2015年1月6日火曜日

中国の先生に対する付け届け

 今日は気温が上がって日中は20度近くにまで上がっただけあって夜もやけにあったかく今窓を開けながら記事書いてます。夜風が素晴らしく気持ちいい。
 ただ久々に気温が上がったせいか非常に強い眠気も覚えてて、もう記事書かずに寝ちゃおうかな(8時くらいに)なんて思ったりしましたが、二日休むのは本意ではないので頑張って書きます。ちなみに中国の仕事始めは昨日4日日曜からなので、連休明けのストレスは日本人と比べて現在低いことでしょう。

 そういうわけで話は本題に入りますが、めったにないけど自分が日本に一時帰国する際、会社の中国人同僚からあれこれ日本で買ってきてほしいものを依頼されます。購入代金は人民元で直接自分がその同僚から受け取って、購入する品物はあらかじめアマゾンで購入し自宅へと送っておき、中国に帰る際に持って帰るというのが通常の算段なのですが、その買ってきてほしい品物というのがちょっと妙なものが多かったりします。

 依頼をするのは子持ち女性の同僚が多いのですが、子供用のJINSのメガネなどはまだ理解できるものの、アメリカ製の妙な栄養剤とか小さい電気マッサージ器、美顔用の家電とかなんかいまいち用途のわからないものがこれまで多かったです。そこでこの前、「これ何に使うの?」と聞いてみたところ、「子供の教師への付け届けに使う」という思わぬ答えが返ってきました。
 なんでもアメリカ製の妙な栄養剤は最初病気の母親に使ったそうですが、少し余ったのを子供の教師に挙げたら「もっとくれ!」と要望があり、それでまた今度買ってきてほしいと言ってきたわけです。美顔用の家電なども同様に先生への付け届けに使ったそうで、その同僚によると、「こうした付け届けは非常に金がかかる」とのことです。

 では何故付け届けをするのか。単純に言って一種の賄賂です。

 これは何もその同僚から話を聞く前にも数多くの子供を持つ中国人から聞いていたことですが、中国では中学、高校はおろか、小学校どころではなく幼稚園の先生にも何か理由つけて贈り物をしないとその親の子供を授業とかで無視するらしいです。しかもこの要求はかなり具体的で、「あんたの所からは500元の贈り物しか受け取ってないが1500元に達さないと基準満たさないよ」なんて堂々と言ってのける教師(幼稚園)もおり、本当にお金がかかるとうちのスタッフも悔しげに文句言っていました。
 また中学生の息子を持つ同僚は、「うちはその時期はもう終わったから」と話すものの、中学校の教師が正規の授業では敢えて肝心な部分を教えず、放課後のお金払って受けれる特別な授業で初めて肝心な部分を教えているらしく、「中国の教育は間違っている!」とたまに憤っています。中国人本人が言うんだからなぁ。

 そんな会話をした際に逆に中国人の同僚から、「日本ではこういうことはあるの?」と聞かれ、部活の顧問とかは別としてもちろんないと言い、「むしろもらってたら問題になる」と話すと「さすが日本」という感じでうんうんうなずいてました。
 それにしても教育の現場に至るまで徹底した資本主義が浸透しているあたりはさすが、「社会主義にも市場があったっていいじゃない」と言ってのけた国だけあります。真面目な話、資本主義という概念においては中国の方が日本より進んでいると自分は本気で考えています。

 ただこうした中国の教育を日本は他山の石と見ていていいのかとなると自分は疑問です。人づてに聞いた話ですが日本の教育現場では教職員の組合なり組織に加入している教師が強い発言権を持ち、そうでない教師や新人教師に対して土日の部活顧問や行政への報告書作成など面倒な作業を押し付ける傾向があると聞き、中国ほど競争原理はないのかもしれませんがいじめの構造は結構深いと聞きます。最近に至っては人件費削減のあおりで契約教師も多いし。

 オチらしいオチがありませんが、中国はいつでもどこでも競争原理、資本主義が働いているという事だけわかってくれれば幸いです。じゃあ日本は平等主義かな、と言いたいところですが実態的にはスクールカーストなどに代表される属性主義かも。

4 件のコメント:

  1. あけましておめでとうございます。

    袖の下なんていいますが、日本にも賄賂文化ってのは存在するワケですがあくまでこっそりと…というのが当たり前で堂々と賄賂の要求をするあたりは流石中国といったところでしょうか。日本史はあまり詳しくないので比較はできませんが、古代中国の逸話には賄賂話がつきものですしね。
    ただ私個人としてはこれは資本主義云々というよりも単純に文化・風習の違いぐらいの捉え方で良いのではないかと思いますね。勝手な思い込みかも知れませんが、どうも日本は「お互いに本音は隠しておこう、それによってお互い不愉快にならないようにしよう」という形で対等な関係であろうとするのに対して、中国は「お互い本音で話そう、俺もお前を不愉快にするがお前も俺を不愉快にしていいから」といった形でイーブンであろうとする所があるように感じます。そういった意味では中国の方が「個」を大事にしているように思います。どちらの考え方が良いのかは好き好きですが。

    あと先日のグローカリゼーションの記事でも感じたことですが、「他山の石」は誤用ではないですかね。どちらの記事に関しても「対岸の火事」の方が適切な表現ではないかと感じました。尤も、言葉というものは生き物で日々変化していきますから私のアンテナの張り具合が足りていない部分もあるかも知れませんけれど。

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    1.  明けましておめでとうございます。
       よく特徴をとらえているというか、中国人がオープンというのは私も同感です。大阪人と一緒で建前を作らずに全部本音で話す、嫌いなら嫌いとはっきり言って好きなら好きとはっきりあぷろーとするところが中国人にあり、賄賂に関しても「もらった分だけ仕事するよ」という気持ちの表れかもしれません。もっとも、正規の給料でもらった分だけ働けよという気もしますが。
       それと「他山の石」は誤用ですね。意味的には「対岸の火事」というか「自分とは関係ない他人の振る舞い」を表すのになぜかこっちを使ってました。こういう指摘がほかにも気づいた点があればどんどん指摘してください。

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  2. 謹賀新年!中国の基礎教育レベルは海外大学より良いと思いますわ。しかしながら、大学の教育レベルは年々下がっておりますわ。

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    1.  中学、高校の世代なら間違いなく中国の生徒は日本をはるかに凌駕すると思うよ。その一方で君の言う通りに大学の研究機関のレベルがまだ低く、高等教育では中国<日本<米国になってしまうね。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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