2015年11月30日月曜日

そこにゲゲゲがあった日々

 今日昼ごろ、ネットニュースに表示された見出しを見て文字通り身体がビクッと一瞬跳ね上がり、いずれ来るとは分かっていながらもとうとうその日が来てしまったのかと深くため息をつかされました。皆さんも知っての通り本日、「ゲゲゲの鬼太郎」に代表される数多くの人気漫画を生み出しながら妖怪分野の研究において第一人者でもあった水木しげる氏が亡くなりました。

 このブログでも私は常々水木氏のファンであるということを書き綴っており、またかつて読んだことのある彼の作品を何度か紹介しております。現時点においても一番好きな本はと聞かれたら「水木しげる伝」と即答するほどで、先日も高校生になったという知り合いの娘さんへ、「これ読んでいい大人になれよ」といって上中下の三巻をプレゼントしており、ガチな水木フリークに比べればまだまだですが私個人としてはかなり熱狂的だといえるほどのファンだと自負しております。

 私が何故水木氏とその作品に対してこれほどまで愛好するようになったのかというと話せば長くなりますが、子供の頃にアニメが放映されていた「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」を見ていたことはもとより、成人してから京都大丸でやっていた水木氏の作品展(大・水木しげる展)を訪れ、改めて水木氏が生み出したキャラクターの造形や性格、そして水木氏自身の数奇な人生を単純に「すごい!」と感じたことが大きかったです。ちなみに今でも後悔してるけど、その作品展で売られていた一反木綿の携帯カバーを買っとけばよかった……。

 知られている通りに水木氏は少年時代からのんびりし過ぎというか特徴的な子供で、そして成人後に出征して片腕を失くしながらも日本への帰還を果たします。しかし帰還後も苦しい生活は続き、食うや食わずの中で漫画を描き続け40歳を超えて初めてヒット作(「テレビくん」)に恵まれ、その後も本人が子供の頃から好んでいた妖怪をモチーフとした作品群でヒットを続け漫画界のみならず民俗学の分野においても多大な功績と数多くのフォロワーを生み出しました。事実、水木氏と柳田國男なければ妖怪という言葉は現代ほど定着はしなかったと思え、もしそうなっていれば「妖怪ウォッチ」もなければ「トイレの花子さん」もなく、下手すれば「ポケットモンスター」も生まれてなかったかもしれません。

 話は戻りますがどうして私が他の漫画家とは一線を画すほどまでに水木氏へ入れ込んだのかというと、単純に作品が面白かったことに加え、水木氏の人生観と死生観に強く惹かれたことが大きかったと思います。元々が特徴的な思考をしているだけに水木氏の価値観は際立っていたというか常人からは見ることのできない視点からの意見が多かったのと、それ以上に激戦地で死線を潜り抜けながら目の前で何人もの戦友を失うという壮絶な体験に根差した死生観にはえもいわぬ迫力がありました。
 生前のインタビューでも若者の自殺が近年増えていることについて、「彼らにとってそれが楽だというのであれば死なせてあげなさい」と述べた上で、「戦争の時代、若者は生きたくても生きられなかった」と付け加えていましたが、一見すると前後の文脈が噛み合っていないようであるものの、水木氏の人生を知るにつけて強烈なインパクトを持つ言葉の様に感じられてきました。ただ単に「自殺はよくない」と言う訳ではなく、どのような生が正しいのか悪いのか、そもそも生が正しくて、死は正しくないのかと問い直すような生死の比較対立構造すら揺さぶりかねない視点のようにも思え、自分には辿り着けない領域をこの人は見ているのだなとも覚えました。

 確か荒俣宏氏だったと思いますが、「水木氏の最高傑作は水木氏自身だ」と述べており、まさにその通りで水木氏が生み出してきた作品以上に水木氏という人物がとんでもなく凄かったと私にも思えます。この人の作品に出会えたこと、そして同時代を過ごせたことは紛れもなく幸福だと思いますし、この尊敬の念は今後一生変わり続けることもないでしょう。この偉大な水木サンに対して、この場にて改めて哀悼の意を表したいと思います。

4 件のコメント:

  1. 片倉(焼くとタイプ)2015年12月1日 7:07

    水木しげる氏の作品のキャラクターとして私が思い浮かべるのは鬼太郎でも悪魔くんでもなく何故か
    サラリーマン山田(出っ歯でメガネをかけたあの人)です。 妖怪ではないにもかかわらず銅像にも
    なっていますし。

    水木氏はあの時代の人としては長生きしたほうです。 手塚治虫が医学的知識を持ちながら早死に
    したことを考えると、水木氏の言う通り、睡眠時間を軽く考えてはいけませんね。

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    1.  あのサラリーマンのキャラといい、妖怪以外のキャラクターや背景は本当にすぐそこにいそうだったりありそうな絵柄で、案外ほかの漫画家にはない凄い特徴だったなと私も考えています。あと今回の訃報を受けてやたらあちこちで水木氏が前に描いた手塚や石ノ森との会話を思い出した漫画がネットで見られますが、ちょっとこれは多過ぎるなと地味に感じてます。

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  2. 水木しげるさんの訃報に接して、まず思い浮かべたのは花園さんでした(笑)
    思えば、陽月秘話にはじめてコメントしたのも、それまで興味深く記事を読ませていただいてはいたものの、コメントするのは敷居が高かったところ、水木しげるさんのファンとお聞きし、自分自身はそれほど水木しげるさんに詳しくないですが、あのゲゲゲの鬼太郎のイメージで、水木しげるさんを好きな人に悪い人はいないように思え、ぐっと親近感が増して、記事へのお礼を伝えたくなったからでした。
    水木しげるさんは人気がありますが、花園さんのようにお若い方で「尊敬する人」に一番に名をあげる方は少ないと思いますし、生前の作品やご本人の履歴など、多くの方が知る価値が大きいと思いますので、これからも折りに触れ、水木さんの作品や造詣など教えていただきたいです。よろしくお願いします。

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    1.  今回の訃報を受けて一週間くらい水木しげる特集でもやろうかなと、実は一瞬頭によぎっていました。やろうってんならやれるけど。
       さすがにそれは故人を偲ぶにしては大げさな気がするのでやめましたが、水木氏についてはまだまだ書き足りないことも多いので今後も折を見ていろいろなエピソードを元にして書いていくつもりです。それにしても、なんで自分の方でとあるイベントを起こす日に限ってこうも大事件が起きるんだろう。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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