2010年6月30日水曜日

消費税増税で庶民は本当に困るのか?

 去年の衆議院選挙の選挙期間が一ヶ月以上もあったこともあるかもしれませんが、投票まで二週間を切っているにもかかわらず今度の参議院選挙は全く盛り上がりがありません。ワールドカップのおかげと言うかせいと言うべきか。

 ただそんな次回参議院選挙において、最大の争点と言うか議論の中心になっているのは菅首相がぶちあげた消費税増税議論でしょう。
 この消費税増税議論については賛否両論というより批判する声ばかりが大きく、出した本人の菅首相ですら身内の民主党からも反発食らって最近はこの件に触れなくなってきております。ただ私の意見を言わせてもらうと何も今度の参議院選挙が終わったらすぐに消費税を導入するとは言っておらず、将来的な財政を考える上で消費税を増税した場合はどうなるか、どのような増税の仕方がいいのかを議論するのであれば早いに越した事はないと考えており、むしろこの議論は本来ならば十年前にやっていなければならなかった物なので遅すぎるとすら感じております。そういう意味で、自民党案に乗っかっただけとはいえ選挙前に消費税増税を打ち出した菅首相を私は評価しております。

 さてこの消費税についてですが、野党を中心としてやっぱり批判が多いです。その批判の内容はというと大半は消費税の逆累進性といって、要するに所得の少ない人ほど税の負担が大きくなる傾向があるため、ただでさえ不況で苦しいのに庶民を更にいじめるのかという物ばかり、ってかそれしか見ないような気がします。
 私はあくまで一社会学士、下手すりゃただのリーマンで税法なり会計においては全くの素人もいい所です。ただそんな私がおこがましくも意見を言わせてもらうと、消費税は庶民をより苦しめる税かと言われたら必ずしもそうじゃないんじゃないかと思います。確かに庶民の負担も増えることは増えますが、それ以上に普段税金をほとんど払っていない事業主、言い換えるなら個人企業のオーナーなり社長に与えるインパクトの方が確実にでかいと思います。

 ここでちょっと私の家系の話をするとうちの家は四代続けてリーマンという由緒ある雇われ人の家なのですが、うちの親父が中学生だった頃、クラスメートにはサラリーマンの家よりも独立して生計を立てている家の方が多かったそうです。それで互いに、

「サラリーマンの家は気楽でいいよなぁ」
「そういうお前の家は税金払ってないだろ」

 と、日ごろから言い合っていたそうです。
 わかる人ならもうここで話は切っちゃってもいいのですがそれだと私の出る幕ないのでまたくどくどと説明させてもらうと、日本の個人企業なり中小企業の事業主であれば所得税に関しては八割方は脱税できるとかねてから言われております。

 サラリーマンの家ですと所得税は基本的に給与から天引きされるので脱税をすることなんてほぼ不可能なのですが、事業主であれば自らの法人から個人である自分への所得をコントロールしつつ、個人の分の支出も法人の経費として処理する事でこの辺の課税を逃れる事が出来ます。

 簡単な例を作ると、ある個人企業の社長が自分専用に200万円の車を買うとします。しかしその購入費用の200万円はその社長の個人のお金ではなく自分の会社の経費から出し、購入した車も社有車として登録するとします。そうして購入した車は実質社長個人しか使われませんが名目上は社有車で、社長が購入するのに使用した200万円も本来ならば社長への所得として所得税が課せられるのですが、法人として購入したことになるので所得税は一切課税される事はありません。

 このように中小企業の事業主であれば会社の財布を自分の財布のように扱うことで、本来ならば個人の消費として処理されるべき項目、それこそ家族との外食代や愛人へのプレゼント代ももっともらしく交際費などといった経費として計上する事で所得税やその他諸々の税金から逃れる事が出来ます。
 さらにこういった処理を意図的に行って企業決算を敢えて赤字にする事により、法人税の支払いからも完全に逃れる事が出来ます。法人税というのは企業がその年度内に出した利益額にかけられる税金であるため赤字の企業には一切かからず、そういったことを反映してか日本の企業の八割は中小企業と言われていますが、少なく見積もっても全体で過半数の日本の企業は常に赤字経営で法人税を払っていないそうです。それでも世の中回ったりするのだからいろいろ面白い。

 ここで話は消費税に戻ります。
 さきほどの200万円の車を購入した社長の例ですと、仮に所得税や法人税をいくら挙げた所でこの社長から徴税できる金額にそれほど変化はありませんが、消費税を上げると確実にこの社長からこれまでよりも多くの税金を得る事が出来ます。また車に限らず、経費として処理されてきていた不適切な処理項目、さらには本来表に出てこないヤクザの持つ資金なども実生活上で使われた際には確実に徴収できます。

 こういう風に考えると消費税というのは税率が上がれば確かに庶民にとっても増税ですが、それ以上にこれまで事実上の脱税を行ってきている不心得な事業主らから徴収できる金額の方が大きいのではないかと素人的に思います。それこそ消費税を増税する代わりに所得税を一部下げたりすれば、実質増税になるのはそういった不心得な事業主らだけになりますし。

 私としては政府が増税する事については今の財政状況を考えるとごく自然な成り行きだと思うのですが、今の政府だとそうして集めた税金をまともに運用するのが不安です。財投債も事実上復活しますし。
 ですがもし消費税を増税して集めた予算の使途を完全に限定する、それこそ介護などといった社会保障にしか使わないのであれば、必然的に集められたお金は社会的弱者の庶民へと配られる事になるので、これまで脱税して来た事業主から金をふんだくれて一石二鳥になるかもと思うので、これなら私も増税に納得できます。

  補足
 昨日に書いた「何故日本人は無責任になったのか」の記事で一つ書き忘れていましたが、無責任な日本人が増えた理由の大きな物としてもう一つ、サラリーマン世帯が増えた事も挙げられます。個人で店なり企業なりを経営している人はその人個人に企業行動におけるすべての責任が付きまといますが、サラリーマンであればある程度は法人こと会社が責任を受け持つので、こうした意識が希薄化していくのではと友人が言っていました。本来ならば会社の責任は経営者こと役員が持つはずなのですが、日本とアメリカの企業役員はあんまり責任持たないので、こうした傾向に更に拍車を駆けているのかもしれません。

2010年6月29日火曜日

何故日本人は無責任になったのか

 この所文章が荒れていて、今に始まった事ではありませんがいまいち表現したい事を文章に表現できていません。今日の記事は前回前々回の記事の続きなので、初めにこれまでの記事のプロットから紹介します。両記事の大体の論法、意図したかった内容は以下の通りです。

 最近の日本文化は幼稚さ、幼さを売りにしている物が多いような
→改めて考えてみると、最近の若者は大人になりたがらない幼稚な人が多いような
→何で若者は大人になりたくないのか?
→大人になって責任を持つのを嫌がっているような気がする
→現に社会人も責任を抱えるのを忌避しているような気がする
→そういや首相や主要財界人でも無責任な奴が多いような気がする
→なんだかんだいって、日本社会全体で幼稚化してんじゃないのか


 ざっくばらんにまとめるとこんな感じです。ここで私の言う「幼稚化」というのは、そのまま「無責任になった」と読み替えても結構です。何だかんだ言って、責任感が強いか弱いかというのが大人らしいか子供らしいかを決める上で非常に重要な要素ですし。

 前回の記事で私は現に無責任な日本人が増えてきた例として、批判に耐え切れず一年前後で辞めていく首相達、社員は宝だと言うわりにはやけに離職率の高い会社の会長などを例に挙げましたが、今現在ですとただ力士から話を聞いただけで協会としてはやれるだけの内部調査をしたと言い張る相撲協会の理事長もこの類に属すでしょう。
 また個人でなくとも、社会的にも厚顔無恥だと言いたくなるような事件をこのところよく見ます。恐らくこの手の事件を起こす人は前からそういう人間でそういった人間が目に入るようになっただけかもしれませんが、モンスターペアレンツを始めとして、生活保護費を大量の携帯電話使用料につぎ込む人などと、義務を果たさずにおいてやたら権利を主張する人が堂々と公然に出てくるというのは私からすると理解が出来ません。

 このように日本社会が全体で無責任になってきたのが近年の日本の元気のなさ、希望のなさにつながっている一つの原因かもしれないと思って今日に至るまで長々と書いているわけなのですが、今日はどうしてこんなに日本の社会、ひいては日本人は無責任になっていったのかを幾つか仮説を挙げて考えてみようと思います。それでは早速最初の仮説から、

仮説一、大人になるメリットがない
 これは若者限定の仮説ですが、前の記事でも書いたように近年の若者は大人になるよりは子供のままでいたいと言う人が傍目にも多いような気がします。私自身の周りでもこのような事をいう人間は多く、先日も友人と一緒に「そこがわからねぇ」とお互いに言い合いました。ちなみに私なんかは結構ちっちゃい頃から早く大人になりたいと思っていて、大学を卒業した今でも学生生活にそれほど未練は感じていません。

 どうして現代の若者はそれほど大人(社会人)になりたがらないのか、一言で言って目に見えるメリットがなくてデメリットしか感じられないのが原因だと思います。現在不況の真っ只中という事もあって普通に正社員に就職できるかも怪しく、また正社員になった所で給料の伸び率は明らかに以前より小さく、学生生活と比べて制約される時間が多い割には得る物も少ないともきています。またサラリーマン特有のサービス残業や飲み会と言う訳の分からない付き合いを嫌う人間も増えており、それだったら時間分きっちり給料をくれるフリーターでいる方がいいのではという声を実際に私もよく耳にします。

仮説二、社会的責任の重大化
 自分なんか世代の影響もあると思いますが、やっぱり昔の話を聞いているとどんだけ無茶が許されたんだとよく思います。
 一番この仮説で代表的な例は交通事故を起こした際の刑罰で、以前は長くとも数年の懲役だったものが危険運転致死傷罪の導入によってかつてでは考えられないほどの厳罰が交通事故で下りるようになってきました。この危険運転致死傷罪を始めとして近年の日本の刑事罰は厳罰化の一途を辿っており、その上補償を求める民事裁判も大分一般化してきたのもあって以前と比べて意識するしないにしろ社会的責任は重大化しているように思えます。

 前もって言っておきますが私は上記の刑罰の厳罰化や民事裁判の一般化はいい傾向だと思っております。ただこれまで泣き寝入りするしかなかった人が救われる一方で、なにか事故が一件でも起きたら即社会から追放というような風潮も一緒に流れ始めているのはあまり歓迎しません。一例を挙げると私も過去に取り上げたマンナンライフの蒟蒻ゼリーなど、あれだけ幼児にあげるなと記載しているにもかかわらず与えて子供を殺した親の非難がセンセーショナルに報道され、野田聖子が自信の陰謀から攻撃を与えるなど、一失即死とも言う様な近頃の風潮はあまり住み心地がいいと思えません。ま、船場吉兆は潰れて当然でしたが。
 なお前回の記事で本来セットであるはずの権限と責任が一致していないのがよくないと書きましたが、何故一致しなくなったのかと言えばこの仮説で書いたように責任が以前と比べてあまりにも肥大化していったのも一つの原因と見ています。

仮説三、責任者が責任をとらない
 これは言わずもがなで、とかげの尻尾切りよろしく最高責任者ほど自身が責任を取らずに何かあれば下に責任を擦り付けることが実際に起こっているということです。一番いい例は民主党鳩山前首相と小沢氏の資金問題の際、どちらも責任を自分の元秘書にすべて擦り付けて逃げ切りを図り、検察もそれで納得しちゃったという例です。私を含めた国民の側からすると、一番上の人間はいくらでも逃げ切れるが下の人間はそのかわりに責任を擦り付けられるのだと見えたでしょうし、真面目にやる事に対して馬鹿馬鹿しさを感じた人も多かったのではないでしょうか。

 これとは逆の例ですが、郵便料金の障害者団体向け特別割引を不正に認定したとして逮捕、起訴された元厚生省局長の村木厚子氏の事件では、検察側証人がみんな村木氏は無罪だ、検察に脅されて村木氏が関わったと言ってしまったと証言している辺り、民主党の資金問題を見逃した近年の検察組織は戦後以降で最低レベルの集団だと言わざるを得ません。少なくとも村木氏を捜査、起訴したクズみたいな検事は顔と名前を出した上で辞職しなきゃ筋が立たないでしょう。

仮説四、責任感が強い事自体がデメリット
 皮肉な話ですが今の時代、道路の速度制限を忠実に守ろうとすることのように、ルールを真面目に守ろうとする正直者自体が馬鹿だという風潮がある気がします。一部の経営者を始めとして、「法律に書かれていないから」という理由で常識的な価値観からは大きく逸脱した行為を実行に移す人間が増え、また若者の側も就職活動の面接で確認がとれないことをいい事に嘘八百を並び立てて、どこか正直でいるよりも多少ずるしてでも利益を得る方が正しいというのが主流派になってきたと思います。

 何故そうなったのかと言えば、恐らく大半の方がアメリカ型の弱肉強食の価値観が入ってきたからだと言うと思いますが、上記のような意見を私は十年くらい前から見ており、だとすれば少なくともアメリカ型の思想が流入してすでに十年は経っている事になります。私はそのような価値観を追放できずにすでにそれだけの年月を経ているのであれば、日本人はたとえ嫌がっていようとももはやその価値観を是認してしまっていると言うべきだと思います。アメリカが悪いと言うのは簡単ですが、問題があるといいつつもその価値観を十年間も追放できなかったのは日本人の責任だと考え、批判ばかりしてないでどうそれを正すかを議論し、行動する方が建設的な気がします。


