2009年10月31日土曜日

資本主義はプロテスタントから始まったのか?

 現在の世界で主要な思想となっているのは言うまでもなく貨幣が中心となって世の中が形作られる資本主義ですが、この資本主義がいつどこで発生し、成立したかについて私の専門の社会学では十六世紀のヨーロッパ、それもキリスト教のプロテスタント集団からとされております。しかし私はこの説を信じるどころかむしろ間違っているとすら考えており、その理由について以下に解説します。

 この資本主義がプロテスタントから始まったという説は社会学を学ぶ者にとってそれこそ最初のいろはみたいなもので、はっきり言ってこの説を知らなければもぐりと言っても差し支えないほどの有名な学説です。それほどまでに有名なこの説を唱えたのは誰かというと政治学者、社会学者として有名なドイツのマックス・ヴェーバーで、彼はその著書の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(通称「プロ倫」)においてキリスト教のカトリック派に対して異議を唱えることで発生したプロテスタント派、それも一番初めのルター派ではなくフランスのジャン・カルヴァンに始まるカルヴァン派から資本主義の価値概念、精神が生まれたと主張しています。

 ではどうして資本主義がカルヴァン派から生まれたのかというと、ヴェーバーはカルヴァン派の持つ予定説が決定的な要因となったと主張しています。このカルヴァン派の予定説というのは人間は現世に生まれた時点で死後に神によって救済されるか否かがすでに決まっており、現世でどのような行動を取ってもその予定に変わりがないという説です。
 元々のカトリックや同じプロテスタントのルター派において死後に救済されるかどうかは程度の差こそあれ、現世で善行を積むかどうかによって決まるとされていました。逆を言えばこの世で悪い事をすると死後に裁きを受けるとされ、生前は神の教えどおりに善いことをしながら生活していくべきだと主張されていました。しかしカルヴァン派は救われる人間は生まれた時点でその後善行を積むように行動するようになっており、逆に裁かれる人間は悪い事をしでかすようにすでに運命付けられていると主張したのです。

 そのためカルヴァン派は自分たちが本当に救われる側の人間であるのであればきっと生前は豊かに暮らして円満に死んでいくはずだと考え、自分たちが救われる対象であることを自分で証明するかのようにして利殖や商売上の成功を追い求めるようになり、そのような思想が多数派を占めて一般化するようにして資本主義が成立したと、大まかに言ってヴェーバーは主張しました。

 こうしてみると確かに筋が通っているように見えるのですが、私がこのヴェーバーの説に疑問を持つのは本当にカルヴァン派から資本主義が生まれて世界に広がっていったのかという点です。具体的に言うと、カルヴァン派の誕生以前に資本主義はなかったのかということです。ここまで言えばもうわかるでしょうが、私はカルヴァン派が生まれた十六世紀以前にもすでに資本主義的性格を持った国家、集団があったと考えております。

 このヴェーバーの主張への反論は何も私だけでなく私の社会学の恩師も主張していたのですが、そもそもの話ヴェーバーの主張には「西欧から資本主義が始まった」という前提で成り立っています。確かに西欧の範囲内で見るのならばこのヴェーバーの説は正しいと私も考えるのですが視野を西欧から世界全体に広げてみると、それこそ東洋にある中国は一体どんなものかという話になってきます。

 というのも中国で十世紀に成立した宋においては貨幣経済が目覚しく発達しており、なんと当時の西欧が封建制による物納が主体の経済であったのに対し、宋ではすでに徴税方法が物納ではなく金納となっておりました。それこどころか傾き始めた国家の再建を行うにあたり王安石らが活躍した新法旧法論争において、大商人の独占を排すために小商人への低利での貸付を国家が行っていたなど、きわめて発達した流通経済体制をすでに敷いております。これが資本主義でなければ、一体なんなのかというほどです。
 ちなみに西欧で本格的に流通経済が成立しだしたのはナポレオン戦争以後だと言われております。また日本では江戸時代まで税金は物納で、明治になってようやく金納へと切り替えられました。

 また中国に限らず同じヨーロッパ圏内においても、十一世紀に起こった十字軍の遠征においてイタリアの都市国家に代表される地中海商人らが大きなスポンサーとなっていた事実も見落とせません。第四回十字軍に至っては彼ら商人の意向で本来身内であるはずのビザンツ帝国が攻撃されているんだし。
 その地中海商人、いやそれ以前からのヨーロッパにおける商人に着目するのならいわゆるユダヤの商人も忘れてはなりません。ユダヤ人は相当大昔から金融業を行っており、資本主義の歴史を語るのならばユダヤ人抜きには本来語れないのではないかと前々から私は考えております。

 このようにイタリアより西のヨーロッパ圏内に限るのならばヴェーバーの説に賛同するも、カルヴァン派から資本主義の概念がすべて生まれたという説に対しては私は真っ向から疑義を呈します。このヴェーバーの説は最近だと高校の世界史の教科書にも載せられているほどなのですが、社会学者も多分薄々間違いだって言うのは分かっているのだから、ヴェーバーには悪いけどこうした誤解をこれ以上広げないように活動するべきなのではないかと私は思います。

2009年10月30日金曜日

JAL再建案と企業年金の対処について

 このところは朝日新聞でも毎日一面を飾っておりますが、JALこと日本航空の再建議論について私の考えを紹介します。

 すでに各所で報じられているように日本航空は数年前に機体トラブルを連続して発生させたことから利用客離れを起こし、またかねてより全日空とのサービス競争でも大きく水を開けられていたことから売上げが大きく減少しており、各業界関係者から全国のサラリーマンにまで早晩破綻するであろうという見方が広がっていました。
 しかしそれに対して前政権与党である自民党はこれという対策を余りしてきませんでした。仮に日本航空が破綻した場合は日本の国内航空会社は全日空のほぼ寡占状態となるため、各評論家は現在の日本航空は経営上大きな問題を抱えてはいるものの絶対に潰さずに再建させなければという意見で一致していたにもかかわらず、自民党はお世辞にもこの問題の解決に積極的であったとはとても言えませんでした。そういう意味で政権交代によって民主党政権が誕生するやすぐにこの問題に手をつけてここまで議論を進めたというのは、まだ民主党と前原国土交通大臣を評価してもいいと思います。

 それでその再建案の中身ですが、どうやらかつてその負債額の大きさから潰すに潰す事の出来なかったダイエーを無理やり立ち直らせるために作られた産業再生機構入りすることがほぼ決まったようです。現在の日航にどのような経営的な問題がありこれからどのように再建していけばいいのかは私自身が航空行政に詳しくないのもあり正直な所あまりわからないのですが、目下の所大きく報道でクローズアップされているのは、日航の退職者に対する高額な企業年金です。

 かねてより日航は退職者に対する企業年金の額が同業他社と比べても非常に高額で、それが経営を強く圧迫させていると言われ続けておりました。その企業年金額が本日のフジテレビの朝のニュースにて具体的に比較されていたのですが、その報道によると全日空が平均月額9万円に対して日航は平均月額25万円でなんと16万円も差があるそうで、私の予想をはるかに超えた額でした。そりゃ経営もおかしくなるだろうよ。

 仮に日航が公的基金投入の上に産業再生機構入りしてもこの企業年金が維持されるのであれば、文字通り国民の税金がこの高額な企業年金に使われる事となります。さすがにそれはまずいだろうということでこれから煮詰められる再建案の中身にこの企業年金の減額案を盛り込もうと言われているのですが、いくつかの報道を見ていると実際に減額するとなると難しいのではという意見が各コメンテーターから聞かれます。
 何故難しいのかというとその企業年金は日航のOBが在職中に働いて稼いだ賃金の一部で、それを国の都合で減額するのは憲法に記載された財産権の侵害に当たるからだ、という風に意見がありました。

 しかし結論を言うと私は余計な議論なぞ必要なくとっとと減額してしかるべきだと思います。さすがに全額廃止までいくとやりすぎだと思いますが、現在の額はあまりにも高額過ぎており、仮に日航が倒産してしまえばそれら企業年金は全額吹っ飛ぶ事を考えると税金を使って維持するべきだとは思えません。もしこの減額を日航退職者が受け入れられないのであれば、多少過激すぎるかもしれませんがこの際日本航空は倒産させた方がまだマシかとすら私は思います。
 それこそ全日空と同じ水準の9万円にまで引き下げる事で退職者一人当たり16万円もの額が浮き、退職者5人で計80万円、これだけあれば月額20万円で新たに4人の従業員を雇える事を考えるとただでさえ職のない現代の若者が如何に追い詰められているのかが見えてきます。

 現在民主党や前原大臣はやはり先ほどの財産権の問題からこの企業年金の減額を行うために新たな法整備が必要だと主張していますが、この意見についてはやや疑問に感じる点があります。というのも過去に松下(現パナソニック)にて幸之助精神の破壊者と呼ばれた中村邦夫社長(現会長)時代にこの企業年金の減額を実行しているからです。この中村社長の決断に対して年金を受け取る側の松下のOBも黙っておらず訴訟まで起こしましたが、裁判所は当時瀕死だった松下においてこの経営判断は不当なものではないとして退けました。

 先にも述べましたが、現時点で日航は本来なら倒産しているはずの会社です。それほど危機的な経営状況にも関わらずあまりにも高額すぎる企業年金を維持するというのは明らかに道理が外れているのではということが、現時点における私の見方です。

  補足
 一つ書きそびれていたことで、今回私が槍玉に挙げた企業年金は各企業が独自に設けている年金で、中小企業の社員にはほぼ全く用意されておりません。そういったことも考慮して私は減額するべきと主張するわけです。

2009年10月28日水曜日

読者年齢層アンケートの結果

 本店の方で行っていた読者の年齢層を尋ねるアンケート期間が終わり、とうとう待ちに待った結果が出ました。早速その結果を以下に公開します。

・20歳未満 1 (2%)
・20~29歳 25 (54%)
・30~39歳 12 (26%)
・40~49歳 6 (13%)
・50~59歳 2 (4%)
・60歳以上 0 (0%)
 合計回答数:46名


 という具合で、書いてる私と同じ20代が最も多く、次いで30代が続く結果となりました。私はこのアンケートを開始した時の記事にも書いた通り比較的読者年齢層は高いだろうと思って40代が一番多いのではないかと踏んでおりましたが、その一方で回答するのは私の直接の友人ばかりではないかとも思っておりこの結果に対して「そりゃそうだろう」というような感想を持ちました。

 ただこの調査を終えてちょっと失敗だったかと思う点で、もう少し年齢層を細かく分けて置けばよかったかもと現在反省しております。このブログは私自身の体験からいろいろと社会の事、政治や経済についてちょっと深く勉強したいと思うような人向けにそれぞれの分野のキーワードなり用語、時事問題の解説を主なネタとしております。そのためメインのターゲット層というのは言うまでもなく現役の大学生で、多少なりともそれぞれの分野の内容に興味を持ってくれるような記事をいつも心がけて書いております。

 ですのでこの年齢層アンケートも、同じ二十代でも前半と後半で大きく読者の立場が変わることを考えるともっと細かくして聞いとけばよかったと後悔しているわけです。まぁ若い年齢層だけでなく、30代以上の方が43%にも昇ってくれたというのは非常に励みになりましたが。

 最後に今後の記事展開として、このところは時事問題ばかり取り上げておりますが初期のようにあまり時間の経過に左右されないような内容の記事をまた増やしていかないとこの頃感じております。現在連載中の「時間の概念」なんかはそのような記事で内容にも自信のある連載ですが、まず先に「北京留学記」を終えないといけないのでまだしばらくお休みしないといけません。時間さえあればまたあれこれ自分で調べた研究記事を書くことも出来ますし、親しい友人には漏らしていますが小説も本音では連載したいです。ただ余り手を広げるのもあれなので、ひとまずの所あまり勉強しないでも書ける、一番好評な歴史記事を中心に書いていくのが無難かもしれません。

宮中ダムの生態系について

取水中止の影響?サケ・アユ遡上が3倍に(読売新聞)

 このところニュースからの引用記事が増えており本音ではそろそろ控えたいと思っていましたが、この前八ツ場ダムのことも取り上げており、関連するニュースなので今日も同じく紹介記事になりました。

 上記にリンクを貼ったニュースの内容を簡単に説明すると、なんでもJR東日本の信濃川発電所が不正取水を犯したことから処分として水利権が取り消されこれまで水を貯めていた新潟県十日町市にある宮中ダムにて水の放流を行った所、このダム上流にてアユやサケといった川魚が川に大量に戻ってきたことが報じられています。
 私は以前に書いた八ツ場ダムの問題にて、ダムを作ると治水や電力といったメリット以上にその川の生態系を大きく崩すというデメリットの可能性に触れました。今回のこの記事はまさにそうした生態系へのダムのデメリットを理解するうえで、なかなかの好材料だと言えます。

 もちろん記事中でも触れられていますが生態系は非常に複雑な連関の上に成り立っているため、単純にダムの放流が行われたから川魚が戻ってきたと現段階でつなげるには早計で、今後しばらく様子を見る必要はあるでしょう。しかし普通に考えるなら自然の中にあんなダムのような巨大な構造物が存在するのは明らかに不釣合いで、なにかしら周りに影響を与えているに違いないでしょう。

 ではどのような治水が一番望ましいのかといえば、大分以前にも一回だけ取り上げましたが中国の都江堰信玄堤がまさに白眉とも言える存在でしょう。どちらも自然にある石や砂を用いる事で数百年以上前(都江堰に至っては二千年以上前)に作られた灌漑設備ながら、今に至るまで現地での水害を防ぐのに大きな役割を果たしております。ただ両者ともオーバーテクノロジーとでも言うべきか、現代においても完全にそのメカニズムが建設方法が解明されていないとも言われております。可能であるならばこれら自然物を用いた設備の建設方法を解明し、生態系に大きな影響を与えかねないダムの代わりとして採用していくことが望ましいかと私は思います。

2009年10月27日火曜日

鳩山首相の所信表明に対する反応

 前回総選挙が終わって一ヶ月が経ち、とうとう民主党を与党に迎えての臨時国会が昨日に開会されました。開会に当たり鳩山首相が恒例の所信表明演説を行いましたが、さすがに全文をチェックする時間まではないので報道の範囲内で語ると、従来からの自分の主張である友愛政治と共に脱官僚を掲げた民主党のマニフェストに沿った内容が長時間に渡って演説されたようです。

 私は元々この所信表明演説はあくまでパフォーマンスだと思っているのでそれほど重要視しておらず多分何もなければこんなわざわざ記事にするまでもなくスルーしていたのですが、この鳩山首相の演説に対する野党となった自民党の反応に対していくつか思うところがあったので取り上げる事にしました。

鳩山首相:所信表明 「ナチスのような印象」 自民・谷垣総裁、拍手皮肉る(毎日新聞)

 今国会における最大野党自民党の党首である谷垣氏はこの鳩山首相の演説に対し、上記リンクの記事にあるように演説の途中にて民主党の一年生議員らから拍手があった事をヒトラーの演説にヒトラーユーゲントが拍手をしているようだと評しました。
 結論から言えば私はこの谷垣氏の発言は如何なものかと思います。他愛もない同じ与党議員からの拍手をよりによってナチスと比較するなどいくらなんでも大袈裟で、あからさまに民主党を悪く言おうとするその態度にはほとほと呆れました。第一、これまでの自民党出身の首相の所信表明演説においてもこのような拍手は毎回起こっており、特に2005年の郵政選挙後に大勝した直後の小泉元首相の際には今回以上に一年生議員がよいしょをしていたと今朝のテレビ朝日のコメンテーターにも言われております。

 別に自民党の肩を持つわけではありませんが、もし本当に政権を奪還しようというつもりならこのようなくだらない発言は今後よして、批判するならするでもっと核心をえぐるような批判だけをするように心がけるべきでしょう。少なくとも今回の谷垣氏の発言はただ民主党のことを悪く言おうとする意識だけしか感じられず、皮肉な話ですがこの発言を聞いて私はこれから自民党は第二の野党民主党に成り下がるのではないかと感じました。

 大体福田政権になってからはマシになっていきましたが、それこそ小泉政権時代においては当時の民主党も与党の言う事やる事すべてをあげつらっては何かにつけて悪い例えをつけて批判しているだけで建設的な対案や意見がほとんど出されず、他の人までは分かりませんが私としては全く評価の出来ない政党でありました。もし今回の谷垣氏が行ったような批判をこれからも自民党が続けるというのであれば、自民党はその時の野党民主党と同じく今後しばらく野党に居続けることになるだろうと思います。そしたらそしたでこれからの民主党も、小泉政権以前のバラマキだけを行う自民党になってたりしたらそれはそれで困るのですが。

 また今回の所信表明演説では、同じく自民党からの激しい野次も批判的に報道されております。軽くニュースでの中継を私も眺めましたがそれこそ演説の内容が聞こえないほどの野次が自民党議員から為されており、これまたテレビ朝日のコメンテーターによると、総理経験者である大物議員が特にひどかったそうです。

小泉進次郎氏、自民党のヤジに苦言…所信表明演説(スポーツ報知)

 この野次に対して身内の自民党議員からも上記のニュースにあるように批判がされており、小泉進次郎議員が相手の言う内容をしっかり聞いて検証すべきだと苦言を呈した事が報じられております。なお小泉議員は鳩山氏の演説に対し、「言葉遣いは平易で分かりやすかったが、言葉の先にあるビジョンが分からなかった」と評し、私から見てなかなか鋭い事を述べている気がします。

 ちなみにもし私が仮に今回の鳩山氏の演説に対して批判をするのであれば、あれだけ長々語れるのであれば自身の故人献金問題についてももっとしっかり語るべきだと皮肉を言います。

社説:鳩山首相の所信表明…「友愛政治」実現の道筋を(毎日新聞)

 この点について毎日の社説もきちんと突いており、上記の社説はそこそこ現在の政治状況を見る上で参考するのにいい内容かと思われます。
 鳩山首相の故人献金問題は私の当初の予想通り、どうも鳩山家の遺産相続問題の線が段々と強まってきました。はっきり言ってこの問題は近年稀に見る大型偽装事件で西松建設の問題など比較にならないほど違法性の高い事件ではないかと私は見ており、検察としても恐らく年末までにはなにかしら動きを見せるべきでしょう。そうなると民主党は早くも「ポスト鳩山」を考えなければならないのですが、この点は現時点ではまだ未知数といったところでしょうか。なんとなく、菅氏は鳩山氏に嫌われているような感じもするし。

2009年10月26日月曜日

大塩平八郎の乱時の大阪の寒さ

 書いたと思っていたら書いていなかったので、今日はちょっと時間も余りないので軽くある歴史の話を紹介します。

 このところ武田邦彦氏関連で環境問題のことばかり書いていますが、武田氏は常々、世界の平均気温が数℃の範囲内で変動するのはごく自然な事だと主張して二酸化炭素による温暖化というのは間違っていると述べています。では仮に百年前の世界の平均気温はどうだったのかとなると、あれこれ炭素測定法やらなんやらを持ち出してある程度正確な気温を出す事も出来ますがちょっとイメージがつきづらいです。

 そんな時に決まって私がよく持ち出すエピソードに大塩平八郎の乱があります。この事件は1837年に幕府の元役人だった大塩平八郎が幕府に対して反乱を起こした事件ですが、中国にて清が滅ぶきっかけとなった太平天国の乱同様、その後の明治維新と比べると小さな小さな反乱でしたがこれがそもそもの江戸幕府崩壊の端緒であったのかもしれないという意見もあります。

 そういう歴史的な意義はひとまず置いといて、この大塩平八郎の乱が起きたのは江戸から遠く離れた大阪の地でしたが、この乱が起きた当時の資料によるとなんとこの乱が起きた時の大阪では淀川が凍結していたという記述があるのです。川が凍結するとなると最低でも一日の平均気温が零下を下回っていなければなりません。これは現代の都市で言うならばこちらも実際に冬場に川が凍結する韓国ソウル市や中国北京市くらいの気温で、この1837年の大阪の冬はそれほどの寒さだったという事になります。

