・カズ、ダンス!感動弾決めた!日本に希望(サンケイスポーツ)
私はもちろん見る事ができませんでしたが、昨日行われた東北大震災被災者へのサッカーの慈善試合でカズこと三浦知良選手の活躍が大きな話題となっています。実に44歳にして未だ現役、そして日本代表相手の大舞台で堂々のゴールを決めるなどさすがはキングカズと、ニュースを読んでいて私も思わずうなりました。
私はどちらかというと野球の方が好きで普段はあまりサッカーを見たりしないのですが、ちょうどJリーグ開幕時に小学生だった私くらいの世代ならカズダンスの物まねしたことがないという男はまずいないでしょう。開幕当時のJリーグはそれはもう勢いが今とは全然違っており、平日でも試合が中継されたりするなど世間の注目度が非常に高かった時代でありました。またスター選手というかいろんな意味で印象に残る選手やパフォーマンスも多く、その中でも際立っていたのはやはりアルシンドの頭とカズダンスでした。
名前は忘れましたが昔にあるスポーツジャーナリストが三浦選手についてこのように書いていた事がありました。なんでもあるインタビューでサッカーをしている子供たちに向けて三浦選手がメッセージを求められた際、「サッカーはいい、サッカーをすればお金が儲かるぞ」と話したことがあり、そのジャーナリストの方は三浦氏はサッカーを金儲けの道具としか考えてないのかと当初は憤慨したそうです。
しかしその後の三浦選手の発言や行動、また直接会ってみて、その方の三浦選手への考え方が徐々に変わって行ったそうです。当時の日本のサッカー界はまだ発展途上で、後進を増やすには直接的にでも魅力を訴えかけるしか当時はなく、そのために三浦選手はあのような内容の発言、ひいては過剰とも見えるパフォーマンスをしていたのではないかと書いていました。
実際に今の三浦選手を見ているとお金に執着する素振りはなく、本当にサッカーをやるためだけに中山雅史選手同様に未だにプロとして現役を維持し続けているのだと思えます。
恐らく彼がいなければ、日本サッカー界は少なからず今とは違った姿であったと思います。あの中田英寿氏ですら、「カズさんについていけばなんでもうまくいった」と言う位で(こういうと中田氏がなんか変な人みたいな感じするけど)、文字通り日本サッカーにおいて三浦選手はキングの名にふさわしく、未だ活躍し続けているその姿には私も尊敬する気持ちがやみません。
あと予断ですが、私の中学時代はオリンピック日本代表が活躍した年でもあり、前園元選手が非常に人気でした。無精ひげを生やしてると「園ってる」というくらいだったし。この人は活躍期間が短かったのが残念です(´・ω・)
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2011年3月30日水曜日
2011年3月29日火曜日
原発事故の東芝への影響
今まで敢えて口にはしませんでしたが、今回の震災による福島県の原発事故が起きてからずーっとあることが気にかかっていました。
「東芝はこれからどうなるんだろう(;゚д゚)ゴクリ…」
・吹き飛んだ将来の飯のタネ 東芝・日立は戦略見直しへ(ダイヤモンド・オンライン)
私が言いたいことは大体上記リンク先の記事にまとめてあるので特に付け加えることはないのですが、簡単に概要を説明すると東芝は先代の西田社長が、「今こそ日の丸半導体復活だ( ゚Д゚)ドルァ!!」と、半導体市場のシェア拡大を狙って大規模な投資を行ったのですが、時をほぼ同じくして世界中で半導体がだぶついて国際価格が急落し、皮肉なことに大規模投資が仇となって東芝は半導体事業で赤字を計上する羽目となってしまいました。この責任を取ってなのかどうかは知りませんがその後西田氏は社長を退き、変わって新しく社長となった佐々木現社長は半導体事業を整理して原発建設事業に注力していく方針を採ったのですが、そうやって方針転換を行っている最中に今回の福島原発の事故が起きたわけです。
もちろん東芝が悪いわけじゃありませんが今回の福島原発の事故を受け国内はもとより世界中で原発忌避の動きが急速に広がっており、今後世界中の原発発注数は震災以前と比べて大きく減少することはほぼ間違いないでしょう。ドイツでも地方選挙で原発反対を掲げる緑の党が躍進したとも聞きますし、永久になくなるわけじゃないですが向こう三年くらいは各地で建設計画が凍結されたりなど大幅な影響を受けることとなるでしょう。引用した記事でも今後の見通しは厳しいという論調で書かれており、見出しにいたっては「吹き飛んだ将来の飯のタネ」とまで言い切ってます。もうすこし優しい言葉でもかけてやれよという気もするのですが。
