2008年6月9日月曜日

日本人のコミュニケーション力とは

 どうでもいいですが今日、初めて溶接というものにチャレンジしてみました。思っていた以上に難しく、溶接工がこのところ日本で不足し始めているという話を聞いて、うなずける話だと納得しました。

 そんなわけで今日のネタですが、以前に友人らと話をしている時にある一人が、
「そもそも、日本人というのは相当なコミュニケーション下手だと思う。じゃなきゃあんなに本屋にコミュニケーションに関する本なんて並んでいないと思う」
 と、言っていました。結論から言うと私もその通りだと思っており、なんだかんだとコミュニケーションを重視する発言が多いくせに、日本人と言うのは非常にコミュニケーションが下手過ぎる気がします。

 私が思うに、日本人はコミュニケーションを取る際にルールに頼りすぎているから下手なんだと思います。相手がとる言葉、態度に対して自分がどう思うかではなく、一般的な価値観に適合しているかどうかで判断する癖があるように思え、一つの例として下の二文を見てください。

 1、俺は先日、先生のお言葉を聞いて非常に感銘を受けました。
 2、私はこのまえ、先生の話を聞いてとても勉強になりました。

 恐らく、大抵の日本人は1より2の方が丁寧な表現と考えると思います。その理由と言うのも自認称が「俺」か「私」かというだけで、あとの文章はあまり考慮に入れないからです。
 ちょっと極端な例ですがこんな具合で、日本人は言っている内容よりも言い方でその表現が丁寧かどうかを判断している気がしてなりません。言っている内容では1の文章の方が先生に対する尊敬の気持ちを強くだしていますが、恐らくこの表現だと「俺」が入っているために丁寧ではないと切り捨てられるでしょう。

 何もこういった言葉尻だけでなく、頭の下げ方(角度)とか歩き方、服装などでいちいち丁寧かどうかなんて測るべきではないと思います。私などは頭を深く下げる人よりも、相手の話をじっと聞いてくれたり何かと言葉をかけてくれる人の方が好感を持ちます。

 これは先日にある掲示板で見た内容ですが、そもそも就職面接などで「コミュニケーション力」というあいまいなもので何で測られなければいけないんだ、という話が載っていました。これは私も以前から思っており、このコミュニケーション力というのは非常に定義があいまいですし、世の中にはある人には非常に馬が合うが別の人とはまったく合わないという相性もあります。たかだか十数分の面接で、どういった基準によってこのコミュニケーション力というものが測られるのかはなはだ疑問です。言ってしまえば、それはコミュニケーション力というよりは面接で言うべき言い方をしたかどうか、つまり表現の形式を守ったかどうかしか測っていないのだと思います。

 私自身、この手の面接で非常に苦労した覚えがあります。私は普段使う言葉から外れて突然その場に合わせた表現を行うというのは、二心があるようでどうにも馴染めませんでした。このほかいろいろ書きたいことがありますが、もうすこし日本人はコミュニケーションという言葉の本質について考えるべきではないでしょうか。

2 件のコメント:

  1.  僕も、コミュニケーションのとり方をどうしたらいいかと悩むときがあります。年上の人と話すときに特に気をつけるのですが、敬語になると、自分の意思が薄れるような感覚があります。その場合、答えるほうも相手の意思を汲み取るために余計に思考をめぐらせなければいけません。それって、本当に無駄ですよね。 
     それと、日本人と他国の人とが会見するときに日本人は、えらくぺこぺこお辞儀をして、まるでお説教されているみたいにも見えます。これも、他国と外交とかするときはしないほうがいいと思います。
     

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  2.  サカタさんの言うこともわかるけど、外国人へのお辞儀は私は逆にやったほうがいいんじゃないかと思います。というのも、実際に何人かの外国人に聞いた事があるのですが、向こうはお辞儀を礼儀正しい態度と思ってくれているそうだからです。ま、何度もぺこぺこするのは相手が外国人だろうと日本人だろうと、私もするべきじゃないと思います。ぺんぺん草じゃないんだし。

     ちなみに、現在私は関東に住んでいますが、もし同じ関東圏内にお住まいなら休日ならば直接お会いすることもできます。もし御用があれば、ブログのプロフィールについているメールアドレス宛にご一報ください。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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