2012年9月19日水曜日

尖閣諸島の帰属をめぐる歴史と論点

 コメント欄でリクエストを受け取ったので、今日は久々に反日デモの話と切り離して尖閣諸島の帰属をめぐる歴史と日中が主張する論点をまとめようと思います。それにしても記事カテゴリーは「中国のはなし」ではないにしても、「社会のはなし」とするか「歴史のはなし」とするか、「政治のはなし」とするかで迷いました。こんなに候補が出るのは多分初めてだろうな。
 早速本題に入りますが、まず出典というか参考にしたサイト2つを先に紹介することにします。

尖閣諸島の領有権についての基本見解(外務省)
尖閣諸島の領有をめぐる論点―日中両国の見解を中心に―(国立国会図書館外交防衛課)

 両者ともに書かれている内容は完全に一致しておりますが、国会図書館の方が論点などきれいに整理されて詳しいのでそこで書かれている内容をブログ形式にざっくり紹介することとします。

 まず明治自体以前の尖閣諸島の歴史に簡単に触れますが、日本と中国それぞれの古文書に出たり出なかったりしておりますが、少なくとも島の存在自体は両国ともに認識していたようで、沖縄や台湾の漁師たちが上陸し合っていたようです。ただ中国の新聞とか産経新聞が江戸時代くらいの資料を引っ張り出してそれぞれ尖閣諸島が書かれているのを見て、「昔からうちの物だ!」と主張し合ったりしていますが、私の意見を書くとそもそもこの時期は両国ともに現代、敢えて専門的に言えばヨーロッパのウェストファリア条約締結後に生まれた「国家」という概念が出来ておらず、議論するだけ無価値だと考えています。というのも領土線というのは国家と国家、さらに言えば国を代表する政府間で初めて出来上がるもので、当時は国家でもなく領土交渉すらなかった徳川幕府と清の時代のことを言い合うのは不毛でしょう。

 となるといつごろからこの議論を見るべきなのかは、やはり日本が正式に国家となった明治時代以降の取り扱いです。この頃だと中国も阿片戦争にやられて西洋から不平等条約を叩きつけられるなど、体面としては一応西洋式の国家橡を持つようになったと私は判断しています。
 そんな国家となった日中の間で最初に尖閣諸島の論点となるのは日清戦争、それも領土交渉も含まれた下関条約締結前後の取り扱いです。ここから双方の主張が食い違ってくるわけですが、日本の外務省によると日清戦争が行われている最中の1985年1月、尖閣諸島を清が支配していないことを確認した上で日本の沖縄県に編入したと主張しています。一方、中国は尖閣諸島は下関条約以前から清が支配しており、現在の台湾省に含まれていたと主張しています。

 ここが重要なので詳しく二度書きしますが、この時期に日本は尖閣諸島が沖縄県に所属するのに対し中国は台湾省に所属すると主張し合っているわけです。ただこの後の1985年4月、日清間で下関条約が結ばれて台湾は正式に日本の植民地となるわけですが、中国側はこの時に尖閣諸島が台湾と一緒に初めて日本の領土に入れられたと言っているわけです。

 その後、日本の明治政府は1900年に古賀辰四郎という実業家に尖閣諸島を無償貸与し、古賀も開発を進め尖閣諸島には一時期200人を超える島民が居住したそうです。その後、古賀は長男に島の領有権を売却しましたが、戦時中の1940年代前半に開発事業は中止され無人島となりました。ここら辺は全部ウィキペディアからの引用となりますが、その後の島の領有権は古賀の長男からその妻へ、その妻から知人である埼玉県内の人物へと移り、今月に日本政府がこの人物から買収する形で国有化されることとなったわけです。

 ざらっと明治以降の尖閣諸島の歴史を追ってきましたが、日本側はこのような背景から明治の編入以降、尖閣諸島は一貫して日本の領土だったと主張しているわけです。これに対し中国側の主張ですが、

・尖閣諸島は下関条約以前に台湾に所属していた
・日本はサンフランシスコ平和条約で台湾・澎湖諸島の領有を放棄した
・尖閣諸島は元々台湾に所属していたのを日本が勝手に沖縄県所属に変えていた
→だから台湾と一緒に、尖閣諸島の領有権もこの時に放棄されたはずだ!
→台湾に所属するのだから、領有権は中華人民共和国にある!

 あくまでも素人意見で間違っているかもしれませんが、少なくとも私の理解はこんなところです。ポイントとしてはやはり、尖閣諸島が沖縄県に所属していたのか、台湾省に所属していたのかといったところでしょうか。

 ただこの流れは日本側の主張に出てくる中国側の姿勢であって、こんだけ書いておきながらですが少なくとも一般の中国人の尖閣諸島に対する認識はちょっと違うんじゃないかと思います。じゃあ中国人は何を根拠に尖閣諸島の領有権を主張し日本の非道を訴えているのかですが、少なくとも周りの中国人や中国のネットで出ている意見を読む限りだと、二次大戦後に米軍が沖縄を統治し、1972年に日本へ返還される際のどさくさに紛れて編入された、と考えているようです。まだ細かく検証していませんが、少なくとも1945年の終戦までは植民地である台湾と共に尖閣諸島は日本の領土であったが、終戦直後にこれまた台湾と共に尖閣諸島は中国の領土になったと考えているんだと思います。ただ無人島だったのをいいことに、台湾に所属していた尖閣諸島を日本は1972年の沖縄返還時にちゃっかり「沖縄県所属の離島」として編入して実効支配を始めた、と考えているようです。更に言えば、この編入は日米が手を組んで確信犯で行った策略だ、あいつらは汚いなどという主張も見受けられます。
 ややこしいのでちょっと時系列にして下記にまとめます。

  中国が主張する尖閣諸島の帰属
・1895~1945年:台湾と共に日本の植民地
・1945~1972年:台湾所属の離島(この時は日本も何も言ってこなかったと考えてる節あり)
・1972年以降:台湾所属の中国領土だが日本が実効支配

 あまり日本のメディアでは見受けられないのですが、やはり中国人は尖閣諸島問題において1972年の沖縄返還を最大のターニングポイントとして非常に重要視ししているように見えます。まぁネタ明かしをすれば、1970年代後半になってから中国が領有権を主張し始めたことからこういう主張になったのでしょう。更に言えば中国、これは韓国もですがどうもこの二ヶ国は「植民地という制度自体が無効」という価値観を持っているので、尖閣諸島は台湾所属の植民地だったのだから日本人が住んでようが、地権者がいようがそんなの無効だとも思っているのかもしれません。

 お粗末な内容ですが以上が自分なりの尖閣諸島に関するまとめです。はっきり言ってにわか仕込みの知識で書いたので間違っているところとかあれば存分にご指摘ください。

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