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2009年4月10日金曜日

学部定員数について

 先ほど友人と一緒に夕食をしながら話をしてきたので、今日はちょっとその際に出てきた大学の定員数にについて話をします。

 国立はともかく私立大学では大学学部の定員は自由に決められると私の周りでは信じている方が多いのですが、実際はそうではなくて学部の定員数というのはあらかじめ国によって決められています。特に最近問題になっている医師不足問題の発端となったのは当時の文部省が社会にいる医者の数が多すぎると、実態的には当時でも不足していた上に現在のように高齢化が進んで需要が高まることが予想されていたにもかかわらず、医学部の定員数を増員するどころか政府は逆に毎年徐々に削減していったために、いわば人災的に引き起こされたという面も少なからずあります。

 その一方でこれは私が現役の歯科医の方から直接聞いた話ですが、現在歯科医は逆に社会の中で過剰に有り余っている状況で、歯学部を出た若者がいたとしても既に開かれている医院では新たに人員を雇う余裕がなく、かといって自分で医院を開設しても他にも医院は有り余っているのでとても生活することが出来ず、続々と社会に出る歯学部の卒業生たちはどうしようもない状況に追い込まれているそうです。
 この話をしてくれた歯科医の方は文部科学省の役人たちは需要予測からこうなることがわかっていたはずなのに、歯学部の定員を減らしていかなかったばかりに歯科医ならやっていけると勘違いした若者を路頭に迷わせてしまっていると激しく怒っていましたが、どうもほかからも伝え洩れる話を聞いていると現実にそのような状況が広がっているらしいです。

 このように大学の定員というのは分野ごとに世に送り出す人材数を決めてしまうので、その時代ごとの需要に合わせる形で対応していかなければ後々の社会に対して大きな悪影響を及ぼしてしまう重要な変数なのです。ですがこの定員、実際のところは先ほどの医師の例の様に将来はおろか現実の状況すらもきちんと把握されずに決められているケースが極めて多いといわざるを得ません。
 まずその代表格は理系学生の定員です。現在工業分野といった方面の理系の人材が日本で不足し始めていますが、この問題を解決するためとして理系学部の定員数の増加や文系学生より費用のかかりやすい授業費の補助といった対策は私見ではあまり行われていないように思えます。もっとも理系学生については最近の中高生の理科離れの影響もあって一部の大学では定員割れも起きているそうなので、定員を増やしたからといって人材数が増える可能性は非常に低いと言わざるを得ませんが。

 ちなみに理系学部の増員という話では、2007年に大阪外語大学が大阪大学に統合される際に外語学部の定員が減らされ、その減らされた分だけ理工学部の定員が増員されたという話を聞いたことがあります。これは各大学ごとに定員数を政府が縛っているため、大阪大学が大阪外語大を統合することで外語大の定員数を得たことにより行えた、言うなれば同大学内の定員調整といったところです。大阪外語大出身の私の先生はこの時に滅茶苦茶怒っていたけど。

 このように学部の定員は文科省がいろんな意味で縛っているので、私立であろうとそうおいそれと増やすことが出来ないそうです。基本的に文科省は定員割れを起こしているいわゆるFランク大学の出現を受けてあまり定員の増員は許可しない方針だそうですが、新たに学部を新設する際の定員増員はまだ認めているため、慶応学部がやりだして以降はいろんな大学で新設学部のラッシュが続きました。
 ただこの学部新設ももちろん文科省の許可がいるのでそう簡単にはいかないのですが、実は「国際~」とか「政策」という名前の付く学部は比較的新設の許可がおりやすいと言われています。というのも文科省が、

「国際性豊かな人材が今後のグローバル時代には必要」
「プランを具体化して実行する人材が日本には不足している」

 という掛け声の元で、このような名前の学部新設を許可しまくっているそうです。そのため中には大学運営のためにまず定員増員ありきで、新設する学部でどのような教育を行うかも何も考えずに学部新設の申請作業を始める大学も少なくないそうです。そのため私が大学受験をする際に予備校の講師から国際と名の付く学部には気をつけろと注意を受けましたが、改めてこのような学部の実情を見るにつけて講師の助言は間違っていなかったと確信しています。まぁ私の行った文学部もあまり人のこと言えないんんだけど。

