今回の選挙戦の大敗北を受けて混乱続く自民党ですが、明日鳩山民主党代表が臨時国会にて総理大臣就任をする直前に至り、今日になってようやく次の自民党総裁選挙に名乗りを上げる人物が出始めてきました。
口火を切る形で名乗りを真っ先に挙げたのがこの記事の題になっている谷垣貞一氏で、これに続く形で河野太郎氏、小野寺五典氏も本日になって総裁選への意欲をマスコミに発表しました。また記者からの出馬についての質問に対し、「そういった話は総理大臣氏名が終わってからです」と、石破茂氏は曖昧な態度を取っていますが、こんな発言をわざわざするのだから多分出るのではないかと私は見ています。
とはいえ現時点で最有力候補とくれば、やはり谷垣氏ということになります。谷垣氏は自民党内で古賀派に属しており、今日意欲を示した小野寺氏も同じく古賀派のために同派閥内で小野寺氏が出馬するのに必要な推薦人20人を集めるのは難しい上に、派閥会長である古賀誠は今日の小野寺氏の出馬意欲発言に激怒したとまで報道されております。
そんな最有力候補の谷垣氏ですが、実を言うと麻生総裁が辞任すると表明したときからこいつにだけは次期総裁になってもらいたくないと私が真っ先に思っていた人物でした。
何故私が谷垣氏をそこまで評価していないかというと理由はいくつかあり、まずこれまでの経歴が気に入りません。
なんでもこの人、一応東大を出ていますが卒業するまで八年かかっており、なおかつ卒業後にはすぐ定職につかずに確か七年くらい勉強して司法試験に合格しています。司法試験に合格したのは確かに評価できますが、いくらなんでもそんなちゃらんぽらんに生きてきた上に世襲議員と来ればちょっと私はこの人の人物を疑います。
次に谷垣氏の政治家としての資質です。
確かに早くから要職を歴任して小泉政権下では財務大臣という重職まで努めているのですが、当時から注意深く観察していましたがどうもその財務大臣時代にこれという仕事を谷垣氏がなした形跡が全く見られません。当時の金融、経済関係の問題処理はほとんど竹中氏がやっていたので無理もありませんが、それでも当時から現在に至るまで谷垣氏からこれという政策提言や未来のビジョンを聞いたことがありません。
小泉元首相辞任後の総裁選においては型通りのことしか言わなかったし、また当時に文芸春秋が行った総裁候補へのインタビューには文春に書かれた自身のスキャンダルへの意趣返しとばかりに応じませんでした。まぁ、気持ちは分からないわけでもありませんが。
そして極め付けが、麻生総裁との過去の密談の暴露です。
確か安倍元首相が辞任した前後だったと思いますが、ある日谷垣氏が記者団を前にして自ら話を切り出し、
「麻生がこの前、次の総理大臣は俺とお前の交代にしよう。先に俺にやらせてくれよと私に言ってきた」
と、まぁ実際に麻生総裁なら言いかねないこの発言をいきなり暴露していました。発言内容が内容なので別にそれほど気にすることでもないのですが、谷垣氏は失言こそ少ないもののこの例のように突然妙なことを言い出すところがあるので、資質もあれだから野党とはいえ自民総裁にはなっちゃ駄目だろうと早くから私は思っていました。
じゃあ誰がなったらいいのかといえば、谷垣氏を擁立する派閥が古賀派だというのなら、派閥会長の古賀が選挙前に東国原宮崎県知事を口説きに行って混乱を招いたのだから、向こうもその気だし、擁立するのならいっそそっちでも擁立したらどうなのかとやや皮肉っぽく思います。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2009年9月15日火曜日
中国語検定について
すでに何度もこのブログで書いているように、私もいっぱしの中国語使いで今でも向こうの新聞を辞書なしで読むことも出来れば中国人と日常会話をすることが出来ます。とはいえ仮に私が中国語の新聞を取り出して音読みをしたところで中国語を知らない人からすると、それが本当に正しい中国語なのか、本当に私が中国語を理解しているのかはまず分からないでしょう。ではどうすれば私が中国語を使えるのかと他人に証明できるのかといえば、やはり力を発揮するのは外部の検定などによって得られる資格です。
中国語の資格とくればちゃんと分かっている人はHSKこと、「漢語水平考試」という試験の資格を真っ先に思い浮かべるでしょう。このHSKというのは中国政府が国内の北京語を母語としない少数民族らの大学入学資格を測るために作られた試験なのですが、現在では主に外国人らが自分たちの中国語の技量を測るために受験しております。
試験概要を簡単に説明すると、このHSKには「初、中級」と「高級」の二種類のテストがあり、それぞれのテスト成績内で何級かを測定されます。なおそうして得られた成績の証明には有効期限があり、確か一年間だけだったと思いますが、私の場合はすでに三年前の成績ですが「初、中級」の七級資格をかつて得ました。
しかしこのHSKですが、お世辞にも日本国内で知られている試験ではありません。実際私も履歴書に書く傍から「何これ?」と聞かれまくり、一社の担当者だけが知っていてそこだけは話が早く済みました。では日本、というよりも日本企業の人材担当者が中国語使いを見る上で何を重視するかといったら、今回の題にある中国語検定です。結論から申しますが、私は逆にこの中国語検定を初めから信用しておらず、こんなもので中国語のレベルを測ること自体が大きな間違いだと思います。
いきなりこう全否定しておきながら言うのもなんですが、私も一応は外面を保つためにこの中国語検定の三級は取得しております。「一年間も北京に留学していたのだから、三級といわずに一級とかをなんで取らないの?」、ということをたまに友人に聞かれますが、何故私が三級以上の試験を受けなかったのかというとこの検定に受ける価値がないと判断したからです。