 もちろんたまたまこの年が寒さ厳しい厳冬だったと捉える事が出来ますがここ数十年で大阪市を走る淀川が凍結するなんて話は全く聞かないことから、ヒートアイランド現象やその後の治水工事などもあって単純に言い切れるわけではありませんが、少なくとも現代より約170年前の大阪は平均気温が一段低かったのではないかと私は見ております。

 歴史というのはとかく大きな内容にばかり目を取られがちですが、一つ一つの小さな事実は他の要素と組み合わさる事で深みを増すものだと思います。この大塩の乱も、ただ淀川が凍結したという資料の記述からこんなに話を広げることが出来、勉強するのに本当に楽しい学問だといえます。

2009年10月25日日曜日

環境にやさしい都市とは

 以前に書いた「武田邦彦氏の講演会ににて」の記事の続きです。
 前回の記事では私が質問した原子力発電についての武田氏の回答が中心でしたが、この時の講演会では肝心要の環境問題の欺瞞性がやはり中心で、その中でも現在武田氏が現在教鞭を振るっている名古屋の都市計画についても触れられておりました。

 何でも現在武田氏は名古屋市長の河村たかし市長の諮問会議のメンバーとなっていて、名古屋の今後の都市計画についていろいろと河村市長と共に計画を練っているそうです。最初にもう書いてしまいますがこの講演会にて武田氏は終始河村市長のことを持ち上げており、国会議員を退職する際には退職金を一部返納し、また市長に就任後も、「金を稼ぐのは市長を辞めてからだ」と言って市長報酬も一部返納している例などを挙げて褒め称えていました。武田氏がこのように誉めるのも現在河村市長の側に立っているからとも取れますが、河村市長については私も市の公用車を使わずに電車通勤しているという話を聞いており、お金の面では以前から非常に高潔な人間だと評判だったので武田氏の話に相違はないと思います。

 それで現在武田氏らが進めている都市計画なのですが、一言で言うと「冷房の要らない都市づくり」だそうです。この冷房の要らないという意味は何かというと、武田氏が従来から主張しているように夏場に冷房が必要なほど日本が暑くなるのは温暖化が原因ではなく都市部におけるヒートアイランド現象によるもので、今後の名古屋の都市づくりではそのヒートアイランドを軽減、さらには逆行させる案を練っているそうです。
 具体的な案としてこの講演会で武田氏が挙げていたのを出すと、以下のようになります。

・コンクリートを掘り返してなるべく土の地面を出す。
・暗渠となっている川を掘り返す。
・空き地に木陰となる樹木を多数植える。

 などだそうです。
 この中で私が聞いてて、一番反応したのは二番目の暗渠となっている川を掘り返す事です。実は私はこれ以前にも別の勉強会にて川が都市部の中を流れる価値について話を聞いており、日本で実行するところはないものかと以前から考えていたからです。

 それで都市部に川が流れると一体どうなるかですが、まずデメリットとして自動車用道路の渋滞を誘発しています。仮に川の上にコンクリートを張るとその上は地面同様に走れるようになり、橋を渡る必要もなく自由にどこからでも左右両岸を渡れるようになります。こうしたことから日本の各大都市では高度経済成長期に片っ端から川を暗渠で埋めて行き、東京に至ってはかつて誇られた江戸水系も見る影もないほど埋められていきました。

 これに対して川が暗渠ではなく地表に現れていた場合はどうなるかですが、まず第一に大きな好影響として周囲の気温を下げる効果があります。地面と違って太陽熱の吸収率が低くて反射率も高いため、水の近くだとなんとなく涼しく感じられるように都市部に川があると実際に周囲の気温を下げ、そのままヒートアイランド現象の抑止につながります。またこれに加え、水面は空気中の埃を吸い付けるので空気の清浄化にもつながると言われております。

 このような理由から暗渠となった川を再び掘り返す事業をやろうとしているのは何も名古屋市だけでなく、実際に実行してしまった大都市もあります。相当にこの方面に詳しかったり過去の報道をそうそう忘れない方ならもう察しがついているでしょうが、その事業を行った地は他でもなくお隣韓国のソウル市で、その推進者は現在では大統領にまでなってしまった李明博氏です。
 詳しくはリンク先のウィキペディア内にても書かれていますが、李明博現韓国大統領はソウル市長時代に本当にソウル市内のど真ん中を道路として走っていた清渓川の暗渠を取り除き、生態系や環境に貢献したとしてソウル市民だけから出なく世界の環境団体からも高く評価されました。恐らく河村氏もこのエピソードを知ってたら、「わしも同じ風にやって首相になるんじゃ」とでも言ってそうですけど。

 ちなみにこの清渓川については私が以前に出た勉強会でも触れられており、この暗渠開削によって商売に悪影響の出るとして反対していた周辺商店住民が開削後にやはり売上げが落ちたとして本音ではあまりうれしくはないものの、ソウル市全体や市民の視点で見れば開削してよかったのではという感想が紹介されていました。

 私は一時期京都市内に住んでいましたが、やはり京都の環境で何がよかったのかといえば四方を取り囲む山々と市内東部を走る鴨川でした。特に鴨川周辺は小さな河原となっており、夜になれば出町柳周辺で同志社の連中のカップルが大挙して出没したりするなど一部鼻持ちならないところもありましたが、休日ともなれば親子連れが遊んでいたりと全般的には市民にとって非常よい憩いの場となっています。確かに鴨川の西と東で道路が寸断されるために三条京阪周辺がしょっちゅう渋滞にこそなるものの、そのメリットに比べればあの程度は小さなデメリットだと私は感じました。

 このような思いは何も私だけでなく古くから京都に住む人達も同じで、鴨川の反対側に位置する、こちらは現在暗渠となっている堀川について暗渠とさせてしまったのは失敗だったとよく述べていました。私も出来る事なら、多少のお金はかかっても京都市は堀川を再び開削して欲しいものです。

 武田氏はこのような元からある自然を活用して冷房の要らない都市づくりを計画しているそうです。武田氏によるとこのようなことが出来るのはお金のある今のうち、更に言うなればすでに弱り始めているけどトヨタがお金を落としてくれる今のうちしかできないとして、数十年後に石油がなくなって冷房が使えなくなった東京や大阪を横目に名古屋だけがせせら笑うのを夢見ているそうです。いちいち例の出し方や話し方が本当に面白い人です。

2009年10月24日土曜日

北京留学記~その十九、フェイシア

 今日もまた私の留学中のクラスメート紹介です。あまり反応ないから読まれている方にとって面白いかどうかはわかりませんが、一応昔に書いたものなので表に出させてください。

 今日紹介するのは、フェイシアという名前のフランス人女性です。詳しい場所までは聞きませんでしたが、出身地はフランスの中でも恐らくパリとは違って田舎の方だと思います。というのもこのフェイシアは外見からしてフランスの上品なイメージとはほど遠いごつい体格をしており、また性格の方も見かけを裏切らずに思った事をすぐ口にする性格で、なんていうか見ていて大阪のおばちゃんを髣髴とさせる人でした。

 そんな彼女のエピソードの中で今でも強く印象に残っているのは、彼女が乗ったタクシー運転手との会話です。なんでもフェイシアが中国であるタクシーに乗った際に運転手が彼女が北京語言大学の学生だとわかるや、

「俺はあそこにたくさんいる日本人と韓国人は絶対に乗せたくないんだ」

 と言ったそうです。その話をフェイシアは授業中にて紹介し、以下のように付け加えました。

「本当にひどい運転手だわ。私が会う日本人はみんな礼儀正しくていい人ばかりなのに、あのタクシー運転手は絶対に間違っている。でもま、韓国人ならしょうがないわよね┐(´ー`)┌」

 ということを、思い切り言ってのけてしまいました。
 その日はたまたま韓国人留学生が誰も授業にきていなくて先生もほっとしてましたが、その後のWカップの期間中に韓国の予選リーグ敗退が決まった翌日にもフェイシアは朝からえらくテンション高く、

「ざまぁみろ韓国が。Wカップで勝とうなんざまだまだ早いのよ( ^∇^)」
「それを僕の前で言うの?(´д`;)」

 と、この前紹介した韓国人の李尚民が、苦笑いを浮かべながら対応に困っていました。もちろんお互いに冗談だとはわかっていますが。

 こんな具合に歯に衣着せぬフェイシアでしたが、その見かけどおりにどうも姉御肌な性格なのか周りの気配りは非常によく、テスト後で授業の空いた日にクラスで映画を見る日にはわざわざ自分でクレープを焼いて持ってきてくれました。また後述する表演会の練習も非常に熱心で、自ら進んで太極拳の型を覚えていき、練習の後半ではまだフリを覚えきれていないほかのクラスメートの指導も懇切丁寧に行っていました。

 そんなフェイシアと私の交流はというと、こんなことがありました。
 授業の休み時間の合間、フェイシアは別の日本人男性に「エクセルサーガを知っているか?」と尋ねているのを私は聞いてました。その聞かれた当人は知らなかったのですが、それから数日経ったある日に私からフェイシアに、

「前にエクセルサーガを知っているかって、○○さんに聞いてたけど、俺は知ってるよ」
「えっ、あんたオタクだったの!?」

 ここで出てきたエクセルサーガというのは、六道紳士という漫画家が書いている漫画作品の事です。詳しい内容まではここで説明しませんが、こんなタイトルをわざわざ日本人に聞いて来る上に日本のアニメが大ブームとなっているフランスゆえに、もしかしたらフェイシアは日本のアニメに相当は待っているんじゃないかと思って聞いてみたら案の定そうでした。

「私は今、一番はまっているのは「Fate・stay・nights」って作品なんだけど、あれは本当に面白いいわね」
「それを作った連中が前に作った「月姫」なら友人が持ってるけど、まだ俺は見ていないんだ」
「私はそれももう見たわよ。早くあんたも見なさい( ゚Д゚)ゴルァ !」

 という具合で、どっちがオタクなんだよと言いたくなるような会話を交わしました。もっとも日本のアニメマニアはフェイシアに限らず、北京語言大学に来ているドイツ人などでも比較的沢山いましたが。

2009年10月23日金曜日

企業が国家より大きくなる日~後編、多国籍企業の弊害

 前回の記事の続きです。前回では国家の力を上回る企業の存在としてアメリカの軍需産業について簡単に触れましたが、こっちはそっち以上にもっと深刻であるにもかかわらず意外にもあまり知られていない多国籍企業について解説します。

 まず読者の方には多国籍企業と聞いて、一体どんなものを想像するか考えてもらいたいです。一般的な回答となるとそれこそトヨタやソニーといった優良な企業が思い浮かび、国際的な企業活動を幅広く行っているというような華やかなイメージを持たれるかと思います。それはある意味正解なのですが、彼ら多国籍企業の弊害というのは他国ならともかく日本ではほとんど報道されていない現実があり、出来る事なら文系の学生には知ってもらいたい思いがあるのでいくつか私の知っている事実を紹介させてもらいます。

 私がこの多国籍企業がどのような弊害を持っているのかを初めて知ったのは、スポーツグッズメーカーとして有名なナイキの不買運動からでした。この事件はリンクに貼ったウィキペディアの記事の中でも書かれていますが、ナイキという企業は製品のデザインはアメリカで行うものの自社工場は持たず、製品の生産はすべて海外に委託して行っていました。現在の日本のメーカーのほとんどが行っているように海外の発展途上国の工場で生産すれば人件費も安いため、経営上のメリットが非常に高い事からナイキはかなり以前からこのような生産体制を敷いていたのですが、1997年にあるNGOが公表したナイキ製品の工場の実態はその製品のイメージからはかけ離れたものでした。

 主に東南アジア諸国にあったナイキの工場では18歳未満の児童労働者が数多かっただけでなく、工場現場の労働環境も非常に悪く、それでいて賃金は非常に安く抑えられていました。今日参考したサイトによると、アメリカで一足300ドルで売られているシューズ一つ当たりの製造報酬は3ドルにしか満たなかったそうです。
 アメリカ本国では労働法で禁止されている児童労働や過重労働を、他の発展途上国で行って不当な利益を得ているとして、この事実が公表された当時はアメリカや欧州ではナイキの不買運動が巻き起こったそうですが、日本はこの時期にあまりそのような反応はしませんでした。

 このナイキの例のように多国籍企業は利益を追求しようとする組織の姿勢からか、時に個人の倫理概念からは考えられないような行為までも行ってしまうことがあります。いくつか今でも実際に起きている例を出すと、国内では規制されている汚染物質の廃棄をそのような規制のない外国では行ったり、大資本に物を言わせてその国の競合企業をすべて打ち負かして市場を独占したり、その国の経済を歪むだけ歪ませた後に儲からないからといって撤退したりなどと枚挙に暇がありません。

 このような行為を行うこれら多国籍企業で何が一番問題なのかというと、彼らの横暴な行為を世界中で規制する事が出来ないという事です。それこそ本国内であれば国民の選挙によって組織される政府(=国家)を通して規制をかけることができますが、ナイキのように海外に工場を持っているところまで規制をかけようものなら相手国への内政干渉になりますし、またこういう企業ほど規制を強めようとしたらキャノンの御手洗みたいに、「だったら他の国に移って税金払わないよ」なんて平気で国に脅しをかけてきます。だったらとっとと日本から出ていけよな、キャノンは。

 しかもこの上に厄介なのは、多国籍企業は国家とは違って情報公開の義務がない事です。多国籍企業同様に人間の集団単位として非常に大きな国家も、二次大戦前のナチスドイツや日本帝国のように暴走を起こし非倫理的な行為を犯すことはありますが、それでもまだ国家の場合は民主主義でさえあれば情報公開の要求や原則が作用した上で選挙によって暴走を止める事が出来ます。しかし企業については現在においてすらも「企業秘密」とすることで情報公開を遮る事が出来、見えないところでどんな不正をやっていようがある程度隠し通せてしまいます。

 ちょっとややこしくなってきたので、私が考える多国籍企業が持つ弊害を以下に簡単にまとめると、

・複数国で活動するため、一国家ではその不正すべてを規制することができない。
・情報公開の義務がなく、影で何をやっているか見えづらい。
・国家や国民を無視し、資本原理で自分たちの好き勝手な行動を取る。(キャノン)

 このような多国籍企業は、グローバル化の潮流の中でこの十年の間は数多く跳梁跋扈していました。

 私は国家の枠、というより国境を越えた交流はどんどんと行っていくべきだと考えています。そのような交流を通して他国の人間を理解する事が戦争の回避につながり、ひいては世界共同国家の実現に続いていくと考えるからです。
 しかし個人での国境を越えた交流ならともかく、今回挙げた国境を越えた企業の活動というのは未だ基本的なルールが定まっておらず、発展途上国においては多国籍企業のやりたい放題になっているのが現状です。そんなやりたい放題な状況下で歪みきった世界経済の成れ果てというのが、今のリーマンショック後の世界なのではないかと私は考えています。

 自分も貿易屋の一人ということで私は頭から国際取引を否定するつもりはありませんし、むしろ本当に必要な貿易はもっともっと促進していくべきだと思いますが、全くルールなき現在の状況下で国家のコントロールを全く受けない多国籍企業を野放しにさせるのは世界にとってマイナスでしかなく、グローバル化が進んだ今だからこそ企業にとっての国境とは何かをもっと真剣に議論する必要があるのではないかと考えております。

 なおこれは余談ですが、佐藤優氏は自分が国家というものを強く主張するのは、これから世界が統合していくには必ず国家を媒体にしなければならないと自分の体験から考えるからだそうです。国際交流という観点で見れば国際NGOによる個人の交流、そして外交官同士の国家の交流、そして今日取り上げた貿易を通しての企業の交流など手段はいろいろありますが、少なくとも企業の暴走を止める手段が余りない現在においては、私もまだ国家が媒体になった方がマシかと思います。

企業が国家より大きくなる日~前編、アメリカの軍需産業

 一ヶ月くらい前に古いゲームですが、「アーマードコア3」というゲームを購入しました。このゲームはロボットを操る傭兵となってミッションをクリアするゲームなのですが、私はこのゲームをあの伝説のクソゲー「デスクリムゾン」にちなんでプレイヤー名には「コンバット越前」、機体名には「クリムゾン」にして現在も楽しくプレイさせてもらっています。

 さてこのデスクリムゾン、じゃなくてアーマードコア3ですが、世界観はロボットゲームらしく近未来の世界を舞台にしており、そのストーリーに大きく関わってくるのは変なマッドサイエンティストや拳王ではなく巨大企業なのです。というのもこの世界では国家以上に企業が大きな影響力を持っており、あれこれ環境破壊やら住民のコントロールなどをしてはテロリストらからしょっちゅう攻撃されております。

 このアーマードコアシリーズほどではないですが、同じように近未来SFで国家以上に企業が大きな力を持つ世界を描いている作品として、こちらは漫画の「攻殻機動隊」が上がってきます。こちらはアーマードコアシリーズほど露骨ではありませんが部分々々で巨大企業が暗躍し、それに対してテロリストらが反抗し、国家に属す主人公らがその駆け引きに関わってくるという話がよく展開されております。

 このように利益追求を主是とする企業が社会集団として非常に大きな単位である国家以上に力を持つというのは、なにもSFだけの話ではなくすでに現実で起きている問題です。それが最も如実に現れているのはほかならぬ現在の世界覇権国家であるアメリカで、巨大な兵器企業や小売業を筆頭にアメリカの覇権維持、ならびにアメリカの国家運営は彼らによって為されていると言われております。

 あくまで噂の範囲である事を前提にしていくつかのアメリカの政策に大きく影響を及ぼしている企業を挙げると、まず第一に挙がってくるのは世界最大の売上を誇る「ウォールマート」です。この企業はその売上額が世界最大であることからアメリカの財政政策はもちろんのこと、流通業であるという事から食料政策まですべて舵を握っていると言われ、アメリカの政策はホワイトハウスではなくウォールマートの役員会議室で決められているとまで言われております。ちなみに、現ヒラリー・クリントン国務長官も一時期ここの役員に名を連ねておりました。

 このウォールマートと並んで悪名高いのはボーイングやロッキードといった軍需産業系企業、言うなれば武器商人です。彼ら武器商人が儲けるのに一番いい方法というのは他でもなく戦争が起きる事で、一度戦争が起きたら本国であるアメリカに限らず敵国にも武器を売れればそのまんま二倍の儲けとなります。
 いくらなんでもそんな馬鹿なと思うかもしれませんが、時間差を考えなければ現在も続くイラクやアフガニスタンの騒乱などまさにその構図です。アメリカとこれらの武器商人は冷戦期、イランやソ連への牽制のためにサダム・フセインやタリバンに対して一貫して援助を行っており、その中には兵器授受や戦争訓練などの軍事支援も含まれていました。そうして軍事組織として育てられた彼らは冷戦後の現在にはアメリカと対峙してくれてアメリカ軍に武器を買うように仕向けてくれているのですから、彼ら武器商人には願ったり適ったりでしょう。

 このようにアメリカという国は選挙で選ばれる大統領や政治家などよりも、資本主義の国らしくずっと企業の方が政策決定力が大きいとかねてより言われております。といっても軍需産業は国家防衛という大きな政策に関わるため、国家権力と一体となる割合も多いのではと思う方もいるでしょう。しかしアメリカ、ひいては他国においてすらも近年は軍需産業にとどまらず国家の統制を受けないばかりか無視する企業こと、多国籍企業の弊害が徐々に現れてきました。

 私は前回の記事のまとめに、「国家以上に企業が国境を跨ぐというのは今の時代には早い」と書きましたが、それはまさにこの多国籍企業のことを指しており、彼らの暴走の末に引き起こされたのが去年のリーマンショック以降から続く不況、いやそれ以前からの世界の貧困問題だと考えております。このまま連ちゃんで書きますが、次の記事では多国籍企業が何故問題なのかを解説します。

