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2016年12月19日月曜日

日本漫画における責任感ある大人の欠如

 昨夜の鹿島VSアントラーズ戦は私も後輩と一緒に日本食屋で見ていましたが、2対2で後半が終わりそうになった時にその後の展開が延長戦なのかPK戦なのかわからず、

後輩「PKやるくらいやったら入れるか入れられたいですね」
花園「それゲイが言ったらすごいセリフになるよな」

 そんな後輩とは先週にも会っており、その際にまだ出たばかりの漫画「進撃の巨人」21巻の電子書籍版を私が先にダウンロードしていたので彼にも見せてあげてましたが、この最新巻になってようやくタイトルの「進撃」の意味が少し明かされるなど、相変わらずその伏線の見事さに後輩と二人で誉めまくっていました。
 私自身、この漫画は近年にない傑作で今後もずっと語り継がれる作品だろうと確信していますが、その伏線やハードなストーリー展開の見事さはもとより、個人的に評価していてるのは登場する大人の存在で、具体的に言うと責任感ある大人がきちんと出てくる点が他と一線を画すと密かに考えています。

 あまり大きく指摘される点ではありませんが、日本の漫画の大きな特徴の一つとして「出てくる大人はみんな揃って無責任」であるポイントがあると考えています。何故このような特徴を持つのかというと漫画の主な購買層は少年~青年層であり、主人公も大抵の作品でおっさんではなく少年少女が据えられ、ストーリー展開で少年少女が敢然立ち向かっていく対比として成人した大人が無責任な姿を見せるというパターンが非常に多くあります。具体例を出すと見方にも寄りますが星一徹などが典型で、アニメでもガンダムシリーズでは基本的に大人は足を引っ張る存在として描かれることが多いです。

 それに引き換えと言ってはなんですが「進撃の巨人」では、確かに無責任な大人も出てくる一方で他の漫画と比べるなら責任感というか強い信念を持った大人がまだ多く登場し、人気キャラのリヴァイ兵長(中国人に聞いても男女ともに圧倒的な人気)を筆頭に少年少女である主人公らに冷徹な決断を迫ることもあれば、彼らの失敗を自分たちの指導不足だと慮る態度などが通常の大人キャラと大きく異なる姿に感じられます。

 個人的な好みかもしれませんが、やはりこうした責任感ある大人のキャラクターが絡むかどうかで作品の良し悪しは大きく変わるように思え、こうした大人のキャラにもっと注目すべきなのではないかと思うところがあります。その一方で、このように日本の漫画には無責任な大人が多数出てくるというのは社会性を反映しているのではないかと思え、大分以前に日本のサラリーマンの行動原理は責任回避だと述べ、責任から最も逃げてきた人間が最終的に企業トップに就くことが多いと指摘したことがありますが、そうした世相を反映しているからこそ漫画の中でもそうなっているのかもしれません。

  おまけ
 最近小銭を得ることが多くなったのでやたらとKindleで電子書籍を購入し回っており、最近買ったのだと「波よ聞いてくれ」、「新装版BLAME」、「中間管理職 利根川」、「私の少年」を立て続けに購入し、先程書いた「責任感ある大人」という意味で利根川のことを思うと複雑になりつつこれまで単行本を買っている「干物妹!うまるちゃん」は最新刊の9巻を買おうか考えていた所、レビューが酷評の嵐で埋まっているので結局やめることにしました。この漫画、最初の方は確かに半端なく面白かったけどほかでも言われている通り7巻辺りから急激にトーンダウンしてるし……。

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