2009年4月9日木曜日

ナポレオンにとっての幸せ

 今日プロ野球チップスを買ってきたらいきなり阪神の金本選手と日ハムの稲葉選手のカード(キラじゃないけど)が出てきてびっくりしました。二人とも昨日の試合で三回もホームランを出しているので、何かとタイムリーなカードの出方でなかなかうれしいものです。
 さて最近は自分でもちょっと固い話ばかり書いていると思うので今日は寓話形式に簡単な記事にしようと、ナポレオンのとあるエピソードを紹介しようと思います。

 ナポレオンとくれば説明もいらないほどの世界史での超有名人物で、何でもある調査によると世界で最も数多くの伝記が書かれてもいる人物だそうです。日本人からするとあまりピンとこないかもしれませんが彼がヨーロッパ、ひいてはアメリカに与えた影響は非常に大きく、現在の人権思想からウィーン条約によって形作られた国家体制など彼がいるかいないかで世界史は全然違ったものになっていたことでしょう。
 そんなナポレオンですが、彼は生粋のフランス人ではなく彼が生まれる前までは独立をしていたコルシカ島の出身で陸軍幼年学校の入学の際にフランス本国へと初めて渡り、当初はフランス語もあまり出来なかったため学校ではフランス人の他の級友らによってよくいじめられていたといいます。

 いじめられたことによるものか元々の性格のものかまではわかりませんが、青春期のナポレオンはあまり同年代の友人らとは深く付き合わず一人で読書するなど自ら周囲と距離を作って生活していたそうです。だからといって大人しい性格だったかといえばそうではなく、教師に対してもあまり従順ではなく反抗的で、何か意見が違えれば誰彼構わずすぐに言い合いを起こしたりと絵に描いた問題児振りを発揮していたそうです。

 そんなある日に学校の授業にて教師が、「どんなことが人間にとって幸福なのか」という問いを発したところナポレオンが真っ先に立ち上がってこう答えたそうです。

「自分の能力を最大限に発揮することこそがその人にとって最大の幸福です」

 当時の彼の状況と後年の有り余るばかりの軍事的な才能と政治上での立ち回りを考えるにつけ、当時からナポレオンは自分自身に対して相当な自負心などがあってこのような発言をしたのだと私は思います。はからずも彼は少年時代に教師から、「君はギリシャ時代に生まれてくればよかったのにね」とまで言われた時代にあって、ただの一軍人から皇帝という地位にまで上り詰めるに至りました。

 以前にもこのブログで私は人間は仕事を為すことを通して初めて自分自身に対してプライドを持つことが出来るのではと主張しましたが、仕事を為すためには能力が必要で、能力を蓄えてもそれを発揮する場所がなければ仕事を為すことはできません。
 そういう意味でこのナポレオンの発言というのは地味に人間の幸福について的を得た発言のように思え、私に欧州史の中でナポレオンを一番好きな偉人とさせている最大の要因になっているわけです。

2009年4月8日水曜日

麻生邸見学ツアー逮捕事件について

 先月から今月にかけての一ヶ月間、自分にしては珍しく大量に本を読んでいました。よく人から、「それだけいろいろ知っているのだからいつもたくさん本を読んでいるのでしょ」などということをよく言われるのですが実際には私は恥ずかしいくらい本をあまり読まない人間で、18歳くらいの頃に知り合った友人らの読書量と比べて自分が全然本を読んでいなかったのを我ながら呆れたくらいです。
 そんな自分が毎月読んでいるのは文芸春秋くらいなのですが、なんか体調が悪かったのも影響してかこの一ヶ月間は自分にしては大量の本をさばけたのでちょっと記録がてらに下記に羅列します。

