2013年8月31日土曜日

シリア情勢に対する所感

 まず近況からですが、このところストレスがちょっとシャレにならないところまで来てます。詳細は語りませんがプライベートでいろいろ立て込んでいて、恐らくほかの人に話してものけぞってくれるだろうと思えるくらいの高ストレス下の環境に今置かれてます。もっとも、借金は抱えている人は私以上にプレッシャーがすごいのだろうし、そんなのに比べたらまだ全然甘い環境なのかもしれませんが。

 ただこのストレス、今この時期に勉強で影響を与えているのが地味に苦しいです。というのも来週に中国語の資格試験があるので今日はヒアリングの勉強をしようとしましたが全く内容が頭に入ってこず、しょうがないので休息日と定めてまた漫画喫茶で過ごしました。
 個人的な意見ですが外国語のヒアリング能力はストレスに物凄い関連する気がします。外国語自体が聞いてて少なからずストレスを覚える代物ですが、ストレスフルな状態だと聞き取り辛くなって余計にストレスの種となりやすいです。そう考えるだに、よく中国で長々暮らしてきたもんだとも思えるのですが。

 話は本題に入りますが、内戦が起こっているシリアの情勢に関心が集まってきています。シリアでは現在、アサド政権による政府軍と反政府軍(反体制派)との間で内戦が起きているのですが、先日に政府軍が化学兵器を使用したとの情報が出始め、もし本当に使っていたのであれば軍事介入も辞さないという姿勢をアメリカをはじめとする欧米各国が見せています。

 私自身はシリア情勢に詳しくないためあくまで手持ちの情報の範囲内で意見を述べますが、まず化学兵器が使われたかどうかについては「YES」というのが正直な感想です。現地のテレビ放送の映像でしかないですが攻撃を受けたという反体制派の被害者らの様子は手足がけいれんしているなど神経系のガスを吸ったような症状に見え、しかも数百人がそのような症状を出していると日本のメディアも現地で報じており、なんらかの化学兵器が使われたと素人としては思います。
 ただ、その化学兵器が政府軍が使ったのかどうかについては議論の余地があります。人を疑ったら切りがないですが、反体制派が欧米の介入を促すために自作自演として使った可能性も否定できず、これから報告を行う要諦の国連調査団も使用者については言及しない指針を示しています。

 一方、軍事介入をするべしと動き始めた欧米各国については一つ意見があります。意見というか日本のマスコミに言いたいことですが、なんでアメリカに対して皮肉の一つでも言わないのかちょっと呆れます。アメリカは独自の調査によってシリアの政府軍が化学兵器を使用したことがわかったと声高に主張して軍事介入にも積極的ではあるのですが、さすがイラク戦争の時に大量化学兵器があると主張しただけあると言いたいところです。しかもこういう軍事介入関連でアメリカは世論操作とか証拠捏造も厭わないほど強引な国でもあるだけに、私個人としては化学兵器が実際に使われたかどうかは別としてアメリカの調査というのは信用できません。

 話しの焦点を一点にまとめると、今後に欧米の軍事介入が行われるかどうかに尽きるでしょう。これに関しては現時点ではさすがに判断できませんが、昨日のNHKの報道によるとアメリカ、イギリス、フランスの三ヶ国の調査ではどの国の国民も軍事介入に反対する回答が賛成を上回ったそうです。そしてイギリスではキャメロン首相による軍事介入実行の動議に対して議会が否決し、調査結果を裏付ける事態になっております。
 ただいざとなったらアメリカという国は単独でも軍事介入をする可能性が高く、イギリスが不参加だとしても介入が起こる可能性はまだあると思えます。では介入が起こったらどうなるのか、真っ先に考えられるのは原油価格の高騰とかですが現時点でもう内戦も起きて長いし、ほかの産油国も安定供給を行うと既に宣言しているのでこの辺はまだ安心してもいいのかなという気がします。実際どうなるかは起こってみるまで分かりませんが。

 最後に私個人の意見として、仮に化学兵器が実際に使われていたとしても他国がシリアに軍事介入をするべきではないと思います。もし政府軍、反政府軍のどちらか片一方が化学兵器を今後も継続して使用するのであれば話は別ですが、そうでなければほかの国はこれ以上民間人の虐殺が起きないように監視をしっかり行い続けるにとどめるべきでしょう。絡まった糸を無理やりほどこうとすれば今のイラクの様に必ず綻びが出来るのだし。

2013年8月29日木曜日

韓国の近現代史~その二十三、南北首脳会談

 前回記事から金泳三から金大中政権へと時代が移りましたが、金大中政権で特筆すべきはその外交政策こと太陽政策でしょう。この太陽政策とはなんなのか簡単に説明すると、それまでの韓国にとって不倶戴天の敵と言ってもいい北朝鮮に対して文化交流や経済支援を行っていくことによって融和ムードを作るという、グリム童話の「北風と太陽」に例を採った政策を指します。

 具体的な政策としては北朝鮮内にあるケソン工業団地への韓国企業の進出、資金や食料支援、離散家族の再会事業などがありますが、これらの政策目的は南北統一というよりも極端に広がってしまった南北の経済格差を埋めるということが主目的だったと思います。現状でもそうですが仮に韓国と北朝鮮が統合された場合、極端に遅れた北朝鮮のインフラ整備が大きな経済負担になるのは目に見えており、どうせ北朝鮮はいつか自滅するのだからそれまでに格差を埋めようっていうのが本音でしょう。
 とはいえ太陽政策は北朝鮮にとっても都合がよく、韓国に対する態度は一時期と比べればこの時期は随分と軟化したと私も見ております。その最たる例が今回取り上げる南北首脳会談で、金大中をノーベル賞受賞に導いた一発です。

南北首脳会談(Wikipedia)

 韓国と北朝鮮の首脳同士による初の会談は2000年6月、両国の協議によって実現しました。会談は韓国側の金大中大統領が赴く形で平壌にて行われましたが、あまり表に出ないことで有名だった金正日総書記もメディアの前で笑顔を見せるなどして南北統一に大きな期待感が高まりました。

 当時の状況ですが実はよく覚えていて、確か会談数日前になって突然北朝鮮側が日程延期を申し出ていたはずです。当時の専門家によると会談予定を変更することでイニシアチブを握ろうとする北朝鮮の策略だと指摘されましたが、韓国側もこの延期を了承し、見えるところでは目立った混乱はありませんでした。韓国側メディアも、「歴史的な日が一日延びただけだ」と言ってたし。
 あと印象に残った発言として、平壌を泊まり込みで訪れた金大中大統領に対して金正日が「こっち(平壌)の環境はどうだ」と聞いて、「冷麺がおいしい」と金大中が答えると、「冷麺は一気に食べるとよりおいしく食べれますよ」などと金正日が応答していたのを覚えています。なんでこんなやり取りを覚えているのかが一番不思議ですが。

 会談自体は6月13~15日の間に開かれ、期間中は特に大きな混乱もなく東西ドイツの様に近朝鮮半島も統一されるのではないかという期待感が世界中に現れました。もっとも北朝鮮側としては統一に動く気なぞ全くなく、韓国からの援助を受け取るためにこれらのムードを利用したのが実情であるように思え、この会談の後に米国でブッシュ政権が生まれ「悪の枢軸」に指名されてからはそれ以前より先鋭化していくこととなります。

 最後に、金大中はこの南北首脳会談で先ほども書いた通りにノーベル賞を受賞しますが、そのつけは決して安くはありませんでした。階段から三年後の2003年、会談の直前にヒュンダイグループから北朝鮮に対して5億ドルもの不正送金がなされていたことが明るみに出ます。この送金は韓国政府から会談に応じた北朝鮮への謝礼とみられていましたが、後の盧武鉉政権が捜査を揉み消したことによって真相解明はなされていません。もっとも揉み消したほどだったのだから図星だったのでしょうけど。

2013年8月28日水曜日

政治分野の国際報道について

 のっけから頭痛で調子が悪いですが、前々から書きたかったことなので今日はちょっと重いテーマを取り上げます。

 このブログで何度も書いているように私は去年まで上海にいて、そこで経済紙の記者をしておりました。取り扱う話題は経済紙なだけに経済ニュースだけで政治ニュースに関しては当局の検閲もあったために書くことはありませんでしたが、香港に長期出張した際は何書いても自由だったので政治記事もちょくちょく書いておりました。
 ただ香港の政治記事と言ってもはっきり言って私は香港の政治事情なぞ素人と言ってもよく、当時の行政長官がドナルド・ツァンという蝶ネクタイを付けることで有名な人物である事すらも知りませんでした。そのため私が書く政治記事というのは編集長にいろいろ教えてもらったり、サウス・チャイナ・モーニングポストなど現地の有力紙に書かれている政治記事に題材をとったものばかりだったのが実情です。

 ここで話は上海に戻りますが、大手新聞社の中国支局にいる記者は必ずしも中国の専門家であるわけではありません。下手すれば中国語も知らず、現地に赴任してから習い始める人だっています。そんな中国語もわからない人がどうやって中国記事を書くのかというと、日本語、中国語のできるアシスタントに現地記事を翻訳してもらったりして文章を組み立てるわけなのですが、自分一人でも翻訳作業が出来るようになるころには配置換えで転任ということもあり得ます。

 ここで私が何を言いたいのか重ねて述べると、中国記事を書く記者は必ずしも中国事情の専門家ではないということです。なので、経済記事などその時に起きた事実関係を書くだけであればそんなに支障はありませんが、過去の累積がモノを言う政治記事ともなると独自の目線で書くことは難しく、当たり障りがないように現地有力誌の政治記事、またはその解釈をそのまま翻訳して報じてしまうことも珍しくないのです。これは何も中国に限らなくても、日本におけるアメリカの政治報道でニューヨークタイムズからの引用がやたらと多いのもこういうところにある気がします。

 ここでまた話が飛びますが、このところの中国や韓国の現地報道でやたらと安倍政権の右傾化が取り沙汰されております。ただはっきりと書いてしまえば、安倍政権が何を以ってして右傾化しているかということについてはどの記事も根拠が薄弱としか言いようがなく、これらの報道もお門違いな内容が少なくありません。
 代表的なのは憲法改正に関する指摘で、よく安倍政権は憲法を改正して日本を軍事国家に変えようとしていると報じられていますがかつての民主党政権ですら憲法改正に向けて取り組んでおりました。このほか靖国神社に対する態度も安倍首相は玉串料を出したものの小泉元首相が実行した参拝は控えるなど配慮を見せておりますが、こうした配慮を現地報道は無視しているのではと思える節があります。

 ここでようやく最後の本題となりますが、一体何故、安倍政権によって日本が右傾化していると中国や韓国のメディアは報じるのか。私個人の勝手な意見を述べると日本の政治記事を書く海外メディアの記者は必ずしも日本の専門家ではなく、日本の有力紙をそのまま翻訳して自国に報じているためではないかと思います。ではその翻訳する有力紙は何か、これもはっきり書いてしまえば朝日新聞なのではないかと思います。
 頭痛のせいかさっきからやたらと同じフレーズを使いますが、はっきり書いてしまえば最近の朝日新聞の安倍政権に対する報道は偏向が過ぎると言っても差し支えありません。就任前のカレー事件はもとより、もはや感情的といってもいいほど安倍政権に対する報じ方は極端に批判的で、そんな朝日新聞を参考にする海外メディアがいるから妙な形で安倍政権は無用な批判を受けているのではないかとこのところ思う次第です。