 ざっとまぁこんな具合ですが、今の日本はいわば責任からお互いに逃げようと日本人全員で延々とババ抜きをしているような状態で、一向にゲームが進まない状態にあるのではないかと言いたいわけです。ではどうすればこの状態を脱する事が出来るのか、一言で言えばごく単純に信賞必罰を徹底することだけで、過去に過ちを犯した者はその過ちの分だけ降格させ、功績を作った者はその功績の分だけ昇進させるだけです。
 やっぱり今の日本を見ているとこの辺が非常に曖昧で、責任から逃れ続けて傷が少ないだけの人しか昇進していないように見え、野球にたとえるなら、ストライクを多く取る投手よりもフォアボールを出さない投手が、取ったアウトの数に関係なく昇進するといった感じです。

 今年になってゆとり教育は有効性が認められず、ほぼ完全に方針転換することになりましたが、当初から批判が少なくなかったにもかかわらず導入した文部科学省の当時の責任者は何も罰されません。かつてノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一氏はノーベル賞を受賞するまでは日本国内でほぼ無名で、ノーベル賞を受賞した途端にあちこちから表彰されました。
 責任を取るという事について、もうすこし日本人は考えるべきだと言うのが私の結論です。

2010年6月27日日曜日

幼稚化する日本社会

 昨日に書いた「幼稚化する日本文化」の記事の続きです。
 近年、今に始まったわけではありませんがよく日本は駄目だ駄目だと日本人自らが言っております。しかし一体何が駄目になったのか、恐らく発言者の大半が意図しているのは経済についてでしょうが、それ以外にも治安、文化、学術、技術などといった分野も往年と比べると見劣りがしてしまう所も些かあるでしょう。では一体何が原因でそれらが駄目になったのか、一概に言える事ではありませんが、私は日本人が日本は駄目になったと思う大きな原因の一つとして、日本社会が幼稚化しているという事実も含まれているかと思います。

 昨日の記事でも少し書きましたが、現在開催されているワールドカップを見ていると外国の若い選手らがインタビューにて受け答えする場面をよく見かけるのですが、彼らのインタビューを見ていると、彼らと同年代の日本の若者と比べて実に大人びているというか、受け答えがしっかりしているという印象を強く受けます。もちろんワールドカップに出場する選手の大半は日ごろから海外リーグでプレイするなどそれぞれの国の普通の若者と比べても場数なり経験が多いのは事実ですが、それにしたってこのところの日本の若者は外国の若者と比べて態度や振舞い、発言が幼いように思えます。

 私自身も中国に留学していた際にいろんな国の学生らと交流をしましたが、決して全員が全員そうであったと言うつもりではないですが、日本人学生と比べて外国の若者はそれぞれがきちんと目的意識を持って留学に来ており行動の仕方や考えなど、確かに容姿や体格の違いなどで欧米人と比べてアジア人は幼く見えてしまうとはいえ、日本の学生はどこか子供っぽ過ぎやしないかと当時に感じました。ウクライナ人を除いて。

 そういう風な視点で何故日本の若者は子供っぽく見えるのかを少し考えてみたのですが、何よりも日本の若者自身が「子供のままでいたい」という意識を強く持っていることが原因かと考えるに至りました。大学生一つ捕まえてもこのまま就職もせずずっと学生を続けたいという意見がよく聞かれ、自分が独り立ちすることについて強い不安を口にする人を私自身が数多く見ております。年配者の方から話を聞くと昔はちょうどこれとは逆で、学生らは早く一人前として社会に認められたいという意識が強かったそうなのですが、どうして現代の若者は昔の流行り言葉でいうなら「アダルトチルドレン」、きちんとした学術用語でいうなら「ピーターパン症候群」のような傾向を持つように至ったのでしょうか。
 ここでもう結論を述べてしまうと、若者に限らず現代の日本人全体で責任を持つ事に対して忌避する傾向があり、それが子供っぽい行動をかき立てているように私は思います。

 本来、責任と権限という物は二つでセットの概念です。例えば動物の餌やり当番であれば動物に与える餌の種類や量を自由に決める事は出来るものの、餌のやり方で動物の体調が悪くなりでもしたら責められることになるといった具合です。
 しかし現代の日本の企業社会ではこの二つがセットになっているとは言い難く、仕事のやり方など応用が効かせられる範囲は殆んどないまま目標だけが課され、言わば権限はないまま責任だけが持たされるという傍目にもやってられるかという、中間管理職が一番辛い環境にあると言われております。そういった状況を反映してか、確か去年くらいの調査で最近の新卒就職者は出世意欲が低いなどという結果が出ましたが、あんなの私に言わせれば当たり前もいい所です。

 言ってしまえば、権限がないまま批判の種になる責任だけ背負い込まされるため、日本人みんなで責任から逃げ回っているのが今の日本の状況です。しかも嘆かわしい事に本来大きな責任を持つべき人間に全く責任感がなく、無責任な人間が数多くはびこっている事がこの動きに拍車を駆けているようにも見えます。

 まず筆頭に挙がるのは安部晋三氏以降の総理大臣で、どれも与えられた任期を全うする事なく約一年で辞任し、近年の日本政治に大きな混乱と後退を招きました。特に前二つの麻生太郎氏と鳩山由紀夫氏に至っては片方は、「すぐに総選挙を実施する」、もう片方は「秘書の責任は議員の責任だ」と、過去の発言などどこ吹く風かと言わんばかりに総理就任後には前言を180度ひっくり返した行動を取っており、最後には居直りまで見せるという無責任さには見ていてつくづく呆れました。

 また政界に限らず財界においても、今はJAL会長の稲盛和夫を筆頭に言っている事とやっている事が見事なくらいに真逆な人間が数多く、特に今は好調だけれども日産のカルロス・ゴーン氏に至っては、「目標を達成できなかった役員には辞めてもらう」とか言っておきながら自分が目標を達成しなかった時には全く進退について言及しなかったなど、ちょっとご都合主義もよろしすぎやしないかと言いたくなる人ばかりです。ま、カルロス・ゴーン氏は日本人じゃないけど。

 私自身、こういった社会で重要な地位にあるとされる人間がこれほどまでに無責任な人ばかりだと、真面目にやっていても何かあればトカゲの尻尾切りみたいな目に遭うだという気がしてそれほど出世したいとは思いません。こうした日本社会の無責任な風潮が大人になる事のメリットを感じさせず、若者を含めた日本社会全体の幼稚化につながっているのではないかと思うわけです。

 ついでに書くと外国人と比べて幼稚に見えるのは何も若者だけでなく日本の政治家も一緒で、今年49歳のオバマ大統領と比べると日本の首相はどれだけ頼りないのかとつくづく思いやられます。
 企業も大学生の採用ポントとしてどこも私が批判してやまないコミュニケーション力を一番のポイントとして挙げていますが、私はそれよりもむしろ、責任感の強い人材こそ稀少性が高くて必要になってくるんじゃないかと思います。

  おまけ
 今の表に出る日本人の中で誰が一番大人らしいというかしっかりしているように見えるかとなると、変な話ですがプロゴルファーの石川遼氏が私の中では上がってきます。それに比べるとテレビに映る人間は、大麻使用で捕まった押尾被告を筆頭にそれでも本当に子供を持つ親かと言いたくなる人ばかりです。

2010年6月26日土曜日

幼稚化する日本文化

 以前からリンクを結ばせてもらっているアングラ王子さんこと潮風太子さんのサイトがリニューアルされ、リンク先名も「風が吹けば旗屋が儲かる」に変更しました。今度は今期絶好調の千葉ロッテの話題がメインとなるそうなので、興味のある方は是非足を運んで見てください。

 先日、友人から突然二十年以上前に出版された筑紫哲也氏の対談本を渡されて現在もなお読んでいるのですが、最初の対談にて筑紫氏と向き合ったのは当時「構造と力」の出版にて大ブレイクしていた浅田彰氏でした。その対談を読んだ私の正直な感想を言わせてもらうと、「なんて生意気そうな人なんだろう」と浅田氏に対して思いました。
 ただ一見だけで判断するのはよくないし、かなり昔の対談という事もあるので下調べと言うか後調べと言うか、ひとまず上記にリンクを貼った浅田氏のWikipediaのページを読んで見たのですが、そこで書かれている人文知の項目を見てまさにこの評価が一変しました。

 そこで書かれている内容を私の理解で簡単に紹介させてもらうと、まず浅田氏は今の日本において人文知が成立する余地がなく、その理由として、「いまや国家もハイ・カルチャーに興味をなくしつつあるし、オタクあがりのIT成金もハイ・カルチャーに興味をもっていない」と述べ、「幼児的退行を売り物にするカルチャーが、日本的なオタクの特殊な表現であるということで、世界的に売れてしまう」現状だと評しています。

 上記の浅田氏の発言というか対談を全文読んだわけではないため浅田氏の具体的に意図したいことをきちんと私が理解しているとは言い難いのですが、上記に引用した文の中で私は「幼児的退行」という言葉に大きく注目しました。
 浅田氏が上記の発言で挙げているように近年の日本では確かに「幼稚さ」を売り物とする文化が大いに流行していると私も感じており、一昨日に書いた「芸術性の価値」の記事の中で指摘していますが、いわゆる純文学というか「解の出しようのない問い」をテーマにした作品という物となるとトンと世に出なくなってきました。

 この件について今日友人に振ってみた所、元々日本文化自体に幼稚であるというか幼さに対して特別な感覚があり、紫式部の「源氏物語」で光源氏が小児性愛に近い、っていうかそのままの感情を持つなどなにも今に始まった事ではないのではないかという風に返されました。友人の言う内容も私は十分理解できるのですが、それにしたって近年は本来は子供を対象にしたアニメや漫画が日本の偉大な文化の一つとして挙げられ、その一方で十年以上読み継がれる小説なり思想書が出てこないなど、二十年前と比べて明らかに違うという気がしてなりません。

 私自身もアニメや漫画を見る事は見ますが、こういった物はやっぱりサブカルチャーというか表であんまり趣味として広言出来ない物として扱うべきではないかと常々考えています。というのもサブカルチャーだからこそ暴力的などのきわどい描写をしても、「たかが漫画じゃないか」と言い返せるのであって、メインカルチャーでは扱えない範囲を扱う事が出来るのです。それをメインカルチャーのように祭り上げよう物なら、そういった表現に対しても規制が厳しくなり、本来の面白味も失っていくことに繋がりかねません。

 と、ここで話は変わりますが、実はこの所、密かに非常に問題なのではないかと感じていることがあります。それはどのような時に感じるのかというと、変な話ですが現在も絶賛開催中の南アのワールドカップの中継を見ている時で、世界各国から来ている20代前半を中心とした選手達がインタビューに答える姿を見てつくづく、

「日本の若者と比べて、外国の若者はなんとしっかりしていることか……」

 というように、自分も同じ日本の若者として情けなさをこの頃強く感じます。

 本当は今日まとめて書いてしまおうとも考えていましたが、私は近年の日本は文化が幼稚化していることに加え、社会全体でもどこか幼稚化しているような気がします。社会の幼稚化は文化による影響なのか、それとも逆に社会が幼稚化したから文化も幼稚化したのか、そういった疑問を含めて明日この日本社会の幼稚化問題について解説します。

2010年6月24日木曜日

芸術性の価値

 最近狙っているわけじゃないけど歴史関係の記事が多いので、久々に抽象的な事でも書こうかと思います。

 よく「○○は芸術性が高い」と芸術作品に対して評論家は述べたりしていますが、そもそもの話として芸術性とは一体なんなのかが一般人からすると分かり辛いです。恐らく絵画なら絵画、陶器なら陶器でそれぞれ芸術性を示す指標なり何なりがあるとは思うのですが、今では最大級の評価がなされているゴッホが生前には二枚しか絵を売る事が出来なかったことを考えると、それらの指標というのは時代ごとの評価基準ではないか、言い変えるならその時代の品評家が如何に評価するかで決まってしまうほどあやふやなものではないかという気がします。

 では形を変えて文学作品ではどうでしょうか。日本の文学界における賞としては芥川賞と直木賞が一番有名で、前者が文学性を重んじるのに対して後者は娯楽性、要するに売れる本がいつも選ばれていますが、はっきり言って芥川賞作品はそれほど知名度もなくよっぽどチェックしている人でなければ五年以上前の作品ともなると誰も覚えていないでしょう。
 これと関係するかどうかは微妙ですが、「明日のジョー」などの原作で有名な梶原一騎は川端康成についてこう言っていたそうです。

「川端康成がノーベル文学賞を取ったらしいが、俺の方が原稿料は上だ」

 梶原一騎の主張を敢えて意訳するなら、芸術性云々より売れる物を書いたほうが勝ちなんだといいたかったんだと思います。この主張は他の芸術界においても一部通っている所があり、どこそこのオークションでどれだけの値段がついたかで芸術家としての序列が決まるということもあるそうです。
 となると資本主義の論理よろしく芸術性というのはその時代ごとの金銭的価値で決まるのでしょうか。

