まず前提として、昭和から平成にかけての日本の内政は基本的に中間層を如何に拡大させるかがすべての肝でした。中間層が拡大することによって生活水準が上がり、税収も増えることもさることながら、社会主義運動の勢いを削ぐことが昭和においては重視されました。また中間層を拡大させる政策は、金持ち優遇とは受け取られず、それでいて大衆の生活水準向上につながる風に見えるため耳聞こえもよく、支持拡大の上でも都合がいいところがありました。
ではそうした中間層拡大政策は具体的に何があったかというと、
・大学入学定員の拡大
・サラリーマン(正社員)向け税務優遇
・児童手当
こうした中間層拡大、優遇政策は昭和の成長期にはプラスに働きましたが、不況が続いた平成中期以降は少なくとも昭和ほどには効果を発揮せず、現代においてはマイナスとまでは言わないにしても支持拡大にはもはやつながらなくなってきていると私は思います。
というのも、少子化対策として子供のいる世帯向けの優遇政策が何本も作られていますが、そもそも各世代の子供のいる世帯自体がかつてと比べ大幅に減少しており、これら優遇の恩恵を受ける世代は明らかに限られています。また以前の記事でも書いたように、現代においては「マイホーム+家族持ち」はもはや上流世帯とみなされるようになっており、こうした子供のいる世帯向けの優遇政策は上流優遇とみられている節すら感じ、実際に子供のいない独身世帯からすれば「俺たちの税金が( ;∀;)」みたいな感情を少なからず持っている気がします。度々話題に上がる独身税への反発なんか特に顕著だし。
真面目な話、官僚や政治家はこうした日本における家族構成や世帯の変化にマジで気づいていないのではないかと思う節があります。彼らとしては普遍的な支援策を打ち出しているつもりながら、実際にはごく一部しか恩恵が得られない偏った政策にもなっている節があり、だからこそ少子化対策は必要とみられつつも、政府の少子化対策政策が支持されない現状になっているように見えます。
同様に、労働者に対する政策もどこかピントがずれてきている気がします。基本的に政府の言う労働者は正社員が対象で、下手すりゃ大企業の正社員に限定されます。しかし現実には今やかつての中間層のような正社員は少数派で、実質的にはそうした層は今や上流に属します。そうした上流層への生活支援策とかやられても中間層が拡大するかと言ったらそんなことはなく、見方によっては上流層をさらに肥えさせているようにも見えるかもしれません。
本気で中間層を拡大しようというのなら、やはり派遣などの非正規社員の支援が必要となるでしょう。近年の政策ではフリーランサーを支援する政策なんかはまさにそうした方向性に適っているし実際に価値ある政策だと私も思うものの、大多数の非正規雇用への支援策は先の103万円の壁こと基礎控除の引き上げ議論で自民党は乗り気じゃなかったなど、現政府はやはりまだ熱心でない気がします。
ただ、政府がこうした非正規雇用への支援策に乗り気でないことについて私は内心深く理解できます。というのも、こうした非正規雇用者層を支援をしたところで一切票につながらないからです。自分も以前に派遣マージン率を調べてたときに痛感しましたが、どれだけその待遇改善を応援しようとしても多くの非正規雇用者自身は政治に関心を持たず、自分たちを応援してくれそうな人たちへ投票で行動を示すことはまずありません。それだったらちゃんと票くれる人を支援しようと政府や政党が考えるのも、無理ないかなと考えています。前のインボイス制度に関しても無駄に騒ぐだけだったし。
そもそも中間層が消失して上流と下流に分断され、政治に関心持たない下流層の浮動票化がますます加速し、妙な陰謀論とか実現性のない政策や主張の扇動を受けやすくなっているのが今の日本政治な気がします。
各政党もこうした浮動票を取り込もうと色々知恵を練っているように見えますが、彼ら自身の中間層信仰がそれを妨げており、特に社民党や共産党などは彼らの支持母体がもはや上流層となっていることに気づかずにちぐはぐな主張を繰り返すからその支持を失っているように見えます。
その一方、上流も層を拡大したことによってかつてと比べると、特に財界で顕著ですが特定の思想や方針に対するこだわりが薄れてきている気がします。それこそ昭和の時代は護憲、対米重視、反共、反米、天皇制などについて政党が主張や方針を変えようものならすぐにもその支持を投げ捨てる団体や企業が数多くいましたが、現代においてはこうした団体はかなり減り、一言で言えばかなりマイルドになってきています。