 書き終ってから言うのもあれですが、頭痛起こしながら書く記事じゃないですね。

2013年8月25日日曜日

不快な24時間テレビについて

 現在、毎年の恒例行事というか24時間テレビが横のテレビで放映されて下りますが、はっきり言って不快この上ないというのが私の意見です。この番組の欺瞞性については以前にも「発展途上国への支援のあり方」の記事の中で砒素中毒患者を量産させてしまった点などを批判しておりますが、あれだけのことをしでかしておきながらいまだのうのうと同じ番組を放映する神経が理解できません。
 愚痴ってばかりでもよくはないと思いますが、ネット上を見る限りだとこの番組への批判は年々高まっているように思えます。いちいちあげるのもばかばかしいですがチャリティー番組であるにもかかわらずゲストに出演料が支払われる点など理解できず、昨今のテレビ視聴率の低下はこうした市庁舎の意見に向き合わないテレビ局の姿勢にも原因があるような気がします。

 ちょっと調子がよくないのと、事情があって長く掛けないのでここらで筆を置きますが、そろそろこういうテレビ番組を揺るスポンサーも社会責任が求められるべき時期に来ていると思います。なお更新は明日、明後日も休む可能性があり、正式再開は水曜以降です。

2013年8月22日木曜日

「はだしのゲン」の閲覧制限問題について

はだしのゲン ほとんどの小中学校で閲覧不可(NHKニュースWEB)

 昨夜、ブログのSEO対策をどうすればいいかと友人が相談してきたので、「こうすればいいのよ( ´ノД`)コッソリ」と何故か女言葉でいうような感じで具体例を示そうと思ったので、今日は議論となっている漫画「はだしのゲン」の閲覧制限問題について私の意見を書こうかと思います。結論から書くと、「閲覧制限?別にいいんじゃない」っていうのが私の意見です。

 まず「はだしのゲン」については説明を省略し、今騒がれている問題についてだけ簡単に説明します。この問題は松江市の教育委員会が「はだしのゲン」の中に過激な描写が含まれることを理由に市内の小中学校に対し児童・生徒が自由に読めないようにする措置を取っていたことに対し批判が起こり、同じような措置を取っていた鳥取市も槍玉に挙げられるなどホットな話題となってます。
 批判する方々の意見をまとめると、原爆投下時の状況を描いた「はだしのゲン」は原爆被害の恐ろしさを知る上でわかりやすく、知名度の高い良質な作品なのにどうして見せないのかといったものが多く、また読む読まないは子供自身に選ばせるべきであって教育委員会が検閲の様に書架から降ろすのは筋違いだ、というのが大半かと思えます。こうした批判を受け松江市ではやや過剰な措置だったとして謝罪しており、近く小中学校向けに出した閲覧制限の要請を撤回するものとみられています。

 それでこっからが私の意見ですが、最初に書いた通りに閲覧制限するというのならそれはそれでいいのではというのが偽らざる気持ちです。恐らく、私のことを知っている人間なら「むしろこういう閲覧制限とかに反発するのが花園君なのに」などと意外に感じるのではないかと思いますし、私としても普通だったら逆の立場を必ず取るでしょう。にもかかわらず何故今回に限って松江市教育委員会の方を持つのかというと、私も「はだしのゲン」に関してはやや問題のある作品の様に感じるからです。

 確かに「はだしのゲン」は脚色が多少混じっているとはいえ前半部は原爆投下の前後が描かれ、当時の広島の状況を知るに当たって漫画作品というのは手に取りやすく申し分がありません。描写に関しても確かに死傷者や放射能被害を受ける人間が出てくるなど過激といえば過激な所もありますが、私は現実はもっと残酷だと思うのでこの辺は問題があるとは考えていません。
 問題なのは中盤から後半にかけてのストーリーです。この辺の事情は知ってる人には早いですが、「はだしのゲン」は当初、少年ジャンプで連載がスタートしましたがその後紆余曲折あって掲載誌を変えております。その影響からというのか途中から明らかにストーリーが偏り出し、好きな風に言わせてもらうと原爆に対する少年の物語だったのがいつの間にか広島のヤクザ物語になってしまっているように見え、厳しい言い方をすれば「蛇足」という評価が非常に似合う作品だと私は見ています。

 なので、原爆に関する本であればなにも「はだしのゲン」に限らなくてもほかにもあるのだし、しょうもないヤクザ関連の話が続いてしまうこの作品を何が何でも小中学校に置く理由はなく、置いてたっていいけど閉架にするのならそれも一理あるかなと思ってしまうわけです。前半部だけ公開するという手もありますが、なんかそこまで手を込むのもなぁって気もするし。

 ちなみにここだけの話ですが、私は小中高のどの期間においても図書館をあまり利用しない子供でした。よくいろんなこと知っているんだからたくさん本を読んでいるのでしょうなどと誉めてもらえますが、実は笑っちゃうくらい読書量が少なかったりします。
 じゃあどこから知識を得たのか、ゲームとかからかなどと詮索されますがぶっちゃけ自分にもよくわからず、強いて言うとしたら一度見聞きしたことをやけに長く記憶できるからじゃないかと考えてます。それなので読書に関してはあまりえらそうに言える立場でないことを踏まえ、この記事に関してはまた変なことを言っているよと軽く流してもらえればありがたいです。

2013年8月21日水曜日

「伊達直人運動」について

「伊達直人」が施設に演奏会をプレゼント(読売新聞)

 「伊達直人運動」とは何か、といっても説明する必要はあまりないかと思います。これは数年前より突如として始まった慈善活動の一つで、漫画「タイガーマスク」の主人公である伊達直人の名を名乗ることで児童施設などへ匿名で寄付や贈り物をする運動を指します。発端は確かどこかで、伊達直人の名を名乗る人物が児童施設にランドセルを贈ったことが大きく報じられ、追随する人間が各地で現れた事からですが、特筆すべきは一過性の運動にとどまらずここ数年間、特にクリスマスなどの真冬のシーズンに毎年伊達直人が現れることにあるでしょう。以前にこの運動について書かれたエッセイで、「国家による社会保障が先細る中、市民同士のこうした運動が新たな社会的セーフティネットになるのではないかと期待している」という文言がありましたが、そのエッセイストの見方には間違いはなかったと私も考えております。

 石原慎太郎氏などは日本人は年々駄目になってきた、自分の儲けしか考えなくなったなどと否定的に語ることが多いですが、私自身としてはこうした伊達直人運動を筆頭に、社会意識的には少なくとも悪い方向には向かってないように思えます。今回引用した記事のニュースでも、障害者施設にコンサートをプレゼントしたいという提案を受けたフルート奏者の石坂美佳さんが他の演奏者に呼びかけて本当に実行するなど、聞いてて頭が下がる思いがします。

 実際に見たわけではありませんが、こうした福祉施設などへの寄付は欧米、特にアメリカだと非常に盛んで、社会の監視の目も強いからというべきかそこそこ資産に余裕がある層はこういうところに寄付しないと逆に叩かれるそうで、「ちゃんと寄付してますよ」とばかりにちゃんと名前を出すそうです。
 個人的な考え方としては、昨今の伊達直人運動も「俺が、伊達直人だ」とばかりに寄付者も堂々と名乗り出て寄付をする方がいいような気がします。以前にも寄付者がはっきりせず、せっかくの贈り物も拾得物扱いになってすぐに受け取ることが出来なかったということもありましたし、活動を指す一般名称は「伊達直人運動」のままでいいからこの点をもう少しマシにした方がいいのではと前から思っています。

 で、言いにくいことを言うからこのブログなんですが、なんで寄付者がわざわざ匿名にしようとするのかというとやはり、「寄付するなんてええかっこしい、下心があるのでは」などという声が飛んできそうな日本の社会性があるかと思います。現実にこういう批判が飛んでくるとは限らないですが、もし自分が寄付をしようとするなら「もしかしたらこういう声が飛んでくるのでは」などと気にします。こういう懸念を払しょくするためにも、もっと寄付しようとする人間を実行に促すためにも全国の伊達直人のみなさんには堂々と名前を名乗ってもらいたいと個人的に願ってます。

 あと寄付の仕方についてももう一点。クリスマスなどのイベント時に贈り物をするというのは確かにいい思い出になりますし素晴らしいと思いますが、施設の運営者たちの観点からするとスポット的にドカッと贈り物をしてもらうよりも、少額でも定期的、具体的には毎年とか毎月に寄付金を送ってくれる方が助かるそうです。そうした運営者の立場に立った、地味だけど重要な寄付行為を行ってくれ、さらに堂々と名乗る伊達直人の出現も陰ながら心待ちにします。

2013年8月20日火曜日

失業を気にしない欧州の若者

 昨日、故あって「フランスの日々」のSophieさん、スピリチュアルにはまりきっている私の友人との三人でカレーを食べに行きました。どうでもいいですが上海にもインド人が経営するカレー屋がありよく行ってましたが、インド人店員と中国語で話をする際に「なんだかなぁ」って気に何度もさせられました。もっとも相手があんまり中国語上手くないので、途中で英語に切り替えたりもしましたが。

 話は戻りますが折角だからとばかりにSophieさんにあれこれフランスの生の状況を聞こうと意気込んで行ったわけですが、いくつか聞いた話でブログに使えそうなものとしてお題に掲げた向こうの若者の失業の話があります。日本での報道でも知ってはいましたが改めて確認した所、フランスでは失業率が10%を超えており、若者に限ると25%以上、実に4人に一人が失業者というくらいで街は無職に溢れているそうです。
 そんな風に話が進んだところで私の友人が、「向こうの無職の若者は普段、なにをしているわけ?」と尋ねたところ、「日向ぼっこしたり、本読んでる」というSophieさんの回答。Sophieさんによると、向こうでは無職の若者がそこらじゅうにいるわけだから本人らは自分が無職であることを気にせず、また日本と違ってフランスでは無職であるのは個人の問題ではなく社会の問題と考えるため悲観的な人はほとんどいないそうです。

 となると、日本で無職の人が体面を気にするのはこういうところにあるのかと思った次第です。日本でも若者の失業が問題だと言われつつもせいぜい10%前後で、フランスと比べるとまだまだ低い水準です。仮にこの数値が20%くらいにまで上がれば本人らも気にしないというか、「俺は悪くない」と開き直れて若者の自殺率も改善するのではないかと思ったわけです。もっとも、若者の自殺を減らすために無職を増やせと言うのは本末転倒過ぎるが。

 ただこれに限らなくても日本人はライフコースをとかく固定的に考え過ぎな気はします。結婚適齢期やら大学入学年度などまともな人生はこうあるべき、それ以外はすべて価値がないと私に言わせれば妄信的に信じ込んでいる節があり、もう少し「他人は他人、自分は自分」と人生を幅広く受け入れないと自分が不幸になるだけだと言いたいです。