正直に言って、西田前社長といい佐々木社長には深く同情します。どちらも経営者としての決断が悪かったというより偶発的要因に振り回されたもので、経営者としての資質に問題があったとは私は考えておりません。ただ東芝はHD-DVDでも負けてるし、なんかこのところ出す策すべてが裏目に出ているように見えてきました。もっともまだ経営全体が日立とかよりマシなだけ救われますが。
福島原発の事故が起こった当初からこのようなことを考えていましたが、所詮は素人の浅知恵で誰も話題にしないから杞憂に過ぎなかったかとも思ってましたが、今日になってようやく引用元の記事が出たので安心しました。こういうことならもっと早くに記事を書いとけばよかったのに。
「東芝はこれからどうなるんだろう(;゚д゚)ゴクリ…」
・吹き飛んだ将来の飯のタネ 東芝・日立は戦略見直しへ(ダイヤモンド・オンライン)
私が言いたいことは大体上記リンク先の記事にまとめてあるので特に付け加えることはないのですが、簡単に概要を説明すると東芝は先代の西田社長が、「今こそ日の丸半導体復活だ( ゚Д゚)ドルァ!!」と、半導体市場のシェア拡大を狙って大規模な投資を行ったのですが、時をほぼ同じくして世界中で半導体がだぶついて国際価格が急落し、皮肉なことに大規模投資が仇となって東芝は半導体事業で赤字を計上する羽目となってしまいました。この責任を取ってなのかどうかは知りませんがその後西田氏は社長を退き、変わって新しく社長となった佐々木現社長は半導体事業を整理して原発建設事業に注力していく方針を採ったのですが、そうやって方針転換を行っている最中に今回の福島原発の事故が起きたわけです。
もちろん東芝が悪いわけじゃありませんが今回の福島原発の事故を受け国内はもとより世界中で原発忌避の動きが急速に広がっており、今後世界中の原発発注数は震災以前と比べて大きく減少することはほぼ間違いないでしょう。ドイツでも地方選挙で原発反対を掲げる緑の党が躍進したとも聞きますし、永久になくなるわけじゃないですが向こう三年くらいは各地で建設計画が凍結されたりなど大幅な影響を受けることとなるでしょう。引用した記事でも今後の見通しは厳しいという論調で書かれており、見出しにいたっては「吹き飛んだ将来の飯のタネ」とまで言い切ってます。もうすこし優しい言葉でもかけてやれよという気もするのですが。
正直に言って、西田前社長といい佐々木社長には深く同情します。どちらも経営者としての決断が悪かったというより偶発的要因に振り回されたもので、経営者としての資質に問題があったとは私は考えておりません。ただ東芝はHD-DVDでも負けてるし、なんかこのところ出す策すべてが裏目に出ているように見えてきました。もっともまだ経営全体が日立とかよりマシなだけ救われますが。
福島原発の事故が起こった当初からこのようなことを考えていましたが、所詮は素人の浅知恵で誰も話題にしないから杞憂に過ぎなかったかとも思ってましたが、今日になってようやく引用元の記事が出たので安心しました。こういうことならもっと早くに記事を書いとけばよかったのに。
2011年3月28日月曜日
日本での土曜日の過ごし方
昨日は友人と夜にスカイプで話す予定だったので急ぎでブログを書き終えて大して見直しもせずにアップしましたが、改めて昨日の「日本人の自己裁量権」の記事を読み返すとびっくりするくらい文章の質が悪くて、先ほどちょっと軽い自己嫌悪に陥りました。「~でしょう」が何度も繰り返されてるし……。こんなにも悪くなったのは急ぎで書いたというのが最も大きいでしょうが、それ以外にも実はこのところゆえあってこれまでと全く系統の違う文章をいろいろ書いており、なるべくブログではこれまでの文体を維持していこうとは考えていたものの無意識に影響を受けてたのか、なんていうか締まりの悪い状態が続いております。
なもんだから今日はちょっと勘を取り戻すような、幾分軽めの書きやすい記事でもと思って前に少し準備していた日本での私の土曜日の過ごし方でも紹介しようかと思います。
中国に来てからの私は土曜日ともなると元々寝るのが大好きなため、それこそ平気で十時間以上眠っては少し運動がてらに散歩する程度のだらけた過ごし方をしてますが、日本にいた頃は毎週ではないものの大体二週間に一回のペースで地元の友人と朝八時半くらいに駅前に集合してはよく一緒にファミレスに朝食を食べに行っていました。いい年した男二人でファミレスに行くのもなんですが近頃のファミレスはドリンクバーを筆頭に喫茶店化の一途を辿っており、モーニングのメニューがお手ごろな値段で非常に充実していてデフレ下で働いている店員さんには申し訳ないと思いつつもよく利用しておりました。ただそうやって友人と会う目的は何もファミレスのメニューを制覇するとかそういったものじゃなく、定期的に会ってお互いの状況を伝え合うとともに時事系の話題を取り上げては二人であれこれ議論するというのが主目的でした。
