話は本題ですが、日本で軍神と言ったらまず間違いなく上杉謙信、次いで東郷平八郎が上がってきますが、基本的には類まれなる戦争指揮能力を持った人間にこの異名は授けられます。では世界史における軍神はと言ったら、中国だったら恐らく韓信が来るでしょうが、欧州であればやはりナポレオンの名前が挙がってくるかと思います。
実際に彼の戦績はすさまじく、皇帝となった後のアスペルン・エスリンクの戦いまでは全戦全勝で、一部の戦闘においては完膚なきまで敵軍を叩いており、最初のプロイセン(ドイツ)との戦いでは文字通り敵軍兵士を「溶かす」と言っていいくらいにまで撃滅しています。もっとも上記のアスペルン・エスリンクの戦い当たりから徐々に精彩を欠くようになり、ロシア遠征では結果論ではあるものの判断ミスをかなり連発しています。
ただ、ナポレオンの最大の敗戦と言ったらやはりその最後のワーテルローの戦いでしょう。この戦いで完全敗北した彼は遠く離れたセント・ヘレナ島に流される羽目となりますが、そのきっかけとなったワーテルローの戦いは敗北こそしたものの、ほんの一つのボタンの掛け違いがあれば、ナポレオン率いるフランス軍は大勝した言われます。
具体的には数万の兵を率いて別動隊となっていた軍を本軍に合流させていれば、崩壊間近だった英軍を完全に突破することができたと言われています。実際、ナポレオンはこの別動隊に開戦直前に本軍への合流を指示していますが、伝令兵が道を間違えて伝令が届かず、結果的に合流を逃しました。
なおその別動隊を率いていたのはグルーシーという元帥で、遠くから砲弾の音が聞こえるから本軍に向かうべきだと周りから進言されたものの、プロイセン軍を追撃するという最初の命令を墨守してしまっています。
この伝令についてですが、送ったのはワーテルローで参謀を務めたスルトという元帥(フランス外人部隊の生みの親)で、彼は一人の伝令しか送っていませんでした。戦後にこのことを知ったナポレオンは、「ベルティエなら1ダースの伝令兵を送っただろう」と言ったとされます。
・ルイ=アレクサンドル・ベルティエ(Wikipedia)
漫画の「ナポレオン」ではホビットのような姿で描かれてるこのベルティエですが、「皇帝の影」と呼ばれたように、ナポレオンが若かった頃から彼の最側近の参謀として仕え、彼の覇業を大きく支えた人物です。
ナポレオンの戦争指揮は非常に断片的かつ分かりにくい指示が多かったそうですが、そうした指示をベルティエは的確に理解して現場を手配し、軍をうまく回していたそうです。しかしワーテルローの戦いの直前、ナポレオンがエルバ島から脱出してパリへ向かっている最中にナポレオンからこっちに来るよう連絡されたベルティエは自殺しており、ワーテルローで参謀を務めることはありませんでした。
仮にベルティエが参謀でいたら上記のスルトのミスは起こらず、別動隊も合流して勝利していたと思われるだけに、ナポレオンにとって最も致命的な死は彼だったとする声も少なくありません。同時に、天才過ぎる司令官はその天才を理解する人物なくしては実力を発揮できないことの例えとしてもよく使われます。
そんなベルティエとナポレオンの例に近いと思うのが、米国の南北戦争において南軍を率いたロバート・リー将軍がいます。彼も天才的な用兵によってブル様に勝る北軍を何度も撃退し、彼一人で南北戦争を数年長引かせたとまで言われ、米国史上でも最高の軍指揮官と名高い軍神です。
ただ、彼の戦歴をよく見ると、南北戦争前半では勝っているものの、後半は割と負け続きであったりします。そりゃ北軍の方が三国志の魏じゃないけど物量で上なのだから長期戦となると有利になるのは当たり前と見ることができますが、実は彼が負け始める直前、ある人物が亡くなっています。
・ストーンウォール・ジャクソン(Wikipedia)
亡くなったのははリー将軍の副官だった、上記のジャクソン将軍です。ナポレオンと似ていて、リー将軍も戦争支持は必要最低限なことしか言わず、下手したら地図を指さすだけとかもあったそうです。そんな面倒くさい上司の意図を的確に理解し、現場に上手く伝えるという暗号解読機みたいな役割を果たしていたのがジャクソン将軍で、リー将軍も彼のことを大いに頼って、二人で連戦連勝を重ねていました。
しかしジャクソン将軍は大勝した戦闘の帰り、なんと味方の誤射によって射殺されてしまいます。弾は左腕に受けて左腕を切断したものの容体は回復せず亡くなったのですが、彼の訃報を聞いたリー将軍は、「ジャクソンは左腕を失ったが、自分は右腕を失った」とまで言ったそうです。
事実、その後その通りな展開となり、かの有名なゲティスバーグの戦いの戦いでリー将軍率いる南軍が敗北してからというものの、その後ほぼ全く優勢を得ることなく南軍は追い詰められていきます。このゲティスバーグの戦いも、ジャクソン将軍がいたら南軍が勝っていたという主張もあります。
ただそれ以上に、リー将軍の用兵を理解して実践に落とし込む副官が消えたという事実の方が、その後の南軍の敗北的には大きいかもしれません。ナポレオンにしろリー将軍にしろ、どちらも戦争の天才であることは間違いないものの、その天才性は優秀な副官があって初めて発揮されるものであり、副官を失うということは文字通り、彼らの天才性の喪失に直結していたとも考えられます。
そう考えると、優秀な副官に恵まれすぎると、天才は彼らなしではいられない一種の依存状態に陥る者なのかもしれません。そうなれば後は一介の将軍に成り下がりかねず、その点ではある意味軍神は不幸でしょう。
現代のビジネスにおいてもそうした例はいくつか見られます。優秀な副社長や専務に去られてしまった、かつては天才と呼ばれながら会社をダメにする経営者などは枚挙にいとまがなく、どれだけ天才であろうと、自分一人でその才能を支えきれなければほんの一人がいなくなるだけで途端に無能と化すものです。そういう意味では、天才はこの辺を理解した上での謙虚さも、必要条件として求められてくるでしょう。
2 件のコメント:
「発達障害者としての長嶋茂雄論」というコラムを思い出しました。ネット
で検索すれば出てきます。 それによれば長嶋茂雄監督率いる巨人の選手
は強い(長嶋退任直後の後任監督はリーグ優勝している)。長嶋監督本人
の勝負勘も強い。にも拘わらず監督として大成できなかったのは長嶋氏の
事務的能力(自分の考えをわかりやすく周囲に伝達する能力)が無かった
からだと考察しています。
そのコラムでは 補佐役の不在、もしくは「監督の仕事そのものを変えて
しまう(意訳:長嶋氏の得意なことだけやらせる)」事をしなかった
ため長嶋氏の弱点が 巨人の不振という結果で現れたと言っています。
もし長嶋氏に名補佐役がいればよかったのでしょうが、あの人気者である
長嶋氏と対等に付き合い意見ができる人間なんてそうはいないでしょうね
長嶋監督だと「バーっと言ってこう」などと擬音が多いから、その指示を理解するのはきつそうですよね。もっとも審判に代打を告げる際、バントのジェスチャーしながら告げるという、目に見てわかる指示もありましたが(相手バッテリーもわかって、即アウト取られたが)。
記事にも書いていますが、こういう天才型の人間はその意図を理解する副官あっての自分と理解しないとやってけないだけに、その辺の副官の価値を認めて手元に置けるかが、文字通り自らの命運を左右するでしょうね。
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