・「文芸春秋四月号」(文芸春秋社)
・「徹底抗戦」 堀江貴文著(集英社)
・「日本の10大新宗教」 島田裕巳著(幻冬社新書)
・「<満州>の歴史」 小林英夫著(講談社現代新書)
・「未熟者」 藤川球児著(ベースボール・マガジン社新書)
・「関ケ原合戦・あの人の「その後」」 日本博学倶楽部(PHP文庫)
・「日本史ライバルたちの「意外な結末」」 日本博学倶楽部(PHP文庫)
・「ジャーナリズム崩壊」 上杉隆著(ジャーナリズム崩壊)
・「第三次世界大戦 左巻、右巻」 田原総一朗、佐藤優(アスコム)
・「排除の空気に唾を吐け」 雨宮処凛(講談社現代新書)

 四月十日にはまた文芸春秋の五月号が発売されるので、今日の段階で最後の「排除の空気に唾を吐け」を読み終えられたのがよかったです。まぁ量こそ十一冊ありますが、読みやすい新書ばかりなのであんまりたいした事はありませんが。
 さてこの中でどれが一番面白かったといえば個人的には上杉隆氏の「ジャーナリズム崩壊」がそうで、前から興味を持ちながらようやく今回手にとったのですが、記者クラブと日本のジャーナリズムの抱える問題についてこれほどわかりやすい本は今までになく改めて言論について考えさせられるいい刺激になりました。

 なのでこの本について延々と書いてもいいですが、実は今日の本題は上杉氏ではなく最後の本の著者である雨宮処凛氏についてです。私が雨宮氏を知ったのはこれまた今月に読んだ「第三次世界大戦 右巻」の中で、私も尊敬している佐藤優氏が田原総一朗氏との対談にて雨宮氏をべた褒めしているのを見てからでした。別に佐藤氏が批判してばっかであまり他人を誉めない人だとは思っていませんが、この対談本の中で雨宮氏への言及が明らかに他の人とは違って熱があり、そうして誉めているのを見て私も興味を持って上記の本を手にとったのですが、佐藤氏が誉めるだけあって「排除の空気に唾を吐け」にて雨宮氏が取り上げた内容は素晴らしく、是非この本は他の人にも読んでもらいたい本です。

 この本の大まかな内容は、去年末から問題になっている派遣切りに遭った人などといった社会的貧困者たちの生々しい現状です。ここ数年で餓死した人の生活記録や派遣難民の現状、そして私も知らなかったのですが池袋通り魔事件の犯人の経歴など、中には目をそらしたくなるほどの苦しい現実などが描かれており、これまでの貧困に対する自分の価値観も一気に引っくり返されるほどの迫力があります。
 その中でも特筆して面白いのは、作者の雨宮氏も是非しっかり読んでもらいたいと前書きで述べている「イラクで料理人として働いた安田純平さん」の章で、貧困と戦争がどれだけ密接に関係しているのか、今後の戦争がどのような形式になるのであろうかという面について非常に示唆に富んだ内容でした。

 そんな雨宮氏のことを佐藤氏は前述の対談本の中で、これまで統計上の数字でしか貧困を考えてこなかった自分らに対し雨宮氏はその目で見た現実や生の心境を話しているのがほかと違うところだと評していますが、私としても同じような感想を持ちました。その上で佐藤氏は続けて、実はここからが本番なのですが下記にリンクを貼った動画を是非見てください。

10/26 麻生邸宅見学に向かおうとしたら逮捕(youtube)

 この動画は総額62億円もの麻生首相の自宅を一度見に行ってみようと有志らが企画してあらかじめ渋谷署に確認を取った上で見学ツアーを行ったところ、突然路上で主催者ら三人が逮捕されることとなった顛末を収めた動画です。見てもらえばわかりますがそれこそ何の前触れもなく突然、しかも路上にて逮捕されることとなった方らが無理やり組み伏せられており、それこそ何かの映画の撮影かとも見まごうかのような強引な逮捕の仕方です。しかもツアーを行っていた方らは別に街宣車を繰り出しているのでもなければ手に鉄パイプなどといった凶器を持っているわけでもなく、詳しい経緯を説明している「麻生でてこい!!リアリティツアー救援会ブログ」で公開されている渋谷署との違法性の有無を尋ねる動画を見るにつけこれほどの逮捕劇が繰り広げられる理由が浮かびません。