留学から帰国直後、当時の私もまだ中国語をしっかり覚えている状態で可能な限りこの中国語検定で高い級を取っておこうと考え、三級とは言わず二級か準一級を受験しようとしたのですが、書店で販売されている公式テキストを見てそうした考えが一挙に吹っ飛んでしまいました。
まず何に驚いたかというと、二級の試験問題に使われている中国語表現のほとんどが全く見たことも聞いたこともないような代物ばかりだったからです。はっきり言って古文や漢文のような、ネイティブの中国人に聞いてもまず知らないであろう訳の分からない四字熟語や一般的には全く使われない単語が羅列してあり、多分覚えても役に立たないであろう問題内容ばかりでした。仮にも私は一年間北京にいましたが、普通に受験してもきっとこの二級の試験には今でも合格できないでしょう。
そんな役にも立たない中国語知識を得るために勉強時間を作るのも馬鹿馬鹿しかったので、何も勉強しないでもまず受かるであろう三級に受験試験をシフトしたというわけなのですが、試験前に一応ざらっと問題集を解いているとここでもまたいろいろ驚かされることになりました。
ちょっと専門的な話になりますが、中国語では「状態補語」といって比較表現と組み合わせてその程度を表す表現があり、使い方はというとこんな具合で使います。
・名詞(A)+比+名詞(B)+動詞+得+副詞
この形で、「AはBよりずっと~だ」みたいな表現が出来、ちょっといくつか例示すると、
・北京冬天比東京冬天冷得多。(北京の冬は東京の冬よりずっと寒い)
という風に使ったりします。
ここで問題なのは「得」という漢字の後に来る副詞です。普通この表現を使うときは「ずっと~」と言うことが多いので最もポピュラーなのは「多」という漢字なのですが、中国語検定三級のテキストでは何故かそのような場面には「很」という漢字を使うことになっており、先ほどの表現を使うと、
・北京冬天比東京冬天冷得很。
というように、実際に三級のテキスト問題でもこのように選ばないと間違いになる問題が盛り込まれていました。
しかし、はっきり言って私はこんな中国語を一度たりとも北京で聞いたことはありません。それどころか北京語言大学の授業でこの単元を学んでいる最中に先生から、「この表現では絶対に”得”という字の後に”很”を使ってはいけませんよ」という注意まで受けています。
こんな具合でこれ以外にもいくつか疑問と思える表現が中国語検定では見受けられ、こんな試験に意味があるのかと思いつつ本試験に臨んだら案の定選択問題でこの表現が出てきたので、中学生くらいの自分だったら、「いいや、お前が間違っている!」とばかりに「該当なし」と回答したでしょうが、私も大分こなれて来ていたので「很」を選んで見事合格したわけです。
調べてみるとこの中国語検定を実施しているのは「日本中国語検定協会」というところだそうですが、前の漢字検定もいろいろと問題があり、試験内容についても上級の試験はただ難しい漢字の羅列だけで何の教養にもなっていないと批判されていましたが、なんだか私はこの中国語検定にも同じにおいを感じます。
最後に各企業で人事担当をしている人に伝えたいのですが、こうした資格とかで相手を値踏みするのが如何に簡単だからといって安易にそれを鵜呑みするべきではないでしょう。本気でいい人材かそうでない人材かを見極めたいのなら、もっと時間を掛けて個別に面接とかを実行するべきじゃないかと、今年の就職活動で苦しんだという後輩らの意見を聞いていてよく思います。
中国語の資格とくればちゃんと分かっている人はHSKこと、「漢語水平考試」という試験の資格を真っ先に思い浮かべるでしょう。このHSKというのは中国政府が国内の北京語を母語としない少数民族らの大学入学資格を測るために作られた試験なのですが、現在では主に外国人らが自分たちの中国語の技量を測るために受験しております。
試験概要を簡単に説明すると、このHSKには「初、中級」と「高級」の二種類のテストがあり、それぞれのテスト成績内で何級かを測定されます。なおそうして得られた成績の証明には有効期限があり、確か一年間だけだったと思いますが、私の場合はすでに三年前の成績ですが「初、中級」の七級資格をかつて得ました。
しかしこのHSKですが、お世辞にも日本国内で知られている試験ではありません。実際私も履歴書に書く傍から「何これ?」と聞かれまくり、一社の担当者だけが知っていてそこだけは話が早く済みました。では日本、というよりも日本企業の人材担当者が中国語使いを見る上で何を重視するかといったら、今回の題にある中国語検定です。結論から申しますが、私は逆にこの中国語検定を初めから信用しておらず、こんなもので中国語のレベルを測ること自体が大きな間違いだと思います。
いきなりこう全否定しておきながら言うのもなんですが、私も一応は外面を保つためにこの中国語検定の三級は取得しております。「一年間も北京に留学していたのだから、三級といわずに一級とかをなんで取らないの?」、ということをたまに友人に聞かれますが、何故私が三級以上の試験を受けなかったのかというとこの検定に受ける価値がないと判断したからです。
留学から帰国直後、当時の私もまだ中国語をしっかり覚えている状態で可能な限りこの中国語検定で高い級を取っておこうと考え、三級とは言わず二級か準一級を受験しようとしたのですが、書店で販売されている公式テキストを見てそうした考えが一挙に吹っ飛んでしまいました。
まず何に驚いたかというと、二級の試験問題に使われている中国語表現のほとんどが全く見たことも聞いたこともないような代物ばかりだったからです。はっきり言って古文や漢文のような、ネイティブの中国人に聞いてもまず知らないであろう訳の分からない四字熟語や一般的には全く使われない単語が羅列してあり、多分覚えても役に立たないであろう問題内容ばかりでした。仮にも私は一年間北京にいましたが、普通に受験してもきっとこの二級の試験には今でも合格できないでしょう。
