2015年4月17日金曜日

創業家列伝~樫尾四兄弟(カシオ計算機)

 たまに友人から、「あの創業家列伝の連載ってもう終わったの?」って突っ込まれるほど掲載時期に幅のあるこの連載です。書けるネタ、書きたいネタはたくさんあるものの書く前にそこそこ調べものとか準備がいるので、ついつい執筆が後回しになってしまっているのが現状ですが、今の所マッドシティとかほかにもいくつか連載記事を抱えたりしているのでなかなか手が回らないのが本音です。てんかん発症気味の状態だったら無限のエネルギーで延々と書き続けられるんだけどなぁ。
 そういうわけで今日の創業家ですが、意外と書かれている評伝が少ないと思われるカシオ計算機の創業家、というよりは創業一家である樫尾四兄弟を取り上げます。

カシオ計算機(Wikipedia)

 往年の世代の方であれば「答え一発カシオミニ!」というこのキャッチコピーを覚えているのではないでしょうか。このコピーと共に一世を風靡し、それまで企業向けにしか需要のなかった電卓を一気に個人用として普及させた電子電卓「カシオミニ」は現代においても「電卓といったらカシオ」と言われるほどの大きな成功を収め、同社を優秀な電子機器メーカーとして名指しめました。そのカシオ計算機を創業したのは現社長の樫尾和雄氏(三男)、現副社長の樫尾幸雄氏(四男)の兄である樫尾忠雄(長兄)とその弟の樫尾俊夫(次男)であり、実質的に四兄弟の団結によって生まれ、繁栄した会社と言っても過言ではありません。

 長男の忠雄(以下名字は省略)は1917年に現在の高知県南国市で、農業を営む両親の元で生稀増した。忠雄がまだ幼少だった1923年に一家は関東大震災後の東京に移り住み、その翌年の1924年に次男の俊雄が生まれています。
 一家の生活は決して裕福ではなく忠雄は小学校高等科を卒業した十三歳の頃には就職し、巣鴨の榎本製作所で旋盤工として働き始めます。ここの会社の社長をしていた榎本博は忠雄の熱心な仕事ぶりを認め、自ら学費を負担する形で十六歳になった忠雄を早稲田の夜間学校へと通わせ、忠雄もまたその期待に応えギリギリまで仕事こなしつつ勉強もしっかりこなして無事に卒業を果たしました。
 しかし善人ほどとでもいうべきか、戦時色が強まっていた1936年に榎本博は軍から召集を受け、そのまま戦地で散る運命となりました。榎本の出征に伴って榎本製作所は閉鎖しましたが、榎本は出征の前に忠雄へ愛用のノギスを託したと言い、このエピソードだけでも両者の強い絆というか忠雄の将来性を深く買っていたということが伺えます。

 榎本製作所の閉鎖後、忠雄はいくつかの会社を渡り歩き1942年には間借りの工場で独立を果たします。その後、戦争が終結した翌年の1946年に東京都三鷹へと移り「樫尾製作所」を正式に発起して、この時点を現在のカシオ計算機は創業年として取り扱っています。
 ただ独立を果たしたものの当時は敗戦直後で物資は何もなく、工作機械にすら事欠く有様だったようです。どうにか中古の機械を調達する算段が出来たものの売主は長野県諏訪市にいたため、父親の茂がリヤカーを引いて往復300キロを渡り歩いてわざわざ運搬してきたほどだったそうです。それにしてもガッツのある父ちゃんだ。

 またこの時、兄同様に優秀で当時逓信省に技術者として勤めていた次男の俊雄が公務員という職を捨てた上で樫尾製作所に入社しています。少しでも兄を手伝いたいという一心からの行動だったということで、創業当初はまさに兄弟二人三脚であれこれ製品を作ってどうにかこうにか会社を回していく状態だったらしく、手元の資料によると兄弟がうどん製造機を作って、それで作るうどんを家族が売り歩くということもあったそうです。
 そんなこの兄弟の初のヒット商品は指輪に煙草を差せる突起をつけた「指輪パイプ」で、煙草をスパスパ吸う兄を見た俊雄が発案した作業しながらでもタバコが吸えるという製品でした。これが意外にヒットして1日300個も売れる日もあり、創業当初の経営を大いに支援してくれました。

 そしてこの指輪パイプに続いた商品というのが、カシオの代名詞ともいえる電卓こと計算機でした。この時既にスポーツマンで行動的な三男の和雄氏、温和で研究肌な四男の幸雄氏も入社しており、四兄弟が揃い踏んだ上で計算機の開発に心血を注いでついにソレノイド式計算機の自社開発に成功します。なお、このカシオのソレノイド式で初めて採用されたボタン配置というのが現在のテンキー配置だったりもします。
 ただこの時のソレノイド式計算機は演算速度は高かった掛け算を連続して行う連乗機能がなく、商社からは欠陥商品としてあまり相手にされなかったようです。その悔しさをばねにしてか四兄弟はソレノイド式から今度はリレー式の計算機開発に手を付け、1956年には「14-A型リレー式計算機」の発明に成功、翌年に内田洋行と販売契約を結び正式に売り出したところ市場からも高く評価され、「電卓のカシオ」という名を始めて轟かせるに至りました。

