「アートネイチャーのかつらって、どこで作られているんだろ?」
なんでこんなことを口走ったのかというと、この情報が無ければ「あなたのかつらはどこから?」、「私は○○から」という掛け合いが成立しないのではと考えたからです。もっともその時は本気で調べるつもりもなく適当に口走ったつもりでしたが、話を聞いていた友人がちょっとマジになってIR資料とか取り寄せて調べ始め、「どうやらマレーシア辺りで作っているらしいぞ」と報告してきたので、これはニュースになると思い引き継ぐ形で私も調査を始めました。
ただかつら市場に対しては以前から興味があったというか調べてみたら面白そうな業界だとは認識していました。何故かというと男性が金額に糸目を付けずに欲しがって購入するものときたら昔は自動車でしたが近年は消費嗜好が変わりこれからも離れつつある一方、かつらに関しては未だに消費意欲が高いと方々で言われており、自分も会社作ろうとした時にこの方面で何か入り込めないかと思案していました。
そのかつらですが、全くこの業界に関与していないのでほとんど知識はありませんが見るからに手作業で作ってそうな代物で、労働集約型産業の産物にしか見えない代物です。となると日本国内で生産すれば人件費が高くついて商売にならないだろうから、恐らく人件費の安い海外工場で作っているのでは。ならば日本で流通しているかつらはどこで作られ、どういう流通を経て消費者の手元へ届けられるのかがどんどんと気になり、また海外市場で日本のかつらは売られているのかも同時に知りたくなって折角だから気合入れて調査しようという結論へ至りました。
調査に当たっては日本を代表するかつらメーカー二社のアートネイチャーとアデランスを調査対象に選び、この二社の動向から世界市場を分析することにします。
<両社の会社規模>
調べるに当たってまず、調査対象の二社の企業規模をまとめました。結果は以下の通りです。
会社名
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資本金額
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従業員数
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アートネイチャー
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36億6,328万円
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2,909人
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アデランス
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129億4,400万円
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5,305人
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業界関係者の方には大変申し訳ないのですが、今回調査するまでこの二社は同じくらいの規模ではないかと勝手に考えていました。実際にはアートネイチャーに対してアデランスは資本金額は約3倍、従業員数も約2倍と大きく上回っており、業界大手同士とはいえ規模の違いがはっきり出ています。
<両社の直近の売上げ>
会社規模でアデランスの方が大きいということはわかったので、それでは売上げはどの程度差があるのかについても調べました。アートネイチャーの会計期間は一般的な4月開始3月末締めですがアデランスは何故か3月開始2月末締めというちょっと変わった期間設定のため厳密な意味での同時期の営業成績というわけではありませんが、直近1年間のそれぞれの売上げと純利益を下記にまとめました。
会社名
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期間
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売上高
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純利益
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利益率
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アートネイチャー
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2013年4月~2014年3月
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400.2億円
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14.0%増
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31.3億円
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35.5%増
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7.8%
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アデランス
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2013年3月~2014年2月
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677.6億円
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32.6%増
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42.8億円
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29.7%増
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6.3%