そんな役にも立たない中国語知識を得るために勉強時間を作るのも馬鹿馬鹿しかったので、何も勉強しないでもまず受かるであろう三級に受験試験をシフトしたというわけなのですが、試験前に一応ざらっと問題集を解いているとここでもまたいろいろ驚かされることになりました。
ちょっと専門的な話になりますが、中国語では「状態補語」といって比較表現と組み合わせてその程度を表す表現があり、使い方はというとこんな具合で使います。
・名詞(A)+比+名詞(B)+動詞+得+副詞
この形で、「AはBよりずっと~だ」みたいな表現が出来、ちょっといくつか例示すると、
・北京冬天比東京冬天冷得多。(北京の冬は東京の冬よりずっと寒い)
という風に使ったりします。
ここで問題なのは「得」という漢字の後に来る副詞です。普通この表現を使うときは「ずっと~」と言うことが多いので最もポピュラーなのは「多」という漢字なのですが、中国語検定三級のテキストでは何故かそのような場面には「很」という漢字を使うことになっており、先ほどの表現を使うと、
・北京冬天比東京冬天冷得很。
というように、実際に三級のテキスト問題でもこのように選ばないと間違いになる問題が盛り込まれていました。
しかし、はっきり言って私はこんな中国語を一度たりとも北京で聞いたことはありません。それどころか北京語言大学の授業でこの単元を学んでいる最中に先生から、「この表現では絶対に”得”という字の後に”很”を使ってはいけませんよ」という注意まで受けています。
こんな具合でこれ以外にもいくつか疑問と思える表現が中国語検定では見受けられ、こんな試験に意味があるのかと思いつつ本試験に臨んだら案の定選択問題でこの表現が出てきたので、中学生くらいの自分だったら、「いいや、お前が間違っている!」とばかりに「該当なし」と回答したでしょうが、私も大分こなれて来ていたので「很」を選んで見事合格したわけです。
調べてみるとこの中国語検定を実施しているのは「日本中国語検定協会」というところだそうですが、前の漢字検定もいろいろと問題があり、試験内容についても上級の試験はただ難しい漢字の羅列だけで何の教養にもなっていないと批判されていましたが、なんだか私はこの中国語検定にも同じにおいを感じます。
最後に各企業で人事担当をしている人に伝えたいのですが、こうした資格とかで相手を値踏みするのが如何に簡単だからといって安易にそれを鵜呑みするべきではないでしょう。本気でいい人材かそうでない人材かを見極めたいのなら、もっと時間を掛けて個別に面接とかを実行するべきじゃないかと、今年の就職活動で苦しんだという後輩らの意見を聞いていてよく思います。
2009年9月14日月曜日
北京留学記~コラム1、面白い漢字の中国語
ちょっと今回は話を横道にそらし、私が留学中に「えっ?」と思ったいくつかの中国語を紹介します。
中国と日本は言うまでもなく同じ漢字を用いる漢字文化圏の国同士で、「双方」とか「努力」などお互いに同じ意味と理解することのできる言葉を共有しているのですが、中には日本語と中国語の意味が全く変わってしまう言葉も少なくありません。また外来語をカタカナで表す日本語に対してあくまで中国語は漢字の直球一筋なため、それこそ日本人からすれば「ちょっと、無理な当て字なんじゃないの?(゚Д゚;」と思わせられる表現も数多くあります。
そんな前置きを踏まえた上で、早速ご覧下さい。
・聖誕老人=サンタクロース
私のルームメイトも言っていましたが、キリストとサンタは本来関係ないはずなのですが一緒に言葉にされてしまってます。
・情人節=バレンタインデー
日本人も中国人もバレンタインデーに小売業者によって踊らされているのは一緒ですが、この記念日の由来となったキリスト教の「聖者バレンタイン」の名前くらいは忘れずに入れといてあげなよと思いました。
・露骨的色情電影=ハードコアポルノ
辞書をめくっていたらある日突然発見しました。これに限るわけじゃありませんが、中国語だと日本人からすれば表現が非常に露骨に感じてしまいます。
・口袋怪物=ポケットモンスター
なんとなく意味はわかりますが、少し違う気がした表現です。
・楽天=ロッテ
中国のスーパーでは日本同様にロッテのお菓子が売っているのですが、面白い事にロッテの中国語におけるブランド名は「楽天」になっています。なお発音は「ルーティエン」といいまして、面白いから当時に放映していた「トリビアの泉」にこの事実を投稿したものの採用されることはありませんでした。
・活力門=ライブドア
私の留学中に「ホリエモン逮捕事件」が起きて当時の新聞に何度もこの表現が載りましたが、意訳的にも発音的にもなかなか見事な表現です。なお発音は「フゥオリィーメン」というような感じです。
・ホンロンロン=雷の擬音、日本の「ゴロゴロゴロッ」
これを教科書で見たとき、中国人の耳は何かがおかしいのではないかと思いました。
・卡拉OK=カラオケ
いろんな意味でかなり無理があると感じる表現です。なんでこんな風になったのか私の勝手な予想を書くと、実は北京語には短母音である「オ」、「オー」に相当する発音の漢字がほぼ全くなく、日本語における「オ」という発音をする際には「ァオ」というような発音をしています。この前の北京オリンピックも中国語のアルファベットで書くと、「Ao Ling Pⅰ Ke」という風になり、窮余の策とばかりにカラオケはこんな表現になったと思います。
・冷血動物=爬虫類
変温動物だからこんな表現にしたんだろうけど、最初見たときは何かの小説の題かと思いました。
・勉強=強制する
言われてみると、漢字の意味的にはこっちの方がしっくりきます。日本人は中国語のこの意味をわかってて「勉強」という表現を使っているのではないかと感心させられた表現です。ちなみに、中国語で日本語の「勉強」の意味を持つ表現は「学習」だけです。