2009年10月22日木曜日

グローバル化時代の処方箋

 最近すっかり経済関係の記事を書かなくなって久しいので、今日は久々にこの方面の話を一つ書いておこうと思います。といっても内容は他の記事の紹介で、引用するのは今月の文芸春秋に寄稿されている浜矩子氏の「平成グローバル恐慌の謎を解く」です。それにしても文芸春秋ではこの浜氏に限らず、荻原博子氏など女流経済評論家の経済記事ばかり目に付きます。どちらもいつもすごく面白いのですが。

 浜氏は昨年度のリーマンショックより続く今回の世界的大不況について、まずこの不況を乗り越えて安定した経済に立て直すためには現状をしっかりと分析をして、問題の発端となった原因を洗い出してその対策を行わなければならないとこの記事で強く訴えています。それを踏まえて浜氏は今年始めに配られた定額給付金などはまずお金をばら撒くという結論ありきで進められた政策であって、それが一体どのように景気対策になるのかという根拠などなく、それがゆえに麻生政権はこの政策の意義を説明できなかったのだとチクリと批判しています。

 では今回の不況の根本的原因は何かというと、それは周囲も述べているように浜氏も過剰なグローバル化が原因だと断言しています。クリック一つで大金が国境を越える投資に使われ、トイレットペーパーから衣服までそうした物資がまだ普及しきっていない中国で作られたものが世界中で消費されるなど、二十年前と現在とを比べると世界の距離というのは明らかに縮まりました。こうしたグローバル化は様々な安価な商品が消費者に届くようになった一方、製造業を初めとして企業は世界中の企業と競争相手となり、ほぼすべての国と産業においてその構造が大きく歪められる事となりました。

 そうして出来た歪みの中でも最も目に見える形になって現れたのが労働体系で、安価な中国の労働力の影響を受けた日本でも正社員の給料の削減から派遣労働の実施などが広がり、特に派遣労働ではそれまで聖域とされていた肉体労働現場においても派遣労働者が使われるようになりました。この派遣については私もかつて皮肉りましたが、昔は最低の労働環境と揶揄されていた自動車工業での期間従業員ですらも派遣労働者などよりずっと高待遇であると言われる始末でした。

 と、ここまでだったらそんじょそこらの自称経済評論家などがよく言っている内容なのですが、浜氏の面白いところはこの日本のグローバル化はどのようにして始まったのかを分析している点です。一見すると投資ファンドなどの金融企業を放任して外国企業の買収を次々と繰り返していき、今回のリーマンショックの発信源となったアメリカがグローバル化を世界に推し進めたと思いがちで、事実私もそのように考えていたのですが、浜氏は事実は逆でむしろ日本自らがグローバル化を推し進めていったと評しております。いわば今回の大不況を引き起こした原因となるグローバル化は、外からでなく内からやってきたというわけです。

 浜氏によるとかつての村上ファンドの村上正彰氏やライブドアを率いた堀江貴文氏などむしろ日本人の中から「ハゲタカファンド」と呼ばれるような投資家が次々と現れ、彼らに呼応するかのように他の日本企業も「株主重視」を叫びあうなど、むしろ日本企業は率先してグローバル化を推し進めていたと述べています。
 この浜氏の見方に私も同感で、私も「失われた十年」の連載にて書いていますが、90年代後半の日本企業はどこもこのままでは世界に負けてしまうなどと自ら不安を煽っては、成果主義や株主重視主義、そしてなによりも国内で売り上げを伸ばす事よりも海外での売り上げ向上ばかりを目指すようになっていた気がします。

 浜氏もその点について指摘しており、その代表例としてトヨタ自動車を挙げていました。リーマンショック前は純利益で二兆円以上もの空前の業績を叩き出していたトヨタでしたが、リーマンショック後はまさに天国から地獄とも言うべき四千六百十億円もの赤字に転落し、どうやればここまで業績をひっくり返せるのかと思うくらいの凄まじい落ち込み振りを見せました。このトヨタの失墜原因は分かっている人には自明ですが、かつての空前の利益の大半は日本国外での販売、いわばグローバル化によってもたらされた益であり、日本国内での販売に限ればかねてより赤字であったと言われています。

 つまり日本を代表する企業のトヨタがあれだけの利益を叩き出していたのは、自らが率先して海外進出を図ってグローバル化を推し進めていたからだと暗に浜氏は述べているのだと思います。しかしそうして推し進めたグローバル化はリーマンショックによって文字通り反転し、今度は逆にトヨタを苦しめる原因となっているというのはなかなかに考えさせられる話です。

 浜氏は結論部はややぼかして、

「私はリーマン・ショック以後の世界は、「国破れて山河あり」の時代だと考えている」

 とまとめております。
 ちょっとこの意味は私にもはかりかねるので敢えて余計な当て推量はせずにおきますが、私自身はかねてよりアンチグローバリストを自称しており、今後は如何に「国境」というもの定義するかが重要だと考えております。少なくとも、国家以上に企業が国境を跨ぐというのは今の時代には早いと思います。

2009年10月21日水曜日

北京留学記~その十八、クォシャオレイ

 また本店のトップページにアンケートツールを置きました。前からこんな長ったらしいブログを読む年齢層が気になっており、もしよろしければ自分がどの年齢層にいるのかをお答えいただければ幸いです。私の予想では、案外40代が多いんじゃないかと勝手に想像しています。まぁその層が答えるかどうかまでは微妙ですが。

 話は本題に入りますが今日もまた留学記の人物紹介で、前回の「クゥオスダー」の回でも出てきたクォシャオレイについてです。ちなみにこの名前は、中国語での発音です。
 クォシャオレイは年齢は二十台半ばくらいの眼鏡の似合うドイツ人男性でした。授業の出席率も高く、全く寡黙というわけではありませんでしたが如何にもドイツ人らしく落ち着いており、遠めに見ていてクラスメートの中で私が一番一目置いていた人物でした。

 そんな彼のエピソードの中で一番強烈だったのは、前回登場したウクライナのいたずらっ子ことクゥオスダーとの絡みです。この二人はどういうわけか仲がよく、というよりもクォシャオレイにクゥオスダーが一方的に絡み続けただけだったのかもしれませんがよく一緒に行動しており、授業中でもしょっちゅうクゥオスダーの作文にクォシャオレイが登場してたりしました。

 その事件が起きたのは、12月の寒い日でした。その日はクラスメートのアンナというロシア人女性の誕生日で、北京語言大学の隣にある中国地質大学内のレストランの一室を借りてみんなで誕生日会をやっていました。ちなみにこのときにアンナの友人の中国人も一緒でしたが、この中国人は私に会うなり物凄い勢いで話しかけてきたのでもう少しゆっくり話してと言ったところ、
「君は中国人じゃないのかい?」
 と言われました。別にこんなこと言われるのはこの人に限るわけじゃないけど。

 誕生会自体は他のクラスメートも多く参加して終始和やかに執り行われていましたが、宴もたけなわとなる終盤になんと一挙に三つもでっかいバースデーケーキが運ばれてきて、これみんなで食べられるかなぁなどと言い合っていると、

「ヘイ、クォシャオレイ!( ゚∀゚)ノ」
「ウェ、ウェイッ、ウェーイット!Σ(゚Д゚;)」


 この日の誕生日会に同じく参加したクォスダーがなにやら突然立ち上がると、運ばれてきたケーキ一切れを掴むや不敵な笑みを浮かべていきなりクォシャオレイの顔面目掛けて投げつけてきました。しかも全然手加減なんてしないもんだから、投げつけられたケーキはクォシャオレイの顔面に当たるや見事に四散して周囲の人まで巻き添えを食いました。
 これに対して普段は静かなる男クォシャオレイもさすがに怒り、負けじとケーキを掴むや投げるなんてことはせずに直接クォスダーの顔に擦り付けてきました。しかも二度も三度も。

 こんな事があったせいで借りた一室の壁は見事にケーキまみれになってしまい、みんなで頑張ってふき取った上でお開きにしました。とはいえ誰も誕生日会が台無しになったとは言わず、えらいハプニングがあって面白かったと言い合いながらその日は家路に着きました。私もこの時、初めてケーキが空飛ぶのを見たわけだし。

 こんな感じで年がら年中クゥオスダーに絡まれ続けたクォシャオレイでしたが、ある日学内のカフェでばったり会い、せっかくだからとテラスで二人でコーヒーを飲みながら雑談した事がありました。当時はWカップの開催直前という事でお互いにサッカーの話題を行っていましたが、前から気になっていたドイツの事情について尋ねてみました。

「前から気になっていたんだけど、クォシャオレイの出身地は元西ドイツ? それとも東ドイツ?」

 こう聞いたのも、授業中の彼のある発言からでした。
 ある日の授業で先生が我々外国人留学生から中国人を見るとどう思うかと尋ねると、真っ先にみんなで「行列に並ばない」と答えました。すると先生はじゃあ何で中国人は行列に並ばないのだろうかと再び聞いたところクォシャオレイが真っ先に、

「並んでも、欲しいものが得られないという事がわかっているからだ」

 と答えたことがありました。先生もその通りといって、文化大革命期のそのような文化が未だに残っているのが原因だろうとまとめてくれました。

 私はこのクォシャオレイの発現を聞いたとき、ひょっとしたら彼は元東ドイツ領内で生まれたのではないかと思いました。東ドイツもかつての共産圏の一角でその崩壊するずっと以前から食糧などの物資不足がよく起こっていたと聞いていたので、だからこそあのときに真っ先に正解を言い出すことが出来たのではと考えたからです。
 ただ残念ながら彼の出身地は元々西ドイツ領内で、現在も旧東ドイツ領内の都市との経済格差などが大きいなどと教えてくれました。

 また彼の出身地のほかにも、ドイツの徴兵制についても確認を取ってみました。この留学に来る以前から私はドイツにも徴兵制があると聞いており、ただドイツの場合は二次大戦でのナチスの反省から、外国で一定期間ボランティア活動に従事すれば徴兵が免除されると聞いていたので、この事実は本当なのかと尋ねてみました。
 この私の問いにクォシャオレイはそうだと頷き、自分はそのような海外ボランティアの方が面倒に思ったので素直に徴兵に行ったと答えてくれました。さすがに、期間までは確認しませんでしたが。

 このように常に紳士的な態度でいろいろ教えてくれ、また授業中にもキラリと光る発言をよくしていたことから最初に述べたように私は彼に一目置くようになったわけです。

2009年10月20日火曜日

西川日本郵政社長の辞任について

日本郵政社長が辞意を表明「もはや職に留まることはできない」(YAHOOニュース)

 民主党に政権交代した事からかねてより去就が注目されていた西川善文日本郵政社長が、本日辞意を表明しました。

 この西川氏の経歴を簡単に説明すると、「日本最後の大物バンカー」とも言われるほどの叩き上げの銀行家で、出身銀行の住友銀行(現三井住友銀行)にて頭取を務め、その後の三井銀行との合併の際には豪腕で持って社内の合併、組織改革に辣腕を振るったと言われております。そんな西川氏が何故民営化後の日本郵政社の社長になったかというと、郵政の民営化を推し進めた小泉元首相と竹中平蔵氏が西川氏に強く要請したからで、何故この二人が西川氏を推したのかと言えば単純に自分たちの思惑に都合がよかったというのもありますが、それ以上に他にあまりなり手がいなかったというのも原因とされております。

 私の記憶する竹中氏の発言を紐解くと、郵政は民営化後も各郵便局の存続を保ちながら様々な面で民間と競争する厳しい立場に置かれるとし、そんな難しい環境で能力もあって経営を引き受けてくれるのは西川氏だけだったそうです。この竹中氏の見方に私も共通しており、インターネットでのメールが発達した現在において郵便というのは今後縮小する一方で、言うなれば郵政自体が大きな不良債権化するのは目に見えています。しかしそのまま潰れてしまっては現在郵政で働いている従業員、そして必要とされる地方へのネットワークは一挙に喪失してしまう恐れがあります。ではどうすれば郵政は存続できるのかといえば、現在においてもダントツのシェア率を誇る「貯金」を筆頭とした簡易保険などの金融部門での収益を強化するより他がなく、そういう意味で元銀行家の西川氏に白羽の矢が立ったというのもあながち間違いではなかった気がします。

 しかしあまり郵政の現在の内部事情を見ていないでなんですが、伝え聞くところによると年末の年賀状の販売において各窓口ごとにノルマとなる枚数を作ったり、散々鳩山邦夫氏と大喧嘩になった「かんぽの宿」売却問題など、就任後の西川氏の経営方法に疑問を感じる点も少なくありません。私自身は先ほどの理由に財政投融資の問題性から郵政民営化には賛成でしたが、あのかんぽの宿のオリックスへの一括売却問題はもっと精査するべきであったと思います。

 そして前回の選挙にてかねてより郵政民営化に批判的だった民主党が与党となった上に絶対反対を貫いていた国民新党と連立した事により、西川氏は遅かれ早かれ社長職を辞めさせられるだろうということは目に見えており、今回のマスコミの報道もさも規定路線だったかのようにそれほど驚きなく報じられているように感じます

 私としては民営化は維持するべきであっても西川氏がこのまま続けるのにはちょっと抵抗があり、辞めてくれるのならばそれはそれでいいと考えております。以前に参加した佐野眞一氏の講演会において佐野氏も、西川氏というのは銀行家として表には現われない裏の仕事を取り仕切ってきた男で、それゆえに鳩山邦夫氏のような根っから正義感の強い純粋な人間とは合わなかったのだろうと評しており、言われてみると私も西川氏にそのような雰囲気を感じてしまいます。

 ただこれはあくまで私の印象ですが、今日の辞任会見での西川氏の表情を見ているとあまり現職に執着するような表情が見えませんでした。元々小泉元首相が無理を言って就任したのだから本人も本音ではあまりこの仕事をやりたくなかったとも解釈できますが、私にはどうも西川氏が、自分を切ったとしてもかわりの人材はどうせいないだろう、というような余裕があるように見えました。
 現実問題として民営化見直しを主張している民主党が次に一体誰を郵政会社社長に据えるのか、現在のところ全く思い浮かびません。これという候補も自分が知る限りいません。強いてあげるとしたら亀井静香氏がやりたがっているように見えますが、さすがにそれは民主党も許さないでしょう。

 西川氏のかわりに誰を立てれば郵政は維持できるのか、また民主党がどのような見直し案を持っているのか、はっきり言って私にはまだ何も見えてきません。この郵政民営化は9.11選挙において国民がはっきりと選挙行動にて出して支持しただけに、舵取り次第によっては大きな問題になってくる可能性もあり、場合によっては自民党の復権につながってくる可能性もあるかもしれません。
 皮肉な話ですが、今一番この関係の評論を私が聞いてみたいのは民営化の立役者である竹中平蔵氏です。

2009年10月19日月曜日

北京留学記~その十七、クゥオスダー

 留学中の私のクラスで一番はっちゃけていた人間の出身国はどこかとなる、恐らくアメリカやブラジルといった国の人を連想するかもしれませんが、私のクラスではなんとあるウクライナ人が毎日際立つ行動をしてはクラスの間で毎日騒動を起こしていました。そんなウクライナのいたずら猿こと「クゥオスダー」について、今日は紹介しようと思います。

 まず彼の特徴として美男美女の産地として有名な東欧出身らしく体格は小さかったものの非常に美形で、年齢は確か21歳くらいだったと思いますが好奇心旺盛な性格をしており、同じクラスの私に対して日本人である事から、

「PS3の発売日はいつになる?」
「日本酒のアルコール度数はいくらだ?」


 などと言っては気さくに話しかけてきてくれました。
 しかしそんな気さくなクゥオスダーですが、気さく過ぎるというか空気を読まないというか、毎回際立った発言や行動をとっていたのでクラスの中で付いたあだ名は「猴子(猿)」で、本人もそう呼ばれ始めてからは自ら猿の真似をするくらいノリノリな人物でした。

 そんな彼が具体的にどういうことをしでかしていたのかいくつか例を挙げると、学期末でテストも終わり、特にすることもない空いた授業時間にみんなで中国語の映画を見ようか先生が提案し、それじゃあみんなで何を見ようかと言うやクゥオスダーは間髪入れずに、

「黄色電影(ポルノ映画)!( ゚Д゚)/」

 と言い出し、そんなのを放映したら私がクビになると先生を困らせましたが、

「でもクォシャオレイ(同じクラスのドイツ人)は喜ぶよ(・∀・ )っ」
「馬鹿っ、こっちにまで話振るな!Σ (゚Д゚;)」


 という具合で、隙があればいくらでもなんにでもふざけようとするする人間でした。ちなみにさっきに出たクォシャオレイは彼の相方みたいなもので、なんでもかんでも悪い事が起きたらクォシャオレイのせいにしようとしていました。

 授業中ですらいつもこれなのですからプライベートでの彼の行動は更に常軌を逸しており、クラスで北京の激しく危険な交通事情について話していた際にクゥオスダーがバイク通学している事が話題になり、北京市では交通法に規制があってバイクは許可制なのですがちゃんと許可を取っているのかと先生が尋ねると案の定そんな許可は取っておらず、しかも、

「こいつはそもそも本国ウクライナでもバイク免許を持っていない(´д`)」

 という、とんでもない事実までもクォシャオレイに暴露される始末でした。

 こんな具合で主にクォシャオレイを筆頭に年がら年中クラスメートにちょっかいかけたりしていましたが、そのひょうきんな性格から誰からも恨まれる事はなく、私としても同じクラスメートとして一緒に勉強できて非常に楽しかったです。特に一番楽しかったのはこれまた同じクラスメートであるロシア人のアンナの誕生会での出来事でしたが、それはまた今度別の記事で紹介します。なんにしても、見てて飽きない奴でした。

 ちなみに彼とのプライベートでの付き合いでは夜に一回ほど学内のBARに誘われ、そこで彼のつれてきたロシア人ともども酒盛りをしました。さすが酒豪大国出身なだけあったクゥオスダーもそのロシア人も店に着くなりビールをがばがば飲むと、持参してきたウォッカもどんどんと開けて飲んでいきました。
 その際、酒に弱い私も多少の興味があってウォッカを飲ませてもらいましたが、思っていたほどきつい味ではなく、喉越しもそんなに悪くない酒でした。後で私の相方に当たるウクライナ人のドゥーフェイによると、ウォッカというのは元々二日酔いや頭痛といった悪酔いを起こさせる酒ではないそうで、事実私もその晩はきちんとまっすぐに歩きながら寮に帰っていきました。

 ただアルコール度数はやはり高いだけあって、寮に戻った後にシャワーを浴びようと服を脱いだ瞬間、自分の体の異変に気が付きました。なんと体のあちこちに紫色の斑点が出来ていて、腕なんかそれこそ蛇みたいな見事なまだら色になってました。ただそうした変化はその日一日だけで、次の日には二日酔いもなくその斑点も消えて、特に変な事にはならずに済みました。

 最後に彼の発言の中で私が印象深く聞こえたもののとして、「ロシアとウクライナは兄弟だ!」という発言があります。現ウクライナ大統領のユシチェンコ氏は反ロシア色の強い政治家ですが、歴史的にはウクライナとロシアは歩調をともにしていることが多く、このクゥオスダーの発言からすると必ずしもウクライナ人全員が反ロシアではないと確認出来ました。

2009年10月18日日曜日

副島種臣とマリア・ルス号事件

副島種臣
マリア・ルス号事件(ウィキペディア)

 思うところがあるので、副島種臣について書いてみようと思います。
 副島種臣というのは詳しくはウィキペディアに書いてある通り幕末における佐賀藩の維新志士の一人で、同郷の大隈重信らとともに維新期を生き抜き明治政府成立後には外務卿、現在の外務大臣のような職で活躍した政治家です。その副島の外務卿時代に起きた事件というのが、卿のもう一つのトピックスであるマリア・ルス号事件です。