 あと最後に蛇足ですが、昨夜の会談の最中にお金と幸せの関係も議題に上がりました。Sophieさん曰く、フランス人は日本人以上にお金と幸福がつながらないという価値観が強く、行ってしまえば商売下手なところがあるそうです。それに対して中国人はリアルに「お金=幸せ」と考えるほどの模範的といえるくらい資本主義に染まってて、「お金さえあればもう何もいらない」と本気で言うよねということで何故か私と一致しました。

2013年8月19日月曜日

第442連隊戦闘団について

 狙っているつもりじゃないのですがまた今日もアメリカ史に関するものです。よくアメリカは歴史の短い国だとか言われますが、それだけに密度が濃く、なおかつ超大国であることから現代詩についてはよく調べる必要があるなとこの頃思います。
 そんなかんだで今日紹介するのは、知っている人もいるかもしれませんが第442連隊戦闘団、アメリカ史上で最も多くの勲章を受けた日系アメリカ人によって編成された部隊です。真面目に、昨日までこの舞台の存在を知らなかったのは非常に恥ずかしい限りです。

第442連隊戦闘団(Wikipedia)

 第442連隊戦闘団とは二次大戦の折、先ほどにも述べた通り日系アメリカ人によって(士官を除く)編成された部隊でした。この部隊が創設された背景には悲しい歴史があり、太平洋戦が開戦されるとアメリカ政府はアメリカ本土にいる日系人に対して暴動やスパイ活動を起こす恐れがあるとして、財産没収の上に強制収容所内に収容しました。はっきり言いますがこの辺やってることは露骨な虐殺がないだけナチスドイツのユダヤ人政策と一緒で、アメリカにホロコーストを批判する理由はないと個人的に思います。もう少し続けると、この時に没収した財産の補償が行われたのはつい最近です。

 上記のような過程を経て日系人は強制収容されたのですが、各収容所内では志願兵の募集も行われました。募集を行った背景にはいろいろ類推できますが、単純に言ってアメリカに対する忠誠心を試す踏絵の色彩が強く、実際にかなり昔に見てたまたま覚えていた志願した兵隊のインタビューでも、収容所内にいる家族の身の安全を保障してもらうことが目的だったと話していました。
 なお同じ強制収容でも日系人の多いハワイは強制収容所送りの対象が一部の人間に限られていたこともあり、本土での志願兵とはやや事情が異なっておりました。そのため決死の覚悟で臨んだ本土の志願兵とは部隊内で当初は対立したようですが、本土の強制収容所の様子をハワイ出身者がみてからはそういう位こともなくなっていったと言われております。

 こうして出来た第442連隊でしたが、さすがに日系人同士を戦わすということはさせず、ヨーロッパ戦線へと派遣されることとなりました。このヨーロッパ戦線で第442連隊は激戦地へ投入されることが多く部隊の死傷率も他の部隊と比して高かったものの各地で目覚ましい功績を上げて、隊員らは次から次へと叙勲を受けていき最終的には約18000もの勲章を受けることとなります。
 そうした第442連隊の戦闘の激しさを物語る一つのエピソードがあり、ある日に高級士官が全部隊を整列させ閲兵させた際、第442連隊は18人と8人の中隊だけしか現れず、「全部隊を整列させろと言ったはずだが」と問い詰めたところ、「これが全部隊です。残りは戦死か入院です」と隊員が答え、その高級士官も絶句したとされます。もっとも、同じ太平洋戦争で日本軍においては玉砕が多かったから同じようなことがあっても高級士官は絶句しなかっただろうな。

 このほかのエピソードを書くと昨日書いたトルーマン大統領も第442連隊を高く評価し、大統領部隊感状を自らの手で直接手渡すという異例な措置を取った上、「諸君は敵のみならず偏見とも戦い勝利した」と称賛しています。内心、「誰のせいだ」という気持ちを私も持ちますが……。あと終戦までに隊員のほとんどは戦死、または手足を失っていたそうですが、戦後直後はやはり日系人への偏見が強かったことからその活躍はあまり触れられず、時代を経るにつれ徐々に認知度が高まり日系人の地位向上に一役を買ったと現在では評価されています。

 またこの部隊の出身者でダニエル・イノウエという人物がおり、彼も戦中に右腕を失ったものの戦後は政界に出て最後は上院仮議長という地位にも就いております。残念ながらというか昨年の12月に死去されて、この人のことは知ってはいたのですが442連隊というのは今まで知りませんでした。ただ彼らの活躍は敵味方はおろか、人種という概念を考える上でも非常に大切なものが詰まっているように思え、もっと日本国内でも知名度が上がればいいなという思いがあって筆を取った次第です。

2013年8月18日日曜日

トルーマン大統領に対する私の評価

 予告通り、今日は原爆投下時のアメリカ大統領だったトルーマンに対する私の評価を書くことにします。

ハリー・S・トルーマン(Wikipedia)

 まず事実論を語りますが、日本人の間で最も不人気な大統領はこのトルーマンで間違いないでしょう。その逆となるのはケネディでしょうが、逆に私はこの人はあまり好きじゃなかったりします。それはともかくとしてなぜトルーマンが嫌われているのかと言うと原爆投下を実行したということに尽きるのですが、それ以外の面にももう少し着目するべきではないかと思い、キーボードを叩こうかと思い立ちました。

 まず彼の来歴を語ると、出身家庭は以外にも貧乏で最終学歴も高卒止まり、大学を出ていない最後の大統領という履歴を持っております。成人後は銀行員として勤務しましたが第一次大戦が開戦すると州兵に志願して実際にヨーロッパ戦線で従軍しますが、帰国後は軍役を続けず政界への進出を図ります。
 なおトルーマンは政界へ進出するに当たってKKKことクー・クラックス・クランにも一時期加盟したそうです。ただ自分の思っているような団体じゃなかったのか、「ユダヤ人は利己的だ」などと日記に書くくらいだからなんかあったのかもしれませんけど、すぐやめちゃったそうです。もっともこの時に知り合ったユダヤ人運動家とはその後も気が合い、後のイスラエル建国に動く要因になったと見られていますが。

 話は戻って政界進出後についてですが、首尾よく上院議員に慣れた後はフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策を指示した上、軍の不正支出を徹底的に調査したことからルーズベルトからも高い信任を得ます。そんなことがあったからかもしれませんがルーズベルトの四選後、大抜擢とばかりに副大統領に指名されます。
 ここがある意味運命の分かれ道だったというのか、トルーマンが副大統領に指名されてからすぐにルーズベルトは急死し、大統領選を経ないままトルーマンへその椅子が転がり込んできます。実際に当時のアメリカ国内でもトルーマンの知名度は低くてその資質を疑う声もあったそうなのですが、イメージ的には小渕元総理が急死した後に森喜朗氏が突然総理になったような感覚だったんじゃないかという気がします。

 こうした経緯を経てトルーマンは日本への原爆投下を承認した大統領となったわけですが、原爆投下の決断については未だに日本から批判が多いです。既に青息吐息の日本に、しかも市街地のど真ん中に原爆を落としてますが無理もないことで、その上、日本がソ連を仲介して和平に動いていたということも間違いなく知っていたとされており、私も昨日の記事でこう言った点を指摘しております。また原爆投下については当事者であるアメリカ国内でも非人道的だとして反対の声が多く、アイゼンハワーなど後付けだったかもしれませんがトルーマンの決断を後に批判しています。

 こうした見方について私の意見ですが、言いたいことはただ一つで「トルーマンじゃなければ原爆は投下されなかったのか?」ということです。結論から言えばトルーマン以外の別の大統領であっても私は高い確率で原爆は日本に落とされたと思います。
 原爆は1942年に立ちあげられたマンハッタン計画によって国家プロジェクトとして開発に着手されました。これはトルーマンが大統領になる以前の話で、いわばアメリカという国家自体が原爆を数年越しで開発し続けていたわけで、果たして誰が歯止めをかけることが出来たのかなと思うところがあります。

 トルーマン自身が人種差別主義者で日本人を下等に見ていたことは間違いなく、それが原爆投下にも影響を与えたのかもしれませんが、だからと言ってほかの人間なら原爆を落とさなかったかというとそれは考え辛く、アメリカという国家は誰が大統領であろうと動き出したレールを止めなかったでしょう。無論、トルーマンに対しては私も納得いかない気持ちを持ち何が何でも弁護するつもりはありませんが、長崎への二発目の投下の後、十数発落とすはずだった計画を止めたのもトルーマンでした。

 また、ここがある意味一番主張したいところなのですが、戦後の彼の外交政策をもう少し注目するべきではないかと思います。二次大戦後、トルーマンはマーシャルプランを発表してヨーロッパ諸国に対する手厚い経済支援政策を実施します。その一方でソ連との対立軸を明確にしたことでその後の冷戦構造が生まれたために彼の外交政策を「トルーマンドクトリン」と呼ぶのですが、結果的にはこの時生まれた冷戦構造が朝鮮戦争やベトナム戦争位といった悲劇を生んだものの、大規模な大戦の発生を抑えた要因になったとも取れます。そして日本にとっても、冷戦構造によって経済的にかなり得する地位を得たことは確かです。

 就任こそピンチヒッター的な人物でしたが、戦後の外交政策等の面を見ると能力的にはかなりしっかりした大統領だったのではないかと私は見ております。原爆投下一つだけを見るのではなく、もう少し政策全体を見て人物を評価するべきだと思う人物なだけに、今日はこんな記事を書いてみることにしました。ちなみにこの記事の構想を昨日会った後輩に話したら、「花園さん、また敵作りますよ」と言われましたが。

2013年8月17日土曜日

原爆投下に対する米国の正当性について

 昨日の記事で新しいキーボードが欲しいと言いましたが、今日たまたま秋葉原で旧友というか、自分よりかなり老けて見える後輩と会う機会があったのでついでにヨドバシで新しいキーボードを買ってきました。これまで使ってきたのはマウスとセットのマイクロソフト製ワイヤレスキーボードで、今回はマウスセットのロジクール製ワイヤレスキーボードですが、以前のキーボードが軟らかすぎたのもあってややキーの打ち込みが硬いと感じるものの使い心地はまだそんなに悪くないです。慣れてからどう反応するかがポイントだろうな。
 本題と関係ない話が続きますが、私ほどキーボードを年がら年中叩く人間はそうはいないと断言できるだけあってこの点に関しては強いこだわりがあります。それにしても、今日その後輩との昼食でから揚げ定食を食べましたがサイドメニューでフライドポテトセットを頼んでしまい、お腹に油がたまるような感覚を覚えました。

 そんなこったでようやく本題ですが、昨晩(午前1時40分)に友人から「アメリカが日本に対して原爆を落とした際の主張がやっぱり納得がいかない」という意見を受けました。昨日も戦争ものを書いておりますが物のついでということもあり、あとアメリカ史をこのところ勉強し始めて以前よりややパワーアップしていると実感しているので今日はこのテーマについて書いてみようと思います。