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※パーセンテージは前期比との比較
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見ての通りに会社規模が大きい分、売上高もアデランスがアートネイチャーを上回っております。ただ売上高に対する純利益の割合に当たる利益率ではアートネイチャーが7.8%とアデランスの6.3%を1.5ポイント上回っており、単純に売上高だけでは見えない両者の質の違いも出ております。
それにしても両社とも売上げ、純利益ともに二桁超の増収増益で、一見して「やっぱ儲かってるんだなぁ」という妙な頼もしさを覚えます。今時30%超も当たり前のように増益する業界もあるのだと惚れ惚れする成績ぶりです。
上記データは直近会計年度1年間の営業成績で、今度は今期第1~3四半期(Q1~Q3)の営業成績を見比べてみましょう。
会社名
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期間
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売上高
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純利益
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利益率
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アートネイチャー
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2013年4月~2014年12月
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298.9億円
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3.5%増
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16.2億円
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32.2%減
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5.4%
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アデランス
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2014年3月~2014年11月
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560.5億円
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15.9%増
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41.2億円
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39.2%増
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7.4%
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※パーセンテージは前年同期比との比較
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こちらのデータははっきりと両社に差が出ており、アートネイチャーの売上げは微増に留まり純利益は-32.2%と大幅に減少している一方、アデランスは依然と二桁超の増収増益を達成しており、利益率でもアートネイチャーを逆転しています。実はこの両社の数字にはからくりがあり、口述しますがアートネイチャーはカンボジア工場の新規投資で資金を使っており、アデランスに関してはアベノミクスの追い風というか円安の恩恵を多大に受けている節があります。
それにしてもこういう記事を書いていると毎日財務諸表を見ていた経済記者時代を思い出すなぁ。よくこういう表も作ってたもんだから我ながら手慣れたもんだし。
<海外展開>
いよいよ本番の話です。両者の海外展開に関しては姉妹サイトの「企業居点」の方で早速昨日、保有する海外法人をまとめてアップしたので以下をご参照ください。
・アートネイチャーの海外拠点
・アデランスの海外拠点(どちらも「Comlocation 企業居点」より)
結果を述べるとアートネイチャーが海外6拠点に対しアデランスは21拠点と大きく引き離しており、またアートネイチャーはアジア地域でしか展開していないのに対してアデランスは欧州、北米でも手広く販売網を広げているため、海外展開に関しては間違いなくアデランスが大きく先を走っている状態です。この点はアートネイチャーも自覚している節があり、今季上半期決算のプレゼン資料を見ると海外展開の注力を今後の課題と目標に掲げています。
では海外の生産工場はどこにあるのか。これについては別にまとめましたので以下をご覧ください
・アートネイチャーの海外工場:フィリピン、マレーシア、カンボジア(現在建設中?)
・アデランスの海外工場:タイ、フィリピン、ラオス
自分の予想通りというか、如何にも人件費が安そうな国にそれぞれ立地しております。被っているところはフィリピンであとは恐らく相手先を懸念してかそれぞれ異なっていますが、何気にラオスの日系現地法人はかなりレアなので見つけた時は「ワォ」とアメリカ人みたいに驚いた振りしました。
アートネイチャーのカンボジア工場は今年に設立して恐らく今頃はまだ工場建設の最中であると思われます。Q3の決算報告書では今期の減益理由はこの工場の建設投資にあると説明しており、前年からの大幅な目減りの仕方を見ると恐らくその理由が事実で間違いないでしょう。
<海外販売>
国内と海外の販売比率に関してはアートネイチャー側は資料で公開していないため、アデランス側の公開資料にあるデータを紹介します。