 このマリア・ルス号事件というのはもしかしたら知っている方も多いかもしれません。というのも私が小学生の頃には道徳の教科書にも取り上げられていた事件で、日本史の教科書にはあまり載っておりませんが内容を聞けば思い出される方もいるでしょう。
 この事件が起きたのは明治五年の六月、横浜港に停泊していたイギリス軍艦に清国人(今の中国人)が海を泳いで救助を求めてきた事から始まりました。その清国人は同じく横浜に停泊中のペルー船籍のマリア・ルス号から来たと話し、この船には彼らと同じ清国人231名が乗船しているが彼らは皆奴隷で運搬されていく途中であるとイギリス軍艦に助けを求めました。この突然の来訪に対してイギリス政府は現地の日本政府に連絡し、清国人の救助をするようにと要請しました。

 この要請を受けたのはまさに時の外務卿である副島だったのですが、マリア・ルス号側は彼ら清国人は奴隷ではなく移民だと主張して、神奈川県庁にて保護されていた逃げてきた清国人を引き渡すように要求してきました。
 この要求に対して恐らくはっきりと奴隷である事を証明する証拠がなかったという理由もあったでしょうが、当時の日本は江戸時代に結んだ不平等条約、この場合治外法権が列強諸国との間にまだ生きており、外国人に対し自国の法律で裁判を行う事が出来ずにいました。ただマリア・ルス号の船籍であるペルーとはこの時まだ二国間条約は結ばれていなかったので必ずしもこの治外法権の適用対象ではなかったのですが、それまで全く国際裁判というものを経験していないこともあって結局はこの引渡し要求に日本側も応じてしまいました。

 しかしこの日本側の処置に対して当時のイギリス公使のワトソンは納得せず、本人が行ったかどうかまでは分かりませんがマリア・ルス号に事実関係を確かめに行きました。するとそこでは日本側から引き渡された逃げてきた清国人が壮絶なリンチを受けており、ワトソンはすぐに副島に対して船長を再度審問するべきだと勧告しました。
 これを受けて当初は弱気だった副島も敢然と行動を行うようになり、直ちにマリア・ルス号の出航を停止させると清国人を解放するための法手続きに着手しました。もちろんこうした副島の動きにマリア・ルス号側黙っておらず、彼ら清国人はあくまで移民契約を受けた者たちだと主張するも、日本側はその移民契約は実質奴隷契約であり人道上放置する事は出来ないとして日本国内の裁判で互いに争いました。

 その裁判の途中、マリア・ルス号側のイギリス人弁護士がこんな主張をしてきました。

「日本が奴隷契約が無効であるというなら、日本においてもっとも酷い奴隷契約が有効に認められて、悲惨な生活をなしつつあるではないか。それは遊女の約定である」(ウィキペディアの記述を引用)

 これは当時の日本で行われていた遊女契約、要は若い女性の身売りは人身売買であり、そのような現実を放置している日本が奴隷契約にあれこれ言うのはおかしいと主張してきたわけです。言われてみると確かにその通りなのですが、これに対して日本側はすぐに動き、実質的にはその後もあまり変わらなかったと思いますが「芸娼妓解放令」という建前ではこれを禁止する法律を出してマリア・ルス号側の主張の突き崩しにはかりました。

 最終的には日本国内の裁判という事もあり、マリア・ルス号に乗船していた清国人は皆解放されて帰国を果たす事が出来ました。しかしこれに船籍のペルー側は納得せず翌年には損害賠償を日本政府に請求してきましたが、ロシア帝国を仲立ちとした国際仲裁裁判にて当時のロシア皇帝アレクサンドル2世は日本側の取った行動は国際法上妥当なものとしてペルー側の主張を退けました。
 この事件は日本が初めて直面した国際裁判であり、この時に取った日本の人道的処置は当時の列強諸国からも高い評価を受けて後の不平等条約改正につながったとまで言われており、私としても百年以上前の先人の人道的判断とその処置は全く汚点の付け所のない、素晴らしい功績だったと胸を張って言うことが出来ます。

 実はこのマリア・ルス号事件は前々から取り上げようと考えていた事件で、まずもって現在の中国人でこの事件のことを知っている人間はいないであろうことから、昔の日本と中国を結ぶエピソードとして両国の相手感情を少しでも良くする為に広く日本人、中国人に知らしめる必要があると考えていました。
 そんな風に考えていた矢先、今月の文芸春秋にて書道家の石川九楊氏が「現代政治家 文字に品格を問う」という記事を寄稿しており、その中で書道家として石川氏がその著作にて大きく取り上げた副島種臣について触れているのを見て、なかなかにタイムリーだと思って今日書くことになりました。

 なおその記事にて石川氏が言うには、副島の書にはその時期ごとに変化があり、明治政府設立直後の書は一画一画に力こぶの入った闘争心溢れる書であったところ、外務卿に就任後は自らを鼓舞させるような速度のある書に変わり、副島が征韓論に敗れて明治政府を下野してからは急いでいるような筆の運びに回転が強まった書になっているそうです。今ちょっと触れましたが、副島は西郷隆盛らとともに征韓論を主張して敗れた後は下野し、その後しばらく中国に渡って滞在しております。その中国滞在中に西南戦争が起こり、西郷、大久保、木戸の維新三傑が皆没し、そのような仲間がいなくなってゆ中ゆえの焦りが書に出たのではないかと解説されております。

 そしてそれ以後の副島は板垣退助らの自由民権運動に当初は参加するも途中で離れ、まるで何かに抵抗する意思が現れるかのように文字形の崩れた書になり、字の構築性も失われていったそうです。更にそれから時が流れ1981年以降からはまるで自らの挫折した政治の理想が書にも現れ、これ以降から副島は卓抜した作品を残すようになっていったそうです。まぁその後、また政府に戻って内務大臣とかも歴任しているんだけどね。

  参考文献
・教科書が教えない歴史(産経新聞社)
・文芸春秋 2009年11月号(文芸春秋社)

鳩山政権のこの一ヶ月

 ちょっと政治記事からこのところ離れているので、発足から一ヶ月経った事もあり鳩山政権のこの一ヶ月について一本軽くまとめておこうと思います。

 まず結論から言えば、この一ヶ月は可もなく不可もなくといったところでしょう。鳩山首相はあちこちに外遊なりレセプションなりに出席するなりで露出が非常に多いですが、政権が変わったことを見せる上ではこれは悪い事だとは思いません。また外遊、特にアメリカへの訪問については産経を初めとして、アメリカ海軍基地の沖縄からグァム移転について何の言及もなかったなどと激しく非難されていますが、これについては私自身はあまり問題視しておりません。というのもそもそもこの問題は自民党が与党だった頃にもなかなか解決が付かなかった、いわば放置されてきた感のある問題で、それを発足間もない民主党政権に協議させるのはちょっと酷かと思います。協議が進むに越した事はありませんが。

 こうした外交に対して、内政については評価のはっきり別れる点がいくつかあります。
 まず国民にとって一番影響のあるであろう予算の見直し問題で、今年度自民党がまとめた補正予算のうち必要のないものを執行停止して確か4兆円をかき出して公約に掲げた政策に使うとしてきましたが、現時点では目標額には達成せず、一時赤字国債を新たに発行するべきかと議論されたことが報道されていました。これについてははっきりと批判した橋本大阪府知事同様に私も同意できず、赤字国債を発行するくらいならそもそも各社の調査で高速道路原則無料化には国民の過半数が反対しているのだから、無理に公約に掲げた政策を実現しようと無駄な出費を作らない方がいいと思います。

 また同じ予算の編成問題でいわゆるエコ減税、エコポイントを継続するべきかどうかで民主党内にて意見が分かれたと報じられていましたが、これについては私は即刻廃止してもかまわないと考えております。というのもちょっと前に参加した武田邦彦氏の講演会にて武田氏が、エコポイントというのは環境によい商品を購入した人への補助と喧伝されているが実際には何のことはなくただの消費加速政策で、大型テレビなどを購入した人間に国民全体から巻き上げた税金を配っているに過ぎないと激しく批判しておりました。私もこの政策は一見するとさも全体の公益のために行われているように見えますが、配られるエコポイントの原資が税金である事を考えると結局は消費の出来る層への資本移動にしかなっていないのかと思え、あまりこの政策を支持する気にはなりません。大体環境に貢献しようってんなら、そもそも家電を使わなければいいだけの話しだし。私の友人なんか、一人暮らしの学生時代に電子レンジも冷蔵庫も持たなかったのだし。

 加えて同じ内政においては、前原国土交通省のスタンドプレー振りが目立った一ヶ月でした。
 私も記事にした八ツ場ダム問題に始まりつい先週まで揉めに揉めてたハブ空港問題など、やや呆れる手際がいくつか見られました。八ツ場ダムについては初めから民主党が公約にて建設中止を謳っていて私もダム建設から来る府の影響を考慮すると今回の民主党の処置を支持しますが、唯一突っ込むところとしてこの八ツ場ダム建設地を含む選挙区に先の選挙で民主党が候補を出さなかった事です。難しい判断だとは思いますが。

 その八ツ場ダムに対して羽田、成田、関空の国際ハブ空港化についての前原大臣の対応はいろんな意味で私をがっかりさせました。私は生憎航空行政については詳しくなくてこのハブ空港はどこが適しているかについては意見を持っていませんが、橋本府知事との会談にてなんの根回しなく突然羽田のハブ化を口にした上、その上具体的なビジョンが未だに国民に見えてこないというのは個人的に不満です。あまり分かってないで言うのもなんですが、私は旧自民党政権が中部空港や神戸空港などあまり再三の見込めない地方空港を片っ端から作っていった姿勢には大きな方向性が見えてこず、今後航空行政はなにかしら方向性を持って進めるべきだとは考えていましたが、今一体民主党政権がどのような方向性を持って航空行政を整理しようというのか、全く見えてきません。その中で羽田のハブ化が急に出てきて、それでいて現在国際路線を担当している成田の処遇についてもよく分からず、しかもその発信源が大臣の本来関係ない場面での一言からというのはあまり誉められたものではありません。

 この前原大臣は以前から威勢が良過ぎるところがあって顔もイケメンなのに玉に瑕だと見ていましたが、それが未だに修正されていないのではないかと思わせる発言、行動振りでした。特に前原大臣は以前の民主党代表時代に故永田寿康氏の偽メール事件での国会での追及を周りとの相談なしにGOサインを出した前歴があり、今後この点に改善がなければいつかまたとんでもない舌禍失言をしでかすのではないかと他人事ながら心配になります。

2009年10月17日土曜日

北京留学記~その十六、李尚民

 この北京留学記もこれでもう十六回目、といっても一回番号振り間違えてダブっている回もあるのですがそれは置いといて、ようやく内容も充実してくる場面にまで持ってくることが出来ました。
 本日からある意味この体験記の核心部分とも言うべき、留学中に私が出会った人達の証言やエピソードを紹介していきます。何度も言いますが私の留学した北京語言大学というのは外国人に中国語を教えるために作られた大学で、カリキュラムや受け入れ態勢も各国ごとにある程度整えられている事からそれこそ世界中から中国語を学ぼうという学生が集まるゆえに非常に国際色豊かなキャンパスでした。そのような環境ゆえに中国人に限らず様々な国の人間と留学中に私は交流することができ、今も胸を張って大きな財産だといえる経験をこの時期に得ることが出来ました。今後この留学記ではしばらく、そんな留学中に出会った人達のエピソードを紹介していきます。

 そんな大層な前フリから始まった今日の第一発目の紹介人物ですが、題につけた名前からもわかる通りに韓国人男性で、この漢字での中国語の発音は「リーシャオミン」を今日は紹介します。この李尚民は私と同じくらいの年齢で確か当時二十歳くらいで、私と共に一年間一緒に同じクラスで勉強した同級生でした。私のクラスに居た韓国人は彼以外にも数人の女子学生とシーナンジャオという名の男子学生もいたのですが、彼らは李尚民と違って全期ではなく半期だけの留学で帰っていってしまいました。

 もののついでですから先にシーナンジャオについて軽く説明しておきますが、彼は韓国国内にて既に徴兵を終えてから留学に来ており、夏場の暑い時期に彼の薄着姿を見ましたがやはり一般の日本人男性と比べてもがっしりとした体格でした。ちなみに留学中の韓国人男性を徴兵済みかどうかを見分ける一つの指標として、徴兵終了時に記念品として配られるタオルを持っているかどうかというのが最も簡単な方法でした。

 話は李尚民に戻ります。彼はこう言っては何ですが韓国人男性にしては珍しく非常に大人しい性格でした。授業の出席率も高くて宿題もちゃんとやってきて、よくサボっていた前述のシーナンジャオとは本当に正反対でした。
 それゆえか私も留学中には隣のタイ人の女の子とばかり世間話をしていたものだから、李尚民とはそれほど頻繁に話すことはありませんでした。ただ幾度か互いに一人の時にばったり会っては長々話をしたことがあり、今回ここで紹介するのは主にそのような場面での会話です。

 まず一番最初に思い出されるのは冬休みの間、食事のために食堂に行ったらそこでばったり会った時の話です。それまでにあまり世間話をなどをした事ない二人ゆえに、お互いに無難に互いの国の知っている人間の話題をこの時しました。
 まず最初に切り出してきたのは李尚民からで、「ねぇ、韓国人で誰か知っている人がいる?」と言い、私が口を開く間もなく続けて、「ヨンサマ?」と聞いてきました。やっぱり韓国人も当時のヨン様ブームの事を自認していたようです。この李尚民の問いかけに私も、そりゃあ彼は有名人だからねと頷きながら続けて、「あと金正日もよく知っているよ」と言った際、私だけかもしれませんがちょっと興味深い返答が返ってきました。
「なんで、金正日が嫌いなの?」

 韓国人は支持政党によってかなり考えに隔たりがあると聞きますが、私はこの時に彼の家は北朝鮮寄りの家なのではないかと思いました。というのも日本人の間ではわざわざ金正日が嫌いな理由を尋ねたりすることはなく独裁国家の大悪人で一致していますが、韓国では国境が接しているためか北朝鮮に対する意識が大きく二分されており、言うなれば殲滅派と和平派で両極端だそうです。この時の李尚民の問いかけからは北朝鮮に対する嫌悪感や憎悪といった感情は微塵も感じられず、あくまで私の直感ですが前韓国政権のようないわゆる和平派なのではないかと推測しました。
 しかしこんなことを腹の中で考えてはいるもののまさか正直に、「君は北朝鮮寄りなのかね?」などと言えるわけもなく、ひとまず話を適当に流そうと思って、「あの髪形はないでしょ」と冗談言って流しました。

 その後はソニン、ユンソナ、小泉純一郎と有名人を挙げていき、ゲームの話題に映ったところで韓国でも日本のゲームは結構普及している教えてくれ、彼自身もサッカーゲームの「ウィニングイレブン」をよくやったと言っていました。また同じゲームの話題だとこちらは授業中のやり取りで出てきた話ですが、なんでも彼が子供の頃は周りの友達にはみんな親からパソコンを買ってもらっていたのに彼の親は厳しくて買ってくれず、周りがパソコン使ってゲームをやっていたのがうらやましかったとも言っていました。

 そんな李尚民と最後にゆっくりと話をしたのは一年間の留学生活を終えて帰国する前に行ったクラス打ち上げ前で、お互いに律儀なもんだから待ち合わせ場所に早くから来て他の同級生が来るまで二人でいろいろ話しました。ちょうどその打ち上げ前にHSKという中国政府が行う中国語能力検定をどちらも受けており、その成績についての話題がまず最初に出てきました。このHSKというテストは取った成績によって一級から八級まで成績分けされ、八級が最も良い成績なのですが私も李尚民も七級を取得していました。
 私はこの成績で満足していたのですが李尚民は周りには納得しているといいつつも、八級を取得すれば韓国政府、もしくは大学から奨学金がもらえたらしくて、内心では八級を狙っていたので少し残念だったと話していました。

 そんなHSKの話の後、最後なのだから思い切ってきわどい事を聞いてみようと徴兵にはもう行ったのかと訪ねてみたのですが、なんでも彼は以前に中学校か高校の部活中に足を怪我してしまい、そのせいで徴兵検査に落ちて徴兵が免除されていたそうです。韓国では徴兵に行かねば立派な成人男性と見られない風潮があると別の人から聞いたことがあるのですが李尚民としてもやはりその様で、徴兵免除を受けた際には非常に落ち込んだそうです。しかしその後、実際に徴兵に行った彼の友人らから軍隊生活の過酷さを聞くにつけて自分はラッキーだったと思うようになり、今はもうあまり気にしていないと話していました。

 以前の記事でも書きましたが、中国の大学において韓国人留学生は人数も多いことからしばしば集団的に粗野になりがちになります。実際に寮内で夜中まで騒ぐ韓国人学生を何度か私も目撃しており、中国国内でも以前に大きな問題として挙げられた事までありました。そんな中でこの李尚民は非常に穏やかで礼儀正しく、ちょっと気の弱そうなところをのぞけば本当にいいクラスメートでした。ただ唯一彼に対して私が残念だったのは、私の十八番である北朝鮮の女子アナの物真似で彼を一度も爆笑に追い込めなかったことでした。愛想笑いはしてくれたけどさ(つД`)

2009年10月16日金曜日

文章表現における波

 私は私生活でもそうですが、文章表現においても調子のいい時もあれば悪い時もあって割りと激しく表現方法や技術が変わっていくタイプです。最近でも今月に入ってやや持ち直してきたものの、先月九月のこのブログの記事を読み返すと自分でも唖然とするような呆れた表現をかましており、ようやく気が付いた時点から今日までに慌てて軌道修正に取り組んでいました。

 特に一番ひどかったのは同じ表現の繰り返しで、一行目に使った表現をすぐ下の二行目でも使い回している事が多く、自分で気づいた中で挙げると先月の記事では「もっとも~」と「非常に~」という言い回しが異常に多くて激しい自己嫌悪に陥りました。ちなみにここでワンポイントアドバイスをすると、文章を書く際には一度使った表現を何度も使うよりは同じ意味でも別の語を使った方が見栄えが格段によくなります。一例を挙げると何かが大きい事を強調する表現でも、「とても」を使った後には「遥かに」を使い、そのまた後には「比較にならないほど」という具合に、前後の文章のリズムに合わせて選んでいければいいと思います。

 では何故九月にそれほど同じ表現の繰り返しが起こったのかとこの前自分で分析したのですが、一つにはこのところ私生活で堅い英文を作成する機会が増え、主語を強調して文章を書かなければならないという意識が強まったせいではないかと考えました。英文は主語と動詞を中心に据えてすべての文章を組み立てるので、英文ばかり書いていると一番最初に主語を持ってきてその後に動詞、でもって副詞で埋めてく作業が多くなってしまい、その意識が主語が曖昧なままでもなんとかなる日本語文章にまで来てしまうと全体のリズム感が悪くなり、表現においても分かっていながら窮して使い回しをやることが増えてしまいました。

 とはいえ九月以前もこのブログでは主語を強調した文章表現が目立つと思いますが、それらについてはあまり問題はないと私は考えております。ちょうど今使ったように、何か政治や社会問題に対する自分の意見を書く際にはそれが誰の意見かということを明示するに越したことはなく、本来なら無主語の意見は私の意見で当たり前に読んでくれるだろうと言いたいところですが、他の専門家や学者の意見を引用して織り交ぜるとなると書いてる自分はよくても読んでる側からすると混同するかもしれないし、責任感を持って自分の意見、立場を書く場合ははっきりと「私は~」という風に敢えて明示するようにしております。

 こんな具合でこの記事では自分の文章表現をやや卑下して書いてはいるものの、普段の私はという逆に自信過剰な性格でよく家族や友人に対して、「自分ほど文章を器用にかつ大量に書く人間となると、同世代にはほとんどいないだろう(・∀・)」、などと言ってはよく顰蹙を買っております。そんな自分でも、ここ数ヶ月の自分の表現力の低迷振りにはほとほと落ち込まされました。