 まずアメリカが原爆投下について現在どのような主張をしているかですが、これはいろんな書籍を確認しましたがやはり「日本を降伏させるためには原爆投下が必要だった、いわば必要悪だった」という主張が根強いようです。アメリカ人がこう語る背景には沖縄戦があり、二次大戦における日本固有の国土内での戦闘で日本側は軍人、民間人ともに甚大な死傷者が出ましたが米軍もこれは同じで、仮にドイツの様に九州、ならびに本州での上陸戦が行われれば米兵に多大な損害が出ると想定されたそうです。この米軍の想定に関しては私も異論はなく、そりゃたくさんの兵士が死んでただろうと思います。

 となると、上陸することなく戦争を終えるのがベターだということですが、そうするためにはどうすればいいか。既に連合国は無条件降伏を求めるポツダム宣言を行っており後は日本の出方次第でしたがお世辞にも当時の日本は降伏するそぶりは明確には見せていません。仮に上陸したら米兵だけでなく日本の民間人にも多くの死傷者が出るのだから、それであれば完成したばかりの原爆を落としてその威力を見せ付け、政府方針を降伏に向かわせるのが常道だった……というのが米国の主張だと私は理解しています。

 まず友人の意見を先に述べると、仮に原爆の威力を見せ付けるのであればわざわざ市街地に落とすことはなく、海上など無人地帯に落とせば十分だったのではないかと言ってきました。まぁその通りだと私も思います。
 次に日本が降伏するそぶりを見せなかったという米国の主張についてですが、日本は1945年7月辺りからソ連に対し、和平仲介を依頼しており米国もそうした動きを知らなかったはずはありません。当時は既に暗号全部解読していたのだし。そういう意味では友人のいう通り、日本に降伏を促すために原爆を落とす必要はなかったと私も言えると思います。

 ただね、と言うべきかなんというか、この手の議論はやっぱり限界があると私は思います。長く書いてもしょうがないので言いたいことをもう書いてしまいますが、恐らく一定数のアメリカ人も先ほどの様な自国の主張を真に受けているわけではなく、内心では日本を降伏させるのに原爆は必要なかった、それでも投下したのはその後の冷戦を見越していたことと単純な破壊力の実験が必要だったからだっていう事をわかっていると思います。
 では何故アメリカは先ほどの様な原爆投下を正当化するような主張をするのか。言ってしまえばこれは認知的不協和の一種で、事実とは乖離するものの、自分たちが犯した気に病むような行為に対する心理的負担を和らげるためにやや無理な理由をこねた、というのが真実だと思います。でもってこういう風に正当化された理由と言うのはどれだけ矛盾する事実を並び立てても、心理的負担を催す限り本人らは認めることはないでしょう。これは歴史の問題ではありません、感情の問題です。

 一方で私はこの件に関して米国だけ批判するつもりはなく、降伏に対する当時の日本政府の態度にもやはり問題があったという気がします。仮に原爆投下前に直接米国、もしくは連合国に対して降伏協議の開催を公に求めていれば、先程の様な米国の正当化は成り立たず、場合によっては原爆投下が起こらなかった可能性もあります。そして何よりと言うか今もって非常に腹立たしいのは、何故あの段階で日本政府は降伏の仲介をよりによってソ連に求めたのか、考えるだけに怒りを覚えます。
 当時、既にソ連は米英との間で日本との戦いに参戦する密約を交わしており、実際に終戦間際になって日ソ中立条約を破り日本へ侵攻してきました。それ以前からもソ連は国際条約違反の常習国で最も信用してはならない相手と言っても過言ではなく、どうしてよりによってそんな相手に和平の仲介を依頼したのか、結果論であることを差し引いても頭おかしいんじゃないのかと当時の首脳たちに言いたいです。

 以上のような内容が私の意見で、簡単にまとめるならアメリカが主張する原爆投下の正当性はないもののそれをいくら主張したところでアメリカ人は考え方を変えず、不毛な議論が続きやすいということと、投下直前の日本の降伏に対する対応をもっと日本人は反省するべきでは、と言ったところです。残酷な言い方をしますが、過去を引きずっても仕方なく、今後は二度と原爆投下をさせないように活動するべきだと思います。

 最後に、恐らく歴代アメリカ大統領の中でも最も日本人に忌み嫌われているのは原爆投下時の大統領、トルーマンに間違いないでしょう。ただ私個人としてはトルーマンを実は高く評価しており、その点について次回の記事で意見を展開します。

 やっぱキーボードを変えて打ちやすくなり、文章も前よりリズム感が良くなってる気がしますね。

2013年8月16日金曜日

どうすれば日本は戦争を起こさなかったのか

 昨日は終戦の日だったので戦争物でも書こうかと思いましたが、なんだか流行に乗るような気がして生まれたついての反逆児である自分としては納得いかずエアロスミスネタを披露する訳となりました。ただせっかくの機会なんだし、ちょっとのこの手のネタで一つだけ自己主張しようかと思いキーボードを叩くことにします。それにしても、新しいキーボードが欲しい。

 まず豆知識というか国際常識的な知識として、終戦の日はいつなのかについて先に書きます。Wikipediaの中でこの辺は詳しく解説していますが、8月15日というのは日本が降伏(ポツダム宣言受諾)することを正式に発表した日であって、正確には降伏を実行した日ではありません。戦争というのは宣言しただけで降伏が実効されるのではなく対戦国間で正式な文書が調印されて初めて戦争が終了となるわけで、第二次大戦の日本の場合、重光葵がミズーリ号上で降伏文書に調印した9月2日が正式な終戦日となります。そのためアメリカなど日本以外の国では第二次大戦の終戦日は9月2日、もしくは3日で、8月15日を終戦日と言っているのは私の知る限り日本と韓国しかありません。外人とこの手の話をする時はこの点に注意しておいた方がいいでしょう。

 それで話は変わりますが、日本は何故第二次世界大戦に参戦したのでしょうか。結論を述べると何度かこのブログでも書いておりますが、「戦争をしなければ」という空気に支配されただけであって、戦争によって何かを守るとか何かを得るという目的など初めからなく流されるままに大義も勝機もない無駄な戦争をやってしまったというのが私の見方です。この主張の根拠となっているのは大方の歴史的事実に加え、戦後に半藤一利氏が佐藤賢了に何故戦争に踏み切ったのかと尋ねた際、「なんとなく戦争をしなければならない雰囲気だった」と答えられたことが大きな根拠となっております。

 そう考えると本当にばかばかしいことを過去の日本人はやってしまったと言わざるを得ません。土台、アメリカと開戦すればクズ鉄などの資源貿易が復活するわけでもなく、新たな領土が得られたり経済が良くなるとかそういったことが起こるわけがなく、政府自身もそれがよくわかっていながら開戦してしまいました。これも度々このブログで書いていますが目的のために手段(=戦争)を実行するのではなく、戦争それ自体を目的にして死なずに済んだ人間を死なせてしまったと私は考えています。

 ただこれだけだと単なる先祖批判になるのでもう少しアレンジを加えようと、先ほど「ぴったんこカンカン」を20分見ながら思案をしましたが、では何故、日本は戦争をしなければならないという空気に支配されたのかについても考察してみました。なんで当時の日本でそんな妙な空気が流れたのかというとこれは難しいことではなく、単純に不況が原因です。
 世界恐慌による不況に加え凶作が続き東北地方を中心に農村が荒廃したことにより政情は不安定となり、五一五事件や二二六事件など政治家へのテロ行為も増えていきました。特に後者の二二六事件についてはまさに零細農民を救うための政治改革を求めた反乱で、こうした事態を招いたあたり仮に不況、そして農家の救済が起これば日本は戦争に踏み切らなかったのではないかというように私には思えます。

 無論というかなんというか、その後に日本は日中戦争、太平洋戦争を起こしていますが、開戦によって農村は救われるどころか若い男が徴兵されることによってより生産力が落ち、荒廃を進めます。こういう点から言っても、日本の戦争は手段と目的がまるで一致していないと言えるでしょう。

 では、当時の日本は何をするべきだったのでしょうか。これは非常にはっきりしており、戦後にマッカーサーが行った農地改革を実行すればよかっただけなのではと私は考えます。戦後にマッカーサーことGHQは地主から強制的に農地を買い取り小作農へ安く分配することによって自作農を増やし、農作物の生産量を劇的に増やしただけでなく農家の生活を一挙に安定させることに成功しました。言ってしまえば、二二六事件を起こした将校がまさに求めていた改革は日本人にではなく、GHQによって成されたと言えます。

 では何故、戦前の日本人は農地改革を実行できなかったのか。日本史上、天武天皇や白河法皇、徳川家康などを上回るほどの圧倒的な権力を握ったマッカーサーにしか実行できない改革だったのでしょうか?
 私の答えはNOで、日本人自身にもきっとできたはずだと考えています。しかし当時の日本にそのようなしがらみを振り切り、大局的な価値観を持ち、万難を乗り越えてまで実行するだけの政治家がいなかった、そしてそのような政治家を国民が支えられなかったが故に実行できなかったのだと見ています。
 話の図式を整理しましょう。

1、日本は戦争をしなくちゃという空気に飲まれて戦争を開始した
  ↑↑↑
2、折からの不況と凶作による農村の荒廃がそのような空気を醸成した
  ↑↑↑
3、農村復興のための農地改革を誰も実行できなかった
  ↑↑↑
4、改革を実行できる政治家を排出することが出来なかった

 というのが、私の考える戦争の原因です。もちろん全部が全部こんな単純ではないでしょうが、一つの要因としてはこう考えるのもありかなと思います。

 まとめると、優秀な政治家が輩出されるほどの民主主義が日本にはなかったというのが大きな要因だと私には思えます。翻って現在を見て、近年で傑出した政治家となると小泉元首相以外は見当たらず、民主主義に対して存在することを当たり前と思わず、強化しなければならない思想・概念だと振り返ることも必要ではないかというのが私の意見です。

2013年8月15日木曜日

エアロスミスとたい焼き

 気分転換も兼ねてブログ背景の色をヘッダーに合わせてオレンジに変えました。今回変えたのはきっかけがあり、このブログの読者から「(ヘッダーの色が)花園さんのオーラの色と同じオレンジですね」と言われ、初めて一致していることに気が付いたからです。狙ったつもりじゃなかったのですがやっぱり自分の魂の色に近いのはオレンジなのかもという気がしたので、この際背景もというわけです。

 話は本題に入りますが、ちょっと面白いネタがあったので紹介します。

【画像】 エアロスミスのボーカル ドンキホーテ十三店で発見される(痛いニュース)

 世界的ロックバンド、エアロスミスのボーカルであるスティーヴン・タイラー氏が何故か、大阪市十三(じゅうそう)にあるドンキホーテで目撃されたそうです。リンク先には写真も写っておりますがコメント欄に書かれてあるように妙に溶け込んでて、何故こんなところにこんな大物がといろいろ思わせる写真になっています。なんでもちょうど今、エアロスミスが大阪公演に来ているそうなのですが、それにしたってなんで有名レストランとかじゃなくドンキホーテに現れたんだろう……。

