2011年3月17日木曜日

歴史的な観点から見る東北地方太平洋沖地震

 最近ずっと地震関連の記事ばかり書いていますが、そろそろ今回を区切りにして減らしていき、明日あたりからはまた小難しい話で記事を書いていこうかと思います。そんな今回の記事では何を書くのかというと、今回の地震の歴史的な意味についてです。歴史的といっても、つい先週に起きた地震に歴史も何もないかと思われるでしょうが、私は個人的に今回の地震は十年後にどのように評価されるのか、またこれから十年先の未来にどのような影響を与えるのかを今から逆算するように考えることは非常に重要かと思います。結論を先に言えば私は今回の地震は、平成の終わりを象徴する、ちょうど大正末期に起こった関東大震災のような位置づけで語られるのではないかと考えています。

 今回の地震が起きる直前、日本ははっきり言って政治的には完全に閉塞しておりました。ちょうど地震発生日にはそれ以前に辞任した前原前外相同様に管首相も外国人国籍者から献金を受け取っていたということが発覚し、ニュースを見ていた私もこれで完成件は完全に終わり次には同じ民主党の岡田氏が総理に就任するだろうという予測を立てていました。しかし管政権にとっては幸か不幸か、今回の地震が起きて結果的には政権が存続する理由ができました。しかし私がネットで日本の情報を見る限りですと枝の官房長官については評価が高まっているのに対して管首相にはむしろ、その対応振りについて批判が集まっているように見えます。詳しく検証することができませんが、実際のところこれほどの大災害に対して見事といわれるような対応をとることは難しく、対応のいい悪いにかかわらず誰かしらが何らかの批判を受けることはやむを得ないものかと思います。ただ少なくともいえることはまだ阪神大震災の教訓が生かされ、自衛隊の緊急出動や官邸の体制などでは以前よりはっきり改善が見られます。

 これまた個人的な感想ですが、やはり地震発生まで日本というのは本当に平和だったんだと思います。民主主義の宿命というべきか議会で与党と野党はどんな時でも対立せざるを得ず、大した問題が存在しない場合にはどんどんと論点は卑小化していき、お互いにくだらない揚げ足取りに終始するようになっていきます。外国籍者の献金問題が決して軽い問題だとまでは言うつもりはありませんが、地震が発生した後に今になったでこういった問題が主要な議論になっていたことを考えると、それ以外に議論する論点がないほど日本は平和だったのではないかと思うようになってきました。

 話は歴史的観点に戻りますが、私は以前の陽月秘話で書いた「失われた十年」の連載記事の中で、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた95年が大きな転換点になったと主張しました。その理由は単に災害のコストが大きかったというわけじゃなく、これらの事件を経て文化的にも社会的にも日本に大きな変化が起こるようになったがゆえにこのように捉えました。
 そのような目で見ると今回の地震によって今後の日本はいくつかの点で大きな転換が迫られるのがもう目に見えています。一つ目は言うまでもなく原発の事故によるエネルギー政策の転換で、まず間違いなくプルサーマル計画を始めとした一部の計画案は破棄され、代替案に何が来るかまではわからないししばらくすればまた元に戻るかもしれませんが、しばらくは原発推進が行われはしないでしょう。

 その次に考えられるのは産業構造の大きな転換です。すでに自動車産業を始めとしてさまざま工業分野で被災を受けた工場が操業を停止したことから部材を受け取れない別の工場も次々と臨時休業を取るなど、高度に分業が発達し過ぎたせいと言うべきか一事が万事のように目下全産業で大きな打撃を受けております。この混乱の中で本来新卒の就職シーズンにもかかわらずどの企業も混乱から対応がなかなかとれず、悲しいことですが今年も来年も新卒求人は低い水準を維持するものかと予想されます。

 ただこうした悪い予想が立てられる一方、今後の希望というか明るい要素も全くないわけじゃありません。すでに日本でも報道されているかと思われますが今回の地震での日本人の冷静な対応振りは各国から賞賛されるほどで、苦しい状況下でも日本人は節度を忘れないのだということをはっきりと証明してくれました。私は海外にいながらも今回の地震に強いショックを受けましたが、その一方で自分が日本人であることに強く誇りを覚えました。単純に愛国心を持っただけだと言われればそれまでですが、先日も友人と電話で日本の若者としてこれから復興のために頑張らなければと互いに声を掛け合いました。
 大人しい奴ほどキレたら怖いとよく言いますが、私は日本人は大なり小なりこういうところがほかの国の人間よりあると思います。似たような記事を去年の年末にも書いてますが追い詰められればられるほど日本人は妙な真価を発揮するところがあり、今回の地震も決して小さな損害ではありませんが、このような事態でも節度を失わない日本人はきっとまた復興を果たして見せると思います。

 そういう意味で今回の地震はひとつの時代の終焉を告げるもので、終戦ほどのインパクトはないでしょうが地震前と地震後とで明確に分けられるような分水嶺的な事件として歴史に記されると思います。そう考えると、91年から始まる失われた十年はやはり失われた二十年だったということになるのですが。

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