2013年5月30日木曜日

暗殺者列伝~公暁

 大分おざなりとなっているこちらの連載ですがふと思い出してみたらいい題材があったので、本日は鎌倉幕府の三代目将軍、源実朝を暗殺した公暁を取り上げようと思います。

公暁(Wikipedia)

 まず最初に公暁の出生というか鎌倉幕府将軍の血統について簡単に解説します。初代将軍の源頼朝は男子を計4人もうけますが、長男の千鶴丸は源平の争乱時にわずか3歳で殺され、三男の貞暁は仁和寺の仏門に入りました。そのため将軍の後継となれたのは二男の頼家と四男の実朝の二人となり、頼朝の死後は順番通りにひとまず二男の頼家が継いで二代目将軍となりました。

 ただこの頼家、将軍就任後は母方の実家である北条家よりも外戚の比企氏を頼るようになり、北条家以外の昔からの御家人たちからも不興を買います。そのため北条家らによる謀略によって起こされた比企能員の変で比企氏が滅ぼされると権力を失い、将軍でありながら北条家らによって伊豆の修禅寺に追放され、そこでもまた北条家が刺客を放って23歳で暗殺されてしまいます。
 頼家がリーダーシップに不足していたのか、また吾妻鏡に書かれているように粗暴な人間だったのかはやや疑いが残りますが、旧来の御家人たちからは確かに不人気だったと思わせられる描写があり、少なくとも御家人を束ねられる人物ではなかったと私は思います。だとしたら将軍になってしまったのは彼の不幸でしょうし、暗殺までされてしまうというのも悲運以外の何物でもないでしょう。

 そうした同情論はこの際置いて話を続けますが、本日取り上げる公暁は頼家の二男です。父が暗殺されたのは彼が5歳の頃でしたが、暗殺後は頼家の後継となり三代目将軍となった源実朝が養子として引き取ります。もっとも後に暗殺にやって来るくらいだから実朝も持て余したのか、公暁が12歳になると鶴岡八幡宮へ送って出家させています。
 そんな公暁自身は本人が勝手に思い込んだのか、はたまた誰かが吹き込んだのかがミステリーになりますが、どうも父親の頼家を暗殺したのは実朝だと考えたそうです。そして将来は自分が将軍に就くとも考えていた節があり、出家していながら髪を下さずにいたとも言われます。

 そして来る1219年の1月。京都に大雪が降る中、右大臣就任を受け鶴岡八幡宮に参拝した実朝に対し19歳の公暁は、「親の仇だ!」と叫んで襲い掛かり、手下の法師数人と共に実朝を殺害します。またこの時に公暁は北条義時も狙っていたものの、当日になって体調不良を訴えて実朝の太刀持ちには源仲章に代わっていたことから義時は難を逃れました。逆を言えばこの時に仲章は義時に間違えられて殺されてしまったんですけど。
 もう一気に書いてしまうと、上記のような背景があることからそもそもこの暗殺は源家の血筋を絶つために仕組んだ北条家の自作自演劇だったという説が絶えません。また北条家以外にも天皇家や他の御家人が公暁を唆したという説は絶えないのですが、検証することはできないまでも説としては確かに筋は通ります。

 それで話は公暁に戻りますが、公暁は実朝の暗殺後、実朝の首を持って後見人の備中阿闍梨の家に向かいます。そして旧知の三浦義村に「自分はこれから将軍になるから準備を進めるように」と使いを出すわけなのですが、なんていうかこの辺りはやっぱまだ19歳のガキだなとか私は思ってしまいます。
 使者を受けた三浦義村は曖昧な返事で時間を稼ぐとすぐに北条義時へこのことを知らせます。一方、なかなか返事が来ない公暁が義村の家へと向かうと時すでに遅く、そこにはたくさんの追手が待ち受けていたという話です。ただそこはやんちゃな19歳。腕力は相当あったようで追っ手を散々に蹴散らしたそうですが、最後は義村の家の塀をよじ登ろうとしたところを打ち取られてしまいました。

 やっぱりこの公暁の暗殺劇を見ていると、どう見たって黒幕がいるとしか思えない筋書です。ただ19歳にもなって自分が騙されていると気付かない公暁も公暁で、彼の破滅は自業自得としか言いようがありません。

 最後に実朝についてもう少し触れますが、この暗殺の黒幕に挙げられている後鳥羽上皇とはそこそこ仲が良く、両者ともに公武の連携を模索していたと言われます。仮にこの関係をブラフとして使っていたのであれば後鳥羽上皇は大したものですが、承久の乱を見る限りだと意識先行型な感じも受けます。
 それと、公暁に殺された後に実朝は首を持って行かれたのですが、公暁が打ち取られた際に実朝の首は見つからなかったそうです。これを聞いて鶴岡八幡宮には夜な夜な、首のない実朝の霊が歩いたりするのかなと思ったのと同時に、去年にヒットした映画の「桐島、部活やめるってよ」のタイトルみたいに「実朝、首見つかってないってよ」というフレーズがなんかよぎりました。我ながら不謹慎この上ないと思いますが、なんか実朝さんは優しそうだから許しれくれそうな気がします。

2 件のコメント:

  1. 鶴丘八幡宮で、公暁が隠れて待ち伏せをしていたとされる、樹齢1000年を超えるとも言われた大イチョウ(別名・隠れイチョウ)の木が、3年前に、どすーんと、根元から倒れてしまいました。根と幹が、再生を願って、元の場所に戻されましたが、元気なのかなぁ。さいきん、小町通りにおいしいホットケーキで有名な喫茶店があると聞いたし、久しぶりに鎌倉に行きたくなりました。

    返信削除
    返信
    1.  大イチョウの木はWikipediaの記事にも書かれてありましたが、さすがに真実性は低いと書かれていましたね。でもこれだけ大昔のことですし、話しのネタになるような伝説はあってもらいたいものです。
       ホットケーキは自分もつい先日、うちの親父と名前忘れたけどチェーンの喫茶店でやけにでかいのを二人で分けて食べました。あとホットケーキは生産単価が低く冷凍で保存できるので、学生時代はしょっちゅう大量生産を行っておりました。

      削除

コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

注:ブラウザが「Safari」ですとコメントを投稿してもエラーが起こり反映されない例が報告されています。コメントを残される際はなるべく別のブラウザを使うなどご注意ください。