 そんなエアロスミスですが、なんでもメンバー全員が相当な親日家だと以前から聞きます。中でも一番有名なエピソードがたい焼きにまつわるもので、メンバー全員の好物で日本を訪れた際は山ほど食べ、山ほど買って帰っていたそうなのですが、ある年の日本公演の帰りの飛行機で買い置きしていたたい焼きがすべてなくなってしまったそうです。恐らくメンバーの誰かが内緒で平らげてしまったのでしょうが、これによりメンバー間で不信感が広がりマジもんの大喧嘩に発展。解散すら口にするメンバーもいたそうです。
 しかし塞翁が馬というか、このエピソードを聞いた日本のメーカーがメンバー全員にたい焼き機を進呈し、これによっていつでも食べられるようになったことから解散の危機は去ったそうです。仮にこれで本当に解散していたら、世界中のファンから日本は恨まれただろうな。

2013年8月14日水曜日

韓国の近現代史~その二十二、IMF事態

韓国のIMF救済(Wikipedia)

 前回の予告通り、今回は現代韓国の始まりともいえるIMF事態を紹介します。ただ紹介すると言っても、この項目だけで本一冊かけるくらい肉厚な内容なので、あくまで素人としてわかる範囲をかいつまんで書いてこうかと思います。

 事の起こりは1997年の8月、タイの通貨であるバーツが暴落したことを皮切りに起こったアジア通貨危機がきっかけです。このアジア通貨危機は日本は直接的な影響を受けなかった(間接的には大きい)ために事件当時はあまり報じられてませんでしたが、タイを始めとして韓国やフィリピン、マレーシアなどの国々では通貨価値が大きく下落し、輸出入の面で大きく経済が混乱しました。
 折しも韓国ではそれまで続いていた高い経済成長が終わり、調整期に入ろうとしていた時期でした。そこへこのアジア通貨危機の波が起こり銀行や企業の間では不良債権が一気に焦げ付き、財閥系企業でも倒産に追い込まれるなど、私の目から見ても空気ががらりと変わった印象を覚えます。

 具体的にこの時の韓国で何が起きていたのかというと、最近の例だと国家破綻したギリシャの様な事態に陥っていました。あまりこの辺の話は得意じゃないのですが、当時の韓国はウォンが大幅に下落して外貨がほとんどなくなった上、国内経済も大混乱となったことから、日本やアメリカから借りていた借金(対外債務)を返済期限が間近に迫っているにもかかわらず返せなくなるような状態だったそうです。
 もちろん、返せなかったらそこで試合終了ならぬ国家破綻となるので、韓国政府としても日本やアメリカに返済期限を延ばしてもらうよう交渉するとともに、各国や国際機関へ資金援助を申し出て、最終的にIMF(国際通貨基金)から資金支援を受ける代わりに国内の経済政策をIMFに一任するということとなるわけです。

 私は実際にこの時、どんな状況だったのか知り合いの韓国人留学生に尋ねてみましたが、桁違いの不況で誰もが暗い顔をしており、思い出したくないほど暗い時代だったと話していました。実際、この時期に韓国企業の間ではリストラ、給与カットの嵐が吹き荒れ、失業率なども大幅に上昇していることから社会空気も沈んでいたことでしょう。またそれとともに国の経済政策を自分たちで決められずIMFに一から十まで指導されるという、プライドが高いと言われる韓国人じゃなくても納得できないような気分になると思います。

 なおこの時のIMFの指導によって韓国は徹底的にグローバル化、言い方を変えればアメリカにとって都合のいい経済体制に変えられたという主張をよく見ます。ただ実際に私自身が韓国現地で調べたわけではないし、それ以前の金泳三政権時代にもグローバル化が図られていたとも聞くので、本当にその通りなのかとやや疑問に感じる点はあります。ただ少なくともいえることは、国を挙げて外国人観光客の誘致活動を行ったり、サムスンなど財閥企業に集中支援したりするなど、国民生活を犠牲にしても二度と国家破綻させてはならないというような韓国の覚悟というものはこの時代に作られたような気はします。

 もう少しトピックを絞ってこのIMF事態について述べると、この時期に韓国企業ではリストラが繰り広げられたのですが、その際に真っ先に切られたのは若手社員だったそうです。儒教的な価値観からそうなったなどと言われておりますが、結果的にこの時期から若年層の失業率が異常に高まり、今に至るまで若者の貧困が韓国では社会問題となっております。

 またIMFの救済が決まったのは1997年12月ですが、それから三ヶ月後の1998年2月に大統領が金泳三から金大中に交替しており、政治的にもちょっと荒れていた時期ともいます。金泳三と対立していた金大中が大統領選に勝利した背景にはこのIMF事態を招いた責任として金泳三に批判が集まっていたことも影響したと言われていますが、就任早々に国家破綻のような事態を経験した金大中も大変だったと思えます。

 あと韓国の企業関連で話をすると1997年10月には起亜自動車が経営破綻をしました。それまで韓国の自動車市場は起亜自動車と現代自動車の二社が凌ぎを削っておりましたが、この時の経営破綻を契機に起亜自動車は現代自動車の傘下に収まり現在のように至るわけです。
 起亜自動車以外の大型破たんとなると、サムスングループに継ぐ韓国第2位の財閥であった大宇グループがこの時期に破綻し、解体の憂き目にあっています。大宇グループの会長だった金宇中は破綻の直前に日本円にして5兆円もの資金を持って外国に逃亡し、2005年に帰国した際に逮捕されていますが、自国の人間じゃないから言えるのかもしれますがスケールのでかい人物だなと妙に感じます。

2013年8月13日火曜日

空気を読む力とストレス耐性の関係性

 かなり前にも一度このブログで紹介したことがありますが、昔にテクモ(現コーエーテクモ)という会社が「零」というホラーゲームを発売しており、私もその1、2作目をプレイしたことがあります。このゲームは襲い掛かる悪霊をカメラで撮影することによって撃退するという、見たくないものを直視しないと進めないという妙な仕組みが面白く海外からも高く評価されました。

 そんな「零」ですが、私は遊んだことはないのですが3作目からは使用するキャラクターを選べるようになったそうで、その際にそのキャラクターの「霊感」の高さがプレイにも影響するそうです。たとえば霊感が高いキャラクターはカメラで攻撃する際、霊に対して高いダメージを与えられる一方、霊からの干渉に弱く攻撃された際は逆に高いダメージを受けてしまいます。霊感が低いキャラクターとなるとこれが真逆で、霊に対するカメラ攻撃の威力は低い一方、霊からの攻撃で受けるダメージ量は小さくなるとのことです。

 この設定を聞いた時に私は、「理に適っているなぁ」などと妙に感心するとともに、今日のお題となっている空気を読む力とストレス耐性についても同じことが言えるのではないかという気がしました。単刀直入に言うと、空気を読む力が高い人ほどストレスを感じやすいのではという図式が成り立つのではないかという仮説です。

 私が何故こんなことを思いついたのかというと非常に単純明快で、空気を読まない人ほどストレスとは無縁だと以前から感じてたからです。具体的なのは職場などにいる空気を読まないおっさん、おばちゃん連中で、自らのミスに対して全く呵責を感じないばかりか、「またみんなで頑張ろうよ!」などと、「お前一人のせいでみんなが苦労してるのに……」と言いたくなるような空気を読まない発言をかましてくれたりします。どこでも一人や二人はいるよね、こういう人。

 さらにというか民族的にも空気を全く読まない連中と私は深くかかわっております。そう、中国人です。中国人は全く読まないってわけじゃないんですが、日本人と比べて周囲への遠慮より自分の本音を優先する傾向があり、でもって日本人から見てもストレスに対する耐性が高い、っていうかストレス感じることあるのかと言いたいくらいに普段は前向きです。
 といっても資本主義の発達のせいか最近の中国社会でもストレス(中国語訳は「圧力(ヤァリィ)」)が蔓延し始め、社会問題となりつつあります。ただそれを推しても中国人は日本人に比べればずっとストレスに強い、というかストレスだと感じない面は強いように思えますが。

 話は戻りますがこんな具合で、「空気を読むこと」とストレスは高い関係性を持つように思います。私の身の周りでも周囲に対する気配りが出来て、周りに合わせようとするほどストレスを抱えやすい傾向があるように思え、こういってはなんですが人当たりのいい優しい人ほどストレスを持ちやすいようにも見えます。
 ただそういう空気が読めてストレスを感じやすい人が一概にストレスに弱いかというとそうでもなく、確かにストレスを感じやすいんだけど芯が強くてなかなかへこたれない人も多いです。この辺は文章で説明するよりも数式で説明した方がいいので、私の考えをまとめると以下のような関係式となります。

<空気を読む力とストレス耐性の関係式)
y=m-nx
n=空気を読む力(係数) m=ストレス耐性 x=ストレス絶対値 y=ストレス耐性残余値

 この数式を実際にモデルへと当てはめて再度説明します。

 Aさんは空気をよく読める人でストレスは感じやすいのですが芯が強い人であるのに対し、Bさんは空気を読まなくてストレスを感じにくいのですが芯がもろく、崩れやすい人であると仮定します。両者の各数値を並べると下記の通りです。

<Aさん>
n=2 m=500

<Bさん>
n=1 m=150

 この両者が仮にストレス絶対値が200に当たるショックな場面(財布を落とすとか)に遭遇したとします。これらの数値を最初の関係式に当てはめたのが以下の式です。

<Aさん>
500-2×200=100

<Bさん>
150-1×200=-50

 こんな具合でAさんはBさんに比べて2倍のストレスを感じますが、ストレス耐性が高いために心の余力というようなものがまだ100残ります。一方、BさんはAさんに比べて感じるストレス量が低いものの、限界値が低いため心の余力がなくなり-50という数値に陥り、要するに心が折れてしまいます。全部が全部こんな単純じゃないとは思うものの、ストレスと心の余力の関係性は大体こんな感じじゃないでしょうか。RPG風に言えばm=ヒットポイント、n=防御力(兼攻撃力)といったところでしょう。

 既に大分長いですが変に分割すると面倒なのでまとめて書くと、昨今の日本の企業採用では「コミュニケーション力」を最重要視する企業が最多です。この求められるコミュニケーション力というのは「空気を読む力」だと考えている会社も多いように思え、だとすると日系企業は得てしてストレスを感じやすい人間を優先して採用しているのでは、と密かに睨んでいます。仮に空気をよく読める上にストレス耐性が高い人間を採用しようとするならともかく、ストレス耐性に着目せず空気をよく読めるかどうかだけに着目して採用するとどうなるのか。この辺に新卒社員の約半数が3年以内に会社を辞める理由があるのではないかという気がします。

 変な話ですが私は今の世の中だからこそ空気を読まない人間っていうのが大事にされるべきだと思います。過剰に空気を読むというのは空気に支配される、流されるということと同義で、空気を読まずに冷静に状況を判断できる人を集団の中に入れておかないと、変な方向に向かっていく気がします。
 その上で今回取り上げたストレス耐性。現代社会は明らかにストレスを感じる場面が多く、そういった場面に適応するよりも抵抗力の強い人間、そういう人間に着目して効率よく運用するという視点が欠けているのではないかと思ったことから、こういう記事を書いてみました。

  おまけ
 空気を読む方か、読まない方かと言われたら私は間違いなく後者に入ることでしょう。かといってストレス耐性に強い方かと言ったら精神的に落ち込むことも多くてそうでもないようなと思う一方、自分の場合、遭遇するストレスシーンが極端なものも多いため、まぁ並程度のストレス耐性なのかなと納得させてます。