 あまりもったいぶっていてもしょうがないので私の意見をもう書いてしまいますが、私は作品としての芸術性は、その魅力が及ぶ範囲、量、永続性の三点にあると考えています。
 例えばダビンチの作品群を例に取ると、彼が生きていた時代はもとより製作後数百年経った今でも世界中の数多くの人間を変わらずに強く惹き付けており、同様にシェイクスピアの文学作品も未だに世界中で読まれては演劇にも使われております。

 このように芸術作品の芸術的価値というのは、時代の流行や文化の影響を受けずにどれだけ幅広く受け入れられるか、まさに音楽でもあるように「クラシックさ」によって価値が決まるものだと私は考えているわけです。ですので単年度でどれだけ売れたかや、限定されたグループの人達の間でだけで熱狂して受け入れられているといった事実は芸術性を見るに当たってあまり当てにならないかと思います。

 そういったことを踏まえて考えると、私が何よりも残念に感じるのは日本文学です。もう十年以上前の話になりますがある書評にて、「今出ている本の中で十年後も読まれる作品といったら『少年H』くらいしかない」というものがありました。その「少年H」も未だに読まれているかといったら微妙ですが、明治や大正の文豪作品に比して現代の文学作品はどれだけ足が早いのか、語り継がれる作品がどれだけ少ないのかを考えるにつけ日本文学はここまで落ちたかと落胆してしまいます。

 個人的な趣味を言わせてもらえば、三浦綾子氏の作品はもう少し現代でも評価されていいと思います。「氷点」は数年前にドラマ化しましたが、なんかこの人の評価って文学者ではなく流行作家として扱われてて、多分まだ現国の便覧にも載せられていないんじゃないかな。因みに私は「銃口」が一番お気に入りですけど。

二度の世界大戦における死者数

 昔、どこかの本でこのような一説を読んだ事があります。

「日本にとって世界大戦と言ったら二次大戦しかないが、ヨーロッパ諸国にとっては一次大戦が与えた影響は二次大戦より遥かに大きかった。それまでヨーロッパ諸国は高度な文明社会であればあるほど高度な社会思想を持つとされ、戦争においても文明国ではルールに則った形で行われ無秩序な虐殺など起こるはずがないと考えていたが、そんなヨーロッパ人の概念を一次大戦は見事に粉砕した」

 この一説のいう通り、日本は一次大戦では火事場泥棒的に東アジアのドイツ領土を攻撃しただけでしたが、ヨーロッパの戦線ではいつ終わる事ない塹壕戦が延々と続いたばかりか毒ガスの使用や空中爆撃、戦車の登場といったそれまでにない戦術が次々と作られては実行されていきました。
 そんなヨーロッパにおける一次大戦ですが、先ほどの一説に続く形でちょっと気になる文言が付け加えられていました。その文言というのも、

「ヨーロッパにおける一次大戦の死者数は、二次大戦より多かった」

 最初見た時はそんな馬鹿なと思いつつも、国土が実際に戦場になったドイツやフランス、そして戦争に深々と介入していたイギリスといった西ヨーロッパ諸国ならさもありなんかなと、読んだ当時は思っていました。

 先日にこの話を友人にして以来、今日に至るまで何気に本当の所はどんなものかとちょっと気になっていました。そうとなればそれほど調べるのに時間の掛かるデータでもないので実際に比較して見ようと思い、この二度の大戦における各国の死者数を一つ調べて見てみることにしました。結果は下記の通りで、早速ご覧下さい。

  国別世界大戦死者数(民間人犠牲者含む)
・イギリス 一次:91万人>二次:40万人
・フランス 一次:136万人>二次:34万人
・ドイツ  一次:177万人<二次:550万人
・ロシア  一次:170万人<二次:2000万人?(ソ連)
・イタリア 一次:65万人<二次:68万人
・アメリカ 一次:13万人<二次:40万人
・日本   一次:300人?<二次:310万人


 まず最初に断りを入れておくと、一次大戦の死者数についてはどこも「ブリタニカ国際大百科事典」から引用しているのかほとんど同じ数字なのですが、二次大戦についてはナイーブさをはらむが故かネットで閲覧するサイトごとに死者数が異なっており、数字と統計にシビアなヨーロッパ諸国ならまだしも、数字に感情という(誇張ともいう)物をやけに詰め込みたがるアジア諸国についてはいい加減にしろと言いたくなるくらい大きく違っています。
 幾つか例を挙げると、日本の死者数については上記に引用している厚生省の調査による310万人に対して、「ブリタニカ国際大百貨辞典」では197万人とされております。中国に至っては1000万から2000万と実に二倍もの差があり、はっきり言って論外としか言いようがない数字の差です。

 そう言うわけで一時大戦の死者数にはWikipediaから、二次大戦の死者数については幾つか見ている中でまだまともそうな数字でなおかつサイトにあまり臭いがない「ひとりごとのつまったかみぶくろ」様の「第二次世界大戦等の戦争犠牲者数」の記事にて載せられているワールドアルマナックからのデータを引用しました。

 さて早速データを比較して見ると、私の予想通りに西ヨーロッパではイギリスとフランスが一次大戦の死者数が二次大戦のそれを大きく上回っております。それに比べると日本の死者数は比較にならないほど少なく、この辺が今度書くつもりでいるロンドン海軍軍縮条約における英米側と日本側の反応の違いを生んだ事は間違いないでしょう。

 幾つかこのデータについて解説を加えておくと、二次大戦におけるソ連は文字通り敵の弾が尽きるまで死体を積み上げるという作戦を強行し、なんでも1920年から1922年生まれのソ連出身男性の戦後の生存率は3%くらいだったそうで、ほぼ例外なく全員勲章を受けているそうです。死者2000万人というとてつもない数字がどれだけ正確かは測りかねますが、二次大戦において最も死者を出した国という意味では信用に足ると思います。

 最後に、今回調べていてちょっと意外というか、自分が見逃していたとちょっとしょげるデータが一つありました。そのデータというのも、これです。

ポーランド:二次:600万人

 二次大戦期におけるポーランドの虐殺というと侵攻してきたソ連によって士官ら二万人以上が虐殺された「カティンの森事件」ばかりかと思っていましたが、よくよく考え直すとアウシュビッツを初めとしたドイツによるユダヤ人収容所もポーランドに沢山ありました。実際に上記死者数の大半は民間人ことポーランド在住のユダヤ人だったそうで、これだけの人数を虐殺したドイツに対してポーランド人はロシアみたいに恨みに思わないのかと疑問に思ったわけですが、あくまでざらっとネットで調べた程度ですが、このポーランド国内におけるユダヤ人虐殺にポーランド人も一部加担していたという意見もあり、だとすればポーランドのロシアとドイツに対する態度が異なるのもなんだか納得がいきます。

2010年6月22日火曜日

天気予報と飲食店

 先週末の天気予報で、私の住んでいる関東地域では土日どちらも午後から雷雨になるとの予報が出ておりましたが、結果から言えば土曜の午前に小雨こそぱらついたものの曇り止まりで、午後には雨は降りませんでした。
 人間誰しも失敗があると昨日もデーモン小暮氏はいっておりましたが、それにしたってこの所の関東地方の天気予報は見ていて呆れるくらいに予報が外れる事が多いです。先月から何度も「午後には雷雨が」という予想がされているのですが、雷どころか雨すら降らないという日がもう何日もありました。

 一般人からすると、「逆ならともかく、雨が降らなかったのだからいいじゃん」で片付けられますが、これが飲食店ともなると話は大分違ってきます。飲食店などで働いた経験のある方なら分かると思いますが、同じ土日でも雨が降るのと降らないのとでは客の入りが明らかに違い、飲食店経営者にとってすれば雨はまさに商売敵以外の何者でもありません。
 私自身も喫茶店でバイトをしていた時期がありましたが、雨の日ともなると常連客を帰すと後は本当にやる事なく、バイト代をもらう事がなんだか申し訳なくなってくる日もよくありました。特に六月の梅雨時と「ニッパチ」こと出入りの少ない二月と八月は顕著で、天候というものがどれだけ経済に影響を与えるのかを身を以って知りました。

 そういうこともあって先日、雨が降っている日に後輩と会った際、昼食に入った和食屋さんで天気の話を振ってみました。

「雨の日は大変ですね。お客さんも少なくなるでしょう」
「ええまぁ。ただ天気のことは仕方がないので我慢するしかないのですが、天気予報でもお客さんって減っちゃうんですよね」
「天気予報で?」
「ええ。天気予報で雨と言われちゃうと、その日が晴れててもやっぱり減ってしまうんですよ。こればっかりは少し残念ですね」

 言われて見ると確かにそうで、次の休日が雨と予報でもされたりすると外出するより家にいようとしてしまいます。それで晴れたりしたら、飲食店としては確かにしょっぱい思いをするでしょう。
 そう考えるとこの所の天気予報なんて、大々的に雷雨だなんて言っておきながら雨粒一粒すら落ちない日もざらです。なにも百発百中にしろとまでは言うつもりはありませんが、飲食店で働いている皆さんのためにももう少し正確な予報を関東地方担当の気象予報士の方には頑張ってもらいたい所です。

2010年6月21日月曜日

続・相撲界の野球賭博事件について

 つい先週にも「琴光喜の野球賭博事件について」の記事でこの相撲界にまつわる野球賭博事件を取り上げましたが、一週間経った今日もこの問題は留まる事を知らず依然と火が噴きっ放しの状態です。しかも当初は数人の力士だけが関わっているとされていたのがいつの間にやら親方やOBを含めて数十人と、ゴキブリじゃないけどここまできたら未だに自己申告していないのも含めて少なくとも百人以上はこの野球賭博に関わっているんじゃないかと疑いたくなるくらいです。それは言い換えるなら、相撲界という組織自体が野球賭博に深く関わっているということになります。

 改めて今回のスクープを取り上げた週刊新潮は偽赤報隊事件犯人手記の面目躍如とばかりの見事な報道をしたと恐れ入るのですが、それに対して相撲協会の杜撰な対応は見ていてほとほと呆れてきます。琴光喜に続いて野球賭博を行っていた事を認めた元貴闘力こと大嶽親方の名前が上がってきたのも相撲協会の内部調査からではなく、これまた先週発売の週刊新潮からの実名報道を受けてのものでした。もちろん相撲協会はこの雑誌の発売日前に内部調査をしたと発表しているのですが、報道が調査に先んじるなんて以ての外で、これでは真面目に調査を行っているのかはっきりいって疑わしく感じます。

 しかも相撲協会は警察の対応を待ってから関わった人間の処分を発表するとしていますが、立件や刑事罰などならともかく協会内の処分(来場所出場禁止など)であればわざわざ警察の指示を待つ必要もなく、体よく時間を置いてほとぼりを冷まそうという思惑があるように見えます。漫画の「カイジ」の兵藤会長じゃないですが、真に反省して悔い改める態度があるのであれば果断にこういった処分は決定され、実行されてしかるべきでしょう。

 しかも前回の記事でも書きましたが相撲協会は昨年から大麻事件や朝青龍の暴行事件などがあって綱紀粛正に努めるといっておきながら、実質何もしていなかったというのが今回の一件でよくわかりました。さすがの私も問題があるとはわかっていながらも、朝青龍もこんな相撲協会に辞めさせられて今更ながらなんだか可哀相な気がしてきました。朝青龍はそれ以前からの問題行動に加えて一般人への暴行によって引退勧告がなされましたが、今回の野球賭博はヤクザも深く絡んでいることを考えると朝青龍の起こした問題と悪質性では全く引けを取らず、下手すりゃそれ以上に問題性のある行為であって、この野球賭博に関わった相撲界の人間はいい訳のあるなしに関わらず全員即刻追放されてしかるべきでしょう。

 追放でなければ朝青龍への処分と比べて明らかに公平さを欠き、また今回野球賭博を通じて黒社会に流れた金は、全部ではありませんが一部は国の文化庁から出されている国民の税金です。そんなお金をこんな事に使うなんて、キャミソール大臣こと荒井聡並のモラルの低さにはもう言葉も出てきません。
 何度もこのブログで書いているように私は国技館にも足を運ぶほどの相撲好きですが、今回の一件で見方をすっかり変えさせられました。

 目下の所、七月にある名古屋場所を開催されるかどうかがこの問題の焦点となっておりますが、先程のNHKニュースのインタビューにて好角家のデーモン小暮氏が、

「私は悪魔だが、人間誰しも失敗はあるもので、真面目に努力している力士も沢山おるので名古屋場所は開催すべきではないだろうか」

 と話していました。最初の断りはいらんやろ、と心の中で突っ込みました。
 私としては名古屋場所はただでさえ私が逆恨みをしてやまない中日新聞が深く協賛していることもあり、問題の処分が一向に目処が立っていない事も考慮するとやはり開催すべきではないと思います。これで中日新聞が配る予定だった相撲のチケットが全部パーになってくれれば、本当に御の字なんだけど。

2010年6月20日日曜日

ネットブック購入ヽ(*´∀`)ノ

 昨日はご多分に漏れずサッカーを見ていたのでまた更新をサボりました。なんかこの所自分でもびっくりな位に愚痴が多いですが、どうも神経が弱っているのか何もしなくとも疲れている事がやけに多いです。今日もパワプロで遊んでいたら、これまで四割七分だった自分の持ちキャラの打率が、一時三割八分まで下がったし……。
(´Д`)