 特に一番自分を落ち込ませたのは、なんと過去に書いた自分の記事でした。これは自他共にはっきりと認め合っている事ですが、このブログにおける私の全盛期と呼べるのはちょうど去年の9月頃で、カテゴリーにも設けてある「文化大革命とは」の記事を連載している頃でした。実は最近になってまたコアな新しい読者ができたのか、FC2の出張所の方にて何故だか昔の記事に拍手が増えているのですがその中で、「文化大革命とは~その五、毛沢東思想~」の記事も拍手を受けていたので何の気なしに読み返してみたところ、口語が頻繁に織り交ぜられていて見る人にとっては噴飯ものかもしれませんが、書かれている内容レベルもさることながらその読み易さに舌を巻きました。

 この文革の記事を書いた頃よりも最近は閲覧者数も増え、本店では約100人弱、出張所の方では50人弱の方が毎日見に来られるようになり、多少恥ずかしくないように去年より砕けた表現を抑えるようにしています、顔文字は増えたけど。ただ元々私は硬い文章を出来るだけ砕けた表現で読み易くすることに重点を置いて技術を磨いてきたので、今でも砕けた表現が多いですがやっぱり以前くらいのレベルに戻すべきかなと今ちょっと悩んでいます。

 それにしても自分の文章表現についてもこれだけ長々書けるのだから、つくづく自分は文章書くのが好きなんだと思い知らされます。さっきの記事に続きますけど、水野晴郎ばりに本当に文章っていいものですねと、作文書くのが嫌いな小中高生に声を大にして伝えたいです。

楽天、クライマックスシリーズ初勝利について

楽天打線爆発、岩隈完投!CS第2S進出に王手(サンケイスポーツ)

 つい先ほど試合が終了しましたが、パリーグクライマックスシリーズ第一戦の楽天VSソフトバンク戦にて、シーズン成績二位だった楽天が地元仙台にて見事クライマックスシリーズ初出場、及び初勝利を挙げて第一ステージ突破に王手をかけました。
 こんな記事を書いておきながら私は実はソフトバンクのファンなのですが、今期の楽天の快進撃に加え球団創設からこれまでの五年間の苦難の時代を考えると、今日の楽天の勝利には思わず目が潤まされました(ノД`)

 そんな今日の試合、やはり決め手となったのは楽天の一番高須選手の先頭打者ホームランに尽きるでしょう。ソフトバンクのエースにとどまらず松坂、岩隈、ダルビッシュに続く「第四の男」とWBCにて称され、そのWBCでも大活躍した上に今シーズンでも奪三振王のタイトルを獲得した杉内投手が今日のソフトバンクの先発でしたが、まさかまさかでいきなり先頭打者ホームランを打たれ、さらには同じ回にてまたもセギノール選手にホームランを打たれて三回七失点でKOされるなんて試合前には誰も想像だにしなかったでしょう。私も今日の先発が岩隈投手、杉内投手となることから息詰まる投手戦かと思っていたところ、終わってみれば両チームで合計15点を取るハイスコアなゲームでした。

 その杉内投手に対して楽天の岩隈投手は4回にて味方のまずい守備もあって4失点をするも、その後は尻上がりに調子を上げて7回と8回では三振を含めた三者凡退に抑えるなど見ていて圧巻のピッチングでした。さすが仙台の理想のお父さん、決めるところはきちんと決めてくる。

 ただ個人的に私が今日の試合で私が一番胸に来たのは、7回の楽天の攻撃における山崎武選手のホームランでした。シーズン後半に調子を落としていた事からクライマックスシリーズでも活躍が危ぶまれていたものの、それこそ目の覚めるような高度のあるホームランを決めてこの試合の勝利を決定づけました。楽天入団直前まですでに過去の選手のような扱いをされていたあの山崎選手が、こうしてポストシーズンの試合にて4番を務めるその姿を見るにつけなんともいえない、本当によかったという感情がぐっとこみ上がってきました。

 明日はソフトバンクキラーの異名を取るマー君こと田中選手が先発として登板する予定ですが、ソフトバンクも好きだけど楽天も好きな私からすれば、ちょっと悩ましいところですがやっぱり明日も楽天に勝ってもらいたいです。
 故水野晴郎氏ではないですが、今日の試合は野球って本当にいいものですねと言いたくなる試合でした。明日は昼間から第二戦が始まりますが、全力でテレビにて観戦させてもらおうと思います。あとセリーグでもヤクルトVS中日戦が夜に行われますが、世界中のどの球団よりも私は中日が嫌いなのでヤクルトには是非奮起していただきたいと思います。( ゚∀゚)=◯)`Д゚)・;'

2009年10月15日木曜日

太郎さんは何故流行らなかったのか

 この前友人と会った際にこのブログのことを話し、以前に書いた記事で「花子さんの評価が逆転する時」のことで少し盛り上がりました。この記事の内容は中身を読んでもらえば分かりますが、私が小学生の頃には恐怖の対象でしかなかった花子さんが最近ではいつの間にか漫画で萌えキャラ化しており、随分と時代が変わってしまったものだと思ったことが書かれています。ちなみにその友人、というか某K君は小学生の頃に入院した際にこの花子さんの怪談が恐くてなかなか病院のトイレに入れなかったそうです。

 そんな花子さんですが前回の記事のコメント欄にも書いてある通りに、花子さんにはパートナーに当たるような「太郎さん」という男の子の怪談キャラがおり、基本的には花子さんの男の子バージョンとして私が子供だった頃に怪談話で噂されていました。この太郎さんというのは登場の仕方からやることまで花子さんと全く同じで、唯一違っていたのが花子さんが女子トイレに現れるのに対して太郎さんは男子トイレに現れるという設定だけだったのですが、不思議な事に花子さんが日本怪談業界において圧倒的な知名度と迫力を持っていたのに対してこちらは全然恐がられもせず、取り上げられる回数も花子さんとでは天と地ほどの差がありました。

 K君と話した際にもこの太郎さんの話題が出てきたのですが、その時に二人でどうして太郎さんは流行らなかったのか、何がいけなかったのかといろいろと議論してみたのですが、その結果太郎さんの失敗要因が下記の通りにいくつか浮かび上がってきました。
 まず花子さんが個室トイレしかない女子トイレに現れるのに対して、小便用トイレもある男子トイレに修験するという事がそもそもの失敗だったと二人で一致しました。女子の場合はトイレに入るとなると必ず個室に入らないといけないのに対し、男子は逆に個室に入らず小便用トイレを使う頻度の方が圧倒的に高いため、個室にて潜むという太郎さんのシチュエーションがいまいちリアリティに欠けたのではないかと我々は考えました。

 こうした男女のトイレの構造の違いに加え、小学生の男子が個室トイレに入るという大きな大きな意味に比べると太郎さんの存在は非常に小さかったのではというの大きな原因だという意見が出てきました。

 かつて私がどこかでみた評論にて、「小学生の男子が排泄のために個室トイレに入るという事は、イスラム教徒が豚肉を食べるに等しいタブー行為である」と評した人がいましたが、現実はまさにその通りでした。これは男性の方ならみんな分かってくれると思いますが、小学生の中学年くらいに至ると男子が個室トイレに入ろうものならすぐさまみんなからバイ菌扱いされ、どれだけそれ以前にクラスで権力を持っていようが一瞬で吹き飛んでしまいます。そのためたとえ学校で用を足したくともみんな家に帰るまで必死で我慢をして、最終的にこらえ切れなかった者は授業中に、「先生、トイレ行って来ていいですか?」と言って緊急避難を行い、ここまで我慢した者については周りも深くは追求しないというのが暗黙のルールとなっておりました。ちなみに私は、一般の児童がまず入ってこない教員用トイレを使う事で自らの権威を保っておりました。

 こうした日本の小学生男子が抱える構造的問題から、そもそも男子トイレでノックをするという行為は当時においてまずありえなかったと私は考えています。というのもどうしても学校で用を足そうものなら絶対に同級生にトイレに入るところを目撃されてはならず、それこそ完全な隠密ミッションで事を果たさなければなりません。ですので仮に個室トイレに先客がいても絶対にノックなどせず、その個室の住人にすら知られぬように別のトイレに向かうのが常でした。

 こうしたことから三回ノックをして太郎さんが出てくるというシチュエーションがまず小学校ではありえなかったことが、太郎さんが流行らなかった最大の原因だったのではないかという結論に落ち着きました。
 むしろ私はトイレのドアを三回ノックするより、男子が小便用トイレを使用していると勝手に後ろの個室トイレから現れていろんなところに引きずり込んだり首を絞めたりする、という風に伝わっていればそれなりにリアリティがあってまだ流行ったんじゃないかと思います。結局のところ太郎さんは、小学生男子が持つ個室トイレのタブーに勝てなかったということになるわけです。あしがらず。

2009年10月14日水曜日

武田邦彦氏の講演会にて

 去年の五月にも行きましたが、平日にもかかわらず本日某所にて行われた中部大学の武田邦彦教授の講演会に参加してきました。ついさっき帰ってきたもんだから、今ちょっと疲労気味です。
 武田邦彦氏についてはもうあまり説明の必要はないと思われますが、世の中の環境問題のほとんどすべては嘘だとはっきりと断言してはよく議論の的になってきた人物で、私は武田氏の著書である「何故環境問題にウソがまかり通るのか」を読んでその筋道だった説明と解説に惹かれ、環境問題については武田氏の意見の方を現在では支持しております。

 そういう前置きはひとまず置いといて、早速今日の講演会で聞いてきた内容を一部抜粋して説明いたします。
 まず最初に武田氏が私から見て如何にも勝ち誇ったかのように主張していたのが、海水面上昇の話です。NHKを筆頭として温暖化の進行とともに北極、南極の氷が解けることによって海水面が上昇して地表の多くが水没するという説に対して、武田氏は約二年位前の初登場時より真っ向から否定していました。原理についてはいろんな本で武田氏も説明しているので割愛しますが、こうした武田氏らの活動が実ったのか、こんなあからさまな嘘を最近はどこも報道しなくなったと力強く言っていました。実際に私の感覚からしても数年前まであちらこちらで水没、水没といっていたのに、この一年間はそういった話をとんと聞かなくなったように思えます。

 こうした海水面上昇など、環境問題に関する報道の大半は嘘が多いという話から始まって武田氏を一躍有名人にした「ダイオキシンは無害だ」という主張についてあれこれ話していましたが、こちらも具体的な内容は武田氏の著作に書かれているのでここでは割愛します。ただこのダイオキシンは無害だと主張したことについて、初めてメディアでこの内容を主張したのをフジテレビであったことを紹介し、当時にフジテレビ内でも内容が内容だけに放送前に局内でいろいろと議論があったそうなのですが、最終的には当時のフジテレビの専務が武田氏に会い、

「我々は真実を報道します」

 と言って、放送を決断したそうです。
 結果はやはり、「そんな適当な事を言うな!」などと沢山の批判がフジテレビに寄せられたそうですが、このエピソードから武田氏はNHKを散々批判するのと打って変わってフジテレビはしっかりしているなどとべた褒めしていました。なお武田氏によると、高分子を300℃から400℃で焼いて煙を出すというダイオキシンを発生させるのに最も適した条件というのは実は焼き鳥屋らしく、そのために最初に毒性を否定する記事の題には、「焼き鳥屋は何故死なないのか」を採用したそうです。

 このほかエコポイントの欺瞞性などについてもあれこれ語っていたのですがそちらはまた今度にするとして、最後の質問時間にあまりほかから手が上がらなかったので私自らこのような質問をして見ました。

「日本の将来のエネルギー事情を考える上で、私は今後はどうしても原発に頼らざるを得ないと考えております。しかし原発事故の危険性はもとより、原子力発電によって無害化するまでに膨大な時間のかかる核廃棄物などが生まれる事を考えると、自分たちの世代がよりいい思いをするために将来の世代に負の遺産を残してしまうのではないかと思い、果たして本当に原発に頼っていいものかと考えてしまいます。その点について、武田先生はどのようにお考えでしょうか」

 この私の質問に対し、武田氏の返答は意外なものでした。
 まずいつもどおりに歯切れよく、原発というものは実際にはそれほど危険性はないと断言してきました。しかしそれでもなお危険性が心配されるのは、実は人災によるものだと答えました。

 核廃棄物については現状の技術、保管管理の方法でも限りなく無害化できるものの、その処理を巡って政府内で裏取引が平然と行われており、それらの技術が100%生かしきれていない現状があると武田氏は答えました。また発電所についても、日本で何が一番問題なのかといえば地震による倒壊のリスクだとして、2007年の新潟県中越地震で一部倒壊を起こした柏崎刈羽原発を例に取って説明してくれました。

 武田氏はこの発電所の建設にあたり日本で起こりうる地震としては非常に大きな部類にあたる400Galの二倍にあたる800Galに耐えられる設計で建設するべきだと主張したものの、政府の役人がどこかからかつれてきた地質学者、さすがに武田氏も温情を効かせて実名は明かしませんでしたが、その地質学者がこの地帯では250Gal以上の地震は起きないから250Galまで耐えられるレベルの建設でいいと主張し、結局それが委員会でまかり通ってしまったそうです。
 たださすがに東京電力が気を利かして400Galまで耐えられる設計で建設したものの、結局は新潟県中越地震の際には一部倒壊する事態となってしまいました。仮に250Galレベルの耐震設計では全壊もありえたと武田氏は述べ、地震後にその地質学者が何を言ったかというと、こんなレベルの地震を起こす断層があったとは分からなかった、と呆れる発言をしていたということを紹介していました。

 そもそもこのような地震リスクを避けるためには初めから大きな地震が起こらない断層の上で建設すればいいのに、そのような調査もほとんどなされていないと述べた上で、発電所の所長はそれこそ戦艦大和と殉じた艦長のように、世俗を超越した貴族のような人が行わなければならないと主張しました。原子力発電には沢山の組織や人間が複雑に絡み合った上で成り立っており、個人の利権やそういったものに全く左右されない人間でなければ所長は勤まらないとまで言っていました。

 その上で最初の話に戻りますが、様々な利権が絡んで裏取引も数多く行われており、原子力は安全に運用できるのにそのような人災によって危険性が付きまとってしまうと、「人災ゆえに技術ではどうにもならない」とまとめてくれました。この最後の一言が、私にとっては非常に印象深かったです。
 このような具合で、とても面白い講演会でした。残った話はまた折あらばご紹介します。

2009年10月13日火曜日

プラシーボ効果の効くもの、効かないもの

「薬の効果の八割はプラシーボ効果」

 こんな言葉をご存知でしょうか。この「プラシーボ効果」というものは「症状に対応する薬を飲んだ」という安心感というか自己意識のことで、飲んだ薬の効果以上にそういった心理的作用の方が体調の回復に寄与していると言われております。私が以前に見た実験では、車酔いしやすい人達に実際はただの栄養剤を酔い止めの薬として服用させてバスに乗せたところ、なんと八割がたの乗客がいつもより酔わなかったと回答していました。

 信じるものは救われるじゃありませんが、言われてみるとなんとなく薬の効果というものはそういうものなのかもしれないという気がします。しかしこの前にふとこのプラシーボについて考えてみたとき、先ほどの酔い止めのようにプラシーボ効果の出やすいものと出にくいものがあるのではないかと思いました。
 効果の出やすいものとして挙げられるのはまずは先ほどのような乗り物酔いに、あと私も先ほどまでダウンしていた頭痛とかで、逆に効果の出にくいものときたらと考えたときに出てきたのが、毛生え薬なんじゃないかと何故かすぐに思いつきました。

 私の周りでも毛の生えることを信じてあれこれ育毛剤を使っている人間を今まで見てきましたが、彼らのその切実な願いに対して思い通りに毛が生えてきた人はあまり見受けられませんでした。もしかしたら本当に生えるのかという不安もあるのかもしれませんが、こんな具合にプラシーボ効果の出やすいものと出にくいものを細かく分類していったら心理学的にも面白いんじゃないかと思います。

2009年10月12日月曜日

北京留学記~その十五、2006年ワールドカップ

 留学から帰国後、何故だか知り合いからよく聞かれた質問にこんなものがありました。

「Wカップに熱狂しすぎて、中国で何人か死んだんでしょ?」

 別にこのニュースを知らなかったわけではありませんでしたが、一体どんな風に日本で報道されていたのか気になるくらいの質問数でした。

 さてそんな2006年のWカップですが、当時実際に中国現地にいた私からすると確かに、そりゃ死ぬわなという程の熱狂振りでした。ここでちょっと解説しておくと一昔前まで中国で人気のスポーツときたらピンポンこと卓球でしたが、周りまわって現代では圧倒的とも言うほどサッカーの人気が一番高くなっております。そのサッカーに次いで特に若者の間で人気なのはバスケットボールで、アメリカのNBAにも中国人選手がいるという事もあって注目されております。

 話は戻って当時の現地での過熱振りですが、それこそ新聞の一面は毎日Wカップ関連で、試合の放送も深夜に放送されるリアルタイムでの放送と昼間での前日の試合分の再放送の二本立てで、熱心なファンともなると同じ試合を二度も見るほどでした。
 そうしたサッカーへの過熱ぶりは中国人に限らず、私の通っていた北京語言大学内も例外ではありませんでした。

 この連載記事で前述してあるように北京語言大学は欧米からの留学生が多い大学で、Wカップともなるとサッカー好きの彼らが黙っているわけなく、それこそまるでお祭りになったかのように学内はWカップで一食となりました。構内のカフェや売店前を通ると全部が全部Wカップの話題で、授業日でも休み時間になってはクラスメート同士で盛り上がり、中にはチョークで頬に即席で国旗ペイントまでし始める者までいました。
 そして、Wカップが始まる前から自分の中ではある程度予期はしていたものの、恐れていたことがある日にとうとう起きてしまいました。

(先生)「没有人……(誰もいない……)」

 その日の朝、授業開始時間になっても教室にいたのは自分と先生だけでした。
 というのもWカップが始まって以降、どの学生も夜中ずっと試合を見るために朝の授業をサボり始め、この時期はどのクラスでも学生が授業に来なくなっていました。私のいたクラスは先生と学生の信頼関係が強かったようで他のクラスよりは随分とマシだったそうですが、元からサボりまくっていたウクライナ人を筆頭に徐々にサボる人間が増え始め、とうとうその日には私と先生しか来なかった訳です。しょうがないから、二人で宿題の答え合わせをやったけど(ノД`)
 
 幸い二人きりだったのはその日だけで、その日も開始後二十分もしたら徐々に他の学生も来ましたが、この日以外だとWカップ期間中は平均して大体三、四人くらいしか授業開始時に集まっていませんでした。しかも来るのは決まってアジア勢で、欧米勢ともなると全休も少なくなかった程です。

 ついでにここで説明しておきますが、向こうでの授業は最低出席数さえ守れば進級できるので、日本人だろうと欧米人だろうと日本の大学同様にしょっちゅうサボってこなかったりします。それに対して私はやっぱり特殊で、日本の大学でも基本的にはほぼサボることなく何かしらの講演会などと重ならない限りは確実に授業に出席しており、留学中に至っては全日出席を見事達成しました。
 ただ一回だけリアルに寝坊して十時くらいに教室に入った事がありましたが、先生もクラスメートも私が毎日来ていることを知っているもんだから教室に入るや否や大笑いして、先生も、「何も言わなくてもわかってる。今日はたまたま遅刻したんだねヾ(^^ )」と言う始末でした。

 こうした状況に語言大学側も一応は注意するもののほとんど効果はなく、中には一限の授業に誰も来ないで終わってしまっていたクラスも珍しくなかったそうです。そんなことを先生が話していると、上記のように私の出席率が高いもんだからある学生が、