 佐藤氏も何故この事件をマスコミはどこも取り上げないのだと激しく憤っていますが、なんでもこのツアーに関わっていた雨宮氏から佐藤氏へと事件直後に連絡があって、佐藤氏経由で鈴木宗男氏や亀井静香氏らが逮捕者の解放するようにと動き、それらが影響したかはどうかはともかく逮捕者らはその後無起訴で釈放されたそうです。こう書いている自分も今の今までこんなことがあったなんて全く知らず、いつの間にか日本はやりづらい国になったのだといろいろな意味でショックを受けました。

 自分は別に警察や公安が市民の味方だと本気で信じているわけではありませんが、今の今までここまで露骨にやってくるとは思ってもいませんでした。他の方らもいろいろ述べていますが、一体今はどんな時代なのかと考えさせられた事件でした。

2009年4月7日火曜日

満州帝国とは~その八、石原莞爾

 大分ブランクが空いての連載再開です。正直に言って私自身もこの連載に少し飽きてきているところがあり先週に展開したインドの旅行記を優先させたくらいです。もっともこれからは時系列的な話から開放されてトピックスを絞って解説できるので、しばらくしたらまたやる気が出てくると自らに期待はしていますが。
 そういうわけで、今回から紀伝体調に人物を絞って解説を行っていきます。その栄えある第一回目はまさに満州帝国の生みの親こと石原莞爾についてです。

 この石原莞爾については有名人ということもあって、私がここで多くを語らなくとも情報が数多く溢れている人物なの今日はちょっと加工した情報を展開してみようと思うのですが、まず生まれは東北の山形県で小さい頃の家は非常に貧乏だったそうです。しかし石原は幼少時より頭脳は明晰で数えで16歳の頃に東京の陸軍幼年学校に進学をするのですが、なんでも上京して初めて図書館という施設があることを知り、「タダで本が好きなだけ読めるのか」と言って貪る様に読書をしたそうで、向学心は幼少より相当に高かったことが伺えます。

 そうして士官学校を卒業後、連隊に務めながらエリート選抜学校でもある陸大にも入学し、その後回り回って満州にある関東軍参謀として駐在中、あの満州事変を板垣征士郎と企図、実行し、短期間であの広大な満州全土を占領してしまうなど戦果的には大きな功績を残すものの、その後戦線が広がった日中戦争には不拡大の姿勢を見せたことによりかねてから仲の悪かった東条英機によって左遷を受けています。
 この東条との関係ですが、同じ陸軍内に在籍しておきながらそれこそ犬猿の仲と言うほどに悪かったそうで、両者のエピソードから伺える性格もまるで正反対なので無理もないことなのですが、なんでも部隊内の訓練時の際も正反対で、東条は前例に倣って一から十まで順序良く規律正しくなぞるように行進を行うよう指導したのに対して石原は、「いつも通りやれ」という一言で済ませていたそうです。

 また石原、東条の両者の元で部下を経験したことのある士官によると、その士官が陸大を受験しようと勉強し始めると石原はその士官の仕事の負担を途端に増やしたそうです。石原に言わせると幹部になればそれだけの仕事量をこなさねばならなくなるので、仕事量が増えたことで勉強時間が取れなくなって合格できないのであれば始めから受験しない方がいいという考えの元で仕向けたそうですが、これに対して東条の場合は逆に仕事の負担を減らして勉強時間を持たせるばかりかよく自ら相談に乗ってきたそうで、その士官によると人間的な温かみで言えば明らかに東条の方が上だったと述べていますが、こんなところまで正反対なんだから仲がいいわけないでしょうね。

