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2013年4月28日日曜日

世界終末論と中国経済崩壊論

「世界はとっくに終わっているハズだった」

 なかなかキャッチーな上記の言葉ですが、これは一時期私が通っていた「超常現象の謎解き」というサイトにおける、これまでに唱えられた世界終末論をまとめたページに書かれている言葉です。詳しくはリンク先をぜひ見てもらいたいのですが、昨年末に出てきたマヤの予言を含めよくもまぁこれほどまでに終末論を集めた、というよりこんなにも世界の終末を予言した奴がいるもんだと思わせられます。もっとも、今もなお世界は滅びていないということからするとこれらの終末論は見事に空ぶったとしか言いようがないのですが。

 このように終末論というのはこれまで一度も当たった試しがない(当たり前だが)にもかかわらずいつの時代でも「この日に世界は滅ぶんだよ!」とMMRのキバヤシみたいなことを言う人が後を絶たず、そして悉く何事もなく予言された終末日を過ぎてしまいます。このようなことから私は「何度も提唱されるんだけど全く当たらない予想、予言」の比喩表現として、「そんな終末論を誰が信じるの?(´∀`)」という具合でこのところ使用する頻度を上げています。出来れば流行ってほしいなぁと思いつつ……。

 ではそんな終末論という比喩表現を具体的にどの場面で一番多く使うのかですが、はっきり言えば「中国経済はもうすぐ崩壊する!」といった類の主張に最も使います。今なら大抵どこの書店に行ってもこの手の類の書籍がビジネス書のコーナーに平積みされているかと思いますが、それは今に始まらずかなり前からずっとです。いい加減、一体いつになったら中国経済は崩壊するのかちょっと問い詰めたいというか、雨が降るまで雨乞いをやる(的中率100%)わけじゃないんだし、一つここは「超常現象の謎解き」さんを見習って私も、これまでの中国経済崩壊論を取り扱った書籍をひとまとめに集めてみました。すべてAmazonで「中国 崩壊」で検索した書籍ですが、早速下記をご参照ください。

中国経済は崩壊しているハズだった

<2013年>

<2012年>
2014年、中国は崩壊する(宇田川敬介)

<2011年>

<2010年>

<2009年>
中国経済・隠された危機三橋貴明
中国経済がダメになる理由三橋貴明&石平
反日、暴動、バブル 新聞・テレビが報じない中国(麻生晴一郎)

<2008年>
中国の崩壊が始まった! (日下公人&石平)

<2006年>
そして中国の崩壊が始まる(井沢元彦&波多野秀行)

<2005年>

<2004年>

<2001年>
やがて中国の崩壊がはじまる(ゴードン・チャン)

<1998年>

 以上です。はっきり言ってこれだけの書籍タイトル、まとめるだけでも結構疲れました

 ざっと見てもらえばわかりますが、どうも同じ人が手を変え品を変え対談者を変えて何度もこの手の本を出しております。具体的に名前を挙げると、石平氏、宮崎正弘氏、黄文雄氏、 三橋貴明氏の四人です。四人ともこれだけ本を出しているのだからもう言い足りないことなんてないんじゃないのと思うほどなのですが、私なりに予言させてもらうとまだまだこの人たちは中国崩壊論で本を出すことでしょう。

 一体何故これほどまでに中国崩壊論で本が出版されるのかですが、一つのヒントとなる本として、「習近平と中国の終焉」(富坂聰)という本があります。
 この本はぶっちゃけ私は読んだことはないのですが、富坂氏に関しては中国事情に非常に詳しいジャーナリストとしてかねてから、そして今も尊敬している人物です。それだけにどうしてあの富坂氏が「中国の終焉」なんて現実離れしたことを言い出すのかちょっとショックを受けたのですが、この本のAmazonのレビューを読むと、こんなことが書かれています。

→しかし、書名はいただけません。「終焉」までは書かれていません。おそらく編集部の強い要請でこの書名になったのだと思います。

 恐らく、これが真実でしょう。単純に、「中国崩壊」などというタイトルをつけると本が売れるのでしょう。そのためこれほどまでに日本国内でチャイナリスクをけたたましく謳う本が溢れる事態になったのだと私は考えます。
 ここで私は思います。仮に自分も企画を持っていてこの手の本を書いたら売れるのかなぁと。社会学士なだけに統計データを弄ればそれなりに説得力のある本を書く自信もありますが、私自身は予想屋は予想を当ててなんぼ、売れる売れないは意味がないと考えているのでこの流れに乗る選択肢はやはりありません。

 またこれは私個人の意見ですが、「敵にはなるべく侮られたい」という考えを持っております。理由は侮られれば侮られるほどこちらとしては相手の寝首をかきやすいためで、逆に敵と認識している人物に警戒されるということは自身にとっては不利だと感じます。このような視点で中国崩壊論を見るにつけ中国をやや侮り過ぎじゃないかという気がして、仮に逆の立場で中国で日本崩壊論など日本を侮る書籍が並んでいたらきっと私はほくそ笑むでしょう。なんかそう考えると、冗談ではありますが中国崩壊論を主張する人は中国の間諜にも見えてきそうだ。

 以上のような具合で、チャイナリスクを検討することは至極もっともですが、金稼ぎはほどほどにしたらというのが私の意見です。最後にもう一冊本を紹介しますが、圧倒的アウェーの状況下で「中国は崩壊しない」(野村旗守&陳 惠運)という本も出ております。なんか逆に興味が湧くというか、今度買って読んでみようかなという気が起きます。友達にねだって買ってもらおうかな。

2013年4月27日土曜日

USJにおける大学生の迷惑行為について

幼稚、暗愚、無神経…USJ迷惑騒動で判明、今どき大学生の“嫌になるほどの低レベル”(産経新聞)

 このところ関西の大学生が遊園地などのレジャー施設で非常識な行動を自慢げにネットで発表をして炎上するという事件が続発しております。これら大学生の行為は各記事中にも書かれておりますが、非常識極まりないことはもとより「そもそもどうしてこんな幼稚でくだらない行動を自慢しようとするのか」という疑問の方が大きい気がして、はっきり言ってしまえば私もこいつら頭おかしいなと思います。
 なおこれらの非常識な行動は主にツイッターに大学生自身が投稿したことから」明るみに出ましたが、このブログを始めた当初にこちらはMixiですが、何故SNSサイトなどで自らを振りに追い込むような犯罪告白をするのかということを私自身が記事に書いております。若い頃から意味の分からないことを書いてるもんだと思えますが。

ミクシ発の自爆炎上について
続、ミクシ発の自爆炎上について

 ここで話は変わりますが、今回の事件の舞台となったUSJには私も昔行ったことがあり、当時は私も関西の大学生の一人であったということから同じ大学生のメンバーらと行きました。その際に絶叫系の遊具に乗って、一番滑降が激しい所で運営側が写真を取ってくれるのですが、絶叫系の乗り物に乗り慣れている友人がびっくりするくらい無表情(彼にとっては緩かった)で写真に写っていたのが今でもよく覚えております。

2013年4月26日金曜日

故大島渚監督の話

 昨日のNHK放送のクローズアップ現代で、今年亡くなられた大島渚監督についての特集報道がありました。私は大島監督の作品はこれまで見たことがなかったのですが、見ていてなんだかこみ上げるものがあったので折角だから書くことにします。

 まず大島監督について私はこれまで、現場で怒りやすい怖い監督だとしか知りませんでした。そんな大島監督のキャラクターは作品にも現れているようで、一貫して「不条理に対する怒り」というのものがテーマだったようです。以前に読んだ映画批評でも、口にするのもはばかれるような差別階級や社会問題を堂々とカメラに収め、それを視聴者にまざまざと見せつけるということが多かったらしく、若い頃から社会派だったり政治的映画監督だなとと呼ばれていたとのことです。

 あまり長く書いてもしょうがないので今回のNHKの特集でドキッとしたというか心動かされたのは、大島監督の長男である大島武氏(父親によく似ている)が父親の映画について、「これほどまでに不条理が世の中に溢れているのになんで黙ってみていられるんだ、笑っていられるんだ、というようなものを訴えたかったのでは」というようなことを述べておりました。実はこの不条理という言葉、かなり以前ですが私も就活で苦戦している最中に恩人から、「この世の中は不条理でできていると言ってもいいのだから、なかなか思うようにはいかない」と深く諭されたことがありました。それだけに大島武氏の言葉にああそうか、不条理を正せとまでは行かなくても、それを無視すること、目をそらすことは悪いことなんだなんていう事を久々に思い起こされました。

 自分もこのブログでは結構格闘しているつもりではありますが、それでも世の不条理と戦っているとは正直言いづらいです。何も自分がやる気を出せばそれらの不条理を正せるなどとは思いあがってはおりませんが、それでも何かしら、少しずつでも努力はしていきたいと思った次第です。

  おまけ
 昔に自分も世の中の不条理に負けそうになった時、「世の中何も面白いことなんてないよ」と愚痴ったら、「『銀魂(漫画)』があるじゃないか(n‘∀‘)η」などと、友人からわけのわからない慰め方をされたことがあります。まぁ確かに、銀魂は面白いけどさ。
 ちなみに最近、「進撃の巨人」というアニメを見ていますが、この漫画屈指のギャグキャラクターであるサシャ・ブラウスというキャラの声優は小林ゆうという人で、この人は「銀魂」では猿飛あやめというキャラを演じてます。今回(3話)の演技は見事と言えるくらいうまいのですが、それ以上にこの人の絵画のセンスがあのはいだしょうこ氏に負けてないのがすごい。

民主・徳永議員の発言問題について

「靖国参拝で拉致被害者家族が落胆」はウソ? 民主・徳永エリ議員「同僚から聞いた」(JCASTニュース)

 あまり説明する必要はないでしょうが、民主党の徳永エリ議員が先日の安倍首相に対する代表質問において、「閣僚の靖国神社参拝で、拉致被害者の家族が落胆している」と発言したことについて各方面から批判が相次いでおります。安倍首相、ならびに古屋圭司拉致問題相はそのような発言をした拉致被害者家族は確認されないとした上で、平たく言えば靖国神社参拝問題を批判するために拉致被害者家族をダシに使ったとして、徳永氏の発言は事実を捏造したものだと主張しております。

 結論から述べると、私も徳永氏が勢い余って咄嗟にホラを吹いてしまったという見方をしております。そもそも靖国神社問題と北朝鮮の拉致問題は別次元の問題であり、関連性は全くと言ってありません。論理からして徳永氏のこの発言は筋違いもいいところでしょう。また「救う会」の事務局自体は関係のない政治分野でのこととしてコメントを控えているようですが、コメントを控えるという時点でそのような拉致被害者家族は確認されないと言っているようにも見えます。そして何よりもというか、拉致被害者家族の安倍首相に対する信頼の高さを鑑みるにつけこのような点で批判することなんて有り得ないと思います。

 では肝心の徳永議員の方はどのように主張しているかですが、昨晩はアクセスが相次いでいたのか徳永氏のブログが全く見られなかったものの、今日になってようやく閲覧することが出来ました。この問題に対して早速書かれていたのですが、「捏造」という言葉を公共の電波を使って言われたとして自民党の北川委員を非難し、本当に拉致被害者家族がそのような発言を行ったかについてははぐらかしております。ちょっと違うんじゃないかなぁ。

 もうすこしこの問題で敢えて私の方から解説を付け加えると、拉致問題というのは日本でも数少ない国論が統一されている問題です。はっきり言って国民の9割以上、そして拉致被害者家族は安倍首相による拉致問題対策を期待し、信用しており、解決しなければならない問題だという認識を一致して持っております。
 これが何を意味するのかというと、徳永氏は場合によっては日本人ほぼ全員を敵に回すことになりかねないということです。別に帝都物語の加藤保憲みたいになりたいってんなら話は別だけど、問題が大きくなると議員辞職だけじゃなく日本にも住み辛くなるだけだし、「曖昧な認識で発言してしまった」という具合で早く謝罪なり修正した方がいいのではというのが私の意見です。

 それにしても徳永氏のブログはアクセス数が急増してるのだろうが、ちょっとうらやましい( ´ー`)

2013年4月24日水曜日

靖国神社参拝に対する中国の反応

 今日もテンションだだ下がりなので、短くまとめようと中国ネタに走ります。
 昨日辺りから日本の各メディアは安倍政権の主要閣僚が春の例大祭に合わせて靖国神社に参拝したことに対し、中韓が激しく反発していると報じております。韓国に関しては確かにそうかもしれませんが、中国に関しては言うほど反発しているとは私には思えないというのが今日の結論です。

 元々、靖国神社に関する話題は一般の中国人はそれほど意識しておらず、過去に靖国問題で反日デモが起きた際も、「あれは官製デモ(政府のやらせ)だから」と実際に話す人もおり、大半の中国人は参拝しないのであればそれに越したことはないけど目くじら立てて怒るような話題ではないと考えているかと私は思います。
 念のため中国の新華社ホームページも見てみましたが、やっぱりというか靖国問題、並びにそれに対する安倍首相の態度はあまり記事が出ておらず、何故だか知らないけど韓国の朝鮮日報を引用した安倍首相への批判記事くらいしかありません。ほんと、何故韓国紙を引用するのだろうか。

 ただ靖国問題ではなく、尖閣問題に関する話題は絶好調というべきか、恐ろしいくらいの本数で出ております。はっきり言いますが、日本のメディアは靖国問題に対する中国の反応ばかり取り上げていますが尖閣問題の方が中国はどぎつい反応を示しており、何故無視するのだと強い違和感を感じます。

