2012年3月12日月曜日

なんでもかんでもレッテル貼りする人

 最近固い記事ばかり書いてきたのでたまには柔らかいネタを入れようと考えていたのですが、ちょうどよくニュースが入ってきたのでこっちを取り上げます。

読売渡辺会長が橋下市長発言に懸念 「『白紙委任』はヒトラーを想起」(J-CASTニュース)

 内容はリンク先の記事を読んでもらえばわかりますが、要するにまたナベツネがまたわけのわからないことを言って、橋本大阪市長に対してヒトラーのようだと書いたようです。もう購読する予定はないので厳しく批判させてもらいますが、こんなわけのわからんジジイをいつまでもかこってる当たり文芸春秋も落ちたなとつくづく思います。
 まぁこのナベツネの言っている内容については清武元GMの件といい「お前が言うな」という感想でほぼすべて片付くのですが、なんていうかこの「ヒトラー」に例える表現を見るとこの頃うんざりした気持ちにさせられます。というのももうはっきり書いちゃいますが、この「ヒトラーのようだ」という表現は対象がヒトラーと似ているかどうかはほぼ関係なく、政治的に対立する、もしくは嫌っている人間に対して批判する際に使われる常套句と化しているところがあるからです。

 一体何故ヒトラーがこんなにしょっちゅう政治家の比喩に使われるかというと、時代が比較的新しいということと「最悪の政治家」として印象付け、いうなればレッテル貼りしやすいからです。そのためこのたとえを使っている本人は「独裁者という点で共通しているんだ!」と言うかもしれませんが、実態的にはヒトラーにたとえられた中で実際に近かった政治家なんてほぼ皆無に等しいでしょう。小泉元首相も対立している相手からしょっちゅうヒトラーだなどと言われましたが、そういう批判をしていた人たちに対して「お前にヒトラーの何がわかるんだ」と今更ながら突っ込みたいです。
 そういう意味でこの「ヒトラーのようだ」という表現は似てる、似てないは全く関係なく、とりあえず嫌いな政治家を悪く言うための方便でしかありません。あと今回の橋本大阪市長の件について言うと、本来監督するべき市役所の人間を好き放題させていたばかりか、禁止されている選挙応援活動(しかも自分への)までやっていたのを黙認してた平松前市長なんかはどうなの、この表現使わないのとすら思います。

 ついでに書いてしまいますがこの政治家への批判にヒトラーを引っ張り出す人たちについてよく思うこととして、ほかに引き合いに出す悪い政治家はいないのかという風にも前から思ってます。それこそ、「まるでお前は三国志に出てくる十常侍のようだ」とか、「妥協ばかりして状況を悪化させており、ネヴィル・チェンバレンを想起させる」だったり、「強攻策ばかりでお前は足利義教か」など、引き合いに出す政治家なんてほかにもいくらでもいるのに、ヒトラーしか出せない人は語彙や知識が足りないんじゃないかと真面目に思います。っていうか誰か、ポルポトとか毛沢東出す面白い奴はいないかな。

 最後に今回書いてて思ったことですが、「○○さんって、××みたいよねー」という具合に嫌われている、もしくは嫌っているほかの何かに当てはめて悪口言う人間がクラスに一人は確実に存在してた気がします。ナベツネもその中の一人だというのは百も承知ですが、私も昔こういうレッテル貼りする人間に絡まれていたことがあり、顔合わすたびに「お前は○○に似ている、本当に憎たらしい」などと言われていろいろ面倒くさく感じてた時期がありました。周りからも言われてましたし自分自身でもその比較対象にされたものとは似ても似つかないことをよくわかってましたが、改めて考えるとこういうレッテル貼りする人は自分が嫌う人間をみんな同じ対象として当てはめようとする、もしくは同じような人間だと考えるんじゃないかと思います。その上でレッテル貼りすることで、何らかの安心感を得ていたのではとこちらも今更ながら強く感じたわけです。

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