 そんな一日明けの今日の更新ですが、友人からやけに強く薦められたのを受けて昨日ついにネットブックこと、小型ノートパソコンを購入しました。購入したパソコンのスペックは下記の通りです。

メーカー:東芝
型式:dynabook MX/33LRD
価格:59,800円
重量:1.6kg
OS:Windows7(Officeはなし)
メモリ:2G
CPU:1.3G
光ディスク:非内蔵
その他:WEBカメラ、無線LAN内蔵


 買ったのは東芝製のネットブックで、型式は今一番新しいのより一つ前です。光ディスクはついていないのですが、最近だと外付けでもスリムで安価なものも多い事から、7,000円の物と合わせて買いました。小雨の振る中買いに行ったのに、ビタ一文負けてくれなかったけど。

 今回ケチで有名な私が何故こんな数万円もする買い物をしたのかというと、i-padの発売を受けて今後携帯電話より一回り大きくて付加機能もついた小型端末が普及して行く事が予想され、恐らくその潮流は、「携帯電話→i-Phone→i-pad」か、「デスクトップパソコン→ノートパソコン→ネットブック」という、両サイドからの二つのアプローチがなされて最終的には真ん中で刷り合わせが起こるんじゃないかと読み、一応この動きに早くに関わっておこうと考えたからです。
 そこで何故i-padではなくネットブックを選んだかですが、i-padだと通信するのにパケット代とかいちいち考えるのが面倒で、ネットブックであれば何か外でパソコン使う作業にも幅広く使えるだろうという用途の広さで選びました。

 そんなわけで昨日はサッカーがやっている横でちまちま設定などをいじくっていたのですが、まず何が大変だったかというとWindows7です。パソコンのスタートメニューとかコントロールパネル内の項目など微妙に名前とか表示方法が変わっていて、まだ慣れていないのだから仕方ないのですが使っていてどうにも違和感を覚えます。ただメモリは2Gと、ネットブックにしては充実したスペックなので動作に緩慢さは感じません。

 ただそうしたOSの変化以上に、使ってて戸惑ったのは液晶画面の小ささでした。
 これまたネットブックにしてはやや大きめの液晶だとして選んだつもりだったのですが、小さいくせにやけに画像の解像度が高く、デフォルトの文字表示設定だと新明解国語辞典よりも小さい文字で見ていて目が痛くなってきました。そこで慣れない設定ながらも何とか文字表時を125%に変えてみるもののこれでも小さく、150%にして画面に占める割合は大きくなるもののまぁ納得できるサイズになりました。
 そう思った矢先、150%でネットに繋ぐとなんとホームページの文字まで極端にでかくなっており、画像と組み合わさっているページでは文字がはみ出して見れない程で、おまけに新しいソフトをインストールしようとしたらこれまた文字がでかすぎて使用条件に同意するか同意しないかのボタンが隠れてしまって押すに押せないという笑えない事態にまでなってしまいました。

 しょうがないのでまた125%に戻しましたが、多少は覚悟していましたがちょっとこの画面のあまりの小ささは想定外でした。本当は布団に入った状態で寝ながらネットを見る道具として考えていたのですが、これだとあんまり使えないかもしれません。もう少し設定をいじくってみますが。

 悪口ばかり書いててもしょうがないので良かった点を挙げると、やっぱりネットブックであるだけに重量1.6kgというのは非常に軽いです。これまでは同じくdynabookの大きめのノートパソコンを使っていたのですが、こちらは3.0kgと約二倍もあっただけにこの軽さは感動ものです。また無線LANが初めから内蔵されているのも助かり、受信速度もこれまで使ってきた無線親機付属の受信カードと比べても差がなく、なおかつカードを挿さなくともいいので出っ張りが減った分見た目にも気にいっています。

 なんかオチらしいオチがないですが、そういうわけで続報があればまた書きます。

2010年6月18日金曜日

生物の失踪について

 私が初めてそれに気がついたのは、大体2000年位なのでもう十年も前です。その後2006年くらいに化学系の記事で文章として書かれているのを見て、自分の実感は自分だけの物ではなく、すでに現象として起きているのかと驚きました。

 私が小学生だった頃、毎朝小学校へ通う道路の上にはいつもスズメの群れがおり、登校する私達が近づくと一斉に飛び立ってはまた戻ってきていました。そのスズメが今、私が初めて報道されているのを見て実に四年近く経ち、ようやく日本の各地で失踪していると盛んに報道されるようになったと思います。ちなみに四年前の私が読んだ記事では、元々スズメは人里を好んで住みつく習性があるにもかかわらず各地の市街地からいなくなるというのは明らかに異常だと書かれており、それが東京の都市部など極限られた地域などならともかく、今のように日本全国で起こっているのは私も何か奇妙さを感じます。

 このスズメ同様に、農作業にとって欠かせないミツバチも近年に大量失踪している生物の一種です。こちらは日本一国に限らず世界中で失踪していると言われ、さながら石油や鉱物資源のように世界中で奪い合いの様相までなしてきております。
 ミツバチについて私の知る限りの知識をまとめておくと、失踪しているのは主にセイヨウミツバチという、その名の通りに外国産のミツバチで、逆に日本固有種のニホンミツバチやスズメバチはあまり影響を受けておらず失踪しないようです。そのためこのミツバチ失踪の手がかりになるのではないかとしてニホンミツバチの研究が広がりを見せているそうですが、セイヨウミツバチと比べて受粉の媒介としては効率が悪いらしく、完全な代替種としてはあまり望めないそうです。

 一体何故このように一部の生物が突然失踪するのか。なによりも一番不思議なのはこれらの生物の死骸が見当たらず、文字通りに「失踪」している事です。もし大量の死骸が発見されるのであればウィルスなり環境変化なりの原因が特定しやすいのですが、その失踪する数に比べてそのような死骸はこのケースだと見つからないそうです。それがために原因が調べられないばかりか対策も見当たらず、この事態をより一層深刻にさせております

 現在挙げられている失踪原因の仮説だと、ミツバチに限れば蜂の帰巣に関わる神経に及ぼすウィルス説が有力ですが、まだ確とした証拠もないばかりか、世界で同時に失踪している事実を説明するには幾分説得力に欠けます。また農薬などの化学薬品の影響を指摘する声もありますが、これも同じように世界中で何故一斉に起こっているのか、農薬を使っていない養蜂家のところでも失踪している事を考えるとあまり当てになりません。

 中には何でもかんでもCO2のせいにすればいいという人もいて地球温暖化が原因とする活動家もいますが、1度や2度の平均気温の変化位でそもそもの平均気温に大分差がある日本と欧米で一斉に失踪するとはまず考えられず、また同じように空気汚染を原因に挙げる人もいますが、これも日本だと現代の方が高度経済成長期に比べて圧倒的に不純物が少なくなっているので眉唾です。

 そこで敢えて素人である私がでたらめな意見を言わせてもらうと、90年頃と現代を比べて起きている変化となると、電波の量がまず浮かんできました。90年頃は持っている人の方が珍しかった携帯電話が今では持っていない人の方が少なくなり、またアマチュア無線の時代は知りませんがニンテンドーDSを始めとして無線通信が街中でも盛んに行われております。

 電波がどのように人体などに影響を与えるかについては様々な意見があり、どっちかといえば悪者にされやすくて90年代にはアメリカの一部の州では発ガン率を高めるとして高圧電線の下に住宅を作る事を禁止したりしていましたが、今の所私は確実に信頼できる数値データは見ておりません。人間より一部優れた神経を持つ虫なども全く影響がないとは言いきれず、私に限らずこの電波説を唱える人もいるようです。

 この電波の次に私が思い当たる原因としては、なんかぶっとんだことを言いますが火山活動も少し気になります。
 先日のアイスランドの火山噴火で欧州を中心に世界中で空路が乱れたことは記憶に新しいですが、実はこのアイスランドの陰に隠れてこの日本でも、鹿児島県の桜島火山がこれまでの観測史上でも稀なほどに爆発的な噴火をこのところ繰り返しており、さらに今後もより活発化するのではないかという予想も立てられております。

 何気に私は大学受験時に競争相手が少ないという理由で通っていた高校に授業も設置されないにもかかわらず理科科目に地学を選んだ人間ですが、火山活動というのは我々が上に立つ地表の下のマントルという、溶岩流みたいな地表に比べて軟らかい部分がうごめく事で発生するとされております。このマントル部は地球全体でちょうど対流するかのようにうごめいており、歴史的にも世界各地で火山の噴火が同時期に集中する現象が確認されております。

 それがどうしてスズメやハチの失踪に影響するかですが、火山活動というのは地球全体を覆う地磁気に強い影響を及ぼすため、その地磁気の変化を敏感に感じ取るこれらの生物が失踪しているのではという説を採る学者もおります。
 私としてもこの説明なら世界中で同時に失踪しているというのもわかりますし、近年の世界中の火山活動を見ていてもまるで末法じゃないかというくらい頻発しており、今の所はこの地磁気説を強く支持しております。

 世界が不況になって温暖化対策やら環境保護の熱も下がって参りましたが、私はCO2の排出を如何に減らすかに予算を出すよりも、このスズメやハチといった生物の失踪という、今現実に起きて影響も及ぼしている問題の原因を研究することにお金を使う方がずっと価値があるように思うというのが、今日の結論です。

  おまけ
 ハチつながりでなんですが、そこそこ前の文芸春秋において昭和の名言特集というのがあり、この中で紹介されていた言葉の中で私が一番印象に残ったのはロッキード事件で重要な証言をした榎本三恵子氏の、「ハチは一度刺したら死ぬ」という言葉でした。

 この言葉の意味はこのような証言をして世間の目を浴びた以上は自分も以後は安穏として生きていく事はできないだろうという意味なのですが、比喩の仕方といい言葉のつなぎといい、なによりもその言葉で表現しようとする覚悟が存分に込められていて、昭和人はかくも美しく言葉を述べるかと嘆息しました。
 そこでうちのお袋にこの言葉を知っているかと尋ねたら、当時やはり流行した言葉だったらしく知っており、その上でこの事件から数年後にテレビ番組の「俺達ひょうきん族」において、榎本氏自身がハチの着ぐるみを着て登場したのがとてもおかしかったと述べていました。

2010年6月17日木曜日

書評「劇画ヒットラー」

 なんかこのところずっと体がだるくて頭痛も激しく、おまけに目眩までするもんだからすっかり健康に自信をなくしてしまっていたのですが、さっき体温計で計ったら36.9度の微熱でした。風邪気味だから体調が悪いと言えば聞こえはまだいいですが、こんなのがここ二週間くらい続いているというのもまた問題です。

 そんなわけでどうにもまた文章を書き起こす気力がわかない日々が続いており、元から誤字脱字が多いブログですがこの所は書いてる本人ですらなんだか心配になってくる量です。書こうと思う内容は幾つかあるのですが、なんというか一気呵成に書ききる自身がなくて伸び伸びで、折角関連する記事を書いて引きまでしておきながら続きを書かないまま放っている記事を量産するのが続いとります。

 そんなわけなので比較的書きやすい趣味の話題で今日の穴埋めを図ろうと思うのですが、先日、かねてから気になっていた水木しげる氏による「劇画ヒットラー」という漫画を購入しました。
 確か漫画評論家の夏目房之介氏だったと思いますが、彼は日本の漫画について、「九割は手塚、一割は水木」と評していましたが、この比較からも分かる通りに手塚治虫氏が存命中だった頃からも水木氏はよく引き合いの対象とされていました。そしてお互いにやはりライバル意識が強かったそうで、ある日手塚氏が出版社のパーティで水木氏を見つけるや、

「あんたねぇ、私の地元の宝塚の遊園地で鬼太郎のイベントなんてやらないでもらえます。こっちはいい迷惑なんですよ(#゚Д゚)ゴルァ!!」

 と、言い放ったそうです。もちろんその遊園地でのイベントは出版社が開いたもので水木氏はノータッチだから手塚氏の逆恨みもいい所なのですが、水木氏も相当根に持っているのか、事あるごとにこの話をあちこちでしているのを見受けられます。また手塚氏の子供は水木氏の漫画を、水木氏の子供は手塚氏の漫画を幼少時によく読んでいたそうで、どちらも親としては複雑な心境を持っていたそうです。
 そんな日本漫画界最大の巨匠二人ですが、お互いの作品内容も同じテーマでありながらまるきり正反対とまでは言わないまでも実に対象的な内容となっております。

 一般にヒトラーの漫画と来れば手塚氏の「アドルフに告ぐ」が真っ先に来るでしょうが、先に挙げたように水木氏も「劇画ヒットラー」というヒトラーを題材にした漫画を出しております。手塚氏の「アドルフに告ぐ」では二人のアドルフという名の少年が主人公で、ヒトラーは実はユダヤ人の血を引いているというフィクション的要素の強い作品となっていますが、水木氏の「劇画ヒットラー」では逆に、徹頭徹尾史実に基づいて書かれており、作中の解説もどこか客観めいた書き方がなされております。