 内容としては昨日に大量の中国の巡視船が日本の領海を侵犯したことなどに触れ、「何故自国の領海を通っただけなのに日本がいちいち批判をしてくるのだ」という論調で語られていることが多いです。それで今回の中国の日本に対する領海侵犯ですが、これは間違いなく中国政府が国内の問題から目をそらさせるために、明確な意図で実施し、敢えて大規模に報じているものでしょう。
 今、中国では四川省で起きた大地震に加え鳥インフルエンザの感染拡大などかなりホットというか、政府に対する批判が鳴りやまない事件が起こっております。中国政府としてはこれらの批判を真に受けるわけには行かず、そこで敢えて大規模な領海侵犯を行い、尖閣問題へ中国国民の目をそらさせようとしているんじゃないかとにらんでいます。

 ちなみに鳥インフルエンザですが、感染拡大がなかなか食い止められず、今日にはとうとう台湾でも感染者が確認されました。地味にこの問題は収拾がつかず、今年の中国経済を占う上でも大きな一石になるかもしれません。

2013年4月23日火曜日

中国における日系家電量販店の現状

 このところテンションローな状態が続きあまりいい記事書けてませんが、ちょっと特殊なネタというかよそではまず見られない記事が書けるニュースが出ていたので今日はこれを取り上げます。

ヤマダ電機、家電量販王者が国内外で苦戦(東洋経済)

 上記リンク先の記事によると、国内家電量販大手のヤマダ電機が国内外で不振が続いていると書かれており、ヤマダ電機の中国事業についても触れられております。ヤマダ電機は現在中国に数店舗を出店しているのですが、業績不振などから去年にオープンさせた南京店を今年5月末で占めるとのことです。ちなみに余談ですが、この南京店オープンの話は自分がデイリー向けライターとして仕事入りしたばかりの頃に直接電話取材して記事を書いたことがあるだけに、ちょっとだけ思い入れがあります。記事ソースが現地新聞だけだったから何も教えてくれないかと思ったら、店舗面積とか意外に熱心に教えてくれて助かりました。

 話は戻りますが、ヤマダ電機はこのほかにも天津など中国の北方地域に出店しているのですが、はっきり言って業績がいいという話はあまり聞きません。何故業績が良くないのかというとヤマダ電機の販売手法とか経営以前に、地元業者からの妨害が大きな要因になっているといううわさを聞きます。

 中国における家電量販店というと蘇寧電器と国美電器というのが二大巨頭で、日本で言えばそれぞれヨドバシカメラ、ビックカメラに当たる存在です。業績的には蘇寧の方が上で最近その差がはっきり出てきましたが、両社とも全国にネットワークを持っていて中国の家電市場を考える上では無視できない存在です。
 それでこの二社なのですが、どうも中国にあるヤマダ電機の店舗に商品を卸さないよう、ローカルの家電メーカーにプレッシャーをかけているそうです。そのためヤマダ電機が取り扱えるのは日系など海外メーカー製しかなく、商品ラインアップで他社の店舗に劣るため苦戦が続いているという、あくまで噂ですがそういう話を聞いたことがあります。

 一方、蘇寧電器に買収された元日系家電量販企業のラオックスは同じ身内であるからか、蘇寧電器が持つネットワークを存分に生かして「やや高級な家電量販店」というブランドで中国でもある程度の知名度を持つに至っております。あとどうでもいいけどこっちは食品スーパーのマルエツですが、ここも蘇寧電器とタッグ組んで中国進出を行う計画を発表しており、向こうの小売業界に参入するにはローカル企業との提携が重要であるように感じます。

 このほか中国の小売業界にはもっとディープなネタも持ってますがさすがにそこまでやると内容が偏るので今日はやめておきます。最後に中国の家電小売業界についてもう少し触れておくと、中国も日本がやったエコポイント制度みたいな優遇策を実施してましたが、それら政策が打ち切られた後は急激に販売量が減って日本と同じような状態になっています。しかも最近はオンラインショッピングサイトで家電を購入する層が増えており、ヤマダ電機に限らなくても中国の家電量販店はそこそこ厳しい状態が続いているような気がします。

2013年4月22日月曜日

暗殺者列伝~文世光

 昨日に事件のあらましを記事にしたばかりですが、朴正煕大統領の暗殺が帰途された「文世光事件」の実行犯である文世光について今日は深く掘り下げていこうと思います。

文世光(Wikipedia)

 事件のあらましに関しては昨日私が書いた記事を読んでもらいたいのですが、この事件の実行犯である文世光は1951年生まれの在日朝鮮人で、日本での通名は南条世光といいます。南条という名字に妙な反応が出来る人はきっと、ペルソナ使いか私と同じくペルソナのゲームで遊んだことがある人でしょう。いやね、「Burn My Dread」を聞きながら書いてるもんだから……。

 そんなくだらないことは置いといて続けますが、文世光は22歳の時分に日本の朝鮮総連から指示を受け大阪市内の派出所内から拳銃を盗んだ上で韓国に渡り、朴正煕の暗殺を企図します。文世光がどのように朝鮮総連から指示を受けたかについては諸説あるようで、文世光自身が暗殺が必要と申し出たとか万景峰号内で工作員から指示を受けたなど言われておりますが、北朝鮮がこの事件を指示したことに関しては2002年、朴正煕の娘である朴槿恵(現韓国大統領)に対して金正日が認めていることから間違いないでしょう。私自身としても、22歳の血気盛んな若者を北朝鮮の工作員が煽って行動させたような気がします。

 昨日の記事では割とさらりと暗殺事件を書きましたがよりその詳細を事細かに書くと、文世光は拳銃を入手した後、知人に成りすまして偽造パスポートなどを作成し、拳銃をトランジスタラジオに忍ばせて韓国へ渡ります。韓国でに渡るとフォードの高級車を借り、正装することによって日本の商社員、または外交官に成りすまして事件現場の国立劇場へと赴きます。本来ならば式典には招待状がなければ入れなかったのですが、文世光が日本語を使っていたことから警備員は外国人VIPと考え、あっさり通してしまったようです。

 こうして潜入した文世光は会場に入場する才を狙って朴正煕の暗殺を図りますが、入場の際は周囲に歓迎の子供たちがついていたことからこの機は見逃します。そして朴正煕が式辞を読むため演壇に立ったその瞬間を狙おうと拳銃を引き抜こうとしたのですが、なんと引き金に触れてしまって恐らくポケットに入れたまま銃を発射してしまい、文世光は自らの左足を撃ち抜いてしまったそうです。ただ会場はスピーカーの音が大きく、発射音は誰にも気取られませんでした。

 この時点で相当な痛みを感じていたでしょうが文世光はそのまま客席から通路へ走り出て、朴正煕目がけて計4発(うち1発は不発)の弾を発射しましたが、軍人出身ということもあって銃弾の音を聞いた朴正煕はすぐさま演壇に隠れ、難を逃れることが出来ました。ただ夫人の陸英修は避けることが出来ずに銃弾が命中し、その後に亡くなっています。

 こうして暗殺が失敗した文世光はそのまま韓国警察に捕まり、4ヶ月後に死刑判決を受けてそのまま執行されております。執行される前に文世光は「朝鮮総連に騙された」などと悔悟の念を示していたといいますが、言い方が悪いですが本当なのかちょっと私は疑問に感じます。その疑問に感じる点も、口ではそうはいっていても本心ではどうなのかという意味です。

 この暗殺の一連の流れを見ていて私が気になる点を挙げると、どうして文世光は暗殺に失敗したのかという点です。文世光が朴正煕目がけて撃った距離は約20メートルとのことですが、もうちょっと近寄れなかったのか、また実行前に誤射して左足を撃ち抜くというミスをどうして犯したのか、これらは言うまでもなく文世光がちゃんとした訓練を受けた工作員ではないことを示唆しているように思えます。
 一応、現在の研究では韓国に渡航する前に文世光は朝鮮総連内で射撃訓練を受けたとされておりますが、それにしたって素人を暗殺者に仕立てようとするのはやや性急な気がします。朝鮮総連が指示したことは間違いないとのことですから、言ってしまえば捨て駒、うまく暗殺してくれたらラッキー、駄目だったとしても日韓関係にくさびを打ち込めるみたいに考えて送り出したのでしょう。

 非常に厳しい言い方をすると、何故自分は捨て駒にされていると文世光は自分で気づけなかったのか、若いからというのは言い訳にはできません。最近プライベートで私はやたらと捨て駒という言葉を用いておりますが、自分が捨て駒にされていると思ったら、抵抗しなければそのまま捨てられるんだぞということを真面目にほかの人たちにも言いたいです。中には自分が捨て駒だと信じたがらない人もいますが、現実はそのまま現実です。そうした一つの教訓に、この事件を使ってもらえれば幸いです。

2013年4月21日日曜日

韓国の近現代史~その十一、文世光事件

文世光事件(Wikipedia)

 ちょっと間をおいての連載再開ですが、いい加減、朴正煕政権期間中の事件は書いてて飽きてきました。まだあと金大中事件もあるというのに……。そういう愚痴は置いといてちゃっちゃと本題書くと、今日は朴正煕大統領を狙ったものの結局は朴正煕夫人の陸英修が暗殺されることとなった、文世光事件を取り上げます。

 事件が起きたのは1974年8月15日。日本の植民地から解放されたこの日を祝う式典に参加するため朴正煕とその夫人の陸英修はソウル国立劇場へと足を運びました。この式典で朴正煕は演壇に立ち祝辞を読み上げたのですが、まさにその瞬間を狙って在日朝鮮人の文世光が拳銃を抜きだし彼目がけて発砲しました。幸いというか弾丸はターゲットである朴正煕は外れたものの傍にいた陸英修に当たり、またたまたまその劇場に居合わせた女子高生に警備が文世光を狙って撃った弾が当たり、二人は病院へと運ばれたもののそのまま息を引き取りました。そして犯人の文世光は現場で取り押さえられ、同年の12月に死刑判決が確定してそのまま執行されております。

 この事件で特筆すべきなのは、文世光は日本の朝鮮総連の指示を受けて暗殺を計画し、そしてこの事件で使われた拳銃というのは大阪市高津派出所から盗まれたものだったという点です。はっきり書いてしまえば、盗まれた拳銃が使用されたことや文世光の偽造パスポートによる出国などを見逃した点で日本側の捜査怠慢も背景にあるということです。
 こうした点から事件後に朴正煕は日本側に強い不信感を持ち、さらに朝鮮総連の関与が疑われながら日本の警察が捜査に慎重な姿勢というか介入をきらったことから日韓関係は大いに冷え込んだそうです。私の個人的な意見を書かせてもらうと朴正煕の怒るのも無理なく、当時の外交関係者は相当な苦労を以って何とか関係をつないだのではないかとも思えます。

 最後にこの事件の帰結というかその後の展開について少し触れると、「在日朝鮮人を日本人に偽装してテロ活動を行う」という方法に北朝鮮が味を占めた感があります。勘のいい人ならわかるでしょうがその後に起きた大韓航空爆破事件などがその典型で、更に言えば第三国をなりふり構わず巻き込むという手法も後のラングーン事件にも通じるように思えます。
 歴史に仮定を持つことは私自身はあまり好きではないのですが、もし日本側がこの事件を未然に、文世光の出国を食い止めるなどできたら、北朝鮮の諜報活動もなにか違ったようになったのではという感慨を持ちます。

2013年4月20日土曜日

四川省の大地震について

 本日朝早く、四川省雅安市付近でM7.0という非常に大きい地震が起きました。被害状況などはまだはっきりしておりませんが、新華社などのニュースによると李国強首相などは早速現地に赴き救援現場で陣頭指揮に当たっていると報じられております。

 四川省では2008年にも雅安市よりやや北にある汶川県でもM8.0の地震が起こっておりますが、今回の地震は当時の地震ほど規模や被害では大きくはないようです。またこちらも中国の報道によると今回の地震は2008年の地震の余震などではなく、独立した地震だそうです。主要都市への影響ですが、四川省の省都である成都市では震度4.3の地震が観測されたものの、インフラ等が大規模に破壊されるほどの被害は出ておらず、道路寸断などもないとされています。

 それにしても今回の地震を見て、改めて四川省は地震が多い地域だと認識させられます。前回の大地震でもたくさんの被害者が出て、また使途不明の義捐金も大量に出て中国政府も激しい批判を受けることとなりましたが、習近平体制となって間もない時期なだけに過去の経験をどう生かせられるかが問われるでしょう。
 あとこれは中国の経済的な話しになりますが、ややタイミングが悪いというか今日から上海モーターショーが開催です。メディアの目もどうしても地震に向いてしまいますし、株式市場も影響を受けざるを得ないだけに、ちょっと痛い時期だったのではというのが私の分析です。

 何はともあれ、被災地で迅速な救援活動が展開されることを陰ながら祈ります。

ボストン爆破事件について

 先日米国のボストン市のマラソン大会中に起きた爆破事件ですが、先ほど犯人が逮捕されたそうです。捕まった犯人の兄で同じく事件を起こしたとみられる人物は警官との銃撃戦の末、既に逮捕されているそうですが、今後はどのような動機でこんな事件を起こしたかに捜査が集中していくことでしょう。

 さすがに予想を外したらカッコ悪いなと思っていたので後出しじゃんけん気味に話しますが、事件が起きた当初からこの事件はイスラム系テロリストグループの犯行だとは私には思えませんでした。その理由というのも複数あって、箇条書きにするとこの二つです。

