2012年9月5日水曜日

天一坊事件

 知っている人には今更感もあるネタでしょうが、恐らく知らない人が多いと思うのでちょっと紹介します。

天一坊事件(Wikipedia)

 時は享保年間(1728年)、徳川将軍のうち最大の名君とも呼ばれる徳川吉宗の時代です。事の起こりは関東郡代である伊奈忠逵の屋敷に浪人の本多儀左衛門が訪ねてきたことから始まります。本田儀左衛門によると、南品川宿に天一坊という山伏がおり、近々大名に取り立てられるといって浪人を集めているといい、しかもその天一坊は将軍のご落胤、つまり吉宗の隠し子だと自称しているとのことでした。

 報告を受けた伊奈忠逵は直ちに上司へ報告し、最終的には老中を経由して吉宗自身が報告を受けることとなりました。吉宗自身も昔やんちゃをしていた覚えがあったのかすぐさま関係者をひっとらえることはせず、慎重に捜査を進ませた上で様子を見ることとしました。そうして最初の報告から半年以上を過ぎた頃、天一坊を含めその取り巻きを幕府は一斉に逮捕しました。
 ひっ捕らえられた天一坊は自分の素性について、「母は昔、紀州(吉宗の出身地)のお城に奉公していたが自分を妊娠して郷里に帰った。14歳の頃に死んだ母は『吉』という字を大事にするように言っており、死んだ叔父も近々、公儀から連絡が来るだろうと言っていたことから吉宗の落胤だと信じるようになった」と、なんていうか見ていて痛々しい言い訳をしたそうです。

 ただこういう一方で、自身が集めたろう人に対しては既に吉宗との対面はすんでいるとか、公儀にも加わっているなどとホラ話を吹いていたことが調査で分かり、幕府側も確信犯だったと判断して天一坊はそのまま打ち首となりました。天一坊に騙された浪人らは江戸から追放され、また検挙のきっかけとなった本田儀左衛門に対しては銀5枚の褒美(ちょっと少ないような)が下賜されたそうです。

 なんでこの事件をこうして取り上げようかと思ったのかというと、いつの時代も同じような詐欺をする人間がいるものだということが言いたかったということに尽きます。特に日本人は本人らはあまり意識していませんが地味に名家の血筋というブランドが大好きで、最近でも有栖川宮詐称事件が起こっており、なんていうか悪は絶えないなぁという気がします。
 なお自分は祖母が平家の隠れ里(鹿児島県菱刈町)出身であることから源氏か平氏かと聞かれたら平氏だと答えるようにしております。そもそもこういう質問自体されることなんてありませんが、こうして想定問答を用意しているあたり自分も日本人だから血筋を意識しているのかもしれません。

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