2016年6月13日月曜日

ベスラン学校占拠事件を振り返る

マンダム、日本人男女の腋臭(ワキ臭)の違いを明確化(マンダム)

 また本題と関係ありませんが、今年もイグノーベル賞は日本人がいただきだと思う明るいニュースを見つけたので紹介しておきます。

 それで本題に移り、昨日は上海浦東空港で起きた爆発事件を取り上げましたが、この報道を見たから思い出したわけではなく二ヶ月くらい前に突然「ベスランとはなんだったけ?」とこの単語が気になって事件を思い出したこともあり、爆発があったという点で共通するので今日はこの事件を取り上げます。

ベスラン学校占拠事件(Wikipedia)

 記憶の忘却に対する耐久度で言えば誇張ではなく並ぶ者がない私ですら「ベスラン」という単語が何を意味するのかをこの前まで忘れていたくらいなので、恐らくこの記事を読んでいる方ほぼすべてはこの事件のことを覚えていないのではないかと思います。ではこの事件がどういったものだったのかという、とロシア連邦を構成する北オセチア共和国のベスラン市にある小学校がテロリストに襲撃、占拠され、死亡者が386人以上(うち186人が子供)、負傷者が700人以上に上った事件を指します。

 この事件は2004年9月1日、ちょうど始業式があったことから体育館に生徒らが集められたところ、チェチェン独立派の武装したテロリスト集団32人が乱入してそのまま学校の教師、生徒、関係者の計1181人を人質として体育館に監禁しました。テロリストらは人質が逃げないよう、彼らの周囲をぐるりと囲むように対人地雷を置き、ロシア政府へチェチェンからの撤兵などの要求を行った上でこれを受け入れない場合は人質を殺害していくと発表しました。
 テロリストグループの人質への扱いは劣悪極まりなく、気温が30度を超す猛暑の、しかも蒸し暑さがこもる体育館の中にもかかわらず一切の水分補給やトイレなどを認めず、6歳の女の子が突然起こった事態に泣き出したところ容赦なく射殺されたそうです。こうした扱いはもとより、子供を人質に取ることに対しテロリストグループ内からも抗議を行った人間が二人いたとのことですが、この二人は襲撃当日のうちに粛清されました。

 ロシア政府は仲介役を立てた上で特殊部隊のスぺツナズを出動させいざという事態に備えますが、状況はなかなか進展せず、そのまま二日経ち9月3日を迎えます。この間に一部の赤ん坊と母親26人が解放されましたがその一方で些細なことから殺された人質の死体も幾度か運び出されています。

 事件発生から50時間以上経ち人質の体力も懸念される中、9月3日の昼過ぎに事態は大きく動きます。きっかけは「爆発」があったことでどの情報も一致していますが、一体何が爆発したのか、どうして爆発したのかについては未だ真相がはっきりしていませんが、当時現場にいた人質らの証言を取るならば、どうやら人質を囲んでいた対人地雷の一部が何らかの原因で偶発的に爆発したという可能性が高いと私は見ています。この爆発を受け近くにいた特殊部隊は一斉に体育館へ突入し、テロリストらも応戦する形で銃撃戦が始まります。この際、中にいた人質らは体育館内を逃げまどい、特殊部隊によって無事に救出された方もいましたが大半は銃撃戦に巻き込まれたり、爆発物によって吹っ飛ばされたりし、最終的に体育館は屋根ごと崩落したため隠れていたところ押しつぶされて亡くなった方もいました。幸運にも生還した人質の男の子によると、目の前で上半身と下半身が真っ二つになっていた人もいたとのことで、恐らく我々が想像できる領域をはるかに超えて凄惨な現場になっていたことでしょう。

 最終的にテロリストグループは一人を除いて全員死亡しており、中には体育館から逃げ出そうとしたところ周囲にいた武装した保護者らによって四肢をバラバラにされるほどの虐殺を受けた者もいました。また特殊部隊の隊員も10人が死亡、28人が重傷するという大きな損害を出しています。この時死亡した隊員の中には結婚してまだ三週間だったり、子供を守るためテロリストが投げた手榴弾に覆いかぶさって亡くなったり、銃撃から身を挺して盾になったりと、こういってはなんですがまるでお話の中にしか存在しないと思っていたようなことが現実にあったのかと、何とも表現しにくい複雑な感情を惹起させられます。

 自分が何故このような事件を今頃になって掘り起こすのかというと、昨日米国のバーで銃乱射事件が起こり何十人の方が亡くなり大きく報じられていますが、ほんの10年ちょっと前の出来事であるのに、これほど大きな事件を時間が経つとこうも忘れてしまうのかと自分で感じたからです。またベスランの事件に先立つ2002年には同じくチェチェン独立派によってモスクワ市内の劇場が占拠され人質129人が死亡するモスクワ劇場占拠事件が起こっており、もちろん今でもロシアが治安警備に多大な努力を払っていることは承知ですが、かつてと比べると今のロシアは随分と落ち着いたものだなとも感じたからです。
 その上で、やはりこうした民間人を狙うテロリストは許し難く、どのような形であれその根絶に向け各国市民は努力すべきであると改めて主張したいです。昨日の上海浦東空港の爆発事件のYahooニュースの記事には、「いよいよ始まるのか……」などと、まるで事件が起きたことを喜び期待するかのようなコメントを書いた人がいましたが、どんな理由があれ自分にとってはこのような態度自体が非常に許し難い気持ちを覚えます。どの国だろうがどの民族だろうが、一般市民を対象とした無差別なテロ犯罪は絶対に許容、歓迎してはならず、社会全体で強い認識を持つべきだというのが今日の私の意見です。

<参照サイト>
ベスラン学校人質事件を生き延びたゲオルグ少年 前編後編(なんでも評点)
ベスラン学校占拠事件にて殉職された特殊部隊員(ロシア軍を追い続けて)

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