犯行声明が行われなかった
凶器が圧力鍋

 イスラム系テロリストからすれば犯行によってなんらかの主張をしなければ行動に全く意味がなく、犯行声明が事件前も事件後も起こらないというのは奇妙というかありえないと言ってもいいと思います。そして次というか二番目の理由、これが今日一番に言いたい内容なのですが、あくまで私の個人的な意見としてテロリストというのはやたら「武器」を神格化する傾向があるように思えるのです。イスラム系テロリストであればカラシニコフ銃ことAK-47 や爆弾などで、古くは左翼系過激派団体も強奪した猟銃を神棚に置くといった行為をしており、何かそういう信仰めいた行動が見えるような気がします。

 それに対して今回の爆発事件はベアリングボールを入れた圧力鍋で、殺傷力に関しては紛れもなく高く凶器として劣ることは全くありませんが、神格化するべき対象としてはやや不適格な面が否めません。なら何故使用するのかと考えると、明確な思想を持ったテロリストではなく何かしら社会に不満があってそれを爆発させたい人間が使ったのでは、こんな風に考えてました。二度目になりますが外れていたらカッコ悪いけど。

 ついでに書いてしまうと、私に言わせれば爆弾なんて使ってテロ事件、または無差別殺傷事件を起こすのはややナンセンスだと思います。こういうこと書くからいろんな人に引かれるのでしょうが、単純な威力で言えば硫化水素の方が致死性などで高くてかつ非常にお手頃簡単に作れるという利点があります。
 にもかかわらず硫化水素、並びにバイオテロが自爆テロに比べて少ないのは、上記の武器に対する信仰なり神格化が影響しているんじゃないかなと勝手に考えてます。ガスだと形がないせいで偶像になり得ないところがあり、そういうところが影響しているんじゃないか、暇なせいかこういう妙なことをよく考えてしまいます。

2013年4月19日金曜日

奇を好む

 昨日は李陵を取り上げる傍らで司馬遼太郎がそのペンネームに引用した司馬遷についても少し書きました。この司馬遷という人物に対して「漢書」という歴史書を書いた班固という人は「奇を好む」と評しているのですが、この意味は「ヤクザ物とかアウトロー系が好みだった」というものらしいです。実際に司馬遷は「侠客列伝」みたいな話もたくさん史記に入れていますから、きっと現代に生まれていれば「仁義なき戦いシリーズ」に入れ込んでいたことでしょう。ヤクザ映画にはまる司馬遷、なんかちょっとやだな。

 それはともかくとして、私も司馬遷に負けず劣らず妙なものに興味を持ちやすいです。私を直接知っている人ならいざ知らずこのブログを見ていてもわかるでしょうが、はっきり言って興味のないものの方がきっと少ないです。この前もスピリチュアリストに言われましたがほかの人が興味を示さないものに何故かはまったりすることが多く、多分そういう性格しているから知識量が本人ですら「ちょっとシャレになってないよね……」と思うくらいに膨れ上がっていったのでしょう。なお実感として、知識の絶対量では大学でお世話になった講師一人を除いて今まで誰かに劣っていると感じたことは今までありません。上には上がいるもんです。

 この知識量が多いですが、言葉のきれいな人なんか「花園さんは教養がありますね」という風に言ってくれます。この教養という言葉ですが敢えて私なりに定義を付けると、「一見するとつまらないものですら面白いと感じれる能力」だと私は思います。たとえば能とか歌舞伎がありますが、あれもあらかじめ予備知識というか話のあらすじなり山場なりを把握しているとより楽しめるようになっていますが、なにも知らずに見たらちょっと面白くなく感じてしまうかもしれない代物です。そんな面白くなさそうなものに対しても「面白そう」と感じる、要するに興味を示せるかどうかが非常に試されるんじゃないかと思うわけです。

 翻ってまた私のケースに移りますが、やはりこの点で非凡であったように自分の人生を振り返って感じます。言ってしまえばつまらなくて人気のないギャグ漫画とかもきちんとチェックするような具合で、手に取るものすべてを何かしらの興味の対象につなげて自分の土俵にしてきたように思えます。その一方で、このところとみに感じますがこのような自分の領域の圧倒的な広さ自体が自分の得体の知れなさにも繋がってしまい、初対面の人間からすると誇張ではなく「何なのこの人?」という具合でリアルに警戒される事態を招いてしまったと考えております。言ってしまえば類型に組み込みづらいパーソナリティを持っており、自分も気難しい性格をしていて付き合う人間をかなり選ぶ方ですが向こう側にも同じようにされるということになんだか気づいてきました。

 もっとも気づいたところで私自身を改める気は全くなく、たとえ身を滅ぼすことになってもこのまま「奇を好む」ことを続けていくでしょう。ただ自分ほど極端に走らなくてもいいので一つだけ言いたいことは、一見するとつまらない対象に対しても興味を示すことは人格の幅を広げる上で非常に重要です。高杉晋作の辞世の句は「おもしろきこともなき世をおもしろく」でしたが、つまらなさを日々感じる日常だからこそ面白く感じようとする心、面白いと感じる度量を持つべきではないかと言いたいわけです。

 最近解説ものの記事ばかり書いてたから、なんかこういうひねった文章書きたくなるもんだね。

2013年4月18日木曜日

猛将列伝~李陵

 この連載では既に数多くのややマイナー気味な戦争指揮官を取り上げておりますが、今日ふとしたことから前漢の李陵という人物について書いていないことに気が付いたので、反省を込めて早速書くことにします。ちなみにその「ふとしたこと」というのは横山光輝の漫画「史記」を読み返したことなんだけど。

李陵(Wikipedia)

 中国史に興味を持って調べたことのある人、または相当な日本文学好きならきっとこの人のことを知っているでしょうが、それ以外の人はきっと誰も知らない人物でしょう。

 この李陵という人は項羽を倒した劉邦が打ち立てた前漢の後期に出た人で、ちょうど紀元前1世紀頃に活躍した武将です。彼が活躍した時代の前漢の皇帝は武帝という人物で、それまで控えめともいえる外交方針をひっくり返しシルクロードに当たる西域や朝鮮半島などへ遠征軍を派遣し領土拡張を積極的に図った皇帝でした。その数ある遠征の中で最も大規模だったのは北方の異民族、匈奴に対するもので、前漢は成立当初に劉邦自身が匈奴討伐に出たものの逆に散々に打ち負かされたことから、贈り物を送って友好関係を保つ融和策を採っていたのですが、この武帝はこうした関係に我慢ならず、匈奴内で内紛が起きていたこともあり一挙に討伐して制圧しようと考えたわけです。

 匈奴に対する遠征は何度も行われ戦果も上々だったことから、最終的に匈奴は前漢に対して服従するようになるわけなのですが、今回取り上げる李陵はその数ある遠征のうちの一つに参加して軍功を上げております。彼が参加した遠征は当初、李広利という将軍が総大将となり李陵は後方支援こと補給に従事するように指示されたのですが、妹が武帝の妃となったことから将軍になった李広利の下に就くことを代々軍人出身の李陵は嫌ったのか、わずかな兵でもいいから別働隊を率いさせてほしいと願い出ます。この願い出は叶えられ、李広利は3万、李陵は5千の兵隊をそれぞれ率いて匈奴討伐に出発します。

 こうして遠征に出たところ本隊の李広利の軍にではなく李陵の軍がいきなり数万もの匈奴の本軍と遭遇するのですが、圧倒的な兵力差がある中で李陵は見事な采配を示し、数に勝る匈奴を散々に打ち負かして撃退します。この時の大勝利は陳歩楽という武将が首都、長安に伝令して宮中は大いに盛り上がったのですが、手ごわい相手と見た匈奴はさらに兵力を増強して李陵軍に襲い掛かってきました。さしもの名将李陵でも数倍の敵軍相手に永遠と戦うことも出来ず、途中で矢玉も尽き、散々抵抗を行った上で匈奴に降伏しました。

 これに怒ったのは短気で有名な武帝で、別に責任ないのに最初に勝利の伝令に帰ってきた陳歩楽を散々に責めて自殺に追い込み、あれほど善戦したのだから降伏したのも苦渋の上での決断だろうと、群臣全員が非難する中でただ一人だけ李陵を弁護した天文官も気に入らずに投獄しております。ただ本当の悲劇はそれからというべきか、李陵をして悲運の名将と呼ばれる出来事はその後も続きます。

 李陵は降伏後、匈奴のボスに当たる単于に気に入られ部下として匈奴の軍隊を率いるように何度も誘いを受けますが、これを固辞していました。ただ李陵より先に匈奴に降伏していた李緒という人物がおり、漢軍に降伏した匈奴の兵が「李将軍の指揮で戦った」と証言したことから、李陵は降伏したばかりか裏切って漢軍に攻撃を加えていると誤解されてしまいます。これに怒ったのは短気で有名な武帝で、この報告を聞くや国内にいる李陵の一族を全員皆殺しにし、先に投獄した天文官に対しても追加とばかりに死刑を与えております。
 よく三国志の曹操は三族皆殺しをしているけど、量といい回数といい、武帝など前漢の権力者の方がえぐい気がします。

 この事実は後に誤報、つまり匈奴兵の言う「李将軍」というのは李陵ではなく李緒だということが長安にいる武帝たちにもわかるわけですが時既に遅く、刑はすべて執行されておりました。そして北方の地にいた李陵もこの事実を知り、事の原因となった李緒を殺害しております。ちょっと八つ当たりな気もしないでもないが。
 その後、李陵も踏ん切りがついたというべきか失うものが何もなくなったからか匈奴の娘を娶り、匈奴の武将として活躍し右校王という地位にまで昇り、そのまま北方で亡くなったと言われます。

 この李陵の悲運な運命は「山月記」で有名な中島敦が「李陵」という小説に書いておりますが、李陵と同時期に匈奴に囚われていた蘇武という外交官が最後まで従属せず、10年以上も厳しい環境に抑留された上で長安に帰国したエピソードと対比させ、文学的に言うならその運命の翻弄さを際立たせております。なお李陵と蘇武は匈奴の地で何度も会っており、李陵は蘇武に降伏を進めたものの頷かなかったことから陰ながら食料を送るなどして援助していたようです。

 もう一人この李陵を語る上で外せない人物として、勘のいい歴史好きならもう気づいていることでしょうが、武帝に怒られて死刑判決を受けた例の天文官がおります。この天文官こそ江戸時代までの日本で使われていた「太陽太陰暦」という暦を作り、「史記」という歴史書を編んだ司馬遷その人です。
 彼はどんだけ短気なんだよと問い詰めたくなる武帝の怒りを買って投獄、そして死刑まで受けますが、宮刑という屈辱的な刑罰を受けて宦官となることで死刑を免れています。当時の貴族こと士大夫層の間では宦官になるくらいなら死刑を受けた方がみんなマシだと思っていたようですが、司馬遷は父親の遺言である歴史書を完成させる使命を果たすため、恥を覚悟で宦官となる道を選んだと言われます。なお司馬遷の刑の執行後、さすがの武帝も自分の短気ぶりを反省してかわざわざ中書令という新たなポストを作って司馬遷を官界に復帰させております。本当に豆知識ですが、この中書令は日本で言うと関白みたいな仕事で、隋や唐の時代には実質的な宰相職になっています。

 司馬遷は史記の中でもきちんと李陵について触れておりますが、李陵に関わる一連の事件は司馬遷のパーソナリティに大きな影響を与えたということは想像に難くありません。そもそも武帝に向かって敢然と李陵の弁護を行ったという事実からも司馬遷は直言居士というか我の強い人物だったと思われますが、やはりこの事件を受け、自分の力が及ばぬ運命に翻弄された人物に対して非常に同情的な目を持つに至ったと思えます。
 詳しい人なら説明するまでもありませんが、史記というのは高い才能を持ちながらその力を発揮せずに没した人物が多数載せられており、それらに対して司馬遷は「時代に恵まれなかった」などと非常に同情的な批評を与えており、自身を投影した素振りがあります。敢えて言うなら史記は「敗者版プロジェクトX」、ガンダムで言うなら「MS IGLOO」の様な歴史書で、多分そんなんだから自分も大好きなんだと思います。自分もよく才能を発揮できていないと不遇をかこってますが、李陵や司馬遷に比べたら不平言ってる場合かよと毎回反省する次第です。

2013年4月16日火曜日

プロ野球、本塁打激増の裏

 今日は時事物をよく取り上げますが、自分でも比較して見ようかなと思っていた矢先にスポーツ新聞が上手くまとめてくれていました。

統一球なのに本塁打激増!飯田コーチ「打った瞬間に違いが分かる」(スポニチアネックス)

 野球を見ている人間ならきっと誰もが違和感を感じていることでしょうが、今年はやけにホームランが多いです。リンク先の記事を引用すると、「開幕から5カードを終え、昨年の56本から111本と倍増している」とのことで、統一球の質が変わったとしか思えない状態が続いております。

 プロ野球では低反発の統一球を導入して以降、極端にホームラン数が激減していわゆる投高打低の状態が続いていたのですが、今年は開幕から文字通りホームランの打ち合いとなる試合が散見されます。記事によると統一球を作っているミズノとかは反発力をいじっていないと言っておりますがヤクルトの飯田コーチは「去年よりは飛ぶね」とコメントしており、どっちを信じるかって言ったら私は元ヤクルトファン(現ソフトバンクファン)なだけに飯田を信じます。