 そんな「劇画ヒットラー」を読んでまず私が注目したのは、ヒトラーと来たら大抵の物語では彼とは切っても切り離せないユダヤ人虐殺の描写が多くなる、っというかメインになるのですが、水木氏のこの作品だと虐殺に関する描写が非常に少なく、その代わりにヒトラーがどのようにして権力を獲得して行き、どのように戦争が推移し、どのように追い詰められていったのかという場面に重きが置かれていました。特に世界史では習っているものの内容には詳しくなかった「ミュンヘン一揆」に関する場面や、それまで全く知らなかった彼の姪の「ゲリ・ラウバル」の話など興味深いものが数多く載せられており、ヒトラーに対してこんな見方があったのかと素直に感心させられました。

 水木氏は同じくヒトラーについて書いた短編の「国家をもて遊ぶ男」(「東西奇ッ怪紳士録」に収録)にて、「これほど強い”個人”は歴史上マレであろう」とヒトラーを評しております。私がこの「劇画ヒットラー」のことを話し、先ほど出した姪っ子のゲリが自殺した際にヒトラーはわざわざゲリの墓の横に自分の墓穴を掘り、部下がくるまでその穴の中にうずくまり続けたという話を紹介すると友人は、「ヒトラーは何よりも純粋過ぎた人間だったのでは」と話していました。

 自分が子供だった頃、まだナチスというのは現実味のある言葉で、ヒトラーについても「現代最悪の独裁者」というような書かれ方をしていたように思えるのですが、2000年代に入って十年も経った現在に至るとなんだかすっかり過去の歴史人物のような扱いへと移っているような気がします。
 私個人は歴史を作るのは歴史家ではなく、実際には物語を作ったりまとめたりする作家だと考えています。恐らくこれからヒトラーもタブーがそろそろ解けて、様々な観点から取り上げられて歴史となって行くような気がします。


2010年6月16日水曜日

菅総理にまつわる気になるニュース

 今日を持って今年の通常国会は閉会しましたが、なんか報道によると法案成立率は下から数えて二番目だったそうです。衆議院では大量の議席を得ているものの、参議院で単独過半数を持っていなかったのが原因でしょう。

 今国会終盤は、何が何でも支持率の高いうちに選挙に持っていって議席を確保しようとする民主党と、そうはさせじとオウンゴールを狙う野党の攻防、ってほどでもなく野党のささやかな抵抗が見られました。主にやっていたのは自民党でしたが、かつて自分らが与党だった頃は会期末に野党が問責決議案を提出する事に対して時間の無駄だといいながらも今国会ではきちんと出してきて、その一方で民主党の菅総理も改めて出される立場になるや、「何故出るのか分からない」と述べており、お互い本当はわかり合っているんじゃないかとツッコミを入れたくなりました。

 もう少し自民党の事について書いておくと、なんか誰も頼みもしてないのに早々に谷垣総裁は次の参院選で敗北(民主党が単独過半数獲得)したら責任を取って辞任すると発表しています。ただでさえ影が薄いのでやめたって意味がない気がするのですが。
 ただ先週、恐らく誰かの入れ知恵だとは思いますが、菅総理が参加を呼びかけている超党派の「財政健全化検討会議」に対して、「財政再建と言いながら、子供手当てのような大量のバラマキを続けている限りは参加できない」と発言したのはまだ評価しております。

 そんなわけでいよいよこれからが選挙戦本番となって行くわけなのですが、選挙を控えてどうもこの所、菅総理に関する民主党内からのニュースに気になるものが多くなってきております。
 まず最初に私が奇妙に感じたのは、今日もちょっと話題になっていましたが「ダブル選挙」についでです。これを報じたのは産経新聞ですが、リンク先の記事のよるとある民主党幹部が菅総理は衆参のダブル選挙を狙っていると話したと書かれています。常識的に考えるならば三分の二にこそ達していないまでも圧倒的多数派となっている衆議院の議席をわざわざ減らしかねないよう選択をするとは思えず(小沢派を切り崩すにしろ)、案の定今日の国会にてそのような考えはないと菅総理も発言しました。

 これともう一つ気になったニュースとして、以下のリンク先のニュースがあります。

「沖縄基地どうにもならない」 菅首相の「発言」が波紋(J-CASTニュース)

 上記リンク先ニュースの内容は、民主党沖縄県連の喜納昌吉参院議員が6/1に出した本の中で、去年の衆議院選挙後に菅氏が、「沖縄問題は重くてどうしようもない。基地問題はどうにもならない。もうタッチしたくない」、「もう沖縄は独立したほうがいいよ」と発言したと書かれています。
 私がこのニュースを見た際に疑問に感じたのは、一体何故喜納氏は今の今になってこんな事を言い出したのかという理由です。言ってしまえばこの菅氏の発言が真実であるかどうかにもかかわらず、下手をすれば次の参院選に影響を与えかねない内容です。これを野党の人間が書くならともかく身内の民主党から、しかも喜納氏は、

「半分ジョークにしろ、そういうことをいま副総理でもある、財務大臣でもある、将来首相になる可能性もある彼が言ったということ、これは大きいよ。非公式だったとしても重い」(注:執筆時期は菅氏が総理の就任前)

 とまで書いております。もし私だったら、仮に書いていたとしてもこんな普天間問題で荒れているこの時期なら出版を差し止めるんですが……。

 先ほどの唐突なダブル選挙の話といい、どうもこのところ菅総理に対するネガティブなニュースが民主党内から発信されているような気がします。発信源がどこなのかまではいちいち予想しませんが、案外次の選挙は目前の敵よりも獅子身中の虫との戦いへと菅総理は駆り出されるかもしれません。

  おまけ
 ちなみに上記の菅総理が発言したとされる内容ですが、私個人としては案外まともな感覚を持っているのだとかえって評価しました。政治生命を一気に吹き飛ばしかねず様々な利権が複雑に絡んでいる沖縄問題にタッチしたくないという政治家としての本音はさることより、沖縄独立に触れていることについては私もかねてから考えていました。
 これはかなり昔の友人との会話で出た話ですが、これまでの歴史から仮に沖縄が日本から独立したいと主張した場合、道義的に他の日本人は沖縄人の主張を止める術はないと友人と互いに一致しました。無論私個人としては沖縄は日本国に止まってくれればそれに越した事はないとは思ってますが。

2010年6月15日火曜日

琴光喜の野球賭博事件について

 先月の夏場所中、週刊新潮によって大相撲会において違法である野球賭博が横行し、大関である琴光喜もこの賭博に絡んでいるとの報道がありました。私がこのニュースを見た際、週刊新潮はちょっと前にも赤報隊事件で大誤報を放っているのですぐには信用してはならないと感じたものの、昨年から不祥事の続く相撲界という事もあってその後の経過を注視していました。結果はというと、面目躍如とばかりに週刊新潮の見事なスクープだったということが昨夜の琴光喜の関与を認める発言からわかりました。

 週刊新潮の元記事では野球賭博に手を染めていた琴光喜が掛け金の払い戻しを受ける際に暴力団とトラブルになったと書かれていましたが、先程のNHKニュースでも同様の報動がなされていたのでほぼ事実だったのでしょう。結論から言えば、ただでさえ不祥事の続いている相撲界ゆえに襟を正さなければならないこの時期に、こんな馬鹿な事をやっていた琴光喜に理事会は厳しい処分を下すべきだと思います。

 元々野球賭博はかねてから日本の暗部と言われ、胴元はどこも暴力団やっていることから彼らの資金源となっているといわれ続けてきました。今回の事件の報道を見ている限りだとそのような評判は間違っていないようで、奇しくも先週に場所中の最前列席をある親方が暴力団関係者に融通していたという事件が発覚したばかりですが、相撲界と暴力団とのかかわりが私の予想を超えるまでに深かったのだと今回の事件で痛感させられました。
 しかも琴光喜は、先ほどのNHKニュースにてインタビューに答えていた現役力士によると、場所中の支度部屋でも誰にはばかる事なく賭博行為をほのめかす発言をしていたとされ、すでに何人もの力士が名前こそ明かされないものの野球賭博を行っていた事を自白していると報道されていることから、角会ではそれほど特別な行為ではなかったのでしょう。

 だからといってこんな行為が正しいわけなどなく、しかも琴光喜は最初の警察の聴取では否認していて後になって認めたと言うのだから言語道断。かつての朝青龍騒動での処分を考えるならば最低でも二場所連続出場禁止(大関位の喪失を意味する)、可能ならば解雇とするのが適当かと私は思います。仮にここで手ぬるい処分をしようものならさすがに相撲ファンの私でも相撲に対して見方を変えるでしょうし、この前の大麻騒動でも批判されたように外国人力士には厳しく日本人力士には甘いとまた批判を受けるだけです。そういった事を考えるならば、ここはスパッと自主引退を迫るのがまだマシな落としどころではという風に思うわけです。

 厳しい事を書いているつもりですが私は決して琴光喜の事が嫌いではなく、むしろ技巧派の力士としてかねてから愛子様同様に評価しておりました。しかしそれとこれとは別で、相撲界全体の事を考えるならば琴光喜は出来る限り早く自分で決断を示すべきで、理事会も妙な引止めとかせずにこの問題に片を付けるべきでしょう。
 因みに同じく先ほどのNHKのニュースにて、親方衆は琴光喜に事実を確認した際に「やっていない」と言っていたのに裏切られたなどと言っていましたが、NHKニュースの解説員の言うように支度部屋でもおおっぴらにしていたのに信じるなんて話はないだろうと思います。最後までは言いませんけど、理事会も危機感が足りないにも程があるでしょう。

2010年6月14日月曜日

マスコミと警察

 古いイギリスの言葉で、「Bad news is good news.」というのがあります。これはイギリスの大衆新聞草創期に、確か「Daily tit bits」が売れ始めた頃の宣伝文句だったと思いますが、要するに真面目な政治討論やら論説意見を載せるよりも殺人事件や有名人の不倫といった俗っぽいニュースを新聞に載せた方が部数は伸びるという意味です。
 この言葉が言われてからすでに百年以上も経過しておりますが、現代日本のマスメディアも依然としてこの言葉通りの形態を保ち続けております。

 現在、日本のマスメディアがそのような殺人や強盗といったいわゆる犯罪事件を取り上げる際、主なニュースソースとなるのは言うまでもなく警察や検察といった捜査機関です。そのため昔から刑事番などといって警察署内に記者を常駐させ、また警察の側も広報を行う際にはそれら記者を一同に呼び集めて記者会見を行うなど、もういきなり結論ですが結構なぁなぁなところが昔からありました。

 昨日から今日にかけて出張所の方で日本のマスコミの警察に対する態度について書かれたコメントをいただいたのですが、情報源としてお世話になっている事から警察の不祥事に対して日本のマスコミはやや及び腰なところが数多くあり、それこそ警察内の不祥事、警察親族の犯罪といったことについては事実を知っていながらも報道せず、ひどい場合では警察と一般人の訴訟が起きた際には警察側の言い分しか取り上げないうということまでありました。

 卑近な例を一つ挙げると、昨年冤罪が証明されて釈放された菅谷さんの足利事件も、きちんと取材がなされていれば当時のDNA鑑定技術では百人に一人の割合で同じ鑑定結果が出てしまうため証拠として使うには不十分だということがすぐにわかったはずですが、警察側の個人識別に問題がないという発表を鵜呑みにしてマスコミは菅谷さんの冤罪を事件当時は誰も疑わなかったのではないかという気がします。

 そんな警察とマスコミの関係ですが、たかだか二十年とそこらしかまだ生きていないもののやっぱり以前と今とでは大分変わり、まだ不十分さは感じるものの適度な距離をマスコミが置くようになってきたと思えます。その適度な距離を置くようになった大きな転換点を私が敢えて上げるとしたら二つあり、もったいぶらずに言うと一つは新潟少女監禁事件、もう一つは北海道警裏金事件だったと思います。

 前者は事件の内容自体が事実は小説よりも奇なりと言わざるを得ない事件でしたが、この事件の発覚当初、警察が開いた記者会見にて新潟県警の幹部らが一切姿を見せなかった事に対して記者から質問が集中し、ついには当時新潟県警の視察に訪れていた関東管区警察局長を麻雀接待していたという事実が明るみに出てきました。しかもその接待麻雀では図書券が掛かっているという本来禁止されている賭博麻雀だったなど、法を守るべき警察官が重大事件の記者会見をすっぽかしてまで(報告を受けていながらも接待を続けていた)そのような行為を興じていたことに批判が集中しました。

 続いてもう一つの北海道警裏金事件というのは、かねてより神戸新聞と並んで地方新聞の雄と称されていた北海道新聞が綿密な取材を長期に渡って行い続けた事から発覚した事件で詳しくはリンク先のWikipediaの記事を読んでもらえば分かりますが、警察は事件の捜査等に協力した一般人に対して捜査褒賞費という謝礼金を出す事があるのですが、北海道警はこれを逆手にとって実際には協力の事実がないにもかかわらず褒賞費名目の支出で経費を捻出し、道から多額の裏金を引き出すと共に私的流用していたという事件です。
 この事件の発覚以降、全国の警察組織で同様の手口が裏金が捻出されていた事が一斉に分かり、公民の教科書に書かれる事はないですが社会的に大きな影響を与えた事件だと私は認識しております。

