2011年11月20日日曜日

狭く濃い自分の人間関係

 先日、実に一年ぶりに大学時代の恩師にメールを出しました。翌日にはすぐに返信が来て、その内容に非常に励まされて不覚にも目頭を熱くしたのですが、「去年の十二月に中国の日系企業に転職→三月にやめてまた別の上海の日系企業に移籍→、十月から出張で香港に来て現在に至る」というスピード感たっぷりのメール内容には先生もきっと面食らっただろうな。
 その先生とは自分が大学に入学した当初からの付き合いなので、実に8年も交際が続いています。在学中の期間だけならともかくこうして卒業後も折に触れメールを交換し、また去年までは毎年十一月のこのシーズンに会いに行っていましたが自分のような若輩者相手でもいろいろと気にかけてくれて感謝の気持ちに絶えません。

 ただこの先生に限らず、私の人間関係ははっきり言って非常に狭いながらも、こういった妙に交流や縁が続く相手というのはほかの人に比べても多いと思います。こんなブログで書くのも如何と思いますが、下手をすれば人間不信もいい所というくらいに私は他人を信用していなければ「動くものはみんな敵だ!( ゚Д゚)」と言わんばかりに警戒心が強く、自分から積極的に交友の輪を広げることは滅多にありません。そんなわけでいつも上司からも怒られたりしますが、この点に関しては一切妥協せずに我を貫き通しております。
 自分がこうしてあまり人間関係を広げようとしないのは良くも悪くもてっぺんと底辺の人間に数多く出会ったことが原因だと考えています。クロコダインじゃないですが「煮ても焼いても食えない奴(ザボエラ)」は確実に存在しており、実際に私もそういう人間に何度か煮え湯を飲まされたことがあります。その一方で真面目に神様に感謝するくらいに天井知らずな才能に溢れた友人らにも出会うことが出来ましたが、これらの経験を踏まえると、じっと待とうが必死こいて捜そうがいい人材と巡り合える確率というのは本当に運でしかなく、むしろ変に捜そうとじたばたすると先程の煮ても焼いても食えない人間と妙に関わっちゃうことの方が多いという結論に達しました。

 そういうこともあって普段の生活上、私が会う人間というのは非常に狭い範囲に限定されるのですが、海外就職をしてからメールでしか交流できないのもあってそれに拍車がかかりつつあります。ただこういった行動はなにも友人関係に限ることではなく普段行く商店関係者にも多く当てはまり、多分見かけが目立つこともあるでしょうがよく顔と名前を憶えてもらうことが多いです。
 一番代表的なのは実家近くの床屋店で、真面目にそこは小学生時代から延々と通い続けているため完全に顔パスになっており、特に何も言わなくとも指定の髪型にしてくれればダルビッシュの投球傾向について自然と会話が始まります。ちなみに今日は近くで髪を切ってきましたが、北京語がお互いになかなか通じないから結局不満足な切られ方されたので家帰ってから前髪を調整しました。

 床屋以外でも喫茶店など、ほぼ一点集中とばかりに同じ店を使うことが多いため、こちら中国とかでもよく顔が覚えられます。一番馴染みとなっているのは蘭州ラーメン屋で、入る度にいつも頼んでいる蘭州ラーメンにするか聞かれますし、帰り際には「サヨナラー」って日本語で声までかけてくれます。最近だと会社近くのパン屋に昼食時、毎日サンドイッチを買いに行ってたら「あんた毎日来るし、1香港ドルおまけするね」って言ってもらえてそれ以降は毎日おまけしてもらってます。

 よく学校とかでは人間関係はとにもかくにも広い方がいいと言いますし、うちの親父も「その通りや!」とよく自分に注意してきますが、元々人の言うことはあまり聞かない性格ではありますが、必ずしもそうじゃないんじゃないかとよく思います。別に自分みたいな人間関係の仕方が最上だと言うつもりはありませんが、こういうのは人それぞれなんだし、一概に広いとか狭いとかどっちがいいかとは言うべきじゃないというのが、今回の結論です。

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