 ただこの変化は正直な所、一プロ野球ファンとしては歓迎したい気持ちです。やはりホームランがあると試合も華が咲きますし、去年と比べて今年はホームランが多い分、終盤で逆転する試合もあってみていて面白い気がします。ただ少し気になる点もあるというか、これは先週に友人とも話したのですが、巨人はビジターだとあまり得点しない癖に何故ホームの試合だとああも大量得点になるのか、WBCの最中に桑田氏が「ドームラン」という言葉を使ったことといい、なかなかミステリーです。

また愛知で立てこもり事件(;゚ Д゚)

刃物男、屋根に逃走=知人女性連れ―愛知・稲沢(時事通信)

 愛知県の稲沢市でなにやら、立てこもり事件が現在進行で起きている模様です。幸いというか今のところ誰かが人質にとられているようでもなく死傷者もいないようなのですが、不謹慎と言われること覚悟で述べると、なんで愛知県はこうも立てこもり事件が多いのか本当に不思議に感じます。

名古屋立てこもり放火事件(Wikipedia)
愛知長久手町立てこもり発砲事件(Wikipedia)
愛知・豊川の信金立てこもり:被告に懲役9年 「動機は顕示欲」−−名古屋地裁支部判決(毎日新聞)

 上記の事件はすべて近年に愛知県で起きた立てこもり事件ですが、一番上の「名古屋立てこもり放火事件」は2003年、「愛知長久手町立てこもり発砲事件」は2007年にそれぞれ起きたもので、最後の事件は記憶している方も多いことでしょうが昨年11月に愛知県豊川市の豊川信用金庫蔵子支店で起きたものです。最後の事件については何気にちょうど先週、犯人に対して懲役9年の判決が下りておりタイムリーな感じがします。それにしても、わずか10年で4件も起きてるんだなぁ……。

 別に私は愛知県に対して悪く言うつもりはなく、変な悪感情も持っておりません。むしろ日本全国を左遷され続けたうちの親父が最後に辿り着いて今も住んでいる場所であるだけにほかの地域よりは愛着を持っているつもりなのですが、それにしたって何故こうも立てこもり事件が何度も起きるのか、そろそろ犯罪心理学者はここの地域性とかを真剣に検証した方がいいような気がします。
 何か愛知県民を立てこもりに駆り立てる習慣とか文化があるのだろうか(; ゚д゚)

2013年4月15日月曜日

韓国の近現代史~その十、シルミド事件

実尾島事件(Wikipedia)

 今日は多分知っている人も多いであろう、シルミド事件について取り上げます。

 前回の記事で私は、金日成が朴正煕を暗殺するために工作部隊を送ったという事件を取り上げましたが、この事件を受けて暗殺されかかった朴正煕は非常に激怒し、報復として金日成暗殺部隊を創設することを決断します。この部隊こそ事件の主人公である「684部隊」で、高額の報酬を条件に民間から目的を知らせずに1968年に31人の隊員が集められ、仁川近くの実尾島(シルミド)にて訓練が行われました。

 この時の訓練は非常に過酷だったと言われており、3年後の1971年に至るころには訓練中の事故で7人が既に命を落とし24人にまで減少しておりました。それほどまでの訓練に耐えながらも、684部隊にはなかなか金日成暗殺作戦の命令が下らなかったのですが、その背景にはこの時期に韓国の外交方針が南北融和に傾いており、過激な軍事行動を慎む空気に変わっていたからです。

 そのような中で684部隊に対する待遇も徐々に悪くなり、具体的に何がきっかけだったかはまだはっきりしていませんが、大統領に直訴する意見があるという主張の下に隊員らは教育係を殺害。そのまま島を脱出してソウルへと潜入します。ソウルでは公共バスを乗っ取り大統領のいる青瓦台を目指しますが途中で警官、軍の攻撃を受け頓挫。多くの隊員は銃殺されるか、手りゅう弾で自爆しましたが4人の隊員は生き残り、その後に軍事裁判を受けて全員洩れなく死刑を受けております。

 この事件は表沙汰に出ると軍の威信にも関わることから長らく秘匿され続けておりましたが、2003年に題材にした「シルミド」という映画が公開されたことから市民間でも認知が広がり、これに応える形で政府も情報の公開を始めたそうです。なお映画中では蜂起に至るきっかけとして、用済みの部隊そのものを抹消というか、隊員全員を秘密裏に軍が抹殺しようしたためと描いております。

 この事件に対して私からも批評をすると、金日成を暗殺するために育てた部隊が逆にソウルを襲撃することとなり、非常に皮肉な結果になったとしか言いようがありません。それと同時に、この時代は暗殺者が国境を越えて飛び交うという、本当にゴルゴ13の様な世界があったのだと軽いインパクトを受けました。

スピリチュアル体験録

 気の置けない友人がある日、っていうかちょうど一週間前に「君も言ってきたらどうだ」と言ってあるサイトを見せてきました。その友人の言葉に従い先週、運勢判断と言ってはなんですがスピリチュアリストにひとつ見てもらってきました。

 私が訪ねたスピリチュアリストはその筋(?)では有名な人で、MyNewsJapanの編集者の面々が「本物のスピリチュアリストっているのかよ」という目的の元で取材した内容を収めた「第2の江原を探せ!」という本でも取り上げられており、5人の編集者が全員揃って「この人には何かしら、言葉で言い表せない能力がある」と太鼓判を押した人です。別に隠すほどでもないのだから名前を明かしてしまうと荒川静氏という方で、本人曰く「大阪のオバちゃん」に恥じない気さくな感じの人でした。

 一体なんでこの人を訪ねようと思ったのかというと、まず紹介してくれた友人がこれまでに荒川氏のセッションに2回も訪ねており、「あの人は確実に何か持ってるよ」という感想を述べていたからです。仮にこの友人がなんでもかんでも信じちゃうような人物でしたら私も胡散臭く感じたでしょうが、実際にはこの友人は非常に疑り深くかつ世の中に対して斜めに構えてるような、敢えてガンダムにたとえるとカイ・シデンみたいな友人で、彼が言うのだから相当なんじゃないかと思うのと同時に、上記の「第2の江原を探せ!」(この友人が貸してくれた)でも編集者5人が5人とも初対面じゃまず知り得ないパーソナリティを看破されされており、どんなものなのかと前からちょっと興味がありました。

 そんなわけで早速30分/1万円コースのセッションを予約し、先週の火曜日の夜に東京都青山にある荒川氏のセッションルームへ訪れました。門を開けてくれた荒川氏は非常に話しやすい感じの人で、予約していた者だと自分が名乗ると、「えっ、花園さんってアナウンサーみたいな仕事?すごい丁寧で通った声をされてらっしゃる」と言われました。これなんか知ってる人には早いですが、自分はかなり特徴的な発声の仕方をしていて大学時代も、「教室のどこにいても花園君の声はすぐわかる」と言われるほどだったのですが、初対面で直接アナウンサーなのかと尋ねられたのは今まであまり経験がなく、ちょっと新鮮に感じました。
 もう少しこの時の雑談を続けると、「こういう声しているのでよく戦場カメラマン(本人からはわからないがああいう感じの話し方らしい)のモノマネを強制されます」と自分が伝えると、「そうねぇ、私はさすがにイナバウアーしろとは言われないけど」と咄嗟の返しがよく利いてました。

 話は本題に入りますが、早速セッションを開始し、まず自分のオーラの色を見てもらいました。荒川氏によると人間のオーラは個別に約10種類の色に現れ、その色でその人の個性がある程度見えてくるそうなのですが、見てもらった次の瞬間、「えっ!?ちょっとまって!?」と言われ、もう一回見直された結果、「花園さんは意外ですけど、オレンジ色の範囲が広いです」と言われました。
 荒川氏によると、自分のオーラはまずオレンジ色が広く広がっており、体の周囲に少しだけイエローが出て、またオレンジの付き添うような感じでラベンダー色も出ているそうです。この時の私のイメージは三色アイスで、自分のことながらなんかバランス悪そうだなとか思ってました。それで各色の特徴はというと、


オレンジ:変わり者。ほかの人が興味を示さないものに対して強い興味を持つなど知的好奇心が強い上、チャレンジ意欲が高くリスクを好む傾向がある。

イエロー:陽気。ムードメーカーであるがやや子供っぽく、また好きな人と嫌いな人に対する意識の差が激しい。

ラベンダー:夢見がちな空想好き。気持ちがポジティブな時とネガティブの時の差が激しく、極端から極端に走る傾向がある。


 多分、直接私のことを知っている人間が以上のオーラの色の判定を読んだら、「よく当たってるじゃん」と思うことでしょう。正直に言って自分の性格を言い表すと、割と上記の判定通りになると私自身も思います。

 その上で細かい自分のパーソナリティを聞いてみると、やはり圧倒的にオレンジ色の影響が強いそうです。元々、このオレンジ色が出ること自体が非常にレアらしいのですが、私の場合は外見が非常に大人しそうに見えるため、とてもリスクを好むような変人に見えなかったこともあって解説に入る前に荒川氏も「当たってるかどうかちょっと自信ないのですが……」と言っていました。ただ自分の見方とも一致していると話すと、「前にもとても地味な外見の女性にオレンジ色が見えたのですが、趣味はと聞くとハングライダーと答えられ、やっぱりオレンジの方って外見と中身が一致しないことが多いのかもしれません」と話してました。

 こうしたオーラの色の解説をしてもらった後、今度は魂の輪郭というかともかくそう言ったものを見てもらいました。それによると私の特徴としては、まず頭の回転が異常に早いところがあって知力に関しては文句なしに抜群であるものの、かえって理解が早いせいか勉強とかしていても「苦労して理解できたぞー」というような快感が余り得られないところがあり、持続的に物事を続けることが出来ない傾向があると判定されました。人付き合いに関しても同じ傾向があり、少し話した段階で気の合う人、気の合わない人を自分の中で判定し、後者とはその後は接触を避けようとすると言われました。多分友人とかは今頃、「この人、花園君のことよくわかってるじゃん( ・∀・)」とか思ってることでしょう。それくらいなまでに私自身も一致している気がします。

 ここまでの解説を受けた段階で、では今後の自分の人生で課題は何かと尋ねたところ、一つとしては持続力をもっと高めること、そしてもう一点、自分の才覚を如何に伸ばして発揮するかと言われました。これはオレンジ色の人間の特徴でもあるそうなのですが、荒川氏によると私にはクリエイティブな才覚が非常に高いものの、自分自身ではその才覚を発揮させ辛いそうです。そのためこれからともかくいろんな人間に会って、その才覚を理解して活躍する場を与えてくれる人と出会うことによってブレイクスルーが起こると指摘されました。

 そしてこれに関連することとして仕事運に関しては、「普通の会社では無理です」と断言されちゃいました。決して能力が大きく劣っているわけではないものの今の日本の企業自体に私の様な、才覚はあるんだけどちょっと不器用なタイプの人材を雇おうとする余裕がないため、まともなサラリーマンを続けるには難があるそうです。仮にバブル期であればテレビ局や広告代理店などで遺憾なくその才能を発揮することが出来たでしょうが今の時代には報われ辛いと、スピリチュアルなのにやけに現実的なアドバイスをもらいました。

 ここで私の上記セッションに対する感想を書いていきますが、はっきり言って大きな驚きは何もありませんでした。なんで驚きがないのかというと、うすうす自分でも感じていること、わかっていることを的確に突いてこられたので、「ああ、やっぱりそうなのか」と終始納得させられっぱなしだったからです。特に「普通の会社じゃ無理」というあの一言ですが、親しい友人ならまだしも初対面の人間にこうも言い当てられるものかとこれに関しては素直に驚くのと同時に、かなりきわどい言葉であるにもかかわらず迷いなく言われたという点において、やはりこの人は只者ではないという印象を受けます。
 
 このほかにも守護霊的な人の意見を聞いてもらったりしたのですがそれは割愛するとして、セッション全体に対しては満足度が非常に高かったです。先にセッションを受けた友人からすれば、やはり赤の他人にいろいろと自分の性格を言い当てられた上で相談に乗ってもらうというのは、よくわかってもらっている友人とはまた別で非常に心が安定するとのことで、私もこの友人の意見に同感です。かなりケチな性格で有名な私なのですが、荒川氏のセッションに関しては1万円でも高くないと本気で思えるほどです。

 最後に紹介してくれた友人の意見を一つ書くと、「欧米では宗教が精神面のサポートを行うが、大半の日本人はあまり宗教に頼らない。でも精神面の負担はやっぱりあるのだから、多少は怪しいがこういう占い師とかスピリチュアリストっていう人は必要なんじゃないかな」と言っており、あまり神霊を信じない自分も今回の一件では少し考えさせられました。

2013年4月13日土曜日

北朝鮮は戦争を起こすのか?

 なんかこのところ朝鮮半島に関連するものばかり書いてて食あたり気味です。かといってやる気があまりわかない今の状態でパパッと書くことと言ったら北朝鮮しかないので、パパッと開戦するかどうかについて私の意見を述べます。そもそも、パパッと言うことでもない気がするが。
 結論から述べると、北朝鮮は挑発行動は行っても自ら開戦することはありえないと思います。理由はごく単純で、戦争をするにしても物資があまりにもないからです。

 たとえばこれは中国の話ですが、中国が保有する石油備蓄量は国内消費量の約1ヶ月分しかありません。これに対して日本は約6ヶ月あり、戦闘を継続する能力で言えば圧倒的に日本が高いために中国の軍事専門家ですら「尖閣で有事があった場合、中国は日本に勝てない」とはっきり分析しており、中国も日本並みに石油備蓄量を増やすべきだという意見も出ております。

 北朝鮮が一体どれだけの石油を備蓄しているのかわかりませんが、常にエネルギー不足に悩んでいることから察するに1ヶ月、下手したら1週間も持たないのではないかと推測します。それこそ夏季であればまだいいでしょうが、冬季にでも戦争となったら暖房用燃料の供給すらままならない状況になるでしょう。
 そんな状態では戦争をやろうったって土台無理でしょうし、恐らく軍隊を展開して1週間程度で物資の底が尽き、攻撃はおろか防衛すらできなくなるのがオチだと思います。いくら狂信的な国家とはいえ、さすがにこの辺の事情というか自分たちの懐くらいは理解しているんじゃないかなぁ。

 そんなわけで、ミサイルを撃って脅すことはあっても戦争は起こさない、というより起こせないのが北朝鮮です。どちらかというと相手の政府を脅すより相手の国民を脅すことが目的で、戦争なんか起こせっこないのに「第二次朝鮮戦争が起こるのか!?」などと掻き立てるマスコミは北朝鮮に対する利敵行為だと私は思います。今に始まることじゃないけど、言うねぇ俺も。

2013年4月12日金曜日

反日ドラマに全裸女性?

