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2022年1月3日月曜日

西南戦争キーマン記事の裏側

 さっきインスタントの味噌汁飲んだらなんか味が薄いように感じられ、この二日間、病院内をうろうろしていたらもしやコロナとよぎりましたが、そこみると溶けてない味噌が沈殿してました。かき混ぜたらやばいくらい味濃くなりました。


 もう今日は病院に斬られる覚悟で行ったからこの記事の書評は書けないだろうと思ってましたが、生憎とばかりに切除手術という話にならなかったので書けます。この記事も以前にこのブログで書いた歴史記事の焼き直しで、年末なのでのんびりしたいという思いからさっと仕上げた記事でした。記事内容はそんな悪くないとは思うけど生憎とアクセスはあまり良くなく、この辺、戦国時代と幕末明治でかなりアクセス量が変わってくるなとこのところ思います。

 ただ、ヤフコメを見るとそこそこのコメント数はついており、歴史マニアの方々に議論の種は提供できたのかなと思います。そのコメントで、「乃木より奥だろ」というコメントが多いので何のことかと調べてみたら、奥保鞏(おくやすたか)という人物のことのようで、情けないながらこの人物については今まで知りませんでした。まぁこれも、歴史記事を書いたからこそ分かったわけだから、無駄ではないはず、きっと。

 この記事について補足すると、ひとつ前の「神風連の乱」までは「~の乱」扱い、つまり武力放棄であるけれども内戦という扱いはされていません。なお現代における最後の「~の乱」は、読売新聞の絶対的権力者に一記者が歯向かった「清武の乱」であり、なんとなくこの事件を見るにつけ勝てるわけないだろって巨大な相手に歯向かうことを「~の乱」っていう気がします。
 話を戻すとそれに対しては「西南戦争」とはっきり書いており、実際日本歴史史上における最後の内戦、米国で言う「南北戦争」みたいな言われ方がなされています。一体何故内戦扱いされているのかというと、単純にぶつかり合った双方の兵力規模もさることながら、明確な思想の対立、具体的には保守と革新のぶつかり合い的な要素も含まれているからじゃないかと思います。

 実際この西南戦争以降、日本国内で明治政府に対する武力闘争の芽は完全に摘まれ、この後は言論闘争が主となっていきます。そういう意味も考慮すると、密かに私は真の意味での明治真の達成はこの西南戦争の終戦時じゃないかと考えています。
 天皇を中心とした国家体制という目標に関しては、幕末の大政奉還時に一応達成はされています。そしてその徳川幕府を支持する佐幕派との戦いは、五稜郭の戦い決着時に達成されています。これらに対し西南戦争は、旧武士団の一掃と徴兵軍の優位を決する意味合いの強い戦いで、「武士の時代」の終焉という意味では、この西南戦争がまさにその瞬間であり、且つ社会体制の転換という意味合いで明治維新の達成期でもあるのではと考えています。故にこの後の言論闘争は、社会体制の転換を終えた後の、新たな体制のプラン、構築プロセスともいえるでしょう。

 何気にこの西南戦争に関する評価は非常にややこしいところがあり、その大半は総大将となった西郷が本当は何を考えていたのかが全く読めないからです。単純に時代に取り残された武士たちに死に場所を与えようとしたと言われることもあれば、京都までは進軍するつもりだったとか、今も評価が定まっていません。
 ただ、結果的には次の時代に至る大きな契機となっており、そういう意味で「日本最後の内戦」という呼び方はこれ以上ない呼び方だと自分は考えています。

扁桃腺周囲炎になった(´;ω;`)ウッ…

 昨日の記事で入院、手術するからしばらくブログ休むと書いておきながらの更新ですが、通院で今のところ済んでいるので症状について書きます。中国語の診断名だと「扁桃体周围蜂窝组炎」ですが、日本語だときっと「扁桃周囲膿瘍」でしょう。

 この症状が出たのはまさに1月1日元旦で、朝から片側の喉がやけに腫れているという感覚がはっきりありました。それ以前からも咳とかは出ないもののやや喉がいがらっぽい感覚があったので軽い腫れなどを起こしてたのだと思いますが、膿瘍化したのは間違いなく、1月1日でしょう。
 午前中までは痛みなどもなくのどかな正月とばかりにスタバでコーヒー飲みに行っていましたが、お昼ごろに軽い痛みを覚え、また耳にも痛みを感じたのでこりゃ早いうちに何とかしないとと思い、薬局に扁桃腺の腫れに効く薬を買いに行きました。何気に中国で病気すること今までなかったから、薬局に行くのはこれが初めてでした。