・手紙=トイレットペーパー
日本語と中国語で意味が変わってしまう漢字の代表格です。
このようにいろいろあって非常に面白く、特に外来語は意味から漢字をつけるか、音から漢字をつけるかで大きく表現が変わってくるので海外ブランド名などはなかなかに必見です。
そういった海外ブランド名のうち、中でも女子留学生陣に人気だったのは以下の二つのブランドです。左側が中国語の発音で、右側が日本語でのブランド名です。
・クーツー=グッチ
・ルゥウェイタン=ルイ・ヴィトン
あまり日本も人のこと言えませんが、恐らくこの発音だと現地の人は理解してくれないでしょう。それにしても、どうしてヴィトンが「ルゥウェイタン」になったのか非常に気になります(;゚ Д゚)。
中国と日本は言うまでもなく同じ漢字を用いる漢字文化圏の国同士で、「双方」とか「努力」などお互いに同じ意味と理解することのできる言葉を共有しているのですが、中には日本語と中国語の意味が全く変わってしまう言葉も少なくありません。また外来語をカタカナで表す日本語に対してあくまで中国語は漢字の直球一筋なため、それこそ日本人からすれば「ちょっと、無理な当て字なんじゃないの?(゚Д゚;」と思わせられる表現も数多くあります。
そんな前置きを踏まえた上で、早速ご覧下さい。
・聖誕老人=サンタクロース
私のルームメイトも言っていましたが、キリストとサンタは本来関係ないはずなのですが一緒に言葉にされてしまってます。
・情人節=バレンタインデー
日本人も中国人もバレンタインデーに小売業者によって踊らされているのは一緒ですが、この記念日の由来となったキリスト教の「聖者バレンタイン」の名前くらいは忘れずに入れといてあげなよと思いました。
・露骨的色情電影=ハードコアポルノ
辞書をめくっていたらある日突然発見しました。これに限るわけじゃありませんが、中国語だと日本人からすれば表現が非常に露骨に感じてしまいます。
・口袋怪物=ポケットモンスター
なんとなく意味はわかりますが、少し違う気がした表現です。
・楽天=ロッテ
中国のスーパーでは日本同様にロッテのお菓子が売っているのですが、面白い事にロッテの中国語におけるブランド名は「楽天」になっています。なお発音は「ルーティエン」といいまして、面白いから当時に放映していた「トリビアの泉」にこの事実を投稿したものの採用されることはありませんでした。
・活力門=ライブドア
私の留学中に「ホリエモン逮捕事件」が起きて当時の新聞に何度もこの表現が載りましたが、意訳的にも発音的にもなかなか見事な表現です。なお発音は「フゥオリィーメン」というような感じです。
・ホンロンロン=雷の擬音、日本の「ゴロゴロゴロッ」
これを教科書で見たとき、中国人の耳は何かがおかしいのではないかと思いました。
・卡拉OK=カラオケ
いろんな意味でかなり無理があると感じる表現です。なんでこんな風になったのか私の勝手な予想を書くと、実は北京語には短母音である「オ」、「オー」に相当する発音の漢字がほぼ全くなく、日本語における「オ」という発音をする際には「ァオ」というような発音をしています。この前の北京オリンピックも中国語のアルファベットで書くと、「Ao Ling Pⅰ Ke」という風になり、窮余の策とばかりにカラオケはこんな表現になったと思います。
・冷血動物=爬虫類
変温動物だからこんな表現にしたんだろうけど、最初見たときは何かの小説の題かと思いました。
・勉強=強制する
言われてみると、漢字の意味的にはこっちの方がしっくりきます。日本人は中国語のこの意味をわかってて「勉強」という表現を使っているのではないかと感心させられた表現です。ちなみに、中国語で日本語の「勉強」の意味を持つ表現は「学習」だけです。
・手紙=トイレットペーパー
日本語と中国語で意味が変わってしまう漢字の代表格です。
このようにいろいろあって非常に面白く、特に外来語は意味から漢字をつけるか、音から漢字をつけるかで大きく表現が変わってくるので海外ブランド名などはなかなかに必見です。
そういった海外ブランド名のうち、中でも女子留学生陣に人気だったのは以下の二つのブランドです。左側が中国語の発音で、右側が日本語でのブランド名です。
・クーツー=グッチ
・ルゥウェイタン=ルイ・ヴィトン
あまり日本も人のこと言えませんが、恐らくこの発音だと現地の人は理解してくれないでしょう。それにしても、どうしてヴィトンが「ルゥウェイタン」になったのか非常に気になります(;゚ Д゚)。
北京留学記~その十一、留学中の生活習慣
現在の生活でもそうですが、生活にメリハリをつけるために私は平日でもある程度決められた習慣を留学中にも設けて実行していました。留学中に自らに課した習慣の中で一番代表的なのは二日ごとのランニングで、どんなに寒かろうと暑かろうと、二日に一度は大学構内にあるグラウンドでランニングを行い、ランニング後の夕食を食べた後にこれまた習慣にしていたシャワーを浴びていました。
もしかしたらこんなことを書くと少し汚いと思われるかもしれませんが、私は留学中、二日に一回のペースでシャワーを浴びていました。北京はもともと乾燥気候なためそれほど汗もかかなず、現地の中国人学生には一週間に一回しか浴びないという人もいると聞いており、郷に入らば郷に従えとばかりにシャワーを毎日入ることをまず真っ先に止めました。すると不思議なもので、大体留学してから三ヶ月もするとその二日に一回のシャワーすら面倒に思うようになってきたので、汗をかいたら必ず入るようにと敢えてランニングと日程を合わせました。なお、日本に帰ってきてからはちゃんと毎日風呂に入っていますよ。