 昨日までサムスンの長い記事を書いていたこともあるので今日は更新をさぼろうかなとも思ってましたが、ちょっと気になる中国ニュースを見つけたので軽く取り上げます。

抗日剧现裸体女子 网友怒斥无道德底(長江時評、リンク先は中国語)

 上記のリンク先は中国ニュースのページなのですが、どうもみんな大好き反日ドラマの撮影で全裸の女性が使われていたと誰かがブログ上で暴露し、そのシーンの写真もアップロードされたようです。リンク先のページにはその問題のシーンというか全裸の女性の後ろ姿を撮った写真が貼られてありますが、自分もこの写真をブログに上げようかと一旦迷いましたが、さすがに下品なので自粛しました。

 報道を見る限りですとこの全裸の女性が出てくる反日ドラマはまだ放送されていないようですが、ネット上に撮影中と思われる写真が出回ったことによって大きな議論となり、中国のNHKことCCTVも取り上げています。批判内容としては、重厚なテーマの反日ドラマでこのような破廉恥な場面があるなんて言語道断だとか低俗だとかいろいろありますが、それとともに反日ドラマ自体が商業主義に染まりきっており、これ以外でも粗製乱造が多いという指摘も出ています。

 リンク先の記事によると、やっぱり反日ドラマは視聴率が良く、制作費に対する利益率が200%くらい行くそうです。それだけにより視聴率を高めるために好奇的な演出も増えており、今回の全裸女性問題はその典型だという批判のされ方がされています。
 まぁこう言ってはなんですけど、中国人はやっぱりお堅いなぁという気がします。日本のテレビもさすがに女性の裸を映すことはありませんが、この問題でここまで中国人が熱くなるのを見る限りだと日本人の感覚で中国人を図ってはやはり衝突が起こるように思えます。またオチがないのですが、中国人は意外とウブだっていうのを再確認した次第であります。

  おまけ
中国オタクの女神ランキング(人民網日本語版)

 また中国ニュースですが、人民網の日本語版に中国のオタクに受ける美人ランキングがありました。このランキングの3位には楊穎(アンジェラ・ベイビー)という人が入っているのですが、その評論が少し面白いです。
新世代4大女優のトップ人気を誇る楊穎だが、その完璧すぎる容姿ゆえに、常に整形疑惑が飛び交っている。もし整形だったとしても非常に成功した整形だ
 なんていうか、中国人は極めてシュールなことを言うもんだなとつくづく思います。

サムスンと日系企業の絶対的な違い

 前回の「サムスンは何故躍進したのか」の記事の中で私はいくつかのサムスンの成功の要因を解説しましたが、実はまだ本当の核心というか重要な部分を取り上げておりません。なので今日はその肝心要な部分である、サムスンと日系企業の絶対的な違いである「国内競争の壁」を私なりに説明しようと思います。もっともこの話はサムスンというより、日系企業の多かれ少なかれが抱える普遍的な問題点ではあるのですが。

 まず何度も書いている通り、日本の家電メーカーが不振にあえぐ一方でサムスンは世界市場で好調な売れ行きが続いております。サムスンの好調の要因は第一にウォン安が続いて輸出競争力が高まったことが背景にありますが、それとともに前回に取り上げた二番手商法ことリバース・エンジニアリング、徹底した現地マーケティングを行った上での商品開発なども大きく貢献しております。
 このうち、今回私が読者の方により注目してもらいたいのは「現地マーケティングの徹底」で、これに「何故」を付けてもらいたいです。なんか今日は意識してるわけじゃないのに括弧付けがやけに多いですが、「何故サムスンは現地マーケティングを徹底するのか」という疑問を持ったことはあるでしょうか。この答えは明かしてしまうと非常に簡単で、サムスンというか韓国企業にとって商品・サービスの販売先は韓国国内にはなく海外の市場にしかないからです。

 近現代史に詳しい方なら説明はいりませんが、タイや韓国では1997年にアジア通貨危機といって通貨暴落に伴う深刻な経済危機が発生しました。今私がやっている連載でも後で取り上げる予定ですがこの時に韓国はIMFから支援を受ける代わりにその監督下に入る、つまり経済政策を一任することとなるのですが、この時に規制緩和や財閥の統廃合などと言った徹底的な経済合理化政策が取られるようになりました。この時代の呼び方は「IMF危機」、「IMF事態」などと複数ありますが、この時の政策によって韓国国内では貧富の格差が拡大、というよりもむしろ一般市民の収入が激減して生活が成り立たなくなった一方で財閥企業の売上げは増加することとなります。

 この韓国経済の変化がサムスンにどのような影響を与えたのかというと、私が見るに二つのポイントがあるように思えます。一つは韓国国内で格差が拡大して中間層がいなくなり、サムスンの販売する電子機器などといった商品を購入する消費者市場が小さくなった。もう一つは財閥の統廃合が進み、競合企業がLG電子くらいしかいなくなったという点です。この二つの韓国市場の変化によってサムスンは、国内向けに商品を開発したり、必死で売り込んだりする必要性がなくなり、海外市場で売っていくしか生存の道がなくなったように私は思います。

 必要ないかもしれませんがもうちょっと詳しく説明すると、韓国ではIMFの介入以降、国民生活は非常に苦しくなり貧しい人が本当に増えました。貧しい人相手の商売では売り上げも利益も小さく、事業を拡大しようにもやってられません。次に国内で競合企業がいなくなったという点ですが、日本みたいに家電メーカーだけでも複数ある所と違って競争相手が少ないのだから、適当に商品を出すだけで国内では売れていきます。なので国内向けに商品を開発するくらいなら、初めから海外市場向けに開発する方がサムスンにとって売上げ上昇を期待できることとなり、必然的に海外現地でのマーケティングにも力が入って各地の市場に受け入れられる商品だったり、スマートフォンのGalaxyシリーズのように全世界を対象にしたグローバルモデルの開発に力が入ってくるわけです。

 翻って日系家電メーカーの状況を見てましょう。なんだかんだ言って日本国内の消費者市場というのは世界的にも非常に大きく、お膝元の国内市場を日系家電メーカーは無視できないというか自然と目が向いてしまいます。それがどんな結果を生むのかというと、「日本市場では売れても海外市場では売れない商品の連発」という、勘のいい人ならもう浮かんでるでしょうが「ガラパゴス化」を招いてしまうわけです。
 別にガラパゴス化自体は悪いわけではありません。独自発達した商品はなんだかんだ言って面白く、性能面でも同時代の海外メーカー製を大きく上回っていることも少なくありません。しかし日系企業の明らかに問題と感じられる点を指摘すると、日本国内で売れている商品をそのまま海外市場に投入しがちなところで、このブログで何度も言ってますが日本で売れたからといって海外の消費者に受け入れられる保証もないのにやけに自信満々で投入してくる日系企業関係者を私自身が中国でたくさん見てきました。凄いのになると、日本でも受け入れられてないのに海外では受け入れられると投入してくる会社もいましたが。

 やはり海外で商品を売っていくには、現地の消費者に合わせたアレンジが多少なりとも求められます。まだ自動車メーカーはこの点を理解しており、たとえばトヨタだと国内では全く売れていない「カムリ」という車がありますが、逆に海外市場では最強の主力車と言ってもいい販売台数を誇ります。詳しく見てないけど、多分「カローラ」に次いで売れてるんじゃないかな。
 同様に日産も微妙にデザインやカラーリングを変えるなどして現地の消費者に合わせる努力が見られますし、こっちも日本じゃあまり見ないけど中国では「ティアナ」が多く走っていて「フーガ」はそんな見ません。彼ら自動車メーカーは日本で売る「国内モデル」と海外で売る「国際モデル」を明確に分けており、それぞれ別個に戦略をきちんと立てております。

 一方で家電メーカー。全くしていないわけではないのでしょうが海外向け商品開発の点ではサムスンに比べその努力は非常に劣っていると言わざるを得ません。特に劣っていると私が思うのはデザインへの注力で、サムスンがロンドン、ミラノ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、東京、上海の海外6都市にデザインセンターを置き1000人超の人員を配置しているのに対し、日系メーカーはどうもデザインに対するこだわりが低すぎる気がしてなりません。新商品説明会でもやたら機能をPRしますが、「デザインでは一歩先を進んでいる」といったような言及はあまり見られませんし、私自身も家電量販店で日本製家電商品見比べててもうちょっとカラーリングとかこだわれないかなとこの頃疑問に思うデザインが多いです。ノートPCで言えば、台湾メーカー製の方がいい味出しているし。

 昨日に引き続き長々と書きましたが、冒頭に掲げた国内競争の壁というのは、日系家電メーカーは国内に競合企業も多く市場もあるため、どうしても国内市場向けの商品開発に意識が行ってしまうところがあると言いたかったわけです。逆にサムスンは国内には競争もなければ市場もないため、初めから海外市場向けに商品を開発してくるわけですからそりゃやはり分があるでしょう。
 じゃあ日系家電メーカーはどうすればいいかですが、言うまでもありませんが自動車メーカーのようにもっと国内と海外の販売戦略をしっかり分けることが大事で、「日本人には嫌われても外国人には大受けする商品」を作れる人材や企画をしっかり用いることに尽きます。もっとも、海外なんていいから国内だけで売ってればいいといいう戦略であるのならばそんなことをする必要もないのですが。

  参考文献
・サムスンの戦略的マネジメント 片山修 PHPビジネス新書 2011年

2013年4月10日水曜日

サムスンは何故躍進したのか

 先日に「サムスンの歴史」という記事を書きましたが今日はこの記事に続く形で、サムスンがどうして日系家電メーカーを上回るほどの成長を果たすことが出来たのか、その経営的要因を私の分析で以って紹介します。

 まず現在の消費者向け家電市場の状況について簡単に述べますが、日系メーカーに関してはパナソニック、ソニー、シャープと名立たる大企業が空前の赤字を記録するほど不振を極める一方、サムスンはスマートフォンのGaraxyシリーズが大ヒットしたことから世界のスマートフォン市場シェアでトップを握り、全体業績でも過去最高利益を記録するなど絶好調もいいところです。ただサムスンは今でこそブランド力で日系メーカーを上回る(上海の家電小売店のブースの大きさではアップル>サムスン>ソニー)実力を身につけましたが、1990年代までは安かろう、悪かろうと見られるメーカー、さらに言えば日系メーカーのダウングレードという見られ方が長らくされておりました。

   半導体事業で一躍世界メーカーに

 そんなサムスンが世界で一躍知名度を高めるきっかけとなったのは、もはやお家芸と言ってもよい半導体(DRAM)製造でした。1977年に市場に参入してから猛烈な投資を行って先行していた日系メーカーをあっという間に追いつき、1990年代においては世界市場で大きなシェアを握ります。このサムスンの半導体事業においては日系メーカーからのヘッドハンティング、要するに技術を保有する人材を囲い込んでその技術を奪った、卑怯だなどという主張がたまに、っていうか頻繁に見られます。実際私もほんの一端ではありますが半導体産業に関わった時期があってこの時代のことをよく知っている人から、某日系メーカー名の社員が土日の韓国アルバイト(技術指導)に明け暮れていたということを聞いておりますが、これを以ってサムスンが卑怯であるとはあまり感じません。むしろそうやって社員を流出させた点や、機密保持契約をしっかりと行っていたのかという点で日系メーカーに隙があったと考えるべきだと思います。まぁ後の祭りなんだけどね。

 そんな話は置いといて、半導体事業の成功によってサムスンは一躍その名を世界に轟かせましたが、コンシューマー家電ではまだまだ格下扱いを受けておりました。それらの評価が切り替わるのは2000年代に入ってからだったように私は記憶しますが、日系メーカーが強かった先進国市場ではなく、中国やインドといった発展途上国市場から徐々にシェアを広げブランド力を高めていきます。何故サムスンが発展途上国市場で受け入れられたのかというと、日系メーカーに比べて価格を抑え現地の人でも手が出しやすい商品を販売していったことが大きく、その商品開発においては「リバース・エンジニアリング」という手法が効果を発揮したと多方面から指摘されておりますが、

