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2010年4月12日月曜日

荀子の知足論について

 このところ同じ切り口から始まることが多いですが、また友人と会ってきた時の話です。
 ひょんなことからその日に会った友人に倫理、哲学の講義を突然する事となり、友人が持ってきた高校用の補助教材を一緒にめくりながらそれぞれの哲学家の主張や経歴を片っ端から説明してきたのですが、その中でちょっと気になったのが今回のお題となっている荀子の記述です。

 高校レベルの授業に深いのを求めるべきではないとは分っているのですが、その補助教材で荀子は、

「孔子から始まった儒学の流派の中で、人間の性根は善であるという性善説を唱えた孟子に対して人間の性根は欲望が根幹であるとする性悪説を唱えた」

 という風にまとめられていて、ちょっとカチンときたというか、もうすこししっかり教えろよと一緒にいた友人相手に無闇に吠えてしまいました。

 孔子に続く儒学の二大流派の創始者という事もあってか孟子と荀子はよく比較され、この性善説と性悪説もほぼセットのように取り扱われますが、孟子の性善説に対して荀子の性悪説は見かけからかどうもダーティなイメージが付きまとってしまいます。しかし両者の主張をきちんと比べてみるならばアプローチの仕方が違うだけで実際にはほとんど似通った内容で、荀子もパンクロックみたいに、「世の中、お人好しばかりじゃねぇんだよ」と言っているわけじゃありません。

 性善説も性悪説も生涯をかけて義や礼といった儒学の要素を学ぶ事の重要性を謳っているのですが、孟子の性善説は人間の性根は元々善ではあるものの、世間や世の中の様々な影響を受けるうちに悪の要素に染まっていく可能性があり、そのようにならないために儒学をきちんと学んでいくべきだと主張しています。それに対して荀子の性悪説は人間の性根は欲望に代表される打算的なものであると割り切り、みんながみんな好き勝手に生きていたら世の中すごく殺伐としてしまって生き辛いので、きちんと儒学を学んで善なる人間になれるよう努めるべきだと主張しています。

 確かに両者で人間は善か悪かでスタート地点こそ異なるものの、何も学ばずに生きると存在として悪になってしまうというのは一致しています。もちろん荀子の方が孟子よりは現実的というか冷徹な意見ではあるものの、儒学をみんなで学んで世の中を良くしようという思いは全く一緒で、性悪説を唱えたからといって荀子が冷たい性格の人間だったと考えるのはやや早計でしょう。
 なお性悪説は見方によれば欧州でルソーらが唱えた社会契約説にも通じる価値観で、現行法がルソーの影響を強く受けていると考えると今の世界の主流の価値観に近いのは荀子だと私は思います。

 こんな風に荀子のことを書くあたりからわかるでしょうが、私もどちらかといえば荀子の方を贔屓にしております。ただ私が荀子を評価するのはこの性悪説の概念というよりも、彼の唱えた「知足論」という価値観に納得させられる所があり、件の高校の教材においてこの知足論について全く触れられていなかったというのも私が最も怒った原因です。

 その知足論というのはどういう内容かというと、まず前提として人間の欲望というものは基本的に飽くなき物で、放っておいたらどんどんと膨張してしまうと荀子は定義しております。
 一つ例えを用いると、社会学ではマズローが「自己実現論」の中で欲求段階説と呼んで説明していますが、毎日野菜を食べたいと願っていた人が野菜を食べられるようになると今度は魚を食べたいと思い、魚を食べられるようになると今度は肉を食べたいと思うようになり、肉を食べられるようになったら今度はもっと高級な肉を食べたいと思うように、欲求が一つ一つ達成させられるごとにどんどんと大きくなっていくということです。そしてこの様な欲求は一度大きくなると以前の欲求では満足できなくなり、先ほどの例えだと肉を食べられるようになるともう野菜を食べても満足できなくなるとされています。

 この様に最初は野菜で満足できたものが最後には肉でも満足できなくなるという、欲求を追及するごとに人間は幸福を感じる力が徐々に薄れていく事を荀子は指摘し、果てなき快感を求め続けるよりもむしろ、今自分の身の回りにある環境に満足するように努めることこそが人生全体で一番幸福に生きる道だと説いております。そしてこれを漢文調に一言でまとめると「足ることを知る」となり、荀子が残した「知足」という言葉になるというわけです。

 こうしてみると荀子というのは、世間一般で思われているよりずっと優しい人間だったのではないかと私は思います。競争したり追い求めたりすることよりも今の自分に満足しなさいという言葉を残すなんて、競争してなんぼの現代社会においてはなんだかほろりとさせられる言葉です。老荘思想的といえばそうですが、自分の境遇に不満を覚える度にこの言葉を思い出しては私は自制する様に努めております。

3 件のコメント:

jorge3 さんのコメント...

はじめまして。いつも楽しく読んでいます。


今回のテキスト、とても面白かったです。
荀子について今まで全く知らなかったため、
ちょっと興味を持って調べてみたいと思います。
何か荀子の思想について書かれているお勧めの本はありますでしょうか。できたら教えてくださるとありがたいです。

花園祐 さんのコメント...

 jorge3さん、コメントありがとうございます。

 荀子についての本ですが、ここで高説ぶっている癖に実は私も何かまとまった本を読んだことはなく、今回の話もどっか中国の思想史関係の本を読んでいたときに見つけた話です。

 もし荀子について調べてみようというのならやはりこの時代の儒学というか中国の思想も一緒に見れるようなのがいいので、中国の思想史を俯瞰するような入門書がいいかもしれません。そういうわけで早速Amazonでそういう本がないのか私も調べてみたのですが、岩波文庫で金谷治氏が上下巻で「荀子」という翻訳本を出していました。
 この金谷治氏の翻訳本を私は「論語」、「孫氏」を呼んだのですが、二冊とも非常に分りやすい上に読みやすいので、金谷氏の訳本であれば私も安心して太鼓判を押せます。折角なので、私も読んでみようかな。

jorge3 さんのコメント...

花園さん、早速の返事、感謝です。

金谷治氏の翻訳本がお勧めなのですね。
探して読んでみます。

これからもブログのテキスト楽しみにしています。ありがとうございます!