2013年8月12日月曜日

ルース米大使の離日について

 今日もちょっと家で妙なことをし続けたのですぐに書き終えるニュース解説です。

「特別な4年間だった」=ルース米大使が離日(時事通信)

 本日午後、これまでアメリカの駐日大使を務めていたルース氏が日本を離れ帰国の途につきました。ルース氏は過去四年間を駐日大使として過ごされましたが、彼の任期中の大事件となるとなんといっても東日本大震災が挙がってくることでしょう。この未曽有の災害時、ルース氏は日本政府と米軍の間に立って米軍の災害支援(トモダチ作戦)を進めるなど、私個人としても日本が困難な時期に職務を見事に果たしてくれたとして強い感謝の念を覚えます。

 ただあの災害から二年半。現在の日米関係は再びというかまた沖縄問題で揺れております。先週にも訓練中にヘリコプターが沖縄県内の訓練地で墜落したことからオスプレイの沖縄配備に懸念が広がり、米軍も一時は配備を停止したものの事件からわずか一週間後の今日になって再開したことから批判が広がっております。いっしょくたにするべき話ではない事は百も承知ですが、なんとか米軍と仲良くやってけないものか、お互いの感情をもっと理解し、沖縄の負担軽減策につなげられないものかと少し感じます。

 次の駐日大使にはケネディ大統領の娘であるキャロライン・ケネディ氏が内定しているそうですが、ルース氏同様になるべく仲良くやっていけたらなという希望を密かに抱きます。

2013年8月11日日曜日

高見盛~まげを掴まれる男

 高見盛と言えば私が説明するまでもなく、今年に引退しましたが日本全国で誰もが知っている人気力士でした。彼の人気の秘訣は彼自身の性格もさることながら入場時などのパフォーマンスにあり、現役時は彼が登場するだけで館内が歓声に包まれるほどの人気がありました。
 ちなみに私の中国留学中に相部屋だったルーマニア人も高見盛のパフォーマンスをいたく気に入り、ワールドワイドで人気なんだと妙な印象を覚えました。

 そんな高見盛ですが現役時代は枚挙にいとまがないほどの数多くのエピソードを残していますが、その中でも私が特に気に入っているというか、是非もう一回見てみたいという取組が一番あります。

「落ち武者」高見盛が反則勝ち/秋場所(日刊スポーツ)

 その取組というのは上記リンク先の記事に書かれた2009年9月22日の阿覧との一番です。この日はたまたま私もテレビの前で観戦していたのですが取組開始前に舞の海秀平氏が、「(阿覧は)出世が早く、まだ相撲をよく知らないから何をしてくるかわからない怖さがある」と言及するなど不吉な気配は早くから漂っておりました。

 それで具体的にどんな取組だったのかというと、まず立ち合いで両者ぶつかり合うと一旦体が離れ、再び組み付こうと高見盛が向かってくるや阿覧は張り手で応戦しました。この張り手が一番のミソだったのですが、阿覧はやっぱり相撲を知らなかったのか、ただひたすらに上腕を振るだけでまるでボクシングのジャブみたいな張り手になってしまってました。腰の力が全く入っていなかったことから叩かれる高見盛の体は全く後ろに動かず、かといって前にも進まず。その結果として何が起こったのかというと、土俵の上で延々と24発も高見盛はボコボコに顔面をはたかれ続けました
 今でも目をつぶるとあの時の情景が浮かぶのですが、時間にして30秒くらい高見盛は叩かれ続けて鼻血を出し、また阿覧も阿覧で小気味よく高見盛の顔を叩き続け、見ている間は「なんなんだこれは(;´Д`)」という思いで言葉が出てきませんでした。

 更に面白いのはその後。張り手に耐え続けた高見盛は何とか阿覧のまわしを取ることに成功しますが組み合い続けた結果、最後はもんどりうって土俵を割り行事の軍配は阿覧に上がります。しかしこれに対して審判団が異議を出します。というのも、土俵を割る際に阿覧が高見盛のまげを掴むという反則を犯しており、審議された結果、阿覧の反則負けにひっくり返りました。

 こうして高見盛は白星を得たわけですが、24発もはたかれた上にまげも掴まれ、顔面をパンパンに腫らしたその姿はお世辞にも勝った力士には見えず、日刊スポーツの記事にも書かれている通りに落ち武者っぽかったです。解説(確か北の富士勝昭氏)も、「こりゃどっちが勝ったのかわかんないねぇ」とツッコむ有様でした。

 一体なんでこんな4年も前のことを書こうかと思ったのかというと、何故だか突然この一番を思い出してYoutubeか何かで見れないかと思って必死で探したわけですが、見つからなかったわけです。真面目にこの一番はある意味で歴史に残る一番だからNHKさんもケチケチせずに無料公開してもらいたいものです。

日本人の「無」に対する信仰

 前に書いた「仏教は宗教なのか?」の記事で島田裕巳氏の著書「無宗教こそ日本人の宗教である」を紹介しましたが、実はこの本を読んで前回記事のようなことに加え、またちょっと妙なことを思いつきました。結論からパパッと書くとそれは、日本人はどこか「無」という概念に対して信仰めいたものを持っていないかといことで、今日は暑くて外出る気しないのでその辺を書こうかなと思います。

 まず「無」とはなんぞやですが、深く議論すると禅問答みたいに答えがでなくなってしまうので一般的な定義を述べると、「空っぽ」や「まっさらな状態」といったところでしょう。一体これがなんで日本人の信仰と関係あるのかですが、あくまで私の印象ですが日本人はやたらと心理的な状態を「無」にすることが理想であるような言い方をする傾向が感じられます。 

 具体例はいくつもあり、一般的なものだとテストやスポーツの大会などでは平常心を持つこと、さらには余計なことを考えないようにするべきだと教えたり、武芸においては剣道において顕著ですが、「無念無想」という状態を理想においております。無念無想についてもう少し書くと、私が聞いた限りでは剣豪の塚原卜伝がある日に突然襲ってきた敵に対して思考する間もなく反射的に刀を抜いて斬り倒した際、剣の極みとは何も思考せずとも体が反応して動く、つまり反射的に斬り返せる状態を理想と捉えたのが始まりらしいです。
 こうした競技などの面に加え、日常生活においても無の心は理想とされがちです。これは仏教の修行でまた顕著ですが、慌てないというか心を動じさせない事を是としています。人の生死において「無常観」という言葉を使って感情を出したりせず、自然の摂理だと考え受け入れる価値の重要性がよく説かれています。

 そしてここが最も根本的な所ですが、日本人は数ある仏教経典の中でも般若心経がやたら好きで、その中でも「色即是空、空即是色」という、「この世の中で目に見えるものはあってないようなもの」という意味の言葉を多用する傾向があります。私が不勉強なだけかもしれませんが同じく仏教の影響が強い中国でこんな言葉が使われるシーンは見たことがなく、般若心経がこれほどまで大事にされるのは仏教というより日本人のメンタリティにあるのではないかと言いたいわけです。そしてそのメンタリティこそ、「この世の理というのは実は無なんだ」という、「無」を価値あるものとして信仰するところにあるのではないかと何故だか思いついたわけです。

 以上のようなことを友人に話してみたところ、「花園君、なんか疲れてない?(;´Д`)」と、マジな感じで心配されてしまいましたが、私はやっぱり日本人にはどこか虚無主義(ニヒリズム)的な思想があるような気がします。本音と建前を分けられたり、本音をなかなか出そうとしなかったり、無駄だとわかっていることを誰も止めないからみんなで続けてしまうところだったり、そういうどこか現実というのは実は存在感がない、果てには自分の心理すらも実は価値がないとでも言わんかのような行動がやや見受けられるのもこの辺にあり、そして日本人自身もそうした「無」に対して憧憬めいた意識を持っているように思えます。

 恐らくですが、私は日本人の中でも数少ないと言ってもいい「頑張れば自分一人であっても世の中は変えられる」と本気で信じている人間の一人です。逆を言えば大半の日本人は自分一人では、下手すれば大勢であっても世の中は変えられないと考えているように私には思え、何故そう考えるのかというとここで書いた「無」の思想が影響しているのではないかと思うわけです。こんな書き方をしていますが私は「無」への信仰を全否定するつもりはなくこれはこれで面白いメンタリティを形成しているなと認めますが、もっと突き詰めてこの辺りの思想を研究したら日本人の行動様式とかもあれこれ考えなおせるのではないかと思うのと同時に、「無」の影響がやや弱い自分だからこそこんなことに気付いたんじゃないかというのが今日の私の意見です。といっても、友人たちからはよく「花園君はヒロイックな破滅願望が高い」とも言われているのですが……。

  おまけ
 今回の記事ではやたらと「無」という言葉を連発しましたが、書いている最中に何故だかゲームのファイナルファンタジー5に出てくるエクスデスというキャラクターを思い出し、彼が言った「無とはいったい、うごごご……」ってセリフまで浮かんできました。ほんと、無ってなんなんだろうねと自分も言いたいです。

2013年8月9日金曜日

派遣社員の雇用義務化について


 最初にまた本題とは関係ありませんが、朝ドラ「あまちゃん」のテーマ曲に反応するというこの猫の動画が面白いので紹介します。ここで貼りつけた動画は第一弾ですが、現在第七弾まで公開されており、順を追ってみれば見るほどに面白いです。ちゃんと毎朝反応するのがツボです。

 そんなわけで本題に移りますが、このところ派遣社員に関する法令の改正が起こっているようなので、ちょっと前から思っていることを書こうかと思います。


 あまりほかの媒体で見かけないニュースなのですが、なんか派遣社員を5年以上雇用し続けた場合、その派遣社員を正社員として雇用する義務を課すよう労働法が改正されたそうです(前は3年だったような?)。上記リンク先ではこの改正について色々な方が意見を出しているのですが、その中のいくつかに「5年以上で義務化としたら、義務化となる直前に雇止めにしたりするケースが増えるだけで何も意味がない」という意見も見受けられるのですが、私個人としても同じような意見を持っております。

 今の日本の労働法というか政治家たちはなるべく労働者を正社員化するように法令改正を進めておりますが、日本の企業経営者たちのベクトルはまるで逆で、非正社員を増やそうとしているのが現状です。理由はいくつかありますが、一部で言われているような「日本では正社員の解雇が難しい」という意見に対しては疑問符がつくものの、最大の要因はなんといっても人件費の増大とリスクヘッジにあるでしょう。
 じゃあどうすれば正社員を増やせるのか。はっきりここで申し上げれば数年以上の雇用で正社員化を義務化するよりも、派遣社員の待遇条件を大きく引き上げる事の方が直接できていいと思います。それこそ保険や年金などの支払いを全額企業負担としたりして、「こんなに払うくらいなら正社員にした方がいい」と思うくらいの待遇を義務化すれば正社員化が進むでしょう。

