2012年8月4日土曜日

人材の当たり年とはずれ年は何故発生するのか

 学生時代の友人との会話の中に、やや不可思議さを感じさせられる年代の話がありました。その内容というのも、○○年生まれの世代は中学校時代に荒れていたというものです。
 具体的に何年生まれかまでは書きませんが、その世代が中学校に進学した際に私が住んでいた学区の公立中学は荒れに荒れて、暴力事件なども頻発していたそうです。ただこれは私の地元に限らず、遠く離れた都道府県出身の友人によると全く同じ年代がその友人の地元でも他の年代と比して荒れていたそうで、なんかほかの出身のどの人間に聞いてもピタリと年代が一致したそうです。この前にふと思い出したのでこの話を会社の日本人同僚に聞かせてみたところ、「そう言えば、その年代は僕の上位学年ですが荒れていたとよく聞きます」と、まさか中国でも同じ内容を聞くことになるとは思いませんでした。

 一応断っておくとその問題行動が多い世代というのはいわゆる「キレる17歳」世代ではありません。それにしたってこう呼ばれた世代は今、「草食世代」と言われているのだからマスコミは勝手だ。
 話は戻りますがこの不思議なことにその該当する年代の前後ではそれほど問題行動はなく、その一年だけが際立って荒れていたというのです。仮にある年代を境に問題行動が増えるというのであればなんとなく理解の使用もあるのですが、一年限定でこういった現象が確認されるというのは非常に珍しい話です。確かにその年代は詰め込み型教育からゆとり教育へ移る過渡期だったために一年ごとに指導カリキュラムが変わっていたというのは事実ですから前後の年代と異なる傾向を持つのも無理な話ではありませんが、それにしても極端過ぎるきらいがあります。

 そんなわけで何がその世代を全国的に荒れる方向へ持っていったのかいろいろ個人的に調べてはいますが、現時点でヒントすらつかめていない状態です。ただここで話は変わりますが、企業の人事担当者によると新人採用では当たり年ともいうべき集めた人間みんなが活躍する年もあれば、はずれ年ともいうべき誰も使えない年が明確に表れることがあるそうです。
 日本のプロ野球でもそう言った年はいくつか見受けられ、たとえば最近だと「ハンカチ世代」こと日本ハムの斎藤選手の年代は楽天の田中選手や広島カープの前田選手、巨人の坂本選手などぬきんでた選手が確かに多いように感じられ、また古くは「KKコンビ世代」、「松坂世代」もやはりなんかいい選手が固まっているような気にさせられます。逆にここだけの話、自分が生まれた年代はプロ野球で活躍する選手がやけに少ないような気がしてます……。

 仮にこうした優秀な層が年代によって固まるというのを立証できたらそこそこ面白い論文になりそうですが、はっきり言って原因は皆目見当が付きません。ただスポーツに限らず一般社会人、あと国家公務員でもこういった現象があると聞くので、少なくとも何かしら背景なり影響を及ぼす要素があるような気がします。
 なんでもいいから仮説を出せというのなら一つ上げるとすると、やはりその世代に対する注目度というものが大きく作用しているような気はします。先程のハンカチ世代だと前後の世代と比べてドラフトの時点で大きく注目されており、取り上げ方も何か違ったのではないでしょうか。それこそ監督やコーチの練習時の見方など。

 単純に言い換えるなら注目される分、評価してもらえるチャンスが多いのではということです。また注目されることでその年代自体も意識するようになり発奮していた可能性もあります。
 では現代の若者が「ゆとり世代」とされることはどんな意味になるのでしょうか。言ってしまえば何か失敗すれば「ゆとりだから」と言われて、成功をおさめたとしても「ゆとりなのに珍しい」となって、「さすが松坂世代」とは言われ辛いのではないかと思います。ここら辺は社会学で言うところの「予言の自己成就」ですが、無駄なレッテル貼りはよした方がいいんじゃないかというのが今日の私の意見です。

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