今日は涼しいから調子が良くて四本目の投稿。どれも短いしね。
さて今回の内容は以前にも個人的なエッセイに書いた内容なのですが、このところの日本の文化についてちょっと私は思うところがあります。結論から言って、暗い。全体的に内容が暗いし、おまけにつまらないものばかり。代表例は携帯小説でドラッグ、レイプ、暴力の三つがあれば何でも許されるのが不思議でしょうがない。
私個人としては、やはり社会全体が活力を取り戻すには希望に満ちた、明るい文化が必要だと思います。それこそ歌でもいいし、小説でもいい。この際、漫画やアニメでもいいのですが、どうもどれも暗いものばかり。その中でも個人的に気に入っているのは、今もジャンプで連載中の「アイシールド21」という漫画。一時は全くと言っていいほどなかったスポ根漫画で、久々の大ヒットを作ったこの作品ですが、読んでて元気になってくるのは最近だとこれくらいです。今問題になっているけど、「金色のガッシュ」も同様です。
小説だと最近じゃ一時代を築くような、誰もが読んで知っているような作品がないのが致命的です。かく言う私も最近はほとんど読まず、なんか「阿Q正伝」とか「若きウェルテルの悩み」など古典を読んでます。元々私は小説書きだったのでこの現状を残念だと感じることが最近特に多くなりました。
特にこのところはブログで書く文量が数年ぶりに増えてきているので、またなにか小説でも書こうかと思う余裕がこのところあります。書いたらどうしようかな、ホームページで公開でもしようかな。
2 件のコメント:
【暗い文化もありじゃない?】
確かに、高度経済成長期やバブル期の日本であれば、スポコンもののアニメなんかが流行り易い状況にあったと思うけど、明るすぎる文化は現在の日本では不自然じゃないかな。今の日本は不況だから。
確かに、経済が右肩上りの昔の日本では、努力すれば報われるという価値観を多くの人が共有してて、まさに『努力』がテーマであるスポコンもののドラマや小説、アニメなどが流行する土台があったけど、今は違う。バブル経済崩壊とその後の10年不況を経験した現在の日本は、『努力』に至高の価値を見出す価値観がすたれ、ニヒリズムがはびこり、無力感が支配する世界だから、単純なスポコンものなんかがはやりにくい状況であるがゆえに、『希望』や『努力』を単純に真正面から表現する媒体が流行らないのは当然じゃないかな(まあ、最近の人って冷めてるよね。僕も含めて)。
ただ、現在の日本の表現媒体でも、最終的には読み手に希望を持たせる内容になっているものが多いと思う。昔の日本では、単純なストーリーで読み手に希望を持たせることができたが、現在の日本では、厳しい現実の中にも見出せる希望という形で希望を表現する必要があるということだと思う。表現対象が同じでも、表現方法は時代に合わせて変わっていくってことだよね。
というわけで、表現方法が変わっただけで、今も昔も希望を表現している表現媒体が多いことに変わりないけど、花園君がいう『希望に満ちた、明るい文化』というのは現在の日本では成立しにくいのでは。みんなが単純に未来を信じることができた日本は遠い昔になってしまったんですよ(『ALWAYS 三丁目の夕日』が流行ったのは、多くの人が昔の日本に対する懐古主義を抱いている証だろうね)。
ちなみに、人間は生きるために『希望』が必要であって、未来に対する一片の『希望』をもなくした人間が自殺するんだと思う。そういう意味では、花園君の指摘するとおり、表現媒体が『希望』を表現することを忘れてしまったら、大問題だろうね。
なるほど、言われてみると大谷さんの言う通りですね。言われるとおり、厳しさの中の希望と言うのが、今の日本人に求められている文化なのかもしれません。
ただ私も懐古主義というか、小さかった頃の文化がすごい好きで、できれば今の青少年にもその文化を見せてやりたいと思っており、それこそ、漫画とかならあの「シティーハンター」や「ドラゴンボール」、果てには「魁男塾」のようなノリの文化で、そういった文化を継承する人を未だに待ち望んでます。
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