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2016年5月16日月曜日

立ち向かっていく覚悟

 このところブログ更新が滞っておりましたが理由を明かすと、先週金曜日は夜に飲み会があり、その翌日の土曜から今日の夕方までは友人と一緒にちょっと旅行に行っていました。旅行内容についてはまた明日からゆっくりと紹介してくつもりですが今日は疲れてもいるので適当にかける内容でまとめます。

 さて今年の大河ドラマ「真田丸」はネットでの評判を見る限りだと非常に好評で、ほぼ毎週どの俳優のどういう演技が良かったかなどと話題になっており、もはやタイトルすら思い出せない昨年の大河ドラマは最低視聴率を更新するか否かしか話題にならなかった(後半に至っては話題にも出なかった)ことを考えると近年としては上々の出来なんじゃないかと思います。

 ここで話は主役の真田信繁(幸村)について触れますが、真田家の旗印は「六文銭」といって、当時流通していた貨幣を六つ並べるという意匠です。知ってる人には有名ですがこれは三途の川の渡し賃が「六文」であることに由来しており、渡し賃は準備済みで死ににいくことを恐れないぞという意思表示を込めてこうした旗印となったわけです。なお渡し賃がなかった場合は三途の川のほとりで「脱衣婆」というババアに渡し料金代わりとして身ぐるみ剥がされるとされており、もし自分が臨死体験するならこのババアが本当にいるのかどうかをまず確かめたいと思っております。

 この真田家の旗印、並びに随筆「葉隠」にある「武士道とは死ぬことと見つけたり」という文言といい、実際は別として日本人が理想とする精神形というのは「決死」こと「死ぬことを恐れない」という精神状態だと私は考えています。なもんだから事ある毎に、「死ぬことを恐れたらそこで日本人終了だよ」などと妙なことをリアルでたまに口走ったりもしますが、半分本気であります。
 もちろん決死の覚悟とはいうものの戦時中の特攻作戦などは礼賛するつもりはなくあくまで理想的な精神形として扱っていますが、極端な話をすると実行するしないは別として、こうした感情を持つ日本人は最近いるのかなと少し気になります。というのも私の場合は、「誰かを殺すこととなってでも~をしたい」というような感情を頻繁に覚えるとともに、その際には必ず自分の死もカウントに入れています。

 要するに「死んでも~したい」という感情を自然に持つわけなのですが、実際に誰かを殺したり自分の死を犠牲にしてでも何かを奪うというようなことは今の所実行してはいませんが、それくらいの覚悟を持って生きている日本人は今どれくらいいるのかと疑問に思うわけです。このような危険思想を持つ私に言わせると、自分の死すら秤にかける覚悟を持つと案外何にでも立ち向かえるというか、腹が座ります。
 これまでの人生で私もそれなりに、恐らく普通の日本人からしたらまず渡るまい危ない橋を敢えて渡ってきた自負がありますが、その際には「失敗したら死ぬか?」という問いを必ず行っていますが、実際には命に係わる決断なんてそうそうあるわけじゃなく、どんな決断であっても最低限「死ぬ」ことはありません。大金を失ったり安定した身分を失ったり人間関係を失ったり修羅道に落ちたりすることはありますが、実際に命を落とす程の決断を迫られることはほとんどありません。いう必要はないでしょうが、命を懸けるくらいの感情を持てば基本何でもできるというわけです。

 恐らく普通の日本人が決断する際は生活を懸けたり、預金を懸けたり、将来を懸けたり、安定を懸けたり、世間体を懸けたりするでしょうが、それらを秤に懸けたところで悩みは尽きるどころかむしろ増えることの方が多いと思います。日常での決断であればそれでもいいと思いますが、リストラされたり、追放されたり、陥れられたり、裏切られたり、追い詰められて選択の余地のない状態であれば上記の存在をベットしてしまうと、リターンが得られる見込みが低いため心理的な負担になりやすく、逆に命をベットしていればどんな逆境であっても大抵は「必ず死ぬ訳じゃない」と開き直れます。実際私も、何も死ぬわけじゃないという言葉を覚悟にして逆境に対し何度か立ち向かっており、周囲から精神的に非常にタフだという評価を得るに至りました。
 生存権を主張するわけじゃないですがもし自分が死ぬような目にあうのであれば、そうそうそんな場面は実際ないですが、ためらいなく他人を殺したって別にいいと私は思っております。逆を言えば、「自分は死ぬかもしれないが他人を殺してはならない」という価値観は無駄に自分を追い詰めかねず、危険なことを言っていることは百も承知ですがそういう概念は持たない方がいいと、少なくとも強くい来るためにはお勧めしません。

 その上で、「自分が死んでもこうしてやりたい」という概念があるとすれば、上記の覚悟を持っているのであればそれは追いかけた方がいいのではとも思います。無論、そんな命を懸けるような概念が見つからないに越したこともないっちゃないですが、いざって時に命を秤に懸ける覚悟というのは持っておくと強いというのが私の持論です。

3 件のコメント:

サカタ さんのコメント...

僕も相手から誹謗・中傷を浴びせられ、どうしても相手が立場上で上の場合、刺し違えてでも復讐してやるという気持ちを持ちます。

実際に、職場の先輩にもそう発言しているし胸に辞表を忍ばせている気持ちでいれば上司にも強く発言出きるようになりました。
まあ、それがいいか悪いかは別として笑

しかし、自分の言いたいことをある程度言った方が向こうも自分の気持ちを理解してくれるし、状況が自分有利に好転することが多い気がします。言い過ぎはよくないですが。。。笑

そういう覚悟がある方が自分の意思で人生を歩けるような気がします。

僕も優男にみえて、割とはっきり言うことがあるみたいです。自分に楯突いてくる後輩に対してもやるならやってやろうじゃねえかと言わんばかりにまくしたて、泣かせるまでしてしまいました。言い過ぎはよくないと反省しているのですが。。。笑

サカタ さんのコメント...

真田丸に触れるのを忘れた❗

真田丸、毎週観ています。草刈まさおが真田太平記で幸村役をやっており現在、昌幸役をやっているのは因果を感じますね。この前の第一次上田合戦は見応えありました。

前の花燃ゆも毎回みてました。自分的にはなかなか小田村伊之助という人物は知らなかったし興味深く観させてもらいましたよ。

花園祐 さんのコメント...

 職場の先輩の話についてですが、私もしょっちゅう他人に殺意を覚えて、しかもよく「あいつ殺してやりてぇな」と第三者に口にしてドン引きされますが、こういう感情を持たない方が不自然だし、実行さえしなければこうした腹積もりの方がはっきり物言えるしいいと思います。真剣さというか覚悟というか、こうした確固たる気持ちを持たない人が増えててなんだかなぁとよく思ったからこういう記事書きましたが、まさか共感する人がいるとはとちょっとビビってます。
 真田丸は本当に評判良くて、完結したら自分も見てみようかなとも思っています。花燃ゆも俳優陣は頑張っていたと聞くだけにつくづく残念な結果だったと思いますが、役者を生かすも殺すも脚本次第かと、今の真田丸の報道を見ていて覚えます。