費を調達することに明け暮れていました。

<不正発覚から破綻まで>
 2010年12月、社長の健氏は専務の靖氏からメインバンクの中国銀行から呼び出しを受けたと連絡を受けます。通常、銀行側から林原本社へやってくることが常だっただけにこの時点で健氏は奇妙に感じていたそうですが、靖氏共に実際に訪問するとサブバンクの住友信託銀行の人間もおり、林原が不正経理をしているという事実を明かされます。
 一体何故発覚したのかというと以前から両行は林原の財務状況に疑問を感じていたそうで、二行だけで提出されている財務資料を付き合わせてみたところ案の定差異が見つかったわけです。不正の事実を告げられたものの健氏は財務は弟に任せていただけに全くの寝耳に水でしたが、靖氏はその場で不正経理をしていたことを認めたため動揺しつつも事後策を練ることとなりました。

 林原健氏、靖氏、そして中国銀行と住友信託銀行は当初、ADRという民事再生法によって致命的な破綻を避ける方向で臨むことを決めました。民事再生法とは言うなれば債権と債務を持つ者同士で話し合って一部債務を放棄する代わりに会社を存続させる、裁判で言うなら「和解」のようなものです。ただこの民事再生法を成立させるには関係する当事者すべての同意が必要で、林原は両行を含め計28行の金融機関と取引があったため初めから困難な交渉になると予想されました。
 案の定というか内密に取引銀行関係者のみを集めた最初の会合は紛糾し、特に債務超過の事実に先に気がついていた中国銀行と住友信託銀行が林原の保有資産に対し抜け駆け的に抵当権を設定(担保を取る)していたため、他の取引銀行からは平等ではないなどと批判が集まり合意を得るどころではなかったそうです。補足的に説明しておくと、抵当権があると林原が破綻したとしても二行はほぼ確実に債権を回収できますが、ほかの銀行はその割りを食って回収できる債権が目減りするためみんな怒ったわけです。

 このように一回目の会合は不調に終わり二回目の会合はどうなることやらと思っていたら、本来秘密にしていなければならないこの会合と、林原がADRに動いているということがメディアによって報じられてしまいます。情報の遅漏元はこの時の銀行関係者なのか林原の内部からなのか未だ明らかになっていませんが、「林原が倒産間際」と報じられたことによって林原の原料仕入れ先や販売先には動揺が走り、仕入れ先の中には即日取引を停止するところも現れたそうです。

<突然の会社更生法申請>
 このようなドタバタな状況の中で開かれた第二回の会合ですが依然として住友信託銀行とほかの銀行間の対立は収まらず全く合意が得られないままだった最中、ある銀行関係者が突然立ち上がり、こう言い放ちました。

「皆さん、皆さん、お静かに願います。当行本部からたったいま、わたしの携帯に連絡が入りました。 西村あさひ法律事務所の弁護士が、東京地方裁判所に林原の会社更生法の申請をおこなったとのことです」

 その場にいた靖氏によるとこの発言によって会場は大混乱となり、悲鳴や怒号が鳴り響く中でADRは不成立という結論に至ったそうです。
 補足説明をすると、ADRが「民事再生手続き」であるのに対し会社更生法は「法的再生手続き」となります。前者は関係者同士が話し合ってある程度自由な形で債務の減免や資産の処理などが行えますが、後者は法律の規定に則りルールに従って債権の処理が行われます。まぁ端的に言えば、銀行関係者としては前者の方がありがたかったと理解してもらえばOKです。

 靖氏は会社更生法を申請をするなんてこの時全く知らなかったそうで、顧問を請け負っていた西村あさひ法律事務所がADRが不成立に終わると見て、抜け駆け的に行った行為だったと述べています。その上で破綻処理に伴う顧問料や資産売却に関する仲介料などを目的に行った、いわば破綻処理ビジネスのため意図的に林原を倒産させたのではと著書で指摘しております。その後の弁済率が93%だったことを考えると、全く考えられなくはないねと私も思いますが。

 こうして林原は不正経理が発覚してからわずか二ヶ月後の2011年2月、会社更生法の手続き開始によって正式に経営破綻することとなりました。

<両者意見の食い違い>
 上記の会社更生法の申請に至るまでの過程は林原のウィキペディアのページの情報、そのネタ元である靖氏の著書「破綻 バイオ企業・林原の真実」を下地にして書いております。まぁ読んでてなかなか面白い展開だと思うしPwCが出てくるなど陰謀論的な推理は思わず引き込まれます。しかし、これが兄の健氏の著書「林原家~同族経営への警鐘」を読むとこの場面について異なる内容が書かれてあり、一言で言って強い違和感を覚えました。

 先に書いておきますが健氏の「林原家~同族経営への警鐘」は今日1日で読みましたが、靖氏の「破綻 バイオ企業・林原の真実」はKindleで売っておらず、生憎まだ読んでおりません。中国にいるがゆえのハンデと思いウィキペディアの記述を信じてこのまま書き続けますが、健氏はその著書でこの時の状況について以下の様に書いております。

 私はすぐにADRの担当弁護士に来てもらった。
「ADR申請を取り下げ、会社更生法に切り替えてください」

 前後の記述を読むと、健氏はADRに関する報道が出たことによって納入を停止する仕入れ先も現れ、そうなると林原の製品を原料に使っている業者に大きな影響が出ると考え、混乱を早期に収めるためにも会社更生法の申請を決断したと書いてあります。なおその日程は2月2日で、靖氏の著書にある「第2回ADR債権者会議」が行われていた日程と確かに一致するものの、健氏の著書では、