ちょっと偉ぶった言い方になってしまいますが、深い内容を議論し合うためにはその本人が相応の知識や思考力を持っているのは当然ですが、話す相手にも同程度の知識が必要となります。それこそたとえば日本史の知識がどれだけあるといっても、相手が全く日本史を知らないようでは議論のしようがありません。
何も私とその友人の知識や思考力が豊富だと言うつもりはありませんが、時事や経済に対してお互いのレベルがまだ近いということもあって私にとってその友人は議論するにはうってつけの相手でありました。その友人と議論した内容は以前の陽月秘話で何度も記事にしているほど実りあるもので、家が近いもんだから結構な頻度で呼び出しては正午頃まで引っ張って、面倒をかけてたと思います。
ただその友人も満更ではなかったというか、ある日に私に対して、「こういうことを会社で話す相手っている?」と聞いてきたことがありました。その時友人と話していたのは確か福田政権のガソリン税に絡む政策とかだったと思いますが、もちろん会社でこんなことを話す人間はいないので私が首を振ると、「みんながみんなとは言わないが、全く誰もこういう話ができないという(友人の会社の)環境が辛いんだ」と洩らした事がありました。
私としてもこういった政治や経済絡みの話題は根っから好きなだけに話せる相手がいるに越したことはないものの、社内ならともかくプライベートではその友人を始めとしてスカイプ等で話す人間がいるためそれほど苦には感じていなかったのですが、当時の友人はなんか結構真剣に悩んでおりました。
もっとも私も、時々こうしてこのブログで書いているような内容について思考を巡らしたり知識を身につけることについて社会じゃ誰も評価しないのだろうと空しさを覚えることがあります。それこそ暇人が空想に耽っているだけでは、こうしてブログに費やす時間をもっと別の何かに使ったらどうかというように考えることもあります。
しかしその友人を始めとしてごく少数ではありますが、私と同じように小難しい話題を話すのが好きな人間もいれば私の持っている知識を誉めてくれる人間はありがたいことに存在しています。たとえ少数でもそういうような人間がいるのだから、自分はこのままでいいのだしむしろそういう人たちのために奮起せねばとこうしてブログも続けてきておれます。
この頃土曜日を迎える度に、日本だったらああいう話題とか話せるしこういうことを聞いたらどんな風に帰ってくるだろうかと、その友人と議論した日々をよく思い出します。上海だと日本のものはポン酢から柿の種まで何でも買うことができますが、人材だけはどうやっても買うことができません。しょうがないので今フリーな、これまた妙なことにはやけに詳しい別の友人をこっちの大学に留学させることで呼び寄せようかと画策中です。大学時代だったら適当な人間を一から鍛えることもできましたが、こっちじゃそれもなかなかできないしなぁ。
なもんだから今日はちょっと勘を取り戻すような、幾分軽めの書きやすい記事でもと思って前に少し準備していた日本での私の土曜日の過ごし方でも紹介しようかと思います。
中国に来てからの私は土曜日ともなると元々寝るのが大好きなため、それこそ平気で十時間以上眠っては少し運動がてらに散歩する程度のだらけた過ごし方をしてますが、日本にいた頃は毎週ではないものの大体二週間に一回のペースで地元の友人と朝八時半くらいに駅前に集合してはよく一緒にファミレスに朝食を食べに行っていました。いい年した男二人でファミレスに行くのもなんですが近頃のファミレスはドリンクバーを筆頭に喫茶店化の一途を辿っており、モーニングのメニューがお手ごろな値段で非常に充実していてデフレ下で働いている店員さんには申し訳ないと思いつつもよく利用しておりました。ただそうやって友人と会う目的は何もファミレスのメニューを制覇するとかそういったものじゃなく、定期的に会ってお互いの状況を伝え合うとともに時事系の話題を取り上げては二人であれこれ議論するというのが主目的でした。
ちょっと偉ぶった言い方になってしまいますが、深い内容を議論し合うためにはその本人が相応の知識や思考力を持っているのは当然ですが、話す相手にも同程度の知識が必要となります。それこそたとえば日本史の知識がどれだけあるといっても、相手が全く日本史を知らないようでは議論のしようがありません。
何も私とその友人の知識や思考力が豊富だと言うつもりはありませんが、時事や経済に対してお互いのレベルがまだ近いということもあって私にとってその友人は議論するにはうってつけの相手でありました。その友人と議論した内容は以前の陽月秘話で何度も記事にしているほど実りあるもので、家が近いもんだから結構な頻度で呼び出しては正午頃まで引っ張って、面倒をかけてたと思います。