「うちのクラスには花園がいるから大丈夫だよ(*^▽^)/」

 と、言ってくれました。実際、自分でも自分がこのクラスの最後の砦なんだと意識してましたが。

 そんなWカップですが、語言大学の中で一番熱狂した集団となると欧米人ではなく、実は韓国人でした。
 語言大学のすぐ近くの五道口という地域は、成り立ちはよく分かりませんが結構にぎやかなコリアタウンとなっており、街中にはいたるところにハングル文字が書かれているだけでなく韓国料理屋も非常に多い場所です。そんな場所だからと言うべきか、そんな地域の近くに語言大学あるからというのか、この年のWカップ韓国初戦時ともなると大学の周辺地域は文字通り真っ赤に染まっていました。

 語言大学でも多数派を占める韓国人留学生らは揃いも揃って赤い衣装を身に付け、中にはまだ肌寒い時期だったのに真っ赤な、それもほとんどブラジャーのような服だけ着た韓国人女性も寒そうに歩いていました。それこそ一体どこにこれだけ潜んでいたかと思うくらいの韓国人学生が集結して、大学近くのビアガーデンでもあっという間に商品が売切れになったほどでした。

 おまけにその日の試合で韓国が見事勝ったもんだから、夜11時くらいなのにあちこちで、「テーハ、ミングっ!」の大合唱まで起こり、寮の中にいた自分にも外から聞こえてきました。周辺住民も迷惑だったろうな。
 さすがに二戦目のフランス戦は深夜の試合だったこともあって以前よりは落ち着いてはいましたが、それでも相変わらずの熱狂振りで韓国の同点ゴールの際には寮の中であろうと平気で大声で歓声を上げてきたために、寝ていた私も飛び起こされたほどでした。この日だけは、韓国人と相部屋になる日本人みんなが嫌韓になる理由がよくわかりました。

広島、長崎のオリンピック共同招致について

 この記事は友人よりの投稿記事です。コメントなど思うところがあればつけてあげてください。

  執筆者 SOFRAN

 昨日、10月11日、広島市の秋葉忠利市長と長崎市の田上富久市長は、広島市役所で記者会見し、2020年の夏季五輪招致を検討する「オリンピック検討招致委員会」を共同で設置すると発表しました。みなさんも新聞やテレビなどで取り上げられているのでご存じだとおもいます。この2020年広島長崎五輪招致構想について、様々な意見も出てきています。
 実は私はこのニュースを初めて聞いた際、軽い驚きを覚えました。なぜなら、陽月秘話10月6日付けの花園さんの記事にもコメントを寄せているのですが、たまたま先日の朝日新聞の声欄を読んでいたら、茨城県の牧師男性の方より、

「今回、東京は2016年のオリンピック開催都市に落選してしまったが、2020年は広島が候補地に立候補してはどうだろうか? もし、広島でオリンピックが開催されれば、それは核廃絶の大きなアピールとなりその流れを加速させることができる」

 との意見が紹介されていました。私も、これはグットアイデアだと思い、花園さんのブログに投稿して、その考えを聞いてみました。でもその時点でアイデアとしては面白いが、広島の都市規模で果たして可能なのかという疑問が沸いていたのも事実です。また花園さんの返信コメントにも、政治的要素が強すぎてしまうのではないかとありましたが、昨日、今日の新聞記事を読んでいると、そのような視点からの意見がやはりいくつかありました。

 ただ、広島、長崎でオリンピックを開催するということは、他の地方都市が同じ事を目指すのとは、全く違う意味がそこにあります。というのも、世界で2つしかない被爆都市であるということです。両都市が、オリンピックの招致を目指すというのは、前の石原慎太郎東京都知事が東京の招致を目指すというのとは全くバックボーンが異なると思います。

 2016年の東京オリンピック構想は、国民の支持・関心も低かったと思いますが、その原因はオリンピック開催の狙いが石原氏個人の政治的栄誉や公共事業による景気活性化という目的であったことが、国民に見透かされていたからだと私は解釈しています。それゆえに何故2016年に東京でオリンピックを開くのかという大義名分は初めから存在しなかったのではないでしょうか。その事が、今回落選した大きな原因だったと思います。

 そんな東京に対して広島、長崎の今回のオリンピック招致宣言では、核廃絶を実現したい、あるいはその流れを強めたいという思いがすでに打ち出されております。この構想は広島市の秋葉市長が長年温めてきたらしく、その考えを昨年9月に長崎市の田上市長に伝えていたそうです。また、2020年は、両市を中心に世界各都市が参加する平和市長会議が定めた核廃絶の期限だそうです。また新聞などで紹介されている市民の意見を読んでいると、概ね好意的に受け止められているようですが、中には、

「周囲の被爆者には、原爆のことで騒ぎ立てないでほしいという人も多い。核廃絶を訴えるのは大事だが、五輪招致と一致するのだろうか。」

 という慎重な意見もあります。また、多少記憶に間違いがあるかもしれませんが、「広島は静かに平和を祈る場。今でも、多くの被爆者の骨が埋まっており、最近の金儲け主義の五輪の姿と核廃絶の理念が一致するとは思えない。」という意見も拝見しました。こういう視点からの意見には、それも一理かと考えさせられますし、また、会場の確保や財政面での不安もやはりあげられます。

 しかし、私は、様々な障害があると思いますが、この2020年広島・長崎オリンピック構想を支持したいと思います。その根拠として、かなり強引ですが、近代オリンピックの創始者クーベルタンが述べたという有名なこの言葉を紹介したいと思います。
  その言葉というのは、「オリンピックで重要なのは勝つことではなく、参加することである」というものなのですが、残念ながらこの言葉は彼自身の言葉ではなく、英米両チームのあからさまな対立により険悪ムードだったロンドン大会で、主教が述べた戒めの言葉が元だそうで、それは、「オリンピックの理想は人間を作ること、つまり参加までの過程が大事であり、オリンピックに参加することは人と付き合うこと、すなわち世界平和の意味を含んでいる。」という意味だったそうです。

 草創期のオリンピックの原点に戻った、思いっきり質素なオリンピックを見てみたいです。

2009年10月11日日曜日

ストーリーを作るのが上手いと思う漫画家

 一つ前にあんな記事を書いておきながらこんな記事を書くのもアレですが、日本の漫画作品は絵柄やコマ割りの技術もさることながらその作品内のストーリーの奥深さ、面白さも海外から高く評価されております。以前に聞いた話だと欧米では漫画(コミック)はあくまで子供向けの内容であるのに対して日本の漫画は大人から子供まで、しかも真剣に考えさせられるような物が多いと評価されており、私自身もその通りだと考えております。

 何故日本の漫画がそれほどまでに高いストーリー性を持ったかというと、それはやはり漫画の神様こと手塚治虫氏の素晴らしい才能によるものだと思います。元々手塚氏自身が映画や演劇好きでストーリー作りに力を入れるタイプだったということもありますが、それ以上にあの奇想天外で重厚さを高く持つストーリーを自ら編み出してあれだけの作品に表現してのけたという手塚氏の才能にはほとほとため息が出るくらいで、私は手塚氏は恐らく漫画家にならなくとも、小説家や戯作家としても十分に成功したのではないかと見ています。その手塚氏の影響を日本のほぼすべての漫画は受けており、そうした事を考えるとストーリーがいいということがいい漫画の条件と早くから認識されていたのでしょう。

 そんな日本の漫画作品を私が読んでいて、それこそこのごろは全く本が売れない小説家も真っ青なストーリーを量産していく漫画家に出会う事も少なくありません。そこで今日は私から見てストーリー作りが上手いと思う漫画家を幾人かここで紹介しようと思います。

1、光原紳(代表作品「アウターゾーン」)
 私がストーリー作りをする際に今でも最も参考にするのが、この光原氏です。このアウターゾーンはもう大分古い漫画ですが基本は一話完結のショートストーリー形式で、様々な人間が現実から考えられない奇妙な体験をするという内容で、作者がホラー映画好きということもあって全体的にグロテスクな描写が多いものの教訓的なエピソードも多く、何よりこうした暗い作品にありがちなバッドエンドではなくハッピーエンドで終わるために読後感のよい作品ばかりでした。作者本人も単行本の中で述べていますが、読者の思いもよらない形で絶望的な状況からハッピーエンドに落とす事に苦心したそうで、それだけに話の展開の仕方、構成の作り方は今でも学ぶものが多いと感じさせられます。

2、八木教広(代表作品「クレイモア」)
 宗教画を思わせるような細い線で緻密に独特な絵を描く方ですが、それ以上に独特なのはストーリーの構成の仕方だと常々思わせられる方です。いちおう八木氏の代表作品としては「クレイモア」を挙げましたが、私はこれ以前の「エンジェル伝説」の方が好きで、あれほど腹を抱えて笑わせられた作品は未だかつてお目にかかったことがありません。この「エンジェル伝説」の具体的な内容を簡単に説明すると、主人公は非常に心優しい性格をしているも顔が物凄く怖いというありがちな設定の学園漫画なのですが、本当にありがちな設定なはずなのにどうしてあれだけ話を面白くできたのだろうか……。

3、岡本倫(代表作品「エルフェンリート」)
 現在この作者は「ノノノノ」という作品を連載しており、この漫画は目下のところ私が一番熱狂して読んでいる漫画なのですが、やはり岡本氏とくれば前作の「エルフェンリート」に尽きるでしょう。
 この作品は前にも一回取り上げた事がありますが、一見すると萌え系の漫画かと思わせられるようなかわいい絵柄ながらも内容はひたすらにグロテスクで、中には読んでトラウマになったという人もいるとかいないとか。実際に日本の漫画作品の中でもあれだけ暴力的、猟奇的描写に富んだ漫画となると「寄生獣」とか「ベルセルク」くらいなものなのですが、「エルフェンリート」の場合はそういう描写がなさそうな絵柄やキャラクターだけに読んでて受けるショックもひとしおです。この作品は話の中で多少ご都合主義的に初期のセリフと矛盾する点もあるのですが全体的には程よくまとまっており、ただグロテスクなだけでなく意外に考えさせられる内容から一気に読み切ってしまった作品でした。なお現在連載中の「ノノノノ」はグロテスクな描写はないものの、きちんとスキージャンプについて取材がされていてやはり大した作者だと思わせられるないようです。

4、楠桂(代表作品「鬼切丸」)
 これはちょっと自分でも考えちゃいましたが、この楠氏はデビュー作品の「八神くんの家庭の事情」の連載中にも言われていた通りにキャラクターの心理描写を描くのが非常に上手く、それが遺憾なく発揮させられたのが上記に挙げている「鬼切丸」です。この作品を説明するとなるとちょっと面倒ですが、要は人間が恨みつらみを持っちゃうと鬼になって鬼切丸という名の少年に片っ端から切り殺されていくという話なのですが、何がすごいかというと鬼になる人間(主に女性)が鬼になる過程に持つ嫉妬や恨みといった感情の描き方が鋭く、それこそ読んでいて、「これでどうして鬼にならずにおれようか」と思わせられるような内容ばかりでした。私はこの作品を連載が終了してから読みましたが、よくもあれだけの心理描写を毎週描いていたなと感心させられるストーリーでした。なお現在楠氏が連載中の「ガールズザウルス」についてはあまり評価しておりません。一応買って読んでるけど。


5、徳弘正也(代表作品「ジャングルの王者ターちゃん」)
 手塚治虫、水木しげる、さいとうたかをといった大御所を除いて、現役漫画家のなかで最もストーリー作りが上手い作者を挙げるとすれば、多少考える余地はあるものの私はこの徳弘氏を挙げるようにしております。徳弘氏とくれば代表作品に挙げた「ジャングルの王者ターちゃん」が一番知られていると思いますが、この作品も激しい格闘シーンの描写もさることながら、どれだけ緊迫したシーンの中にも一発で力が抜けるようなギャグを必ずちりばめ、非常にアクセルとブレーキの効いたストーリーがよく展開されております。特にギャグについては、よくぞこんなものを考えるなと思わせられるようなすさまじい下品さで、ウィキペディアにも書いてあるけどよくテレビアニメ化できたものだと感心させられるほどです。

 ただ徳弘氏はそうしたギャグセンスもさることながら本筋に重厚なテーマ性を持たせることも多く、「狂四郎2030」ではクローン社会について非常に示唆の富んだ世界観が作られており、文句なしの傑作だと私からも太鼓判を押させてもらいます。なおこの作品にて私が一番笑ったのは、主人公と仲違いして出て行った親友を遺伝子改造されて会話の出来ない女性が追いかけ、「あ、あ、あ!」と言うのに対し親友が、「よせよ。どうせ何も分からないくせに……」と言い捨てるや、「あ!」と言いながらミニチュアの船の「帆」を指差し、親友も、「すんません、言葉わかってるんですか?」と平伏するシーンでした。

柴田亜美氏の作品について

 自分くらいの年代の人間には、「南国少年パプワくん」の作者といえば覚えがあるかもしれませんが、この漫画の作者こそ今日のお題になっている漫画家の柴田亜美氏です。実はうちの姉がこの人の漫画の大ファンで、世に出ている作品であれば片っ端から買ってきていたので私も一通り読んできました。

 そんな柴田氏の漫画についてレビューがてら意見を書かせてもらうと、まず何よりも言いたいことはこの人は漫画家としては絶望的にストーリーを作るのが下手な人だという印象が強いということです。デビュー作の「パプワくん」にしろ「自由人HERO」にしろやたらと自分が過去に描いた別作品のキャラクターを登場させては世界観に矛盾を作り、結末も伏線を回収しきれずに終わることが多く、ひどいのになるとまとめきれず未完結で終わってしまっている作品も珍しくありません。

 それでもうちの姉のように熱狂的なファンが付く理由は何かとくれば、やはりその独特な絵柄と短いシーンの中で見せる絶妙のギャグセンスに尽きると思います。先ほど挙げた「自由人HERO」においては本編は途中からかなりグダグダになるものの、短編ギャグ作品の「バード~幸せの青い鳥」では各キャラクターの個性が見事に引き出されていて非常に面白い作品になっています。

 このようにストーリー製作に関わる漫画は途中から破綻をきたす事が多いのですが、逆に製作に関わらない取材レポート漫画においては遺憾なくその実力が発揮される事が多く、現在は連載を止めておりますが柴田氏はちょっと前まで長い間ゲーム誌の業界取材漫画を描いており、「Gセン場のアーミン」、「ドキばぐ」といったこれらの漫画は作者の個性も強いこともあってこれらは素直に面白いと思える作品です。個人的に一番笑ったのはスターオーシャン3の取材時の話で、いろいろ失敗ばかりしているトライエースの開発担当者を励ます漫画を描いたところ、入稿直前に発売延期が決まり、急遽オチとなる4ページ目が差し替えられた話でした。

 そんなもんだから私はかねてより、この人は原作者を付けて漫画を書かせたほうがいいのではともう十年位前から考えていたのですが、唯一と言っていいほど柴田氏の作品で非常に収まりがよかった漫画として私が進められるのは、「ジバクくん」という漫画です。この作品はアニメ化もされましたが、本当にこの人の漫画の中では唯一と言っていいほど初めから終わりまで一貫した世界観とストーリーで、話の折々に挿入されているギャグシーンも秀逸なものばかりです。アニメ版は多少結末が漫画版とは異なっておりますがこちらもとても面白く、よければまた再放送とかしてくれないかと一人願っています。

北京留学記~その十四、民主主義の導入

 留学中のある日、いつものように売店の前で新聞やら雑誌の品定めをしていると見出しにて、「民主主義建立」と書かれた新聞があるのをみつけました。時期的には確か2005年の十月頃で、一体何の事かと思って新聞を買って読んでみると、中国政府が中国国内において民主主義を成立させるための過程、目標を書いた政府文書を発表したということが報じられていました
 この中国政府が発表した文書を敢えて日本風に言うならば、「民主主義設立白書」といった物ですが、正直言って初めて見たときはノストラダムスの予言書みたいなものかと不謹慎ながら思ってしまいました。共産主義国家を堅持しつつ、ここ近年はさらに党の影響力を強めようとしている中国においてそんな文書が出るはずもない、という風に思われる方も少なくないかと思われますが、面白い事に中国政府は結構まじめにこの文書を作っていました。

 中国についていろいろと調べている方にとっては当たり前かもしれませんが、実際に国を運営している共産党幹部ですら現共産党体制のままではいずれは破綻すると、かなり大きな危機感を持っております。彼らは表では民主主義を否定して共産党主義による政治体制の優越を主張していますが、内心では如何にして民主主義の政治体制の移行できるかを考えていると言われております。
 だとすると何故そう考えているのにすぐに民主主義に移行しないのかといううと、結論からとっとと言えばソ連の崩壊があったからです。ソ連末期のゴルバチョフ政権は共産主義体制から情報公開など急激に民主化路背に舵を切ったためにバルト三国を皮切りにどんどんと領内で独立が相次いだ上、守旧派と革新派に分かれて最終的には崩壊し、その後十年近くに渡って国内で混乱状態が続きました。

 中国はこのソ連の経過を大きな反面教師としており、民主化に移行するにも急激にではなく穏やかに移行せねば国内が大きく混乱すると見越しており、そのため現在においても共産党主義を打ち出しているわけです。その一方で民主主義を徐々に広めていこうというのが上記の一般報告文書で、この中ではまだ全国の体制については言及はほとんどありませんでしたが、地方の民主化については積極的な内容が書かれていました。

 ちょうどこの新聞を買った日、私が注目したその記事がその晩のニュースでも取り上げられており、その中では政府の役人が中国の農村にてこの文書を説明し、「これからは自分達で自分達の指導者を決めるんだ」と話していました。
 実は今の中国で放置できないほど大きくなっている問題の一つに、地方首長の汚職があります。中国は広いので日本なんかより地方首長に大きな権限があり、地方の警察権から裁判権、果てには土地の強制収用権まで握っており、中には住民に無制限に税金を取り立てるうえに自分たちの都合のよい施設を建てるために住居民を追い出し、おまけにこういうものにつきものの賄賂まで横行しています。現在の胡錦濤政権になってからはこれらの汚職に対して厳しくはなり、年々検挙される地方幹部の数は増えてはいるものの、依然とまだ片付け切れていない問題として残っております。

 このような地方の首長も基本的には共産党支部内の指名で決まるのですが、こうしたものに対して恐らく中国政府は、こんな文書を作って説明するくらいなのだから徐々に選挙制度を導入して住民自らに首長を決めさせようというのが目下の目標なのだと私は見ています。日本の場合は国政選挙から選挙制度が広まった、言うなれば上から民主主義が徐々に広まっていきましたが、これに対して中国は下から民主主義を国内に広げようというのではないかと思われます。どちらにしろ、このような制度が中国で完成を見るまでに自分は生きていられるか、長い時間がかかるであろうことは予想に難くありません。

2009年10月10日土曜日

続、日本のスポーツ教育といじめ問題についての考察

 本当は昨日に書きたかったのですが、昨日にこんな目を疑うようなニュースありました。

「礼儀なってない」就寝中の下級生108人に正座 松江高専の寮(YAHOOニュース)

 上記にリンクを貼ったニュースの内容を簡単に説明すると、松江工業高等専門学校の寮にて就寝中の下級生108人が夜中に突然上級生4人に礼儀がなっていないということを理由にグラウンドに呼び出され、一時間半にも渡り正座やランニングを強制されたことが判明し、学校側は事実関係を認めた上級生4人に対して退学を勧告して全員そのまま自主退学し、また寮の各部屋への呼び出しを行った2年生7人にも停学処分を行ったということが報じられております。

 言葉が汚いですが、この事件で退学となった上級生らは頭がおかしいのでは、というのが最初にニュースを見た時の私の感想です。一体何の権限があって就寝中の下級生を呼び出してこんな意味のない制裁を課したのか、私が典型的な文化系の人間だからそんな風に思うのかもしれませんがどうあがいてもこんな事をしようとする人間の考え方が理解できません。しかも記事によると上級生らは後で脱いだそうですが当初は目出し帽のような覆面をしていたそうで、自分たちのやっている事が容認されるような行為ではないと自認している節すらあり、同情する余地が全く感じられないことから学校側が行った事実上の退学処分について私も適切であったと思います。