 しかしこの時のカシオの成功を見た同業他社もこぞって電卓の開発に乗り出し、電卓市場の競争は非常に激しくなっていきました。カシオもスタート当初でこそリードしていたもののあっという間に技術的差を詰められ、究極のリレー式計算機として開発していた「81型」は当時普及し始めていたトランジスタ採用の電子式計算機との比較によってほとんど評価されず、ほぼ完成しておきながら結局製品化はせずにお蔵入りになるという憂き目を見ています。
 なおこの時カシオの最大のライバルとして電子式計算機を持って立ちはだかっていたのはあのシャープです。こういういい時代もあったんだなぁ。

 この時は最初の電卓の成功でいい気になってゴルフ三昧だった四兄弟も気を入れ直し、1965年には市場の要求に追いつこうと遅ればせながら電子式計算機の開発に取り組みます。元々切り替えの早い会社でもあるようだし社員も優秀な人材がそろっていたこともあって開発開始から一年足らずでカシオ初の電子式計算機「カシオ001」を世に送り出し、一旦開いた技術的な差を一挙に埋めることに成功し、「電卓のカシオ」の名を維持し続けました。

 そしてそれから7年後の1972年、ほとんど法人向けにしか売られてこなかった電卓を個人向けに売る道はないかとカシオは動き出します。当時カシオの社員で現在はオプトエレクトロニクス会長の志村則彰氏を中心に、カシオは個人向け販売に当たって最大の障害となる生産コストの削減を様々な方法で探り、キーをリードスイッチからパネルスイッチにしたり、演算処理にLSIを導入したりなどしてついには当時の市場価格の約3分の1程になる12,800円という定価で恐らく世界初の個人向け電卓「カシオミニ」を世に送り出します。なお原価は4,500円程度だったらしく、定価の設定は社長の忠雄がトップダウンで、というか製品発表日に突然決めたそうです。

 このカシオミニは発売当初から大きな話題を集め、発売からわずか十ヶ月でで百万台を販売するなどカシオにとってかつてないほどのヒット商品となり、やはり「電卓のカシオ」と当時は言われたことでしょう。しかもこの時の日本ではボウリングがブームで、ボウリングの点数計算に当たってその使い勝手の良さが評価されたことが追い風となり、電卓を販売した競合メーカーを市場から一気に叩き落とすほどの成功を得ています。

 その後もカシオは電卓にとどまらず、電子楽器の「カシオトーン」、高耐久性電子腕時計の「G-SHOCK」など独自性の光る商品を次々と発表し、現代においても一芸のある電子機器メーカーとしての地位を保ちながら「電卓のカシオ」という看板を守っています。何気に私もカシオの電卓使ってるし、例の1・3・7・9・AC同時押しの裏技も知ってるしなぁ。

 このカシオという企業について私見を述べると、本当に創業当初から四兄弟が一緒になって盛り立てきて現在も社長と副社長が三男と四男という辺り、いい意味で「創業者が一人の会社じゃない」という印象を覚えます。しかも長男と次男は既に逝去していますが、生前もケンカがあったなどというエピソードは聞かず仲が良かったようで、比べては悪いですがどっかの化学品メーカーの兄弟がいやでも頭に思い浮かんできてしまいます。
 既に述べていますが、カシオというのは一癖、一工夫ある商品がやはり多いように思え、四兄弟のオーナーシップがその独自性を高めているようにも覚えます。その点ではこの会社も一種の家族経営企業とみても間違いではなく、その数少ない成功例として考えてもいいと私の友人は話していました。
 ただなんでもかんでも成功してきたというわけではなく、1995年には「ルーピー」という女の子向けを意識したゲームハードを発売したものの市場から認知されることもなく淘汰されています。それにしても、現代でこの名称聞くとこっちもまたある元首相が浮かんできてしまうな。

  おまけ
 先週末に自分の所属するサイクリング部のメンバーと共にボウリングをやってきましたが、みんな揃いも揃って下手で誰もスコアが100に届くことがありませんでした。しかしレベルが低い分、みんなして実力が拮抗したため結構熱くなって楽しかったです。なお昼食はサイゼリヤ。

  参考文献
「実録創業者列伝Ⅱ」 学習研究社 2005年発行

2 件のコメント:

  1. キミのbowling得点は何点でしょうか?ご開示願います。

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    1.  確か77点くらい……。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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