   リバース・エンジニアリング

 知ってる人には早いですがサムスンは韓国の水原(スウォン)市に研究開発所を設けているのですが、ここは別名「水原解体工場」とも呼ばれています。何故そんな異名があるのかというとこの研究開発所で行われていることは本当に他社製商品の解体に次ぐ解体で、部品を一点一点調べてどのような構造、機能を持っているかを徹底的に分析し、どれだけ安価な部品で代替できるか、より効率的に組み立てられるかを調べるそうです。かのi-Phoneも恐らくここで徹底的にバラバラにされてGaraxyシリーズも生まれた事でしょうが、それまでに一体何台のi-Phoneが犠牲になったのだろう( ´ー`)
 このサムスンのリバース・エンジニアリングというモデルですが、言ってしまえば過去の松下電器とやってることは同じです。他社が魅力的な新商品を開発して市場に発表するや、より安価だったり性能が少し上だったりする商品を出すことで一番おいしい消費者層を奪うという二番手商法で、これが「i-Phoneは欲しいんだけど、高くて買えないから似たようなのでいいや」という発展途上国市場で大いに受けました。また解体作業を通してサムスン自体の技術力も向上していき、その後のブランド力アップにもつながっていきます。

   徹底した現地マーケティング

 こうしたリバース・エンジニアリングモデルに加えサムスンの経営で特筆すべき点は、その徹底した現地マーケティングにあります。サムスンは毎年社員から募集を募って各地域にマーケティング調査要員を置いているのですが、そのやり方というのも「年間給与をこれまで通りに払いつつ、1年間全く仕事をさせずに現地で生活させる」という、日本の会社じゃ多分思いつかないような方法を採っております。これで調査員となった社員は本当に1年間何してもいいし、家族と滞在国で好き勝手過ごすのもアリであれば、地元の大学に入って現地の言葉を学ぶのだってOKです。ただし一つだけ厳しい条件があり、現地法人などにいるサムスン社員とは一切接触してはならないこととなっております。これは言葉などが出来る現地社員に頼らせず、部屋探しから行政手続きまで全部一人でやらなければならない状況に追い込むためと言われています。

 調査員は1年、場合によっては2年経った後に本社に現地向け商品企画案を出すよう義務付けられているのですが、これらの企画案から生まれた商品は正直に言って非常にユニークなものが多いです。私が知っているのは3種類ですがそれらを全部挙げると以下の通りです。
  1. 鍵付き冷蔵庫(インド)
  2. 音楽プレイヤー付き洗濯機(インドネシア)
  3. メッカの方向がわかり、礼拝の時間を知らせるアプリが標準搭載された携帯電話(中東)
 一つずつ詳しく解説すると、1番目はインドでは家の中に忍び込み冷蔵庫の中身を盗難する人が多くてそれの防止用として大ヒット。2番目についてはインドネシアでは選択をするのは基本家政婦で、これらの人は貧困層出身が多く娯楽と言ったら歌うことしかなく、洗濯中にも音楽鳴らして歌えるということでこれまた大ヒット。3番目に関しては言わずもがななので省略します。
 これらの商品というか機能は日本にいたらまず気が付かず、現地で生活した者じゃないと出てこない発想と言えるでしょう。3番目に関してこれは友人の証言ですが、サムスンは中東地域に調査員を派遣するに当たり、まずその調査員をイスラム教に改宗させたそうです。徹底的に現地に溶け込ませるという狙いもあるでしょうが、改宗によってその調査員はイスラムコミュニティに入り込むことが出来、現地の人脈作りにおいて大いに効果を発揮したと言われております。

 かねがねブログでも書いておりますが、日系家電メーカーはこのマーケティングという面で非常に拙いです。よく前職でも同僚と話しておりましたが、日本で売れた物を自信満々にそのまま中国市場に投入してくることが多く、一体その自信はどこから湧いてくるのかといつもみんなで不思議がってました。また以前に某家電メーカー大手の知り合いにマーケティングが足りていないと指摘すると、「うちの会社でもマーケティングの重要性は認識しているつもりだが、マーケティングを行うだけの資金的余力がない」と答えられ、この時は私もマジで怒りました。
 というのも上記のようなサムスンのやり方であれば300万円もあれば十分で、下手したら現地に留学している日本人留学生に100万円くらいお小遣い上げて報告書を書かせたってもいいのです。それすらもやらずに弱音を吐くというのはさすがに問題だと、ちょっと厳しく叱りました。

 とまぁ初めてこのブログで中見出しつけたりするなど長々と書きましたが、まだいくらか書ききれていない点があるので、続きはまた次回に書きます。先に触りだけ書くと、日系メーカーにはどうあがいても越えられない「国内競争」という壁があるのですが、それをサムスンは既に越えているという話です。

  参考文献
・サムスンの戦略的マネジメント 片山修 PHPビジネス新書 2011年

2013年4月9日火曜日

中国における環境問題、感染病に関する報道

 気づいている人もいるかもしれませんが、この頃ブログの背景イメージがコロコロ変わっております。色々試しているんだけど、どれもしっくりこないというか納得いかないというか。昔の無地の方がいいって人がいれば、ぜひコメントください。自分もそっちのがいいのかなぁとか悩んでて……。
 話は本題に入りますが、中国の赤い水が話題になっているそうです。

豚にアヒル、鶏…大量死にも「安全宣言」の中国地方当局へ不信と不安高まる(産経新聞)

 上記のニュース、というか産経はこういうのを欠かさずに報じてくるなぁとか思うんですが、このところ起きている環境関連の事件がまとめられており、その中の一つに川が赤く変色してその水を呑んだ鶏が次々と死んだ例が報じられています。
 私の中で赤い水と来ると「SIREN」というゲームに出てくる、飲んだらゾンビみたいに不死になる赤い水が真っ先に思い浮かぶのですがそれは置いといて、この問題では「小豆だって煮れば水は赤くなるだろ」という緊張感の欠片もない発言をした地方の環境保護局長が更迭されたそうです。なんでここで小豆が出てくるのかこの人の思考はよくわかりませんが、この辺の報道に関して少し思うところがあります。

 言わずもがなですが中国は日々、厳しい報道規制が置かれている国です。中央政治界の政治家スキャンダルなんて書いたらNYタイムスの記者みたいに嫌がらせさせられるし、台湾などの報道においても「台湾政府」と書いたら即アウトです。
 しかし近年は少し事情が変わったというか、私が思うに2分野に関しては報道の自由が高まってきております。その2分野というのはもったいぶらずに言うと、環境分野と感染病分野です。前者は上記の「赤い水」事件に代表されるもので、後者はこちらも今が旬な「鳥インフルエンザ」がその代表格でしょう。

 この2分野とも、海外メディアだろうが国内メディアだろうが好きに書いていいし、対応が遅れていたら小豆発言で更迭された局長のように自由に批判しても許されます(さすがに中央批判までは許されないが)。実際に私も中国にいた際にはこの辺の問題の記事を書いてましたが特におとがめは受けず、また地元の新聞も、ほかの分野で規制が多いこともあるせいかやけに精力的に環境問題を多く取り上げていました。

 一体何故この2分野で比較的自由な報道が許されるのかというと、やはり民意が大きいと思います。どちらも一般市民が強い関心を持つ分野で、変な対応を採ったり放置したりしようものならリアルに暴動が起こります。確か去年も環境基準を満たさないのに化学工場の無理矢理建設しようとしたら反対運動が起こって取りやめになることもありましたが、中国政府もこの辺の事情を理解して中央批判にならない限りは自由な報道を認めているように思えます。

 またこちらは感染病分野に関してですが、2002年に中国でおこったSARSの感染拡大が一つの潮目となった気がします。この時はガチで中国政府は感染地域や治療状況などと言った情報を隠蔽したことから国内外で激しい批判を受けましたが、中国政府自身もかえって情報隠蔽したことによって被害を広げたと認識している節があり、これ以降は鳥インフルエンザに限らず新型インフルエンザなどの情報はまだ率先して自分から発表するようになるなど日本人として言わせてもらうと常識的な対応を取るようになってきました。

 希望的観測ですが、今後も中国国内の報道の自由はまだまだ時間はかかりますが、徐々に広がっていくと思います。なんでもかんでも自由でオープン過ぎるというのはまた問題な気がしますが、この流れがもうしばらく続いてほしいというのが私個人の願いです。

  おまけ
 最近朝日新聞読んでますが、総理就任前はあんだけ叩いていたくせに安倍首相への批判がこのところ鈍くなってきています。批判しろというつもりはありませんがちょっとこの心変わりは激しすぎるんじゃないかとツッコミたいです。それと安倍首相は折角なんだし、ココイチとでもコラボして「安倍総理の3000円カツカレー」とかいう商品を売り出したら面白い様な気がします。

  おまけ2
 局長が更迭された川の水は赤らしいですが、私に言わせると赤はまだ目に優しいです。川の水が青とか緑の場合は見ていて本当に不安になってきます。めっちゃ鮮明な色していることあるし。

2013年4月8日月曜日

サムスンの歴史

 現在やっている「韓国の近現代史」の連載を始めるに当たって友人に意見を求めたところ、「サムスンを一回取り上げてくれ」というリクエストを受けました。確かに韓国経済を考える上でその代表格であるサムスンは確かに外せない企業なのでよっしゃこいとばかりに引き受けて勉強し始めたのですが、書き始めたらそこそこの分量に行くと思ったのでこの際、連載からは独立して書くことに決めました。そんなわけでまず今日は、これまでにどのような経過をサムスンは辿ってきたのか、その歴史について解説することにします。

 サムスン、といっても実際には企業複合体なのでサムスングループは1938年、李秉喆(イビョンチョル)が大邱市で「三星商会」を設立した頃を創立期としております。李秉喆についてもう少し詳しく書くと、この人は戦前に日本の早稲田大学に留学(病気で中退)しており、二代目の李健熙(イゴンヒ)氏も早稲田大学を卒業、三代目の李在鎔(イ・ジェヨン)氏は慶応大学大学院を出ており、割かし日本の学校と縁があります。個人的には早稲田、慶応ともに派手なPRはしてないような気がしますが。

 話は戻りますが、設立当初の三星商会は雑貨など生活必需品を取り扱っていたようですが日本や中国の戦争が激しくなるなど戦時色が濃くなったことから李秉喆は家族らの避難を優先し、1942年に三星商会の経営を人に任せて疎開します。
 その後、李秉喆は日本の敗戦した後の1948年、ソウルで砂糖など生活必需品を取り扱う総合商社「サムスン物産」を設立し、しばらくは上々の経営が続いていたそうです。しかし1950年から朝鮮戦争が始まると保有していた物資が略奪されたことにより無一文となり、これまた家族を連れて非難するためにかつて三星商会を任していた人物に会うため大邱市へ向かいます。この時、三星商会を任されていた人物は健全な経営を続けており、快く迎え入れると蓄えていた大量の資金を提供して李秉喆に再起を促したそうです。こうした助けもあってサムスン物産は朝鮮戦争後に蘇り、その後は自前で製糖工場や製紙工場を持つなど徐々に財閥化していきます。

 その後、李秉喆は1969年に日本の三洋電気と提携し、テレビの生産や半導体の組み立てを行う合弁会社「サムスンSANYO」を設立すると同時に、現在のサムスングループの中核と言っていい「サムスン電子」を設立します。そして1977年には「韓国半導体」という韓国の半導体メーカー(まんまやん)を買収し、サムスングループ躍進の要因となった半導体の製造事業に着手します。この頃からサムスングループは総合商社から電子メーカー的性格が濃くなっていくわけですが、半導体事業における研究開発には投資を惜しまず、元三洋の井植敏氏によると、「日系メーカーが256KのDRAM開発に着手していた頃、サムスンは1MのDRAMに着手していた」と話しています。

 このように韓国内で押しも押されぬ大企業となったサムスンでしたが、真に国際企業となるのは2代目の李健熙氏が就任してからです。李健熙氏は三男でしたが、その才覚を父親の李秉喆に見込まれたことによって一度は後継者に指名された長男・猛熙氏を押しのけ、1987年に会長に就任します。
 結果的にはこの後継者指名は当たったと言えるでしょう。李健熙氏は会長職に就くと、国内ナンバー1企業となって大企業病に陥っていた社内に対し、「妻と子供以外はすべて変えろ」と、私なら「ペットも?」と言いたくなるような訓令を発して社内改革に手を付けます。李健熙氏は自著でもインタビューでも度々話していますが、米国のスーパーでサムスン製品が埃被っておかれていたのを見てショックを受けたものの、当時のサムスン社内は海外市場なぞまるで気にしておらず、まずは大企業病を克服しなけれならないと相当な危機感を抱いたそうです。そしてこれは私の推測ですが、国内1位では意味がなく、世界市場でシェアをとらなければならないという意識もこの頃にサムスンの中で育ったのでしょう。

 その後、アジア通貨危機の際は一時破綻寸前となるものの、この時に社内合理化を進め機器の去った後のサムスンはそれ以上の競争力を持つに至っています。ただ李健熙氏については2008年に政界などへの不正送金が摘発されて一旦は引退して息子の李在鎔氏にサムスン電子社長職を譲りますが、ここが韓国でよくわからないところなのですが「平昌オリンピック招致のために必要な人材」ってことで李健熙氏は恩赦を受けます。でもって2010年にはまたサムスン電子の会長職に復帰してます。

 ざっとこれまでがサムスンの歴史です。オーナー色の強い会社だからオーナー追ってけばそれなりに見えてくるというのが書き手にとっては書きやすかったです。で、この後の展開ですが、サムスンがどうして日系企業を現状で上回る会社へと成長したのか、その躍進の秘密について私なりの分析を紹介して行こうと思います。

  参考文献
・サムスンの戦略的マネジメント 片山修 PHPビジネス新書 2011年




韓国の近現代史~その九、青瓦台襲撃未遂事件

 前回は韓国軍のベトナム戦争への派兵を取り上げましたが、今日はその派兵を行った朴正煕大統領に対する北朝鮮の暗殺計画、青瓦台襲撃未遂事件を取り上げます。それにしてもこれから数回は全部「暗殺」が主題の記事を書き続けることになるんだろうなぁ。