もしかしたらこんなことを書くと少し汚いと思われるかもしれませんが、私は留学中、二日に一回のペースでシャワーを浴びていました。北京はもともと乾燥気候なためそれほど汗もかかなず、現地の中国人学生には一週間に一回しか浴びないという人もいると聞いており、郷に入らば郷に従えとばかりにシャワーを毎日入ることをまず真っ先に止めました。すると不思議なもので、大体留学してから三ヶ月もするとその二日に一回のシャワーすら面倒に思うようになってきたので、汗をかいたら必ず入るようにと敢えてランニングと日程を合わせました。なお、日本に帰ってきてからはちゃんと毎日風呂に入っていますよ。
2009年9月13日日曜日
竹中平蔵氏の再登板の是非
去年のリーマンショック以降から不振が続く米国金融業会にもかかわらず、業界最大手のゴールドマンサックスは去年でこそ赤字を計上したものの、今年は現在まで黒字続きで早くも経営陣へのボーナスが大きな目玉となっております。
この報道を受けて私は、いくらゴールドマンサックスとはいえ果たしてこれほど短期で経営を回復させられるのかと文字通りいぶかしんだのですが、案の定というか今月の文芸春秋に掲載された、神谷秀樹氏による「ウォール街、強欲資本主義は死なず」という題の記事を読んでようやく合点がつきました。
この記事によると、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーは一部破綻した米国金融機関の債務整理などを米国政府から請負い、総額で数十億ドル以上の手数料が税金から支払われることとなっていたそうです。いわば政府が彼ら金融機関に対して直接現金を振り込むことで彼らを救済していたというだけで、実態的には経営の改善はまだ未知数だったということです。
またこの債務整理を依頼したときの政府の財務長官はハンク・ポールソンという人物で、何を隠そうこの人物は元ゴールドマンサックスの会長職にあった人物で、今回の救済も身内による決定だったそうです。
それにしても今回の不況を見るにつけ、私は改めて日本の経済は一流も一流だったと思わせられました。というのも今回アメリカで起きたリーマンショックを日本ではなんと91年のバブル崩壊時に起こしており、時代的に言えば20年近くもこの形の不況を先取りしています。日本は制度など様々な点でアメリカに10年遅れていると言われていますが、経済で言えば成長からその転落の過程を比べるにつけ随分と先を走っているように思えます。
実際にこの点についてはアメリカの経済学者らも認めており、失われた十年の間に、「とっとと不良債権を処理すればいいだけの話を、何を日本はもたもたしてるんだ!」とあからさまに批判していたポール・クルーグマンも今回のリーマンショック後は、「不良債権を処理することがこんなにも大変だとは思わなかった。今まで日本の政策を散々批判してたけど、俺ゃ間違ってたよ……」と、素直に自らの非を認めています。
この不良債権処理についての解説は敢えてここではしませんが、クルーグマンの言うとおりに確かに不良債権を処理することが不況から脱する最適の手段だと分かっていながらも、その過程で大量の失業者や社会混乱を生み出す恐れがあるために政策実行者はなかなか一歩を踏み出せないそうです。そんな舵取りが非常に難しい不良債権の処理ですが、「失われた十年」末期の日本において十年はかかると言われたその処理を、たったの二年半で目処を付けてしまった人物がいます。何を隠そう、元総務大臣の竹中平蔵氏です。
彼の行った実績や政策については私が以前に執筆した、「竹中平蔵の功罪~陽編、陰編」にて詳しく記しております。なお最近、この二つの記事への検索ワードが非常に急上昇していて不思議がっています。
はっきり言って、彼が処理した不良債権の量は常識からすればありえない量です。それだけ処理できるほど冷酷と言うべきか、任務に忠実になりきれるというべきか、その政策手腕は他の規制緩和を考慮しなければ一級ものと呼んでいいでしょう。
それだけ政策の裏の裏まで知り尽くし、なおかつ実行までしてしまう実力者となると私は目下のところ竹中氏を越える経済畑の人材はいないと見ております。もちろん今と前とでは状況も違うことから、竹中氏が今出てきたところで何の役にも立たないことも有り得ますが、一切税金をばら撒くことなく景気を浮上させた竹中氏なら今どんな政策を取るのか、個人的に非常に気になります。
また格差を広げたとして竹中政策への批判の槍玉に一番上がってくる人材派遣法についても、時代は変わるもんで下記のようなニュースが書かれる時代となりました。
・トヨタ、期間工の採用再開=1年4カ月ぶり(時事ドットコム)
これはあくまで私の読んだ印象ですが、このニュースではトヨタが期間工を採用再開したことを好意的に報じているように見えます。仮にそうであれば、かつては差別的労働手法と批判されていた自動車業界における期間工も、今のような時代では歓迎されてしまうようです。
実際にこの期間工に限らず、これまで派遣労働で日銭を稼いでいた人たちからすると現在では派遣の仕事もなくなったために日々の生活に困るような自体になっているそうです。
私自身はあくまで現在の派遣法は問題を多く抱えているとは思うものの、これを今すぐに廃止、改正するというのは非常に危険なのではないかと危惧しています。もし現在のような不況下における緊急手段として用いるのであれば、非常に悩ましいところですが認めざるを得ないところも少なからず私の中にはあります。
そうした諸々の理由を考慮した上で、竹中氏の再登板はどんなものかとこのごろ考えます。少なくとも、バラマキ以外の政策を打ち出す人はいないものかといったところでしょうか。
この報道を受けて私は、いくらゴールドマンサックスとはいえ果たしてこれほど短期で経営を回復させられるのかと文字通りいぶかしんだのですが、案の定というか今月の文芸春秋に掲載された、神谷秀樹氏による「ウォール街、強欲資本主義は死なず」という題の記事を読んでようやく合点がつきました。