 店員に見繕ってもらった薬を飲んでこの日は正月だけど1日捨てる気持ちで午後からずっと寝ていましたが、症状はどんどん悪化していき、伊丹も激しくなっていきました。何が一番つらいかというと、口内にたまったつばを飲み込む瞬間で、嚥下する瞬間にやばいくらい痛みが走るので夜はほとんどまともに寝られませんでした。おまけに喉を塞ぐ形で扁桃腺が腫れているので食事もまともに喉を通らず、この三日間はガチでカップ麺とバナナしか食べてません。あ、みかんもあった。

 こんな感じでめっちゃテンション下がる1月2日を迎え、改めて症状について調べてみたところ扁桃周囲膿瘍が引っかかり、特に声がくぐもるという点がドンピシャであったことから、正直あまり行きたくないけど病院に行くことを決めました。
 症状的に耳鼻科だから近くの耳鼻科病院まで歩いて30分くらいしていったところ、「この症状だとうちは対応できない」と言われたので、別の大きな病院を指定されました。次にその病院に行くまで50分くらい歩き、あとで調べたらこの日10キロくらい、まともに寝てないし食べてないのに歩いていたことがわかりました。

 大病院について早速耳鼻科に問診をお願いすることとしましたが、この過程で何度もコロナ感染確認アプリの提示を求められました。病院だから仕方ないと思って何度も提示してましたが、ただでさえ弱った体で長距離歩いていたこともあって1回床に携帯落としました。
 そんな長い道のりを経てようやく医師に合うと、「自分はこの症状じゃないかと思うんだが」と中国語で「扁桃周囲膿瘍」を文字で見せると話が早く、発病時期などを尋ねられた上で、処方した薬を直ちに飲み、明日もう一度来るようにと伝えられました。

 実はこの時、治療法としては切除しかないだろうと思って既にお泊りできるよう入院グッズを揃えて持って行っていたのですが、ひとまず投薬治療をすることとなりました。あとからわかりましたが、発病からすぐに抗生剤を投与すればすぐ治るそうでしたが、生憎自分の場合は間に合わなかったようです。

 こうして薬を持ち帰って昨夜もつばを飲み込むたびに走る痛みに涙しながら夜を過ごし、明けた今日は朝早くから今度はバスで病院近くまで行って病院まで行きました。
 ちなみにさらっと書いていますが、そもそも中国の病院に来るのはこれが初めてだし、慣れない単語ばかりで聞き取れない会話が多い中、周りの人に「次どこへ行けばいい?」などと何度も聞きながら進めています。

 本日午前、病院に言って昨日の医師とは別の医師にかくかくしかじかと話したところ、急診外来へいけと言われ、急診外来で問診予約を取ったら元の耳鼻科の〇号室に行けと言われ、そこであった三人目の医師に「点滴治療を数日続けてみよう」と言われ、点滴を受ける羽目となりました。
 そのまままた慣れない中国語で様々な葛藤を経て急診病棟で抗生剤の点滴を受けてきて今に至ります。明日からも点滴をしばらく毎朝受けに行く予定ですが、少なくともこれまでよりかは中国の病院の利用の仕方は学んだので、ハードルは低いでしょう。外国で病院行くのはほんと大変な気がする。

 それにしてもよくいく占いサイトで1月の運勢見たら「弱運 病」と書かれてあって、なんかいろいろ不安にさせられます。

 最後に感染経路については不明ですが、感染したきっかけは緊張感が抜けたからではないかと思っています。今回に限らず、山場ほど健康に影響は出ず、山場が終わった瞬間に大病をすることがこれまでも多かったです。恐らく緊張感が続いている間は体もそれまで蓄積した疲労やストレスを顕現させないのでしょうが、肩を抜いて言い状態となると途端にそうしたものを表に出す傾向があり、先月12月も仕事が忙しく正月を迎える際にやたらホッとしていたの自覚あります。

 それにしてもこの病気のせいで正月用に買っていたステーキ肉が食べられず、冷凍庫に放ることになったのが返す返すも悔しいです。また喉の異物感もすさまじく、声も本来の声とは違った音になっていろいろ厄介で、ほんと厄介なもの拾った気がします。
 幸いというか今日点滴した抗生剤が少し効いたのか、痛みに関してはややマシになっています。今夜はこれできちんと眠れるといいけど。

