2016年4月20日水曜日

日本のベストオブ施政家~文官だっていいじゃない

 さっきスカイプ開いたら友人に、「今日は帰ってくるの早いね」とすかさず言われました。繁忙期が一段落しつつあるためすぐ帰ってきたのですが、なんか帰宅時間を常にチェックされてる旦那のような気持ちを覚えました。

 話しは本題に入りますがよく歴史議論で、「誰が最強の将軍」だとか「戦国最強は誰か」などと戦が上手い武将や将軍の比較をよく見るのですが、「誰が最も政治運営が上手かったか」というランキングはあんま見ないように思え、ならそうした政治運営を司った文官系の歴史人物の中でも特別優秀だと思う人たちを私の視点で挙げてこうと思います。前置きは以上なので、早速行きましょう。

1、藤原不比等
 歴史教育では「大化の改新で活躍した中臣鎌足の息子」として紹介されることが多いものの、実際の業績を見るならば中臣鎌足こそ「不比等の父」と紹介されるのが筋だと考えています。藤原不比等は主に天武、持統朝で活躍し、後の大宝律令の原型となる養老律令を編纂したほか平城京への遷都といった当時の大事業を政治家リーダーとして指導しています。特に養老律令は古代日本における法律体系のスタンダードとなり後世への影響力も計り知れないのですが、それ以上に不比等の場合は今も五摂家として脈々と続く藤原氏の実質的な開祖に当たり、ある意味では天皇家に次ぐレベルで系統の長い一族を開いた人物としても見ることが出来そうです。

2、石田三成
 早くも三成ですがここ数年での評価の逆転ぶりには目を見張るものがあり、恐らく今後もストップ高が続くんじゃないかと思います。何故急に彼の評価が高まったのかは今までよくわかりませんでしたが、多分「戦国無双」ってゲームでかなりいい感じにキャラが作られたことが何よりも大きいのではないかと思います。実際、このゲームでは幸村やガラシャを抑えて常に人気ランキングトップらしいし。



 この人気に便乗しようとしたのか、滋賀県も気合の入ってきた妙なCM風動画を作ってきています。にしてもこの作品、いい具合に昭和テイストを盛り込んであって作った人は真面目にすごいと感心します。

 真面目な評論に移りますが、彼が行政官として活躍したのは豊臣政権の一時期でしかないにも関わらずその業績は非常に幅広い上に深く、後世への影響力も半端なく大きなものです。彼が主導した太閤検地によって日本で初めて度量衡が統一され、また五人組制度や参勤交代制度といった江戸時代に継続して採用され続けた制度の下地を作ったのも三成で、見方によっては主君である豊臣秀吉以上に後世への影響力が強い人物だったとも言えるでしょう。
 仮にもし三成が豊臣家を裏切って徳川家に仕えていれば、南公坊天海や土井利勝といった江戸時代初期の政治家は出る幕もなく、日本史上屈指の政治家としてその名を残していたかもしれません。

3、大久保利通
 また時代が一気に飛びますが、現在の日本国の国家体制の基盤を一から作った人物となると間違いなくこの大久保利通が上がってきます。それまで薩長の有力者によって恣意的に役人を決める太政官制からの脱却を図るため省庁制度を導入し、日本で初めて官僚制度を整えたのを皮切りに、廃藩置県導入後の徹底、予算編成、果てには自ら借財しての公共事業の実施などありとあらゆる政治業務をほぼ彼一人(+博文)が指揮して成し遂げていきました。暗殺によって志半ばで死去しますが、仮にもし彼がその後も生き続けた場合、国会開設は早まっていたのか、それとも遅れることとなったのかは議論してみると案外面白いかもしれません。

4、高橋是清
 昭和金融恐慌、世界恐慌という二度の金融危機において大蔵大臣として第一線で指揮を取り、混乱する日本経済を見事に立ち直らせた実績とその実力は疑うべくもないでしょう。また日露戦争時に英国をはじめとした海外からの公債調達においても活躍されたと言われており、内政に外交と両方面で傑出した功績を残しております。彼の評伝はやや少ないようにも思いますが、戦前の経済政治家では間違いなくナンバーワンと誰もが目している人物なだけにもっと評価されるべきだと内心思っています。

5、池田勇人
 占領統治下の吉田茂、ノーベル平和賞の佐藤栄作、昭和元禄の田中角栄に囲まれて戦後の総理としてはやや地味というか目立たないこの池田勇人ですが、内政という業務においては私は間違いなく彼が戦後最高の実力を発揮した人物だと睨んでいます。大蔵官僚の役人として吉田政権下で活躍し、政界転出後はなんと当選一期生で大蔵大臣に就任してGHQとの経済交渉を一手に引き受け着実に成果を出し、「経済の事なら池田にお任せください」というキャッチフレーズと共に総理に就任するや「所得倍増計画」を打ち出し、復興を終えた日本のグランドデザインというか国家目標を編み出して国民を引っ張ったその実績はこちらももっと評価されるべきだと私は考えています。
 なおあまり知られていませんが池田は大卒後に大蔵省へ入省したものの、すぐ全身に膿がでる難病にかかり一時退職を余儀なくされます。この病気は計五年間も続き最初の妻は看病疲れで過労死するほどで、池田本人も激痛から何度も「殺してくれ」と洩らしたほどの壮絶な体験だったそうですが、病気回復後に大蔵省へ復帰するや有り余る能力を発揮して復帰者とは思えないほどの出世街道を歩むこととなります。一度「死」を体験したものの強さというべきでしょうか、地味に好きな戦後政治家であったりします。

2 件のコメント:

  1.  確かに目立たない地味なランキングですね(笑)。
     ただ、全員知っていますが、こうして教えていただくと、時代のターニングポイントとというか方向性を作った人たちであることがわかり、面白かったです。自分もだれか人物を挙げたかったのですが、浮かびませんでした(笑)
     しかし、人物の評価の変わり目が、ゲームというのもなんというか時代ですね…と言っても信長の野望やら三国志やら光栄のゲームから興味を持った自分もそうか。

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    1.  歩行者さん、コメントありがとうございます。自分でも書いてて地味な記事だと思ってたので、こんなに早くコメント来てくれて驚くとともに嬉しいです。
       歴史評価というのはゲームや小説といった文物の影響が大きい、というよりそれで決まってしまうところがありますね。坂本竜馬人気も司馬遼太郎あってこそですし、逆に悪役として書かれると悪い方で知名度が立っちゃいます。ただ、実績はあるのに全く触れられずにスルーされてるより悪役でも知名度ある方がいいのかな。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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