ただその友人も満更ではなかったというか、ある日に私に対して、「こういうことを会社で話す相手っている?」と聞いてきたことがありました。その時友人と話していたのは確か福田政権のガソリン税に絡む政策とかだったと思いますが、もちろん会社でこんなことを話す人間はいないので私が首を振ると、「みんながみんなとは言わないが、全く誰もこういう話ができないという(友人の会社の)環境が辛いんだ」と洩らした事がありました。
私としてもこういった政治や経済絡みの話題は根っから好きなだけに話せる相手がいるに越したことはないものの、社内ならともかくプライベートではその友人を始めとしてスカイプ等で話す人間がいるためそれほど苦には感じていなかったのですが、当時の友人はなんか結構真剣に悩んでおりました。
もっとも私も、時々こうしてこのブログで書いているような内容について思考を巡らしたり知識を身につけることについて社会じゃ誰も評価しないのだろうと空しさを覚えることがあります。それこそ暇人が空想に耽っているだけでは、こうしてブログに費やす時間をもっと別の何かに使ったらどうかというように考えることもあります。
しかしその友人を始めとしてごく少数ではありますが、私と同じように小難しい話題を話すのが好きな人間もいれば私の持っている知識を誉めてくれる人間はありがたいことに存在しています。たとえ少数でもそういうような人間がいるのだから、自分はこのままでいいのだしむしろそういう人たちのために奮起せねばとこうしてブログも続けてきておれます。
この頃土曜日を迎える度に、日本だったらああいう話題とか話せるしこういうことを聞いたらどんな風に帰ってくるだろうかと、その友人と議論した日々をよく思い出します。上海だと日本のものはポン酢から柿の種まで何でも買うことができますが、人材だけはどうやっても買うことができません。しょうがないので今フリーな、これまた妙なことにはやけに詳しい別の友人をこっちの大学に留学させることで呼び寄せようかと画策中です。大学時代だったら適当な人間を一から鍛えることもできましたが、こっちじゃそれもなかなかできないしなぁ。
2011年3月27日日曜日
日本人の自己裁量権
今回の震災後に聞いたニュースですが、なんでも救援物資を積んだ自衛隊のヘリコプターが被災地に到着したものの着陸の安全確認が取れないために空中で待機していたところ、同じく救援物資を積んだ米軍のヘリがやってくるやさっさと着陸したそうです。もちろん無事に着陸し、空中で待機する自衛隊機を横目に救援物資の配布もすぐに始めたそうです。
このニュースのコメント欄を見ていると、こういう緊急時におけるアメリカ人は頼りになる、合理的だ、U・S・A(゚∀゚)!などと賞賛する内容が多かったのですが、その中で私の目を引いたのは、「アメリカと日本では自己裁量権が全然違う」というコメントでした。
以前に読んだどこかの評論で紹介されていたことですが、米軍内の規定というのは「やってはいけないこと」が書かれているのに対し、日本の自衛隊は「やっていいこと」しか書かれていないそうです。たとえば発砲についてもアバウトに書けば米軍では民間人や降伏した兵士に撃ってはならないと書かれているのに対し、自衛隊は相手がこちらを攻撃する意思があるかどうかを確認する、上官の命令や承認を受けている、中央に確認を取ったなどと、規定通りの細かい過程を経た上でなければ発砲できないらしいです。
このような規定の違いについて私は米軍のような規定を「べからず法」、自衛隊のような規定を「べき法」と呼んで分けていますが、言うまでもなく「べき法」の方が規定の強さや厳しさが強く、制限も大きいです。そのため上記のヘリ着陸時の判断においても米軍ではパイロットなどが着陸可能と判断するやすぐに着陸出切るのに対し、自衛隊は恐らく関係各所に確認をする必要があって遅れてしまったのでしょう。
旧軍の暴走の上に二次大戦を起こしてしまったという反省を経た上で発足した自衛隊の歴史を考えれば、このような「べき法」に準拠した組織になるというのはごく自然な成り行きだったでしょう。しかしこのような細かい規定についてイラク派遣時に現場からは自衛隊員自身が危険だとして、一部省略化や改正の必要があるという声がありました。私はこのような自衛隊員の声はもっともで、今回の災害といいこれまでの自衛隊の歴史を考えると、そろそろもう少し自己裁量権というか活動における行動の自由の幅を広げてもいいのではないかと思います。阪神大震災時の救援活動でも自衛隊は様々な制限を受け満足に活動できていないとも聞いていますし、災害救援活動に絞ってでももっと広い活動権限を持たせるべきでしょう。