 それにしても、この事件は見れば見るほどに呆れさせられる事件です。呼び出しの理由が「礼儀がなっていない」だったそうですが、いくら上級生とはいえこんな事をしようとする人間にだけは礼儀を教わりたくはありません。それでも一体何故こんな理不尽でアホらしい事が計画され本当に実行されてしまったのかといえば、いわゆる日本型体育会系的縦社会組織の弊害に尽きると私は思います。私がここで長々というまでもなく日本の中学、高校の寮や運動部のほとんどでは礼儀、上下関係を教えるという名目の元に、上級生から下級生への理不尽な暴力、しごきが常態化していると言われております。

 この問題について私は以前に、「日本のスポーツ教育といじめ問題についての考察」という記事で取り上げたのですが、実はこの記事と「犯罪者の家族への社会的制裁について」の二本の記事は去年に書いた記事であるものの、FC2の出張所の方では現在に至ってもコンスタントに拍手ボタンが押されるだけでなく非公開でのコメントもいくつか受け付けており、あくまで小さいながらも書いた本人も驚くほどの息の長い反響を得ております。ただ驚くとは言っても、両方とも他の記事と比較して書いた際の力の入れ具合は大きかっただけに、評価していただけて非常にうれしく思っております。

 話を戻しますが、そんな教育的処置の名の下での上から下へのしごきと呼ばれるいじめについて、私は日本はもっと本格的に憂慮すべきだとかねがね思っていました。何故ならそうした組織的価値観が本来合理性を追求すべき企業、官公庁といった組織にも引き継がれ、日本全体の利益や幸福を大きく逸させていると考えており、なによりもこんな明らかに馬鹿馬鹿しい事をいつまでも続かせるべきではないと思っていたからです。

 そうした考えを、この前このブログの話が出たときに私の従兄弟に話す機会がありました。ちなみにその従兄弟は私と一番年齢が近い従兄弟ながらもうちのお袋が兄弟で末っ子で、なおかつ婚期が遅かったせいで十年も年齢が離れており、子供時代から今に至るまでよく可愛がってもらっています。
 実はその従兄弟、高校へは中学時代のバレー部での活躍からスカウトを受けて進学し、進学後には見事インターハイにまで出場している根っからの体育会系出身です。それだけに自分のこの考えにどのように反応するかとかねがね気になっていたのですが、まず部活内でのしごきは私も主張しているように何の練習効果もないとはっきり頷きました。しかし、それだったら直ちにそういったことは止めるべきじゃないかと続いて私が言った所、それには従兄弟は首を振ってこう言いました。

「しごきが明らかになんの練習にもならないとみんなも分かっているが、それでもしごきをした年代が試合で勝てば効果があることになってしまい、下の年代にも引き継がれていってしまう。また仮にある年代でそういったしごきを止めたところでその下の年代がそれを続けるかは分からないし、部活顧問が規制をしてもその顧問が辞めて新しくやってきた次の顧問になったらまた復活してしまう事もある。そんな感じでこういったしごきは常に順繰りに繰り返されたりするものなのだから、少なくとも絶対に止めさせることはできないんだよ。体育会系の世界ではそれが当然で、理屈なんてないんだ」

 実際にそういう世界にいた従兄弟なだけに、この返答は私にとって重みのある言葉でした。ただ話す時になにか憂いを含んでいるような態度があったように思え、気になって例の婚期の遅かったうちのお袋にこういうことを話したと言ったら、従兄弟の高校時代について教えてくれました。
 なんでも強豪と呼ばれた従兄弟の高校のバレー部でも他の類に漏れずいじめやしごきが激しく、あまりの仕打ちに高校一年生の時に従兄弟も寮を飛び出し、片道30キロほどの道のりを歩いて両親の実家まで夜中に逃げてきた事があったそうです。そんな経験から従兄弟らが三年生になった時、もうこんな事は止めようと同学年のチームメイトともに部活内改革を行っていたそうです。そうした経験があったからこそ、上記の言葉につながったのだと思います。

 そのような従兄弟の経験を考えると、やはりこういった部活内などのいじめやしごきを日本人が止める事は非常に難しいことなのでしょう。しかしほんの少しずつでもいいから、馬鹿馬鹿しい事だとみんなが自覚しあってこういったことを減らして行かねばと、所詮は文化系の理想論と言われるかもしれませんが私はこうしてブログにてこの問題を訴えつづけていこうと思います。

カープ、緒方選手の引退について

最後は三塁打!広島・緒方、引退試合に出場(YAHOOニュース)

 上記のニュースにある通り、私も大好きな選手の一人であるカープの緒方選手が本日引退試合に出場しました。
 緒方選手はトリプルスリーこそ達成していないながらも全盛期は走攻守がどれも備わった選手で、特に盗塁においては幾度か盗塁王を獲得しており元ヤクルトの古田選手に、「刺せたと思っても刺せなかったことのある唯一の選手」とまで言わしめております。現在でこそ盗塁を多く決められる選手と来たら阪神の赤星選手が代表的なように、走塁と守備を専らとして打撃は内野安打、セーフティバントのように小技を決めてくる印象がありますが、この緒方選手においてはホームラン数も非常に多くて年間30本塁打、打率三割も度々経験している強打者でもあり、近い選手と来て私が思い浮かべられるのは現役時代の真弓現阪神監督くらいです。あ、でも元横浜のローズ選手、鈴木尚典選手もこんなタイプだったか。

 元々広島というチームは私も以前に選手年鑑から選手の年齢構成を分析した事がありましたが、若手層とベテラン層が多くて中堅層の選手数が非常に少ない、他球団と比べてもややいびつなくびれ型の選手年齢の構成を持つチームです。この原因については初期の頃から若手を激しいトレーニングで鍛えて潰す一方、それを乗り越えたら鉄人衣笠、金本に代表されるように怪我に強くて選手寿命の長い選手が生まれるというタイガーマスクの虎の穴方式ではないかと推測してレポートにまでしましたが、この緒方選手もそのような長寿選手の一人で、プロ野球在勤の23年もの間広島のファンの方々に愛され続けました。

 そんな私が何で緒方選手が好きになったのかというと、ちょっとした偶然がきっかけでした。
 私が小学生だった頃、新聞屋から人気がないという事でもらったヤクルト対広島戦のチケットを携えて親父と一緒に観戦した際、試合中に突然うちの親父が急に動いて体を前のめりにするや飛んできたファールボールを見事にノーバウンドでキャッチしました。そのキャッチしたボールこそ、緒方選手の打ちもらした球でした。

 本来は返さなくてはいけないのかもしれませんがその後に球場係員がこなかったため、そのままそのボールを持ち帰る事にしました。今でも自分の部屋にそのボールは保管していますが、プロ野球で実際に使われたボールを放った選手という事でそれからは緒方選手の事をマークするようになり、往年の活躍を見るたびに他の贔屓にしている選手同様にうれしさを覚えていました。

 始まりがあれば終わりがあるというように、どれだけ好きな選手でも永遠とその活躍を見守る事はスポーツの世界ではありえません。ですがひと時の間でもすばらしいプレイを見せつけてファンを楽しませてくれ、その役目を果たし終えた引退選手たちには深い感謝と敬愛の念を私から送らせていただきます。

  今年の主だった引退選手
・江藤智選手(西武)
・緒方孝市選手(広島)
・小宮山悟選手(ロッテ)
・清水崇行選手(西武)
・立浪和義選手(中日)

2009年10月8日木曜日

中国の通史を学ぶ難しさ

 先日に中国語の恩師の許を訪問した際、久々にかなり通な話ができるという事で双方ともに飛ばし気味で中国に関する話をしてきました。中国や韓国は近くて遠い国だとよく言われますが、案外中国について細かいところまで分かる日本人は少ないのでなかなか気持ちのよい会話ができました。

 その時の恩師との話に出てきた話の一つに、中国の歴史についての話がありました。日本人がよく知っている中国の時代とくれば言わずもがなの三国志にて描かれている三国時代ですが、この時代以外の中国史となると途端に認知度は低くなってしまいます。それでもまだ「史記」に描かれる殷から周への易姓革命、春秋戦国時代、項羽と劉邦の漢楚興亡史までなら知っている人もいるのですが、はっきり言って三国時代以後ともなると中国史はもうほとんど何も知らないという方が大半なのではないかと思います。

 実際に三国時代の後に成立した晋王朝はすぐに滅び、その後いくつもの王朝が出来たり滅んだりした五胡十六国時代という私自身も細かく把握していないほど非常にややこしい時代に突入するので、三国時代から隋唐時代までのつながりが薄くなるのも仕方がない気がします。

 私は基本的に歴史というものは、前後のつながりがあるからこそ認知、把握が出来るものだと考えており、それが上記の例のようによく分かりにくい時代が間にあると途端に全体像が見えなくなって自然と記憶するのも難しくなると思います。特に中国においてはこの五胡十六国時代のほかにも唐と宋の間にある五代十国時代もあり、中国とそこそこ専門的に関わってきた私ですら未だになかなか全体像をつかむ事が出来ずにおります。

 更にこうした中国の歴史を学ぶ上で難しくさせているものとして、宋以後の通史を学ぶのに適当な本がないという理由も挙げられます。高校で教えられる世界史では欧米の歴史と交代に教えられる上に結構ややこしいところはすっ飛ばされているので言うまでもないのですが、目下のところ先ほどの史記、三国志、そして十八史略を除くと中国史を学ぶのに一般的な本や教科書というものはあまり多くありません。そうした学ぶ材料が少ないということも、中国の通史を学び辛くさせている要因だと、先生と共通の認識を持ったわけです。

 この際に先生は、陳舜臣氏の「中国の歴史」という本が通史を学ぶ上で役に立つと言われたのでこれから徐々に読んでこうと考えていますが、中国史は戦国時代や三国時代以外にももっと面白い時代や話は多く、明の洪武帝の話とか清の光緒帝のところなど、自分からも紹介したいような話はいくらでもあるので興味を持つ方は是非ご自分で学んで欲しいと心から思います。
 ゆくゆくはこのブログで中国の通史を自分で書き上げることができたらと考えていますが、そんな事を考える暇があったらとっとと留学記を終わらせるべきでしょうね。ちなみに先生にも現在連載中の留学記のオリジナルを送ったのですが、ブログで公開しているような敬体ではなく非常にラフな元の文体のがいいよと言われました。

2009年10月7日水曜日

北京留学記~その十三、国際会議の報道

 私が中国に滞在中、NHKを見ていると非常に中継場所として映ったのが天安門前のホテルでした。一体どうしてそこから中継が行われるのかというと、六カ国会議の現場状況の中継が必ず映されたからです。

 2005年からもう四年も経って段々と影も薄くなってしまいましたが、この時期は北朝鮮の核問題の対処を巡る周辺五カ国を含めた六カ国会議が何度も北京で開催されていました。日本としても今より拉致問題への国民の意識が強かったために注目されていたのか集中して報道されており、何度も中継に出てくる北京を見ては随分とメジャーなところに来たもんだと思うほどでした。
 さてそんな日本の報道振りに対して中国のメディアはどのように報道していたかですが、こちらは靖国のときほど細かくはチェックしていなかったものの、やはり日本よりはまだこの問題に対する直接的な危機感が薄いせいか、本当に小さく報道しかされておりませんでした。当時の私の手記を読むとこの日中の六カ国会議報道の温度差について、

「心なしか、六カ国協議における日本の立場と同じものを感じる。」

 と、まとめております。


 この六カ国会議のほかに私が中国に滞在中にあった大きな国際会議というともう一つ、2005年12月における香港での世界貿易会議がありました。もっともこちらは先ほどの六カ国会議に比べて、ほとんどの日本人の方は何が起きたか知らないのかと思います。

 具体的にこの世界貿易会議で何があったのかというと、この時の会議での主要な議題は農作物の貿易自由化についてだったそうですが、会議中に主に韓国からやってきた農民の自由化反対グループと警官隊が衝突し、警官隊が催涙弾を撃つなどの騒ぎとなりました。当時チャンネルをつけるとニュース番組では特番や現場中継を設けるなどして大きく報道していましたが、まるで戦争映画化かのように催涙弾の煙が立ち込める中dエ警官隊と韓国人農民グループがぶつかっており、最初見たときには何事かと思ったほどでした。

 そんな中国での大きな報道振りに対して日本ではどうかというと、自分が調べた限りでは日本ではインターネットのYAHOOニュースとNHKが香港にて衝突が起こっているとだけで、まるで交通事故の一例を紹介するおざなり程度の報道しかされておりませんでした。試しに日本に帰国後にあちこちの友人にこのニュースの事を尋ねましたが、記憶している人間はただの一人もいませんでした。

 ではこの事件は中国国内であったことから大きく取り上げられたのかというと、ちょっと事情は異なるかと私は考えております。この時のテレビ中継をみている際に相部屋の相手だったルーマニア人と話をしたのですが、中継される暴動を見ながらお互いにアンチグローバリゼーションの抵抗運動だなどと、それぞれが知っている内容を伝え合いました。
 この「アンチグローバリゼーション」という言葉は以前にも、「日本語にならないアンチグローバリゼーション」という記事でも紹介していますが、要するに貿易の過剰な自由化は世界経済を成長させるどころか貧困を助長させるという主張で、自由化を促進させようとする世界会議が開かれるたびにあちこちでこの主張をしている団体が激しい抗議活動を行っております。なお、一番でかかったのは2001年のイタリアでの会議です。

 リーマンショックを起こった今だったら多少はこれらの主張も実感が伴うように感じられるので、今だったら報道の仕方も違ったかもしれませんが、世界の学生はこのアンチグローバリゼーション運動をみんな知っているのに対して日本人だけはほぼ皆無といっていいくらいこの流れを知らず、それが当時の報道にも現れたのでしょう。昨日に書いたオリンピックの報道でもそうですが、もう少し世界の動きや流れを日本人は意識して取り入れてもらいたいものです。

北京留学記~その十二、靖国参拝時の報道

 大分日が空いての連載再開です。現在この北京留学記とともに時間の概念についても連載をしておりますが、二つも重ね合わせるもんじゃないなと現在は激しく後悔しております。ちょっとこっちの北京留学記の方は集中して取り組み、早く終わらせないと(´Д`)。
 前回までは私の北京での生活など、主にこれから中国に留学を考えている方向けの情報ばかりでしたが、今回辺りからは当時でしか味わえなかったというか、リアルタイムで私が見聞きした現地の情報をオリジナルな解説を加えてお送りします。そんなまず一発目は、恐らく聞きたい方も多いであろう2005年の小泉首相(当時)の靖国参拝時の北京の様子です。

 2005年の10月17日、いわゆる郵政選挙といわれた9月11日の選挙での大勝の余韻も覚めやらぬこの日、小泉首相(当時)は在任中五度目にあたる靖国神社参拝を行いました。この靖国神社参拝はかねてより日中間の外交に影響を及ぼしており、特に中国側はA級戦犯を靖国神社が祀ってあることから日中戦争を日本政府が肯定するような行為だと激しく非難しており、この前年の2004年の参拝時には中国にある日本大使館や領事館前でデモや抗議活動、中には投石まで行われるほどの騒動となりました。

 そのためこの五度目の参拝時も再び反日活動や暴動が起こるのではないかと日本側は取り上げ、NHKの海外向け注意報でも中国に滞在している邦人に対して気をつけるように、またみだりに大使館周辺をうろつかないようにという外務省から出された注意が放送されました。また私の親父もわざわざ私にメールで外出を控えた方がいいのではと伝えてきたほどだったのですが、結果から言うとこれらはすべて杞憂に終わりました。

 私はこの参拝当日に中国のニュース番組を細かく確認していましたが、その報道振りはというと非常に事務的な内容ばかりでした。参拝に対してどう思うかというような街頭インタビューも少なく、ただ中国政府が日本に対して非難を行ったということを述べるのみで、前年、またそれ以前の中国から日本への抗議、非難の仕方からすると随分と大人しかったという印象でした。
 事実前年のあの反日デモはどこ吹く風か、大使館周辺でも目立った騒動は起こらず、北京市内の雰囲気ははっきり言って普段の日常と何も変わりませんでした。

 ここでは詳しい解説を行いませんが、何故このときに平穏を保ったのかというとやはり日中双方が事を荒立てたくない心理が作用したせいだと私は考えております。特に中国はそれまでの参拝時における中国国民の暴動に自身が相当に懲りたか非常に気を使っており、少なくとも国民を煽るような報道、抗議の仕方はしていなかったと断言できます。まぁそれを言ったら、中国人もさすがにもう五回目という事で、「またか('A`)モー」、ってな感じに受け取っていたのかもしれませんが。
 そんなこんなで、大体二週間もすると参拝した事すらみんな忘れてしまってました。

2009年10月6日火曜日

オリンピック誘致報道について

 先週のニュースですが、2016年オリンピックの開催地を決める投票が各国代表委員によって行われ、南米では初めてとなるブラジルのリオデジャネイロが見事開催地に決定されました。今回のオリンピック開催地の選定では最終的に選ばれたブラジル以外にも、日本の東京、アメリカのシカゴ、スペインのマドリードも候補として名乗りを上げていました、これら候補国に対して日本のメディアの扱いや報道ぶりにややいぶかしむ点があったので、今日はその点について短めにまとめようと思います。

 まず結論から言えば日本のこの開催地を巡る報道は的外れもいいところで、全く以って下馬評が外れた結果に終わりました。選挙前日にもなるとどの日本のメディアもこぞってこの開催地について報道合戦を繰り返していましたが、それらの報道では最大の候補はアメリカのシカゴで、東京が選ばれるにはこのシカゴにどう食い付いていくかが重要であるとして一回目と二回目の投票を如何に乗り越えるかというような解説ばかりなされていました。まるでアメリカのシカゴが最有力候補であるのに対して日本はその下の第二候補であり、マドリードとリオデジャネイロが選ばれる可能性ともなるとほとんど言及がなかったように思えます。

 しかし結果はというと、まず一回目の投票において日本メディアが最有力候補として挙げていたシカゴが真っ先に落選しました。このシカゴの落選時に都庁に集まった誘致派の人間らは大喜びをしていましたが、その一方で最有力候補と見られいていたシカゴが一番最初に落ちた事で全く予想がつかなくなったかのような言いようのない不安を口にするアナウンサーやコメンテーターもおり、事実その懸念の通りに二回目の投票にてあっさりと東京も落選しました。
 ちなみに私が見ていたテレビ番組では最初の投票直前に、スペインのマドリードが一番最初に落選する可能性が高いが、もしかしたら同情票や、花を持たせたいとする委員の力で残るかもしれない(リオデジャネイロがかわりに落ちる)、というような解説をしていたので、いろんな意味で複雑な気にさせられました。

 このオリンピック誘致において、東京がどのような誘致活動をして、投票直前のプレゼンで何を訴えたかまでは細かくチェックしていませんが、投票前の下馬評がそっくりそのままひっくり返る形でマドリードと最後まで争った挙句にリオデジャネイロが選ばれたということは、日本のメディアは実情からかけ離れた予想、報道を行っていたという事になります。こう言っては何ですが投票前はまるで七割方東京が選ばれるかのような報道振りで、あんまり後ろ向きな報道も問題ではありますが今回はやや威勢がよ過ぎた様な気がします。

 また他の候補都市の予想順位についても、これはあくまで私の素人目ですが、投票を行うのは国単位ゆえに発展途上国の数が多くなるため、欧州でもアジアでも北米でもない南米の、しかも発展途上国のブラジルに票が集まるのが自然ではないかと投票前に私は思っていました。マドリードについては2012年に同じ欧州のイギリスのロンドンが開催するために、順位も低いだろうと私も予想していましたが。

