先ほど冷凍たこ焼き好きの友人から、以下のサイトを紹介されました。
・「二人はノンタン」(備忘録)
上記サイトは個人ブログでリンク先の記事には日本人なら多分誰でも知ってる絵本の「ノンタン」の作者について書いているのですが、自分もこの記事で初めて知りましたがノンタンは当初、夫婦二人の合作で製作されていたそうです。ただ愛があるからこそ別れもあるというべきか、ノンタンの生みの親である父親と母親は離婚をして、しかもその後でノンタンの著作権を巡って裁判にまで発展しております。
裁判自体は係争中に夫であった大友康匠が逝去されたこともあってか妻であったキヨノサチコ氏が勝利し、現在もノンタンはキヨノ氏が原作者と名義されております。
この泥沼のような裁判だけでも一考に値するのですがそれ以上に面白いのは、夫婦で合作していた頃もノンタンの製作を巡って激しく対立していたという点です。そのあたりの下りが上記リンク先に詳しく書いているのですが、ノンタンの動作一つとっては「ノンタンはこんなことしない!」、「いいや、お前はわかっていない!」などと激しく言い争っていたようで、こうした制作関係者のいろんな意味での努力もあってか立派な作品は作られていたのだなとなんか妙に納得させられました。
なおリンク先の執筆者によると、キヨノ氏が単独で製作するようになってからはやはりそれ以前とは少し趣が変わっているようで、具体的には背景がやや薄っぺらくなったのと、ストーリーにややまとまりがなくなっていると指摘した上で、「天真爛漫で天才肌のキヨノ氏にブレーキかけていい作品に仕上げていたのが大友氏では」というような推論を立てています。やっぱアクセルとブレーキは両立しないとね。
それとこのノンタンの話を読んで、私が以前に書いた「作品に宿る『負のオーラ』」という記事を思い出しました。私はこの記事で焦りとか不安とか殺意といった負の感情があると芸術というのは案外その輝きを増すと主張しましたが、このノンタンについても夫婦間のドロドロした対立があったからこそいい作品になっていったのではないか、なーんて考えちゃいます。
でもそう考えると、芸術家や芸能人が華やかな活動を続ける一方でプライベートでは仮面夫婦であったりするケースというのは案外必然なような気もしないでもありません。森鴎外なんてある意味その典型ですが、彼の場合は「ヰタ・セクスアリス」でそれを小説のネタにまでしてしまうあたりは凡人じゃないでしょう。
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