ここで少し話を広げますが、そもそもの話として日本は多くの組織においても「べき法」が中心となっております。元々の法体系がそうだったというべきか日本人の気質だったのかまではここでは議論しませんが、欧米と比べてどの組織においても自己裁量権が非常に少ないのが日本の特徴だと私は考えています。
「べき法」のいいところはどんな人間だろうと組織だろうとみんなで一緒の歩調をとり合うため、日本経済で言えばJIS規格を始めとした共通の規格を作って従うことで日本ブランド一丸となって世界市場で大きな成功を収めることができました。その一方で個人に対して組織が強くなるところがあって際立った個人的才能が表に出辛く、また全体で責任を忌避する傾向が出てくるため、面倒くさいことや手間がかかる案件については今や日本人お得意の「先送り」が連発されるようになります。ちなみに私も日本人であるゆえか、さっさとすればいいのに今住んでる部屋の契約延長を先送りっぱなしなので来週にはまとめようかと考えてます。
よく日本人は海外と比較して決断力や行動力に乏しいといわれることが多いですが、構造からして個人が決断をする場所が少ないのですからそれもそのはずです。しかも近年はオフィスのIT化が進んでいるので、伝票の入力から書類の書き方までなんでも決められたやり方通りに行う必要が以前より確実に強くなっております。
そういう意味で自分が非常に腹立たしく感じているのは確か四年くらい前の新入社員に対してどっかの人材会社が、「今年の新入社員はマニュアル型で、何に関しても先輩にやり方を教わるよりもマニュアルを求める傾向がある」と言われましたが、聞いてる私の方からすると「当たり前だコラ!」と言いたくなるような言われ方でした。行動の仕方が細かいところまで何から何まで決まっているのだからマニュアルを求めようとするのはごく自然ですし、その上ちょっと行動にオリジナリティをつけようものなら激しくケチつけられるのでは正直やってられません。
元々人の言うことをあまり聞かない性格のせいか私自身もいろいろこの点で苦労をしましたが、ある時に「お前の判断で行動しろ」と言われて手配を進めたら、結果はオーライなのにやり方が違うと激しく怒られたことがありました。まだ若かったせいもありますがこういう時は、「(上司が)やろうとするやり方を推量してその通り実行しろ」と言っているのだとようやく20歳になって気がつきました。
私は何も「べき法」がなんでもかんでもよくないというつもりはありませんし日本人の気質にはあった価値観だとは思いますが、時と場合によってはこれがマイナスに働くこともあるだけに何でもかんでも「べき法」一色にするのではなく、必要なところは「べからず法」にして自己裁量権を強く持たせる場所も必要ではないかと思います。多分日本人には、「この範囲で自由にやっていいよ」と、制限をおいた指示が一番動きやすいと思うので、自衛隊を嚆矢としてこれからこの考えが広まってくれれば私としてはありがたいです。
ちなみに私が自己裁量権を持たせてもらって一番楽しかったのは、ある統計資料を「見やすいように作って」と言われた時です。その時はExcelでやけに力の入った統計資料を作って、そこまでたいしたものではありませんでしたが。自動でデータ別分析ができるようにまで作って誉めてもらったのはいい思い出です。
このニュースのコメント欄を見ていると、こういう緊急時におけるアメリカ人は頼りになる、合理的だ、U・S・A(゚∀゚)!などと賞賛する内容が多かったのですが、その中で私の目を引いたのは、「アメリカと日本では自己裁量権が全然違う」というコメントでした。
以前に読んだどこかの評論で紹介されていたことですが、米軍内の規定というのは「やってはいけないこと」が書かれているのに対し、日本の自衛隊は「やっていいこと」しか書かれていないそうです。たとえば発砲についてもアバウトに書けば米軍では民間人や降伏した兵士に撃ってはならないと書かれているのに対し、自衛隊は相手がこちらを攻撃する意思があるかどうかを確認する、上官の命令や承認を受けている、中央に確認を取ったなどと、規定通りの細かい過程を経た上でなければ発砲できないらしいです。
このような規定の違いについて私は米軍のような規定を「べからず法」、自衛隊のような規定を「べき法」と呼んで分けていますが、言うまでもなく「べき法」の方が規定の強さや厳しさが強く、制限も大きいです。そのため上記のヘリ着陸時の判断においても米軍ではパイロットなどが着陸可能と判断するやすぐに着陸出切るのに対し、自衛隊は恐らく関係各所に確認をする必要があって遅れてしまったのでしょう。