2022年1月2日日曜日

ブログ更新のお休み

 これから病院に行き、下手すりゃ手術、入院もあるのでしばらくブログの更新はお休みします。何もなければまたすぐ再開します。

2021年12月31日金曜日

今年書いた記事

 気が付いたら大晦日でした、というのがリアルで怖いです(;´・ω・)
 というのも先週まで割と仕事が忙しく、12月に入って以降の記憶がやや曖昧です。毎年一番忙しい時期の7月はいつも苦しんでいる記憶以外は全部らすっ飛ぶのですが、12月の記憶がこれだけ薄いのは過去初めてです。
 なおコロナが流行してから毎週の週報に体調を書いて報告するよう求められているのですが、ある時を境に、

体調:★★★☆☆

 な感じでゲームのライフ(アクトレイザー)風に表現するようになったら、「めっちゃわかりやすい(´・ω・`)」などとやたら上司から誉められるようになりました。ちなみに夏場はリアルで「☆☆☆☆☆」で提出したことがあります👻

 話は本題ですが毎年年末恒例ですが今年書いた記事について思い返すと、やはり夏場に書いた元寇の記事が一番思い出深いです。毎年の夏の歴史特集向けに比較的早いうちから用意してた記事ですが、以前に書いた一向宗の記事同様、出す前から確実にヒットすると予想していました。野球で言えば投手の球種、コースをあらかじめ分かった上で打席に立つような感覚で、狙ったところにきちんとホームラン打てたという意味で気持ち位のいい記事でした。


 このほか印象深い記事として上の二つの記事はどちらも、環球時報など中国メディアにも翻訳されて掲載されたという意味で印象深いです。周りの中国人の友人らの反応もそこそこよかったものの、下の技術逆転記事については「それでも日本はまだまだ優れた技術が多い」と言われ、ああこんな風に相手を見下さず、リスペクトし続ける連中に勝てるわけないなとも思わされました。

 あと悪い意味で印象に残っているのたタミヤのミニ四駆記事で、時間に余裕があったからタミヤ広報に取材をかけて中国におけるミニ四駆事情や景況について尋ねたところ、回答まで数日待ってくれというのでリアルに数日待ったところ、「売れてます」という一言しか回答なくてびっくりさせられました。
 自分としてもちょっと驚いたのが、中国にある日本の領事館でミニ四駆大会なども開かれているのに、タミヤの広報はそうした事実にも一切触れなかった点です。また売上げについてもきちんと根拠のある数字を出してくると思っていたもののそうしたものは一切なく、コンシューマー品取り扱っているくせにしっかりしていない広報だなと正直思いました。

 逆を言えばもっとちゃんとした広報雇ってマーケティング展開したら、多分この会社はもっと良くなると思います。若干、自社の熱狂的ファンに甘えていると思う節があり、スキャンダルとかは商品的にも発生する可能性は低いものの、広報的にはいろいろもったいないと思いました。


 一方、このブログの中の記事で見返してみたところ、なんかやたらゴルゴについて記事を書いているなという気がしてきました。上記の記事を出した後ですが作者のさいとうたかをは今年亡くなられており、改めて偉大な漫画業界の先駆者、特に分業制の確立という偉大な功績を残した人物を失ってしまったということを思い起こされます。

 最後に来年について少し触れると、最速で来年2022年に比較的自由な国境移動が開放されると去年予測していましたが、やはり最速予測なため外れました。それどころか、2023年になっても海外旅行はコロナで依然規制されたままという可能性も出てきています。去年も今年もそうですが、基本コロナを中心に世界が回っており、コロナ以外で何か中心にならないかなという妙な期待がもたげます。

2021年12月29日水曜日

今日本で一番の家電メーカーは?

 結論から書くと、もうアイリスオーヤマなんじゃないかなと思います。

 自分の感覚では2008年のリーマンショックがターニングポイントで、日系家電企業はあの辺では中国企業に規模や技術力でまだ劣っていませんでしたが、その後の敗北が確定する分岐点になったかと思います。決勝要因はいくつかありますが、その一つは家電エコポイントだと考えており、あれによって市場バランスが崩れたと友人が言ってましたが自分もそう思います。

 話を戻すと、恐らく売上規模とかなら今でもパナソニックがトップでしょうが、日本国内市場の認知度や新製品の供給度とかならアイリスオーヤマの方が上回っているように見える、というよりパナソニックの家電イメージが段々と薄れてきています。なんとなくパナ自体もB2Bへの転換を図っているようにも見えますし。
 それ以外だと、シャープももう「液晶のシャープ」というイメージも薄れてますし「世界の亀山モデル」なんてのも死語でしょう。というより、昭和期の家電大手はほとんどすべて自分で家電作らずOEMブランドになってるし、新しい家電製品も出してこないしで、日本の家電は実質的に死んだ、若しくは植物状態にあると言っても過言でないでしょう。マジ元家電屋とかどうしてんだろうな今。