 ただこの事件をスクープしたことから、今ではどうなっているかわかりませんが、その後の警察の記者会見では北海道新聞のみが締め出されるという、道警から露骨な報復を北海道新聞は受ける事となってしまいました。こうなる事は北海道新聞としても報道する前から予想していた事でしょうが、それにもかかわらず取材を続けて報道をした北海道新聞には私は未だに尊敬の念を持っております。
 それにしてもちょっと偏った意見かもしれませんが、北海道教職員組合といい、北海道の組織にはどうも頭のたがが外れているところが多いような気がします。

 日本は90年代初頭、今ではすっかり死語ですが「水と安全はタダの国」という言葉がありました。こんな言葉が使われるだけあって当時の日本の警察組織への信頼の高さは子供だった私でも感じ取れる位で、当時は本気で日本の治安は世界一だなどと信じてもいました。
 しかし上記二つの事件、更に言えば「桶川ストーカー殺人事件」も起こり、警察への国民の信頼は徐々に揺らいでいったように思えます。マスコミもそのような国民の意識を受けてか、現時点でも警察に擦り寄り過ぎだとは思うものの、以前よりは距離を置くようになってきたように見えます。

  おまけ
 何気に新潟県警の接待麻雀事件において、影の主役だったと私が思える人物として芸能人の蛭子能収氏がおります。というのもこの事件の前に蛭子氏も現金を賭ける賭け麻雀の現行犯で捕まっており、この事件が発覚した当時に新潟県警は、「図書券を商品に使っただけで、賭け麻雀じゃない」と法律違反を否定していましたがその度にこの蛭子氏の例が比較され(本人もテレビに出演して不公平だといっていた)ていたのが強く印象に残っています。

2010年6月13日日曜日

日本がファシズムに至るまで

 昨日の記事で私は、ファシズムとコミュニズムは全体主義的傾向を持つのは共通するも、独裁を始める組織が権力を獲得するプロセスにおいて民主主義的過程があるかどうかに違いがあると述べました。この民主主義的過程を経ていることについてドイツのナチス党とイタリアのファシズム党については自明しされており、私も以前に「E・フロム 自由からの逃走について」の記事にて書いたように当時のドイツ国民は割と熱狂的にナチスを支持して押し上げたのは事実です。

 では日本は私の主張通りに民主主義的過程を経てファシズム化したのでしょうか。この点について現時点の一般的な日本人の見方は恐らく「NO」で、日本が最終的にファシズム化したのは間違いないにしてもそれは民主主義的過程を経ているのではなく、軍人や官僚といった元からの権力者が国民を置き去りにして暴走したからだという風に受け取られているように思えます。
 実際にWikipediaを覗くと「天皇制ファシズム」として一項目が設けられており、私の理解だとドイツやイタリアでは大衆が独裁政党を押し上げてファシスト化したのに対して日本ではそれらとやや趣が異なり、肯定派も否定派も天皇制という柱が重要な役割を果たしたと別扱いされています。

 先に私の結論を言うと、確かに天皇制の影響は多少はあったにしろ、当時の日本はドイツやイタリア同様に大衆が独裁党を押し上げ、いわば国民自らが日本を進んでファシスト化させたと見ております。

 まず当時の日本の状況から説明していきますが、アメリカより起こった大恐慌の影響を受けて当時の日本は国民全体で貧困者が溢れ、しかも折からの天災を受けて東北各地を中心に凶作が続き、東北地方を中心に農村では生活に困って娘を身売りする家や餓死者が後を絶たなかったようです。そんな最中、政治はどのようにそんな状況に対応していたのかというと、言ってて悲しくなりますが収賄や払い下げなどといった汚職が頻発していたそうなのです。

 大正デモクラシーを経て、日本でも成人男子であれば納税額に関係なく投票権を持つようになりましたが、皮肉な事にこの女性こそ除外されているものの普通選挙法が実施されるようになってから政治家の汚職が頻発するようになったのです。これは日本に限らず民主主義国家ではどこも同じ傾向があるらしく、投票権の幅が広がれば広がるほど政治家にとって政治というのは手段化し、腐敗化しやすくなるそうで、貧困者が増える中で私腹を肥やす政治家に憤りをもつ国民が数多くいたそうです。
 日本史をやればわかりますが、昭和前期というのは浜口雄幸首相を初めとして実に数多くの政治家が暗殺されております。それほどまでに政治家に対して国民は怒りを覚えると共に信頼を無くし、かわりに肩入れを始めたのが他でもなく陸軍を初めとした軍部でした。

 これはどの国でもそうですが基本的に軍隊というのは貧しい人間が入る事が多く、陸軍を初めとした軍人らは貧困者に強く同情しては遅々として進まぬ政治改革に政府批判を続けました。そうした声が実際に行動に移ったのがあの「二・二六事件」で、東北地方を主な出身とする軍人らは汚職に明け暮れる政治家らの政党政治を打倒した上で、軍人を中心とした政府を作り一挙に改革を行おうという目的の元でこの日本史上最大のクーデターは実行しました。
 結局二・二六事件は昭和天皇の強い怒りを受けた事から素早く鎮圧されましたが、クーデターは失敗したもののこの事件をきっかけとして政党政治家らは暗殺を強く意識するようになり、国民も政治家達よりも軍人たちの方が真面目に国のことを考えているのではと信頼するようになる人が増えて行きました。

 そうした世論を受けてか知らずか、その後の日本は軍族出身の人物が総理大臣に就任する事が多くなると共に軍の主張が大きく幅を聞かす様になります。また政府が軍縮政策を行おうものなら「米英の言いなりになる」という反対意見も国民から出るようになり、そうした声を受けて軍人らもますます増長して行きました。
 極め付けが、1940年に成立した大政翼賛会です。議会を事実上の軍部の追認機関としてしまうこの翼賛会に対し、国民はきちんと投票で持って翼賛会推薦議員を当選させ、議会へ送り込んでいます。言ってしまえば、投票で持ってこの翼賛会を否定する事も可能でしたが、当時の日本人はそうはしませんでした。

 確かに日本の場合、ドイツやイタリアと比べて軍部が軍部大臣現役武官制を盾に取る事で強く意見を主張できたこともあり、海外の評論家から、「日本はファシスト化する要因を始めからその政治構造内に持っていた」という指摘は当てはまると思います。しかしそれを推しても、当時の史料を見る限りだと日本人は率先して軍部を支持し、戦争も肯定していたようにしか私には見えません。それがいいことか悪い事かといえば当時の時代背景もあることからどっちかだと断言する事は出来ませんが、少なくとも一部の軍人らが国民を無理矢理巻き込んで無謀な戦争に突入したというのは間違いで、当時の国民もそれに一部加担していたというのが私の意見です。

  おまけ
 ナチス党の幹部がその主張に比べ個人資産を数多く抱えていたのに対し、日本の戦前の幹部(軍人)らは割合に清廉な人が多く、財産もほとんどなかったようです。

2010年6月12日土曜日

ファシズムとは何か

 数日前にある本を読んでいると、「戦前の日本がファシズム化したのは伝統的に支配者階級が強い権力を持って庶民を圧迫し続けてきた背景があるからだ」、という記述があり、「いや、そうじゃないだろう」という気持ちを覚えると共に、「そもそも、ファシズムってなんなのだ?」という疑念が持ち上がってきました。

ファシズム(Wikipedia)

 ファシズムというのは一般的に、第二次大戦中に日本、ドイツ、イタリアといった枢軸国における政治体制、もしくはその体制が出来上がる元となった思想の事を指しております。この名称自体はイタリアで政権を握ったムッソリーニ率いたファシスト党から来ていますが、ドイツのナチス党による「ナチズム」、日本の軍部による「大政翼賛体制」もファシスト体制として一般的には分類されております。

 それでこのファシズムが具体的にどのような政治体制なのかですが、特徴を項目ごとに挙げると以下のものが挙がってくるかと思われます。

1、無尽蔵な国家権力(=全体主義)
2、排外主義(=人種優越主義)
3、暴力組織による監視、弾圧(特高、SA)
4、大衆主義(=社会福祉向上の看板)
5、統制経済主義(=国家総動員法)
6、一党独裁の政府


 ちょっと小難しい言葉ばかりで申し訳ないのですが、ざっと並べるとこんなもんでしょう。

 一つ一つをもう少し詳しく説明すると、1番目の「全体主義」というのは個人の自由や人権よりも国家(政府)の体制維持が優先されるべきだという思想で、2番目の排外主義というのは自分達民族が優越な人種であると自認するという、大東亜共栄圏構想やユダヤ人虐殺につながった思想の事です。ついでに書いておくと、大東亜共栄圏構想というのはアジアを平等に一つの共同体へまとめようとする優れた思想だったなどという主張をする人がいますが、「アメリカを始めとした西欧人を打ちのめすために、一時的にアジア各国をすべて日本が占領する」という思想のどこが平等なのか、私にはわかりません。さらについでに書くと妹尾河童氏は「少年H」にて、まさに上記のような大東亜共栄圏構想を面接で滔々と話して高等小学校に合格したそうです。

 3番目の暴力組織については説明するまでもなく、4番目の大衆主義についてはナチス党の正式名称が「国家社会主義ドイツ労働者党」であったように、日本の軍部同様に底辺の労働者や農民の福祉向上を権力獲得のプロセスで掲げていたことを指しております。それゆえにこのファシズムを「国家社会主義」という訳し方をする人もおりますが、私もこれが適当だと思います。
 5番目の統制経済についてもあまり説明するまでもありませんが、要するに米やガソリンを配給制にしたりするなど経済分配をすべて国が管理する体制を指しており、6番目も言わずもがなで大政翼賛会やナチス党が議席を独占して内閣の従属機関でしかなくなっていたことを指してます。

 これらの条件を持った国家体制こそファシズムだというのが私の意見なのですが、一番大きな条件となるとやはり一番目の「全体主義」で、言ってしまえばその他の条件は大体この全体主義に付随するものです。

 さてこれらの条件、よくよく内容をみてみるとかつての旧ソ連や毛沢東時代の中国、果てには現在の北朝鮮といった旧共産圏の国々にも当てはまるような気がしないでもありません。実際にナチスは設立間もないソ連を運営していたボリシェビキの政治手法から多くを学んでおり、権力獲得後の手法は多くの面で共通しています。
 ではファシズムと共産主義同じ物なのでしょうか。さっきに挙げた条件の中で2番目の排外主義についてはやや議論の余地がありますが(旧ソ連内でユダヤ人は差別されたが、民族対立については今ほど激しくなかった)、それ以外の全体主義的傾向などは全くと言っていい程似通っています。

 ここからが今日のミソですが、ファシズムと共産主義を分ける決定的なポイントというのは、政府を握る組織が権力を獲得するまでのプロセスが民主主義的であるかどうかです。
 世界史を学んでいる方には常識ですが、戦前のドイツでナチスは民主主義的な選挙を経て、途中でミュンヘン一揆などもありましたが最初から最後まで極めて合法的に権力を獲得しております。それに対してソ連や中国の共産党は国内での革命戦争に勝利すると、スタート当初でこそ共産党内での方針の違う組織で分かれたり、共産主義と資本主義の中間的な組織が政治に参加するなど多党制的な体制でしたが、途中からは共産党のソ連ではスターリン、中国では毛沢東が対抗勢力を完膚なきまで叩き潰して一党独裁体制へと移っています。

 これまでの内容を簡単にまとめると、権力獲得後の体制こそほとんど似通っているものの、ファシズムと共産制はその成り立ちが民主主義的過程を経ているか否かで異なっている、というのが私の意見です。
 では戦前の日本はどうなのか。ナチスは民主主義に則って権力を獲得したが、日本は軍部がその強権と武力を持って無理矢理権力を握ったのだからむしろ共産主義的傾向が強いと思われるかもしれませんが、私の見方は戦前の日本はやはりファシズムであったと考えています。その根拠については、次回にて。

2010年6月10日木曜日

菅直人新政権の今後予想

 別に体調不良だと言うわけでもないですが、この所はこれまでにないくらい更新が少ないです。更新が少ないことに大した理由はないのですがこれだけ政治が動いているのに何も書かないのもあれなので、前回予想を外しておきながら今回もまたひとつ政治予想をして見ようかと思います。予想する内容も、菅直人新政権の今後です。

 鳩山由紀夫前首相の突然の辞任を受け、下馬評どおりに同じ民主党内の菅直人氏が新首相に就任することになりました。就任直後の内閣支持率は六割を超えて各識者、並びに私の周りでもあれだけ落ち込んでいた民主党への支持がこれだけ回復するとはと皆一様に驚くような意見が多かったのですが、私の見方はまさにこれとは逆で、六割しか取れなかったのでは先行きは険しいだろうという印象を覚えました。
 これは何故かと言うと、2000年代の日本の首相の支持率はどれもその就任時が最も支持率が高くなる傾向があり、これは逆に言えば今後どうあがいても支持率が六割を超える事がないということで、しかも前政権が前政権だったゆえに下降する際の角度は急激になる可能性も高く、そう言った事を考慮すると参議院選挙時は五割か四割を切る事になると思います。

 では民主党は参議院選挙の間まで何をするべきかと言えば、ひたすら貝のように黙って選挙日が来るのを待てば良いのではないかと私は考えました。支持率がこれ以上上がらないと行っても過半数の支持は得ているのだし、このまま黙って粛々と選挙まで運べば大負けは確実に避けれて、下手すればまた勝利を得られるのではないかと見ました。
 そう思っていた矢先、発足当初に新しく官房長官に就任した仙石氏が国民新党との連立を維持し、しかも今回期中に郵政改革法案を通過させると約束したのを見て私自身が呆れましたし、世論もはっきりとは見せないまでも何かしら動くだろうと感じました。