旧軍の暴走の上に二次大戦を起こしてしまったという反省を経た上で発足した自衛隊の歴史を考えれば、このような「べき法」に準拠した組織になるというのはごく自然な成り行きだったでしょう。しかしこのような細かい規定についてイラク派遣時に現場からは自衛隊員自身が危険だとして、一部省略化や改正の必要があるという声がありました。私はこのような自衛隊員の声はもっともで、今回の災害といいこれまでの自衛隊の歴史を考えると、そろそろもう少し自己裁量権というか活動における行動の自由の幅を広げてもいいのではないかと思います。阪神大震災時の救援活動でも自衛隊は様々な制限を受け満足に活動できていないとも聞いていますし、災害救援活動に絞ってでももっと広い活動権限を持たせるべきでしょう。
ここで少し話を広げますが、そもそもの話として日本は多くの組織においても「べき法」が中心となっております。元々の法体系がそうだったというべきか日本人の気質だったのかまではここでは議論しませんが、欧米と比べてどの組織においても自己裁量権が非常に少ないのが日本の特徴だと私は考えています。
「べき法」のいいところはどんな人間だろうと組織だろうとみんなで一緒の歩調をとり合うため、日本経済で言えばJIS規格を始めとした共通の規格を作って従うことで日本ブランド一丸となって世界市場で大きな成功を収めることができました。その一方で個人に対して組織が強くなるところがあって際立った個人的才能が表に出辛く、また全体で責任を忌避する傾向が出てくるため、面倒くさいことや手間がかかる案件については今や日本人お得意の「先送り」が連発されるようになります。ちなみに私も日本人であるゆえか、さっさとすればいいのに今住んでる部屋の契約延長を先送りっぱなしなので来週にはまとめようかと考えてます。
よく日本人は海外と比較して決断力や行動力に乏しいといわれることが多いですが、構造からして個人が決断をする場所が少ないのですからそれもそのはずです。しかも近年はオフィスのIT化が進んでいるので、伝票の入力から書類の書き方までなんでも決められたやり方通りに行う必要が以前より確実に強くなっております。
そういう意味で自分が非常に腹立たしく感じているのは確か四年くらい前の新入社員に対してどっかの人材会社が、「今年の新入社員はマニュアル型で、何に関しても先輩にやり方を教わるよりもマニュアルを求める傾向がある」と言われましたが、聞いてる私の方からすると「当たり前だコラ!」と言いたくなるような言われ方でした。行動の仕方が細かいところまで何から何まで決まっているのだからマニュアルを求めようとするのはごく自然ですし、その上ちょっと行動にオリジナリティをつけようものなら激しくケチつけられるのでは正直やってられません。
元々人の言うことをあまり聞かない性格のせいか私自身もいろいろこの点で苦労をしましたが、ある時に「お前の判断で行動しろ」と言われて手配を進めたら、結果はオーライなのにやり方が違うと激しく怒られたことがありました。まだ若かったせいもありますがこういう時は、「(上司が)やろうとするやり方を推量してその通り実行しろ」と言っているのだとようやく20歳になって気がつきました。
私は何も「べき法」がなんでもかんでもよくないというつもりはありませんし日本人の気質にはあった価値観だとは思いますが、時と場合によってはこれがマイナスに働くこともあるだけに何でもかんでも「べき法」一色にするのではなく、必要なところは「べからず法」にして自己裁量権を強く持たせる場所も必要ではないかと思います。多分日本人には、「この範囲で自由にやっていいよ」と、制限をおいた指示が一番動きやすいと思うので、自衛隊を嚆矢としてこれからこの考えが広まってくれれば私としてはありがたいです。
ちなみに私が自己裁量権を持たせてもらって一番楽しかったのは、ある統計資料を「見やすいように作って」と言われた時です。その時はExcelでやけに力の入った統計資料を作って、そこまでたいしたものではありませんでしたが。自動でデータ別分析ができるようにまで作って誉めてもらったのはいい思い出です。
2011年3月26日土曜日
上海のランドマークタワー
昨晩は12時半に床につき、今朝は10時半に起きました。その上3時から5時までまた昼寝をして、睡眠好きが遺憾なく発揮された一日でした。
そんな睡眠ライフのことはほっといて、トップに貼った写真をご覧ください。真ん中のあたりに高層部の真ん中がすっぽりと切り抜かれたような奇妙なビルが見えるかと思いますが、これこそが上海市のランドマークタワーである「上海環球金融中心」というビルです。高さは上海一の492m、商用としてだけではなく上層にはパークハイアット上海というホテルも入っており、世界一高層にあるホテルと謳われております。
このビルの特徴はその高さもさることながら斬新な設計にあり、高層部の穴だけでなくいろいろな角度から見ることで見え方が変わるという点です。トップの写真だとわかり辛いですがこのビルは全体では三角錐のような形をしており、横から見ると下の写真のようになります。
