最近はどうだか知らないけど自分が受験生だった頃は文系だと大体どこも心理学部が一番偏差値が高く、入試難易度も高かったです。その理由というのも「羊たちの沈黙」を始めとしたサイコスリラー系の小説なり映画なりが流行ってこの手のメディアにしょっちゅう心理学が引用されたことから人気が高まっていたからなのですが、正直に言って自分は気に食わなかったので社会学を専攻しました。ちなみに自分の通った大学は心理学科も社会学科も内部生を大量に導入することによって倍率を無理やり引き上げて偏差値をかなり露骨にコントロールしてました。自分の学科も半数が内部生だったしなぁ。
話は本題に入りますが、密かな自分の楽しみとしてウィキペディアの「日本の刑事事件の一覧」をひたすらに眺めまわるというものがあります。 手持無沙汰な時間の暇つぶしとしては最適で日によってはかなり長時間見ることもあるのですが、読んでてこの頃気が付いたこととして犯罪の傾向がなんか変わってきたように思えます。具体的に述べるとちょっと前は無差別の通り魔事件が多かったのに対してここ一、二年はストーカー殺人、またはそれに準ずるような無理心中事件が増えているような気がします。
具体的な事件名までは並び立てませんがこうしたストーカー犯罪の多発は社会ニュースでもこのところよく取り上げられており、どのように警察は対応すべきなのか、法整備を強化するべきかとか、今日もNPOによる被害者の支援を認めるべきだなんてニュースも出ているなど注目が集まっています。そんなストーカー犯罪が何故増えているのかが今日なんか気になり、結論から書くと恋愛のもつれというか執着心で考えたらアウトじゃないのというところに落ち着きました。
まずストーカー犯罪の大前提として一番に言えることは、女性ではなく男性側がほぼ確実に加害者になるということです。女性の付きまといはあるかもしれませんが少なくとも殺人や暴行といったケースに発展するケースは報じられておらず、加害者となるのは男性だと割り切ってもいいでしょう。
では何故男性は、一部とはいえ女性に対してこういうストーカー犯罪を犯すのでしょうか。私が考える一般人の普通の考えからすると、やはり男性の方が女性に対して執着が強くて片思いであったり、別れを切り出されても気持ちの踏ん切りが付けられないからではと考えるんじゃないかと思います。これに対して私の考えですが、執着心が強いからストーカー犯罪を犯すのではなく、むしろプライドというか自尊心の影響の方が大きいのではないかと見ています。
何故執着心より自尊心だと主張するのかというと、ストーカー犯罪ではどれも標的となる女性を無理やりものにするケースよりも直接暴行するケースの方が多いからです。例外なのは「石巻3人殺傷事件」ですがこの事件を除くと大概どれもが標的の女性を殺害、または暴行しており、恋愛対象というのなら拉致して監禁すればいいのではなんて思うにつけなんかギャップがあります。
別に心理学の専門家というわけでもなくあくまで私一個人が勝手にこう思うということを滔々と述べると、昨今のストーカー犯罪は標的の女性を何としてでも得たいということが動機だとは思えず、むしろ自分を相手にしないことで自尊心を傷つけた女性を破滅させたいというような動機で行動しているように見えます。仮にそうだとすれば警察が介入したりすればするほど余計に自尊心が傷つけられもっと攻撃的になるというか……なんていう風に勝手に考えるわけです。
くだらないことを言っているように見えるかもしれませんが、この辺の動機の分析を間違えるとストーカー対策のやり方も全然変わってくるだけに、各関係者にはより注意してもらいたいというのが本音です。それにしても最近はこれはとうならせるほどの殺人事件がめっきり減って、みんなしょうもないことで人殺すななんて思います。そんな自分が「これは!」と思う事件を挙げるとするなら、1993年の「日野OL不倫放火殺人事件」です。
4 件のコメント:
逆に、女性が男性をストーカーすることはあり得ますか?
もちろん女性のストーカーも存在するだろうね。ただ腕力の問題で、男みたいに殺人にまで発展するケースはないと思うよ。
インドでは男性が女性の顔に酸を浴びせる「アシッド・アタック」なる事件が多発しているようです。
これも犯人たちの動機は日本で起こるストーカー犯罪と大差ないように思えます。
コメントありがとうございます。
インドの酸をかけるという犯罪手法は私もこの記事で書いているように、「男性側が自尊心を傷つけられた報復」の系統に属すように思います。特にインドなんか、男性のプライドがものすごい高い社会だと聞きますし。
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