この記事によると、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーは一部破綻した米国金融機関の債務整理などを米国政府から請負い、総額で数十億ドル以上の手数料が税金から支払われることとなっていたそうです。いわば政府が彼ら金融機関に対して直接現金を振り込むことで彼らを救済していたというだけで、実態的には経営の改善はまだ未知数だったということです。
またこの債務整理を依頼したときの政府の財務長官はハンク・ポールソンという人物で、何を隠そうこの人物は元ゴールドマンサックスの会長職にあった人物で、今回の救済も身内による決定だったそうです。
それにしても今回の不況を見るにつけ、私は改めて日本の経済は一流も一流だったと思わせられました。というのも今回アメリカで起きたリーマンショックを日本ではなんと91年のバブル崩壊時に起こしており、時代的に言えば20年近くもこの形の不況を先取りしています。日本は制度など様々な点でアメリカに10年遅れていると言われていますが、経済で言えば成長からその転落の過程を比べるにつけ随分と先を走っているように思えます。
実際にこの点についてはアメリカの経済学者らも認めており、失われた十年の間に、「とっとと不良債権を処理すればいいだけの話を、何を日本はもたもたしてるんだ!」とあからさまに批判していたポール・クルーグマンも今回のリーマンショック後は、「不良債権を処理することがこんなにも大変だとは思わなかった。今まで日本の政策を散々批判してたけど、俺ゃ間違ってたよ……」と、素直に自らの非を認めています。
この不良債権処理についての解説は敢えてここではしませんが、クルーグマンの言うとおりに確かに不良債権を処理することが不況から脱する最適の手段だと分かっていながらも、その過程で大量の失業者や社会混乱を生み出す恐れがあるために政策実行者はなかなか一歩を踏み出せないそうです。そんな舵取りが非常に難しい不良債権の処理ですが、「失われた十年」末期の日本において十年はかかると言われたその処理を、たったの二年半で目処を付けてしまった人物がいます。何を隠そう、元総務大臣の竹中平蔵氏です。
彼の行った実績や政策については私が以前に執筆した、「竹中平蔵の功罪~陽編、陰編」にて詳しく記しております。なお最近、この二つの記事への検索ワードが非常に急上昇していて不思議がっています。
はっきり言って、彼が処理した不良債権の量は常識からすればありえない量です。それだけ処理できるほど冷酷と言うべきか、任務に忠実になりきれるというべきか、その政策手腕は他の規制緩和を考慮しなければ一級ものと呼んでいいでしょう。
それだけ政策の裏の裏まで知り尽くし、なおかつ実行までしてしまう実力者となると私は目下のところ竹中氏を越える経済畑の人材はいないと見ております。もちろん今と前とでは状況も違うことから、竹中氏が今出てきたところで何の役にも立たないことも有り得ますが、一切税金をばら撒くことなく景気を浮上させた竹中氏なら今どんな政策を取るのか、個人的に非常に気になります。
また格差を広げたとして竹中政策への批判の槍玉に一番上がってくる人材派遣法についても、時代は変わるもんで下記のようなニュースが書かれる時代となりました。
・トヨタ、期間工の採用再開=1年4カ月ぶり(時事ドットコム)
これはあくまで私の読んだ印象ですが、このニュースではトヨタが期間工を採用再開したことを好意的に報じているように見えます。仮にそうであれば、かつては差別的労働手法と批判されていた自動車業界における期間工も、今のような時代では歓迎されてしまうようです。
実際にこの期間工に限らず、これまで派遣労働で日銭を稼いでいた人たちからすると現在では派遣の仕事もなくなったために日々の生活に困るような自体になっているそうです。
私自身はあくまで現在の派遣法は問題を多く抱えているとは思うものの、これを今すぐに廃止、改正するというのは非常に危険なのではないかと危惧しています。もし現在のような不況下における緊急手段として用いるのであれば、非常に悩ましいところですが認めざるを得ないところも少なからず私の中にはあります。
そうした諸々の理由を考慮した上で、竹中氏の再登板はどんなものかとこのごろ考えます。少なくとも、バラマキ以外の政策を打ち出す人はいないものかといったところでしょうか。
2009年9月12日土曜日
日本古代史の謎
久々に今日はあまり書きたい内容が浮かんでこないので、軽くインストラクション程度に日本古代史の謎をいくつかピックアップします。
まず日本が公の歴史に始めて現れるのは縄文時代です。この時代に奴国の使者が中国に赴き、当時の王朝の後漢から金印を授けられたことが記載されており、実際にその金印も江戸時代に見つかっているのでほぼ確実視していいと思います。
その次の弥生時代にはこちらも同じく中国の今度は三国志でいう魏国に卑弥呼が治めていた邪馬台国が使いを出したことが記載されていますが、この辺りからいろいろと事実関係がややこしくなってきます。
というのもその後の中国は五胡十六国時代といって、漢民族とは別の異民族が華北を制圧して非常に混乱した時代となり、隋の時代が来るまで日本のことが中国の歴史書に書かれなくなったからです。そのため邪馬台国以降の時代については日本が独自に製作した「古事記」と「日本書紀」にしか記述がないのですが、ぶっちゃけた話、この両歴史書は事実面での信頼性では非常に低い資料と言わざるを得ません。
古事記については歴史書というよりは神話文書としてみるべきで、もう一方の日本書紀は奈良時代の天皇政権の支配の正当化を説明するような内容となっているからです。
特にこの古代史において一番謎な時代というのは、推古天皇から天武天皇に至るまでの期間です。