青瓦台襲撃未遂事件(Wikipedia)

 先に用語を説明すると青瓦台というのは韓国大統領官邸を指します。ここを襲撃すること即ち、大統領暗殺を行うという意味になります。
 この事件は朴正煕が実権を握ってから7年後の1968年に起こったもので、北朝鮮は朴正煕大統領の暗殺を図り暗殺部隊を組織しました。暗殺部隊は31名(実際は40名ほどか)によって組織され、北緯38度の休戦ラインを突破して韓国の領域内に侵入します。しかし侵入してからすぐ、ドジと言ってはなんですが地元に住む韓国市民に偶然見つかってしまい、通報しないように脅迫した後でその韓国市民を放してしまいます。もちろんこの韓国市民は解放後、当局へ北朝鮮軍の侵入を通報しました。

 北朝鮮の暗殺部隊はその後、ソウル市内に侵入して青瓦台を目指しますが、市民の通報を受けて警戒中だった韓国軍に見つかり、市内で銃撃戦を開始します。暗殺部隊は最終的に29人が射殺、1人が自爆、1人が逮捕され、このほかにも数名が北朝鮮へ逃げ帰ったと推測されています。なお逮捕された1人は計画の全貌を放した後で恩赦を受け、その後はソウル市内の教会で牧師となったと言われています。

 この事件では銃撃戦となったことから警官や民間人の間でも死傷者が出てしまい、標的だった朴正煕大統領は北朝鮮の行動に激怒したそうです。そして報復として金日成暗殺計画を作り、後の「シルミド事件」に連なる暗殺部隊を創設することとなります。そんなわけで今回は非常に短く終わりましたが、次回は映画にもなったシルミド事件を取り上げます。

2013年4月7日日曜日

幸福の型、不幸の型

 先月に関西で友人と会った際に印象に残る言葉を二つかけられました。一つは、「なんか前にもまして歩行速度が上がってない?」というもので、ただでさえ早かった私の歩行速度が中国に行ってからさらに上がっていると指摘されました。もう一つがこの記事の主題となりますが、「なんか花園君ってさ、人間の正の感情よりも負の感情に強く関心を示すよね」という言葉でした。

 正の感情、負の感情というのは読んで字の如し、プラスかマイナス、陽か陰かという意味で、前者は人間がうれしい時や喜ぶ時の感情を指すのに対して後者は苦しい時や辛い時などのドロドロした感情を指します。友人が私に言わんとしたことは、私が取り上げる話題には人間は一体いつ、どんな時に苦しさや辛さを感じて、それがどのように嫉妬や怒りなどに発展するのかを追及することが多いのに対し、逆のパターンこと喜びや快の感情に対するメカニズムにはあまり興味を示さないということです。

 なんかこう書くといかにも私が根暗で陰険な人物のように見えてしますが、実際に前の会社で同僚に「花園さんは陽か陰かといったら明らかに陰ですね」とリアルに言われたこともありますが、多少言い訳をするとこれはなにも私に限ったことではないと思う、ってかないはずです。というのも思想家や文豪はその作品においてなにがしかの「悩み」をテーマにすることがある一方、全くないわけではありませんが「人間が何に感動するか」というテーマは前者に比べ少ないと断言できます。人間心理や思想の研究においては基本、悩むということが前提であると少なくとも私はそう思います。

 正の感情より負の感情の方が探究テーマにされやすいということは先ほどの指摘をした友人と一致し、その上で正の感情よりも負の感情の方がバリエーションが多いということもお互いに認めました。バリエーションが多いというのはそのままで、たとえば人間がどんな時に喜ぶのかという場面の数に対し、どんな特に嘆くのかという場面数は多いように思えるという意味なのですが、これについて別の友人に話を振ってみたところ、「ロシアの小説家のトルストイが同じことを言ってるぞ」という指摘を受けました。

 この指摘を受けてから調べてみたところ、私も初めて知ったのですがトルストイの名作の一つである「アンナ・カレーニナ」の中に、「幸福な家庭はみな同じように似ているが、 不幸な家庭は不幸な様も それぞれ違うものだ」という一節があるそうです。改めてこの一節を見てみると実に深く感じられるのですが、この項について後に出てきた友人と軽く議論を交わしたところ、幸福には定型があるという結論に至りました。

 この結論の意味をざっくり説明すると、人間社会というのは知らず知らずというべきか、幸福である条件を作っていってしまうという意味です。たとえば現代日本であれば、そこそこの収入があって、結婚して、健康であって、一流大学を出ていて、一流企業に勤めていて、勤務時間は適度で、子供もまともに育って、などといった幸福の条件というか型が存在し、この型に漏れること=不幸と捉えるようになってしまいます。仮に一つや二つの条件を満たさなくとも幸福感は得られるでしょうが、「完璧な幸福」には至れないでしょう。
 中には「幸福の条件なんて人それぞれが個別に作るものじゃないか」と言う人もいるかもしれません。ただ意志の強い人、周りに影響されない人であればそのような個別の幸福の条件を維持し、独自に幸福感を感じられるでしょうが、圧倒的大多数はそこまで意志が強いとは私には思えず、人間社会が作る幸福の定型に影響されてしまう気がします。

 私が言いたいことを簡単にまとめると、幸福であるとされる状態というのは多くの条件によって非常に限定されてしまう一方、不幸というのは「その他」というくくりとなってしまうため、トルストイが言ったように膨大なパターンになってしまうということです。そのため人間は、自ら幸福の型を作って不幸だと感じる人を量産していると言えるかもしれません。
 なおこの幸福の型ですが、作っているのは人間社会ですが、その中でもメディアが大きな役割を持っているのは言うまでもありません。でもそのメディアはたまにテレビなんかとかで、「苦しい家庭にあっても幸福でいっぱいの家族特集」みたいなのを組んで放送したりします。ですがとあるマンガで、
『たとえばの話だけどさあ』
『「人生はプラスマイナスゼロだ」』
『――って言う奴いるじゃん』
『エリートでも喜んだり悲しんだりするとか』
『幸福な人間もそれ相応の大変な苦労を積み重ねているとか』
『だから人間はみんな平等だって言いたいんだと思うけど』
『でも』
『「人生はプラスマイナスゼロだ」って言う奴は』
『決まってプラスの奴なんだ』
 という、なんて恐ろしいところを突くんだというセリフが載せられております。
 そこそこ有名なのでわかる人にはわかるかもしれませんが、このセリフは「めだかボックス」という漫画に出てくる球磨川禊(くまかわみそぎ)というキャラクターのセリフなのですが、自分も読んでて久々にしびれました

 この「めだかボックス」は既に出ている単行本を漫画喫茶でまだ読み終わってないのですが、ある程度読み終わったらレビューを書いてみるつもり満々です。しかしこういうセリフにいちいち反応するあたり、やはり自分は『陰』の側なのかなぁと認めざるを得ない気がしてきました。

2013年4月6日土曜日

韓国の近現代史~その八、韓国軍のベトナム戦争派兵

 前回では朴正煕政権の行った経済政策、いわゆる「漢江の奇跡」を取り上げましたが、この経済政策では日本を含む海外からの経済支援が非常に重要な要素となりました。朴正煕はこれらの経済支援を受けるため様々な外交を執り行いましたが、その中の一つとして米国向けに、泥沼化していたベトナム戦争へ韓国軍を派兵するという施策があり、この点についてちょっといろいろ言いたいこともあるので解説します。

 朴正煕はクーデターによって実権を掌握した後、1961年に米国へ赴きケネディ大統領と会っております。通説ではこの時の時点で韓国軍をベトナムへ派兵しようかと提案したとされますが、実際に派兵されたのはジョンソン大統領に変わった後の1964年でした。韓国側としてはベトナムに韓国軍を派兵する代わりに米国から資金援助を得ることが目的で、米国側としては戦力というよりも、同盟国から派兵を受けることによって戦争の正当性を高めるということが目的だったと考えられます。

 このような背景で派兵された韓国軍でしたが、ベトナムに到着するやその兵力に比して多大な活躍ぶりをみせたことにより「猛虎部隊」などと呼ばれベトナム軍側からも恐れられたそうです。派兵人数は30万人以上とされ、この兵力規模は米国に次ぐ大兵力であったことから実質主力の一翼をになったと言っても過言ではないでしょう。派兵された韓国軍兵士に対する給与は米国は支払い、また戦争に必要な軍需物資の需要が跳ね上がったことからサムスンは大宇などの韓国財閥もこの時期に急成長を果たしております。

 さてここからが本題になりますが、皆さんはライダイハンという言葉をご存知でしょうか。これはこの時に派兵された韓国軍兵士と現地ベトナム人との混血児のことを指しており、日本の中国における残留孤児問題同様に韓国への帰国、戸籍取得を認めるべきかで現在議論となっております。
 韓国に限るわけではありませんがベトナム戦争中は現地人との混血時出産が相次いだほか、兵士による暴行、強姦事件が相次いでおりました。そして、虐殺事件も同様に相次いでおりました。米軍もソンミ村虐殺事件という有名な虐殺事件を起こしておりますが、韓国軍も下記に列挙する虐殺事件を起こしております。

タイビン村虐殺事件
ゴダイの虐殺
ハミの虐殺
フォンニィ・フォンニャットの虐殺
(すべてWikipediaより、一部にグロテスクな写真が貼られているため閲覧時は注意)

 上記の虐殺事件はどれも無抵抗の村民を韓国軍が一方的に虐殺した事件とされております。これらの行為は米軍の調査によって明るみとなりましたが韓国軍側はゲリラ掃討のための正当な行為であるとして正当化し、当時の韓国軍司令官は現代においても同様の主張を続けていると聞きます。こうした虐殺行為の繰り返しに対し米軍も韓国軍を後方に移す措置などを、実行したかどうかはわかりませんが検討したとされます。

 これらの韓国軍の虐殺行為は長い間知られておりませんでしたが、1999年に韓国の新聞「ハンギョレ」が大きく報道したことによって韓国国内にも知られるようになりました。ハンギョレの特集記事は現地で虐殺事件の生存者に対しても取材が行われるなど精力的な報道でしたが、韓国国内では報道に反発する動きもあり、退役軍人らがハンギョレの事務所に乱入し備品を壊すという事件も起きています。なお、あまり言う必要もないでしょうがこれら虐殺の事実が長きにわたって韓国で隠蔽されていたのは朴正煕以降も、韓国では軍事政権が続いていたからです。

 非常に機微な内容なので詳しく述懐しますが、私個人としてはこれらの歴史事実を採り並べて韓国を批判するつもりは毛頭ありません。主張の仕方によっては「韓国は自国の虐殺事件を棚上げしておきながら日本に対して従軍慰安婦問題を主張するなんておかしい」などと言うことも出来るでしょうが、果たしてそういう逆批判をすることによって何か意味があるのかと考えたらあまりないように思います。そして何より、これらベトナム戦争中の虐殺事件について当事者であるベトナムが何か主張するならともかく、第三国である日本が余計な口を突っ込むべきではないでしょう。

 では何故この連載でわざわざ取り上げたのか。それは本当にたった一つの理由からで、もし日本がベトナム戦争中に自衛隊を派兵していたらどうなっていたのかを読者の方にも考えてもらいたかったからです。韓国以外にもオーストラリアやフィリピンなど米国の同盟国はベトナム戦争へ派兵しており、状況によっては日本も派兵していておかしくなかったと私は思います。ではなんで日本は派兵しなかったのかですが、これはなんといっても憲法9条の存在が大きかったからでしょう。
 ただ当時に日本は兵員こそ派兵しなかったものの、沖縄の米軍基地から飛び立った爆撃機はベトナムを何度も空襲しております。そのことに対して日本人は責任感を持てと言うつもりはありませんが、事実として知っておいてもらいたいというのが私の本音です。

「我が闘争」の著作権切れが間近な件

ヒトラー著書の出版禁止、著作権切れ後どうなる(読売新聞)

 ドイツでは出版禁止処分を受けており、日本でも「毛沢東語録」に並んで読書感想文の題材にしようしたら一発アウトなヒトラーの著書「我が闘争」が、もうすぐ著作権切れとなるそうです。著作権切れというと日本では「青空文庫」が有名で、著作権の切れた過去の文豪の作品がフリーで読めますが、「我が闘争」に関しては物が物だけにどうなるかが議論されており、ドイツ本国では今後も出版等を禁止するとの方針を出しているそうです。

 私自身は「我が闘争」を読んだことはありませんが、世界史の資料集に下記のような内容が引用されていたのを色濃く覚えています。
 大衆とは極めて愚鈍な集団であり、時に暴力的ともいえる強い言葉を呼びかけることによって簡単に扇動できる。
ヒトラーが演説に優れていたのは言うまでもなく、私も何度かビデオで見ましたが確かに迫力があって聞く人の心をつかむ能力に長けていたのでしょう。昔に指導を受けたことのある教師などは、ヒトラーという男は確かに問題のある人物ではあるが、あの大衆をまとめる能力については着目する価値があるとかねがね言っておりました。

 ところでこの「我が闘争」、自分も友人からリアルに「もうそろそろ自伝書いたら?」と言われるくらいみょうちきりんな飛んだり跳ねたりの人生を歩んでおりますが、折角書くんだったらこのタイトルをパロディにして「我が逃走」とかいうタイトルで出してみようかな。この手のパロディネタはよく浮かんで来るのですがいくつか挙げると、

