2015年12月3日木曜日

水木しげるは反戦だったのか?

 水木しげる氏の逝去を受けて各メディアでこのところ、水木氏の往時の業績や辿った人生についてまとめる記事が数多く出されております。ただこうした記事について一部ネットで、彼の戦争体験を引用しては無理に戦争批判へと繋げようとする報道があり違和感を覚えるといった意見が出ており、かくいう私もその違和感を感じた一人でした。
 有名なので知ってる方も多いでしょうが、水木氏は戦時中に徴兵されて南方の激戦地であるラバウルに派遣されそこでの空爆を受けて左腕を失う大怪我を負いました。この戦争時の体験については自伝漫画にも詳しく記述され当人にとっても激烈な体験であったことは想像に難くなく、また軍隊内では持ち前のマイペースな性格が災いして度々ビンタを喰らってたりなど、当時の上官らに対しては不満があったことを率直に書いております。

 こうした本人の証言からか、「水木氏は戦争に対して批判的であった」などという風に書くメディアを実際に私も数多く見たのですが、先ほども述べた通りにこうした報道に対して何となく違和感を覚えました。もちろんこれは水木氏の作品や証言をどう読み取るかによるもので絶対的に何が正しいか否かはよほど明確な証言記録が残っていない限り、本人が逝去した今だと確認のしようがないものです。それでも敢えて私の理解を述べるなら、水木氏は「反戦」というよりは「鎮魂」を訴えていたのではないかと思えてなりません。

 まず話の前提として、水木氏はかなりのミリタリーマニアことミリオタであったことはほぼ間違いありません。出征時に乗り込んだ船が日露戦争時にバルチック艦隊を信濃丸だと知って驚いたり、戦後も売れない漫画家時代に知人から融通してもらったプラモで奥さんと一緒に連合艦隊の再現に取り組んだりと、意外と軍事・兵器関連に妙な造詣を見せております。なお水木氏の直弟子にあたる漫画家の池上遼一氏も、最近「ガールズパンツァー」にはまっているとカミングアウトする当たり、師弟揃って意外とミリオタだったようです。

 もちろんミリオタであっても平和主義者はいるでしょうからおかしいってことではないものの、なんとなく水木氏の作品を読んでいると戦争を根本的に否定するような素振りはなく、自身の体験以外だとやはり独特の視点というかやや皮肉っぽく他人事のように戦争を描いているように見えます。少なくとも、殊更悲惨さや空しさを強調しているようには見えませんでした。
 しかしその一方で、「総員玉砕せよ!」に代表されるように自身の体験に根差した戦争作品を大量に書いているのは事実で、それらの作品に対する思い入れは深いと生前に度々話していました。そうした水木氏の作品をみていて私が感じるのは先ほども述べた通り反戦ではなく、むしろ敢え無く散っていった戦友や同胞たちに対する深い鎮魂の意思じゃないかと感じられました。

 水木氏の戦争作品ではどれも指揮官目線ではなく末端の兵士、または前線隊長の目線で語られ、厳しい戦況や無茶な作戦に振り回され散っていく話がフィクション、ノンフィクションの区別なく数多く描かれています。特にほぼ実体験である「総員玉砕せよ!」では死にゆく兵士らに対して強い同情心を覚えさせられるように描かれており、これらの作品を読む限りと私は水木氏はどちらかというとあの戦争で死んでいった兵士らへの鎮魂、そして彼らを知らない日本人にも彼らという存在があったことを知ってほしいという目的で描いていたのではないかと思います。

 確かに言い方を変えればこうした視点も「反戦」と言えるかもしれませんが、本来の意図通りに述べるならば「鎮魂」こそが水木氏の戦争作品のテーマだと思え、反戦という言葉で引用するのは少し方向性が違うのではないかという気がします。
 言うまでもなく水木氏は妖怪漫画の大御所としてこの分野の裾野を広げた漫画家ですが、そんな経歴なだけあって神霊や超常現象に関しては興味や造詣が深く90年代などは世界各地を飛び回っては観察、紹介しおります。それだけあって死語の世界や魂、成仏、怨霊、地縛霊などといった存在や価値観についてもあれこれ思索していることを書き残しており、そんな水木氏だからこそ散っていった何百万ともいう兵士たちへ強い同情心を覚え、彼らの魂を慰め、鎮めたいという気持ちも強かったのではないかと私には思えてなりません。

 あくまで上記の解釈は私個人の解釈によるもので自分の意見が絶対正しいなんていうつもりは全くなく、ただ自分はこう読みとったというものでしかありません。その上で私は、あの戦争あ正しかったのか悪かったのかという肯定か否定の議論以上に、亡くなられた兵士や民間人の方々に対しその存在を知り、哀悼の意を持ち続けることこそが何より大事だと考え続けていこうと思います。

2 件のコメント:

  1. なるほどです。
    最近、水木さんより少し下の世代で、戦時中に子供だった赤塚不二夫さんの自伝を見たり、絵本作家の長新太さんの画展を見に行ったのですが、戦時中、ご家族の生活が大きく翻弄されて、戦争はこりごりということを作品にされていました。私の母や叔母も横浜大空襲などにあって、防空壕に避難したりしているのですが、子供なので訳もわからずで、東京大空襲なども、遠くに真っ赤な空が見えて、怖いというより「きれいだった」記憶しかないそうです。今も特に戦争に対して是非を語ることもないです。
    戦争が良かったか悪かったかについての考えは、経験、世代、教育によっても大きく変わりますが、そのとき日本を守るために犠牲となった方々への哀悼や、感謝の念は忘れてはならないですね。
    これから、水木しげるさんの作品を見るときは、そういうことも頭において読みたいと思います。

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    1.  戦争への感じ方はやはり人それぞれというか、少なくとも反戦一色というわけではなかったように私も思います。ちなみに自分の祖父は戦時中、在籍していた新聞社の派遣で上海にいたとのことで、当時は横を通る児玉誉士夫を尻目に中国人と麻雀を打ち続ける日々でそれなりに面白かったと言ってたそうです。
       しかしまさか孫が大陸浪人になって上海周辺をさまようことになるとは、じいちゃんも思わなかったろうな(ーー;)

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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