 ここで本筋の満州についての話に戻りますが、石原はいわゆる「世界最終戦争論」という独自の理論こと未来予測を立て、将来に日本と覇権を争い必ず戦うであろうアメリカに対抗するために資源のある満州を今のうちに必ず占領しなければならないという目的の元で満州事変を計画したと言われています。この満州への石原の野心自体はいろんなところでも言われている意見なのですが、そうした一般の満州事変の解説において石原の最終戦争論は全く独自のかつ斬新な構想、といった内容の言葉をよく見受けるのですがこれについては私は疑問視しています。

 というのも佐藤優氏によると、一次大戦後は石原の唱えた最終戦争論のようないわゆるハルマゲドン説のような主張が世界各国で展開されており、石原独自の意見というよりは当時の大恐慌下において流行した思想だったそうです。この佐藤氏の話を私も細かく確認こそしていませんが、ちょっと前になくなったサミュエル・ハンチントン氏が出した「文明の衝突」のように、異なる文明同士が最後に大きく衝突することで後の世界が大きく変わるというような意見はそれこそ神話の時代から現在に至るまでよくあることなので、世界最終戦争論は石原独自の意見というより、石原が持った当時あった意見というのが本当のところなんじゃないかと私は思います。別にアメリカと衝突することを予測したのは当時の日本でも石原に限るわけじゃないんだし。

 ついでにもう少し話を進めると、石原が最終戦争論を持ったのは彼の信仰していた日蓮宗系の国柱会の影響があったとよく言われていますが、戦前の新興宗教の系統で日蓮宗の流れを受けて設立されたものはほぼすべてといっていいほど軍国下の日本政府に対して肯定的な態度を取っています。これなんかまた別の記事に細かく書いても面白いと思うのですが、当の日蓮自体は元寇を予言して日本は敗北すると言いまわったせいで流刑にまであっており、元寇での神風を期待した日本政府に対して日蓮宗系の宗派が協力的だったというのはなかなかに皮肉に思います。

 そんな石原ですが戦時中に東条と反目して左遷を受けたことにより、ある意味日本を最も戦争に引き込んだ最大の張本人であるにもかかわらず、東京裁判では訴追されないばかりか東条らの糾弾を行う立場の証人として出廷しています。この石原の東京裁判における去就については昭和天皇も相当に不快感を覚えていたらしく、「何故石原のような者が証人として(東京裁判に)出廷しているのか」とまで不満を口にしたそうですが、私自身同じ思いがします。

2009年4月6日月曜日

文章表現について

 毎日毎日こんだけだだ長い記事をこのブログで書いていてなんですが、私は文章というのは基本的に短ければ短かいほどいいものだと考えております。
 ちょっと数学、というよりかは算数的にこの意味を説明すると、たとえばある同じ情報を特定の人物に理解させるのに千文字使わなければならない人と百文字だけで説明できてしまう人を比べるのなら、誰が見たって百文字で説明できてしまう人の方が優れていると思うでしょう。実際に少ない文字数でなにかを説明するには多くの文字数を使う説明より要点や順序を筋立てることが要求されるため、文章的なセンスは千文字に比べて要求される度合いが高くなってきます。

 とはいえ、誰にでもわかりやすく説明するのに文字数が大いに越したことはありません。ここら辺が私もこのブログを書いていていろいろとジレンマになるところなのですが、短い方が文章的に優れているのは確かなので短く短くしたいものの、あんまりにも短く端折り過ぎると読者に要求する読解力のハードルも上げることになります。
 大分以前にも書きましたがこのブログは普段新聞やテレビで報道される情報よりややむずかしめの情報を扱うため、なるべくわかりやすく書く努力はしているものの自分でも意図的に読者へのハードルは高めに設定しており、意識レベル的にはちょっと説明がくどすぎやしないかというくらいの感触でいつも記事を書いています。