同社の今期Q1~Q3の売上げは560.5億円(前年同期比15.9%増)に対し国内売上げは310.4億円(同5.9%増)、海外売上げは250.1億円(同31.3%増)で、国内外の販売比率は「国内:海外=55.4:44.6」となります。
このデータは私個人としてはなかなか驚かされるデータでした。アデランスの売上げの半分近くは海外から出ており、しかも同社はヨーロッパ各地に販社を持っているだけあって同地域での売り上げをかなり大きく出しております。また北米でも2012年に米国かつらメーカー大手のヘアクラブという会社を買収して市場展開を一気に進めようという意欲も感じるなど、総じて海外展開に積極的な企業と言えそうです。
また海外販売が大きいということは円安による為替差益も得やすいということで、実際に決算資料をみるとQ1~Q3における為替差益は32億円だと発表しており、陰に隠れてアベノミクスの恩恵を多大に受けております。
その逆にといってはなんですが、アートネイチャーは円安が逆風となっている節があります。同社の上半期決算資料を見ると減益理由について「人件費が11.2%増加した」と書かれてあり、メイン工場が海外にあることを考えると円安による海外現地社員の給与が増大したのではないかと見られます。アデランスも海外工場で生産をしていますが、同社は生産と同時に海外での販売も行っているだけに、ここで円安による影響が両社で別れたとのではないかと思います。
<その他雑考>
このほかネタになるデータはないかとそれぞれの決算資料を見ましたが、両社ともに決算資料で「被る方のかつら」よりも取り付けて使う「ウィッグ」の販売強化を強く打ち出しております。恐らく「被る方のかつら」は完全オーダーメイド品のため単価が高いため拡販が難しい一方、ウィッグはオシャレファッションとして認知が広がってきはじめ単価も安いことから拡販しやすいためではないかと考えられます。実際に両社の中国法人のホームページでは女性用ウィッグをメインに打ち出しており、海外市場はやっぱりこれメインで行くつもりでしょう。
では被る方というかオーダーメードかつらはどうなんだろうと見てみたところ、なんでもアートネイチャーの消費者の男女比は6:4に対してアデランスは4:6だと発表しており、両社で男女比が対照的な感じで分かれて面白かったです。更にアートネイチャーの資料によるとオーダーメイドかつらの売上げのうち、新規とリピーターの割合は「22.6:77.4」と、圧倒的にリピーターの割合が高いことがわかり、営業社員も末永く利用してもらうようサービスの向上に努めるというような文言も書かれてありました。
元々かつらは単価が高く、通の間では「頭にベンツを載せている」というおっさん臭い例えもされており、実際に高級車を売るような販売のされ方がされているのかもしれません。
更にアートネイチャーではオーダーメイドかつらの作り方もホームページで紹介されており、多分そうじゃかと思っていましたがやっぱり3Dスキャナみたいな装置で頭の型枠データを取り、その後で職人が毛髪を一本一本埋め込んでいくという作り方がされているようです。埋め込む毛髪は天然素材というか多分人間から取った髪のほか、原価圧縮のため人口毛髪も使われており、この配合比をどうするかというのが技術的な分かれ目となるそうです。
勝手な予想ですが今後技術が発達すれば恐らく、3Dスキャナで採ったデータから3Dプリンタで型枠が作られ、そのまま毛髪も自動的に生成されてドローンで購入者の所(頭の上)まで運ばれる時代が来ると思います。
このほかほんとどうでもいいことを書くと、やっぱり会社としてはアデランスの方がしっかりしてそうという印象を覚えます。というのもアートネイチャーの決算資料は一部見辛い所があり、純利益よりも営業利益の解説に重きが置かれていて個人的に「なんやねん」とか思いました。あとアートネイチャーのホームページは英語表記切り替えボタンもないし、全体的にアデランスの方が大人な会社の印象を覚えます。
そのアデランスですが、ホームページ上では会社の経営スローガンのつもりなのでしょうけど「クレド(信条)」というページがあり、そこに書かれている言葉には「ありがとう・・・あふれる感謝を形にしよう」という、ちょっと一読して「んん?」となる言葉が書かれてます。そもそも、クレドって何語やねん。
こんな感じでちょっと「んん?」ってなるアデランスのホームページですが、「CSR活動」のページでは昨年12月、病院に入院していて自宅に帰れない子供たちに対してサンタやトナカイに扮した職員が病院を訪問し、プレゼントを渡すという取り組みを行ったことが報告されています。この活動はオーガニック的なアニメ風にいうなら「イエスだね!」と賞賛したくなる活動で、こちらはアデランスを心底見直しました。
おまけ
中学、高校時代、薄毛に悩む友人によく、キャンディーズの「春一番」の替え歌で、「もうすぐは~げますね~、ちょっとリアップしませんか♪」とみんなで歌っていました。今思うと酷なことをしたと思います。
おまけ2
この記事を書くため両社のホームページ何度も言ってたから、ネットのバナー広告でやたらとかつらを薦められるようになりました。別に全く必要としてないし。
4 件のコメント:
「かつら」とはこれまた意表を突いたテーマですね(^^)
なかなか面白いけど書きにくいネタというカンジで・・・
ならば加えて「カツラ床屋に不況ナシ!」という、
アンダーグランドな世界が存在することを、
密告させていただきます。
ちなみに中国にもカツラ専門床屋とか、
カツラ商法詐欺といったものは存在するのでしょうか?
今回は我ながら、またニッチな市場を調べたもんだと苦笑しながら書いてました。
カツラ床屋のお話ですが、確かに地味に儲かってそうに見えるんですよね。大手2社ばかりが目立ちますが、かつらを作る小規模な床屋は無数にあるという情報もあり、業界全体でニッチではあるものの意外と潜在力のある市場ではないかということに気が付きました。
中国のお話ですが、露骨にかつらを売るお店は街中だとあまり見ませんね。ただ、長くなり過ぎたので省略しましたが、中国人も案外ハゲを気にする性格なので、将来日本にかつらを「爆買い(ハゲ)」に来る時代がやってくるかもしれません。となると言及されている通り、それに絡んで詐欺をする輩も出てくるでしょうし、この先が本当に楽しみな市場です。
我々もそろそろ禿げてくるでしょうかな?
あまり考えず、前を向いて歩いてこうよ。
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