 一応、この前クソ高いスマホを出した、私は全然その存在を知らないバルミューダという信仰家電メーカーもいるようですが、あのスマホを見るにつけ将来性については正直疑問視しています。もっとも同じスマホならソニーのスマホにはもっと将来性がないとみていますが。

 こうした状況を反映してか、ここ数年でエレキ業界に関する経済記事は本当に見ること減ったなぁという気がします。デジカメに関しては日系御三家が未だ圧倒的に強いけど、デジカメ自体がスマホカメラにやられて市場規模が縮小している状態なだけに先行きは不透明なままです。
 パソコンに関しては地味にパナソニックがレッツノートで頑張ってますが、それ以外はほぼすべて中国メーカーに吸収されて、ブランド名のみ残す状態となっています。

 なお現在使っているマウスコンピューターのPCですが、購入当初からデザインがあまり好きになれなかったのと、時たま「rerun」という謎の無意味なプログラムが動いてCPU食うので早く買い換えたいところですが、日本帰れないため買い替えれずにいます。いい値段で手に入るなら以前も使ってたNEC(今やLenovoだが)のノーパソにしたいですが、コスパ優先ならまたマウスみたくBTOパソコンになるでしょう。
 いくつか調べたらパソコン工房のBTOパソコンが割といいと聞き、実際にサイトで見てみたらいい感じなのがあったので、ここを今度試してみたいです。ドスパラもみてみましたがややデザイン面と、スペックの選択幅で不満足なところがありました。マウスは筐体カラーが選べないのでもう論外です。

 まぁ国産メーカーにこだわる理由もないのですが、わずか十年ちょっとでこれほどまでに市場を失うとは、当時家電業界にいた人たちは想像もしなかったんだろうなと思うといろいろ思うところがあります。プリント基板など電子部品メーカーはめちゃくちゃ絶好調なので日本のエレキメーカー全部が死んだというわけじゃないですが、逆を言えば国内にこれだけ実力ある部品メーカーいるのになんで負けるんだって話になってきます。

 ついでに書くと、なんか日本政府は賃上げした企業に便宜を図ると言っているようですが、あれ見て私が思ったのは逆で、むしろ働かないおじさん問題のためにも賃下げを推奨すべきなんじゃないかってことでした。
 恐らく今回の官製賃上げ運動ですが、あまりパフォーマンスや将来性の高くない中堅、壮年層が挙げられて、末端はあまり上がらない笑える結果になる可能性があるとみています。ああいう賃上げを呼びかけるくらいだったら、20代の平均給与をここまで引き上げろなどと具体的に言うべきだったでしょう。

2021年12月28日火曜日

中国のSteam閉鎖騒動について

 先週のクリスマスごろより、世界最大のゲームプラットフォーム「Steam」が中国国内からのアクセスができなくなったと報じられました。かねてからSteamを利用している私もこの報に驚き、昨日27日にニュースを見てすぐSteamアプリからアクセスを試みてみましたが、結果はというと以前は問題なく閲覧できた「ストア」ページにはエラーが表示され、何度試みてもアクセスすることができませんでした。
 一方、購入済みのゲームの再ダウンロードなどを行う「ライブラリ」ページには一切の遅延なくアクセスができ、買っておきながらやらない「積みゲー」状態だったゲーム(僕らが死ぬまであと七日)を試しにダウンロードさせたところ、こちらも問題なくダウンロードにも成功しました。

 このようにSteamのサイト全体ではなく、一部ページのアクセスは問題なく行えるということから、これまでの私の経験からすると、中国当局によるアクセス制限が行われているとみてほぼ間違いないでしょう。こうした状況は過去のWikipediaやGoogleなどへのアクセス規制の前科から見ても、明確なアクセス制限の痕跡だと言えます。
 なお「ライブラリ」ページにだけアクセスできるのは、消費者利益の保護を目的とした過渡期的措置だとみています。ただ将来的には「ライブラリ」ページも、アクセスが制限される可能性があるだけに、ダウンロードするゲームがあるなら今のうちかもしれません

