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2011年1月9日日曜日

猛将列伝~ヴァレンシュタイン

 先日ネットのニュースにて、すでに二十年以上も連載が続いているファンタジー漫画の金字塔と呼ばれる「ベルセルク」が映画にて映像化されるという話を聞きました。ベルセルクとくれば昔の知り合いがすごい好きでそいつに紹介される形で私も読み出し、現在も新刊が出ていれば必ずチェックする漫画の一つなだけに映画化と聞いて素直に喜ぶ一方、私だけじゃないだろうけどストーリーがめちゃ長い漫画なだけに本当にできるのかという不安がこのニュースを見てよぎりました。
 さてベルセルクとくれば中世ヨーロッパ、それも神聖ローマ帝国時代のドイツを模したような世界が舞台の漫画で、物語序盤までは主人公も所属している「傭兵団」の存在が非常に大きなキーワードとなっております。このヨーロッパにおける傭兵についてですが、大体十字軍の時代ごろから定着したようで14世紀には名高いスイス人傭兵が各国の戦争で使われるようになり、国民軍がこれに取って代わるフランス革命期までは事実上戦争の主役だったそうです。そんな傭兵団において最大規模の勢力を率いたのが、今日紹介しようと思うヴァレンシュタインです。

アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン(Wikipedia)

 高校にて世界史を勉強していた方なら名前だけ覚えているかもしれません。彼は国家という概念で初めて行われたというドイツ三十年戦争において活躍した傭兵隊長で、教科書によってはワレンシュタインという名前で紹介されています。

 ヴァレンシュタインはボヘミアの小貴族の家に生まれ、元々はプロテスタントでありましたが早くにカトリックに改宗して総本山のイタリアに留学しております。そのイタリアでの留学帰国後から傭兵業を営むようになったのですが、当時のドイツ、というよりヨーロッパはアウグスブルクの和議を経てピークこそ過ぎていたものの未だに新教(プロテスタント)と旧教(カトリック)の対立が激しく、ドイツにおいては各地域を支配する領主によってその信仰が決められておりました。これはつまりその地域の領主がカトリックなら領民以下はカトリックを信仰せねばならず、逆にプロテスタントならプロテスタントにならなければならなかったというわけです。向こうの価値観ではいちおうこれでも名目上は信仰の自由は持たれたと解釈していたようですが言うまでもなくこれだと領主のみしか自由はなく、領民らについては信仰の自由は未だにありませんでした。

 そこでやはりというか起きたのが、三十年戦争の発端となったボヘミア反乱です。当時のボヘミアを支配していたのは後のマリー・アントワネットをも連ねるハプスブルグ家なのですが、この一族は代々熱烈なカトリック一家で当時支配していたボヘミアにおいて新教徒の弾圧を行ったそうです。これに対してボヘミアにおける新教徒の貴族らは反発して領主であるハプスブルグ家に反乱を起こしたわけなのですが、この騒動に目をつけた周辺諸国は同じプロテスタントの同志を救うという名目の元、本心は勢力を拡大するハプスブルグ家を叩く為に続々と戦争に参加して泥沼化したのがこの三十年戦争の大まかな姿です。こんな具合で起こった戦争だったので、中にはハプスブルグ家と同じカトリックの癖にフランスはプロテスタント側で戦っております。

 当初、この戦争は新教側が優勢だったのですが苦戦するハプスブルグ家に対して助力を自ら申し出てきたのがヴァレンシュタインでした。彼は自身が募集し、訓練した傭兵団二万を率いて颯爽と現れるとドイツに押し寄せていたデンマーク軍を次々と撃破して逆にデンマーク領を侵すまでに進軍を行ったのですが、彼のあまりの活躍ぶりと彼が取った免奪税などの軍税に対してドイツ諸侯から批判が起こり、功績に対する褒賞として領土を得たものの軍指揮官職を罷免されてしまいました。

