例によって漫画の紹介ですが、先日読み終えたこの「三億円事件奇譚 モンタージュ」は近年稀に見るくらい面白かったです。作品自体は2015年、何気に自分が第二次どん底期でどんぶらこしていた頃に連載を終えていますが、当時も人気が高かったようでテレビドラマ化などもされています。
内容はタイトルの通り昭和未解決事件としては恐らく最も有名であろう三億円事件をテーマにしていますが、作中世界の時間は現代こと2010年頃となっています。なんでそんな時間間隔空いているのに三億円事件と私も当初思いましたが、少しだけさわりを書くと、主人公の少年が偶然出会った死ぬ間際の刑事が「お前の父親は三億円事件の犯人」と言われ、その直後に父親が溺死体で死に、その後高校生になった後で父親の遺品から三億円事件の証拠となる通し番号付きの500円札を見つけるといった流れになっています。その後、近親者の謎の失踪などが続き、三億円事件を巡る騒動に主人公とヒロインが巻き込まれていく形となっています。
なんでこの漫画を急に手に取ったのかというと、作者の渡辺潤氏の最近のニュースを見たことに始まります。知ってる人には有名ですが、この人はこれまで反社会系の漫画をずっと描いてきた人なのに何故か50代に入ってからやたら萌えキャラを模写、研究し始め、それをTwitterに上げたところやたらバズって急激に知名度をあげています。自分もそのニュース見て、また各萌えキャラの特徴の見方などがさすがベテランと思うほど着眼点が面白く、それで興味を持ったことから比較的直近の作品である「デカウザー」から読み始めて、こちらの「モンタージュ」に至りました。
渡辺氏の作品を読んでて感じたのはやはり反社会系の漫画を描いてきただけあって悪人の顔がとにもかくにも悪どい、それでいて近年は萌え絵研究の甲斐あってか女性キャラはかわいく書けるようになってて、その辺がとても器用に感じます。ただそれ以上に、これはやはりベテランであるからだと思いますが、コマ運びが非常に上手で、コマを追いながら疑問に感じるところはほぼなく、また激しいアクションシーンの動きの見せ方も秀逸でした。特に「デカウザー」のボクシングシーンは本当に動きが流れるようで無駄がなく、これがベテランの業かと嘆息を付けられました。
話はモンタージュに戻りますが、一応ミステリー漫画に属すので内容のネタバレがない範囲で感想を述べると、まずミステリーとして非常にストーリーのレベルが高いです。主人公はトラブルに次ぐトラブルに巻き込まれて、しつこく追跡してくる殺し屋をかいくぐりながら何度も死ぬ思いをしますが、それらトラブルの脱出方法が、都合の良い展開とも揶揄されているものの、少なくとも説得力が全くない強引な要素は私には感じられず、単純なアクションものとしても十分読めます。
またそうしたトラブルを経て徐々に三億円事件の真相に迫っていくのですが、その真相に迫る過程で特筆すべきは、回送シーンの入れ方が神がかっています。
三億円事件をテーマにしていることから1968年の事件当時の場面が何度も回想シーンとして作中で入るものの、その回想シーンは一度にすべて流れるわけでく、事件前や事件後、果てには事件中に至るまでいくつかか分割されて入れられています。その入れ方が秀逸で、また現代において回想シーンの中の人物が登場するにつれて真相が徐々に明らかになるなど、読者をぐいぐいと引き込む見せ方がなされています。
また長期連載であったことから登場人物も非常に数多いのですが、ほんの些細なわき役に至るまでキャラが非常に立っているのは驚きでした。具体的には、ハードな内容のため苦渋の決断を迫られることが多いのですが、どの登場人物もなし崩しで決めるのではなく、悩んだ末に犠牲を覚悟で厳しい決断を下すことが多いです。そのあたりの心理描写も非常に細かく、一読しただけで細かいわき役のセリフなどを私なんか覚えてしまいました。
また主要登場人物、特に悪役側に至っては、その行動理念というか信念のすさまじさがやばいです。どのキャラもそれぞれが確固たる信念を持って行動しているように描かれており、それ故に妄執の如く主人公を追い続けたりするのですが、信念の内容はともあれその意志の強さは漫画で読んでても迫力を感じます。そのあたり、血の通ったキャラクターを非常によく出せているように感じます。
特に、主に回想中に出てくるある重要キャラクターについては、「ああ、覚悟を決めた犯罪者というのはこのような顔をするのか」と、非常に迫力を持った絵で書かれてあり、しばらくそのコマを眺めたほどです。この辺は反社系漫画家の腕の見せ所というべきか、 凄みのある顔については他の漫画家の絵を遥かに凌駕しています。
などと好き勝手書きましたが、真面目にこの漫画はここ数年読んだ漫画の中でも一番印象に残っており、ぜひ他の人にも手に取ってもらいたいです。