 以上の通り、27日早朝にアクセスを試みたところ失敗し、明確なアクセス制限の痕跡もみられました。しかし外でスーパー銭湯行って、「蒼穹のアリアドネ」を一気読みして帰ってきた同日夜間、再びSteamアプリを介してアクセスを試みてみたところ、何故か早朝には駄目だった「ストア」ページを開くことに成功しました。もう一つ試しにVPNを通さず、インターネットブラウザ(Firefox)からSteamサイトへアクセスしてみたところ、こちらも開くまで若干もたつく感じはあったものの、問題なく開くことが出来ました。

 是は如何に的な状況になったのでロマサガ風に言えばゲラ=ハ並に頼りになるゲーム業界関係者の友人に尋ねたところ、今回のSteamへの措置は完全遮断ではなく、アクセスし辛くする手法が採られているという情報を得ました。また中国オンラインサービス企業の網易(ネットイース)が提供しているゲーム用VPNの「UU加速器」などを使うことによって、これまで通りアクセスができるようにもなると教えてもらいました。
 以上を踏まえると、時間帯によってSteamへのアクセス可否が分かれたのは、通信規制手段が完全遮断ではなかったことに起因するとみられます。とはいえ、中国国内でSteamにアクセス制限がかけられるようになったという点についてはほぼ揺るぎなく、今後はさらに制限が強化される可能性が高いでしょう。

 なお本日28日のたった今試したところ、再びアプリからSteamサイトにアクセスできました。
 ちなみにこのアクセスを試している過程で「アイ:ソムニウムファイル ニルヴァーナ イニシアチブ」が来年4月に発売されると知って無駄にテンション上げてました。

 ただこのSteam閉鎖、自分にとっては実はノーダメージだったりします。理由はというと今年十月にもこのブログに書きましたが、いつものようにSteamでゲーム買おうとしたところ、これまで唯一の決済手段だった銀聯カードによる決済方法も受け付けられなくなっており、ゲームを選ぶことができても、買うことができなくなっていたからです。恐らく登録上、外国人であることが原因で弾かれていたと推測しています。
 この時の段階でSteamへの規制が強まっていると感じ、将来的には閉鎖され、中国版Steamこと「蒸気平台」への移行がなされるのかと想起していましたが、これほど早く今回のような事態になるとは思いませんでした。

 もっとも今の自分の手元には「真の仲間」こと「ニンテンドースイッチライト」があるのと、最近はネットでダウンロード出来てPCで遊べる同人ゲームばかりやってるので、Steamがなくても生きてけます。ちなみに前から気になってますが、なんで同人ゲーってホラーゲームが多いんだろ、好きだからいいけどさ。

2021年12月26日日曜日

とうに狂っていても「自分は正常」と言う

 日本も寒いでしょうが上海も寒波来てて寒く、今日なんか抜けるような青空したせいで放射冷却やばく、自分も高島屋と自宅しか往復してません。
 あと関係ないけどさっき「じぶんしか→自分鹿」と変換されましたが、Microsoft IMEは年月を経るごとに変換効率が悪化している気がします。前なんか一度も変換したことなかったのに「せっけい→雪渓」とされて会社で暴れそうになりました。

 話は本題ですが先ほどふと、自分の精神は正常な状態を保っているのだろうかと考えました。理由は何故かというと手に持ってたものを落としそうになって「アブドゥルっ!」と口走ったからです。

 アブドゥルというのはジョジョの奇妙な冒険に出てくる例の濃ゆいエジプト人の名ですが、自分が初めてジョジョ読んだのは幼児の頃で、しかもDIOの館でアブドゥルがゴゥンッされて片手だけ残して異次元に吹っ飛ばされる回で、激しく記憶に打ち付けられる場面でした。
 このゴゥンッの際にその場にいたポルナレフが必死な形相で「アブドゥルーー!」と叫ぶのですが、なんかこれが妙にハマったというか、何か驚くようなことがあった時に何気なく「アブドゥルっ!」とつぶやいてたらガチで「おっと!」という場面でも「アブドゥルっ」というようになっていました。しかも些細なミスを犯すことを「アブドゥる」という動詞で表現することもあり、「アブドゥっちった」みたいに言います。

 この癖、自分から見てもかなり変な癖で他の人には見せないようにしてますが、実際見られるというか聞かれたら「何この人(;´・ω・)」と思われることは必至です。そのため、ガチでこの癖については若干おかしいなと自分でも思っててて「正常」じゃないと思いました。