 とにかくこれほどまで的外れだった予想について、一体どこをどう読み間違えて日本はこんな報道をしてしまたったのか、世界の感覚、潮流を理解していなかったのかといろいろと考えさせられた一夜でした。もっともこう考えるのも私くらいで、このオリンピック招致を自分の花道だと考えていた石原慎太郎都知事の影響力がまた一段と弱まり、誘致活動のためにかかった150億円は誰が責任を取るのだということが目下の注目店となってきております。

 それにしても、ここ数年の石原都知事の影響力の低下ぶりは目に余ります。新銀行東京の赤字に始まり築地移転問題、そして今回の誘致失敗と、ほんのちょっと前までは何かしら政府に動きがあると地方首長の意見としてよくインタビューが報道されていましたが、今ではそれもすっかり橋下大阪府知事、東国原宮崎県知事にお株を取られています。ある意味、前回都知事選にて対抗馬の故黒川紀章氏の言われていた通り、あの時が石原氏のいい引き際のタイミングだったのかもしれません。

2009年10月5日月曜日

中高一貫教育の報道に思う事

 以前に新聞社に勤めている方から、こんな話を聞かされました。

「今どこの新聞社も、大学に足を向けて寝る事はできない」

 この発言の意味というのは、新聞社の収入の中で大きな比重を占める広告費が不況のために企業からの受注が年々減り続ける中、大学を始めとした学校からのものは逆に一貫して伸び続けていて、広告費全体に占める割合も大きく広がっているという事からでした。その方によると、今時二面カラーの全面広告を打ってくれるのは有名私立大学くらいなものだそうで、実際に私も新聞を見ていてそのような気がしますし、電車内の広告ともなると私立の大学のものが近年随分と目に付くようになってきました。

 それにしてもこれほどまでにあちこちで貼られている大学などの広告を見るに付け私が思うのは、政府からの教育助成金が削減されているために教育の質が落ちていると各所で言う割に、学生募集を謳う広告費を出すだけのお金は潤沢にあるんだなという皮肉ににた感慨ばかりです。こちらは今度は広告代理店に勤めている方から聞いた話ですが、今の大学は確かに経営的には非常に追い詰められているものの下手な企業よりは現金が豊富にあり、本人らも生き残りをかけて学生の獲得に励んでいるそうなのですが、そうやって広告で学生を集めるより、もっと自分らの研究、指導実績で健全に学生を集めるべきだと私は思います。

 ただそうした広告にお金をかけるという経営判断を下すのはほかならぬ大学自身なので、そんなところまで一個人である私がとやかく言うのもなんなのでこれまで気にせずに取り上げてこなかったのですが、この前ふとしたことから、もしかしたこの状況がある方向に報道を固定しているのではないかという疑念が湧き、こうして記事にまとめる事にしたわけです。その疑念というのも題にある通り、中高一貫教育に対する報道についてです。

 受験者募集を広告に謳うのはなにも私大だけでなく、最近は受験者数の増加に伴って私立中学、高校も新聞や車内広告を多く打つようになってきました。そうした広告が果たして受験者数の増加にどれほど貢献しているかは分かりませんが、各学校法人が以前より広告にお金をかけるようになったのは間違いないと見ております。
 そんな学校法人から受注を受ける新聞社ですが、新聞社の方は折からの部数減少に加えて企業からの広告受注の減少によって今はどこも赤字経営が続いていて、最初の新聞社勤務の方の言われるとおりにもはや学校法人なしには経営が成り立たないとほかのところからもよく聞きます。

 これは何も新聞に限らずテレビなどのどのメディアでもそうですが、お金を出してくれるスポンサーという関係上、広告主を怒らせて広告を引き上げられては大変なので、たとえ広告主の不正や問題が発覚したとしてもメディアは率先してその事実を報道しようとしない言われております。私はその時代に生きているわけじゃありませんが、公害問題が全国各地で起きていた際にもその公害を引き起こした大企業をスポンサーに持っているメディアは報道を控えていたらしく、水俣病も今でこそ代表的な公害事件として認知されておりますが、引き起こしたのが大企業のチッソであったことから発生当初、大新聞はほとんど取り上げなかったそうです。
 それがため雑誌の「週間金曜日」などは広告費を一切受け取らずに購読料のみで運営されていますが、このようにメディアにおける広告というのはある程度報道を偏向させるきらいがあると言われています。

 こうした広告における前提を踏まえてみると、どうもこのところの中高一貫教育に対する報道はもしかしたら偏向があるのではないかと、一昨日に突然閃いたわけです。本当に何度も書いてある通りに私も私立の中高一貫校に中学から進学しましたがお世辞にも面白い学校というわけでなく、また自分の学力の向上につながったかといえばそれも非常に疑問でした。なにせ、中学高校時代もずっと予備校に通っていたわけですし。
 また私と同じく別の中高一貫校に行った友人もあまり母校を評価しておらず、確かに私立中高に行って良かったと思う人も少なくないかもしれませんが、中には私らのように良い思いをしなかった人間もそこそこいると思うのです。実際に私の小学校の頃の友人は、私立中高に進学したものの登校拒否になってしまいましたし。

 それに対して近年の新聞、テレビといったメディアの中高一貫教育への報道は、はっきり言って肯定的な報道以外ありえないと断言してもいいくらいに良い面しか報じておりません。もしかしたら私らのような否定派の意見が本当に極少数であるのかもしれませんが、中高一貫教育のデメリットに対する報道がこれほどまでに全くないというのはさすがにやりすぎなのではないかという気すらするほど徹底されております。
 そこへきて最初の広告の話です。先にも言ったとおり、今の新聞社の広告収入ははっきり言って学校頼みです。そんな状況下で、スポンサーである私立中高に真っ向から対峙する事になる中高一貫教育を批判することができるのでしょうか。それよりもむしろ、スポンサーの意向に沿う形で中高一貫教育の有効性を訴える報道をするというのが自然な流れに見えます。

 これまで広告費における弊害は大企業との癒着ばかりに目が行っていましたが、こうした教育問題全般に対してももう少し目を光らせておくべきではないかと、感じた次第です。

技術の発達による怪談の締め出し

 日本の怪談話と来ると現代においても代表作でもある「番町皿屋敷」をはじめ、主な舞台は江戸時代であることが非常に多いです。しかしそのために江戸時代にあって現代にないもの、それこそ宿場町や渡世人、賭場といった概念は現代人には理解しづらく、年浅い子供たちにとっては怪談話を楽しむ上で大きな妨げとなってしまいます。

 しかしこうした生活環境、文化の変化によって印象が変わってしまう怪談話は何も江戸時代のものに限らず、水木しげるの漫画に出てくるような妖怪たちも今に至っては随分と居場所をなくしてしまったとこのごろ思います。その中でも一番代表的なのは河童で、まず河童が潜むとされる池自体が以前ほど身近なものでなくなった上に、トイレに忍んで腰をかがめた人間の尻から尻子玉を抜こうにもまず汲み取り式便所がなくなり、その上和式便器も次々と洋式便器に取って代わられいるため、なんとなくこう河童が潜める隙間というか、「もしかしたら中にいるのでは?」と思わせられるようなシチュエーションはほとんど見なくなりました。

 しかしそのような河童も昭和の妖怪で、平成という時代から見るならもう随分と古くなってしまったと見てもいいかもしれません。では平成の妖怪、というより現代の怪談やホラーの登場人物たちはどうなのかというとこちらもまた技術革新の煽りを受け、その存在のリアリティが薄れつつある傾向にあります。そのように私が思わせられたのも、ある新商品の告知からでした。その商品というのも、プロジェクター型テレビです。
 なんでもこの前、映画館で映像を見るように家庭内でも映写機みたいな機械を使って壁やスクリーンに映してテレビを見られる商品が発売されたそうです。この商品のついてネットの掲示板であれこれ意見が交わされていたのですがその中に、

「これだと、貞子はでてこれないじゃないか」

 という、面白い事を言っている人がいました。
 貞子というのは私くらいの年なら知らない人はまずいない、鈴木光司氏原作の「リング」、「らせん」に出てくる元超能力者の怨霊で、正式な名前は山村貞子です。ちなみに生前の貞子を演じた事で一気にスターダムに上ったのが、多分今一番CMのギャラが女性芸能人で高いであろう仲間由紀恵氏です。

 この貞子は日本人全体に浸透している怨霊、妖怪の類では、恐らく最も新しく世に出てきたキャラクターといってもいいでしょう。そんな貞子が何故それほどまでに知られるようになったのかというと、初登場作の「リング」において砂嵐のテレビ画面から白装束姿にて突然這い出るように現れ、長く垂れ下がった髪の下から恐ろしい目つきで崇り殺す人物を見下ろすワンシーンが非常に怖いと評判になったからでした。そのため一時期はこの貞子の登場シーンがお笑い番組などでよくオマージュされ、また週間少年ジャンプの読者投稿コーナーでも何故か磯野家のテレビから出てきたりと、関連するイラスト投稿が大量に続出したほどでした。

 しかしこれが先ほどのプロジェクター型テレビだと、果たして貞子は出てこられるのかということになってしまいます。劇中ではブラウン管から抜け出るように現れましたが、プロジェクターを映すスクリーンや壁からそんな都合よく出てこられるものか、しかもスクリーンが高い位置から垂れ下がっていたら、出てくるなりいきなり地面に落下する恐れがあります。
 そんなことをこの前友人に話してみたところ、その友人はプロジェクター以前に、すでにもう大分普及しているワンセグテレビの方が問題だと指摘してきました。

 ワンセグというのはわざわざ説明するまでもありませんが、携帯電話やPSPなどで見る画面が小さなアレです。仮に貞子に祟られたとしても、普段からワンセグを見ていれば貞子も出てこようにも出てこれないのでは、出てきたとしてもちっちゃい体で出てくるのではと、その日の晩の遅くまでお互いに深い懸念を出し合いました。

 それこそこれからまた十年も経ったりすると、こうしたテレビ画面を見るという生活習慣が現在からかけ離れたものになっていたり、もしくは全くなくなっているかもしれません。最初の河童の例もそうですが、時代の移り変わりとともに彼らが現れる媒介は変化を余儀なくされず、それゆえに怪談やホラーに感じる恐怖のリアリティの度合いは時間の経過とともに薄まっていきます。逆を言えば「リング」は当時にまだ真新しかったビデオデッキを題材にとって世に出た事がブレイクの要因だったように、妖怪たちは時代時代にそのような媒介を新しいものに移しながら存在しているのかもしれません。

2009年10月4日日曜日

中川昭一氏の死去について

【中川昭一氏死去】 外電も速報(MSNニュース)

 すでに各所で報道されているように、元財務大臣の中川昭一氏が本日死去していた事が分かりました。
 中川氏については私もかつて、「中川元財務相の泥酔会見の裏側」の記事にて書いた通りに、今年二月のG7会合の後に外国人記者を交えた記者会見を酩酊した状態で出席したことから国民から非難を浴びて大臣職を辞任することとなり、前回の衆議院選挙でもこの件が後を引いたのか議員職までも落選することとなりました。

 また自身の選挙のみならず、あの酩酊会見が根強く国民の反感を買った事が自民党の大敗の原因となったと身内の自民党員からも批判されており、選挙直後において悪い意味で最も取り上げらてれた人物でした。こうした中川氏への批判について私自身も同じ意見で、あの中川氏の酩酊会見が仮になければ自民党は後二十人くらいは当選していたのではないかと見ており、言うなれば前回の自民敗戦の最大の戦犯だったと考えております。
 そうした世間の声を中川氏当人ももちろん耳にしていた事でしょう。死因はまだ自殺かどうか断定されておりませんが、自身の落選とこうした世間の批判より受けるストレスが急死することとなった死因の一因となったと見て間違いはないと思います。

 それにしても運命の皮肉というべきか、中川氏の父親の、こちらもまた衆議院議員をしていた中川一郎も自殺しており、親子二代に渡って急死することとなってしまいました。父親の中川一郎の秘書をしていた現新党大地代表の鈴木宗雄氏によると、自殺の原因は遅々として打開のできなかった当時のソ連外交が原因だったのではないかとされております。

 もちろん政治家というのは色々と機微な問題を抱えるために一概に言えることではないのですが、安倍政権時の松岡利勝氏といい、元民主党衆議院議員の永田寿康氏といい、こうした議員や元議員の自殺や急死を見るにつけて政治家に最も求められる能力というのは、政策的なセンスや答弁の技術もさることながら、渡辺淳一氏的に言うならば鈍感力ともいうべき周囲からの批判をものともしない精神的なタフさであると思い知らされます。

 国民や報道機関から常に目を光らされ、ほんの少しの過失でもあれば激しく糾弾されかねないというのが政治家の仕事です。そうした批判やプレッシャーをものともせず、自身の集中するべき内容にだけ集中し続ける事のできるタフさこそが政治家に必要であって、逆にそのような能力が低い、足りないのであれば、たとえ本人が希望していたり、地盤を引き継げる政治家の二世であっても政治家ににはなるべきではないでしょう。たとえなったところで、結局自身を不幸にさせるだけに終わる気がします。

 そういう意味で現国会議員で図抜けたタフさを持っているのは、戦後最長の拘留期間を経て有罪判決を受けながらも見事復活当選を果たした先ほど挙げた鈴木宗雄氏なのですが、その鈴木氏と縁の深い中川氏の急死なだけにいろいろと複雑な気持ちにさせられます。結果論から言えば、中川氏が議員になるべきだったかどうかと言えばなるべきではなかったというのが私の意見です。

 最後に末筆ながら、この場にて中川氏へ深くご冥福をお祈りします。

2009年10月1日木曜日

お休みのお知らせ

 前の記事で書き忘れていましたが、明日より三日間関西を旅行するので、その間このブログをお休みさせてもらいます。もしかしたら前みたいにどっかのネット喫茶で書くかもしれませんけど、さすがに今回の旅行では多分ない……でしょう( ´ー`)

何故戸籍制度はいらないのか

 三回にまで及んだ戸籍制度批判のこの記事もこれで最後です。今日はようやく自分が言いたかった、何故戸籍制度が不必要なのかという理由について解説します。

 まず私の立場から説明しますが、私の戸籍における本籍地は祖父が元々住んでいたことから大阪府の梅田にあります。しかも面倒なことに遺言で変えるなと言われていたためにまだ変えていないのですが、現在私は関東に住んでいて戸籍に関わるいろいろな手続きをするのにこれまで手間がかかっていたため、そうした体験からあまりこの戸籍にいい感情を元から持っていません。とはいえ現在では住基ネットの導入のおかげで大分このような手間が省けるようになったのですが、それを考慮に入れてもまだまだ戸籍の不必要性があるとは思います。

 では戸籍のどのような点が問題なのかですが、私が思い当たる中で一番問題なのは住民票との関係です。戸籍謄本も住民票も日本における個人の身分や存在を証明する証明書として重要なものなのですが、私にはどうしてこれが二つに分かれているのかがよくわかりません。昨日の記事でも書きましたが戸籍を管理しているのは本籍地のある自治体で、住民票を管理しているのは居住地のある自治体です。両者が一致していれば二つとも一つの自治体で管理できますが、これが分かれていると別々の自治体で別々に管理しなければなりません。また同じ自治体に戸籍と住民票があっても、自治体職員の方のホームページとかを見ているとどちらを発行するのかなどでよく混同が起こるため非常に手間だそうそうです。

 仮にもしこの二つの証明書が一つであれば、管理する自治体ももちろん一つになりますし混同も起こらなくなります。たかがそれだけかと思われますがこの戸籍や住民票はそれぞれ日本の人口にあたる一億超もある膨大な記録で、これが二億超から一億超と二分の一になれば作業量は大幅に圧縮でき、またコンピューターのシステムで管理するとしても一億超のほうが言うまでもなく実現化しやすいでしょう。一説によると、戸籍を廃止することによって節約できる管理スタッフの費用はを数十億円にまで上るといわれております。

 とはいえ、戸籍を廃止したら個人の識別や家族の証明などに問題が起きないかと心配される方も少なくないでしょう。ですが知っている方は知っていますが、この戸籍制度があるのは実は東アジアの数カ国だけで、韓国に至ってはちょっと前に廃止しております。
 この戸籍制度の発祥地というのは言うまでもなく古代中国で、日本は奈良時代に遣唐使からもたらされる形で律令制度の元で開始されてなんと現在にまで形を変えつつ伝わっております。では戸籍制度のない国ではどのような方法で個人の証明を行っているのかというと、私が調べた限りだとなんでも出生時に作成される出生証明書のみで管理されているそうです。

 日本の場合は出生時、その両親が生まれた子供を自分たちの子供と認知することで親、というより父親に当たる家父長の戸籍に入れられるように、欧米が個人単位で証明を作るのに対して家族単位で証明を作ります。基本的にその他の戸籍の変動も家父長を中心に行うので女性は結婚を期に主に夫となる男性が作る新たな戸籍に入り、離婚する際はその戸籍から出て行くという形を取ります。この辺は夫婦別姓の議論が今大きくなっているのでこれからいろいろと情報が入ってくることが予想されますが、中国でも家族単位の戸籍ながら夫婦別姓なので女性の改姓は割と日本独自のメンタリティーで戸籍制度の性格ではないでしょう。

 こうした家族単位で作られるという特徴のほかに戸籍制度は、先ほどから何度も挙げている本籍地という特徴があります。この本籍地というのは元々は居住地的な意味合いを持ったデータだったのですが、居住地の移動の激しくなった現代においてはほぼ有名無実化しており、しかもこの本籍地というのは本人の自由で好き勝手なところを設定できるらしく、そんなものをいつまでもデータとして残すことに私は疑問を感じているわけです。

 さっきから断片的な話ばかりになってきたのでそろそろ結論を持ってきますが、私の案は戸籍制度を廃止、というよりかは改正して、家族単位ではなく個人単位で住民票と合体して使う証明にするべきだと思います。その際に居住地との混同を起こしかねず現代において有名無実化している本籍地欄はなくし、近親の家族が分かる欄もこの際だから廃止したいのですが、日本人のメンタリティからそれが難しいのであれば住民票とともに二親等まで書いた「家族原簿」もしくは「家族証明書」を併記して残してもいいと思います。

「戸籍制度」見直すべきだと思う?(live doorニュース)

 最後に戸籍制度の見直しについて上記のサイトにて議論されているのですが、その中の意見にいくつか、戸籍法が変わると中国などから大量に犯罪者がやってくるようになると書いてありますが、ちょっとこの点がどうしてそうなるのかが分かりかねます。国籍を決めるのは戸籍法ではなく国籍法ですし、外国人が日本に入国しやすいかどうかを決めるのは入管法で、戸籍の廃止がどうして犯罪者が入国しやすくなったり犯罪につながるのかがよくわかりません。いくつか考えられる手段として偽装結婚や偽装養子縁組がありますが、やはりそれもそういったことをしようとする日本の犯罪者や、その様な手段で日本に入ろうとする、国籍を得ようとする犯罪者を見逃してしまう入管法が問題なのであって、少なくとも戸籍があるかどうかがそうしたことにつながるかといえばあまり関係はないでしょう。

 あと戸籍がなければ家族の証明がし辛く、遺産の相続時に色々問題が起こるという意見もありましたが、傍から見ている限りは現在においても遺産相続時の騒動は少なくないので、やっぱり生前の遺言を残しとくなり何なりしとかなきゃ戸籍があろうがなかろうが意味がない気がします。
 またこれははっきりと覚えていることですが、四年前にある高齢の資産家の女性の遺産を狙い、勝手に赤の他人が養子縁組を行っていたという事件がありました。ことを知った女性はその事実を後で知って驚き、慌てて縁組を解除したそうなのですが、現状においても戸籍の管理なんてものはこんないい加減なものなんで、家族の証明やらなんやらに過剰な信頼を置くのもどうかと思います。


  参考サイト
★元市民課職員の危ない話★