推古天皇というのはわざわざ説明するまでもなく日本初の女性天皇で、先ほど述べた中国が隋の時代に使者を送ったのもこの推古朝です。この時代の主役と来れば聖徳太子と蘇我馬子の両名なのですが、皮肉なことに両者の一族は中大兄皇子こと天智天皇と後の藤原氏の祖となる中臣鎌足の両名による大化の改新の時代にはほとんど係累を絶たれております。蘇我氏は蘇我石川麻呂がまだいたけど。
日本書紀によると、天皇による中央集権体制を蘇我氏が阻んで自らの一族の専横を図ろうとしたため、中大兄皇子らがクーデターを起こして、その後政権を正しく導いたというような説明がなされているのですが、推古朝の蘇我馬子は明らかに天皇による中央集権体制派であり、いくらその子孫だからといってそうまで方針転換が行われるのかはなはだ疑問です。
また蘇我氏が討たれた理由の一つとして、聖徳太子の息子の山背大兄王を馬子の息子の蝦夷と孫の入鹿が殺害したことがあげられていますが、仮にも天皇の一族である聖徳太子の息子を一豪族の蘇我氏が討って何もお咎めがなかったとは俄かには信じられません。
結論を言うと、私以外にもこの説を唱える人もいるそうなのですが、私は推古朝というのは実際にはなく、当時の天皇は蘇我馬子だったのではないかと考えています。その馬子を滅ぼして自らが帝位についたというのが中大兄皇子こと天智天皇で、その後のごたごたをまとめて安定した時代を築いたのがその弟の天武天皇ではないかと見ています。
なにせ資料も何もない時代ですからいくらでも推量することが出来ますが、あれこれ話を立てて考えてみると面白い時代ではあります。
ちなみにこの蘇我氏天皇論を語る上で一番立ち位置が分からなくなるのが、日本史において最大の謎の人物とされる聖徳太子です。確かに冷静に考えるなら聖徳太子はむしろ架空の人物としてみた方がいろいろと話の筋道が通りやすいのですが、世界最古の木造建築物である法隆寺がいまだ現存していることから、やっぱり聖徳太子に当たる人物はいると私は考えております。そこら辺の込み入った話はまた暇なときにでも解説します。
まず日本が公の歴史に始めて現れるのは縄文時代です。この時代に奴国の使者が中国に赴き、当時の王朝の後漢から金印を授けられたことが記載されており、実際にその金印も江戸時代に見つかっているのでほぼ確実視していいと思います。
その次の弥生時代にはこちらも同じく中国の今度は三国志でいう魏国に卑弥呼が治めていた邪馬台国が使いを出したことが記載されていますが、この辺りからいろいろと事実関係がややこしくなってきます。
というのもその後の中国は五胡十六国時代といって、漢民族とは別の異民族が華北を制圧して非常に混乱した時代となり、隋の時代が来るまで日本のことが中国の歴史書に書かれなくなったからです。そのため邪馬台国以降の時代については日本が独自に製作した「古事記」と「日本書紀」にしか記述がないのですが、ぶっちゃけた話、この両歴史書は事実面での信頼性では非常に低い資料と言わざるを得ません。
古事記については歴史書というよりは神話文書としてみるべきで、もう一方の日本書紀は奈良時代の天皇政権の支配の正当化を説明するような内容となっているからです。
特にこの古代史において一番謎な時代というのは、推古天皇から天武天皇に至るまでの期間です。
推古天皇というのはわざわざ説明するまでもなく日本初の女性天皇で、先ほど述べた中国が隋の時代に使者を送ったのもこの推古朝です。この時代の主役と来れば聖徳太子と蘇我馬子の両名なのですが、皮肉なことに両者の一族は中大兄皇子こと天智天皇と後の藤原氏の祖となる中臣鎌足の両名による大化の改新の時代にはほとんど係累を絶たれております。蘇我氏は蘇我石川麻呂がまだいたけど。
日本書紀によると、天皇による中央集権体制を蘇我氏が阻んで自らの一族の専横を図ろうとしたため、中大兄皇子らがクーデターを起こして、その後政権を正しく導いたというような説明がなされているのですが、推古朝の蘇我馬子は明らかに天皇による中央集権体制派であり、いくらその子孫だからといってそうまで方針転換が行われるのかはなはだ疑問です。
また蘇我氏が討たれた理由の一つとして、聖徳太子の息子の山背大兄王を馬子の息子の蝦夷と孫の入鹿が殺害したことがあげられていますが、仮にも天皇の一族である聖徳太子の息子を一豪族の蘇我氏が討って何もお咎めがなかったとは俄かには信じられません。
結論を言うと、私以外にもこの説を唱える人もいるそうなのですが、私は推古朝というのは実際にはなく、当時の天皇は蘇我馬子だったのではないかと考えています。その馬子を滅ぼして自らが帝位についたというのが中大兄皇子こと天智天皇で、その後のごたごたをまとめて安定した時代を築いたのがその弟の天武天皇ではないかと見ています。
なにせ資料も何もない時代ですからいくらでも推量することが出来ますが、あれこれ話を立てて考えてみると面白い時代ではあります。
ちなみにこの蘇我氏天皇論を語る上で一番立ち位置が分からなくなるのが、日本史において最大の謎の人物とされる聖徳太子です。確かに冷静に考えるなら聖徳太子はむしろ架空の人物としてみた方がいろいろと話の筋道が通りやすいのですが、世界最古の木造建築物である法隆寺がいまだ現存していることから、やっぱり聖徳太子に当たる人物はいると私は考えております。そこら辺の込み入った話はまた暇なときにでも解説します。
2009年9月11日金曜日
今シーズン終盤の野球について
前から計画していたものの、実現が延び延びになっていたスポーツ系カテゴリーを今日から導入します。設置が遅れた理由はいくつかあるのですがそれは置いといて、これまでこのブログは社会系の記事が非常に多かったのですが今後は多角化というか、もっといろんな話題についても幅広く書いていき、ブログから発展してネット新聞のようなホームページにしたいと以前から考えていました。もっとも、これまでもカバーしている範囲は十分広かったとは思いますが……。