「ADRの第1回債権者会議が予定されていた日、林原はADRを取り下げると同時に、会社更生法の適用を申請し、私と弟は職を辞した。」

 と書かれてあり、第1回か第2回なのか、なんかちぐはぐな印象を受けます。
 もっともそれ以上に健氏は会社更生法の申請を自ら決断したと書いてあるのに対し、靖氏は顧問弁護士事務所が勝手に行ったことで自分は知らなかったと書いてあり、両者で内容が一致しません。となるとどっちかが自分の著書で嘘を書いていることとなるわけですが、さすがにその現場にいたわけでもないし資料も手元に少ないことから私には判断できません。ただ一つだけ言えることは、健氏はその著書の中で申請を決断したことを弟に伝えたということは書いていません。
 結構気になる点だというのに、日経ビジネスの記者はわざわざ健氏にインタビューしておりながらこの点を突っこんでいません。ここが一番肝心だと思うんだけどなぁ。

 と、非常に長く書いてて自分ももうへとへとなのですが、そもそもなんで林原というか健氏の著書を手に取ろうと思ったのかそのきっかけはというと最初に書いたように友人の推薦からでしたが、その推薦を受けた時の会話は以下のようなものでした。

「つうか、霊感のある経営者とかおらんのかな?」
「いるよ」

 と言って友人が紹介してきたのが「林原家~同族経営への警鐘」でした。実際に友人が言う通りにこの本の中で健氏は、「子供の頃から霊が見えていた」と普通に書いており、ビジネス本かと思いきやいきなりスピリチュアルな世界に突入するなどかなり個性の強い人のようです。このほかにも健氏というか林原家の面々は面白い人が多いので、兄弟間の関係を含め続きはまた今度書きます。今日ちょっとあまりにも長く書いたからしばらくは呼吸置きたいけど。


 

6 件のコメント:

  1. 遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
    このところの花園さんの文章の勢いは凄まじいですね(^^)
    非常に面白いです。
    最近、多忙につき携帯にて拝読させていただいておりますが、
    当分、本や雑誌を買って移動中に読む必要がなさそうだなと・・・

    同族企業のリスクについては以前読んだ、
    ダイエー中内功の功罪を書いた佐野眞一の「カリスマ」でも、
    同じようなことが書かれていましたが、
    大なり小なり日本の企業、特に中小企業は、
    ほとんどが「同族企業」による経営なわけでして、
    そういうところに自分の人生を賭けなければならない、
    多くの労働者階級の人たちの悲哀みたいなものが、
    見え隠れしたりして、「こういう会社」で働いていた人たちを、
    ちょっと羨ましく思えてみたりしつつ、
    こんな企業に勤めたが故にせっかくのキャリアが台無しに
    なってしまった人たちに同情的になったりと、
    読む世代によっては感想が異なる本かもしれませんね。
    私メも後で購入して読もうと思います。

    あと相変わらず生の中国ネタ面白いですよ。
    日本のメディアは「中共」の反日ニュースと、
    「庶民」が穴や洗濯機にハマったりしている様子など、
    自分たち日本人より時代遅れな連中だと言わんばかりに、
    「中国人」を小馬鹿にしたようなニュースを、
    やたらと報道したがります。
    あまりにリベラルな花園さんの記事と対照的で、
    それはそれで面白いのですが・・・・
    如何なものかなと眉をひそめることが多分にあります。
    これからも「地べた目線」の記事を楽しみに致しております。

    では本年も宜しくお付き合いのほどm(__)m
    またコメントさせていただきます。ではまた








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    1.  明けましておめでとうございます。コメントはこのところしていませんが潮風大使さんの記事も更新のたびにいつも読んでますよ。
       年末年始にかけて確かにこのところの記事は非常に質がいいなと自分でも思います。連休で体力が残っているのと前々から温めていたものをこの機に一気に書きだすつもりで書いており、この林原の記事も三ヶ月前くらいから密かに準備してました。ダイエーもそうですが同族経営自体を批判するつもりはないですが、やはり一般の会社とは異なる空気と言うか働き方、経営方法があるように思え、その当事者たちからしたら外部の人間にわからない考え方をしているのだと自分も思います。
       お褒めいただいた中国の記事と言うか昨日の記事は、中国人からしたら当たり前の世界で、日本人からしたらなかなか見えない世界の話題であるだけに、我ながら絶妙なテーマ選択でした。今後もくどい記事が続くと思いますが、どうか本年もよろしくお願いします。

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  2. 映画やドラマになりそうな、面白い話ですね。
    普段あまりテレビをみないのですが、去年は「Nのために」というドラマにはまり、成瀬くんを演じていた窪田正孝くんはいい役者さんだと思いました。窪田くんが林原弟を演じたら、お兄ちゃんを尊敬する無邪気な感じ、言われるままに研究費を出してしまう感じ、粉飾決済するときのダークな感じを繊細に表現してくれると思います。お兄ちゃんは、強引で、研究バカで、自信満々で、ちょっとスピリチュアルで、、という役者さんが中々思いつかず、「岡田准一」?とかいろいろ考えたのですが、、「森山未來」がいいかも~という結論に落ち着きました。ふと考え始めたら、あーでもない、こーでもない、と30分以上悩んでました(笑)

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    1.  この話は下手なドラマ、それこそ最近のテレビドラマなんかよりもずっとおもしろいので映像化するのに自分も賛成です。元々濃い話なだけにキャスティングは悩ましい所ですが、私なら林原兄弟を是非とも若貴兄弟に演じてもらい、演技はザルでもその臨場感と迫力を期待したいところです。

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  3. 実は、膨大な赤字経営を継続することより、破綻したほうが賢いと思いますわ。

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    1.  そうやと俺も思うけど、となると俺が今いる会社も結構危うくなるからあんま考えんようにしとる。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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