 郵政問題については過去に書いた「郵政民営化の是非を問う」の記事で私の意見はまとめていますが、今回国民新党がこだわっているこの郵政改革法案は事実上の逆行法案で、あれだけの苦労をしてようやく改革した郵政を以前以上にひどいものに変えようとするこの法案は見ているだけでイライラさせられる内容でした。一例を挙げると、国家公務員の新規採用人数を来年度は四割近く削減する一方、この改革法案では現在の郵政で雇っている派遣社員らをすべて正社員として雇用しなおすと書かれており、一体何がしたいんだと言いたくなるような態度です。田原総一郎氏も書いていましたが、国民新党の亀井はただ単に小泉憎しで郵政を叩き潰したいと本人も言っているそうで、何かしら政治的な必要性で動いていないのは明白です。

 結局、菅氏に首相が変わってもこの郵政はまた元に戻されてしまうのかと私も半ばあきらめていましたが、なんだか昨日から今日にかけて現在の会期予定では成立は困難と民主党が主張し始め、言ってはなんですが少し見直しました。折角ですからこの時点で国民新党と連立を切った方が、個人的には民主党のためにもいいんじゃないかと思います。
 ちょっと断片的な内容ばかりですが、敢えて選挙前に民主党に波乱があるとしたらこの国民新党の処遇ではないかというのが今日の私の意見です。

2010年6月7日月曜日

大原騒動と悪代官 後編

 前編中編と続いてようやく最後の後編です。結構ちんたら書いたもんだ。
 さて前回の中編では散々悪知恵働かした大原紹正が不幸な最後を遂げたもののその息子の大原正純が郡代職を継ぎ、父親と変わらぬ圧政を続けた所まで解説しました。

 具体的に息子の大原正純はどんな事をしたかですが、彼がまず最初に行って反感を勝ったのは災害対策金の着服でした。1783年、この年に浅間山が噴火した事により「天命の代飢饉」と呼ばれるほどの大不作となったのですが、幕府としてもただ手をこまねくわけにもいかず、飛騨高山にも1600両の救済金が配られる予定でした。ところがこのお金を大原正純は何を思ったか、救済金を得るために献金活動で金を使ったからそのままもらうといって、なんと一銭も農民に配りませんでした。それどころか財政がよくないとして、村々に対して一条金、今で言う地方国債のような拠出金を6000両も出すように命じたのです。
 これには前回、前々回の明和、安永騒動でこっぴどくやられた農民らも黙ってはおられず、代表者を数人決めて江戸に直訴するべく動き出したのです。

 すでにこの時期には十代将軍家治が亡くなっており、それに伴って権勢を振るっていた田沼意次も失脚しておりました。その田沼のかわりに老中主座についていたのは後に「寛政の改革」の指導者として名を挙げた松平定信で、飛騨高山の農民も清廉さに定評のある彼に訴えでました。
 この訴えを受けた松平定信は早速郡代の下の元締職である田中要介を江戸に呼び出して取調べを始めたのですが、この農民側の動きに対して焦りを覚えた郡代の大原正純はあらかじめ手を打とうと、国内の主だった農民指導者の逮捕に動き出すのでした。

 この大原正純の動きに気づくや農民らも各地に身を隠し、将軍の代替わり毎に全国各地を視察して問題がないかを調べる巡検使、比留間助左衛門と密かに接触し、群題のこれまでの悪行を訴え出たのです。先の松平定信への訴えもあったことから比留間も農民の話をよく聞き、その噂を聞いた他の村々からも次々と同じような訴えが集まりここに至って大原正純は追い詰められていったのでした。
 さらに農民側は念には念と、登城途中の松平定信に対して訴状の直訴(駕籠訴)まで行いました。明治時代もそうでしたが、この時代の直訴は重罰で、死罪さえもままおりる様な行為でしたがそれでも飛騨高山の農民らは実行したのでした。

 こうした農民側の訴えが功を奏し、すでに取調べを受けていた元締の田中要介は打ち首、そして大原正純は八丈島へ流罪という判決が下りたのです。更に松平定信に直訴した農民らは「おしかり」という、今で言うなら訓戒という最も軽い罰で止まり、取調べ中に牢死した者以外らはすべて軽い罪で許されたそうです。

 ちなみにWikipediaでこの「大原騒動」を見ると駕籠訴を行った農民には死罪が下りたという風に記述されていますが、私の持っている資料、所詮は歴史漫画ですがこちらでは上記のように「おしかり」で済んだと書かれており矛盾しております。そこでちょっと調べて見た所、ここの高山市立南小が恐らく総合学習でまとめたのであろうこの騒動の顛末記では、私の資料同様に駕籠訴をした二人は「おしかり」だったと書かれています。ま、もうちょっと検証しないとはっきりしませんが。

 今日ここで紹介した騒動は「天明騒動」と呼ばれ、前編の「明和騒動」、中編の「安永騒動」と三つ合わせて「大原騒動」と定義されております。

 最近はそうでもないですが十年位前に出ている学者らが書いた本などを読むと、「日本や中国、ロシアやドイツでは英米と違い、伝統的に政治支配階級が強権を振るって庶民らをいじめ続けた歴史がある(だからファシズムのような全体主義がはびこった)」という記述がさも当たり前かのように色んな本に書かれていますが、私はやはりこのような意見は偏見に満ちた意見だと考えております。
 確かに江戸時代初期は支配階級である武士の力が社会でも非常に強かったですが、中期以降ではどの武士も借金漬けで町人より力がなく、また差別されていじめられっぱなしだったと言われる農民も幕末にやってきた欧米人の手記などを読むと、彼ら欧米のどの国々の農民よりも日本の農民は豊かで幸せそうに暮らしていると完全に一致した見解が持たれております。

 今回三回に分けて紹介したこの大原騒動ですが、確かに悪代官が悪辣な手段で農民をいじめる話ではあるものの、見るべき者(今回は松平定信)が見て、最後には裁かれるべき者が裁かれる結末で終わっております。水戸黄門や暴れん坊将軍がズバっと現れズバっと悪人斬って一挙に解決とまでは行きませんが、粘り強い農民の努力もあったとはいえ、世の中にもまだ救いがあると思える話だと思えます。

  参考資料
「まんが人物日本の歴史2 徳川将軍と庶民」 小学館 1992年出版

2010年6月5日土曜日

大原騒動と悪代官 中編

 前編に引き続き、大原騒動の顛末について紹介します。
 さて前回では江戸時代の飛騨高山に大原紹正という代官がやってきて、よくもまぁこれだけ悪知恵が働くと言いたくなるほど農民に圧迫をかけていく過程について紹介しましたが、この後も大原紹正は手を緩める事なくさらに農民を追い込んで行きました。

 江戸時代の農民への徴税は田畑ごとにあらかじめ決められた量の米を納める事でなされていたのですが、その税額を決めるのは田畑の広さや質を測る検地でした。この検地は毎年行うのではなく数十年に一回というペースで行い、その時に定まった量が次回の検地まで基準としてあり続けたのです。
 大原紹正は前回の明和騒動の後、以前の検地時より新田が増えているとして新たに検地を行うと取り決めたのですが、農民の側からすると一方的に税額が増えるだけなのでもちろん反対しました。そこで大原紹正は検地を行うのは新田のみで、すでに検地がなされている従来からの田畑には縄を入れないと約束して検地の実施に移ったのですが、面の皮が厚いというかこの約束も見事に反故にして、従来からの田畑もそれまで以上に米が取れる計算で新たに検地し直し、なんと従来の1.5倍以上もの増税見込みをつけたのです。

 ただでさえ材木業が出来なくなって生活に困っていた農民達だけにこの一方的な増税には反対して隣国の家老に訴えたり江戸の老中に直訴したりもしたのですが、この農民の動きに大原紹正は主だった農民側の代表者達を逮捕、処刑して沈静化に動きました。
 そこで農民達は一計を案じ、自分達が作る農作物や炭といった生産物の流通を停止し、商業生活者である町人たちへ売らないようにしたのです。今で言うストライキみたいなものですがこれには飛騨高山の町人らも米が買えなくなるなど困り果てて、やむなく大原紹正も農民側との話し合いに応じて年貢高の増額やすでに捕まえている農民らへの拷問の禁止を約束しました。

 しかし、ここまで来ればもうわかるでしょうが、やはりというか大原紹正がこんな約束を守るわけなどなく、農民側を追い返すやすぐに近隣の藩に兵士を出兵させ、自分に歯向かった農民を強襲して一斉に百人以上も検挙したそうです。そしてこの時の騒動で捕まった農民の代表者、並びに前回の明和騒動で捕まえられていた代表者は一斉に処刑され、停止されていた検地も実行された結果、飛騨高山の石高はそれまでより五万五千石も増えたそうです。はっきりいいますが、これはありえないくらいの増税です。
 この増税の成功と田沼意次への賄賂が効いたか大原紹正はこの直後に代官から郡代へと昇進したのですが、天もさすがにこんな人間を放っておかなかったと言うべきか、まもなく大原紹正の妻が夫の農民へのあまりの仕打ちに心を痛め自害し、その翌年には大原紹正の目が突然失明し、そのまた翌年には熱病にかかってそのまま亡くなりました。ここまで一連の騒動は、前回の「明和騒動」に続く形で「安永騒動」と呼ばれております。

 農民側も多大な犠牲を負ったものの当事者である大原紹正自身が不幸な最後を遂げ、後味が悪いもののこれで幕引きかと思われたこの騒動ですが、大原紹正の後の新たな郡代に中央からまた誰かが派遣されてくるかと思いきや、なんと大原紹正の息子の大原正純が郡代職を継いだのです。この世襲も田沼意次への賄賂が効いたと言われ、蛙の子は蛙と言うか、息子の大原正純も郡代就任後は父親に負けず劣らず農民への苛政を続け、中央への賄賂を贈り続けたわけです。
 こんな強欲親子二代に農民側も黙っていられるわけなく、安永騒動から七年後、この飛騨高山代官バトルの第三ラウンドが開かれることとなるわけです。そういうわけで、結末は次回へ。

2010年6月3日木曜日

大原騒動と悪代官 前編

「おぬしも悪よのう、越後屋( ゚∀゚) v」
 悪代官と来ると、時代劇でもはや必須とも言っていいこのお馴染みのセリフが誰もが頭に浮かぶかと思います。それにしても、越後屋の「越後」こと新潟県の人はこのセリフを見てもなんとも思わないのでしょうか。長岡市は当時の越後には含まれていないけど。

 さてこの悪代官、具体的にどのような役職かというと意外によく知らないという人もいるので、ここで簡単に私がその役職を説明します。
 江戸時代、日本を治めていた徳川幕府はお膝元の江戸を中心とする関東地方だけでなく全国各地に自ら支配する直轄地こと天領を設けておりました。主なものだと京都や大坂といった現在にも続く大都市、小さなものだと収入源となる金山銀山の周辺地域、そして国防に関わってくる北海道や貿易港であった長崎も徳川家の支配地で、他の地域と違ってこれらの都市には大名はおりませんでした。しかしこれら天領は幕府直参の旗本らの領地であった江戸周辺の関東ならともかく、江戸から遠く離れた地域ではいちいち監視も行き届かず、支配や運営も江戸からの指示でやるにはあまりにも遠すぎました。それゆえこれらの地域には大名のかわりに幕府から役人を派遣し、その人物に管理や運営を任せるという、今で言うなら支社長を任命して運営させるやり方を取ったわけで、その派遣される役人の事を「代官」と呼びました。

 言ってしまえばこの代官、幕府の旗本でありながら派遣された地域で大幅な支配権が認めらており、さらには中央からの監視が緩いという、傍目にも具合の良さそうなポジションです。それゆえ講談などでは権力を笠に着た強欲者や幕府転覆を図る野心家などと格好の悪人に仕立てやすく、今に至るまでショッカーと並ぶ日本の悪の代名詞として君臨しているというわけです。
 しかし実際の代官の姿はというと所詮は派遣管理職で、変に地元と結託しないように幕府も定期的に交代させており、在任中に少しでもへまを起こそうものならすぐに左遷させられるというのが実情だったようです。

 では悪代官というのは講談の中だけの存在なのかというとそうでもなく、少なくとも私は「これぞ悪代官!」と言いたくなるような歴史上の人物とその代官が起こした騒動を一つ知っております。その代官というのは大原紹正という人物と、代官職を継いだその息子の大原正純で、この親子が飛騨高山で引き起こした江戸時代でも比較的大規模の一揆騒動というのが今日のお題の「大原騒動」です。

 江戸時代、開幕当初の飛騨高山地方は金森長近に始まる金森藩でしたが、金森氏は元禄期にこの地方の木材などといった資源に目を付けられた徳川幕府によって転封を申し付けられ、それ以降明治に至るまで天領としてあり続けました。そんな飛騨高山に江戸中期、西暦にして1700年代中期、田沼意次が政権の中枢にいた時代に代官としてやってきたのが大原紹正でした。