 と、ここまで書いて勘のいい人ならわかるでしょうが、仮にこのように派遣社員の待遇を引き上げれば本末転倒な事態に陥ることも目に見えています。本末転倒な事態とは何かというと、雇用の減少、つまり派遣社員の待遇が引き上がるなら雇用人数を減らしてしまおうとする今日が増えると予想されるという意味です。
 そもそも派遣社員というのは企業の雇用負担を減らす代わりに雇用の口を広げる、つまり労働者への職を増やすという目的でできた制度です。そのため待遇を改善しようとして間口を狭めては本末転倒もいい所で、極端な話、派遣の需要を減らしてでも正社員化を進めるくらいなら何も買えない方がいいと私は考えています。

 むしろ、私がここで主張したいのは日本の正社員の待遇をもっと引き下げるべきだという点です。あれこれ経験してわかりましたが日本の制度は保険や年金など世帯主が正社員であることを前提に作られているため、正社員でなければいろいろな面でデメリットというか面倒な手続きと費用負担が増えるという傾向があります。それこそ失業するとこれらの費用は全額自己負担となるため、お金を大事に使わなければいけない時にもかかわらず支出が増えるというかなりジレンマな事態に陥りやすいです。

 それであるならば正社員の特権を減らすというべきか、もっと社会保障などを流動的な雇用に合わせた制度へ根本的に改めるべきだと考えています。具体的には健康保険や年金は完全個人負担で企業には介在させない。特に年金に関しては未だに火を噴いていることは百も承知ですが、受給するのに必要な加入期間が20年というのは他国と比較しても異常に長すぎるきらいがあり、これを10年程度に短縮するべきではないかと思います。そうすれば、支給額も減らす言い分になるし。

 最後に日本の雇用についてもう少し述べると、欧州諸国と比べて日本はまだ経済が動いているために雇用はまだ恵まれている方だと思います。ただ世間というか社会が制あkつ水準の低下をまだ受け止められていない、昔みたいにマイホームやマイカー持ってな生活に対するあきらめが出来ていないため、誰も得をしていないのにみんなで損をしあっているような気もします。そんな日本人に言いたいことを一つだけ述べると、「一億総下流」みたいなスローガンを流せばもっと幸福感を感じれるかもしれないよってことです。

2013年8月8日木曜日

全米球団の永久欠番「42」の来歴について

 最近アメリカ史のいい本をブックオフで購入して読みふけっているのですが、その中で全メジャー球団の中で永久欠番となっている「42」という数字と、その背番号をかつて背負ったジャッキー・ロビンソンという選手について書かれてあり、素直な気持ちで面白いと思ったのでこのブログでも紹介しようと思います。

 野球を知らない方に向けてあらかじめ説明すると、どのチームのプロ野球選手も試合に出る際にはユニフォームに背番号を背負って出場しますが、チーム内で大活躍した名選手に対して敬意を持つという目的から各チームで一部の背番号はその選手の引退後、使われずにおかれることがあります。日本のプロ野球で代表的なのは巨人の王貞治氏の「1」、長嶋茂雄氏の「3」、西武だと故稲尾氏の「24」などがそのような扱いとなっております。

 それで今回紹介する「42」。これはメジャーリーグのドジャースでプレイしたジャッキー・ロビンソンの背番号です。一体何故この番号が永久欠番となっているのかというと、シーズンMVPにも輝いたことのあるロビンソンの実績以上に、彼が近代メジャーリーグで初めての黒人メジャーリーガーだったことからです。

 まずあらかじめ書いておくと、メジャーリーグ初の黒人選手だったのはモーゼス・フリート・ウォーカーであって、ロビンソンではありません。ウォーカーについて少し書くと、彼が出場したのは1884年で捕手として出場しましたが、人種の壁はロビンソンの時代より高く、チームメイトからは投球のサインを受け取ってもらえずシーズン最多の捕逸を記録するなど満足に活躍することはできませんでした。翌年からはマイナー球団を転々としましたが、とうとう再度のメジャー出場は叶いませんでした。

 そんなウォーカーに続く第二の黒人メジャーリーガーであるロビンソンは1919年の生まれです。当時もメジャーリーグには白人しか出場しておらず、黒人選手は二グロリーグという別枠のリーグでしかプレイすることが出来ませんでした。
 ウォーカーの兄はベルリンオリンピックの200メートル走で銀メダルに輝くなど彼の家はスポーツ一家で、ロビンソンもその才能を受け継ぎスポーツ推薦を受けて大学に入学します。ただ中途で退学した後は一旦就職し、二次大戦の開戦と共に徴兵を受けますが、配属された基地内ではやはりというか人種差別が付きまとったことからこちらも途中で除隊します。

 除隊後、二グロリーグでプレイしていた彼に目を付けたのが、ブルックリン・ドジャース(ロサンゼルス・ドジャース)のブランチ・リッキー会長でした。彼は優秀な選手という触れ込みで視察したロビンソンを見初め、彼に対してあらゆる差別や批判を耐え忍び、やり返さない覚悟を説き、それに応じた彼をドジャース傘下の3A球団、モントリオール・ロイヤルズに入団させます。
 こうして迎えた1946年のシーズン。ロビンソンの出場に対して対戦球団からは様々な抗議が寄せられましたがそうした声にロビンソンはあくまで静かな態度を取り続け、そのシーズンでは球団新、リーグ最高となる打率349、113打点という恐ろしい成績を打ち立てます。この年にチームは優勝を果たし、観客動員数も過去最多を記録したそうです。

 そしていよいよ翌年の1947年。満を持してロビンソンのメジャー昇格が球団から発表されるや他の全球団は揃って彼の出場に反対の意向を示し、対戦拒否すら示す球団もありました。ただ当時のメジャーコミッショナーが出来た人だったのかドジャースの支持に回り、当のドジャース監督もロビンソンの起用は必要であれば使うのみと言い切り、彼の出場への舞台が整えられていきます。もっともチーム内では反発の声が依然と大きく、数人の主力選手がトレードを志願して他球団へ流出する事態にも発展しています。

 そして開幕戦の4月15日。この日の観客はロビンソンを見ようと半数以上を黒人が占められるなか、前述のウォーカー以来となる黒人のメジャー出場をロビンソンは果たしました。ロビンソンはこの年も優秀な成績を収めチームに貢献し、また球場の内外から飛んでくるヤジや侮蔑に対して目立った反応はせず紳士的な振る舞いを続けたことから次第に世論を味方につけ、最初は毛嫌いしていたチームメイトたちも彼を信用するようになっていったと言われております。
 そしてロビンソンは同年、この年から始まった新人賞を初めて受賞することとなります。こうしたエピソードからメジャーリーグの新人賞は別名で「ジャック・ロビンソン賞」と言われております。

 その後、ロビンソンは1956年までプレイしてこの間に首位打者、盗塁王、MVP、そしてチームのワールドチャンピオンという各タイトルを取得します。現在においても彼の評価は高く、彼がいなければメジャーにおける黒人選手の出場はずっと遅れていたと言われるとともに、初の黒人選手としてまさに手本となるほどフィールド上で紳士的な人物だったとして、同時代の野球以外のスポーツ選手からも多大な尊敬を集めました。
 こうした一連の功績から彼の付けていた背番号「42」はメジャー、マイナーを含む全米球団で永久欠番となっており、さらに4月15日は「ロビンソンの日」として今に至るまでその功績は語り継がれております。

 私の方からもう少し付け加えると、ロビンソンを使った球団がドジャースだったことが印象的に思えました。知ってる人には早いですがドジャースはあの野茂秀雄氏を獲得し日本人のメジャー進出の道を作り、その後も数多くの日本人選手を積極的に採用することで有名なだけに、この球団は昔からフロンティアを開拓する球団だったのだと妙な尊敬の念を覚えました。

 あと今回の記事を書こうと調べているうちに知ったのですが、なんでも今年4月に「42」というまさにこのロビンソンを題材にした映画がアメリカで公開されていたそうです。日本では11月に公開される予定なので、差別と偏見に敏感なこの頃だから折角なので見に行こうかなと考えています。

2013年8月7日水曜日

日系企業の面白い中国法人名

 今日は久々にコラムがてらに、日系企業の中国法人名の中でも特に面白いものを私なりにセレクションしてみようかと思います。

 皆さん知っての通りに中国は漢字の国で、外資系企業であっても漢字名を付けなければなりません。ちなみに個人でも同様で、欧米人も色々な登録をする際に漢字名を充てられます。日系企業の場合、元々が漢字名の会社であればそのまま通用することが多くて「○○(中国)有限公司」って形で登録することが多いのですが、カタカナの名前の会社だとこうも行かず、各社でそれぞれアレンジを効かせた名前となるわけです。

 アレンジの仕方としては発音に合わせて中国語で同じ音の漢字を使うやり方と、その言葉の意味から充てるやりかたの二つあるのですが、前者よりも後者というか、結構ギョッとする名前が多いのでその辺を中心に紹介していきます。

1、兄弟(中国)商業有限公司(ブラザー工業)
 あまりにもストレートというべきか、一瞬「あれこれ何の会社?」って思ってしまう会社名です。っていうか、普通に中国ローカル企業の名前であってもおかしくない。なおブラザー工業はほかにも中国法人を持っていて、「兄弟机械商業(上海)有限公司」とか「浜江兄弟軟件(杭州)有限公司」など、なんていうかこの際だから日本の法人名も「兄弟工業」にしてもいいんじゃないとか思ってしまいます。

2、松下電器(中国)有限公司(パナソニック)
日本の法人名は変わっても、中国法人名はそのままという例です。今更変えるのもあれだし仕方ないと思うけど、将来の日本人がこの名前を見てどんな反応するのか、松下という名前の意味が分かるのかが気になります。

3、電装(中国)投資有限公司(デンソー)
 この会社に言えることは、日本法人名より中国法人名の方が何作っているかわかりやすいっていう点です。変にカタカナにする必要あったのかな。

4、愛信精機(中国)投資有限公司(アイシン精機)
 同じくトヨタグループ、っていうかトヨタ四天王(残り二つは知らんが)。こっちは日本法人名でも中国法人名でも何作っているかわからない名前です。あと「愛信」ってみると一字違うが「愛新覚羅溥儀」が頭に浮かんでくるな。どうでもいいけどプレスリリースに対する電話取材で明確に対応の悪い会社の一つですここは。

5、富士通将軍(上海)有限公司(富士通ゼネラル)
 今日の記事を書くきっかけとなった会社です、私はかねがね「富士通ゼネラル」のゼネラルは総合とかそういう意味だと思ってたのですが、まさかまさかで「司令官」のほうだったとは、しかも中国語訳に敢えて「将軍」とつけるあたり、なかなか風流人です。ぶっちゃけたところ、最初この会社名を見た時は中国企業との合弁かと思いました。

2013年8月5日月曜日

書評「楊家将」&「血涙 新楊家将」

 日本で中国の小説と言ったら一に西遊記、二に三国志、三に水滸伝といったところで、あと金瓶梅とか封神演義が続く者かと思います。ただこれ以外にも中国国内で有名な古典小説はほかにもあり、私自身もそれほど読んではいないのですが、中国で代表的な戦う女主人公こと「十三妹(シィサンメイ)」が活躍する「児女英雄伝」や、こっちはテレビドラマが有名ですが中国版大岡越前が活躍する「包公故事」などあり、今日紹介する書籍の下地である「楊家将演技」というのもその一つです。

