昨日朝起きて目覚まし時計を見てみたら、11時を指しててめちゃ慌てました。実際には8時半だったのですが、目覚まし時計が壊れたのか恐ろしい速度で秒数がカウントされるという状態にあり、時間がずれていたようです。
なので今日新しい目覚まし時計を購入して、元の目覚まし時計の電池を抜こうとしたら2本のうち1本が液漏れしてたのか白い粉にまみれてました。壊れたのもこれのせいだったのかわかりませんが、電池を取り換えても元の目覚まし時計は電源すらつかなくなっていました。
話は本題ですが、何度か過去の記事でも紹介している「2050年のメディア」という本についてレビュー記事を書きます。
この本は以前書いたように友人から面白いと言われて勧められたものの、値段が1900円もすることから電子書籍のセールを待つため一旦保留し、年末のセール時に満を持して買いました。大まかな内容を説明すると、インターネット技術の登場により新聞メディアはどのような影響を受けたのかを、実際の企業当事者たちの当時の動向について丹念に取材して、時系列でそのインパクトや変化、対応が追われています。
元々は慶応大学のSFCで開かれていた著者の講義がベースになっているということから、掲載内容も1つのテーマごとに細かく区切られて載せられています。具体的にはインターネット黎明期における通信インフラ敷設時代、Yahoo発足当初のポータルサイトにおけるニュース掲載契約、読売・朝日・日経の夢のコラボ(であったはず)の「あらたにす」の設立背景、日系電子版の設立経緯などテーマごとに章が区切られており、連載特集記事の様に読むことができて非常に読みやすい構成でした。それでも内容多くて全部読むのに時間かかりましたが。
この手のネットメディアによる新聞メディア駆逐系の本は、今に始まるわけじゃなくかねてから数多くあります。その手の本とこの「2050年のメディア」の最大の差を挙げるとしたら、「2050年のメディア」は、ネットと新聞、双方の立場からその周辺状況の変化を追っている点でしょう。
具体的な当事者を挙げるとYahoo Japanことソフトバンク、読売、日経新聞で、中でも読売新聞は恐らく著者にとって最大の取材対象であったことから非常に事細かにその動きが取り上げられています。そのためか、本来はネットメディアとの相克とはあまり関係なにもかかわらず、清武の乱とか2000年前後のプロ野球の暴力団追放運動まで何故か解説されています。
通常、この手の本はネットならネットメディア、新聞なら新聞メディアの一方向をベースに語られることが多く、どちらかといえば後者の方が多いですが、やや「それでも新聞は滅びない!」的な結論に至ることが多いです。
それに対してこの本では、先ほども書いた通りにネットと新聞の双方の立場からニュースという者を軸にメディア環境の変化が追われており、非常に示唆に富んでいます。2010年代におけるYahoo Jaopanにおけるニュース配信事業を巡る内部分裂など、こうした取材姿勢だからなこそ終えることのできた代表格とも言えるでしょう。
また、著者はそれこそネット黎明期からこのテーマを長年取材してきているだけあって、90年代からつい最近の事件まで詳しく追われています。そうした流れを読んでて感じることとしては、以前にも書きましたがこの議論は「ネットVS新聞」なのではなく、結局は「Yahoo JapanVS新聞」であったということも読んでて感じ取れました。
控えめに言ってもお勧めできる内容で、単純に新聞メディアの90年代以降の動きを追うだけでも読む価値があります。特に私から批判する点はなく、非常に学ぶことの多い内容です。
最後にこの本の展望にそうならば、この先生き残るのは系列印刷所が少なかったからこそ事業転換を遂げられた日経新聞だけとなるわけですが、いろいろと対策をとってきた読売新聞、というより読売新現社長の山口寿一氏がどういう風に舵を取るのかも個人的には気になります。これまでその名前も知りませんでしたが、この「2050年のメディア」の主人公は誰かとなるとこの山口氏がそうであるように思え、個人的に非常に興味の持てる人物であります。
4 件のコメント:
メディア論は貴殿に任せますが、2050年というとあと30年後、遠いようで近い未来ですね。
宇宙も中国が先陣切って火星に沢山の中国人移民が住んでそうです。
自分が子供だった頃、ノストラダムスの1999年なんて遠い先だと思っていましたが、まさかそれから20年以上先の現代に未だ自分が生きているとは想像もしませんでした。
宇宙開発は90年代はそれほどでなかったものの、2000年代以降は中国などの台頭により最近また活発化してきましたね。宇宙船本体の開発は既に他国にリードされているだけに、日本はこの際モビルアーマーの開発に注力すべきだと考えています(密かにビグロが好き)。
新聞は高齢者からも「文字が小さくて読めなくなったから辞めた」という声をよく聞くので、団塊世代が新聞読めなくなるくらい老眼進んだらガクっと講読者が減るんじゃないかなぁと思います。
どこかでやり方を変えないと絶対上手くいかなくなるのがわかってるのになかなか動けない、というところは年金に似ていますね。
新聞の世界は良くも悪くも日本的な業界文化の特徴を凝縮したような存在なので、変わるのも一番最後の方になりそうです。
この本読んでると出てくるのですが、新聞社の記者の多くは未だに「いい記事書けば読者はついてくる」と信じてて、まるで経営感覚がみえません。おっしゃる通りにこのままいくとテレビが出た時のラジオ業界見たくなるんじゃないかと自分も考えています。
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