そんなスポーツカテゴリーの今日の一発目は、現在シーズンも真っ只中のプロ野球についてです。
こういうのもなんですが、今シーズンはなかなかに面白い展開になっている気がします。当初でこそセパ両リーグで現在一位の巨人と日ハムがぶっちぎりの強さを誇っていたものの、セリーグで巨人が強いのはまだ変わりませんが、日ハムは夏以降から徐々に調子を落としていき、先月に一軍選手数名が新型インフルエンザに罹患して出場できなくなったのが響いて現在私が贔屓にしているソフトバンクにじわりじわりとゲーム差を詰め寄られています。
またパリーグはこの一位争いも激しいのですが、それ以上に見ていて面白いのが楽天と西武による三位争いです。楽天が設立以来初のクライマックスシリーズ出場をかけて争っているだけでも盛り上がるのですが、それに対して西武も順位を追い抜かれた後はまるで歩調を合わすかのように、楽天と共にこのところ連勝を続けてきっかり3ゲーム差から離されません。
それにしても楽天は岩隈選手、田中選手の二大エースもさることながら、未だ衰え知らずの山崎武選手に現在首位打者の鉄平選手など野手陣の活躍には毎日目を見張ります。
そんなパリーグに対してセリーグの方はというと、巨人が圧倒的に強くてもうシーズン一位はほぼ確定してはいるのですが、その下の三位争いは現在熾烈を極めています。
シーズン中盤までは上位チームと下位チームの成績の差があまりにもありすぎて、私なんか七月くらいには一位から三位までは巨人、中日、ヤクルトの三チームで決まりだろうと見ていたのですが、意外や意外にここに至ってヤクルトが大失速をして(現在も連敗中(´A`)……)、今日の結果時点で四位阪神とは0.5ゲーム差、五位広島とも1.5ゲーム差にまで詰め寄られております。
このヤクルトの大失速の原因はというと、誰がどう見たって故障者の続出によるものでしょう。中盤まで今年のセーブ王かと私も期待した林昌勇選手も現在一軍に同行しておらず、そのほかの主力選手も大事な終盤に至って離脱するなど悪夢そのものでしょう。もっともこれは阪神にも言える事で、中途入団にもかかわらず打線の中軸を担ってきたブラゼル選手が故障者入りしており、このペースで三位を奪取できるかまだ未知数です。広島に至っては、ルイスのおかげとでも言うべきでしょうか。
私は当初、現在のプレーオフ制度の導入については如何なものかと思っていたのですが、導入してみると今シーズンのように最後までどのチームにも注目することが出来、やっぱり導入して正解だったと考えを改めるに至りました。野球というのはサッカーと違い、点が入るときには一挙に入るもんだから最後まで結果が分かりにくいスポーツと言われますが、それこそが野球の魅力だと言う人もおります。そう考えると、シーズン最後まで結果がわからないこのプレーオフというのはある意味野球ファンには垂涎ものの制度だったかも知れません。
そんなスポーツカテゴリーの今日の一発目は、現在シーズンも真っ只中のプロ野球についてです。
こういうのもなんですが、今シーズンはなかなかに面白い展開になっている気がします。当初でこそセパ両リーグで現在一位の巨人と日ハムがぶっちぎりの強さを誇っていたものの、セリーグで巨人が強いのはまだ変わりませんが、日ハムは夏以降から徐々に調子を落としていき、先月に一軍選手数名が新型インフルエンザに罹患して出場できなくなったのが響いて現在私が贔屓にしているソフトバンクにじわりじわりとゲーム差を詰め寄られています。
またパリーグはこの一位争いも激しいのですが、それ以上に見ていて面白いのが楽天と西武による三位争いです。楽天が設立以来初のクライマックスシリーズ出場をかけて争っているだけでも盛り上がるのですが、それに対して西武も順位を追い抜かれた後はまるで歩調を合わすかのように、楽天と共にこのところ連勝を続けてきっかり3ゲーム差から離されません。
それにしても楽天は岩隈選手、田中選手の二大エースもさることながら、未だ衰え知らずの山崎武選手に現在首位打者の鉄平選手など野手陣の活躍には毎日目を見張ります。
そんなパリーグに対してセリーグの方はというと、巨人が圧倒的に強くてもうシーズン一位はほぼ確定してはいるのですが、その下の三位争いは現在熾烈を極めています。
シーズン中盤までは上位チームと下位チームの成績の差があまりにもありすぎて、私なんか七月くらいには一位から三位までは巨人、中日、ヤクルトの三チームで決まりだろうと見ていたのですが、意外や意外にここに至ってヤクルトが大失速をして(現在も連敗中(´A`)……)、今日の結果時点で四位阪神とは0.5ゲーム差、五位広島とも1.5ゲーム差にまで詰め寄られております。
このヤクルトの大失速の原因はというと、誰がどう見たって故障者の続出によるものでしょう。中盤まで今年のセーブ王かと私も期待した林昌勇選手も現在一軍に同行しておらず、そのほかの主力選手も大事な終盤に至って離脱するなど悪夢そのものでしょう。もっともこれは阪神にも言える事で、中途入団にもかかわらず打線の中軸を担ってきたブラゼル選手が故障者入りしており、このペースで三位を奪取できるかまだ未知数です。広島に至っては、ルイスのおかげとでも言うべきでしょうか。
私は当初、現在のプレーオフ制度の導入については如何なものかと思っていたのですが、導入してみると今シーズンのように最後までどのチームにも注目することが出来、やっぱり導入して正解だったと考えを改めるに至りました。野球というのはサッカーと違い、点が入るときには一挙に入るもんだから最後まで結果が分かりにくいスポーツと言われますが、それこそが野球の魅力だと言う人もおります。そう考えると、シーズン最後まで結果がわからないこのプレーオフというのはある意味野球ファンには垂涎ものの制度だったかも知れません。
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