 ここで彼の取った軍税について説明を行いますが、当時の傭兵団は傭兵を派遣する領主や貴族は派遣先から派遣費を受け取るものの、派遣される傭兵自身は活動期間中に雇い主から給金を支払ってもらうことはなかったそうです。そのため領主らの命令とはいえ戦地で戦ったとしても何も得るものがなく、その代わりの対価とばかりに占領地で略奪を行うのが常で、この三十年戦争によってドイツ内の諸都市が大いに荒廃する一因となったそうです。
 その中でも一際有名でプロテスタント側を勢いづかせるきっかけとなったのがマグデブルクの戦いで、新教勢力が立てこもるマグデブルクという都市をを旧教勢力が陥落させたものの、陥落後は傭兵の統制が利かず大いに略奪が行われたために当時三万人いたマグデブルクの人口が陥落後はわずか五千人にまで減少し、しかもその生き残りのほとんどは成人の女性だったそうです。

 こうした傭兵の略奪は当時としてはよくあることだったのですが、ヴァレンシュタインは自分の傭兵団においては傭兵一人一人に対して給金を支払う代わり、一切略奪を禁じていました。この給金の出所は自分の領地から来る収入を充てていたのですがこれだけではもちろん足りるわけがなく、そのために彼が創設したのが占領地において軍隊が市民に課す免奪税でした。この免奪税はその言葉の通りに「略奪を行わない代わりに取る税」で、彼は戦闘期間中に占領した各都市から勝手にこのような税金を取って傭兵らへの給金に充て、その後似た手法が他でも採用されるなどその後の軍政史に影響を与えています。西郷札も広義で軍税に入るかな。
 この給金を支払って傭兵を率いるやり方は当初はうまくいっていたようです。しかし戦争が続くにしれそのうわさを聞きつけた他の傭兵らが続々と参加したことでヴァレンシュタインの軍は徐々に肥大化し、最盛期には十万を越す大軍団にもなってしまったようです。もちろんこれだけの人数の軍隊は当時のヨーロッパにはなく軍勢だけならヴァレンシュタインはナンバー1となったのですが、逆にこれだけの人数となると維持をするのも大変で恐らくその軍税の取り立ても人数に比例して激しくなっていき、それが諸侯らの反感を買って罷免される原因となったのでしょう。

 こうしてヴァレンシュタインは一時罷免されたのですが、彼が降ろされるやデンマーク軍に変わり今度はグスタフ・アドルフ率いるスウェーデン軍がドイツに侵入してきました。友人曰くこの時が、「スウェーデンが一番輝いた時期」というだけあってスウェーデン軍は連戦連勝し、これにうろたえたハプスブルグ家は罷免していたヴァレンシュタインを再び指揮官に任命することを決めました。この再登板の際、ヴァレンシュタインは前の一件で相当懲りたのかハプスブルグ家に対してかなり交渉で粘り、軍指揮権全権や外交権を認めさせ、そしてわからない人はいいですが皇帝選帝侯位まで求めたといわれております。

 こうして復職したヴァレンシュタインですが再任後に任された部隊は自分子飼いの軍隊でなかったため当初は苦戦するも徐々に戦線を押し返し、最終的にはグスタフ・アドルフ自身の不注意(霧の中一人で敵軍に突っ込んだらしい)もありますが彼を戦死せしめることに成功します。ただこのグスタフ・アドルフ撃破は彼自身の命取りにもつながり、最早脅威はないと判断したハプスブルグ家は用済みとばかりにヴァレンシュタインを暗殺しました。ヴァレンシュタインは元々成り上がりということで嫌われていましたし、また彼の豊富な軍事的才能が恐れられたというのもあるでしょうがこの暗殺により旧教側は足並みが乱れ、その後フランスの参戦によって再び劣勢に立たされる事になります。この時ヴァレンシュタインを暗殺したハプスブルグ家当主、というより神聖ローマ皇帝はフェルディナント二世ですが、少しは反省位すればいいのに。

 ヴァレンシュタインについては以上のような人物なのですが、大規模の軍隊を長期に維持するなど戦略家としてみるなら稀有な才能の持ち主と言えるでしょう。それだけに強過ぎるゆえに警戒され同じく暗殺された前漢の韓信と重なって見えます。
 最後に話は戻って漫画の「ベルセルク」についてですが、この漫画における主人公の宿敵ことグリフィスも傭兵団を率いて活躍するもその後彼自身のヘマもありますが投獄、拷問を受けることとなります。グリフィスは結局ベヘリット使ってゴッドハンドになったけど、ヴァレンシュタインはそうはならなかったのかな。

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