 楊家将演技というのは書いて文字の如く、北宋の時代で武官だった楊一族が燕雲十六州を保有する遼との戦争において、時には大勝し、時には傷つき、時には裏切られるという軍記物の小説です。はっきり言って日本国内での知名度は無きに等しく楊家将演技と聞いて反応できるのは相当な中国古典マニアくらいだったのですが、ハードボイルド、歴史小説で有名な北方謙三氏が数年前に小説化したことで、日本で初めてといっていいほどに日の目を浴びました。
 北方氏はタイトルにも掲げている「楊家将」、そしてその続編である「血涙 新陽家将」というタイトル(それぞれ上下巻)で小説を発表しましたが、この本を私が知ったのは、口を十秒間閉じ続けることがまずないある先輩から教えてもらったことがきっかけです。あの楊家将を日本で小説化されているとは知らなかったために最初驚き、かつ前から興味があった内容だったことから早速電子書籍で購入して読んでみましたが、文句なしに推薦できるいい小説でした。

 細かい感想を述べる前に当時の中国の状況を簡単に説明すると、10世紀に(北宋)が成立するまで中国は各地で軍閥が乱立して戦国時代のような様相を示しており、さらに北方からは異民族が進出してくるなどてんやわんやな状態でした。そんな時代に後晋という国が北方異民族の契丹族と手を組んで成立したのですが、この時の協力の見返りとして現在の北京市を含む、万里の長城を超えた領土を契丹属に割譲しました。この割譲された地域のことを燕雲十六州と呼び、契丹族は「遼」という国名を掲げてこの地に住む漢民族を支配するとともに領土を保有し続けておりました。
 割譲から少し時代は流れてようやく宋の初代皇帝である趙匡胤が中国をほぼ統一するのですが、燕雲十六州だけは遼の抵抗が激しくとうとう奪還することが出来ず、それどころか逆に散々に打ち負かされることが多かったために最終的には宋が遼に毎年贈り物を送ることで互いに戦争をしない不可侵条約、「澶淵の盟」が結ばれてひと段落するわけです。まぁその後に色々あって奪い返すんだけど、それはまた別の機会にでも。

 「陽家将」というのはこの宋と遼との燕雲十六州を巡る戦争の軍記小説なのですが、北方氏は元々のオリジナルを大胆に脚色しているとのことで、原作には登場しない人物も多数出てきます。そうした脚色以上に北方氏の小説で私が注目したのは戦争時の描写で、流れるような文章でかつ躍動感の伝わる素晴らしい出来となっております。特に中国北方、それも漢民族VS契丹族の戦争であることから騎馬隊の戦いがメインで、その騎馬隊の運用から指揮、訓練の場面まで事細かに書かれてあり、ほかの歴史小説と一線を画す戦いぶりが見事と言っていいほど描かれています。

 さらにそうした描写に加えてですが、北方氏の小説では原作でも主人公である楊一族の棟梁、楊業が「楊家将」で主人公を務め、彼が死んだ後の「血涙 新楊家将」では宋で武将となる楊業の六男と、記憶を失って何故か遼で将軍となった四男が主人公挌で話は進んでいきます。こうした楊家のキャラクターはそれぞれ個性があってとても魅力的なのですが、残念というかなんというか、あるキャラクターにすべての魅力が食われてしまっているというのが実情です。

 そのキャラクターというのも、遼の将軍である耶律休哥(やりつきゅうか)という人物で、ちょっと調べてみたら楊業とともに実在した人物でした。北方氏の小説ではこの耶律休哥というのが異常なまでに戦争で強く、なおかつ一切油断もしなければ部下にも厳しく妥協もしない、まさに戦場の鬼と呼べるような無茶ぶりなキャラクターです。
 その妥協なき姿勢+異常な強さだけでも十分魅力的ですが、何の縁というべきか記憶を失った楊業の四男を部下にして指導することとなり、彼に段々と父親めいた感情を持ち、四男も同じように慕っていく過程がその人物像に深みを与えています。もっとも父親と言っても異常なまでに厳しいので星一徹みたいな親父となっておりますが。

 なわけでこの小説のタイトルは「楊家将」というよりも「耶律休哥」にしても良かったのではないかと思う出来栄えです。ただ内容自体は最初にも述べたようにしっかりした出来で本気で太鼓判押せるので、興味がある方はぜひ手に取ってみてください。

   

2013年8月4日日曜日

韓国の近現代史~その二十一、金泳三政権時代

 このところテンションが落ちてて更新頻度が落ちておりますが、まだ一応気力は保っております。色々プライベートで立て込んでいるのはもとより、また妙なサイトを作り始めたというのが主な理由です。

 話は本題に入りますが、また韓国の近現代史の連載です。前回ではソウル五輪を目の前にして軍事政権が民主派勢力との妥協を行ったことから大統領の直接選挙制、そして民主化の実現に至るまでの流れを書きましたが、今回はこうした流れを受けて成立した金泳三大統領の時代について紹介します。

金泳三(Wikipedia)

 先に一つだけ書いておくと、韓国の大統領経験者はその誰もが在任中に暗殺されたり亡命したりして、退任後も在任中の不正疑惑について追及を受けて投獄されたりなどとあまりいい晩節を送ることがありません。極めつけは二代前の盧武鉉元大統領で、この人に至っては捜査が進められていた最中に自殺しています。ただそんな韓国大統領の中で今日紹介する金泳三は例外的で、今の所は特別な背任容疑などで捜査を受けることもなく無事に生きております。なんでもないようなことが幸せなんだと思う生き方です。

 そんな昔の歌のフレーズを口ずさみつつ解説を始めますが、彼の来歴を簡単に説明すると軍事政権時代から金大中と共に一貫して民主化を主張し続け活動してきた政治家です。ただ政治スタイルは同じ民主派でありながらライバルでもあった金大中が原理原則を重視する立場であったのに対し、前任の盧泰愚政権時代には連立政権に参加するなどやや現実的な政治スタイルを実行していたように私には思えます。その上で金銭に関しては非常にきれいだったというか、大統領に就任するや余計な経費を大幅に削減し、汚職に対して厳しい捜査で臨み官僚や裁判官、警察官僚を片っ端から辞任させるなど清廉な姿勢をみせております。
 また盧泰愚や全斗煥といった軍事政権下の大統領経験者に対しても厳しい姿勢で臨み、両者ともに在任中の政治弾圧や贈賄といった容疑で逮捕し、全斗煥に対しては死刑判決まで下りております。ただ韓国でよくわからないと私が思うところなのですが、全斗煥は後の金大中政権下で特赦を受けて死刑執行を免れております。他にも特赦を受ける人が韓国ではやけに多いのですが、司法制度として如何なものかと外野にいながらですがよく思います。

 話は戻りますが、こうした過去の清算と政治改革を進めるとともに金泳三政権が手を付けたのは韓国経済のグローバル化推進です。私はてっきりこの後に起きるアジア通貨危機を経て韓国はグローバル化に邁進したかと思っていたのですが、実際には金泳三政権下で米国流に習う形で進められておりました。
 その成果というべきか、今の時代では死語ですが当時は「アジアNIEs」の一角に数えられただけあって下記の通り非常に高いGDP成長率を記録しております。

<韓国の90年代のGDP成長率>(引用元:世界経済のネタ帳
1990年:9.30%
1991年:9.71%
1992年:5.77%
1993年:6.33%
1994年:8.77%
1995年:8.93%
1996年:7.19%
1997年:5.77%
1998年:-5.71%
1999年:10.73%
(金泳三の大統領在任時期は1993年2月から1998年2月まで)

 見てみればわかる通りに、金泳三時代には8%超の成長率も記録しており去年の中国のGDP成長率より高かったりします。ただ退任直後の98年は前年に発生したアジア通貨危機によって一転してマイナス成長を記録しており、この遠因は金泳三が推し進めたグローバル改革が影響しているとの意見も少なくありません。

 こうした経済政策のほかに彼の在任中の大きな出来事を語ると、外交においては北朝鮮で金日成が死去して金正日が正式な指導者に交代し、一時緊張が高まりました。また対日外交に関しては今も続くように、恐らく国内政策のために対日批判を行っておりますが、日本の記者団とは日本語で取材に応じるなど一応表と外は分けてくれていたそうです。
 最後に金泳三の現在の韓国国内の評価ですが、やはりアジア通貨危機を招いた張本人であるとして高くないそうで、これに関しては私も批判されざるを得ない失政だったと思います。ただこの後の民主派大統領の金大中、盧武鉉に比べると時代に恵まれたということもありますが、比較的無難な政治運営だったとして大統領としての能力についてはそこそこまともだったのではないかとも考えています。

 そんなわけで次回はいよいよというか、現代韓国を語る上で切っても切れないアジア通貨危機とIMF事態を紹介します。

2013年8月3日土曜日

麻生副首相のナチスに学べ発言について

 久々の更新ですがこれまた久々に意見が求められそうな政治話題が出来たので早速書いてみようと思います。

 既に報道などで皆さんも知っていられるかと思いますが、麻生副首相が憲法改正手続きについて、ナチスが知らない間にそっと変えていた手法を学ぶべきだなどという趣旨の発言をしたとして批判が集まっております。麻生副首相としては発言を撤回するとともに学ぶという意味ではなかったという弁明をしておりますが、私個人としては文章そのままの意味で、あまり目立たず騒がず国民に気付かれないようにそっと変えてしまおう、そうナチスの様にで間違いないと考えております。

 この発言は日本以上に海外での反応我凄まじく、ユダヤ人団体から抗議が来ただけでなくドイツなどからも非難されているそうです。改めてナチスに対するタブー性に驚くとともに、こういう事態を想定できなかったのかと麻生副首相に対して毎度のことながらげんなりします。
 何気にこの前、言った本人である自分が忘れているのに親父から、「お前が昔言った通り、麻生には本当に思想がないんだろうな」と言われたことを思い出しました。なんていうか未だにこれという政治原則がこの人には見えず、私としては評価できない人物です。

 話はナチス発言に戻りますが、私が今回の失言で注目したのはその内容よりもその時期です。というのも自民党は先月の参院選で大勝しており、その直後の記事でもこの大勝で自民党は気が緩むのではないかと書いておりますが、今回の失言もまさにその気が緩んだタイミングだったからこそだったと思います。むしろ失言メーカーの麻生副首相が組閣からこれまで失言がなかった方が珍しく、個人的にはよく我慢したなという気がしてなりません。
 ここまで書けばいいたいこともわかると思いますが、今後自民党議員や閣僚の間で失言がどんどん増えていくのではないかと予想します。これから約3年間は選挙がありませんし、何をどうしたところで自民党の議席におけるイニシアチブは動かず、それを勘違いした議員らもどんどん出てくることでしょう。皮肉な話ですが、失言さえなければ、何も問題さえ起こさなければ評価されるのが今の日本政界です。

 そういうわけで今の自民党議員、とりわけ麻生副首相に対してはナチスではなく、失言や失策によって崩壊し解党寸前の状況に追い込まれている今の民主党を学んでもらいたいのが私の本音です。学ぶべきものというのは勝者以上に敗者において多分に含まれていると思えますし。