 この地方は山地の多い地形ゆえに農地はそれほど広くなく、当時の農民は野良作業と共に材木の切り出しを行う事で毎年の生計を立てておりました。それを大原紹正は就任早々、長らく木を伐採し続けて山が枯れ初めているとし、休山のため伐採禁止を布告してきました。これには林業で生活していた農民らも驚きすぐさま反対を訴えるものの大原紹正は聞き入れず、それどころかその年に幕府から木材代として農民に支払われる予定だった三千石の米を突如幕府に返納するとも言いだしてきたのです。

 返納するにしても急に大量の米を動かしたら米価が高騰するとして農民が反対した事で一時は中止となりましたが、農民側との約束をよそ目に大原紹正は地元の商人と結託し、他の地方から安い米を三千石購入してそれを幕府に返納し、元々返納する予定だった米は高騰した時に販売することで商人と利益を分け合おうと画策していたのです。
 これに気づいた農民側は結託した商人や町人の家を打ち壊しした上、代官である大原紹正に木材伐採の再開と、これまた大原紹正が就任直後に年貢の算定方法を見直して増加させた分の減免などを求めたのですが、大原紹正がそんな言い分を聞くわけもなく農民側の首謀者を徹底的に捜査して捕まえると牢屋に繋いで監禁してしまいました。

 この一連の騒動の事を「明和騒動」と呼ばれていますが、この二年後にはさらに大きな一揆が起こり、この時牢に繋がれた農民側首謀者らも二年後の騒動時に連座する形で死罪や流刑にされる事になります。話が長くなってきたので、続きは次回で。

2010年6月2日水曜日

鳩山首相の辞任について

 昨日にあんな記事を書いておきながら誠に恥ずかしいのですが、本日鳩山首相が辞任する事を発表しました。私は当初、もし鳩山首相が辞任するとしたら沖縄普天間基地移設に関して談話を発表した際だろうと考えており、その談話時に続投を表明したのだし、昨日の記事で書いたような背景もある事だから参議院選挙までは続けるだろうと予想しました。しかしその談話から一週間も経たない今日のうちに辞任をするとは、報道を見る限りだと野党の議員らも含めて各方面にとっても意外だと受け取られているそうです。

 それで今回の鳩山首相の辞任についての評価ですが、選挙戦を戦う上では辞任しないよりは遥かにいい決断なのは間違いないでしょう。どちらにしたって次回の参議院選挙は神風でも吹かない限りは民主党が敗北することが目に見えていますが、その敗北のダメージを少なくする上では遅れたとはいえまずまずの判断です。また今回辞任するに当たって同じく兼ねてより批判を受けていた小沢氏も幹事長職から一緒に辞任させ、早くも「次回の総選挙には出馬しない」と、今任期限りの政界引退を発表したのも悪くありません。
 特に、鳩山首相自体を私は評価していませんが、今回の辞任を理由にすでに七月十一日に投票が予定されている参議院選挙を引き伸ばさなかったのは麻生政権と比較すれ好感がもてます。恐らく先の政界引退発表といい、本人も麻生政権との対比を狙っているかと思いますが。

 鳩山首相の後継については現時点で菅直人氏が立候補を表明していますが、仮に対抗馬が出るとしても順当に行けばやはり菅氏がなると私は思います。新鮮さ、クリーンさという意味では枝野氏、仙石氏が上ですが、どちらもやや地味な印象は薄く党としての看板であれば知名度がある菅氏の方が有利かと思われます。また菅氏に負けないほどの知名度と来れば前原氏がおりますが、彼には未だに「永田偽メール事件」の禊がまだ続いているように思えるため今回は無理かと思います。

 今回の突然の辞任劇について現在各報道機関は辞任に至った経緯についてあれこれ想像を巡らせて報道しており、小沢氏が引導を渡したとか、かつての細川元首相同様に本人が唐突に言い出したなどとされていますが、昨日に大外れしておきがらまたも私の予想を書かせてもらうとやはり県外移設を断念した時ではないかと考えております。

 もう出し惜しみしても仕方ないのでまとめて放出しますが、鳩山首相は我々が考えるよりずっと長期的視野を持っていたと仮定すると、鳩山首相は初めから沖縄の米軍基地の県外移設はほぼ不可能と認識していながらも敢えて「五月末決着」を打ち出したのではないか、という仮説をこの前立てました。一体何故不可能と睨んでいる外交交渉を敢えて期限を切った上に啖呵を切ったのかというと、単純に社民党を連立に組み込み続けるためだったからではないかと思います。

 理屈はこうです。民主党としては去年の総選挙で勝利した頃より米軍基地の県外移設はほぼ不可能と見ながらも、敢えて県外移設を掲げる事で社民党を連立に囲い込み、彼らがいる間に自分達が通したいと考えているマニフェストに掲げた子供手当てや高校無償化といった政策を議会で通過させようとしたのではないかというわけです。五月末という参議院選挙も間近に迫るこの時期にまでアメリカとの交渉を先延ばしにしたのも、今国会で社民党を今国会就盤まで出て行かせないために打ち出したのではないかと、やや飛躍した考えである事は承知ですがこのように考えました。

 実際に今国会はかつての自民党もびっくりなくらいに強行採決が続き、民主党が目玉として掲げていた政策は高速道路無料化はともかくある程度は通過し、実施されるようになりました。ただ国民新党が力を入れていた、私が反対している郵政改革法案については昨日の徹夜国会の頑張りもむなしくこの分だと流れてしまいそうです。民主党としてももう国民新党に気を使う必要がなくなったのでしょうかね。

 さらにさっきの仮説に立って鳩山首相はこの時期の国会運営をどのように想定していたのかというと、またも飛躍した予想をすると社民党が連立から離脱するのは仕方ないとしても、これまでに通過させ、実施してきた子供手当てなどの法案がもっと世間から支持されて、たとえ県外移設を断念しても選挙で戦えるという甘い考えを持っていたのかもしれません。しかしこの沖縄の問題が想定以上に支持率低下や批判を集める事になり、選挙も完敗する可能性が見えてきた事から今回辞任したという、本当にこれだったら無責任もいい所だけど。

 最後にいい訳をすると、今日ここで書いた内容は根拠もないのにかなり大胆な予想も含まれていて、私自身も本気で信じているわけじゃありません。ただこうした大胆な予想というものは当たらずとも何かしら世間の動き、各プレイヤーの思惑を考える上で取っ掛かりとなる事が多く、読者の方の一助になればという考えからこの際書く事にしました。どうか多めに見てください。

2010年6月1日火曜日

鳩山首相、進退議論について

 なんかかまびすしいので、一応取り上げておこうと思います。

 先週の普天間基地移設に関する発表、社民党の連立離脱といった一連の事態を受け、今週に入ってから連日鳩山首相退陣論がニュースを騒がせております。もっとも今朝に限っては木村カエラ氏と瑛太氏の結婚ニュースのが大きく取り上げられて気がするけど。

 結論から言うと、私は少なくとも参議院選挙まで鳩山首相は退陣する事はないと見ております。その判断理由を幾つか挙げると、以下の通りとなります。

1、すでに七月初旬に選挙を行う日程が組まれている
2、鳩山首相と小沢幹事長が同じ資金問題を抱えている
3、鳩山首相の後継がいない

 一つ一つを説明すると、まず一番目については言わずもがななので省略しますが、二つ目についてはすこし世論と見方が違うので詳しくやっておきます。
 昨夜から鳩山首相は小沢幹事長と度々会ってなにやら話をしており、これを各ニュースでは小沢氏が鳩山氏に対して退陣要求を突きつけている、見放したなどと書かれていますが、現在鳩山氏と小沢氏は共に自らの政治団体における政治資金終始報告書の偽装記載の嫌疑が掛かっており、仮に片方がお縄に掛かるとしたら自動的にもう片方の首にも掛かりかねないような状況です。もし鳩山首相が降りて次の民主党総裁が鳩山氏、小沢氏に近い人物であればさほど問題にはなりませんが、逆に彼らと距離を置く議員が総裁になるのであればそれこそ選挙前の人気取りとばかりに彼ら二人をかつての三木武夫のように切り捨てる事も考えられます。そうした事を考えると、私は小沢氏が鳩山首相に退陣を求めるとは考え辛く、むしろ励ましたり煽ったりしているのが実情かと思います。

 三番目の理由もあまり詳しくやるまでもないのですが、仮にここで鳩山首相が辞めるにしても今の民主党には選挙の顔となれるような政治家はいなく、むしろ首相を挿げ替えてどうにかなると思っているのかとかつての自民党時代同様に国民に足元を見られる可能性が高いです。その上、今ここで変わっても新しく首相となる方は就任早々に参議院選の敗戦処理をしなければならず、下手すりゃ敗戦の責任を取らされて就任と共に辞めてしまうという笑えない事態すら起こり得ます。そんな火中の栗を拾うような状況で誰が立候補するかと言ったら私は疑問です。まぁ、菅直人氏ならやりかねないけど。

生徒への髪型強制の是非

 今日帰りの電車に乗る際、坊主頭をした中学生らしき集団に遭遇しました。肩にはこれからどっかに旅行でも行くのかって言うくらいでかいバッグを抱えていたので恐らく運動部に所属しているのでしょうが、どうやら現在でも運動部の生徒は坊主頭強制という概念は生きているようです。

 昔から、「野球部は坊主頭」というのは誰が決めたかわからないけど日本の部活動教育の不文律となっております。野球部に比べればまだサッカー部はまだ緩そうな雰囲気はありますがそれでも学校によっては坊主頭が強制であり、それ以外の部活動でも強豪校ともなると運動部員は坊主頭で当然となってきます。
 さてこの坊主頭、私の意見を率直に言わせてもらうと部活動教育に対してあまり意味があるとは思えず、中には嫌がる生徒もいるんだろうから強制なんてやめた方がいいと思います。何故意味がないと判断するのかといえば、野球に限れば勝利をとことんまで追及するプロ野球選手で率先して坊主頭にしている人はほぼ皆無で、また常識的に考えるなら技術や能力の向上に何かしら影響するとは思えないからです。よく精神性やら団結性を強く主張する人がいますが、坊主頭にならなくては保てない精神というのも考え物ではないでしょうか。

 その一方、こっちは運動部に限らず全校生徒にも関わってきますが、髪の毛の染髪については学校側が禁止するのは理があるように思え、存分に黒髪を強制すべきだと考えています。一体何故私がこんな主張をするのかというと、あまり表では知られていないものの染髪というのは髪に与えるダメージが人知れず大きいからです。

 私が中学、高校生の頃はちょうど染髪ブームが起こっていた時代で、通っていた学校は割とお堅い雰囲気であったものの男女別なく中途半端に髪の毛を茶髪に染めてくる生徒が後を絶ちませんでした。こんなことを書くくらいだからわかるでしょうが私はこの時のブームには一切乗らず、今に至るまで一度も髪を染めた事がありません。
 一体何故染めなかったのかというと、「サイヤ人は黒髪だ」というベジータのセリフがあったからではなく、これから話すようにかねてから染髪が当人の髪の毛に大きなダメージを与えて後々に深い影響を及ぼすと聞いていたからです。

 染髪が髪にダメージを与えるという話はうちのお袋から、「ジャニーズ事務所に所属している男性タレントらは流行に合わせてしょっちゅう髪の毛を染め直すため、髪質がすっかりおかしくなって引っ張るとまるでゴムのように伸びるらしい」、と聞いた事が始まりでした。別に染髪に憧れていたわけでもないし流行を追う性格でもなかったのですがこの話を聞いて少し驚き、自分でも染髪がどのような影響を与えるのかといろいろ調べた所、どうもお袋の言っている事は正しく、元々髪が強い女性ならともかく男性は若い頃はよくとも染髪を繰り返していると後々髪がハゲやすくなるということがわかりました。

 現実に、というより大分ホットな話題となってきましたが、人気アイドルグループのSMAPに所属する中居氏などはまさにそのタイムリミットが来たというのか、まだ30代にもかかわらずすっかり髪の毛が薄くなってテレビ番組でも帽子を被った姿がすっかり定番となってしまっております。

 くれぐれも言っておきますが私は別にハゲが悪いことだと考えてはおりませんが、現実にハゲになりたがらない人が数多くいることを考えると、自分で物事を判断すべきである18歳以上であれば自己責任ですがまさか染髪が後々ハゲにつながってくるとは想像もできないような中高校生らには学校側が強制してでも染髪を禁止し、将来の選択の幅を広げてあげるべきだと私は考えるのです。

 実際に私の小学校時代の同級生も、卒業後は全く会ってはいませんがうちのお袋によるとかつてのプレイボーイぶりはどこ吹く風か、20代ですっかりハゲ上がってしまって育毛に数十万円をすでに投資しているそうです。
 さらに最近はかつての染髪ブーム期の中高生らが親となり、自分のまだ小学校にも上がっていない子供に大人用の染髪剤を使うという話も聞きますが、専門家によると子供は大人と比べて段違いに頭皮が弱いためにこれは非常に危険な行為だそうです。

 おしゃれをするのは自分の勝手だし今ある現実を楽しもうとする事を私は否定しませんが、将来深く後悔するようなことはあまりするべきではないと考えているので敢えてこうして記事にしてみました。
 それにしても、政治系のブログでこんなの書くのって自分だけだろうな(;´∀`)