 しかしそんな風に毎日細かく書くもんだから、書いててやはりジレンマを覚えることがたまにあります。これは私の恩師のK先生の言葉ですが、文章がわかりやすいことに越したことはないもののやはり難しい問題や話題の場合は表現技法的には難しく書かなければその深い内容を表現し切れないものもあり、それらを無理やりわかりやすく書こうものなら結局は浅い範囲でしか内容を伝え切れないとのことで、まさにこのようなジレンマを感じているわけです。
 そうした私の心境を見抜いてか以前に友人から、「君、あのブログの文章は無理して余計に書いているでしょ」とはっきり言われたことがあります。

 それこそもし遠慮無用に自分が読んで理解できる範囲で記事を書いていいというのであれば、恐らくいつもの分量の三分の一くらいで私も記事を書き上げる自信がありますし、正直言ってそのような短い文章の方が記事全体の完成度の点で高いと思います。しかし文芸を追求するのあればともかく、あくまでこのブログは私の意見を世に問う、わかりにくい問題を読者に解説するという目的の元にあるため、そうした文章自体の完成度は捨て置いてわかりやすさと内容を第一に考えながら書いています。それでも友人の中には難しすぎてわからないと言う方も少なからずいるので私の技術もまだまだということなのですが、やっぱり時にはフルパワーで短く完成度の高い文章を書いてみたくなったりもします。

 ここで話は変わりますが、よくどうすればこのブログを毎日更新する位に文章が書けるようになるのか、どうすれば表現技法を高められるのかという質問が来ることがあるのですが、手っ取り早い一つの方法としてはまず自分が考えていることを文章に書き、それが書き終わるやその同じ内容を今度は二分の一の分量で書き、それが終わるとまた二分の一とどんどんと文字数を狭めていくのがいい方法だと思います。こうすることによってその文章の中で何が重要なのか、なにがあまり重要でないのかが峻別されていきますし、また少ない文字数、というよりはこの場合記号数で同じ内容を表現しなければならなくなるので自然と表現の選択も高級なものが求められるのでいい訓練になると思います。

 そういう意味で、現在の大学受験や就職試験などで求められる記述テストというのはかえって日本人の文章力を低下させてしまうものに思えて他なりません。このような試験の問題に「~を100文字以内で説明せよ」という風に書かれていたらまず90文字以上の文字数を埋めねば○をもらうことは出来ず、質問に対する正解の核心部見つけ出した後に言うなれば贅肉のような余計な文章を付け加えるような回答の仕方が大学受験などで定着しているように見えます。
 言ってしまえば質問に対する適切な回答というのは短くて済むのならそれに越したことはなく字数に制限をつけること自体ナンセンスですし、場合によっては短い回答の方がかえって優れていることもあります。そういう風に私は考えていた上に中学校時代に今思えばかなりヘボな文章力だったにもかかわらず、自分の方が文芸は上なんだと妙な意識があってそうした回答をし続けたために毎回の国語のテストは悲惨でした。

 聞くところによると遺伝法則の発見で有名なメンデルは、遺伝法則についての自説の説明をレポート用紙一枚で説明しきってアカデミーに提出したそうです。まぁ当時は評価されなかったけど。
 私にとって一番理想的な文章というのはまさにそういう文章なのですが、また今日も長々書いてしまったと思う辺りその前途はまだまだ遠そうです。

2009年4月5日日曜日

検察報道に対するメディアの違い

 先日友人から読んでみろと勧められたので週刊朝日の4/10号を買って読んでみましたが、友人の言う通りにこの号は面白い内容で私も週刊朝日を一気に見直しました。今までAELAと並んで週刊誌の中でつまらない部類だと思って読んでいましたが意外や意外に目当ての記事意外もいろいろと面白く、表紙は私が今一番贔屓にしている多部未華子氏だし、カラー部ではWBC優勝記念とばかりに参加選手らの甲子園、大学野球時代の写真と現在の姿を比較しながら並べてもいました。それにしても、WBCの野球選手は皆高校生や大学生の頃よりはさすがに大人っぽくなっているのに、田中将大選手だけが高校時代から何も変わってなかったってのはある意味不思議でしたが。