 そこからまた話が急展開するのですが、思えば傍目にも完全に頭がおかしくなっててまともな判断が下せられなくなっている人も、というよりそういう人ほど自分のことを「正常だ」と言い張る場面をよく見てきたことを思い出しました。具体的にどういう人かというと、明らかに支離滅裂な指示を連発したり、道理に合わないことを急に口走ったり、完全に公私混同な行為を会社や周りのための行為だと言い張ったりなど、まとも判断を期待することの方が難しいと感じさせられるような人たちです。
 一見するこういう人たちは正常に見えるのですが、何度も言う通りにまともな意思決断や取捨選択ができなくなっています。日常生活こそできるものの、集団の行動に係るような決断であっても自己保身を優先したり、どう考えてもその後不利にしかならない方針を選んだりなどと、単純に迷惑な存在です。しかもそうした誤った判断を止めようとするとやたら「自分は正常だ!」などと不必要なくらい正常アピールしてくるのも目立ちます。

 はっきりいえば脳機能が低下したからかどうかまではわかりかねますが、こういうのは本人の個性とかそういう以前にもうとっくに狂ってる人たちです。しかしそんな狂ってる人ほど周りの批判とかに対して正常アピールが強く、いうなれば、正常であろうが狂ってようが、人は自分のことを正常であると言うものなので、自分が狂っていてもほぼ確実に自分自身では気づけないものだと思います。それこそ、多重人格症を自己認識とかしているようなケースを除けば。

 そういう意味で冒頭に書いた通り、私自身が今の精神状態を正常であるかどうかを考えた際、自分自身ではどう頑張ったって判断のしようがないなと思い、それこそカウンセラーとか精神科医にでも相談しないとわからないなと思ったわけです。もっとも精神科医も、「日常生活でよく『アブトゥル』ってつぶやいちゃうんですけど」と相談されたら反応に困る気がしますが。

 その上で、自分自身はともかく他人がもう狂ってるかどうかを判断する指標はないかなと少し考えてみたのですが、やはりキーとなるのはさっきちょこっと書いた「自己保身」じゃないかという気がします。
 基本人間というのは、年を取れば取るほど欲が強くなると言いますが、中でも自己保身欲というものはこれまで自分が見て来た中で例外なく年齢とともに高まる心理だとみています。また私自身が見て来た「とうに狂ってる人」たちもまた、例外なく自己保身が常人より強い、というより自己保身の塊となっている人たちでした。そもそも彼らがめちゃくちゃな判断や行動を採る理由というのもほぼすべて自己保身に端を発するもので、自己保身そのものが人を狂わせているようにすら見えます。

 仮にそうだとした場合、その人が狂ってるかどうかの一つのベンチマークとしては、自己犠牲的な行動を採れるかどうかが大きくなるように思えます。自分が一端しか関わっていなくても全責任をおっ被るとか、助ける義理もなければ将来的なリターンも期待できないのに損失を負ってでも助けようとするなど、こうした行動を直近で大なり小なり採っているかどうかが、少なくとも自己保身に狂ってるか狂ってないかを見る上で大きな指標になるんじゃないかと思えます。
 でもって繰り返しになりますが、「自分は正常」というセリフには何の説得力も根拠もなく、むしろ正常な人は普通自分でそうは言わないだけに、このセリフを言う人ほどもう狂ってる可能性が高いとみるべきでしょう。

 途中で書いたように、人間は精神が狂ってしまっても自分自身で認識することは難しいものです。今これ書いてる自分自身もおかしくなっている可能性もあるし、何か夢見ながら書いてる可能性もあります。といっても、自分が狂ってることを前提にすると何も行動取れなくなるので、そういう意味では狂ってないと思い込んではいるのでしょう。
 それだけに、日常の判断とかで自分が狂ってる要素がないかという点についてはやっぱり注意していきたいものです。狂ってた場合、自分だけでなく周囲の足も引っ張ることとなりますし、精神ケアこそ自分自身でできないものの、体調を整えるなど体力方面から精神の回復を促すことはできるだけに、疲れなどで判断がおかしくなってきていると考えたら意識して休むようにしています。

 もっとも、私は必ずしも正常であり続けたいとは全く思っていません。特に芸術などの方面においては、思考的に狂っている要素が要求されることが多々あり、私に関しては文芸ですが、その作品の価値を高める上では自らが精神的に狂うことを厭いません。
 なお、「チェンソーマン」の作者の藤本タツキ氏の短編集をこの前買いましたが、あとがきで「死んだメダカ食っておなか痛くした」と書かれたエピソードみて、「やべぇこの人(;´・ω・)」と思いました。