最近昔に買ったCDを引っ張り出してはよく聞いているのですが、いろいろと懐かしいこともあって聞いててやっぱりテンションが上がることが多いのですが、この前ふとこんなことを思いました。
「俺はこの曲を聞いてテンションが上がっているのか、それともこの曲を聴いてて昔のよかった時代を思い出してテンションが上がっているのか、どっちだろう?」
ここで私が言うまでもなく、聴覚というのは五感の中でも際立って人間の感情を揺り動かす感覚だといわれ、映画「タイタニック」の監督のジョージ・ルーカスも「観客を感動させる最後の止めは音楽に限る」といって歌付きのエンディングテーマを入れたといいますが、なんとなくその言わんとしていることはわかります。それで私の今回の体験ですが、個人的に一番過去を想起させるのは私は「匂い」だと考えていますが、音楽も使い方や状況によっては匂いに負けず劣らず強く昔を思い出させるものだと考えています。
最近CDの売り上げがよく伸び悩んでいるといわれ、その原因として音楽コピーが容易にできるようになったとか単純に音楽の質が下がっているとかいろいろ言われており、ご多分に漏れず私もここ数年はめっきり音楽CDを買うことが減り、原因としてはやっぱり後者の質の低下ではないかと思っています。なので今回私が昔のCDを引っ張り出してその曲をいい曲だと感じるのは当初、現代にいい曲がないので単純に以前の質のいい曲を聴くから夜中にえらいテンションになってしまったのだと思っていたのですが、本当にそうなのかなとふと疑問に感じたわけです。
大分以前に書いた「日本語の「懐かしい」の価値」の記事でも書いたように、日本人はとにかく後ろ向きに過去を美化する傾向があると私は考えています。そんな私も日本人として同様に、音楽の質というよりはその曲をよく聞いていた時代、具体的には学校が大嫌いではあったものの小説を書くのに多分一番打ち込んでいた中学校くらいの時代を、その懐かしい曲を通して思い出していい気になっていたんじゃないかというわけです。ちょっとこの論を発展させて言うと、いわゆる懐メロの類が売れるというのも、かつての名曲というよりは日本が今みたいにくらい時代ではなく明るかったころを視聴者に思い起こさせるから売れるのかもしれないという説につながってきます。
2 件のコメント:
僕も、花園さんのように昔の歌を聞いて心動かされるときが良くあります。僕の場合は、落ち着くという感じですが。特に、クロノクロスの「盗めない宝石」は実家に帰るときに電車の中で聞くとかなり、懐かしく感じます。
この曲は、僕が中学校1年のときに聞いていたものですが、中学校生活が始まったばかりで、まだ緊張していたころだったのを覚えています。そして、当時の春の暖かい感じや新しい帰路の情景、新しい友人になじめずに旧友を懐かしむ心境などの要素をこの曲は実に忠実に再現し、僕の耳に届けていたと思います。
しかし、心境は時間とともに変化し、楽しいことやうれしいこともたくさん経験していきます。そういう状況のなかで、昔の感情を忠実に再現していた曲を聞いたときに、良いと感じるのではないでしょうか。
つまり、僕も昔の曲を聞いて良いと感じるのは、無意識に昔を思い出しているからだと思います。しかし、その曲を聴いていたころは、単純に良いと思っていたのだと思います。だから、結局自分にとって良い曲が思い出に残り、後で聞いても良いと思えるのだと考えます。
この記事も敢えて多くを語らないで残した記事ですが、自分以外に同じようなことを考える人がいてちょっとほっとしてます。
実はこの記事で言いたかったのは、その音楽を良いと思うのは、その曲を聴いた環境によるものかそれともその曲自体の資質なのかということで、現代にあまり曲が売れないのは曲の質以上に実は、周囲の環境が暗いせいもあるんじゃないのかということでした。
その一方でサカタさんの言う通りに、始めに良い曲があってその曲にいい思い出を重ねるというパターンもあり、良い曲か良い思い出か、どっちが先に来るのかという問題提起もしています。ま、これは人それぞれでしょうが。
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