政党としては綱領に縛られずに以前よりも柔軟に政策や方針を打ち出しやすくなっている一方、いわゆる岩盤固定支持層がなくなり、議席の維持というか票を固めづらくなってきている気がします。逆を言えば、固定支持層を作るだけの綱領を今の政党はあまり作れなくなってきているように見えます。安倍晋三なんかは意識してその辺を作ろうとしたけど結局戦前の天皇制崇拝の焼き直しで、「美しい国」というよくわかんない表現したから結局固まらなかったのが私の見方です。
以上が大体の自分の言いたかったことですが、一番言いたいことを軽くまとめると、中間層が消滅して上流、下流に二極化した結果、双方ともに票の流動化が加速してきているというのが今の日本政治の特徴だと思います。なので10年単位の長期的政策を打ち出しづらいし、打ち出しても票につながらなく、それどころか実現性無視した耳当たりの良いこと言った方があと腐れなく票が取れちゃうから、今後日本政界はさらに流動化が進むかもしれません。
その上で今一番求められているのは、中間層をターゲットにするのではなく、上流にも下流にも「せや、それでええねん(*‘∀‘)」と世代や階層を超えて支持される方針というかビジョンだと思います。池田勇人なんかは所得倍増計画で日本人全体の目標を復興から豊かさへ一気に転換したうえで統合させることに成功しましたが、まさにこう言うビジョンが今欲しい気がします。
なお平成前半は「物質的豊かさはもう極めたから、国際社会での影響力を高めよう」というのが政府方針であったものの、現代においては米国同様、むしろ国際社会のわずらわしさから避けたいのが日本人の本音な気がします。平成中期は「バブル期再来」がビジョンというか願望でしたがこれは実質的に叶うことはなく、国民全体であきらめている状態です。
日本をどんな国にしたいかというのなら、自分としてはマイノリティという自覚が強いのでやはり多様性を重視するマレーシアっぽい寛容な社会が希望です。
選挙の票読みという意味では、昔は業界ごとに投票傾向が決まっていて、それ故に業界団体を抑えれば票を得ることができたわけですが、その繋がりが弱くなって読めなくなっていたんですよね。それを無理矢理票が読める公明党や統一教会の宗教票に頼って延命していたのが自民党なので、そこが弱くなって万事休すの状態。
返信削除同時にアンチ自民票を煽って票を得ていた旧リベラル系も共倒れというのが現状ですね。
打開策はそういう票読み至上主義をやめて国民の多くが求める政策を実行することなんですが、肝心の政治家たちが浮き世離れしすぎて民衆が何を求めているのかわからない状況で、金配るくらいしか思いつくことがないという(コメ不足も使えるかと思ったんでしょうが農協に縁がなくコメ不足の都会と、農協との縁が深くコメに困ってない田舎での事情が違いすぎた)。リベラル系もマスコミを使って論点を誘導して自分達寄りの政策が好まれるようにしていたのが、マスコミの弱体化と掲げる政策のセンスのなさで好機を生かせず。現代の煽り耐性が低い人を釣れそうな話題で票を取ったのが参政党ですね。参政党の手法はかつてほ2chを荒らしたり今のXを炎上させる手法を選挙でやっただけなので、やり方は斬新ですが政策主導とは言えないですね。
地方選挙は党派性の薄い人が勝ってますし、極端な政策よりも現実的な政策が好まれる傾向があるので、政治家が思っているより有権者は賢いし、それに政治家がついていけていないということなのかと思います。かといって政治家になれるハードルを下げると変な人が出てくるだけになりそうなので、妥当な政治家が立候補しやくすくなるシステムが求められるのかなという気がします。
前回の選挙でも組織票という単語を聞くことはほぼなく、この言葉も死語とは言わずともすたれてきている気がしますね。公明党も、信者現象を受けてめっきり衰えてきてますし。
削除おっしゃられている通り現代の日本の政治家は有権者を舐めているというか、政策を打ち出したり説明したりする意欲が低すぎる気がします。国民民主の玉吉なんかはまだこの辺をしっかりやってくれてる方ですが、ちゃんと訴えないから有権者も投票行動に結びつかず、浮動票が広がって、余計に票読みがしづらくなる悪循環が今後も続くでしょう。
一方、消費者の側ももっと緩い連帯というか団体を組み、方針やう要望を出すなどして組織票として存在感を持った方が、もっと政治家も動きやすくなってくれると思っています。真に問題なのは、一般国民が本当に個々人バラバラになって、全体方針が自分たちもわかりにくくなっていることかもしれません。