・「我が放送」(テレビ会社のPR冊子)
・「我が包装」(製紙会社のPR冊子)
・「我が党争」(政界の暴露本)
・「我が水槽」(アクアリウム本)
・「我が清掃」(お掃除ハウツー本)
・「我が構想」(なんにでもOK)

 こんなことばっか考えてないで、もうちょっと自分の人生見つめ直した方がいいんじゃないかともよく思います。

2013年4月4日木曜日

暗殺者列伝~トーニャ・ハーディング

 このカテゴリの連載記事二発目にしていきなりネタに走りましたが、今日は覚えている人は多分ほとんどいないであろう元女子フィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングを取り上げます。

・トーニャ・ハーディング(Wikipedia)

 彼女はアメリカの女子フィギュアスケート選手で幼少の頃から頭角を現し、現代においてはトップ選手の間でほぼ一般的な技とはなっているものの我らが日本の伊藤みどり元選手に続き、トリプルアクセルを女子選手としては世界で二番目に成功しております。

 そんな経歴の彼女がどうしてまたこんな暗殺者をテーマにした連載にでてくるのかというと、1994年に起きた「ナンシー・ケリガン襲撃事件」がすべての原因です。ナンシー・ケリガンというのはハーディングとほぼ同時期にアメリカで活躍していた女子フィギュア選手で、名実ともにライバルでした。
 事件のあらましを簡単に説明すると、練習を終えて帰宅する途中だったケリガンは突如何者かに襲われ、ひざを強打されます。この影響で近くに予定していた大会を欠場することとなりその大会ではハーディングが見事優勝を飾ることとなったのですが、その後の捜査によってケリガンを襲ったのはハーディングの離婚した元夫だったということがわかりました。それどころかその元夫は、ケリガン襲撃はハーディングの依頼によるものだったと供述する始末でした。

 この事態に至ってアメリカのフィギュア教会もハーディング追放を検討しましたが、ハーディング自体が抗議するなどして処分は一時保留。そして事件後のリレハンメルオリンピックにハーディングはケリガンとともに出場しますが、お騒がせキャラは健在というべきかここでも一騒動を起こします。
 ハーディングはフリーの演技を開始した直後、突然リンクの上で泣きだして靴ひもがほどけた、または切れたとジャッジに抗議します。Wikipediaの記述によると当時の映像では靴ひもはしっかり結ばれており、これは恐らく出だしが上手くいかなかったことからやり直しを求めるために行ったハーディングの狂言という説を採っております。

 狂言だったかどうかは別としてハーディングのこの抗議は認められて時間をおいて再演技をすることとなりましたが結果は8位にとどまり、襲撃による怪我から見事復帰したライバルのケリガンが銀メダルを獲得したことによって明暗は大きく分かれることとなりました。
 リレハンメルオリンピック後、ハーディングは襲撃の事実をようやくというかやっと認めてフィギュア界から追放を受けます。その後は何故か全日本女子プロレスがスカウトに動いたり、同性相手に暴行を働いたり、総合格闘家としてマジでデビューしたりと話題に尽きない人生を送っております。

 正確には暗殺じゃなくて襲撃、しかも実行犯じゃなくて指示犯だけど、なんか取り上げたくてこのカテゴリで記事を書いてみました。ちなみにこの事件当時に私は小学生でしたが、誰かから攻撃を受けると、「ハーディングにやられた」などとわけのわからないことを友達同士で言い合ってました。

銀のさらのCM

 知られているかなぁとか思っていたらうちの親父が全く知らなかったので、今日は個人的に面白がってよく見ている宅配寿司「銀のさら」のCMを紹介します。



 百聞は一見に如かずなのでとやかく言わず上のCMを見てもらいたいのですが、ここの会社のCMは露骨に「ネタ」と「自虐」に走っています。多分広告代理店もびっくりな企画を通してくるのですが、度量があるというべきなのか無謀なところがあるというべきなのか、なかなかに難しいです。見ていて面白いと私は思うのですが。


 こっちのCMは最近放送されたばかりなので覚えている人も多いかもしれません。これも単純に見て面白いと評価しています。


 最後のこのCMはちょっと意表突かれました。まだ見ていない人に向かって言うと、認知症に対して非常にきわどい表現がなされているのですが、ショートストーリーとしてみるならこんな規制の厳しい時代によく作ったものだと感じさせられる内容です。
 このCMに限るわけじゃありませんが、近年の日本では認知症、知的障害者に対する表現に規制が激しく、一言で言えば「見え辛い」世の中になってきたように思えます。これは日本に帰ってきてから強く感じるのですが、電車や駅で知的障害者の方を見る時、何か異常に目立つような印象があります。こう感じる一つの要因として、テレビやお話の中で存在がないこともあるような気がします。

 逆に中国では、もちろんそのような障害を抱えた方も街中にいましたが、日本ほど目立ちませんでした。もっともその要因は普通の中国人がやたら声デカくて外だろうが電車の中だろうが、大声でしゃべっていることが大きいでしょうが。

2013年における中国の地方別の最低賃金引き上げ状況


 ちょっと調べてみたら中国各都市で最低賃金の引き上げがある程度で揃っていたので、今日は各数字を解説するとともにこれまでの賃金上昇ペースを自分の知る範囲で書いてくことにします。
 上記の表は今年に入って月額最低賃金(中国では月給、時給で最低賃金がそれぞれ分かれている)を引き上げた都市とその額を「中国新聞網」というニュースサイトが編集し、まとめた図表です。この中国新聞網というサイトは定期的にこうやって最低賃金とか住宅価格を見やすい表にまとめてくれるので、前職にいた頃もよく引用させてもらっていました。記事書く側からしたら本当にありがたい。

 それでは本題に移りますが、まず中国の最低賃金の前提をいくつか話すと、日本と同じようにこれは各都市や地方の自治体が金額を定めます。そして引き上げは年に1回だけで、時期はちょうど今に当たる、旧正月明けから6月くらいまでの間に行われることが多いです。今年もその例にもれず、上の表を見る限りだと主要都市では大体で揃っていますね。

 金額でみると上海市が1620元でやはりというか最高となっております。ちなみに今は「1元=14円」くらいがレートなので、この金額ですと「1620×14=22680」となり、日本円では2万2680円くらいとなります。
 日本円で考えるとやや心もとない金額ですが、かつての中国の事情を考えると随分と高騰したなと私には感じられます。折角だから軽く調べてみるとみずほのレポートがきちんとまとめてくれていて、これによると2005年の上海市の最低賃金はなんと690元と書かれており、わずか8年間で2.3倍にも上昇しております。あと確か2005年当時の最低賃金は全国的に500元程度だった気がするのですが、上の表を見てわかる通りにもはや4ケタ(1000元)以上で当たり前という状況で、上海に限らずどこの地方でも8年間で倍増したと言っても過言ではないでしょう。

 あと確か深圳市(深圳市は広東省内にありますが、何故か最低賃金は別枠)だったと思いますが、去年にここの最低賃金が全国で初めて1500元を突破したことで少し話題になったものの、今回の引き上げで上海市、広東省、天津市が1500元オーバーの仲間入りを果たしております。なんかこの分だと2000元オーバーもそう遠くないだろうな。
 以前の最低賃金と比べた上昇幅で見ると、各都市で2桁(10%以上)超の成長となっているのを見逃せません。特に江西省なんか太字にアンダーバー引いたけど、41.4%上昇ってちょっと急すぎないかと見ているこっちが心配になってきます。それと中国一貧しい地方と言われている貴州省も今回で1000元台に乗っかってきたことから、1000元未満の地方は今年中に確実に消え失せるでしょう。

 まとめになりますが、現在もなお中国の最低賃金上昇率は2桁ペースで伸び続けております。2012年の中国のGDP成長率は7.8%だったことから、経済規模の拡大以上に最低賃金が上昇しており、やはり政府としても格差問題の解消が重要課題だと認識しているのではないかと思えます。
 中国に進出している日系企業の視点で話すと、従業員として雇う中国人の人件費は上海市などでは2500元以上でなければ誰も集まってこない状態なので、今回の最低賃金引き上げによって短期的に賃金コストが上昇することは短期的にはあまりないでしょう。ただ事務所のスイーパーなどへの賃金額はほぼ最低賃金なので連動して引き上がることとなり、ビル管理とかそういう会社はそこそこダメージがあるかなと思う次第です。

2013年4月2日火曜日

北朝鮮の最近の挑発行動について

 コメント欄でもこの話が出てきたしそろそろまた解説を入れてもいいかなと思うのでまた北朝鮮事情について書いてみようと思います韓国の歴史の連載をやっているせいか、なんかこの問題に対する意識も自分の中で前より鋭くなっているような……


 ニュースでも報じられている通り先月に朝鮮戦争の休戦協定を白紙化すると宣言して以降北朝鮮の周辺諸国に対する軍事的挑発が活発化しておりますネット上ではこうした北朝鮮の挑発を無慈悲な○○シリーズ」という風にまとめて茶化しておりますが、私としてもグダグダ言ってないでやるならやれよと北朝鮮に対して思います。ただ北朝鮮の挑発が短期間に増加したという事実に対しては少し思うところがあり、結論をいきなり出すと、金正恩は軍幹部にいいように使われているんじゃないかとみております。

 まずこの問題で一番重要なのは、軍事的挑発を誰が主導して行っているかです。仮に金正日が生きていれば彼自身の強い意向が働いてと考えることも出来ますが既に彼は亡く、では彼の跡目として第一書記を継いだ金正恩が主導しているのかというとちょっと私の中では腑に落ちません。
 勝手な推測ではありますが、彼は第一書記に就任してまだ一年です。この段階では海外とのややこしい問題を起こすより国内統制、つまり自らの権力確立を進める段階にあるんじゃないかという気がします。しかしこのところの報道を見ていると、金正恩自身が軍事基地を視察する写真などが公開されており、あまり国内闘争に走っていないように見えます。

 これがどういうことを意味するかというと、父親の敷いたレールが盤石だったことから金正恩はすぐに北朝鮮の実験を握った、もしくは北朝鮮軍幹部が何らかの意図をもって金正恩を祭り上げ操っている、この二つのうち一つじゃないかと思います。
 素人の勝手な判断ですが、比較的若い頃から諜報部などで働いていた金正日と違い金正恩は本当にギリギリになって後継者となり、その軍歴も短いです。このような状況下で古参の軍幹部は果たしていうことを聞くのか前から疑問でしたが、このところの行う価値があるのかどうかわからない軍事的挑発を見るにつけ、金正恩は軍部をコントロールしきってないんじゃないかと強く感じます。

 じゃあ何のために軍事的挑発をするのか。仮に自分が北朝鮮軍幹部であると仮定すると、散々挑発して米軍などの介入、つまり侵攻を敢えて受け、責任をすべて金正恩になすりつける。そして自分は素知らぬ顔で戦争中に裏切り、金王朝が滅んだ後の北朝鮮で政治リーダーになる……こういうことを考えます。まぁちょっと都合良すぎる気もするけど。
 仮にこういう意図を持っているとしたら金正恩を「挑発は繰り返した方がいい」などとおだてて調子に乗らせればいいだけです。もし本当に米軍などが攻め込んできたとしたら戦後、北朝鮮は国連の監視下で暫定政府などが作られるでしょうから、そこで実権を握った後、将来的な韓国からの併合を待てばいいと思えちゃいますし。

 最後にこれも報道ベースですが、このところ北朝鮮からの脱北、それも元兵士が増えていると聞きます。中国もウィキリークスに公開された文書でアメリカに対し、「金正日が死んだらあの国はもたないから、焦るなって」と言ってたそうですが、あながち間違いじゃない気がします。

2013年4月1日月曜日

エイプリルフールに中国でしてみたいこと

 本日はエイプリルフールですが、日本なんかは大人しいものの、欧米では大手の新聞ですら宇宙人がスパゲッティを食べにやってきたなどとかなり激しい嘘ニュースをのっけてくるそうです。だからといってこのブログでもそういうエイプリルフールネタをやるというつもりはないのですが、前職にいた頃、中国でこういうことをやるとしたらどんな見出しがいいかでちょっと同僚と盛り上がりました。

 見出しをのっけるのはもちろん新聞で、中国らしくありえない見出しを書くとしたらどんなものがいいのかとそれぞれ案を出し合い、私などは「政府、民主化制への移行を決断 来年総選挙へ」という大真面目そうではあるものの有り得ない内容を出したらどうかと提案したら、そんな見出しを出したら嘘であっても即刻廃刊を喰らうとあまり評判はよくありませんでした。
 このほかには、「法輪功、活動が合法化」とか「チベット独立、政府が容認」などと、恐らく中国だと政治で冗談が言い辛いゆえかなんか政治ネタばかりが出てきました。日本を絡めたものだと、「尖閣諸島にズゴッグ上陸 日本、強硬策を展開か!?」なんて見出しで、

「魚釣島に4月1日、日本の自衛隊所属とみられる機動兵器ズゴッグ3機が上陸した。3機は現在も島を離れておらず、目的は不明。人民解放軍は対応を現在検討しているものの、現場のミノフスキー粒子が濃いことから砲撃などの手段を1両日中は行わないとの見方が広がっている。
 上陸した3機のうち1機はエースカラーの赤色をしており、シャア専用ではないかとの憶測がされている。ただ解放軍が解析した情報によると、問題のズゴッグは通常の3分の1の速度で水中を航行したとされ、情報をかく乱するためだけの塗装と指摘する専門家もいる」

 言ってはなんですが、一回でいいからこういう記事書いて載せてみたいものです。出来れば合成でもいいから写真付きで。