 それはともかく、友人が勧めてきたのは今まで私も散々取り上げてきた小沢一郎民主党代表の秘書逮捕事件についての記事です。ついでなので、これまで書いてきたこの関連の記事をリストアップします。

小沢民主党代表秘書逮捕のニュースについて
西松建設事件について続報
二階俊博議員への捜査の広がりについて
小沢代表の続投について

 今回のこの事件に対して私は同様の疑惑をもたれている自民党の議員らは差し置いて小沢氏の秘書だけを逮捕、捜査したあまりにも不平等で公正さのない検察と、選挙が近いこのタイミングの上に逮捕発覚後に自民党の漆間氏の例の発言が飛び出したことから、小沢一郎という議員を私は個人的に嫌いながらも民主党の代表の座から降りてはならないし裏で誰が糸を引いたのか今後追求していくべきだと過去の記事で主張しました。

 私はてっきり、これほどまで強引で不平等な捜査が起これば検察への批判が高まるだろうと思っていたのですがさにあらず、世論調査でも小沢氏は代表を辞任すべきだという声が常に多数となり、またほかのあちこちのブログでも取り上げられていますが毎日新聞の「早い話が:小沢一郎のどこが悪い」の社説も、私なんかは毎日にしてはなかなか落ち着いていい点を突いているなと感心しましたし西松建設へ何故ダミー団体を通しての献金を行ったのかを追求すべしという意見に賛成なのですが、ほかのブログなどではどちらかといえばとち狂った意見だと批判されているのばかり見ます。

 そこで今日ここで取り上げる週刊朝日ですが、4/10号にて「検察の劣化、総力特集」と称して今回のこの問題について大量に紙幅を割いて特集しており、ちょうど私の言いたいことなどをすべて書いていてくれて個人的には胸のすく思いのするいい内容の記事でした。
 そうした一連の記事の中で特に私が注目したのは、まさにこういうことなんて週刊誌だからこそ書ける記事なのですが、今回のこの事件における大メディアによる報道姿勢ことあの悪名高き記者クラブ制度について言及されている点です。

 記者クラブ制度についてはまた今度特集を組んで解説してもいいのですが、要するに日本のテレビ、新聞などの大メディアによる談合組織です。基本的にどのメディアにとってもある意味ドル箱な内容である官公庁発表というのはこの記者クラブに加盟していなければ取材することが出来ず、メディアの中で一段格下扱いされている週刊誌は総理や警察の記者会見はおろか、国会内にて国会議員に単独で取材することすらも制限を受けるそうです。
 この記者クラブについては主に週刊文春の文芸春秋社や週刊現代の講談社といった出版社系列の記者らが激しく批判しているのは知っていまし彼らがそうした批判をするのはもっともだとも考えていましたが、意外や意外に新聞メディアの朝日新聞社の傘下にある週間朝日の記者は記者クラブによってはじかれることはないだろうと思っていたところ、今個人的に注目している上杉隆氏によるとどうもそうでもないようで、今回の週刊朝日の記事でも記者クラブによってはじかれていることを示唆しています。

 それでその問題のある記者クラブが今回の小沢氏の事件でどのように関連性があるかですが、基本的に記者クラブに加盟している大メディアの情報源は検察や警察といった官公庁であることが多いために、ひとたび彼らの機嫌を損ねたら途端に情報を分けてもらえなくなるため、彼らを批判する記事を書かないとされています。それがはっきりと表に出たのは数年前に北海道新聞が道警の裏金問題を大々的に報道した際で、あの事件以降道警は北海道新聞を事件情報といった会見から締め出すようになったそうです。
 そうした弱みがあるためにこうした検察や警察の問題は昔から記者クラブに元々加盟していない週刊誌が強いと言われていたのですが、週刊朝日は今回の小沢氏の事件は秘書の逮捕以降、毎日のように「関係者によると~」の切り口で小沢氏にとって不利な情報、しかも明らかに捜査関係者でなければ手に入らないような情報がほとんど裏付けもないにも関わらずまるで真実であるかのように報道され続けたことが問題だと指摘しています。