私の目からしてもなかなか面白い形をしているように見え、実際に中に入ったことはありませんが上海人らがみんなシンボル視するだけあって立派なビルだと思えます。
さてそんな「上海環球金融中心」ですが、実はこのビルを建てたのは六本木ヒルズで有名な日本の森ビルです。うちの親父が、「あそこは別格」というだけある森ビルなだけに実にスマートな仕事ぶりというか、ここまで現地人に受け入れられるビルを作ったというのはさすがといったところです。
2011年3月25日金曜日
原発について
もう新規投稿ページを開いて30分くらい経ちますが、何から書いていいのか未だによくわかりません。今朝家を出た際にはなにか社会学ネタでもと考えていましたが、昨日起こった被爆のニュースの続報を聞くにつけいろいろな思いがこみ上げてきました。
以前の陽月秘話時代に私は東海村で起きたJCO臨界事故を取り上げましたが、私はそれでも原発容認派の立場を崩さずに来ました。しかし今回の一連の福島の事故といい、今回のずさん極まりない対応といい、やはり核は人が扱うべき技術ではなかったと完全に改めるに至りました。日本のエネルギー政策とかそういうレベルの話ではなく、本当に最低限の対応すらできない技術を何故扱うのか、やはり日本は手を出すべきではなかったのかもしれません。
ちょっと前まで原発建設の受注を韓国に取られたとかあれこれ騒いでいましたが、今となっては空しい騒ぎでした。
以前の陽月秘話時代に私は東海村で起きたJCO臨界事故を取り上げましたが、私はそれでも原発容認派の立場を崩さずに来ました。しかし今回の一連の福島の事故といい、今回のずさん極まりない対応といい、やはり核は人が扱うべき技術ではなかったと完全に改めるに至りました。日本のエネルギー政策とかそういうレベルの話ではなく、本当に最低限の対応すらできない技術を何故扱うのか、やはり日本は手を出すべきではなかったのかもしれません。
ちょっと前まで原発建設の受注を韓国に取られたとかあれこれ騒いでいましたが、今となっては空しい騒ぎでした。
2011年3月24日木曜日
Opera、中国製パソコン、日本語入力と中国語入力
以前からも何度も書いておりますが、私はブラウザにはOperaというソフトを使用しております。このソフトの何がいいのかって言えば比較的表示速度が高いということと、マウスを右や左に動かすだけでページを閉じたり開いたりできるマウスジェスチャーという機能があるゆえです。さらには今じゃ一般化したタブブラウザもOperaが元々始めたもので、導入当初から使っている身としてはやはり贔屓にしたくなるものです。
しかし、なんていうかこのOperaはバージョンが9.XXの頃は何も文句がなかったのですが10.XXになってからは何かと不安定になって使い勝手がどんどん悪くなってきており、今は11.02ですがどうしてこういうところを直してくれないんだろうかと思うくらい欠点ばかり目に付きます。特に我慢ならないのは、こういうブログの入力画面で表示が遅れることです。
現在この記事はIEで書いているのですが、Operaで書くと最初はともかく記入欄に文字数が増えてくると何故か打ってく文字の表示がどんどん遅くなり、仕舞いにはカーソルの移動すらもままならなくなってきます。そのためできることならリンクとか挿入しながら書いていきたいのですが、あまりにも遅いもんだから去年なんかはWordで文章を打ってからペーストして投稿するというスタイルで一時期やっていました。
ただこれはOpera単体の問題というよりはパソコンやブログ、OSとの相性とかももしかしたらあるのかもしれません。というのも日本から持ってきたXPのパソコンではこのような問題はなく、通常通りに記事の入力ができていました。ただこうしてIEで入力する分には全く問題がないことと、ネットで検索すると同じような問題に頭を抱えている人がいることを考えるとやっぱりOperaが悪いような気がしたりします。
仮に前使っていたパソコンをそのまま使用できていたらこのような問題に悩むことはなかったのですが、散々このブログでも愚痴っているように先月に突然そのパソコンは故障してしまって、現在ではこちらで調達した中国仕様のパソコンを使っております。中国製のパソコンと言ってもある意味水平分業が最も進んでいる商品であるパソコンのため中の部品から規格までほとんど日本仕様と変わりはないのですが、ある一点において大きな違いがあります。もったいぶらずに話すとその違いとは「全角/半角キー」と「カタカナ/ひらがなキー」がないということです。そのほか細かい記号(@の位置など)のキーの位置が異なっておりますが、中国仕様パソコンは日本語入力をするにあたって「全角/半角キー」がないというのは非常に手間です。
