2008年11月9日日曜日

100年後の世相について その二、倫理編

 久々に昨日は投稿を休みました。久しぶりに勉強したのがよくなかったのか、夜になってえらい頭痛を起こして夜10時には寝ました。まぁほんとのところはきっと、「スパーキン」って名前のカーブ、チェンジアップ、シンカーがそれぞれレベル3で、スタミナB、コントロールA、最高球速150キロの本格派先発投手を作って一喜一憂したからだと思うけど。

 さて前回では100年後の世界について主に技術面での世界観の予想を紹介しましたが、今回は倫理面での予想を紹介します。既に前回の記事でのコメント欄に、たとえ寿命が延びたとしても人間は幸せになるのかという疑問が呈されていますが、これは現実においても十分問われている問題です。大体戦後初期くらいまでは働き終わった60代くらいで寿命が来ていましたが、今の日本では平均寿命が80歳にまでなり、60歳で定年を迎えるとしても残り20年間は余生がある時代です。その20年をどうやって生活するかという点ですら現代においても明確なライフスタイルというものは決まっておらず、目的が不明瞭なままただ生き続ける老人世代が多いというのは眼前としてある事実です。

 一時は「豊かな年金生活」を謳って趣味に旅行にというライフスタイルが提唱されましたが、どうもこういったライフスタイルは「働かざるもの食うべからず」という日本人の気質に合わなかったのか、お金はあるものの旅行などには費やさない老人が多数派を占めました(今でも老人世代の貯蓄率が高い)。そもそも体力的な面でも、こういったライフスタイルは実現が不可能だった気もします。
 にもかかわらず、前回でも書きましたが医療技術は進歩する一方なので、今後も更に「第二の人生」について目的がないまま延長していくでしょうし、本当に老後をどうするか、そういった方面への議論がこれからも必要になってくるでしょう。

 その議論の中で、私が今後重要度を増してくるのはこれまで重要に取り扱われてきた「生き方」に代わり、今も尊厳死などで議論される「死に方」だと思います。自分の人生や命を何に捧げるか、どの時点に至ったら自分は死を受け入れるのかというように、どうやって死ぬかというのが一般にも深く浸透していき、場合によってはこれから年々自殺数というのも上がってくるのかもしれません。

 しかしそうやって自殺が増えるのは、ある意味世界的にはいいのかもしれません。そういうのも、医療技術の進歩と普及によって何が世界で一番問題になるかといったら、まず間違いなく人口問題です。現在ですら膨張し続ける世界人口なのに、今後は中国だけじゃなくアフリカなどでも人口は拡大するのが目に見え、有り余る人口に対して地球の資源では持たなくなるのが目に見えています。
 それこそ宇宙に殖民できるのならともかく、地球の人口に拡大に対してそこまで宇宙開発技術が追いつくかどうか、難しいところです。そうなるとどうなるかですが、まず世界的に取り組まれるのは口減らしでしょう。これなんかガンダムの世界でよく取り上げられますが、地球環境的には人口が少ないに越したことはありません。そのため資源が追いつかなくなる、つまり食料が先進国の人間にすら行きわたらなくなる事態になれば、こうした口減らしが公然と主張されるようになり、恐らくその影響で人権意識も今後低下していくと思います。
 何気に私は、米ソ対立によって安定した世界情勢が作られていた1980年代こそが人類史上最も人権意識が高かった時代になると思っています。

 こうした人権意識と共に、恐らく今後100年の間に大きく変わっていくだろうという意識はやはり国家意識でしょう。友人なんかがすごい気に入っている言葉ですが、攻殻機動隊の一番最初のプロローグにて、「国家や民族が消えてなくなる程情報化されていない近未来」という言葉が入っていますが、この言葉は裏返すと、情報の公開、共有化が究極的に行われるならば国家という概念は消えてなくなるということを表しています。

 細かい理屈までは語りませんが、確かに情報化が進んだことにより一部では国家の壁というか概念を乗り越えた動きや組織が生まれ、その一方でこうした動きに抗うかのような反動も起こっています。まず前者ですが一番大きいのはやはりアルカイダに代表される、国家を跨ぐ国際テロリストでしょう。これなんか当初はまだイスラム教過激派というくくりが通用したのですが、最近ではただ反米であれば何でも取り込むかのようになっており適用範囲は広がっているように思えます。そして反動というのは日本ではあまり大きくならない、アンチグローバリズム運動です。これなんかは思想的というよりは経済的概念で語られることが多いのですが、戦前の過剰な保護貿易体制が国家間で対立を生んで第二次世界大戦が生まれたとの反省から、戦後はGATT(現在のWHO)体制の下で自由貿易が一貫して西側諸国を中心に推し進められてきましたが、ここに来てEU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易同盟)などと、こうした動きに逆行して地域ごとに保護貿易圏を作ろうという動きが進んでおり、自由貿易自体が格差を大きく生むのだという主張のもとで欧州では自由貿易自体に反対する組織も生まれています。

 こうした背景から、今後100年間で国家概念はまた乱高下することが予想されます。これなんか私の持論ですが、基本的に世界は歴史的にも互いに開き合う時代と閉じ合う時代が交互にやってきており、近年では2000年代前半が開き合った時代のピークで、今回の世界同時株安を契機に今後はまた閉じ合う時代へとシフトしていくことが予想されます。ただその動きが一貫して続けられるかは怪しく、その閉じ合う時代がある程度続いたらまた今度は開き合う方へ戻ってきます。こんな感じで、三歩進んでは二歩下がるように、徐々にではありますがどっちかと言うのなら世界はオープンな方向へは行くでしょう。情報化は、その一つの起爆剤です。

 最後に、確かアインシュタインの言葉だったと思いますが、世界大戦についての言葉を紹介して終えます。
「第三次世界大戦ではどんな兵器が使われるかはわからないが、第四次世界大戦ならはっきりしている。石と棒だ」

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