 言うまでもなく、この場合の「関係者」というのは間違いなく「検察」ととってもよい、というよりそうとしか考えられません。そして検察としてはこの事件をなるべく「作りたい組織」であるため、利害関係からすると情報の裏づけなどといった点で非常に怪しいのですが、週刊朝日に言わせると大メディアはそれこそ「大本営発表」のように言われるままに報道し続けたとして厳しく批判しており、私としても週刊朝日と同じように今回の事件の大メディアの報道姿勢にいぶかしむ点が数多くあります。
 週刊朝日が実際にこの大本営発表の例として挙げた事例として、「逮捕された秘書が西松からの献金だと認識していたと虚偽記載を認める供述をしている」というニュースをNHKが放送したところ、秘書側の弁護人がそのような供述はしていないと反論した事例を挙げています。

 供述をしたとされる秘書はこれまた言うまでもなく当時は拘置所の中で、その秘書と接触がもてるのは彼の弁護人と検察内の捜査関係者だけです。となるとNHKは検察内の捜査関係者から情報を取ったと考えるのが自然ですが、もし弁護人の言う通りにしてもいない供述を捜査関係者によって「した」と言われて報道したというのなら、取材過程などに問題はないのかということになります。
 このように、今回の事件は捜査過程はもとより大メディアの報道姿勢についても異常な点が数多く見受けられます。こうした点に注目し、今後もこの事件を見守っていこうと思います。

北朝鮮のミサイル発射について

 本日午前に北朝鮮が弾道ミサイルを発射(衛星ロケットでないことを先ほどアメリカ政府が発表)しましたが、この事件に対する私の感想はというと、今回は少々日本人は騒ぎすぎだと思います。

 日曜ということもあって夕方からまた久しぶりに各放送局のニュースを細かく見ていましたが、どの局もこのミサイル発射をトップに持ってきて大々的に報道していたのですが、確かに全く危機感を持たずに報道しないというのはそれはそれで問題ではありますが、今日の報道は私が見る限りどちらかといえばミサイル発射の事実を報道するというより、国民に対して必要以上に危機感や恐怖感といったものを煽るような報道ばかりだったように見えました。

 というのも北朝鮮が事前予告していた打ち上げルートに沿ってミサイルが発射される場合、ミサイルは日本の上空を通過するために日本本土へ落ちることはほとんど考えられませんでした。もっともこの事前予告ルートがブラフでいきなり日本の重要施設へミサイルを撃ってくる可能性があったというのであればそりゃ確かに大事ですが、今回のミサイル発射実験はイランなどといった中東諸国に対して北朝鮮がミサイル技術、製品を輸出するに当たりその性能を証明する目的のために実行されたとされ(去年にイランが打ち上げた衛星ロケットは北朝鮮製と言われている)、いきなり日本に向かって撃ってくる可能性は低いと私は考えていました。

 そして仮に飛行中に何らかのトラブルでミサイルが墜落するにしても、確かに気休め程度にしかなりませんが日本側としてはPAC-3を始めとした対策を行っており、後はなるようにしかならなかったのが昨日までの段階でした。そして本日の発射によって、確かに日本全土を射程に入れるミサイルを北朝鮮が改めて保有していることが証明されたという事実は日本として脅威ですが、その発射の事実をことさらに大きく報道して国民の不安を煽るというのはかえって私は北朝鮮の思う壺だと思います。そもそも、日本全土を狙えるミサイルを北朝鮮が保有しているのは最初のテポドン一号の発射でわかっていることだし。

 再度結論を述べさせてもらいますが、今回のミサイル発射は事実は事実として受取り、日本人はことさらに慌てず今後の北朝鮮への外交や国際世論を落ち着いて注視するべきだと思います。危機感を持つに越したことはありませんが度した不安や混乱は北朝鮮を喜ばせるだけなので、報道機関などの過剰な報道に流されないでいることを暗に願っております。