当初はそれこそ右下にある言語バーをマウスでいちいちクリックして全角と半角を切り替えておりましたが、どうにかキーボード上で切り替えることができないかと検索をかけたところ、なんと「Altキー」と「全角/半角キー」の位置にあるキー(中国使用のパソコンなら「~/、キー」)を同時に押すことで切り替えられることを知ってからはだいぶ解消されました。細かいことですが、細かい性格しているだけに非常に気になる問題でしたので。
あとキーボードについてもうひとつ話をすると、中国で仕事をしているという関係でメールも日本語で書くこともあれば中国語で書くこともあって、非常に切り替える回数が多くて時たま混乱したりします。当初はWindowsに入っているピンイン入力システムを利用していましたがはっきり言ってこれほど使い辛い入力システムはほかにないといいたいくらいに使い勝手が悪く、なんか方々で好評なのでGoogleの作ったピンイン入力システムこと「谷歌拼音輸入」を導入してみたところ、これがまた文字変換や候補が的確で使いやすく、もはやこれ以外で中国語は入力する気にならないくらいに愛用しております。今度Googleの日本語入力システムも試してみようかな。
しかし、なんていうかこのOperaはバージョンが9.XXの頃は何も文句がなかったのですが10.XXになってからは何かと不安定になって使い勝手がどんどん悪くなってきており、今は11.02ですがどうしてこういうところを直してくれないんだろうかと思うくらい欠点ばかり目に付きます。特に我慢ならないのは、こういうブログの入力画面で表示が遅れることです。
現在この記事はIEで書いているのですが、Operaで書くと最初はともかく記入欄に文字数が増えてくると何故か打ってく文字の表示がどんどん遅くなり、仕舞いにはカーソルの移動すらもままならなくなってきます。そのためできることならリンクとか挿入しながら書いていきたいのですが、あまりにも遅いもんだから去年なんかはWordで文章を打ってからペーストして投稿するというスタイルで一時期やっていました。
ただこれはOpera単体の問題というよりはパソコンやブログ、OSとの相性とかももしかしたらあるのかもしれません。というのも日本から持ってきたXPのパソコンではこのような問題はなく、通常通りに記事の入力ができていました。ただこうしてIEで入力する分には全く問題がないことと、ネットで検索すると同じような問題に頭を抱えている人がいることを考えるとやっぱりOperaが悪いような気がしたりします。
仮に前使っていたパソコンをそのまま使用できていたらこのような問題に悩むことはなかったのですが、散々このブログでも愚痴っているように先月に突然そのパソコンは故障してしまって、現在ではこちらで調達した中国仕様のパソコンを使っております。中国製のパソコンと言ってもある意味水平分業が最も進んでいる商品であるパソコンのため中の部品から規格までほとんど日本仕様と変わりはないのですが、ある一点において大きな違いがあります。もったいぶらずに話すとその違いとは「全角/半角キー」と「カタカナ/ひらがなキー」がないということです。そのほか細かい記号(@の位置など)のキーの位置が異なっておりますが、中国仕様パソコンは日本語入力をするにあたって「全角/半角キー」がないというのは非常に手間です。
当初はそれこそ右下にある言語バーをマウスでいちいちクリックして全角と半角を切り替えておりましたが、どうにかキーボード上で切り替えることができないかと検索をかけたところ、なんと「Altキー」と「全角/半角キー」の位置にあるキー(中国使用のパソコンなら「~/、キー」)を同時に押すことで切り替えられることを知ってからはだいぶ解消されました。細かいことですが、細かい性格しているだけに非常に気になる問題でしたので。
あとキーボードについてもうひとつ話をすると、中国で仕事をしているという関係でメールも日本語で書くこともあれば中国語で書くこともあって、非常に切り替える回数が多くて時たま混乱したりします。当初はWindowsに入っているピンイン入力システムを利用していましたがはっきり言ってこれほど使い辛い入力システムはほかにないといいたいくらいに使い勝手が悪く、なんか方々で好評なのでGoogleの作ったピンイン入力システムこと「谷歌拼音輸入」を導入してみたところ、これがまた文字変換や候補が的確で使いやすく、もはやこれ以外で中国語は入力する気にならないくらいに愛用しております。今度Googleの日本語入力システムも試してみようかな。
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